きな音が鳴りわたった。あたりの畑にいた人びとが、防壁内部に逃 り、かがやく粉雪におおわれた大地がうねっていた。 げこんだ。爆竹の音もしはじめ、それに和して威嚇的な喊声もひび数分ののちには、濃い霧があたりにたちこめて視界をおおい、ヴ 6 ア 1 ジニア州の六月の朝のあたたかい空気は、向う側からただよっ 「出発しよう」するどい声でミノットが言った。「急いだほうがい てくる冷気によって冷やされた。向う側の深い積雪も融けはじめ た。舗装道路を自動車がみな逃げだしたが、その後からは霧の帯が 馬首をめぐらし、だく足ではしらせはじめた。何か考えがある者巻きながら追ってきた。近辺の小川は、突然の増水にその流速を増 ~ ほかにいなかったから学生たちは、本能的に教授のあとをおった。 し、そしてあふれはじめた。 しばらくすすむうちに、馬たちがとっぜんよろめいた。馬上の一 馬上の八人の顔色は、一様に青ざめていた。ミ / ットでさえ、そ 行は不安感をもよおさせる奇妙なめまいを感じた。それがつづいたの手をふるわせていたが、手綱をにぎりしめるときには、断固たる のはほんの数秒間のことだが、 ミノットの顔面はやや青ざめてい様子をうしないはしなかった。 こ 0 「さあ、こんどはきみたちも満足できるだろう」おちついた声で、 「さて、何がおこったのかを見てみよう」おちついた声で言った。彼は言 0 た。「プレーク、きみはわたしたち一行の地理学者だ。あ 「賭けがこれで不利にな 0 たというわけではないが、もう数カ所たそこに見える海岸は見なれたものだと思わないかい」 ずねてみるまで、前のとおりであればよかったのだが」 プレークは頭をうなずかせた。顔色は蒼白になっていた。彼は、・ 河の流れを指さした。 Ⅳ 「わかります。この滝についてもそうです。ここは、今朝までぼく たちのいたフレドリクス・ハーグの場所です。ここは大橋がかかって その不快なめまいを感じたのは、フレドリクス・ ( ーグからの道が いたーーというかかかるはずの位置です。あの大きなカシの木の見 行き止まりになる地点にたむろする人びとも同様だった。多分一秒えるのが、リッチモンドに向かう国道がとおっているーー」唇をな ほどのあいだ、人びとはこの世のものとは思われない不快感を感めた。「ーーー国道がとおっているはずのところです。あの丘のふも じ、同時にその視界が・ほやけた。すぐに視力ははっきりともどっ にと、プリンセス・アン・ホテルが建つはずです。・ほくが思うにー た。一瞬のうちに人びとは、。、 一ニック状態におちいっててんでにわ ーその、先生、どういうわけか・ほくたちは、時間を過去にもどった めきはじめ、恐怖に自動車をはしらせはじめ、あるいは徒歩で逃げのか、あるいは未来に来てしまったわけですね。正気には聞こえな まどった。 いでしようが、・ほくはそれをはっきりと知りたいのです」 セコイアの森林は消失していた。かわりにその場所には、白銀に冷静な様子で、ミ / ットがうなずいた。「よくできた。たしかに 光る荒凉とした平地がひろが 0 ていた。背の低い木々が雪にうずまここは、フレドリクス ' ( ーグのあった位置だ。だが、わたしたち
ン・アライド・フォース ) 、略称の名前でそれが通告され を要望し、現在折衝中。また、国連を通しての打開交渉、米中 てきたとき、一般国民にはその意味するところが何なのか、すぐに ソのいずれかによる仲介も要請中です。なお、今後の事態推移 2 は見当がっかなかった。テレビやラジオの臨時ニュースは、断交通 に関しては、逐一政府の公式発表を行ないますので、不確実な 告があったということだけを繰り返し、具体的な内容については、 情報や推測による軽挙妄動をひかえられるよう、国民各位に要 望します 一切報道しなかったからである。新聞もそうだった。夕刊の一面に デカデカと見出しが踊っていたが、記事自体はお粗末なものだっ戦争だ、と誰もが思った。爆撃や上陸作戦などの直接行動がない た。どこかで止められているーー現代日本のマスコミ構造を少しでだけで、実質は戦争以外の何物でもない。しかし、なぜ突然にアジ も考えたことがある者なら、すぐそう直感できた。そして、その止ア諸国が日本に対して宣戦を布告してきたのか。原因は何だ。最 められているという事実自体から、この通告が日本にとって重大な近、こうなるような兆しが何かあったのか。 意味をもつものであろうことが予感できた。それは当っていた。翌人びとは情報を求め、解説を望んで、テレビのチャンネルをまわ 日午前十時、全マスメディアを使って、政府の公式発表があったのし、新聞をめくった。 である。 しかし、確実なことは何も分らなかった。 〔断交に関する日本国政府公式発表〕 の断交通告には、当然その処置をとるに至った経過や原 ェイジャプ 一昨日正午、反日連合軍 ( 略称の名前により、対日因が含まれていただろうに、政府発表からはそれらは完全に除外さ 断交が政府宛通告されてきました。を構成する国家は、れていたからである。各国との国際電話は通信不能になっ インドネシア・マレーシア・タイ・カンポジア・ベトナム・フており、通信社や新聞社、それに商社のテレックスも、カチリとも ィリッビン・ラオス・ビルマの 8 カ国。断交の内容は、現地日鳴らなかった 7 分らない、なぜだか分らない。人びとは、会社で、 本資産の凍結及び接収、日本国籍を有する者の国外退去または喫茶店で、電車のなかで、お互いがその職業や立場から知りえた断 強制収容、大使の引揚げ、対日禁輸、日本籍船舶・航空機の国片的な知識を交換しあった。商社マン、新聞記者、大学教授、そし 境内通過禁止。以上の各項目に関する実施方法・程度・日時等て以前にを構成している国のどれかに旅行したことのある は、構成各国の主権により各々決定されるとのことで人間 7 そんな人達が、原因を推測するに足る材料を他の人びとより す。ただし、対日禁輸及び船舶航空機の通過禁止は、全構成国多く持っていた。 の意見一致により即刻共同実施され、領海空侵犯に対しては武「日本人は、むこうで永年にわたって大分悪いことをしてきた。そ 力行使も辞さずとの発表です。なお、米国、ソ連、中国は、現の報復処置だろう」 在までのところ何ら見解発表を行なっておりません。この断交「経済進出が度を越し過ぎて、相手国の社会情勢を左右するほどに 通告に対し、政府としては構成各国との親密なる会談なってしまった。それに対する防衛措置しゃないのか」 ェイジャフ
点さえ失うかもしれない。華商資本にそっぽをむかれるのも損失 だ。第一、正面切って反対するということは、ソ連とアメリカの双 方を敵にまわしてしまうかもしれないということだ。そんな危険を 「えらいことになってしもたねえ」 冒してまで日本を助ける利点はない。まず、暗黙の了解が賢いやり 燗をつけながら、栄子ちゃんが言った。 方だろう。 また、各国にも当然思惑があるはずだ。たとえばある国「ほんまですわ」 は、現政府の統治能力が目立って落ちてきている。他国と比べてそ達ちゃんが、串をほおばってこたえた。 「僕とこの会社なんか、商売あがったりや。一応毎日出勤してるけ れほど経済進出の被害を受けていないその国が、なに加 わったのか。内憂を外患でそらす算段ではないのか。また、ある国ど、仕事何もあらへんのですわ。物が入ってこんのやからねえ」 「俺の工場はな」 は豊富な資源を持ち、それが世界経済に与える影響力を自覚してか 影山が、他には誰もいないのに、声をひそめて言った。 ら、目立って大国主義的な外交方針をとるようになってきた。 参加は、国威の発揚とともに、その資源供給を一時停止するこ「銃の部品の生産、。ヒッチ上げよるらしい。今日、ドカッと原材料 が入ってきたし、来週からは残業して貰わんならんないうて、次長 とによって、紛争終結後の日本に対する価格吊り上げを担っている が肩たたきよった」 のではないのか。 ともあれ、大国にも小国にもそれそれの思惑があり、その利害得失「やる気なんですかね、国防隊は」 スゲープイート がからみあって、その結果日本を犠牲の羊とすることにしたーかも「さあ、よう分らんけど。やつばり万一のことを考えとるんやろな しれないのだ。検閲されているのか、新聞やテレビは、こういったあ」 推定や可能性をいっさい流さなかったが、人びとは胸のなかでそう「何にしても、このままではどうなるか分りませんからねえ」 考えていた。対日本、表面上は単純な図式でも、その背後「ほんまやわ。うちらみたいなこんな小さい店かって」 ため息をついた。 では世界中がニャニヤしながらジャップ、ジャップとささやいてい 「いっ閉めんなんかもしらんしねえ」 る。馬鹿な我々め、またハメられたな。そう思って歯ぎしり噛んだ 者もいたはずである。そして、多分人びとのその推測が当っていた歳末が近づいていたが、その浮きうきするような、新年休暇への 証拠には、通告から一週間後、原油を満載して日本へ帰る途中の期待感をふくんだあわただしさは、どこにもなかった。街中が、日 万トン級タンカーが、アラビア海の公海上で、国籍不明の潜水艦に本中が、どんよりと重苦しく沈んでいた。通告から一カ月余り、早 よって撃沈されてしまったのである。通告では、武力行使くもその影響が、現実生活への打撃として現われてきたのである。 諸国から、原油がパタリとこなくなった。金属原料が入 は領海侵犯の場合と限っていたはずである。 2 3 2
の森林を見物にでかけるフレドリクス・ハーグ中の人びとの車におい えさった。 ぬかれてしまうことに全員が多少とも失望を感じるのだった。 突如道路が終わってしまう地点に、数百台の自動車が停まってい それから三時間が経過した。その三時間、ミノット教授は進路を た。人びとは森をみつめていた。巨大な樹木がしつかりと大地に根北東からやや南の方角にとり、まっすぐに前進した。危険な野獣に をはっている。あちこちに下生えがはえているのも見えた。それらは、そのあいだずっとであわなかった。いくつかのーーーというより すべてをおおう、平和と静寂ーーそれに永劫の光景。みつめる群衆大分多くの植物が見なれたものだった。ウサギは何匹もおり、一度 はそれそれに推測を交わしあい、そしてざわめいていた。ありえなは灰色の動物が足音をしのばせていくのが見えたが、動物学専攻の いはずの光景がいま眼前にひろがっている。おこりえないはずの出トム・ハンターによれば、それはオオカミであった。フレドリクス 来事。この森は現実のものであるはずがなかった。あるいは奇蹟に ーグ付近にオオカミがいるはずはないが、それを言えば、セコイ 類するようなものではあるまいかとも思われるのだった。 ア森林そのものがこのあたりにあるはずもないのだった。同様に、 馬上の一行がそこに到着したとき、数人の男たちが森のなかから人間の住むけはいはまったくなかったが、本当はフレドリクス・ハー もどってきた。奥のほうまではいっていくほどの勇気はないのであグの周辺には、農園がそこここに点在する田園地帯がひろがってい る。自分たちの目をまだ信じられないようなおももちで、木の葉やるはずなのである。 小枝を手にしており、なかの一人は果実をもっていたが、その木の森林をかきわけながらではあるが、馬の脚だったから、その三時 実は大西洋沿岸にあるはずのないものであった。 間で十二マイルか十五マイルの距離は来たはずだった。ロッキー山 ミノット教授を先頭に一行が森のはしにむか 0 てすすみよると、脈以東では一八二〇年までに完全に絶減したはずの森林野牛と明ら 州警察の警官が手をあげ、停止させた。 かに思われる毛のふさふさした動物を目撃し、その直後に、男子学 「耳をすませるんだ」警官が言った。「なかから妙な首が聞こえる生のプレークがもじもじしながら、これ以上前進することに異議を だろう。あれが何の音だかわかるまで、立ち入ろうとする者全員 となえたのだった。 を、ここでとめているのだ」 「何かおそろしく奇妙ですよ、先生」恐怖がその表情にあらわれて ミノット教授はうなずいた。「気をつけます。わたしはロビンソ いた。「先生の調査に反対だというわけではないですが、女の子た ン大学のミノット教授で、植物標本の採集に来たのです。拳銃も持 ちのこともあります。このあたりでひきかえさなければ、あとでき ってきています。わたしたちは犬丈夫です」 っと学部長ともめますよ」 そのまますすむと、警官は明確な命令にしたがってやっているわ そしてそのとき、ミノット教授は二梃の拳銃をとりだしてそれを けでもなかったから、ただ肩をすくめ、照れかくしにべつのことに かまえ、誰もかえすつもりはないと宣言したのだった。そしてそれ 5 注意をむけた。数分後、八頭の馬にまたがった一行は、視界から消 につづけて、自分には、何が現在おこっているのか、そしてそれが
けないので、ちょっと心配です。 やはり、・ほくの国はきみの国とちがいすぎて、すっかり驚かして お手紙どうもありがとう。 ・ほくは読みながらなんだか、ふるえるような、感動的というか しまったんじゃないかと心配です。きみの国はどんな国ですかフ 何というか、そんな気持でいつばいになりました。 しい感じの国だといいと心から願っています。 ほんとうですかー ちょっと、そのことが心配でもあるのです。じつは、きのう図書 室で一冊の本を借りて来ました。ずいぶん古い本で、棚のうしろに きみの国では、人びとが蝶化するんですね。あの美しいチョウチ 落っこっていたのを偶然みつけたやつですし、表紙なんかも取れてョウになるのか ! 巨大なチョウチョウに ! 鱗粉が空に舞い散っ いるので、誰が書いた何という本かまったく分りません。ただ、何て陽の光がかげるようになるとか、子供たちが、ときどきアレルギ となくパラ。 ( ラとめくってみると興味ぶかかったので借りて来たわ 1 性喘息になるとか、その程度のことはいいじゃないか。蝶化する けです。 のか ! すばらしいなあー いくつかの珍らしい話が載っている本ですが、その中に〈変身〉 そして、きみの国はやはり巨大な蝶のかたちをした島なんです という短い話があります。その話の主人公はグレゴール・ザムザとね ? 行ってみたいなあ。そして、きみがどんな美しい蝶に変身す いう父親なんだけど、ある朝、部屋の中で突然、巨大な毒虫 ( きっ るのか見てみたい。そして、ばくも蝶化することが出来たら ! で とムカデか何かでしよう ) に変身している自分に気がつくわけでも、ちょっと心配なことも、・ほくにはあるんだ。 す。ここんところは、ぼくの父が鰐化した場面なんかによく似てい 昨日、教室で、はじめて・ほくは地球がどんなかたちをしているか ます。しかし、その後がずいぶんちがうんです。その毒虫化した父教わったのだ。そいつは、まるでアド・ハルーンみたいにふくらんで 親は、その後、悲惨な眼に合うんです。暗い部屋の中に閉じこめらはいるが、どう見ても鰐のかたちだった。そして先生はこういった れたまま、家族はただ、なげき悲しみ、親戚にも上役にも秘密にしのだ。 て、まるで座敷牢に閉じこめたみたいにして、そのザムザ氏を扱う 地球が鰐である以上、世界じゅうの人びとが鰐化する時代も ちかいだろう。 だけなのです。 ますます凛とした自信に満ちた調子だった。教師鰐たちは それは、な・せかって ? 毒虫化したのは、その国じゅうでザムザ なんだか、最近 氏だけだったからです。・ほくはそれを読んで、鰐化したのが父だけや、父をふくめて最近の大人鰐たちのすべても でなくてよかったと、つくづく思いました。このザムザ氏の国にくすごく堂々と自分たちが鰐であることを誇示しているように思えて らべれば、・ほくの国はとてもいい国に思えます。世界には、いろん仕方がない。 な国があるんですね。まだ地理の時間には、鰐のかたちをした自分ゅうべなんか、団地の広場で、なんだか知らないけど大きな生肉 の国のことしか習っていないし、図書室にも、ほかの世界のことをを、鰐のツイストっていうのかな ? あの躰をぐるぐる横転させ、 書いた本は見つからないので、ただ、いろいろ想像してみるだけでねじ切るようにして、何頭かで食い切っているのを、ばくは目撃し 、、。まくはなんと すが、きみの国がすばらしい国であることを、心から願います。返たんだ。あれじゃあ、完全に鰐そのものじゃなしカ ~ 信待っています。 なく不安だ。背中がちょっとムズムズするし : 8
ちにまでおいやったあの災厄を、我々は何とよんでいいのか、まだ ラジオはとっぜん耳ざわりな音をたてた。機械の雑音がしつこくっ 名称もつけられずにいるのである。 づき、また耳ざわりな音になり、それから、まるで千個もの雷が一 冷静に四つに一つの生存のチャンスに賭け、そして事件の終わっ度に落ちたようなすさまじい静電音をたてた。そして急に静まりか たときにはたしかにその賭けを当てたミノット教授が、この事件をえった。 自分では何とよんでいたのかを知ることができれば、ひじように興中学生の男の子は気分悪そうに芝刈り機によりかかっていた。ラ 味深いことだ。だがそれより、一九三五年六月五日の前の晩には、 ジオの雑音が消えると同時に、少年は突如露にぬれた芝生に腰をお 彼はどんな想いをいだいていたのだろうか。それを知るすべはなろした。黒人の洗濯女はよろめき、狂乱状態で近くの木の幹にしが 我々が確実に知っていることといえばただ、我々自分がそのとみついた。洗濯物のかごはさかさまに落ち、のりをつけたさまざま きどういう気持ちでいたのか、そして、そのあとに何がおこったのな色の衣類が、吹雪となって宙を舞った。こどもたちは恐れおのの かということだけである。 き、泣きわめいた。女たちの悲鳴がひびいた。「大地震 ! 大地震 よ ! 」家々から人びとがとびだしてきた。二階のペランダから支柱 をすべりおり 、パジャマ姿のまま・ハラの茂みにとびこんだ者もい た。またたくまに、通りの全住民が戸外に出ていた。 一九三五年六月五日午前七時半。ミズーリ州ジョブリンの町は、 そのあと、奇妙な静寂が満ちた。地震などはなかったのである。 夏の夜の心地よい眠りから目ざめた。朝の陽光に草葉の露はきらめ一軒の家も倒壊しなかった。煙突なども総て無事だった。食器一 き、霧にしめったうすいクモの巣はまるで、ダイヤモンドの塵ででつ、ガラス一枚、割れる音などひびかなかった。全員の者がいま感 もあるようにかがやいていた。東のほうの町はずれでは、一人の男じたのは、本当の地震ではなかったのである。振動はたしかにあっ 子中学生が、ねむたげにあくびをしながら、登校前のひととき、芝た。そしてたしかに、大地も振動しはしたが、それは地震などでは 刈りの作業にとりかかった。その一・フロックさきでは、使い古した なく、人類の誰一人いまだかって経験したことのない種類の振動で 乗用車が、大きな音をとどろかせていた。・ハックファイアをおこしあった。だが、その振動について人びとがはっきり知るのは、ずつ ては一瞬静まり、また音をたて、こんどは調節がうまくいって定常と後になってからのことである。そのときにはみな、ただ茫然とた 音でエンジンをあたためはじめた。あちらこちらでこどもたちの元がいに顔を見あわせているだけであった。 気な声がひびきはじめた。黒人の洗濯女が姿を見せ、住宅街のな そして、エンジンをあたためる自動車の音とこわがっている赤ち か、まっすぐな通りの並木の木陰を大股であるいてきた。 ゃんの泣き声だけが聞こえる死のような静寂をやぶり、とっぜん新 二階の窓からラジオがわめいた。「 、三、四 ! こんしい物音がひびいた。行進する足並みの音だった。それとともに、 どはもっと高くー 三、四 ! 、力いつばい 三、四 ! 」ガラガラと車のころがる音も聞こえた。そして、命令する声がとど 8 5
された。桜の花びらをデザイン化したマークが選定され、特別の制そう考えていた。そのせめてもの腹いせとして、人びとはそれを正 服もでき、純白のマフラーさえ支給されることになったのである。式名称では呼ばず、非公式の場では、「サイコロ特攻隊」と呼ぶよ 9 弾圧が終るまで沈黙を守っていた新聞やテレビがいっせいにその伝 うになっていた。口から料へ、ざれ歌がひろまった。 達徹底に協力を開始した。日本はいまどんな悪条件下にあるか、こ 气あなたに貰ったマフラーの の先このままではどうなるか、それを防ぐには何をしなければなら 桜の模様がちょいと気にかかる さんざおだててほめあげて ないか。そして、涙をのんで決定された特防計画とは何か。理屈で 訴え、感情でからめ、連日のキャンペーンが始まったのである。 あとであっさり散らすのか 「己を殺して、衆生を救う。特防選士の気高き精神」 ネ工特攻トッコ 「一人の死か、百人の死か」 そして三月中旬、第一次抽出が行なわれたのである。決定した一 万人にむかって、すぐさま出頭命令書が発送された。全国に散った 「日本崩壊を待っ悪鬼ども、我らには特防選士がいるそ」 「泣かないそ。ボクは特防選士の子供だ」 そのうちの一通が影山のところに届いたのは、出頭刻限までわずか 「後につづけ。国民こそって特防の意気」 九日と六時間しか残ってはいない日時だった。 感動した某大学生からの投稿という触れ込みで、「特防選士の詩」 それから五日間、影山は家から一歩も出なかった。 が掲載され、それは曲をつけて選定歌とされた。 その間に彼が何を考え、どう苦しんだのかは分らない。ただ、結 气アジアの明日を築くべき 論としてあきらめたことだけが、周囲の者には感じられただけだっ はるけき理想なかばにて た。勤務先の工場で報告し、仕事のひきつぎをした。友人に会いに 怒濤四海をつつみたり 行った。毎晩酒を飲んで帰った。妻はショックで寝ついてしまって 黒雲空をおおいたり おり、親兄弟も半狂乱になっていた。小学生の子供も、うすうす察 ああ我いざ我特防選士 したのか毎日泣いている。入れかわり立ちかわり、近所の人達がや 祖国の誇りまもりなん ってきてなぐさめを言い、怒りをぶちまけた。とはいえ、サイの目 これに限ってレコードの生産は認下され、ニュースの前後や番組がはずれて安心している。その幸運を喜びながら挨拶している。影 のなかなど、あらゆる機会を使って流されたのである。 山は、・ほんやりとした頭でそう考えながら、はいはいと相槌をうち つづけた。 しかし、人びとは心のなかで思っていた。 理屈はどうあれ、特攻は特攻だ。人の死を丁半で決めるようなこ 三月末日、影山が指定された集合場所へ行ってみると、国防隊の とをして、何が理想だ。何が特防選士だ。きびしい規制と罰則のた輸送トラックがやってきた、氏名年齢とコードナン・ハーを確認さ め、いまはそんなことすらうかうか口には出せなくなっていたが、 れ、それに乗せられた。すでに五人ほどが乗り込んでおり、その先
いくつかの場所でこころみられていた探検をやめさせることになっ た。たとえば、インディアンが頭の皮をはいで逃げもどった未開ア 9 メリカに向けて、ジョージア州の時間断層からのりこもうとした討 このあとの話を知らない者はいない。あと二週間のあいだ、まだ伐軍の進攻は取止めになった。マサチューセッツ州ノ 1 ス・センタ 定期的に時の道筋が何度か震動した。だが、ミ / ット教授の言う時 1 ヴィルに侵入したヴァイキングの本拠地であるライフショルムを 間断層の数が減少していることが、徐々に明らかになった。もっと発見し攻撃するという駆逐艦隊の発進も見合わせられた。ウエスト ・ヴァージニアの沼沢地を地図にするために飛んだ飛行機隊も、時 も激烈なときには、地球の全表面の二五パーセント以上が、ほかの 時の道筋に占められていた。この変異の期間中に、本来の時の道筋間のエレベータ 1 が移動して永久に孤立させられることになる直前 に、調査飛行からよびもどされた。 からはなれなかった地域は、地球上では一カ所も知られていない。 ということは、もちろん、事実上百パーセントの人類が、時のな だが、その理論を知らずに、行ってしまった者たちもいた。とっ かを真横に震動する地球の異常な状況を経験したということなのでぜんあらわれた見知らぬ土地を探検にでかけ、この時間空間系に永 ある。科学者たちは、以前のように独断的なことは言わなくなっ久にもどってこなかった者の数は、アメリカ合衆国だけで五千人を た。哲学者たちは深刻な動揺をうけた。植物学、動物学、あるいは くだらないとみつもられている。そのうちの多くの者は、死んでし 言語学にいたるまで、時間のなかを真横にゆれたわれわれのあの旅まったにちがいない。いく人かは、いまやその存在が明らかになっ 行から明らかになった新しい発見によって影響をうけた。 たべつの文明と接触したであろう。 なぜなら、もちろん、四つに一つのチャンスが当たり、地球は生逆に、われわれはべつの時の道筋からきた人びとをうけいれた。 きのこったからだ。すくなくとも、我々の時の道筋においては、 ニューヨーク州イサカ付近のこちらの土地に、ロ 1 マ帝国第四二軍 ミノッ -z. 」ル 1 ーン ノットの探検隊のうちもどってきた人びとは、 団のうちの歩兵隊が二つとりのこされた。中国人の農民の四家族 ・プレアをわれわれの時間と空間とから永遠につれさってしまった ・、、ヴァージニア州にイチゴのすてきな穴場をみつけてつもうとし あの時間エレベ 1 ターの十五分後に、やっとキング・ジョージ裁判ているうちに、彼らをのせたままその地域が本来の場所にもどって 所に到着した。・フレークとハリスとは、自分たちのもつ情報を詳細きてしまった。 に世界中に知らせる手段をさがした。村から一マイルはなれたとこ ロシア人の村が、コロラド州にのこった。フランス人の植民地が 彼らの時においては未開発だったーーー中西部にとりのこされ ろに一人いたアマチュア無線家を通じて、彼らはミノットの理論を 短波で放送した。その理論は、生存の可能性に関するミノットの悲た。二十万頭におよぶ野牛の北部の群れがわれわれのところにもど 観的な分析の部分は抜かれ、またたく間に世界中にひろまって、そってきたが、それには、いまだかって馬も銃器も見たことがないと いうシャイアン・インディアンの村落一つがついてきた。リョコウ れからそれ相応の地位をあたえられた。その理論には価値があり、
しいえ、スクラントンの線も不 ーサ・ケタリングがとっぜん、関のなかで泣き声をたてた。 : ・」彼女の声はふるえてきた。「、 : ハリスパーグもおなじです。はい ・ : 申し訳ございませ「誰かがわたしにさわったわ ! 」わめいていた。「男の人よ ! 」 通です・ : ん。どの方向にも、フィラデルフィア市外にはどんな通信も出せま 冗談を言っているような声が、どこか近くでした。笑い声がおこ せん : : : 無線で通達しようとしたのですが、どこからも返事がこな った。獣が吠えるような笑い声だった。ローマ人の認識によれば、 奴隷はけだものなのである。さらさらという音がして、奴隷小屋の いのです・・ : : 」 しばらくのあいだ両手で顔をおおっていた。それから。フラグをつなかでもそれなりの自由がみとめられているかのように、まったく なぎ、私用の電話をかけた。 の野獣と化した奴隷たちが、新入者のまわりをとりかこんできた。 ・なんにも ? : : 「ミニー ? 何も聞こえないの ? : なに ? 警官新しくとらえられた人びとは、しばらくのあいだ仲間の慰み物とさ をもっとよんだんですって ? そ、そちらの交換手が、戦闘がおこれ、そして最終的に、最下位の地位におかれるのである。 っているって言うの ? 射撃の音がたくさん聞こえるって ? : : : 何ルーシー・プレアが、ロをおさえるようにして悲鳴をあげた。び がおこったの、 ミニーそれもわからないの ? : : : 銀行の装甲車までしりという音がするどくひびいた。誰かたおれる音がした。また笑 もちだしてたたかっているんですって ? だけど闘いの相手は誰ない声。 の ? なんですって ? うちの人たちはみんなそっちにいるのよ、 「わたしがそいつをなぐりたおした」ミノットがはげしい声音で言 そっちにいるのよ ! 」 ハンター ! 手探りして、棍棒のかわりになる ようなものをさがすのだ。奴隷のやつらを新入者いじめをしようと 奴隷舎の入口が閉ざされ、その外側の大きな鉄格子がびしやりとしているが、ここはやつらの繩張りだからかなうはずがない。 しまった。鼻をつまむような臭気が、あたりによどんでいた。それわたしたちが殺されたところで、奴らはせいぜいムチ打ちの刑をう から、ぶつぶっとつぶやく声がまわり中から聞こえた。鎖の鳴るけるぐらいだ。そして女性たちは、わたしたちがーーー」 音。けだものがうごめくように、ワラの音がさらさらと聞こえた。 ミノットは威 何かが、うなり声をあげて彼にとびかかってきた。 鋭い叫び声がとび、みんなをだまらせた。全員がしたがった。みん厳のある声をあげたが、そこには憎しみがこめられていた。あちこ なの注意をその男はあつめたが、小声のささやき声はまだ、そこらちさわぐ声が聞こえた。他の人影がとりかこんできた。ローマの奴 じゅうでつづいていた。 隷たちは、けだものの地位を強制され、奴隷小屋のなかでは自らも 緊張した声でメイダが立った。「ところーーところどころ、意味野獣として行動した。彼らは、新来者たちを、ただ奴隷ではなく自 の通じることばがあるわ。あの男がーーーわたしたちのつかまったと由人であったからという理由だけで憎んだ。女性たちはきれいで自 きのことを、ほかの人たちにおしえているのよ。 ラテン語の一分たちをおそれており だからこそ格好の餌食なのだった。鎖の 種なのー 音が不吉にひびいた。くさい息が宙に満ちた。けだもの以下におと 0
いということだったのだ。彼らのまきおこした破壊、彼らが殺した能的に、八頭の馬すべてがそちらに騎首をむけた。 死者は、みな三匹の不器用さとおろかさのみに原因があったのであ「気をつけよう」・フレ】クが静かに言った。「また中国人じゃあな る。 いだろうか」 明りは、たつぶり一マイルは先だった。八人は注意深く、耕地に そって馬をすすめた。 とっぜん、ルーシー・・フレアの馬のひづめが石にあたって音をた 先頭の馬は恐怖にもがいていた。かかとの上までやわらかいふわてた。その音はおそろしく大きくひびいた。彼女の馬につづき、他 ミノットがまた明りを下に向けた。六 ーサ・ケタの馬も大きな声でさわいだ。 ふわしたものにうまっていた。馬の揺れ方がかわり、 フィートから八フィートほどの幅の道路に切り石が敷かれていた。 リングは恐怖に叫び声をあげた。 暗闇から、・フレークがてきばきとした声で言った。「地面が耕作馬のなかの一頭がおびえて鼻をならした。馬はゆれるようにうごい たが、まるで道の上の物体をよけているようにすすんだ。細い路面 されているようです。明りをまたつけたほうがいいでしよう、ミ ノット先生」背後の空が白んでいた。山火事はまだ彼らを追っていをミノットはフラッシライトの光線で照らした。 「このような道路をつくった種族は」平静な声で言った。「ローマ た。いまや、数マイルの前方にも火花が散り、火炎をあげ、自らの 人だけだ。これに似たものを軍用道路としてつくったのだ。だがロ 煙雲を照らしてはげしい赤い光をはなっていた。 ーマ人は、わたしたちの元の世界では、アメリカを発見はしなかっ フラッシュライトが地面を照らした。地面はたがやされていた。 人の手によってやわらかくされていた。ミノットは明りをつけたまた。フラッシュライトが路上の何か暗い物をかすめた。光線はもど り、そこに固定された。女子学生が一人、おさえたような悲鳴をも ま、感謝するように小さな吐息をもらした。 それから皮肉な口調で言った。「この作物が何だかわかるか。レらした。光はいくつかの人間のからだを照らしていた。一人は絵に ンズ豆だ。ヴァージニア州にレンズ豆が植えられることがあるだろある古代ローマの兵士が身につけたような楯と剣をもちへルメット うか。ありえないことではない。どんな人びとなのか見にいこう」をかぶった男だった。死んでいた。頭の半分が吹きとばされてい た。その上に、奇妙な灰色の軍服を着た男がおり重なっていた。剣 畝にそってすすみはじめた。 で刺されて死んでいた。ライトはそのあたりを照らしまわした。死 トム・ハンターがあわれつぼく言った。 「もしこれが畑で、たがやされているのだとしたら、こんなに浅い体はもっとあった。その多くはローマ人風だった。四、五人の男 畝は見たことがない。一頭の馬で引くすきだって、これよりはもつは、南部諸州連合の兵士が着ているような軍服に極似した服装をし ていたーー南部連合の軍隊がまだ存在するとしてだが。 と深くほるもの」 遠くかすかに明りが見えた。全員が同時にそれをみとめてた。本「戦闘があったわけです」プレークが落着いた声で言った。「南部 5 8