二人 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1975年10月号
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1. SFマガジン 1975年10月号

。きみの皮膚には合わないんだー・ーあの床のスポットに気をつけ「あの製品をけなしたことさ。きみ、死にたいのか ? 」 ろ、同調しはじめてるぞ」 「だって、ほんとによくないのよ」彼女は彼に教える。「みんなは 「でも、スイッチを入れないなんて不正直だわ。作るほうでもっと知らないけど、あたしは知ってるの。ずっと着けてるんですものー 絶縁をよくするとか、なんとかすればいいのよ。あなた、そんなこ青年の冷静さが破れる。 とがわかんないの ? 」 「きみ、頭がどうかしてるぜ」 交通事故の被害者になった、このショウの好々爺の父親が、老い 「あら、あれを調べてみれば、あの人たちにもあたしのいうとおり ぼれた含み笑いをもらす。 だってことがわかるはずよ。でも、あの人たち、すごく忙しくて。 「連中にいっとくよ」ミスター・ヴィーアはつぶやく。「さてと、 いくらあたしがいってもーーー」 後ろへさがるときに体をこう曲げて、ちょっぴりそれを見せるん彼はかわいい花の顔を見おろす。彼のロが開き、閉じる。「それ ナしいね ? そして二拍待っー にしても、きみはこんな掃きだめでなにをしてるんだい ? だれな 従順にデルフィが向きをかえた瞬間、彼女の視線は、眩しい光のの、きみは ? 」 中で一対のふしぎな黒い瞳をとらえる。彼女は目をそばめる。まだ面くらいながら彼女はいう。「デルフィよ」 こりやおどろいた 年若い青年が、ぼつんと入口のそばにたたずんでいるのだ。スタジ 「聖なる禅 ! 」 オを使う順番を待っているらしい 「なにがおかしいの ? ねえ、あなたのお名まえは ? 」 もう若い男から奇妙な表情で見つめられるのには慣れつこのデル そこへ彼女のお付きの一行がやってきて、彼に会釈しながら、彼 フイだが、こんな目つきで見られるのははじめてだ。どこか陰気女を外へ連れだしにかかる。 で、人の心を見すかすような鋭さ。秘密の匂い 「時間オー・、 ーしてすみません、ミスター えへん」スクリ。フト・ 、目線、目線 ! 」 ガールがいう。 彼女は打ち合わせどおりに動きながら、ときおり見知らぬ青年を青年はなにかをつぶやくが、その声は護衛隊が花飾りのついた自 盗み見る。むこうは見つめかえしてくる。なにかを知っているよう家用パスへ彼女をせきたてる騒ぎにかき消される。 ( 聞こえたかい、 目に見えない点火装置がカチッとスイッチ・オン やっと解放されるのを待って、彼女ははにかみながらその青年にしたのが ? ) 近づく。 「あの人はだれ ? 」デルフィは結髪師にたずねる。 「むこう見ずだな、小猫ちゃん」底に熱いものを秘めた、つめたい 結髪師は膝から上を曲げのばししながら、仕事をつづける・ 声。 「ポール。アイシャム。三世ーいうと、櫛を口にくわえる。 「なんのこと ? 」 「それは何者 ? 知らないわ」 0 7

2. SFマガジン 1975年10月号

ンだけ扱ったものが、アメリカのウイスコ れたら、てつきりファンタジックかなんかと間 ンシン大学出版局から出ました。こっちの 違えそうです。しかし、トロイカに、泣く子もだま ほうは、辞書というよりソルジェニーツィ る三人委員会の意味があり、いちどそれににらまれ ン研究の一環としてまとめられた仕事です たらそれこそ一巻の終りだということを肌で知って から、文学研究という学問的な意味もあり、 いるソ連市民なら、ストルガッキー兄弟の作だと聞 一間者と少しニュアンスがちがいます。この くだけで、ビーンとくるのではないでしようか。 Grossary からトロイカの説明を書き写し この作品は一九六八年にシベリアの小さな地方文 ておきたかったわけです。これが一番要領 芸雑誌〈アンガラ〉の四・五号に載っただけで、つ よく意味を伝えています。 いにソ連では単行本としての出版はかなわず、日の Troika 略式判決で反革命事件を迅速に 目を見ませんでした。もう一つの「坂の上のかたっ エス・カ・ヴ・デ エム・グエ・デ 処理するための、内務人民部 ( 内務省の前 むり」 ( このタイトルは俳人一茶の句、 / かたつむ 身 ) の特別委員会の如き保安機関によっ り / そろそろ登れ / 富士の山 / から取ってありま て設けられた三人で構成された委員会の す ) も同じ年に、これまたプリャート自治共和国な どという僻地のウランウデで、一万部そこそこし 俗称。一九五三年に廃止されたといわれて「トロイカのおとぎ話」の収録されている いたが、公式には一九五八年の法改正によ 『坂の上のかたつむり』ポセフ社版か刷っていない文芸雑誌〈・ハイカル〉の一号と二号 り廃された。 0S0 ( 特別審議 ) と混用されたこのす。 に分載され、結局「トロイカ」と同じ運命をたどり 語は、第二次世界大戦初期後は収容所でほとんど使この原稿を書いている机の上に、ロシア語の本にました。西側から伝わった情報によりますと、これ われなくなった。 しては表紙のデザインも垢抜けているし、紙質も上らの作品を載せた両誌の編集長は、首がとんだそう 要するにまどろっこしい裁判などという手順は無等なペー ー・ハックがのっています。ストルガッキです。いかにもよく出来た話ですが、まったく嘘っ 視して、反革命、反ソ、ス。ハイ行為などを行なったー兄弟の「トロイカのおとぎ話」が入っている同じ一ばちだと言いきれないところに、ソ連という国の不 か、行なうと判断した社会的に有害かっ危険とみな著者の『坂の上のかたつむり』です。もの覚えのい一可解なところがあるわけです。 される分子をてっとり早く即決で判決をくだせる権い読者なら以前ちょっと触れたことのある作品ばか一九七二年になって、西独のフランクフルトにあ 限を持った恐るべき委員会であったわけです。これりですから、タイトルぐらいはご記憶があるかと思る、とかくの噂のある出版社ポセフ (Possev ・ ve ・ では、トロイカという言葉を聞いて、鈴の音や雪のいます。今回、このうち「トロイカ」の方をスキャ rlag) が、この二作を一冊にし、版権の所在を明記 白樺や・ハヤーンのひびきわたる雪原を思いうかべてナーで取りあげることにしました。辞書の引き写し一して出版しました。手許にあるのは、その版です。 うっとりしているわけにはとてもいくまいと思いまや『群島』の引用がなければ、タイトルだけ聞かさここまで書いてくれば、「トロイカのおとぎ話」 0 0 0 0 0 G え A N ー 、。ス + ャナ 以 3

3. SFマガジン 1975年10月号

も・◆・も・◆・・・ も・も・も も・も・も・◆・も・・ ①・も・も・◆・①・・ ◆・ ①・↑・も・◆・・◆・ も・・も・◆・も・も・ ①・①・①・◆・も・・ ・◆・ ◆・ ①・①・①・①・①・①・ 》◎三◎く も・◆・◆・も・①・◆・ ◆・ ◆・ ◆・◆・◆・◆・・・ ・・・◆・◆・◆・も も・も・も・◆・・◆・ ◆・・も・◆・・◆・ ・◆・も・も・◆・も・◆ ◆・◆・も・◆・・◆・ ・◆・◆・◆・◆・◆・◆ ・◆・も・◆・・◆・ ・◆・◆・・◆・◆・も ・◆・・も・◆・・① ◆・◆・・◆・・◆・ ・◆・↑・も・◆・も・① ・◆・◆・◆・・◆・ ↑・も・◆・・も・◆・ ・◆・も・も・◆・も・◆ も・も・・も・・◆ も・も・も・も・も・◆・ ・も・・も・◆・・◆ ・◆・◆・◆・・も ◆・◆・◆・◆・、し・・ ・◆・も・◆・も・◆・◆ ・も・①・・◆・◆・◆ ◆・◆・◆・◆・・・い ・◆・も・◆・◆・◆・◆ ◆・◆・◆・◆・◆・い ・◆・・◆・◆・◆・◆ ・・も・◆・・◆、・◆ ・・①・◆・も・①・◆ も・・・◆・◆・◆宿 ・◆・◆・◆・◆・◆・◆ こも・①・①・①・・も も・も・も・も・◆・い ↓・◆、 ・・も・も・も・◆・◆ ・も・も・もも・も・◆ ・◆・◆・◆・◆・い ・◆・◆・◆・◆・◆・◆ 連載日本こてん古典 うわあー、暑いなあ。ほんとにもうー ました。あるいはタクシーの中に落したのかも知れませ 夏が暑いのは、なにも昨日、今日はじまったことではん。なんにしても、このお金がないと、・ほくは古本が買 ないのだから、騒ぎたててみてもしかたないけれども、 えないのです。古本が買えないと、「日本こてん古 それにしても暑い。その暑さのせいだかなんだか知らな典」の原稿が書けません。お心あたりのあるかたは、ご いが、この一カ月のあいだに、ぼくの身辺にはいろいろ一報ください。お礼に現金で一割と、特製ほこりつき古 な事件が起こった。例によって、あんまりパッとした話本をさしあげます。どうか、助けると思って助けてくだ さし じゃないが、読者はきっと期待しているにちがいない。 ほくが恥をかいて、みんなが喜んでくれるなら、こん〔おとしものその 2 〕 なうれしいことはないー ・ ( いつもながら、ボクってカッ 七月三十一日 ( 木 ) 午後一時半ごろ、東京都港区赤坂 コイイね。そのわりにはモテないんだけど : : : ) のラ・フホテル「シャンティ赤坂」付近で、万年筆 ( 金属 〔おとしものその 1 〕 ヂディのシェーファー ) を落しました。ペン先が曲って いて、・ほく以外の人には使いにくいと思います。でも、 七月十二日 ( 土 ) 午前二時ごろ、個人タクシー ( 名前不 明 ) に乗って、東京都目黒区緑が丘の郵便局付近におり・ほくはこの万年筆がないと「日本こてん古典」をう た・ほくは、路上に現金七万円入りの牛皮黒色財布を落しまく書けません。お心あたりのあるかたは、ご一報くだ . 3

4. SFマガジン 1975年10月号

り、二重星をくぐりぬけたりしてーーそれでもアドラーおじいさんは平気なんですね」 「そうだよ、坊や」 「でも : : : おじいさんは不倖せなんですねー 「そうだよ、坊や」 おじいさんは首に小さな茶色の袋をかけている。 「アドラーおじいさん、その首にかけた小さな茶色の袋には、何が入っているの」 「地球の土だよ、坊や」 「地球 ? 地球は五十年前に吹っ飛んじゃったんでしよ」 「そうだよ、坊やー 「地球の土って、どんなもの」 う十年も入れつばなし 「草が二、三本と泥がちょっぴりだ、この袋に入っているのは。 だから、どうなったかね。坊やは、草というものを知っているかい。地球が吹っ飛ぶ直前 に手に入れたんだ。草が二、三本と、泥がちょっぴりさ」 とうして不倖せなの。宇宙を隅から隅まで見たのに。どうして 「アドラーおじいさんは、・ 地球の土なんか袋に入れて、首にかけているの」 ・ほくらのうしろでは、火星人たちが、、ハイオリンの糸をふるわせ、やかましい、、ハグ・。ハイ プを演奏している。ニュー・カイロから来たアンチ物質主義者の女性コーラスが登場する。 「おじいさんは一生涯、そうやって地球の土を袋に入れて持って歩くの」 「ちがうよ、坊や。一生涯、地球の土が、おじいさんを持って歩いているようなものさ」 ほくが何か言おうとしたとき、テレビ・タウンの連中が、どやどやっと酒場に闖人して きた。・ O ・フリ。フスンが、大男のフリュート吹きをなぐり倒す。それをぎつかけに、 ・ほくらは折りかさなって、もう相手の見さかいもなく、めちやめちゃに暴れ出す。 ( でも、 これは面白半分の喧嘩なのさ ) この大乱闘のあいだに、アドラーおじいさんは姿を消して しまう。・ほくは一晩中、あちこち探すけれども、もうどこにも姿は見えない。 おじいさんは、な・せあんなに不倖せなんたろう。・ほくは不思議だなあ。こんなに広く て、すてきな宇宙じゃないか。 6

5. SFマガジン 1975年10月号

△ 1 ハれ 0 コロロ 乙△い なしくするから ! 」彼らは決してそれに答え と栄養不良と無視された境遇のために知能が 退化したのかもしれない。その子は鼻をほじない。その子も前にはよく夜中に助けをもと くり、ときおりぼんやりと足の指や陰部をい めて叫んだり、しよっちゅう泣いたりしたも じったりしながら、猫背にうずくまって いのだが、いまでは、「えーはあ、えーはあ」 る。そこは二本の柄つき雑巾とバケツからい といった鼻声を出すだけで、だんだんロもき ちばん遠い片隅である。その子は柄つき雑巾かなくなっている。その子は脚のふくらはぎ が怖いのだ。怖くてしかたがない。そこで目もないほど痩せ細り、腹だけがふくらんでい をつむるのだが、それでもやはり柄つき雑巾る。食べ物は一日に鉢半分のトウモロコシ粉 がそこにあるのは知っている。しかも、扉にと獣脂だけである。その子はすっ裸だ。しょ は錠が下りている。そして、だれもやってこ っちゅう自分の排泄物の上にすわるので、尻 な、。扉にはつねに錠がおり、だれもやってや太腿にはいちめんに腫れ物ができて、膿み こないが、ただ、ときおりーーーその子には時たたれている。 ときおり、がちゃが や間隔の観念がない その子がそこにいることは、みんなが知っ ちゃと恐ろしい音を立てて扉がひらき、一人ているーー・オメラスの人びと・せんぶが。中に は自分の目でその子を見た人びともいるし、 ないしは何人かの顔がそこに現われることが ある。そのうちのだれかが部屋にはいってきまた、その子がそこにいるという事実を知る て、子どもをけとばし、立ち上がらせること だけで満足している人びともいる。どちらに もある。ほかの者はそばへ寄りつかず、怖気せよ、その子がそこにいなければならないこ づいた嫌悪のまなざしで子どもをのそきことは、みんなが知っている。そのわけを理解 む。食物の鉢と水差しがそそくさと満たさしている者、いない者、それがまちまちだ れ、扉が閉ざされ、のぞいていた目が消えが、とにかく、彼らの幸福、この都の美し る。戸口の人びとはいつも無言だが、その子さ、彼らの友情の優しさ、彼らの子どもたち はもとからずっとこの物置に住んでいたわけの健康、学者たちの知恵、職人たちの技術、 ではなく、日光と母親の声を思いだすことがそして豊作と温和な気候までが、すべてこの できるので、ときどきこう訴えかける。「お一人の子どものおそましい不幸に負ぶさって いることだけは、みんなが知っているのだ。 となしくするから、出してちょうだい。おと

6. SFマガジン 1975年10月号

「注射をうっておくれ、そしたら教えてあげるから」 たってちっとも損じゃなかったよ。注射をうっておくれ」 「おれはスタック家の人間だ。賄賂は使わない」 そして一族がアントレーからデザートにはいるころ、彼はアンプ 「わたしだってスタック家の人間さ。おまえの好奇心の強いことはルをわり、母親に注射した。薬が心臓に達した瞬間、彼女は大きく わかっているよ。注射をうっておくれ、そしたら教えてあげる」 眼を見開いたが、渾身の力をふりしほってこういうだけの時間はあ 彼は、さっきとは逆向きに部屋をひとまわりした。母親は、工場った。「取引は取引だね。トム・ゴールデンを殺したのはとうさん のタンクのようにその眼を鈍く輝かせて、彼を見つめていた。 じゃない、わたしさ。おまえは大した男だよ、ネイサン、わたした 「老いぼれ雌大め」 ちが思っていたとおりに反抗してくれた。わたしたちは、おまえが 「親にむかってよくいえたものだね、ネイサン。おまえがどこかの考えている以上におまえを愛していたんだよ。ただ一つだけしやく 雌大の息子じゃないことぐらい、わかっているはずだよ。おまえのにさわるのは、この悪たれ小僧、おまえがそれに気づいていたんじ ゃないかということさ、気づいていたんだろう ? 」 妹より素姓はずっとはっきりしている。あの子がとうさんの娘じゃ ないことは話したつけ ? 」 母親は死んだ。彼は泣いた。そこにある詩情 「うん」と彼はいい、 といえば、その程度のものだった。 「いや、だけど知っていたよ」 「おまえもきっとあの子のとうさんを気にいったと思うよ。スエー 6 デン系の人だった。おまえのとうさんも気にいっていた」 「だからパパはあいつの両腕をへし折ったのかい ? 」 「たぶんね。でも、あのスエーデン人は文句一ついわなかった。あ彼ハワレワレガ来ルコトヲ知ッティル。 のころのわたしと一晩いっしょに寢られれば、腕のニ、三本折られ二人は瑪瑙の山の北壁を登っていた。〈蛇〉がネイサン・スタッ 4 14 , 1 0 ウィアート・テー ルズとは ? 一九二〇 彡第 \ 〈収録作品〉 明〒 田 7 寄生手 ー三〇年代にアメリ ローマン莊の怪 カて大人気だった恐 田 7 尊、、 , & 黒い箱 怖小説専門雑誌の名 区 沼の怪 称。今回、その初期 田 6 の傑作をよりすぐっ てわが国にはじめて′ 紹介されます。 東 待望の恐怖小説遂に発売″ 継書房 7 3

7. SFマガジン 1975年10月号

いった。一度など、かれらの手にしている強力な小型投光器の光芒 うそとほんとうを半々に混ぜてシンヤは窮状をうったえた。保安 2 っ ~ が、かれのうすくまった影を背後の壁にくつきりと描き出した。し部に追い回されて、というひとことが男にシンヤを信用させたよう 2 かしそれを手にした者の視線と投光器の向いている方向が一致してだった。実際、保安部に追い回されるような調査局員などいるはず いなかったとみえ、一瞬にかれは元の暗がりにつつまれた。かれら がない。そして、シンヤの姿はそれを端的に物語っていた。 が立ち去るまでの間、シンヤは心臓の鼓動の音がかれらの耳に届く男は警戒心を解き、調査局までの道を教えてくれた。 のを恐れた。かれは、保安部が自分だけを目標にしてさがし回って かれは思いきってたずねてみた。 シティ いるのではないかと思った。 「デモ隊は市を地上に移せ、と要求していたようだが、地表のよう 捜索の焦点が他の地区へ移っていったとみえ、ようやくかれらのすを知らないのだろうか ? 」 姿も声も去った。シンヤはなおも三十分ほどようすをたしかめた男はゆっくりと首をふった。その首は薄いうろこのような垢でお 上、コンテナーの山のかげからはい出した。 おわれていた。 ぐずぐずしてはいられない。 とにかく調査局へたどり着くことだ「大気や地表が放射能や毒ガスでひどく汚染されていることは知ら った。保安部などにたい捕されることなく、そこへたどり着くことないわけではない」 ができれば、あとは何の証拠もないことた。知らぬ存・せぬでつつば「それなのにどうして ? 」 ねることもできる。かれは保安部に顔写真をとられてはいないはず男は適当な言葉を思いっかないとみえてしばらく口ごもっていた 、カ ・こと瑟った。 「行政部が約東したのさ。もう何回も約東しているのさ。放射能も 室内に入っていることを強要されていた居住区の人々も、回廊に オしか。なにしろこのシティはせま過 出はじめていた。シンヤは何くわぬ顔でかれらに加わって回廊を歩毒ガスも中和できるそうじゃよ、 した乱闘をくぐりぬけ、コンテナーのかげでほこりだらけになぎる」 、汚れきったかれはもはや人目を引く外来者ではなかった。それ男はてのひらを上に向けて両手を開いた。 シティ にこの居住区ではたとえかれが市の者でないとわかっても、保安部「しかし、中和するといってもかなり時間のかかることだし、今す ぐにというわけにもいかないだろうと思うが」 に突き出すような者はいないだろうと思った。 シンヤは一人の男に調査局の位置をたずねた。その男は動物的な男はにわかに暗い表情を浮かべた。 「あんた。行政部の人かね ? 」 警戒心を露骨に見せて、つぎのかれの出様をうかがった。 「ちがう。旅行者だと言った」 「おれは調査局の人間ではない。東キャナル市からやって来たんだ が、さっきのさわぎにまきこまれ、さんざん保安部に追い回されて「旅行者ならわれわれの願望もよくはわからんだろうがね。この戦 争がはじまってからわれわれは強制的にこの地下都市に移住させら 困っているんだ」

8. SFマガジン 1975年10月号

く都市や基地を造り出そうとしている辺境開発機構との間にどのよ四〇三、四〇四は二〇時以後の作業は中止》 おそらく、居住区に住む市民たちにわり当てられているなにかの 2 うな意志や計画の喰い違いがあろうとも、またどのような思想的・ 2 感情的対立があろうとも、市民にはなんのつながりもないことであ作業が、今夜はおこなわれないというのだろう。 った。もともと宇宙開発は人間や物のおそろしい乱費であり、人類 そのとき、かれの立っている床をふるわせて遠雷のようなかすか は急速に月から火星へ、火星から木星へと汐がひろがるようにあふ れ出てはいったが、そのために地球のはらった経済的な犠牲は厖大などよめきがったわってきた。それははじめは遠くかすかに、しだ いに震動を強めてこの地下深い市街をその震幅に呑みこんで通り過 なものだった。つづいて月の植民都市が、火星の都市群が薄弱な経 済力からはとうてい耐えられぬほどの物資を宇宙開発のために投人ぎようとした。 とっぜん、回廊の床が大きく傾いた。踏みこたえるよゅうもな する番になった。 こうして永く、いっ終るともない慢性的な衰微がはじまったのく、シンヤは回廊の壁ぎわまでよろめいた。体をかえして傾きの底 で壁に背をおしつけた。つぎの瞬間に床は急速に反対側にかたむい た。シンヤは無意識に足を開いて踏みとどまろうとしてぶざまな姿 シンヤの耳には市民たちの奐声がまだ聞えていた。それがしだい に遠くなると、また回廊の天井にはめこまれたあの旧式な換気装置勢でのめった。体が浮いて頭から落ちこんだ。床と壁の作る三角形 の谷間の底から見上げると、反対側の壁はほとんど頭上にあった。 の時代がかった騒音が聞えてきた。 もう一度、傾きが変り、かれははるかな高みにおし上げられた。か インターフォンがまたさけんでいた。 《居住区四〇三、四〇四は二〇時以後の作業は中止。居住区れはずり落ちる体を支えようとして這った。這っても手足を支える

9. SFマガジン 1975年10月号

一体になったコンビネーションスーツがほとんどだ。その布地もシ ンヤのまとっているグラスファイ・ハーのコートなどに比べておどろ 「ここは ? 」 くほど粗末な複合アクリル繊維でつくられていた。 シンヤは一人の男を呼びとめた。 回廊をすれちがう人々はかれにはげしい好奇の視線をそそいだ。 「第十八居住区だ」 グスタ 男はかれから身をさけるようなそぶりを示した。一見してよそ者先ず銀白色の光沢を放っ放射能防護コートに目を当て、ついでチタ ニック・シリコンの箔をおかれた靴。そしてかれの顔に無遠慮な視 とわかる妙な人物にかかわりたくないという警戒心がその小さな目 に動していた。 線をそそいで通り過ぎる。通り過ぎてなお首を回して目で追いつづ 「調査局へ行きたいのだが」 ける者さえあった。 「それなら行政区だ。ここはちがう」 回廊の天井に設けられた非常用換気装置がけたたましい音を放っ 「どう行けばいし ていた。最近になって増設されたものらしく、コンクリートの天井 男の顔に浮かんだ警戒心が急速に険悪なものにかわってゆく。か に不手際にうがたれた穴にはめこまれたそれはカ・ハーもなく、むき れは胸のポケットから身分証明書をとり出した。 出しのプラスチックのファンがほこりと油にまみれて大きな同心円 「心配はいらない。おれは調査局の東キャナル支局の者だ。どうもを描いていた。戦争の間はミサイル攻撃をおそれてすべての換気装 道がわからない」 置は完全に閉鎖されていたのだが、それらは今、ようやく開放され 男はいそいで身分証明書をかれの手にもどした。 て永く忘れていた回転をはじめたのだった。居住区に住む何千の人 「この回廊をまっすぐに行って最初の十字路を左に曲るとリフトが人の肺から吐き出された炭酸ガスが、その換気装置のダクトから外 フロア ある。それで四層くだると行政区のある階だ」 気へ放出されてゆくのが目に見えるようだった。辺境側のミサイル 男は足早に去っていった。 にそなえつけられた炭酸ガス検出装置は、おそるべき鋭敏さで換気 装置の所在をかぎ出したものだった。その換気装置の下に数人の市 回廊の両側には個室のドアが一定の間隔でかぎりなくならん民たちがたたずんで声高に話しこんでいた。時おり頭上のファンに でいた。それは古代の地下室の墳墓を思わせたが、開け放されたま顔をあお向けるのは、それに向って大きく胸をひろげているものら まのドアは墳墓の持っ静かさや沈欝さとははるかにかけへだたったしい 喧騒や無秩序を発散していた。 ・ : 洗われるような気がする ・ : 汚れた空気で照明灯もかすむほど 回廊をゆききする人々の服装はかなり以前から市民への衣類の配 給が停止されていたことを示していた。月や火星の植民都市の居住 ・ : もっとたくさんつければ 地区などでは近頃はめったに見られない旧式の上着とスラックスが切れ切れな言葉がシンヤの耳にとびこんできた。どうやらかれら コン・ハートメント 2

10. SFマガジン 1975年10月号

冫 / 1 っとも、彼らの子どもときたら、これは幸福不要の動力や風邪の治療法を、オメラスの人 そのものだが。彼らは成熟した、知的かつ情びとが持ち合わせていることは十分ありう 9 熱的なおとなであり、その生活には惨めなとる。また、これらをまったく持ち合わせてい ころがすこしもない。おお、寄跡 ! けれないこともありうる。それはどちらでもい ど、もっとうまく話すことができたら、と私 。あなたのお気に召すように。ただ、私と は思う。あなたがたを納得させることができしてはこう考えたい。この沿岸のあちこちの たら、と思う。たぶん私の語るオメラスは、 町に住む人びとが祝祭の何日か前からオメラ この地上のどこにもない土地、むかしむかしスの都にやってくるのには、きっと小型の高 で始まる童話の中の都のように聞こえること速列車や二階建の市街電車を利用したにちが だろう。ひょっとすると、あなたがたがめい いない、と。そして、オメラスの駅は、壮麗 めい自分の好きなように、自由な想像を加えオ よ〈農業市場〉に一歩をゆずるとはいえ、こ ( てくださるのが、一番いいかもしれない。万の都でも屈指の美しい建物なのだ、と。 人の好みに合わせることなど、とうていむりや、鉄道ぐらいでは、まだあなたがたの中に 【な相談たから。たとえば、テクノロジーは ? もこう考えられる方があるかもしれない。お まえがいままでに話したかぎりでは、オメラ 私の考えでは、この都の街路にも上空にも、 自動車やヘリコプターは見あたらないはずス人というのは善人ぶった鼻もちならない連 馬、う だ。ォメラスの市民が幸福だという事実から中だ。ほほえみ、鐘の音 へえ、ごめんだよ、と。もしそうなら、どう おすと、当然そうなる。幸福の基盤は、なに が必要不可欠か、なにが必要不可欠でも有害かそこへ性宴をつけたしてほしい。性宴が彼 でもないか、なにが有害か、それを正しく見らの印象を変えるのに役立つなら、どうかご きわめることにあるからだ。しかし、この中遠慮なく。とはいっても、あちこちの寺院か 間カテゴリー , ーー 不必要だが無害なもの、つら、すでに半恍惚状態におちいった美しい素 まり、安楽、豪華、潤沢のたぐい に含ま裸の僧侶や尼僧がぞろそろと現われ、男、 れる中央暖房、地下鉄、洗濯機、その他まだ女、恋人、行きずりの他人、相手がだれであ 私たちの世界では発明されていないすばらしろうと喜んで交わり、深遠な肉欲の神との一・ い考案のかすかず、宙にうかぶ光源や、燃料体化をねがうといった図は、なしにしよう。