ジャクスン - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1974年7月号
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1. SFマガジン 1974年7月号

「だから、奴の前にはいつくばったままでいろ、と一言うのか ? 奴それ以外のなにものでもない。挫折した革命家たちが、よく君のよ うな口ふりをする。わけ知りの妙にシニックぶったロぶりを、ね : が好き勝手にふるまうのを、忘れてしまえと : : : 」 いや、残念たが、君の忠告をきく訳にはいかんようだ」 ・ほくのたかぶった声に、ほとんど重なって「あんたは、確かに優 ジャクスンの表情が、激しくゆがんだ。 れた霊感能者かもしれない。多分、ナザレのイエスをのそけば、 「敗北主義者 ? なるほど、この私が敗北主義者か。結局、あなた 『神』に最も近くまで接近することのできた人間だろう : 、・、 / サイ : いざとなると / 、 だからといって、あんたが負け犬だ、ということに変わりはない」も日本人のひとりだ、ということだな : アタックのくせがでてしまう訳だ」 とこれも激した口調で宗が言う。 芳村老人は僅かに眉をくもらせただけで、ジャクスンの挑発にの ジャクスンは、かすれたような笑い声で、・ほくたちに応えた。 ろうとはしない。 「若いな」 気のめいるような口調で、それだけをつぶやくと、眼を芳村老人「いや、いろいろ参考になりました」 しすれ限ら と軽く頭を下げて、行こう、とぼくたちに眼で合図した。 に帰す。「あなたなら分るはずだ。人間にできるのは、 : え、というような声をあげて、芳村老人の顔を見返す宗と・ほくと れたことだ、と : : どうだろう ? この二人が、及川という男の二 の舞いにならぬよう、あなた自身の口から、一切『古代文字』からに、 「これ以上、ここにいてもしかたあるまい。そろそろ退け時だ : 手を引こう、と言ってもらえませんか ? 」 芳村老人は黙って、煙草をシガレットケースからはじき出した。熱いスープがほしくなったよ」 うむを言わせぬ強い口調だった。 指でしばらく弄んでいたが、そのまま火を点けることもなく、クシ 不得要領のまま席を立っ宗と・ほくとに、眼もくれようとしない ヤクシャとつぶしていき、やがて二つに折る で、ジャクスンはテーブルの上に組んだ自分の手を見つめていた。 「戦争からこっち、ずっとかれを狩りだすことばかり考え続けてい 彼もまた老人なのだ。熱いスープに思いを寄せているのかもしれな と芳村老人は、なにかを確めているような、抑揚のない口ぶりでい。 「それでは失礼しよう」 言った。 と歩きかける芳村老人を、ややかすれた声で、ジャクスンが呼び 「そして、ようやくとばくちが見つかった、と思ったところへ、あ んたのような化物が現われて、手を引け、と言う : : : 面白いものだ止めた。 「あなたは、『神』に会いたいとは思わないかね ? 」 な」 9 一 ビクリ、と体を慄わせて、芳村老人は肩ごしにジャクスンを振り 0 顔をあげて、キッパ丿と 「はっきり言おう。君の言うこと、やってることは、敗北主義者の返った。

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「君が優れた霊感能者だ、ということはよく知っているよ。いまさ「なにを言ってるんだ ? そいつは、どういう意味なんだ ? 」 ジャクスンはそれに応えようとせず、射るような視線で、ぼくた らデモンストレーションしてみても、始まらないと思うがね」 ちを見つめた。その激しいまなざしの裏側で、今、どんな考えが渦 「そこにいる若い男に、礼儀を教えただけだよ」 、、・まくはそら恐しい気がした。 「礼儀 ? 死体が二つあるんたよ。しかも、そのうちのひとりは、巻いているのカ ~ 「 : : : そこの及川という男がひきいるグループと、オデッサの二つ 我々のよく知っていた男た。礼儀どころじゃないだろう」 ジャクスンは、階段を離れて、ゆったりと足を組んで、ラウンジが、『古代文字』を解読しようと必死になっていたのは、君たちも 知っているだろう。ロ・ハの背に釣竿をくくりつけて、その鼻先に人 チェアに腰をおろした。 参をたらしてやるのが、『神』のもっとも好きなゲームなんだよ。 薄笑いを浮かべて、 「それにしても、興奮するほどのことはない。その二人は、言い争しかも、二頭のロ・ハが同じ人参を狙っている、ときたらもうこたえ っているうちに、つい殺し合うことになってしまった・ : : ・誰が見てられなかっただろう。そんなゲームで、これ以上の犠牲者をだした くない、と私は考えた。だから、『古代文字』をちらっかせて・ハル も、そう思う」 トに接近し、及川をも刺激した訳だ。犠牲者が二人ですめば、上出 「君は、その時どうしていたのかね ? 」 「答える必要もないが : ・ : ・怪しいといえば、君たちの方がよっぽど来じゃないかね ? それに、『古代文字』を解読して、世界を意の 怪しいんだよ。こんな夜更けに、拳銃を持って、他人の家に押し入ままに動かそう、などと考えた連中だ。死んだって、文句を言える ・ : だが、君たちには、かけひきなしで、私のやっ ってきたんだからね : : : まあ、うるさい話は、お互いによしにしょ筋あいじゃない : うじゃないか。とにかく、私が手を下していないのは、確かなんだていることを説明した方がよさそうだな」 「聞こうじゃないか」 から」 と芳村老人は応えて、ソフアに腰をおろした。ジャクスンと、真 「そうだろうな」 と、低く芳村老人が言った。「その二人が死ぬはめになったのは、正面に向かうような形になった。「君は、『古代文字』が世の中に でるのを、なんとかして防ごうとしている。どんな訳があるのか、 『神』のせいなのだから : : : 」 ジャクスンの表情は「ほとんど変わらなかった。痙攣に似たまばぜひとも聞きたい」 ぼくと宗とは、互いに眠を見交した。肩をすくめると、宗は芳村 たきを、二、三回、繰り返す。 「私の心配していたことが、とうとう起ってしまったようだな。オ老人の隣りに坐った。・ほくだけが立っているのも、おかしな話だ。 ・ほくもまた、空いているラウンジチェアに腰をおろしたーー・話し合 デッサと、 O に、かまけすぎていたかもしれない」 やがて独白のように、彼が言った。 いの態勢が、整ったようだ。ジャクスンはしばらく黙ってたが、 やがて、 宗が、やや上すった声で、 2

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ゆっくりと、階段をおりてくる。 ソフアとラウンジチェアが置かれてある。 : ようやく、ジャクスン氏と対面できた訳か」 「なるほど : しっとりとした、趣味のゆきとどいた応接室だった。その部屋で は、床に転が「ている二個の死体さえ、分をわきまえてひかえめに芳村老人が、意外に平静な声でつぶやいた。確かに、今、階段を おりてくる男には、叫びだしたいほどの迫力があった。が、彼は、 見えるのだった なにが起「たかは、絵に描いたようにあきらかだ 0 た。二人の男・ほくたちにと「て未知の存在ではないのだ。彼の正体が、霊感能力 が死んでいて、ひとりは火かき棒を、もうひとりは拳銃を、それそを持つアメリカ人である、ということは分「ているし、なにより理 亜のおかげで、霊感能者とのつきあい方も充分心得ているつもり れの手に握っているのだ。 だ。用心するのは勿論だが、必要以上に怖れることはない。 拳銃を握っている男は、及川だった。 ・ほくたちに向けられている彼の顔は、血と脳漿とでだんだらに汚「罠なんかじゃない」 ・ジャクスンは、今度は英語で言った。からかっている されていて、その頭蓋はパックリと割れていた。彼がかけている眼アーサー ような声音だった。 鏡がまったく無傷なのが、なにか悪い冗談のように思えた。 「けっこうだ」宗が、しわがれた声で言った。「それじゃ、黙って 「あいうちだな」 ・、、・、レトという男だろ俺たちと来てもらおう」 宗が、乾いた声でつぶやいた。「そいっカノノ ・フローニングを持っ腕をまっすぐに伸ばして、その銃口を。ヒタリ う」 わら色の髪を刈りあげた、初老の大男だ「た。ジョッキを持たせとジャクスンの胸板につきつける。 「殺しは苦手だがね : : : あんたを殺すのは、それほどむずかしくな し力にもさまになりそうな男だ。ただし、 て、ワグナーを流せば、、、 死んでしまった今となっては、血で汚れた火かき棒を握っているのい気がする・せ」 「礼儀を知らない男だな」 が、もっとも似合うようだった。 「誰かに見られないうちに、ここを出た方がよさそうだな」芳村老つぶやいて、ジャクスンは宗の顔を真正面から見すえた。 宗の手から、・フロ 1 ニングがふっとんだ。ぐ、というような声を 人は言った。「もしかしたら、罠かもしれない」 あげて、宗は手首をおさえた。床に落ちたモーゼルが、空ろな音を 「いや、罠なんかじゃない」 ( リトンが、頭の上から聞こえてきた。一斉に振りあたてる。宗は右手首をおさえたままで、ヨョロヨロと後ずさった。 という低し 美しい顔が、苦痛に激しくゆがんでいる。 おいだ・ほくたちの眼に、階段に立っているひとりの男が映った。 「面白い手品だ」 ・ジャクスン と芳村老人が足を一歩踏みだし、自分の体で宗をかばうようにし ぼくが、「古代文字」にかかわるようになったその最初の時と同 て、言った。さすがに顔が蒼い じように、ひどく芝居がかった登場のしかただった。 204

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るのさえむずかしい」 置いている人間は、大なり少なり華僑に知り合いができるものだ。 「そう・ : : ・その意味で、「神』を因果と考えるのも、納得できない われわれには、彼がもたらしてくれる情報が必要だったし、彼に 点がある。結局、かれは遊んでいるのた、と考えるのが最も正確なは、宗君のお父さんの勢力が必要たった訳だ。残念な話だよ。あれ のではないだろうか ? 」 ほど優秀な男が、野心がありすぎるばかりに、『古代文字』を読解 「遊んでいる ? 」 しさえすれば、世界を手中に収めることができる、と本気で信じて 「ひどく不愉快ではあるが、そう考えると、かなりつじつまが合う んだよ。『古代文字』は『神』のチッゾであって、今回、自動翻訳「よく、・ほくを釈放してくれる気になったものだ」 を研究している君を見のがしたのも、大きくはるつもりだからだ、 「交換条件だったんだよ。君が、『古代文字』を読解するのは、む とね : : : 遊びであるからには、それなりのルールを自分にかしていずかしそうだ。少くとも、一年や二年はかかるだろう。だから、ジ る、としても不思議はない。そうでもなければ、我々のようなグル ヤクスンの居所を教えてやる代りに、君を引き渡してくれないか、 1 プを放っておくはずがないだろう」 と持ちかけてやったら、一も二もなくとびついてきたのさ。及川君 は、ジャクスンが『古代文字』を読解した、と信じきっているから 「なるほど、かれは楽しんでいる訳ですね」 とうなずいて、・ほくは、 「だが、『神』と利害関係を結・ほう、と考えている人間もいる」 またしてもジャクスンだった。誰もがジャクスンの名を口にす と芳村老人の顔を見つめた。知らず、詰問口調になっていたようる。だが、誰ひとりとして、彼が本当のところ何者なのか、を教え てくれようとはしない。説明するまでもないほどの、きわめつけの 「及川君のことかね ? 」 有名人なのだ。 「それに、オデッサという狂信者たちです」 「ジャクスンも、『古代文字』を利用して、権力を握りたがってい 「うむ : : : ″神仙石壁記″を信じた人間は、数多い。どこの国にもるひとりなのですか ? 」 残っている人神伝説が、そこのところの事情をよく説明してくれて 「及川君は、そう考えている。私には、必ずしもそうだ、と断言で いる、と思うんだがね。『神』と手を結ぶ、あるいはなんらかの契きないような気がするのだが。彼は、『古代文字』を読解しようと 約をとり交わすことで、自分の勢力を拡大しようと考えている人間 いうより、むしろ隠蔽したがっているようだ。優れた霊感能者だと は、君が思っている以上に多いんだよ。それも、『神』のゲームを いうことだし、とにかく謎の人物ではあるね」 オしか、と私は疑っているんだが : 構成している要素のひとつじゃよ、 「彼の居所を、及川に教えた、と言われましたね ? どうやって、 ・ : 及川君だが、もともとは公安畑だった男だがね。いつの間にか、 つきとめたんですか ? 」 諜報関係の方で有名になってしまったーーーアジアのその世界に身を芳村老人が、困った、というような表情をした。大きな肩を、す

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特に、精神感応と、透視の実験に驚くべき成果をあげた、と伝 クリーンいつばいに、巨大な顔を見せている。 「そうた」 えられている。だが、好成績に気をよくした軍当局が、本腰をいれ なるほど、と・ほくもうなずいた。彼の名前は、アーサー ・ジャクて、生物学的無線通信の開発にのりだそうとした時には、もうジャ スン、アメリカ人という訳か クスンはどこかへ失踪していた」 「オデッサは、ジャクスンのことについて、どの程度知っている オデッサの次には、精神感能ときた。これでは、まるで極彩色の 、、、、ンヤクスンという男が、霊感能 アメリカコミックの世界だ オデッサ ? 力の持ち主だとしたら、石室でのあの超自然的な出現もなんとか説 ・ほくは首をひねった。なんだったろう、どうやら組織の名らし、 し明がつくのではないだろうか ? : オデッサが彼 が、どこかで聞いたような気がする : 「その後の彼の足どりは、まったく分っていない : 頭の奥をなぐりつけられた思いだった。 と遭遇したのは、ほんの一年前のことだった」 ドイツのオデッサと 拷問されているのは、ドイツ人じゃないか。 金髪の男は、ドイツなまりの、極端にアクセントのついた英語で TJ TJ いえば、むろんナチス親衛隊の特殊機関のことだ。あの悪名高い殺話を続ける。 「第三帝国が残した神話は数多い。総統生存説など、その最もポビ 人機関オデッサのことなのだ。 「本部が、ジャクスンのことをどれだけ知っているかは、私にも分、ラーなものだろう : : : その神話のひとつに、″神仙石壁記〃とい うものがある。もともとは、一世紀の中国、漢の文帝の時代 らない : : オデッサの指導者たちの顔さえ知らないのだ」 金髪の男が、弁解じみた口調で応える。嘘をついていると思われに、鄭はという仙人が編纂した仙術の教典だそうだが : ・ : ・神話は、 その中の″碑読の法″という章に関するもので、内容はこういうも るのを、なにより怖れていた。 「おまえ自身はどうなんだ ? おまえの知っている範囲でいいかのだった : : : 」 金髪の男は言葉を切って、・ほんやりとした眼で天井を見つめた。 ら、ジャクスンのことを話してみろ」 部屋は、暗くて寒く、彼を助けようという人間はひとりもいないの 沈黙 , ー・ー ・ほくは、その沈黙さえ聞きのがすまいと、一心に扉に体をはりつだった 「どうした ? 先を話せ、 かせていた。できれば、部屋にとびこんで、・ほく自身で拷問して 及川の声が、長距離電話のように響く。 も、ジャクスンという男のことを聞きだしたいぐらいだった。 : ヒットラー総統は、占星術を信じておられた。専用の占星術 ージニアで牧師をしていた男だ。アメリカ海「 : 「・・ : : 五五年まで、 だから、″碑読の法″に書 軍と、ウ = スチング ( ウス社とが行なった原子力潜水艦ノーチラス士を、ひとりかかえていたぐらいだ かれてある奇妙な文字に、総統が興味を持たれたことがあった、と 号でのテレ。ハシー実験の際、被験者のひとりとして迎えられた : ・ グレアャンス

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というあの熱情。ーーが、種の特質なのか、それとした。『神』はてこいれにとりかからたんだよ」 見いだしたい、 も、二次的に『神』によって与えられたものなのかは、私にも分ら「それが、君が『古代文字』を壊して歩く理由なのか ? 」 と芳村老人が言った。落ちついた暗い表情だった。 よ、。だが、『神』はそこにつけこんでいるのた、とは断言でき 「そうだ」ジャクスンは応えた。「ぐあいのいいことに、『古代文 る。多分、『古代文字』は、おびき餌のようなものなのだろう : ・ 『神』が人間と遊ぼう、と考える。そこで、『古代文字』が人間の字』を権力への扉だと錯覚している人間は多い。私の仕事は、連中 眼にふれる訳だ。人間のなかでもとりわけ優れたのが、まんまとにおいしい餌をちらっかせて、隙を見つけて『古代文字』を復元不 能にする、たたそれだけのことだ : : : 今回のスポンサ 1 はオデッ 『古代文字』に吸い寄せられてくる。再び歴史が転がり始める : キリシアの海連王と呼ばれる男が援助してくれ サ、スペインでは、・ それも、悲惨な歴史が、だ , た」 「まるで、自分が『神』のような口ぶりだな」 と小が皮肉な口調で言った。「俺には、まったくのたわ言のよう「あんたは、本当にそれで満足なのか ? 」 宗が、変に咽喉にかかった声で言った。「ひどい目にさえ合わな に聞こえる・せ」 ければ、人間が『神』に隷属したままでも、気にならないのか ? 」 それにはとりあおうとしないで、 ジャクスンは、宗をチラリと一瞥して、 「私は、『古代文字』が人間の前に現われたのは、大きく三つの時 「かれは、我々の想像を絶した存在なんだ。人間が、かれをどうこ 期に区分できる、と推測している : : : 最初のそれは、人間を、とに : かれがいかに悪意に満ちた もかくにも精神的に自足していた自然的動物から、神経症的動物にうするなど、所詮不可能なことだよ ; 追いやった。次の時期は : : : 多分、六〇〇年から、五〇〇存在であろうと、われわれはそれにあまんじるしかないんだ」 年にかけてのことだったろう。この時期、ふしぎと偉大な人物が世彼の声は、終りにちかくな 0 ていくにつれて、しだいに陰惨な、 界の各地に輩出している。 = レミャ、釈迦、孔子、というぐあいに苦渋に満ちたものになっていくのだった。 ーエイ・フ 「中国の昔話に、超猿の話があるのを知っているな。人間っての だ。人間の進路が確立された時期、と言えるだろう。その進路が、 どれほど汚辱と悲惨に満ちたものたったかは、説明するまでもあるは、結局、あの猿なんじゃないかね ? どんなに遠くまで行って も、『神』の掌から逃げだすことはできないのさー まい」 : ま沈黙 ジャクスンは、ふいに言葉を切った。自分が、いつの間に力を ・ほくは、底深い無力感が、・ほくのうちに滲んでいくのを感じてい とんど叫ぶようにしていたのに気がついたのだ。呼吸を整えると、 「そして、今、ようやく人類のなんパ 1 セントかが、どんな意味でた。ともすると呑まれてしまいそうなやりきれなさから、逃がれた 、と、う一念が、「だから ? 」とぼくにロ走らせたのだった。 の背信を意識することもなく、『神』などいない、と言い切れるよしし ジャクスンが、チラリと無機的な視線を、・ほくに向ける うになった時 : : : 世界のあちこちから、『古代文字』が発掘されだ 208

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く最新刊〉 ースラップスティック式育児法ー 野蛮人との生活 シャーリイ・ジャクスン / 深町真理子訳第 330 あわて者のママと甘えん坊のパパ、そして野蛮人のような子 供達が巻きおこす様々な事件を描くホーム・コメディー ! 黄金の腕 ネルソン・オルグレン . / 縣尺第 550 賭博、酒、麻薬、女に溺れる生活からの脱却を試みる賭博師 の泥沼の底に悶え喘ぐ姿を描く・・ 。全米図書賞受賞作 ! ローズマリーの赤ちゃん レウ。イン 300 ー 9 8 4 年 オーーウェノレ第 350 料理人 クレッシング 260 山荘綺談 ジャクスン 、ノエ シ・エーー - ・ 7 ァ 第 2 ア 0 ン 第 2 00 く 6 月刊 > トルコ沖の砲煙 華麗なるツビー 既刊 69 点 春にして君を離れ クリスティ イマージュ ′くノレク一 80 愛の重さ クリスティ 第 300 娘は娘 クリスティ 笋 330 ライムライト 第 2 60 グノレニ、工 F ・ S ・フィッツシェラルト C ・ S ・フォレスター 2 70

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・「かれに ? 」 「私は見たいんだよー カその平静さに裏打ちされた強烈な意志を変 「そう : : : 『神』を見るには、ある種の場をつくることが必要平静な声だった。 : 、 えるのは、誰にもできないことのようだった だ。私にはそれができる フ / ーール 「場をつくるには、それなりの準備が必要でね。私のマンション 「私のために、その場をつくってくれる、というのかね ? 」 まで来てもらいたい」 「もし、あなたが望むならば、だが : それだけを言って、ジャクスンはソフアを立ち、・ほくたちの脇を しばらく、お互いの顔を見つめ合う。 すり抜け、ドアに向かって歩いていった。まったく躊躇せず、芳村 「芳村さん ! 」 たまりかねたように宗が叫んだ。「危険だ。のっちゃいけない」老人もジャクスンの後を追おうとする。 「俺たちも行くよ」 芳村老人は、宗を見向くことさえしなかった。 と宗が声をかけるのに、しぶしぶのように足を止める。「招待さ 「どうして、私のために ? 」 れたのは私たけのようだ。なに、心配はいらない。すぐに帰るよ : 「かれを見て、それでもまだ、私を敗北主義者と呼べるかどうか : ・ : 及川君の死体たけで、始末しておいた方がいいな。警察が我々 ・ : そいつを確めたい」 に眼をつけるようなことにでもなったら、やっかいだ」 芳村老人はうなずいて、 一息、言葉を切って、 「行こう」 ・ほくは芳村老人の腕を擱んで、引きずるようにしてぼくの方を向「理亜君の世話をよろしくたのむ」 そのまま、ドアを開けて待っているジャクスンの脇を、すり抜け かせた。 ていこうとする。 「やめた方がいし : ・ : 」自分でも、声の上ずっているのが分った。 「芳村さん ! たのむから、思いとどまってくれよ」 「罠にきまっている。彼は信用できない」 となおも声をはりあげて、宗が後を追おうとした。 芳村老人は、ほとんどまばたきさえせすに、・ほくの顔を見つめ 「来ないでくれ ! 」 た。もう一方の手で、・ほくの腕をゆっくりと外す。 「三十年たよ」彼は言った。「この三十年間を、『神』は実在する、 叱りつけるような口調だった。「これは、私の仕事だ」 とそればかりを証明しようと奔走してきた。今、そいつを、この眼 ドアが閉まった。 で確めることができるのだ」 ・ほくたちは、なすすべもなく、呆然と立ちすくんでいた。 「芳村さん ! 」 じゃりを踏む靴音が遠ざかっていき、やがて、車のエンジンのか 宗が、激しくかぶりを振ってなにかを言いかけ、言葉にならずロけられる音が聞こえてきた。それで終りだった。他には、なにひと ごもる。 っ聞こえてこなかった フィールド 2 ー 0

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組織の人間が、と接触した、と・ほゃいていたそうだ。もう少「俺の部屋に、女がいた」 と、・ほくは言った。「香水をつけた女だ。シャイな性格らしく 6 しで、スペインでキャッチボールをするところだった、とな : : : 血 を見ないですんだのは、かんしんの石板が、あっさりとチームの手て、俺が眼を開けたとたんに、部屋をとびだしていった : : : 」 宗は、その美しい顔に、フッとからかうような色を浮かべて、 から盗まれてしまったからだ」 「それで ? 」 「ジャクスンに、か ? 」 と、訊いてきた。・ほくは、そのロぶりが、気にいらなかったー 「ああ、ジャクスンこ、 冫だ」 ・ほくは唇をなめた。もう、 , まる一昼夜、ここに立っていたような 気分だった。なにもかもはっきりしたようでいて、その実、なにひ「なんとかおっきあいねがえないものか、思ってね」 それには応えようとせず、宗は腕を伸ばして、ぼくの肩を掴ん とっ分ったことはないのだ 「石板を運びだしたトラックの運転手が、死体になって海に浮かんだ。・ほくの顔を、正面から覗きこむ。 だのが、盗まれてから一週間後のことだった。こなごなに砕かれた「そんなことより : : : 」ゆっくりと、彼は言った。「そろそろ、こ こを出る準備を始めた方がいししいかげん、ここにも飽きたんじ 石板が発見されたのが、その翌日だ : : : O—< も、オデッサも、こ れじや手の打ちょうがない。ジャクスンの名が、警察の捜査線上にゃないかね ? 」 気圧されて、・ほくはロごもった。「出るってーーー俺は、ここを出 浮かんだのは : : : 」 ところまでくると、 ていけるのか ? 」 お昼の、連続ドラマだった。いつでも、いい 宗は短く笑った。つき放すようにして、・ほくの体を押す。 番組が終るのだ。 「部屋に帰るんだ。島津さん。無事に、自分の足で歩いて、ここを 「そんなところで、なにをやってるんです ? 」 出ていきたかったら、な」 と、背後からかかった声に、ギクリと・ほくは振りかえった。 ・ほくは、二、三歩後ろによろめいて、宗の顔を見つめた。宗は、 宗、だった。 無表情な眼で、・ほくを見返した。ギリシア彫像のように、整った顔 ・ほくの体ごしに手を伸ばして、扉を押す。 だった。ギリシア彫像のように、なにもしゃべろうとはしないのた カチリと鍵が鳴り、金髪の男の声は、もう鉄扉のはるかむこうに 押しやられているのだった ・ほくは彼に背を向けて、しょんぼりと歩きだした。 「迷ったんですか ? 部屋まで、送りましよう」宗は言った。「か 作家氏が言いかけた「中国の : : : 」に続く言葉は、多分、「神仙 ぜでもひかれると、ことだ」 ジャク ・ほくは舌のさきにからいものを感した。気の小さい覗き屋のよう石壁記」だったのだろう。石室に現われた男は、ア 1 サー スンという名で、五五年まで・ハージニアで牧師をしていた、という に、とびあがって驚いた自分が、ひどく腹だたしかった。

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「私の母はユダヤ人だった」 惨な境遇を強いられていたへ・フライの民を、解放しようとした革命 ポツリと、暗い感じの声で言った。 家のモ 1 セが、自ら独裁者の道を選ばねばならなかった、というの 「だからという訳ではないが、私はやはりへプライ民族を、選ばれは皮肉な話たが : : : 考えてみるがいい。ャハウェ神の言葉だとされ た民、だと考えたい。砂漠という過酷な環境のせいなのだろうか : た十戒は、当時、ごろっき集団以上のものではなかったへ・フライ民 ・ : 私には、彼等たけが、『神』の正体を知ることができたように思族を、より少い摩擦で遊牧民族に再構成するための、非常によくで えるー きた法律じゃないか」 「ねたむ神、か ? 」 「だが、失敗した」 「そう : ・ ″汝の神ャ ( ウ = は、ねたむ神なれば、父の罪を子にむ「そうだ : : : モ 1 セは、四十年もの間、ヘ・フラ民族をひきつれて くいて、二、三代におよ・ほし ″、旧約聖書のヤハウェ神こそ、砂漠を放浪したあけく、失意のうちに死んでいった。スケールこそ 『神』の真の姿ではないだろうか ? 違うが、そこで死んでいる二人の男と、事情がよく似ているとは思 「本気でねたむほど、『神』が我々に関心を持っているだろうかね」わんかね ? 」 「 : : : どんな言葉を使えばいし 私は霊感能者だ。私にとって、 「君は、まさかモーセの十戒を : ・ ・ : ただそれだけのものだ 『神』が存在するのは、疑いようのない事実なのだよ。ところが、 「確かに、素朴な道徳律かもしれないが : いざ彼のことを説明しようとすると、不正確な表現しか思いっかな ったら、こうまで深くユダヤの歴史に刻みこまれるものだろうか。 アナロギア・エノテンス いのだ。そのあいまいさが、カトリック的な″存在の類比″を導い私は、そこに『古代文字』がなんらかの形で関係していた、と考え る」 て、結局は総てを混沌とさせてしまう」 「私は、君が自分の役割りを説明するのを、待っている : : : ぐちを「そして、ユダヤ人の悲惨な歴史か : : : 」 聞きたい訳じゃない」 「そうだ」ジャクスンはうなすいた。「それが、『神』のやりくち ジャクスンは、顔を上げて、芳村老人を見つめた。自分を相手に なんだ。かれと取りひきしようとひとりの人間が考えるーーその結 して、一歩も後へ退こうとしない芳村老人に、畏敬の念を抱き始め果、恐しく大勢の人間が苦しむはめになる」 たようだった。 「一体、『古代文字』とはなんなんだ ? 誰ひとりとして解読する 「分った : : : 話は手短かにすませようー ことができない。だが、それが文字であることは、誰もが感じと と彼はうなすいた。「『神』となんらかの形で契約を結ぶことで、 る。まるで : : : 」 力を獲得しようと考えた人間は多い : : たとえば、モーセた。モー と芳村老人が絶句するのを、嘲るように、 セは、ヤハウェ神の恐しさを利用して、独裁政権をうちたてようと「まるで、『神』のように」 した、とは考えられないだろうか ? エジ。フト王朝の奴隷として悲 ジャクスンが言った。「人間だけが持っ渇きーー己の生に意味を 207