古代 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1974年7月号
55件見つかりました。

1. SFマガジン 1974年7月号

論理レベルが違うものに人間の論理を適用しようとするのがいか いつも例をあげるようだが、〈私はリンゴを食べる〉も、〈リン これを記号式で表に危険であるか、を承知のうえで、・ほくはそう考えたいのだ。 ゴを私は食べる〉も、文の意味に変わりはない。 わせば、〈 N 十 x ( ) 〉十〈 N 十 x 、〉Ⅱ〈 N 十 x 、〉十〈 N 十仮に、「古代文字」の論理レベルと、・ほくたちの論理レベルがま ったくずれたものだ、とする。だとすると、・ほくたちが「古代文 x ( 戸 ) 〉となり、左辺と右辺は互いに置換可能である、と読 字」を文字であると判断し得るのを、どうやって説明したらいいの む。ま、翻訳をする時には、こういった規則が約九五〇、コンビ = 1 ター翻訳たったら三〇〇もあれば充分だ この直感は、どこからくるのか ? この二つの方法が、いかなる個別言語を解析するのにも有効であ る、ということは、とりもなおさず、言語が人間の脳によ 0 て規制「古代文字」が、二つしか論理記号を持たず、しかも関係代名詞が 十三重以上に組み合わさっている、という性質にもかかわらず、な されている、という証しでもある。 人間の記憶には二種類ある、といわれていゑ長時間記憶と、短お枝分れ構造をとり得るとしたら : : : 総ての単語が一義的であるか 、言たーーー二つのうち言語に直接関係するのは、無論短時間記らだ、とでも考えなければつじつまが合わない。 憶の方なのだが、この短時間記憶の容量は僅かに七 ~ 九 = = , ト以勿論、今はまだ仮説とも呼べない、ほんの思いっきの段階にすぎ ない。たが、この思いっきだけが、「古代文字」に再度アタックす 下にすぎない。 関係代名詞が七重以上入り組んだ文を、人間が理解できないのるための、唯一のとっかかりなのだ も、実はこのためなのだ。 オデッサのアジトだからといって、外観に特異なところがある訳 つまり言語構造は、それが人間のものであれば、必ず枝分れ構造 ではない。古い石塀に囲まれた。赤煉瓦造りの二階建て洋館 : : : こ になっている。 の高台の住宅街では、むしろ、ありふれた建物なのだ。 言理記号が二つしかなく、関係代名詞が十三重以上入り組んでい くレト」の文字。 門の石柱に打ちつけられた標札の、「・ / ノ るーーこの二つの事実が、・ほくをして、「古代文字」は枝交叉構造 ハティオ その門の鉄柵をとおして見える中庭に、二台の車が置かれてあっ と思わせた。 になっているに違いな、、 た。と、べンツだった。及川が乗るとしたら、どちらの車が相 が、本当にそうなのだろうか ? なんとも言えなかった。べンツのようでもある 応しいだろう ? 今になって思うのだが、ぼくはいくらか早計にすぎたようだ : それが、・ほくたちの知る枝分れ構造と著しく違うものにしろ、「古し、のような気もした。 代文字」もなんらかの形で枝分れ構造にな「ている、とは考えられ実のところ、彼が来てるかどうかさえ、は「きりしないの、だ 0 こ。 ないだろうか ? 「ばかに遅いな」 な・せなら、枝分れ構造は、論理的な構造であるからだ 202

2. SFマガジン 1974年7月号

めに、こんなべら・ほうな金を使ってる訳じゃないぜ」 と言いすてると、彼はクルリと後ろを向いて、そのまま・ほくから 「このイエロー野郎が : : : 」 離れていった。 コン。ヒューターをいじっているより、ウエスタンハットをかぶせ ぼくがこうまで苛だっていたのは、なにより、仕事が事実上スト て牛を追わせた方が、よく似合いそうな若僧が、なおも喚きたてよ ップしていたからだ。しかも、いきづまりを打開できそうな見込み うとするのを、 は、まったくたたないありさまなのだった。 ここでは仕事を再開した時には、目先を変えたいこともあって、 「俺もイエロ 1 だぜ」 の一言で、佐久間は沈黙させた。唇がまくれあがって、大歯がむ比較言語学のテーゼを、「古代文字」に適用することを思いつい きだしになる。夜道で出会いたくない奴をひとりだけ挙げろ、と言た。正直、音韻をあれ以上どういじくっても、ろくな結果がでると は思えなかったのだ。 われたら、・ほくはためらうことなく彼の名を挙げるだろう。・まった 比較言語学のテ 1 ゼとは、 くその若僧でなくても、心底慄えあがりそうな残忍な笑いだった。 若僧に、行け、と顎をしやくって、佐久間は・ほくに向き直った 0 「いくつかの個別言語で、同じ形式が同じ内容を持っことがあるの 「いいかげんにしなよ。先生」彼は言った。「あんたは、とんだト は、共通の起源を持つからである」 ラ・フルメーカーだ。一体、なんどこの連中といざこざを起こせば、 というものだった。もし、「古代文字」と・ほくたちの言語とは論 気が済むんだ ? そうそう、技術屋さんのスペアはないんだぜ」 理レベルが違う、というぼくの考えが正しいとしたら、「古代文字」 ・ほくは、彼の顔から眼をそむけた。所属する権力の強大さを、・そ、。 / にこのテーゼはあてはまらないはずだった。 のまま自分の強さと信じて疑わない男の厚顔さと、とても真正面かそのことを確めるだけでも、比較言語学からのアプローチには意 ら向かい合う気にはなれなかった。この男がイエローの一員なのだ味がある、と・ほくは臥った。 ホリネシア語だった。サ から、イエローという言葉が、人を罵倒するのに使われるとしても今回、・ほくがスケールに使った言葉は、 : ンスクリットには飽き飽きした、というのが主な理由だった。 当然だ、という気がした 「外出したい」・ほくはかすれた声で言った。「もう、一カ月も地下ポリネシア語以外にも、六つばかり古い言語を準備して、・ほくは 仕事を開始した。 生活を続けているんだ。ストレスで苛々したって不思議はない」 ・ヘース・フ戸ア そう、・ほくがいるのは、ひどく設備が整った地階だった。窓勿論、比較言語学のテ 1 ゼがつけ入る隙など、「古代文字」にあ がびとつもないのも、当然だった訳だ。窓のない部屋で眼覚め、窓ろうはずもなかった。それがはっきりしただけでも、 ( 逆説的に聞 ルーティン のない仕事場に出かけ、窓のない部屋に帰ってくる , ーーこんな日常こえるかもしれないが ) 研究は成功だった、と言えるだろう。 もしも、はっきりしたのが、その点たけであったならば、の話だ 一カ月も耐えられる人間がいたら、お目にかかりたいものだ。 「いいかげんにしな、と言ったんだ」 に 8

3. SFマガジン 1974年7月号

考えてもみるがいし うに、体が重く感じられた。 そうでなければ、どうして翻訳などという作業が成立するもの 4 研究室をしめだされてから、もう二カ月がすぎようとしていた。 ひび ばくは、その日日のほとんどを、あの石室の壁に刻まれていたものか。 ところが、「古代文字」をどういじくってみても、言語の普遍的 を研究することで費してきた。 ばくが、それに、「古代文字」という名をつけたのが、研究者と条件が浮かびあがってこないのだ。そのくせ、それが文字であると とんどん深まっていく。・ほくにしても、弱音のひ う確信だけは、・ して正しい態度だったとは思えない。それが文字であると断言するい には、あまりに積極的なデーターが欠けすぎているからだ。が、よとつも吐きたくなるじゃないか ぜかそれが文字でない訳がない、という確信めいたものがあったの始めのひと月は暗中模索だった。 二カ月めに入った時、サンスクリット語を音素より下の単位に分 だ。そして、文字であるからには、必ず解読できるはずだった。 勢いこんで「古代文字」の解読にとりかかったぼくは、しかし、解し、その単位を「古代文字」の方にランダムに当てはめてみては どうか、とふと思いついた。確とした根拠があった訳ではない : そのとばくちでもうつまずいてしまったのだった。とっかかりが まるでないのだ。 世界の総ての言語の言語音がかなり少数の要素から成り立ってい 「古代文字」は ( それが文字であるとしての話だが ) 、・ほくの知っる、という理論があったのを思い出し、意味にはどうにも歯がたた ないが、音素だったら可能な組み合わせ数もかなり限定されるので ているいかなる文字とも異っていた。 をないか、と考えたのが直接の動機だった。 誤解しないでもらいたい。 サンスクリット語を選んだのは、まったくの勘だった。 ・ほくが言っているのは、変形規則が異なるとか、語形が異なるな どということではない。その程度のことで弱音を吐くほど、ぼくは実際、その仕事は、・ほくが持っている卓上電子計算機には荷が重 やわな研究者じゃないつもりだ。「古代文字」には、あらゆる文字過ぎるようだった。ぼくは、毎晩のように、研究室の連想コン。ヒュ に共通しているはずの、言語それ自体の普遍的条件が、ごっそり欠 1 ターで仕事をもている自分を夢みたものだ。 にもかかわらず、・ほくはある目安を得ることに成功したのだった 落しているのだった。 それは、要した時間のことを考えれば、あきれるほど徴微たる 確かに、世界には様々な個別言語が存在する。が、それら個別言 語が、互いにどれだけ違うものに見えようと、そこには共通した規目安だったが、手のつけようもなかった「古代文字」にとっかかり をつくった、ということに間違いはよ、。 制が働いている。 人間の頭脳だ つまり、「古代文字」から、論理記号をビックアップするのに成 つまり、人間の頭脳には、言語に存在しうる変形が必ず満足する功したのだ。「そして」とか、「あるいは」とか、「ならば」とい うあの論理記号を、だ。 普遍的条件が、あらかじめ与えられている訳だ。

4. SFマガジン 1974年7月号

というあの熱情。ーーが、種の特質なのか、それとした。『神』はてこいれにとりかからたんだよ」 見いだしたい、 も、二次的に『神』によって与えられたものなのかは、私にも分ら「それが、君が『古代文字』を壊して歩く理由なのか ? 」 と芳村老人が言った。落ちついた暗い表情だった。 よ、。だが、『神』はそこにつけこんでいるのた、とは断言でき 「そうだ」ジャクスンは応えた。「ぐあいのいいことに、『古代文 る。多分、『古代文字』は、おびき餌のようなものなのだろう : ・ 『神』が人間と遊ぼう、と考える。そこで、『古代文字』が人間の字』を権力への扉だと錯覚している人間は多い。私の仕事は、連中 眼にふれる訳だ。人間のなかでもとりわけ優れたのが、まんまとにおいしい餌をちらっかせて、隙を見つけて『古代文字』を復元不 能にする、たたそれだけのことだ : : : 今回のスポンサ 1 はオデッ 『古代文字』に吸い寄せられてくる。再び歴史が転がり始める : キリシアの海連王と呼ばれる男が援助してくれ サ、スペインでは、・ それも、悲惨な歴史が、だ , た」 「まるで、自分が『神』のような口ぶりだな」 と小が皮肉な口調で言った。「俺には、まったくのたわ言のよう「あんたは、本当にそれで満足なのか ? 」 宗が、変に咽喉にかかった声で言った。「ひどい目にさえ合わな に聞こえる・せ」 ければ、人間が『神』に隷属したままでも、気にならないのか ? 」 それにはとりあおうとしないで、 ジャクスンは、宗をチラリと一瞥して、 「私は、『古代文字』が人間の前に現われたのは、大きく三つの時 「かれは、我々の想像を絶した存在なんだ。人間が、かれをどうこ 期に区分できる、と推測している : : : 最初のそれは、人間を、とに : かれがいかに悪意に満ちた もかくにも精神的に自足していた自然的動物から、神経症的動物にうするなど、所詮不可能なことだよ ; 追いやった。次の時期は : : : 多分、六〇〇年から、五〇〇存在であろうと、われわれはそれにあまんじるしかないんだ」 年にかけてのことだったろう。この時期、ふしぎと偉大な人物が世彼の声は、終りにちかくな 0 ていくにつれて、しだいに陰惨な、 界の各地に輩出している。 = レミャ、釈迦、孔子、というぐあいに苦渋に満ちたものになっていくのだった。 ーエイ・フ 「中国の昔話に、超猿の話があるのを知っているな。人間っての だ。人間の進路が確立された時期、と言えるだろう。その進路が、 どれほど汚辱と悲惨に満ちたものたったかは、説明するまでもあるは、結局、あの猿なんじゃないかね ? どんなに遠くまで行って も、『神』の掌から逃げだすことはできないのさー まい」 : ま沈黙 ジャクスンは、ふいに言葉を切った。自分が、いつの間に力を ・ほくは、底深い無力感が、・ほくのうちに滲んでいくのを感じてい とんど叫ぶようにしていたのに気がついたのだ。呼吸を整えると、 「そして、今、ようやく人類のなんパ 1 セントかが、どんな意味でた。ともすると呑まれてしまいそうなやりきれなさから、逃がれた 、と、う一念が、「だから ? 」とぼくにロ走らせたのだった。 の背信を意識することもなく、『神』などいない、と言い切れるよしし ジャクスンが、チラリと無機的な視線を、・ほくに向ける うになった時 : : : 世界のあちこちから、『古代文字』が発掘されだ 208

5. SFマガジン 1974年7月号

を示していた。 とはできない、と言ったのはヴィトゲンシュタインですがね。同じ 0 7 「なにからなにまで、総てーー」 ことが、『古代文字』に関しても言えないでしようか : : : ま、ぼく ぼくは応えた。手のなかにあるチューリップグラスの・フランデー の言葉で言えば、その世界と、・ほくたちの世界との外延が、たまた ・ほくをいくらか気楽にしていた。 ま重なりあっている部分、それが『古代文字』の存在を感知する、 いや、・フランデーのせいばかりではない。 という形で現われるのではないか、と」 枯葉色の壁紙、背の高い椅子、絹張りのフロアスタンド、本物の老人の柔和な眼を、鋭い光がかすめて、 炎を燃やしているマントルビースーーその部屋の総てが、ぼくのさ「その世界かね ? 君は意識していないだろうが、我々は、その世 さくれた情感をゆったりとくるみ、アットホームな気分にしている。界の存在を、ひとつの前提として話を進めている : ・ , : ・その世界と 「となると、順序として、やはり『古代文字』のことからだが は、どの世界のことだろう ? 」 どうでした ? あの文字を研究されてーーー」 「いや」ぼくはロごもった。「たんに、言葉のあやセすよ , 「どうだったとは ? 」 「ごまかすのはやめたまえ。君は、その世界がなんであるか、薄々 は感づいているはずだ」 「失礼な言いかたになるかもしれんが、歯がたちましたか ? 」 ・ほくは、自分が知らず追いつめられていたのだ、とようやく覚っ ・ほくは、しばらく・フランデーの琥珀色を見つめていた。歯がたた た。総てが、ぼくをある結論へと導くために、巧妙にしくまれてい なかった、と応えるには、あまりにプライドが強すぎる たのだ、と 「ラッセルの階型理論、というのをご存知ですかフ 「確かに、あの文字には、論理記号が二つしかありませんし、関係 ・ほくは逆に老人に説き返した。 代名詞ときたら、十三重以上に入り組んでいる」 ぼくは、罠から逃がれよう、と必死にもがいた 「集合を元とする集合は、元である集合より、一階梯上にある、と 「ですが、それたけで、結論をだすのは : : : 」 いう仮定なんですけどね。こいつを、『古代文字』にあてはめると、 「その世界とは、どの世界のことかと説いているんだよ」 元が集合を理解するのは不可能だ、ということにでもなりますか」 「ぼくにそれを言わせるのは、酷だ。・ほくは、こう見えても科学者 「元が我々で、集合が『古代文字』ですか」老人は笑った。 ですよ ・ほくがそれを言うのは、自殺行為に等しい」 「歯がたたなかった、と言われる」 「はあ」 「言うんだ。島津君 ! 」 ぼくのうちでテンションいつばいに張りつめていたなにかが、プ 「たが、元であるはずの我々が、集合である『古代文字』の存在を 感知することができる、というのは矛盾ではないかね ? 」 ツリと音をたてて切れた。 「人は、神秘的なものを感じることはできる。ただ、それを語るこ「神の世界だ ! 」

6. SFマガジン 1974年7月号

るのさえむずかしい」 置いている人間は、大なり少なり華僑に知り合いができるものだ。 「そう・ : : ・その意味で、「神』を因果と考えるのも、納得できない われわれには、彼がもたらしてくれる情報が必要だったし、彼に 点がある。結局、かれは遊んでいるのた、と考えるのが最も正確なは、宗君のお父さんの勢力が必要たった訳だ。残念な話だよ。あれ のではないだろうか ? 」 ほど優秀な男が、野心がありすぎるばかりに、『古代文字』を読解 「遊んでいる ? 」 しさえすれば、世界を手中に収めることができる、と本気で信じて 「ひどく不愉快ではあるが、そう考えると、かなりつじつまが合う んだよ。『古代文字』は『神』のチッゾであって、今回、自動翻訳「よく、・ほくを釈放してくれる気になったものだ」 を研究している君を見のがしたのも、大きくはるつもりだからだ、 「交換条件だったんだよ。君が、『古代文字』を読解するのは、む とね : : : 遊びであるからには、それなりのルールを自分にかしていずかしそうだ。少くとも、一年や二年はかかるだろう。だから、ジ る、としても不思議はない。そうでもなければ、我々のようなグル ヤクスンの居所を教えてやる代りに、君を引き渡してくれないか、 1 プを放っておくはずがないだろう」 と持ちかけてやったら、一も二もなくとびついてきたのさ。及川君 は、ジャクスンが『古代文字』を読解した、と信じきっているから 「なるほど、かれは楽しんでいる訳ですね」 とうなずいて、・ほくは、 「だが、『神』と利害関係を結・ほう、と考えている人間もいる」 またしてもジャクスンだった。誰もがジャクスンの名を口にす と芳村老人の顔を見つめた。知らず、詰問口調になっていたようる。だが、誰ひとりとして、彼が本当のところ何者なのか、を教え てくれようとはしない。説明するまでもないほどの、きわめつけの 「及川君のことかね ? 」 有名人なのだ。 「それに、オデッサという狂信者たちです」 「ジャクスンも、『古代文字』を利用して、権力を握りたがってい 「うむ : : : ″神仙石壁記″を信じた人間は、数多い。どこの国にもるひとりなのですか ? 」 残っている人神伝説が、そこのところの事情をよく説明してくれて 「及川君は、そう考えている。私には、必ずしもそうだ、と断言で いる、と思うんだがね。『神』と手を結ぶ、あるいはなんらかの契きないような気がするのだが。彼は、『古代文字』を読解しようと 約をとり交わすことで、自分の勢力を拡大しようと考えている人間 いうより、むしろ隠蔽したがっているようだ。優れた霊感能者だと は、君が思っている以上に多いんだよ。それも、『神』のゲームを いうことだし、とにかく謎の人物ではあるね」 オしか、と私は疑っているんだが : 構成している要素のひとつじゃよ、 「彼の居所を、及川に教えた、と言われましたね ? どうやって、 ・ : 及川君だが、もともとは公安畑だった男だがね。いつの間にか、 つきとめたんですか ? 」 諜報関係の方で有名になってしまったーーーアジアのその世界に身を芳村老人が、困った、というような表情をした。大きな肩を、す

7. SFマガジン 1974年7月号

・ヘース・ロジッグ ( △ ) 、含音 ( っ ) 、選言 (>) 、否定 ( ~ ) 、必然性 ( ロ ) と表わさ 基論理が在するのではないだろうか ? その基論理が発見された時、記号論理学は、が発見されれるのだが、そのうちのどれが欠けても、人間の脳は論理を操るこ た後の生物学がそうであったように、まったく新しい局面へと分けとができないのだ。 ・ほくの言いたいことが、分ってもらえただろうか ? 入っていくことだろう。 ・ヘース・ロジック ここに、五つの論理記号を持っことでどうにか論理を操ることの 案外、基論理を発見するのは 0 記号論理学者ではなく、・ほくの コンビューター 0 できる存在と、二つの論理記号で用足りる存在とがいるとする。両 ような、境界科学に籍を置く者かもしれない ノン ・ヘース・ロジック 能力の限界が、記号論理学が結局はっき当らざるをえない " 人間の者を橋渡しする基論理がありうるか ? 答えは否だ・ーー論理レ・〈 ルが、あまりにかけ離れすぎている。 思考の限界″と合致するとは限らないからだ。 べース・ロジック こうして、・ほくはひとつの結論に達したのだった。 かりに、基論理というものが存在するとしたら、「古代文字」 それがなんであるかは想像もっかないが、古代文字を使用してい が、メタ言語としての機能を備えているかどうか、はなはだ疑わし たのは、人間ではありえないという結論に、だ とんな いことになる。つまり、「古代文字」と普通言語との間に、・ 継続にしろ、開始にしろ、とにかく「古代文字」に再びとりくん 種類の論理であれ、共通しているとは想像し難いのだ。 ・ほくが、「古代文字」を一種のメタ言語だと表現したのは、それでから、もう一カ月が過ぎようとしていた。人間がひとり、よれよ 一カ月という時間は決して短すぎはしない。 れになるのに、 ・、、ただ二つの論理記号しか所有していないからだ。 充分なくらいだ。 「メタ言語は、メタ論理の対象として研究される対象言語よりも、 確かに、彼等は約束どおり、普及型コンビューター、アナログコ より有限的な性格を持たなければならない」 ン。ヒューター コン。ヒューター入出力機器などがワンセット揃った という原則があるのをご存知だろうか ? 世界のあらゆる個別言語が、五つの論理記号を持っていることか部屋と、数人の外国人技術者を〈ルスーとして、・ほくに提供してく ノ / ーたちが、まず悩みの種だった。彼等 ・こが、そのヘレく れた ら、「古代文字」はメタ言語としての条件を満足しているーーと、 まあ考えることはできる。だが、それはそれだけの話で、たんに見は、実に呑みこみが悪かったし、貧相な東洋人の下で働くのが屈辱 に思えるらしく、次から次にとめまぐるしく入れ替るのだった。 かけ上のことにすぎない。 ある日、ひどく初歩的なミスを犯した男を怒鳴りつけて、そのあ 言葉を変えてみよう。 世界のあらゆる個別言語ではなく、人間の脳が、五つの論理記号げく、あわやと「組み合いにまで喧嘩が = スカレートしてしま「た ことがあった。 を持っているのだ、と 「止めないか」 その論理記号は、「そして」、「ならば」、「あるいは」、「でない」、 とぼくたちを割って入ったのは、佐久間だった。「喧嘩させるた 「必然である」の五つであって、それそれの名称と記号は、連言

8. SFマガジン 1974年7月号

「そうか」と源内はぼつつりといった。「どうじゃ。添うつもりは なじであったのだ。 そして、この太陽と人の輪廻転生の二つの次元をわけ隔てるものないか」 が穴だった。太陽の場合は、太陽の洞窟が想定され、人の場合に「その気持はありませぬ」 は、母の胎、疑似母胎たる墓であった。古代日本人の観念もおなじ「他に好いた女でもおるのか」 で、太陽・神・人間に共通する特質は、東から来るもの、常在せぬ「いし 「では、なぜじゃ ? 」 もの、穴にこもるもの、であったのである。 「幻之進、一生を忍法道に徹することを、天地神明に誓ったゆえ」 「女子がいては邪魔だと申すのか」 また、しばしの沈黙がつづいた。 「はい」 日暮れがせまり、作業場は冷えこみはじめていた。くだんの壷 は、文献類をしまった棚の上にあった。ロ縁の複雑な形状が、火焔「そうか」 の名そのままに、燃えあがった時の停止の中で、凍りついているよ源内は、ひとり首を振った。 「しかし、父上。なぜに急にかようなことを : : : 」 うにみえた。 古びておるようで、真新しくもあった。あたかも、時の流れより「呪繩文を解く鍵は、お福殿の体中にあるとおもうからよ」 離脱しているようだった。それは、日本古来の神道の観念を具現し「まさか」 「いや。あの夜、殿中にて田沼様は、『驅にきく』といわれた。お ている。神道において、古さは穢れである。白木の真新しい神明造 りの社殿のように、神道の理想は明浄である。神道では、歴史的古そらく、お福殿自身も知らぬ秘密がのう、彼女の柔膚に秘められお さを汚穢とみるのだ。対して神道の示す原始的古さは、始源の色するに相違いない」 「とすれば・・ : : 」 なわち真新しき白木によって象徴される。 幻之進も何かにおもいあたった様子だった。困惑が表に現われて そのとおり、謎をはらむ火焔土器は、原始のままあった。まる で、日々に、刻々に、寸秒においてまた瞬間において、新らたに更いた。 「うん。その謎は、交合のときに現われる。 : : : 故に、謎を解かん 新されているように。 と欲すれば、彼女を犯さねばならぬ」 「解かねば、ならぬ。なんとしても」 と語った源内の瞳は、はっとするような狂気の翳りを帯びてい 源内は、心に誓った。源内は、凍てついた心を鬼とした。そし て、 と、そのとき、 「幻之進。尋ねるが、そなた、お福殿をどう想っておる ? 」 かわや にしよう 「えつ」突然きかれて、幻之進は戸惑をみせた。「よい女性ですな」厠の方角より、異様の悲鳴。 けが こ 0 おなご 2 5

9. SFマガジン 1974年7月号

またしてもコンビューターは、ばくが予想もしていなかった「古だった。憎悪ーーそう、それだけが、ぼくの唯一のよりどころであ 代文字」のありえない構造をはしきだしてきたのだった。それにより、生きている証しでもあった。 ると、「古代文字」の関係代名詞は、なんと十三重以上に入り組ん 負け大にだけはなりたくない。 でいるらしかった。 が、「古代文字」は、・ほくのあらゆるア。フローチをきつばりと撥 人間は、関係代名詞が七重以上入り組んだ文章を理解することがねのけて、未だ不可解なまま・ほくの前に在るのだった。 できない、というのに、ど 時に、宗が、研究室にプラリと姿を現わすことがある。彼は、ド それに加えて、及川からの、三日をおかずの催促の電話がある。 アの脇の壁に背をもたせて、「古代文字」を相手に悪戦苦闘してい ぼくがやっているのは、「古代文字」の構造をつきとめることでる・ほくを、ジッと見つめるのだ。 あって、それ以上のことを期待されても、ばくに限らず誰を連れて「順調にいってますか ? 」 きても不可能な話だ、と口をすつばくして説明する。 と彼が尋ねる。 「出てってくれ」 すると、彼は応えるのだ。 「事情はよく分った。ところで、『古代文字』の翻訳にとりかかれと・ほくが応える。 るのよ、、 ー、つからだね ? 」 すると、なにか満足げな様子で、彼は部屋を出ていくのだった。 なにもかも熟知しているくせに、けろりと・ほくを追いたてにかかそれは、獲物がしだいに罠に追いつめられていくのを楽しむ狩人の るその面憎さには、ある種の爽快感さえ感じた。が、追いたてられイメージを、奇妙にだぶらせる姿だった。 る身になれば、そうとばかりも言ってられない。 酒を飲むのは許されなかった。 どうだろう ? : 、女は、定期的にぼくの部屋に送り届けられてきた。毎回、違 ぼくが頭を抱えてしまった、としても無理のない話ではなかった った女だった。 とんな種類の女性だったのだろう ? みな一様にな 彼女たちは、。 ぼくは、しだいに熱にうかされているような欝状態にのめりこんげやりで、その身辺に荒廃した雰囲気を漂わせていた。 でいった。極度の疲労と、焦燥感とーー・それに、自分は、今、汚れ女たちは、セックス以外のものを決してぼくに与えようとはし た手と握手することで仕事を続けているという罪悪感、とがその原なかったし、ばくもまたそれ以上を望む気にはならなかった。ぼく は、なんのテクニックも思いやりもなく、ひたすら女の体をむさば 因だった。 毎日が、鳥の羽ばたきのように、あわただしくすぎていった。 すでに、河井啓三の傲慢な顔も、木村の勝ち誇った顔も、・ほくの 行為の時、良子の顔が、フッと・ほくの脳裏をよぎることがあっ 5 脳裡から消え失せていた。残されたのは、ひどくざらついた芯だけた。

10. SFマガジン 1974年7月号

「仲間割れは許さん」 及川が、げ 9 そりとした声で言った。彼が仲間を愛していると 冫誰か見ても思わないだろう ・ほくに向き直る。 「君は、その男を見たのだ」彼は念を押すように・ほくに言った。 ・ほくの仕事は、及川が言った″うちの研究室 4 で、その翌朝から 「そいつを、自分の頭によくたたき込んでくれ」 継続されることになった。いや継続という言葉を使うのは、適当で 彼は頭を上げて、ぼくの肩ごしに、「やってくれーと宗に命じた。 ないかもしれない。むしろ、開始されたと言うべきだろう。分って ーーーただそ ぼくは宗を振り返った。宗は、ドアの脇にとりつけられてある制いたのは、「古代文字」には、二つの論理記号しかない 御板のスイッチを、無雑作にオンに入れた 9 れだけなのだから 9 テレビモニターに、・生命が甦った 9 少し、整理してみよう。 まるで蜂の複眠を透かして見たように、百人の髭面男が、・ほくた 石室に刻まれていた「古代文字」は、 ( こんな乱暴な表現が許さ ちを見下ろしている。テレビモニターに映っているそれらの顔は、 れる、としたらの話たが ) 薄い文庫本一冊ぐらいの分量にはなる、 いずれもひどく似通った感じの、外国人なのだった。 と思う。つまり、ひとつの言明変数に運ばれている情報量が、恐し ぼくの視線は、最初からあるひとつの顔にだけ、吸い寄せらく多いのだ。いや、この「古代文字」に関して、情報量という言葉 れていた。 を使うこと自体、多分正確さを欠くことになる。 一体、なんと説明したらいいのだろう ? ショックだった。 「このなかに、君が石室で会った男よ、、 ぼくがやろうとしているのは、元が集合を語ること、哲学者のヴ ーしるかね ? 」 彼はいたーー固く封印されて、もう決して思いだされるはずのな イトゲンシュタインが言った、あの「語りえないもの」、を語ろう かった男の顏が、具体的な映像となって、そこにあった。 とすることなのだ。 ぼくは、その男を指で差した。 誤解されるのを承知であえて言ってしまえば、「古代文字」は一 部屋の雰囲気が、一変するのが感じられた。 種のメタ言語なのだ。 「やはり、その男かー及川が、かすれた声で言った。 ・ほくは、一種の、と表現した。 「やはり ? 」・ほくは及川を振り返った。「この男を知ってるのか ? 」もってまわった言い方かもしれないが、これもやむをえない。そ 及川はそれには応じようとせず、 う、厳密には、「古代文字」はメタ言語ですらない・ : これは、記号論理学の専門家が聞けば、首をかしげそうな説だ 「明日からでも、うちの研究室で仕事に入ってもらおうか。君も疲 れただろう。今晩はゆっくり休むんだな」 ・、、たとえば、実数、実数の集合、実数の集合の集合、というように な逐次階型をのぼっていく集合にも、その全体を貫くことが可能な あの冷たい声音にもどっていた。