古代 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1974年7月号
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1. SFマガジン 1974年7月号

まで、連想コンビューターが作動し続けた、としてもな。だが、ま けを見ている宗の横顔は、ひどく年寄りめいて見えた。 ・ : だが、タ焼けに気をとられて、俺の話を聞き流しがりなりにも、構造という鍵が与えられたとなると、かなり条件 2 「いいだろう : が変わってくる。つまり、連想コン。ヒ、ーターが、勘を働かす余地 たりするなよ」 ・ほくは、明りのスイッチから手を引き、自分の席に戻った。まが出てくるという訳だな。連想コン。ヒ = ーターはかなりの試行錯誤 を繰り返すと、必ず、どうすればより可能性が高い方へ進むことが ず、ウイスキーを一口含んで、 「今、説明したように、仮に『古代文字』には多義的な単語がないできるか、というコツを擱み始める。連想コンビ、 1 ターの、連想 とする : : : ・ほくが今まで『古代文字』にほどこした処理のうち、ま たる所以だよ。しかも、あいつは生まれてからずっと、翻訳の仕事 がりなりにも成功したと思えるのは、最少音素に分割する作業だけにだけタッチしてきているんだ : : : 。確かに、構造という制約が だった。感違いされると困るんだが、決して発音が分ったと言うん与えられたところで、『古代文字』の最少音素の可能組み合わせ数 じゃないよ。ただ、それがどんな風に発音されるかは不明たが、とは、超天文学的なものになるだろう。だが、それがコンビ = ーター にかく最少音素と一対応する、という具合に判断し得る・ーーその程にとってなんだ、と言うんだね ? それに、『古代文字』には多義 度にまでは処理できた、というだけの話た」 という仮定をあらかしめインブットしてあ 的な単語は存在しない、 宗が、・ほくを振り返ることさえしないで、グラスを振って見せるんだ。かなり楽になっているはすだ。必ず、最少音素が、スケー どうかするとジゴロめい た。分った、というサインなのだろう ルの英文と同じ意味になるように組み合わされるーー・そんな組み合 て見えた彼の顔つきが、ここ数週間のうちに大きく変わったようわせに、行き当たるはずだよ」 だ。落ちていく陽と対峙している今の宗には、かっての甘やかさは 宗が、ゆっくりと首を回して、・ほくを見る。アルコールに充血し た、殺伐とした視線だった。 微塵もないのだった。 、ほくも同じ顔をしているのだ。 「もし、あんたの考えていることが、まったくの的外れだとしたら セマンティクスシンタックス 「ある英文を、その意味も構造の延長として処理し、その総て 「おおいにあり得ることだな」 を句構造に収斂させ、コンビューター言語に翻訳する : : : そして、 連想コン。ヒューターが、『古代文字』の最少音素のいくつかを無作・ほくの声も、自然乾いていた。「大体が、仮説たけの話だから : だが、たとえ な。シミュレーションにしても、ずさんなものだ : 為に抽出し配列したものを、その英文と対置させていく。つまり、 シンタックス セマンティクス 一方に、意味を内包した構造を置き、もう一方に、まったくの連想コン。ヒ、ーターが金的を射当てたとしても、俺たちがそいつを シ / ダックス 構造を対置させていく訳だ。勿論、ただ最少音素をめちやめちゃ確める方法はないんだぜ。多分、連想コン。ヒ = ーターは、より可能 に組み合わせるだけだったら、その組み合わせがなにかを意味する性の高い組み合わせをいくつかーーおそらく、万のオーダーで : たとえ、宇宙の終焉アウトブットしてくるだらう。連想コンピ、ーターにしても、他に ことがある、という可能性はほとんどない : シノダックス シンダックス

2. SFマガジン 1974年7月号

振り返った・ほくに、あの美青年が、ニッコリと笑いかけた。 顔をそむけた。 「すてきな仲間だ」・ほくは言った。「ところで、どんな薬を・ほくに クリスは誤解しているのだった。 使った ? 」 今、役を割り当てられているのは、及川、・ほく、それに ( どんな 「睡眠薬かね ? 」 役であるのか、想像もっかないのだが ) 宗の三人なのだ。クリス 「自白剤のことを、訊いているんだ」 と、佐久間は単に観客にすぎない。それも、上等な部類に属する、 及川は苦笑した。「気がついていたのか」 とは言えないようだった。 もちろん、気がついていた。体のこのほてりと、・ほくが見た幸福「君たちはーー」ぼくは言った。「一体、なに者なんだ ? 」 な夢は : とう考えてもただごとではない ぼくは、自分を勘のい 「おやおや、君のことだから、もう勘づいている、と思ったんだが い人間だ、と言いはしなかったか ? 「シロサイビンの変種だよ。副作用はまったくないはずだ」 及川は、ひどく楽しそうに応えた。 及川は、坐れ、とぼくに眼で合図した。・ほくは、丁度モニターテ ・ほくは、うんざりとうなずいた。 レビを監視するような形で、腰をおろした。 そうなのだったーー多分、か、内閣調査室、そんな関係な 「なにか、役にたっことが聞きだせたかね ? 」と・ほく。 のだろう。ひどく月並みだが、他にこれだけの規模を持っ組織、と 「ああ」及川はうなずいた。「大体は我々が予想していたとおりだ いうとちょっと思いっかない った。『古代文字』とは、なかなか面白いネーミングじゃないか。 及川は指をポキポキと鳴らしながら、「大体のことは、聞かせて 我々も、さっそくその名前を使わせてもらうことにするよ」 もらったが、二つばかり確めておきたいことがある : : : まず、論理 「捕虜に親切にすることはない」 記号のことだが、君は、どうして論理記号が『古代文字』のなか とクリスが、及川の言葉を遮った。鮮かな日本語だった。が、日 二つしか見つからないことを、それほど気にしているのかね 本語をうまくあやつる外人というのは、・ とこかうさん臭い気がするフ ものだ。それが、クリスのような男だとしたら、なおさらのこと ひどいものだった。 ここまで知られてしまったからには、下手に隠しだてしようとす 「まず『古代文字』のことだが、君は、かなり重要なポイントを擱るのは、かえって愚かな行為と言うべきだろう。だが、あのことを んだらしいな。君は我々の質問に応えて、ありえない文字だ、とまどう説明したらよいものか ? で言ったんだから : : : 」 「論理記号が二つしか見つからなかった、というのは厳密な表現で 及川は、あ 0 さりとクリスの言葉を無視した。クリスの顔が朱にはないな。『古代文字』には、二つしか論理記号が存在しない、と 染まった。彼はなにごとか言いかけて、そのままあきらめたように 言うべきだ」 ね」

3. SFマガジン 1974年7月号

「あっ、すみません」 方が原型であろう。 慌てて井戸端へ走り、廊下をふきふき座敷へともどってきた。 しかしなぜ、こんな呪いが効能ありと信じられたのだろうか。 「火事は、おさまったか」 古代社会において、女陰は特別な力を持っていたのである。しか と源内は苦笑顔で尋ねた。 もそれは、信仰の対象でさえあった。 「ええ、油屋のおかみさんがね、屋根の上で赤い腰巻を振ったら、 これに関して吉野裕子氏の興味深い考察がある。 ( 日本古代呪術 ) 風向が変っちゃったんだよ」 彼女によれば、女陰の作用は、″入れて、出す″ことに尽きる。 「まあ、子助さんたら」 ″男根を入れて、出す″″子種を入れて、新生命を生み出す″わけ である。 と、お福が顔を紅葉色を染める。 まじな あめのうずめ 「先生、あれ呪いなんですか」 したがって記紀の、天照大神の岩戸隠れの説話で、天鈿女命が胸 「そうだな : : : 」 乳を露わし、裳帯を臍下に抑垂れて面白おかしく踊ってみせたとあ と源内は、子助に答えかけたが、なぜか、急に重々しい表情となるのは、この女陰の象徴的機能に頼った呪いであった。 同様、先の俗信は、その発祥は古代までつながり、女陰のこの押 「先生、何か ? 」と幻之進。 出す力が押返す力に転化したのではないか。 「いや、そのことでちと思いついたことがあってな : : : 」 さて、この際、源内の脳裏に何が去来したかはわからぬ。 源内、そのまま腕を組んで考えこんでしまった。 が、ひょっとすると第四話で述べたあの、江戸城中で目撃した田 沼がお福の裾をめくって何か試みようとした振舞いではなかった 6 その証拠に、不意に立ちあがると、 むろん俗信である。 「幻之進、ちと相談がある」 しかし、只、迷信だから、非科学的だから、合理的でないからと と作業場の方へさそった。 割りきってしまっては、古代人の心理は絶対わからぬのではない 「はツ」と幻之進。 渡り廊下をぬけて二人は、姿を隠した。 この火事と腰巻きの話、源内に代っていうが、実に意味深いもの「先生、いったいどうしたんだろう」 があるのだ。 と子助は不満気であった。 ほうはい 本邦のこの俗信に似た話が、実は沖繩にある。「火開、火開」と「さあ。きっと良い思案が浮ばれたのよ」 まじな いって、女陰をみせると火が鎮まるという呪いである。当然、この とお福も、美貌のその顔をかしげた。 0 ・ 4

4. SFマガジン 1974年7月号

「君が優れた霊感能者だ、ということはよく知っているよ。いまさ「なにを言ってるんだ ? そいつは、どういう意味なんだ ? 」 ジャクスンはそれに応えようとせず、射るような視線で、ぼくた らデモンストレーションしてみても、始まらないと思うがね」 ちを見つめた。その激しいまなざしの裏側で、今、どんな考えが渦 「そこにいる若い男に、礼儀を教えただけだよ」 、、・まくはそら恐しい気がした。 「礼儀 ? 死体が二つあるんたよ。しかも、そのうちのひとりは、巻いているのカ ~ 「 : : : そこの及川という男がひきいるグループと、オデッサの二つ 我々のよく知っていた男た。礼儀どころじゃないだろう」 ジャクスンは、階段を離れて、ゆったりと足を組んで、ラウンジが、『古代文字』を解読しようと必死になっていたのは、君たちも 知っているだろう。ロ・ハの背に釣竿をくくりつけて、その鼻先に人 チェアに腰をおろした。 参をたらしてやるのが、『神』のもっとも好きなゲームなんだよ。 薄笑いを浮かべて、 「それにしても、興奮するほどのことはない。その二人は、言い争しかも、二頭のロ・ハが同じ人参を狙っている、ときたらもうこたえ っているうちに、つい殺し合うことになってしまった・ : : ・誰が見てられなかっただろう。そんなゲームで、これ以上の犠牲者をだした くない、と私は考えた。だから、『古代文字』をちらっかせて・ハル も、そう思う」 トに接近し、及川をも刺激した訳だ。犠牲者が二人ですめば、上出 「君は、その時どうしていたのかね ? 」 「答える必要もないが : ・ : ・怪しいといえば、君たちの方がよっぽど来じゃないかね ? それに、『古代文字』を解読して、世界を意の 怪しいんだよ。こんな夜更けに、拳銃を持って、他人の家に押し入ままに動かそう、などと考えた連中だ。死んだって、文句を言える ・ : だが、君たちには、かけひきなしで、私のやっ ってきたんだからね : : : まあ、うるさい話は、お互いによしにしょ筋あいじゃない : うじゃないか。とにかく、私が手を下していないのは、確かなんだていることを説明した方がよさそうだな」 「聞こうじゃないか」 から」 と芳村老人は応えて、ソフアに腰をおろした。ジャクスンと、真 「そうだろうな」 と、低く芳村老人が言った。「その二人が死ぬはめになったのは、正面に向かうような形になった。「君は、『古代文字』が世の中に でるのを、なんとかして防ごうとしている。どんな訳があるのか、 『神』のせいなのだから : : : 」 ジャクスンの表情は「ほとんど変わらなかった。痙攣に似たまばぜひとも聞きたい」 ぼくと宗とは、互いに眠を見交した。肩をすくめると、宗は芳村 たきを、二、三回、繰り返す。 「私の心配していたことが、とうとう起ってしまったようだな。オ老人の隣りに坐った。・ほくだけが立っているのも、おかしな話だ。 ・ほくもまた、空いているラウンジチェアに腰をおろしたーー・話し合 デッサと、 O に、かまけすぎていたかもしれない」 やがて独白のように、彼が言った。 いの態勢が、整ったようだ。ジャクスンはしばらく黙ってたが、 やがて、 宗が、やや上すった声で、 2

5. SFマガジン 1974年7月号

あったのだ。人は死んで現世と常世を隔てるその穴へ入る。人は、 井上赳夫氏の論考などをみても、繩文人にとって、火山は特別な 現世へ母なる人の子宮よりいで、ふたたび墓という疑似子宮へもど意味を持っていた。彼らが容易に火を手に入れることの出来る火山 っていくのた。すなわち、現世の出口も入口も共に穴であるのたの麓に集落をつくったこともあるが、それ以上に火山が彼らの常世 な。つまり、穴こそが現世と常世とも隔て分ける境界であった」 ・現世一一元世界観と合致する性格を持っていたからではないか。 ひもろぎ 「すると、時穴も : ・・・こ そして、おそらく神体山信仰は、ここよりの発展ではなかろう 「おお、そうじゃ。よいところに気がついた。時穴こそ、この世と あの世の出入口であるわけだ。ということは : : : 」と源内はつづけ た。「古代人のこの観念には、手本があったのだな。繩文人は、時 穴伝説を知っておった ? 常世すなわち″無宇″へ到る道、時穴あ ることを知っていたからこそ、現世を隔てる生前、死後の世界に到 ふたたび、前出の吉野裕子氏に従うが、沖繩では、太陽の昇る東 る墳界に、穴の観念を発達させたにちがいない」 方のはるか彼方、海と空とが一つとなった場所に、常世国、根の国 いささか飛躍気味な源内の考えに、幻之進はついていけず、目をが想定され、 = ライカナイといわれているそうだ。 ばちくりさせていた。 それは太陽の昇る所であると同時に、祖先神や火の神、水の神な が、かまわず源内は、また、 どの居場所でもある。また全ての生命の種の根源となる所でもあ 「 : : : そういえば、富士山などの火山も女陰を象徴しておるそ。噴る。・ : : ・従って = ライカナイは、古代 = ジ。フト人の観念によく似 火口は、将しく穴だからな」 て、太陽が日々に新生する場所でもあった。 などというのだった。 古代人にとって、太陽の日毎の誕生と消減は、人のそれと全くお 一つの町を舞台にくりひろげられ る、超能力少年群と妖霊たちのす さまじい、。 界の鬼才が、 圧倒的な迫真力をもって描く、オ カルトの世界、ねじれた町。 好評発売中定価 580 円 ねじれた町 眉村卓 (DLL バッ一クス、 、カ すばる書房盛光社 東京都文京区水道トー 5 ~ 24 TEL( 815 ) 2386 トを誕〒羽 2 5

6. SFマガジン 1974年7月号

「二つしか存在しない ? どうして、そんなことがあれだけの文章ぼくは、及川が言った言葉を、とっさには理解できなかった。里 4 い水面をかき分けて、ポッカリと浮かんでくる海月のように、ある から分る ? 」 「いいかね。ぼくがやろうとしていたのは、『古代文字』を翻訳し男のイメージが、ぼくの頭にゆっくりと再構成されていった。その ようとすることではない。あいつを翻訳するのは、事実上、不可能男を認めることは、自分の孤立と弱さを打ち明けることのように、 ぼくには思えた。ぼくは幻覚を見るほど、やわな人間ではなかった だ。・ほくは、せめて『古代丈字』の構造ーー - ・なんなら、文法と言い はずだ だけでも、明確にならないものか、と考えた。 変えてもいいが その結果分ったのは、あの『古代文字』は、構造上二つ以上の論理「幻覚だった」ぼくは首を振った。「無意味な自己投影にすぎない」 「無意味な自己投影 ? 」 記号を必要としていないらしい 1 ということだった」 と及川が、尻上がりにぼくの言葉を繰り返した。 「それがなんだ、と言うんだ ? 」 「まあ、そう考えたい気持ちも分らんではないが : : : 我々は別の見 とまたしてもクリスだ。 佐久間が、クリスの言葉に同意するように、その眠を陰険に光ら解をとっているんでね」 「別の見解 ? 」 せた。こちらの方が、終始無言なだけに、クリスよりも危険なもの を感じさせるーー多分、彼等の言う保安とは、人殺しの同義語なの 「そう : : : その男は、確かに石室に現われた、という見解だ。総て ・こ ) わ、つ 0 が事実たった、と」 「超自然的なものを信じろ、というのか ? 」 「あなたは、論理記号とはどういうものであるか、さえ理解してい ない」 「論理記号を二つしか有しない言葉、というのは自然ですか ? 」 と・ほくの言葉を引き取るようにして言ったのは、及川ではなく、 及川がクリスを見ることさえせずに、・ヒシャリと言った。「この 宗だった。「そんな言葉を受け入れることのできたあんたが、いざ 場は、私にまかせてもらいたい」 ・ほくの後ろに立っている宗が徴かに笑うのが、聞こえたような気自分のことになると、幻覚としてかたづけたがる」 「及川さんが話しているんだ」 がした。空耳だったかもしれない 始めて佐久間が口を開いた。まるで爬虫類の呻きだった 「論理記号が二つしか存在しない言葉 : : : 」 「おめえは黙ってろ」 及川はつぶやいた。思い当たることがあったらしく、その頬がこ 「話を滑らかに運んでいるだけさ」宗は、面白しくないといったロ わばっていた。 ぶりで、応えた。「自分がろくにロのきき方も知らないからって、 「次の質問に移ろうー彼は、なにかを振り捨てるように言った。 ひがむのはみつともないぜ」 「君が、 ' 石室のなかで会った男だが・ : : こ 佐久間の額に太く血管が浮かんだ。一歩踏み出す ・ほくが石室で会った男 ?

7. SFマガジン 1974年7月号

ネ申狩り 山田正糸己画 = 金森達 神とは、至上の愛の具現かーーー ? それとも嫉妬深き邸遊戯者 ? なのか ? 隧道の壁に発見された古代文字は さまざまな葛藤と災厄をもたらし始める ・やこ、チいをはド、、第′す ). ら、際し 第を物を第 6

8. SFマガジン 1974年7月号

「こんどのことに関しては、俺は完全に被害者だ。 . そいつを忘れた話はすんだ、というように書類に眼をおとす及川を残して、、ぼく は部屋を出た。 くない」 そんな風に、額面五十万の小切手を鼻であしらうのは、かなり気及川の事務所は、モルタルの、 , 二階書てのビルのなかにあ「た。 分のいいものだ 0 た。できれば、及川にたたきつけてやりたいぐら同じようなビルがいくつか並んで、コの字型をつく 0 ている。そ の、両翼をビルで囲まれているあたりから、玉つき台のような芝生 、◆こっこ 0 が始まり、扇形に展っていた。芝生は、遠くにつらなる有刺鉄線ま 及川は溜息をついた。「それでは、君の口座に振りこんでおこう。 で伸びている。点在するカマボコ兵舎と、英語が書かれた白い表示 税金の対象になるが、ね」 板ーー有刺鉄線を越えたその先には、天色の帯が長く続いている。 「好きにするさ」 今、その帯を、陽光にきらめく鋭角な物体が走っている。キーン、 とドアに向かって歩きかける・ほくを、 と妓膜をこする音を残して、ジェット機は飛びたっていった。 「忘れものだよ」 地下研究室は、ちょうどあの滑走路の下ぐらいになる。・ほくは、 と及川が呼び止めた。振りかえる・ほくに、及川はぶ厚いファイル を、かざして見せた。それには、「古代文字」のデータが総て記載米軍べースキャン。フの中で働いていたのだった なんということもない溜息をついて、歩きかけた・ほくの耳に、短 されているのだ。 いクラクションの音が聞こえてきた。振りかえって道を開けた・ほく 忘れた 0 ではない。故意に、部屋に置いてきたのだった。 / ードがゆっくりと入ってきて、ヒタリと停 の脇に、一台の・フルーく ・ほくが、今のような満身創痍という状態になってしまったのも、 総て「古代文字」に原因があるのだ。もう見たくもない、という気まった。 サイドから首をだした男を、・ほくは舌うちしたい思いで見つめ 持ちにな・つて、当然たったろう ぼくは反射的に首を振りかけて、 「乗らないか」 「そうだな」 とつぶやいていた。自分でも、なにがそうなのか、はっきりとし陽光がまぶしいのか、眠を細めて、宗は声をかけた。 よ、つこ 0 「いや、歩いていく」 ノ、刀ュ / 「ここから、東京は遠いよ」 結局、・ほくの指はファイルを掴んでいた。それが、理解できない 「タクシーに乗るさ」 ものがこの世に存在するのを許せないほど肥大してしまった・ほくの いのち 自我のせいなのか、それとも、生命をもたない「古代文字」に向け「そうじゃないね : : : 島津さんは、俺の車に乗るんだ」 ぼくは宗にかまわす、はるか遠くに見えるゲートに向かって歩き ・ほく自身にも、判断の・ て集中しているばくの憎悪のせいなのか だした。車も、ぼくをビッタリとマークしながら、のろのろと動き つかないことだった。 ベルト 6

9. SFマガジン 1974年7月号

ちかい将来、彼女と・ほくとはやはり一緒になることだろう。が、 も、この香水だった。確か、「夜間飛行」とかいったつけ それは単に、今、・ほくが抱いている女との間にあるような関係が ・ほくは・フランケットをはねのけて、とび起きた。 ひとりの女のうえに定着する、ことを意味するにすぎない 「誰だ ! 」 ぼくは、実は自分がもう長い間激しい孤独感に責めさいなまれて ほっそりとした女の影がスルリとドアをすり抜けるのが、朦朧と した眼の隅に映った。 いたのだ、という事実に気がついて愕然とした。 慰めはなにもない。 ハタン、と音をたててドアが閉まる。 ばくはべッドに上体を起こしたまま、呆然とドアを見つめてい とりあえず、そのやりきれない思いをぶつけることができるの た。ドアはドアなのだ。なにも教えてくれはしない。なにか知りた は、眼の前にある肉体だけなのだった。 いと思うなら、べッドから離れ、自分の体を使うしかないのだっ ことが終った後、女たちは決まって侮蔑するような視線を・ほくに くれて、ものも言わずに部屋を出ていったーーそして一夜明けれた。 ・ほくはペッドをおりて、パジャマの上からガウンをはおった。 ば、・ほくは再び「古代文字」の前に戻らなければならないのだ。 廊下へ出る。 暗い敗北感が、しだいに・ほくを内側から犯し始めていた。 インポッシプル 女の姿は、どこにもなかった。・ほくは、なんの確信もないまま、 「古代文字」はありえない文字だ。 及川が電話をかけてくる。宗が研究室を訪ねてくる。佐久間の・ほ一方に向かって廊下を歩きだした。どちらにしろ、二分の一の確率 なのだ。・女を見つけることができなければ、逆方向にとって返せば くを見る眼が、しだいに酷薄なものになっていく。 深夜、男の寝室で、香水をつけているような若い女がなに ぼくは、発狂さえ覚悟した。 が、そんなギラギラと脂ぎった神経のおかげで、あの夜、・ほくはをしていたのか、どうしても知りたかったのだ。いかに、 O —だ か、内閣調査室だかの地階でも、最低のエチケットだけは守られる その匂いに気がっき、そして、作家氏が死ぬまぎわに言いかけた 必要がある。 「中国の : : : 」の、残りの言葉を知ることができたのだった 欝状態の反動で、前後のみさかいがなくなっていたようだ。・ほく はズンズンと廊下を進んでいき、どこに続いているのかろくに知り 良子の夢を見ていた。 彼女は別れ話をもちだし、精神的苦痛の慰謝料がわりに「古代文もしないアーチ状の通路を、右に折れた。 やはり女はいない。 ・ - まくは懸命に首を振り続け、振り続けている 字」を要求するのた。ド うちに眼をさました。 鼻を鳴らして、更に先へ進もうとしたその時、 消し忘れたらしく、ナイトランプがうっすらと部屋を照らしてい 「名前はディートリッヒ・プルトマン。横浜で、外人向けのレスト た。微かに、香水の匂いが漂っている。そう、良子が使っているのランを経営している。生まれたのはリュー べック、三十一歳、独身

10. SFマガジン 1974年7月号

ひらめかせた。頬に、燃えるような痛みが走った。う、と小さく声漠然とした、予感めいたものはあった。 をあげて、・ほくは理亜から離れた。 例の、「古代文字」には、多義的に使われる単語が存在しないの 2 理亜はペッドから滑りおりて、小走りに部屋の隅まで逃げていつではないか、という仮説が、いつの日かなにかの役にたつだろう、 た。背中を壁にぶつけるようにして、大きく肩を泳がせる。 という予感である。しかし、今になって、その仮説がどう役にた ぼくは上体を起こした。 つ、と思いついたのは、なんといっても皮肉な話ではないだろう 頬を手の甲でぬぐう。 血 : : : 自己嫌悪と、それに数倍する屈辱感か ? 「神」から手を引こうと決意した、今になって : に、・ほくはほとんど泣きださんばかりだった。 それはそうであるのだが、やはり、・ほくはそのインス。ヒレーショ 「理亜 : : : 」 ンに、知らずしがみついていた。 「出てって」 多分寒々としたフアで、ドアを一枚へだてているだけの理亜と 声がかすれていた。 言葉を交すこともなく、。、 ホッネンと坐っている、という現実を忘れ 「話を聞いてくれ : : : 俺は」 させてくれるものならば、なんでもよかったのだろう。たとえ、そ 「お願いだから、出ていって」 れが「古代文字」であっても、だ 「俺はどうかしていたんだ。俺は、君が : : : 」 勿論、なにを今更、と思わないでもなかった。総てはもう終った 「宗と一緒に行くわ」 のた、とついさっき、自分の口から言ったばかりではなかったか。 彼女は、・ほくの言葉を遮った。「だから、出ていってよ」 宗が帰ってくる。別れの挨拶をする。クラプ「理亜」を出ていく 腕を上げて、ドアを指差す。そして、顔を手で覆った。 ーー、河井教授の逆鱗にふれた以上、それだけで、かっての日常を取 言うべきことは、なにもなかった。。ほくはペッドからおりて、ほり戻すことができる、と考えるほど・ほくは脳天気な人間ではない。 とんど無感動にちかい状態で、ドアまで歩いていった。ドアを開けしかし、地方大学の講師のロぐらいなら、いつでも手に入れること て、振り返る ができる、という自信はあった。多少時間はかかるかもしれない 「出ていくよ」・ほくは言った。「だから、もう泣かないでくれ」 が、いつの日か、中央に帰ってくることもできるだろう 部屋を出る。 なにを好んで、しようこりもなく、「古代文字」のことなど考え フロアを斜めにわたって、カウンターの停まり木に登った。 る必要があるものか。 理亜を見ている、と宗と約東したのだ。宗が帰ってくるまで、こ 忘れてしまえ こでこうしていよう、と考えた。彼が帰ってきたら : : : 黙って出て ・ほくは溜息をついた。 カウンターの端に置かれてある電話に、手を伸ばして、受話器を 取った。ダイヤルを回す。単調な呼びだし音がしばらく続いて、受 、、 0