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検索対象: SFマガジン 1974年8月号
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1. SFマガジン 1974年8月号

ドールが叫んだ。身体をこわばらせてじっとしているっているの ? まるで彼が何を発見したのかわかっているみたい 「動くな ! 」 三人の前に砲身が回って来る。恐怖の一瞬、それは彼らの頭上で唸ね」 りをあげて止まり、それから元の位置に戻った。やがて音がやみ、 「そうだよ」ドールは彼女に笑いかけた。「すべての種族が持って いる伝説を知っているかい ? 隠された財宝と、それを護り、誰も 砲は静かになった。 タンスはヘルメットの中で虚ろに笑った。「指の先にまで神経を近づかないように見張る大蛇や竜の神話のことを ? 」 使わなければいけませんね。よく注意します」彼は円盤形の砲台に彼女はうなすいた。「それで ? 」 ドールは原子砲を指さした。「竜さ。来たまえ」 の・ほり、慎重に砲の背後に歩いていった。その姿が視界から消え「あれが」 こ 0 三人がかりで鋼鉄の蓋を持ちあげて脇にどかそうとした。それを 「彼はどこへ行ったの ? 」ナーシャがじれったげに言った。「わた 終えた時にはドールは汗みすくだった。 したちを殺すつもりかしら」 ルが不平を言って、暗く口を開けた 「これは割にあわないな」ドー 」ドールが叫ぶ。「どうしたんだ ? 」 「タンス、戻ってこい 「ちょっと待ってください」しばらく声がない。やがて、考古学者竪穴を覗きこんだ。「そうでもないか ? 」 は戻ってきた。「興味深いものを見つけました。来てください、見ナーシャが懐中電灯をつけて、階段を照らしだした。段にはほこ りや石塊が厚く積っている。穴の底に鋼鉄の扉があった。 せてあげましよう」 「来てください」タンスは興奮して言った。彼は階段を降りはじめ 「なんだい」 「ドール、あなたはこの大砲が敵をここに近寄らせないためにあるる。一一人が見守るうちに、彼は扉にとりつき勇んで引張ったが開か と言いましたね。なぜ敵を近寄らせないのか、・ほくにはわかったんなかった。「手伝ってください ! 」 ルは扉を調べた。かん 「よし」一一人は慎重に彼の後についた。ドー です」 ぬきが付いて鍵がかかっている。扉には表示があったが解読できな ニ人はけげんそうな顔をした。 、力学ー 「この原子砲が何を保護するために建造されたのか説明できると思 「どうするの ? 」ナーシャが訊いた。 うんです。来て、手を貸してください」 ドールは銃を抜いた。「さがっていたまえ。他の方法は思いっか 「ああ」ドールはぶつきら棒に言った。「さあ行こう」彼はナ 1 シ ないんだ」 ヤの手をとった。「来いよ。彼が何を見つけたか見てみようじゃな いか。こんなことになるんじゃないかと思っていたのさ、この大砲彼はボタンを押した。扉の下部が赤く輝いてくる。やがて、扉が 崩れはじめる。ドー ルは熱線を止めた。「これで通れると思う。や 「どんなこと ? 」ナーシャは手を振りほどいた。「なんのことを言ってみよう」

2. SFマガジン 1974年8月号

伊東守男氏はその大変な労作 ( だと僕は思う。ともかくああいう熱らわれたのだ。 ・つぼさは、もう誰も書けないし、書いても、もう仕方がない ) 『プ が″小説″であることを最後まで ( 今でも ? ) 認めたがらな ラック・ユーモア選集』で、「内部の錯乱に近い不安を強迫観念に い人々ーー僕はその人々こそが、ともっとも無縁な人々だと思 かられるように、文学の場に投影した」カフカとヴィアンの違いをわないわけこよ、 冫をし力ない。こんな、最も、もっとも単純な所へ還っ ごう書いている。そして、続けて てくるのはいつだって楽しいタイム・マシン。ヴィアンだけが、い まったく救いようのないペシミズムの世界にあって、突然、つまでもあり続けるに違いない。なぜなら、彼は、ルイス・キャロ とてつもなくはなやかなものが吹き上がり、押しつぶされそうな ルを超えて″何も書きは″しなかったから。だから、彼はいつまで 現実感が無責任すれすれの途方もない空想とまじり合 い、いったも自由なのだ。 いどこまでまじめでどこまで不まじめないのか、さつばりわから 自由な人間にレッテルを貼ることはできない ぬというのが、一語にしていえるポリスヴィアンの作風である : と、ポプ・デイランがどこかで言っていたような気がする。あるい は彼のインタビューアーが言った言葉だったつけ ? この浮力は一 と書いている。この徹底したナンセンスを構築するなかで、しかし体なんのためだろう ? イジイジするのはもう止めにしてしまお ヴィアンにあっては人間はつねに使い古したそうきんのよう う。ウイスキイだってさわいで飲めば、すこしはマシな飲み物なの にすり切れ、廃棄されて ( つまり死んで ) いく : 運命を負わなくてはならないのだ。四十までは生きられないと予告 されていたヴィアンはまったく小説中の人間たちそのままに″すり 切れ″て、一大スキャンダルをまきおこした『墓に唾をかけろ』の 試写会場でその心臓を停めたのだった。 じゅうすう月二十七日 無意味なものにだけ勇気づけられる人々が突然に氾濫しなくては ならなかったあの頃まで、ヴィアンを誰も想いおこしもしなかった 「そうじゃないよ。こうだよ」とシトロエンは言った。 ものである。 彼は草の上に腹ばいになった、そして目に見えないくらい手と さて、儺はやはりヴィアンが最高に素敵なひとりだと、今になっ 足を動かして、三十センチメ 1 トルほど地面から浮き上がった。 てもわないわけこよ、 冫をしかない。最も保守的な層へと ( それは小説それから一気に前方に進み、十センチメートル先でみごとな宙返 とすら呼べないような、なにかパズルのようなもの ) のなかに閉じ りを演じた : こめられようとしていたが、″本来の可能性″へと気付きはじ ( 『心臓抜き』滝田文彦訳 ) めた時ーーー個々の小説や″書き様″への評価、各々の小説に対する 姿勢などではない、もっとずっとプリミテイプな所での圧迫からの耐えられなくなったらポリス・ヴィアンを思い返そう、読み直す がれようとしていた時、世界中がそれに似た、最もラディカルな問 のも素敵だけれど、ヒマだったら森下君のを読んでみてもいい。不 題に気付きはじめた時、その一瞬にポリス・ヴィアンはふと立ちあ思議なタイム・マシンーー別な所へ出てきたようだ。 0- 」 0

3. SFマガジン 1974年8月号

畳の間は女二人に使わせているらしい、とこれは金棒引のおやす婆「お刀を ? さて、どのような」 なんとなく、刀架にかけられたたくさんの刀に顔を向けた。 さんの話だ。 ごろき 「よい刀がほしいのです。ありますか ? 」 「でも、金払の五郎吉つあんでよかったよ」 これだから困るのだ。 長屋の女房連はささやき合づている。 「お刀と申しましても、おもちいになるおかたのお好み、刀の重 さ、長さ、それに腰の当りエ合など、いろいろでございましてな。 この五郎吉の住いが、実は《タイム・パトロールマン》のステー ションであることは、もちろん誰も知るはずがない。寛政年間の江ま、当節のことですから戦場で使ってどうのとか、馬上でふるって 戸をあずかる駐在員の五郎吉は、植木職人としてあちこちを徘徊しどうのとか、そういったことをあまり難かしくお考えになるお客さ ながら監視をつづけている。その五郎吉の、江戸八百八町に張り回まは少のうございますが、それにしても、なかなかごめんどうなも のでございますよ」 らされたするどい触手にもひっかからなかったこんどの事件だっ 甚兵衛はそう言いながら、背後の刀架から二、三本の刀を取って 娘の前に置いた。 「ぬいて見せてください」 「五郎吉つあんにはごくろうだったねえ」 「いや」 甚兵衛は懐紙をくわえると、手近な一刀の鞘を払った。 頭をかかえたのは、あの橋場の長吉と名乗った男だった。 「それはなんというお刀ですか ? 」 「無銘でございますが、元和の頃の作刀でございますな」 参かんざし責め 「無銘ですか。そんなのだめです。ほかには ? 」 西久保愛宕、源助町の刀商井口屋の店先に一人の娘が入ってき甚兵衛は恐れ入って、もう一本、引きぬいた。 た。刀屋に女客。それも若い娘はめずらしい。愛くるしい顔立ちの「切れそうですね。これは ? 」 あるじ はりまのだいじよう 武家娘だった。若党が一人、店の外でひかえている。主人の甚兵衛「播麿大椽清光でございます」 「聞いたことがないですね」 が板敷へ出て迎えた。 「これはお嬢さま。大椽清光はこのとおり丁字乱れも美しく、切先 「主人の甚兵衛にござります」 娘は馴れない場所にちょっととまどっているようだったが、あかもふくらみ豊かで全体ののびとよく釣り合ってまことに素直」・ 「そのようなことをうかがっても、わかりません。わたくし」 るい声で 「それでは : : : 」 「刀がほしいのです」 「名刀はないかしら」 と言った。こういう客は苦手だった。

4. SFマガジン 1974年8月号

なにかよほどの恨みを抱いているらしく、刃先には面も向けられぬけてきたてめえの姿を見失っちまってよ、あっちこっちさがし回っ や 殺気がこもっていた。 ていたところだ。これも、おおかた、てめえに殺られた鉄兄いの手 2 こんなことは、前から恐れていたことだった。 引きだろうよ。野郎、かくごしやがれ ! 」 男の声は憎しみに満ちていた。 禄造はしだいに押された。もう一尺さがれば池につづく流れだっ 「落合の宗吉だと ? 」 声を出して人を呼・ほうかと思ったが、この男が自分の正体を知っ長吉はひどくおどろいたようだった。 ているとなると、人を呼んだためにかえって自分があぶなくなるお「そうよ ! 忘れていたら忘れていたでかまわねえ。あの世で鉄兄 いにようく思い出させてもらいな」 それがあった。 よせ ! 宗吉。あれはちがうんだ。よせったら」 人目を避けて、木の下草を踏んで近づいてきた二人連れがあった「おいー が、この場のありさまを目にすると、男が女を抱くようにして、走長吉は臓腑をしぼり上げられるような声を出した。 や しになっ るように立ち去った。かかわり合いになりたくない連中だ。 「宗吉。鉄はおれが殺ったんじゃねえ。おれと取組み合、 「ま、まってくれ ! 」 て、つまずいて二人が倒れた。そんとき鉄が石に頭を打ちつけてよ 禄造は絶体絶命だった。 「うるせえ ! 今になって泣面かくんじゃねえ」 「やかましいやい ! 」 宗吉は風のように動いた。二人の影が入れちがい、ぶつかり合っ 男は押し殺した声で低く言うと、最後の踏込をねらった。 そのとき、男の背後の、どうだんのしげみがゆさゆさと動き、一ては離れ、ふたたびぶつかり合った。刃物の触れ合う音が聞え、そ れからこすれ合って歯の浮くような音をたてた。 個の人影があらわれた。 ふいに長吉が絶叫した。その声が短くとぎれたのはロをおさえら 「橋場の長吉ィー こんな所にいやがったか ! 」 ふいにドスのきいた声がはしった。その声に、一瞬、長吉は態勢れたらしい、刃物が肉に突き刺ささる鈍い音が、二、三度、聞え、 急に静かになった。宗吉がのっそりと立ち上った。匕首が鞘に収ま をあらため、あらわれ出た男に半身に開いた。 る音が聞えた。おそろしく場馴れのした男だった。 「だ、だれでえ ! 」 「落合の宗吉よ。島からけえってからこっち、ずうっとてめえをさ 宗吉はそのまま歩み去ろうとした。 がしていたんだぜ。もう、江戸にやいねえのかと半分あきらめてい 禄造はその一瞬に決心した。 めえ たらよ、今日、思いがけなく、御徒町の聖天様の前でてめえの姿あ 見かけたじゃねえか。それからてめえのことを追けてこの池の端ま「ちょっと待った。若い衆」 でやって来たんだ。ちょっとしたゆだんから、せつかくここまで追せいぜい貫禄をきかせる。 こ 0 っ っ

5. SFマガジン 1974年8月号

「さあ、寝るか」 「その通りです」フォーマーが同意した。「まあ出発するまでには「朝になればわかるさ」とフォーマー 答えがわかるでしよう。なんと奇妙な話だ ! あらゆる理論が、ど んな生命体の存在も否定しているのに。惑星全体が燃上し、大気は冷たく厳しい太陽が昇った。三人ーー男が二人、一人は女ーーーが 消失し、完全に汚染されている」 塔乗口を通って、下の堅い地表に降りたった。 「砲弾を発射した砲は残っているわ。なら、どうして人間が生き残「なんてことだ」ドールが不気嫌に言った。「もう一度堅い地面を 踏みたいと思ったものだが、これじゃあーーー」 っていないと言えるの ? 」 「同一には扱えないよ。金属には呼吸する空気はいらない。金属は「来て」とナーシャが呼ぶ。「こっち、わたしのそばへ来て。かん べんしてね、タンス」 放射能塵で白血病にもかからないし食物も水も必要ないのだ」 タンスは陰気にうなすいた。ドールがナーシャに追いつくと、二 沈黙があった。 「矛盾ね」とナーシャが言った。「とにかく、朝になったら調査隊人はならんで歩いた。金属製の靴が地面をばりばり踏みくだく。ナ ーシャがちらと彼を見た。 を派遣すべきだわ。その間に、出発できるように船を直しておきま しよう」 「聞いてちょうだい。わたしたちしか知らないことなんだけど、船 「離陸できるまでには何日もかかる」とフォーマー 「全員であた長の具合がよくないのよ。この惑星の一日が終わる頃には、なくな るかもしれないわ。あのショックが心臓にいけなかったの。それに るべきだ。調査隊に人をさくわけにはいかない」 ナーシャは軽く笑った。「最初の調査隊員はあなたにしましようもう六十でしよ」 ドールはうなずいた。「つらいことだね。・ほくはあの人をとても か。あなたが興味を持っているもの、なんて言ったかしら ? それ が見つかるかも知れないわよ」 尊敬していたんだ。彼のあとには、当然、きみが船長になるんだ レジューメ エデイプル・レジューメ ね。きみは副船長なのだしーーー」 「豆類た 9 食用豆類」 、え。わたしは誰か他の人に指図してもらいたいの、たぶん、 「たぶん、それが見つかるわよ。でもーー・・」 あなたかフォーマーね。ずっとこの問題を考えてきたら、あなたが 「でも、なんだい」 たのどちらか、なりたいほうの人に船長をゆずって、わたしはその 「でも、気をつけなければ。わたしたちの正体も目的も知らずに一 度砲撃してきた相手よ。彼らはお互い同士で戦争していたのね。 補佐をすべきだと思えてきたの。そうなれば責任を委ねられるわ」 たぶん、どんな状況にあってさえも、友好的な相手なんて想像も「ぼくは船長になりたくないね。フォーマーにやってもらいたい」 つかなかったんでしようね。なんて奇怪なのかしら、それがこの惑ナーシャは気密服に包まれてとなりを歩く、背の高い金髪の男を 星の住民の進化の特長なのね。同種間戦争行為というのが。同じ種じっと見た。「わたしはあなたのほうが好きなの。すくなくとも当 5 分の間ならやっていけると思う。でも、お好きなように。見て、何 族の中で争ったなんて ! 」

6. SFマガジン 1974年8月号

るし、歌麿の汗みずくの努力をいたわるように、時たま投げてくる かかえ絵師の悲しい理性だった。いったん版元を怒らせてしまっ 微笑みも、前にもましてつややかに匂うようだったが、君春の心 たら、完全にこの世界から閉め出されてしまう。江戸ばかりでな は、歌麿にはもう手の届かないところにあった。 、京、大阪まで回状がとどいて、先ずいっさいの販路を断たれ その日の午後、葛屋重三郎がやってきた。 る。もちろん制作は自由だから、肉筆画を描いて、求める者に自分 重三郎は別室に歌麿を呼んだ。 で売りわたすことはできる。市井にも多いし、旅回りの絵師はすべ 「市太郎さん。もうあれから七日たった。あっちの方の仕事はどうてそれだった。むしろ、版元の商売上の要求や拘東を離れて、自由 してくれるんだね。君春を描いたらあとはなんでも、おれの言うこな制作にうちこむには、その方がずっとよかったのだが、もともと とを聞くから、というから、おれもいろいろやって君春をうんと言黄表紙本の插絵から出発し、一枚絵で名を売った歌麿には、版元を わせたんじゃないか。それが今日でいったい何日めだい。そのへん離れての自由な制作など、考えられもしなかったし、その勇気もな のところをわかってくれなくちゃ困るよ。なに ? だめです。だめかった。衣食住は葛屋まかせ、高級な顔料や絵具をふんだんに使 ですよ。そんなこと ! い、どんな美人でもなびかぬ者とてなく、かれにとっては世俗の苦 西京屋さんはね、京都でいちばんという大きな地本問屋なんだ。 しみなど無縁であり、貧窮の中で草野に伏して簾し、一枚の絵によ 東の葛屋、西の西京屋といえば、市太郎さん。あんたの絵の、一のうやく一文のかねを得るなどという生活は、かれにとっては、その 売手だということを忘れちゃ困るよ。こんなこと言いたかねえんだまま死を意味していた。 がね、絵師としての歌麿も、版元あってのことじゃないのかい ? 「すみません。葛屋さん。ほんとうにすまねえと思っているんだ。 そりや、この葛屋だって、歌麿一人にどれだけ稼がせてもらったかわかりました。よろしゅうございます。今日と明日。どうか、これ わからねえよ。ありがたいと思っています。だが、それはそれ、こだけ待ってやってください。あさってにやかならず西京屋さんの分 れはこれよ。はっきり言やあ、絵師はおまえ一人じゃねえんだ。仕を描き上げますから」 事したくてもその機会のねえ若い上手がたくさんいるんだ。おまえ歌麿の顔は屈辱と怒りと焦燥でどす黒く変っていた。自分がみじ あきんど かたぎ の名人気質もようくわかってるんだが、おれも商人だ。商人なかまめでなみだが出た。こんな姿を世の中の女が見たらなんというだろ の顔をつぶしてまでいつまでもおまえのわがままをきいちゃあいらう ? れねえのさ」 「わかってくれたかえ ? 市太郎さんよ。おれもずいぶん野暮なこ とを言っちまったねえ。おれもほんとうににつちもさっちもゆかな 歌麿は歯をくいしばった。 おり 西京屋からの注文は、その″仕事したくと機会のねえ若い上 くなっちまってねえ。まあ、気にしねえでくれろ。それじゃ、なん だね。西京屋さんの注文分は、あさっててことにしていいね。 手″にやらせればいいじゃねえかー 西京屋さんは、これまでにおまえの絵を百四十八種も買ってくだ 口からとび出そうな言葉を必死に呑みこんだ。

7. SFマガジン 1974年8月号

だから、三二〇円のウイスキイと、生のままのインスタント・ラー メンをポリポリとかじりながら、意味のない紙くずと言葉を紡ぎつヴィアンは″判断″という名前の趣味について書いている。このま 0 づけていた季節。 しいものだけを残して醜い全てのものをよせつけない″感性〃につ いて書いている。だから彼は何も書かないことで、それを書かなく なにもかもがにせものーー軍隊からのお下がりの上着、すっかり ほこりをすった一本のプルージーンズしか持たない世代なので、ひてはならなかったのだ。 と箱の煙草を分けあうと、もう自由な少年を気取って、大声で労働ぼくらがファン活動と呼んでいたことの全てはそうしたことだ。 歌を歌った。「自転車が一台だ」どこへも行けないのを知ってい なにひとっ作りあげないための芒大な労働の集積。ぼくらが最後に る。「ほがらかに」と僕が言っ 出そうとしていたファンジン〈 e た。「くらしてきたのは、今日 、、 ~ ~ 募一食、 0 ( ~ 泓〉はそんな思想の結果で、数 までのぼくら Gentleman たち」 ) 冊発行された。 ( ンフットはいつも ・ほくらサイエンス・フィクシ 一一 ~ ~ 場宀 0 " 発刊準備号〈そ 0 = そ 0 内容 ョンの子供たちが愛したものは、 いったい何だったのだろう。べ ケットのナンセンス、プラッド べリの気候、ポルへスの不可解、 の昔、ファンはそうやって生活し ていた。 シマックの風土、スタージョン ア の白痴、夏への扉はもう閉じて 総体としてなにかを表明するこ ヴ いる。 と。・ほくらはそうやって生活するこ ・ほくらは即座に、最良のもの スとで、なにもかも必要なこと全てを だけを言いあてることができる TJ はま ポ表明していたに違いない。 だろう。ただ想い出すのが苦痛 た、資本主義の子供なのだ。 なだけだ。ポリス・ヴィアンは、そんな不思議な季節にとても良く ポリス・ヴィアンの存在そのもの、作家、トランペット吹 似ている。 き、伊達男、そうした彼の存在すべてがユーモアであったのた 彼の作品はどれをとっても、あるムードを伝えるにしか過ぎな と。それはつまり抗議、否定、脱出、ナンセンス、爆発、消失で 、。でたらめな。フロット、意味のない会話、なにもかもがひとつのあったのだと。 形のないものを運んでいる。 滝田文彦氏が『北京の秋』のしおりで言っている。ぼくらはちゃん お話は隅から隅まで・ほくが想像で作りあげたものだからこそと消失し終えたのだろうか。 全部ほんとの物語になっているところが強味だ。 人に知られるということは、誤解されるということに他なら 人生でだいじなのはどんなことにも先天的な判断をすること

8. SFマガジン 1974年8月号

だから などと大それた思いあがったことをこ なしには生きて行けないー 人間はどの道いつでも変装しているようなものだ。だから本れつぼっちもから読みとらなかった、ということだ。僕等は神 当に変装してしまえば、かえって変装していないことになる。 サマになるよりも、自由でいたかっただけなんだ。だからを読 とヴィアンはしゃべっている。 んでいた。 レイモン・クノーは、『心臓抜き』に序文を寄せ、彼のさまざま が教えてくれた唯一の規則はナンセンス、宇宙はただ″ある″ なタレントについて「まだそれだけではない」・ : 「まだそれだけでということ、人間も動物もまったく勝手に生まれ死んで行くという はない」とくり返し語りながら、その作品に触れて言う こと、未来も過去もメチャクチャに不確定だということ、小説に ポリス・ヴィアンは奇妙かっ胸に迫るみごとは作品を書いた ″禁止″はないということ、だれでも好きなように書いていいとい ・ライス ・ : 現代においてもっとも悲痛な恋愛小説『日々の泡』、戦争にうこと、だからエドガー ハロウズたって素敵だったはす 関してもっとも白蟻的な短『蟻』、難解で正しく認められてい 。こ。だからにとって″異分子″なんかあり得ない、ということ ない作品『北京の秋』、だがまだそれだけではない。 もしそれがいるとしたら、彼等はに敵対する人々だ。人が なぜなら、それらはまだみんなたいしたことではないからであ自由であることを許せない人々だ。ひとにぎりのそんな人々が る。ポリス・ヴィアンはポリス・ヴィアンになろうとしている。 を″本来の可能性″からひきずりおろして、全く違う硬直した″秩 と。 序″のなかにおしこめようと策動していたから、ニューウェープが さて、彼の作品をひとっ是非読んでもらいたい。 まず『北京の全く必然的にを支えようとしたにすぎなかった。とはそう 秋』 ( 早川・フラック・ユーモア選集 ) 「北京とも秋とも関係が いうものだ。それ以上の何ものでもないし、以下のものでもあり得 ないからこの題名を選んだ」とヴィアンが言う、そしてそこに集積ない。 とんなもの された言葉の群れは、物語 ( と呼んでもいいなら ) は、・ の拡散、それはそれでいいにしても、 g-4 本来の可能性 とも関係がないために、正に『北京の秋』について語っているの をつきとめることの重要さに変わりはない。 だ。無意味であることはいつも新しい。ヴィアンはのなかにすと柴野拓美氏が書いているそうた。 さまじいナンセンスを見つけたようだ。彼はただメチャクチャに、 の拡散とは一体何のことだろう。は全てが可能な場を切 愚劣に、そしてちよびりリリカルに、ナンセンスを積みあげる。そり拓いた小説の形式ではなかったのか。一体、がどこへ拡散し こにできあがったものは、全く自由な一冊の書物なのである。 得るというのだ。彼が言う″拡散″とは、がより自由になった あのラディカリズムを支えた小さな兵隊たち、ニーウ = ー・フをと言う意味だろうか ? それを言うなら、それは個別という名 全く正当なサイエンス・フィクションの子供だと理解できた少年達で呼ばれる小説に起った変化ではない。世界中の″書き様″が、あ は、最もひかえめな感性の持ち主ばかりだったろう。 らゆるものを書くという動作それ自体が、もう二十年も前から決定 ひどく単純な話なのだ。僕等はの″本質″や″本来の可能的に変貌しつつあったのである。言語学の到達、アンチ・ロマンの 性″っていうようなものが、とても自由なものだと感じるだけの分発見、構造主義、生物学、あらゆる指が、″書き様″の新しい方向 9 別をわきまえていた、ということだ。″人類″というのは″秩序みをさしはじめたのはもうそんな大昔のことだ。なぜだけが、こ

9. SFマガジン 1974年8月号

当もっきませんけど」 かしら」 ドールが反対した。「待て、どういうことになるかわからんそ。 二人は立ち止まり、タソスが追いついた。彼らの前には荒廃した なにかの建造物があった。ドールは考え深く、あたりを見まわし見張りがいるはずだ。そう言えば、もうぼくらに気がついているだ ろう」 ? ここら一帯は自然にできた窪地というか、巨「いや、船そのものさえ発見されているでしよう」とタンス。「今 「気がついたかい この瞬間さえ、どこへ向けて撃てば爆破できるかさえ、わかってい 大な谷間だな。谷底を護るように周囲に岩がそびえているだろう。 るでしよう。と、なれば近寄ろうが寄るまいが、なんのちがいがあ 爆発のカのいくぶんかはここで妨害されているよ」 三人は廃墟の中を歩きまわって岩石や、いろいろな破片を拾い集ると言うんですか ? 」 めた。「ここは農場だったらしい」木の破片を調べながらタンスが「その通りね。もし彼らが本気でこちらをつかまえようとしたら逃 げられないわね。それに、わかっているでしよ、武器はひとつもな 言った。「これは風車の塔の一部です」 「ほんと ? 」ナーシャが木片を受けとって、ひっくりかえして見いのよ」 「よし、それで た。「おもしろいわね。でも、前進しましよう。時間はそれほどな「銃なら持っている」ドールが頭をうなずかせた。 は前進するか。タンス、きみの言う通りだと思うよ」 いわ」 「でも、かたまって行きましよう」タンスが心細げに言う。「ナー 「見ろよ」ド 1 ルが突然言った。「むこうだ。かなり遠く離れてい シャ、あなたは早く歩きすぎますよ」 る。ちょっとした景観たろう ? 」彼が指さした。 ナーシャは振りかえって笑った。「日暮れまでにあそこへ着きた ナ 1 シャが息をのんだ。「白い石だわ」 ければ早く歩かなくてはだめよ」 「なんだって」 ナーシャはドールを見あげた。「白い石の建築物よ、欠けた歯み たいに並んでいたわ。前に、指令室で、船長といる時に見えたの」 彼らは午後半ばに都市の郊外に着いた。黄色い冷たい太陽は彼ら 彼女はドールの腕にかるく触れた。「あそこから砲撃してきたのの頭上のどんよりした空にかかっていた。ド 1 ルは都市を見晴らす 小高い丘の頂上で止まった。 よ。こんな近くに着陸したとは思わなかったわ」 「一体なんですか」タンスが寄ってきて訊いた。「わたしは眼鏡が「ああ、あそこだ。何が残っているのだろう」 残っているものは多くはなかった。最初、眼に、ついた巨大なユシ なければ盲も同然なんです。何があるんですか ? 」 ク . リ . 1 ー の橋脚は、橋脚でなどなく、崩れはてた建造物群の基石で 「都市よ。砲撃してきたところ」 あった。高熱で焼かれ、ほとんど土台まで焼け焦げていた一ただ直 「おお」・、三人は寄りそって立ちつくした。 「では、行きますか」とタンスが言いだした。「何を発見するか見径四マイルほどの不正確な円をなして白い土台石群が並ぶ以外、何

10. SFマガジン 1974年8月号

れかがいったとき、大きく・フザーが鳴り、続いて拡声器がわめきた てた。 2 「前部居住区画、漏水 ! 隔壁閉鎖用意 ! 」 しりあがりに警笛が鳴り、朝もやをついて天色の潜水か出航しおお、神さま、仏さま、お狐さまと、みんなが顔を見あわせた。 てゆく。見送りはごく少数のドイツ海軍士官たち。かれらのまわり冗談をいいあっていた陽気な連中も顔色を変えた。 にスープのような霧が立ちこめ、その中に艦影は消えていづた。 艦はすぐ海面に浮上した。そして、浸水個所は吃水線のあたりだ ったから、潜航しない限り、前部居住区画が海水で満たされること 一九四一一年七月八日午前六時。 ところがその潜水 X101 の処女航海には初めからケチがつはないと、すぐに判明した。 いていた。日独両海軍首脳部の要請であまりにもその建造が急がれ腹立たしいことに、漏水をおこした原因は、構造の欠陥でも材質 たため、監督官が見すごした工作上の手抜かりがあづたか、あるい の悪さでもなく、明らかに破壊工作によるものだった。にかた は〈第五列〉が工場の中に入っていて破壊工作をおこなったのかもめられていても、あの海軍工廠にスパイがもぐりこんでいたとしか しれない。 考えられない 海に出て五時間もすると、まず操舵装置の具合が悪くなり、それ時間をかけて念入りに熔接すれば大丈夫とわかると、みんなはほ を直すのに懸命になっていると、こんどはエソジンが過熱しすぎてっとしたが、問題はその時間にあった。作業を浮上した状態でおこ しなわなければいけないというのは痛かった。 X101 はすでに敵艦 停止させるほかなくなづた。まわりの海域には敵かうようよと、 るはずなのにだ。 船が出没する危険海域にあり、一分遅れることが全員の命を奪うこ とになるかもしれないと、みんなが知っていたのだ。 乗組員中随一の酒豪、宇田兵曹は低い声でつぶやいた。 「ちょっ、厭になるなあ。最新式の舶来品がこれかあ。まだろくに乗組員は低い声で話しあった。 「安藤大尉はどうしてるんだ ? 」 潜りもしねえうちから故障だらけじゃねえか ! 」 「あのとつぼい野郎がどうしたって ? 修理の役には立たねえよ」 市松機兵長もそれに合わせて文句をいった。 「先生の宣伝じゃあ、千メートルもれるはすだったんだぜ」 「ほんまやなあ。ロ号のドン亀のほうがよっぽどましだっせ。わい はもともと国産品愛用や。女でも絶対、国産品や。毛唐はどうも気「それが浮いたきりでつか」 持悪いわ。いつも会う食堂のおばはんかて、鼻の下に髭はえとるが浮いたっきりもこうなれば仕方がないとして、天候が心配た。だ れもがそれを気にかけていた。 な」 「どや、天気は ? 」 話は脱線しはじめ、それが殺気だってきた雰囲気をやわらげるの に役立った。もうそろそろ機関の故障も直りそうなころたが、とた浸水個所を調べに甲板に出ていた作業員のひとりは、喰いつくよ 2