考え - みる会図書館


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1. SFマガジン 1975年12月号

「違うちがう」 影山が今度は手をふった。 。フロローグ 「恰好見て分らんか。俺は工員、達ちゃんはええとこのサラリーマ 駅前の小さな焼鳥屋で、男が二人、酒を飲んでいる。一人は背広ンやー 「別にええとこやないですよ。小ちゃい商事会社でナわ」 できちんとネクタイをしめ、もう一人はスポーッシャツの上から、 「それがまた、どんな縁で」 少しぎごちなく、替上着を着ている。あと二・三本で終電車がやっ てくるという時刻、五つしか椅子のない狭つくるしい店内も、いま「いや、野球見に行って、偶然隣りどうしに坐っててな。あの監督 は三つが空いて、赤いビニールレザーの薄黒い汚れや破れ目が、螢はなっとらんちゅうことで話が合うて、それ以来や。今日は、俺の 行きつけの店を教えたるいうてな、こないして遅そまで」 光燈の下で憐れつぼくめだって並んでいる。 言いながら影山は、上着のポケットを探った。くしやくしやにな 「達ちゃん、もう一本どや」 スポーッシャツがネクタイに言った。どちらも同じくらいの年恰った煙草の紙袋をとり出したとき、小さく畳まれて、これもクシャ 好、三十前後だろうか。しかし、何となく、職業は違うような雰囲クシャになったザラ紙が出てきた。 「何や、これ」 気だ。 ひろげてみると、タ・フロイド版見ひらきの新聞のようだった。 「栄子ちゃん、もう一本つけて。それから串を適当にな」 「国防週報 ? 何ですか、それ」 ええかげんに帰らんと奥さんに怒られるよ」 「構へんの ? 達ちゃんが覗きこんだ。 「大丈夫、いつものこっちゃ」 「しようもない新聞や。毎週一回、工場でくれるんやけどな」 「影ゃんさんは良うても、お連れさんが」 「何でこんな新聞を」 大きな眼でネクタイの男を見て笑った。 「いや、うちの工場、どっかの下請けで銃の部品作ってるんや。そ 「ねえ」 の義理か何そで、この新聞ぎようさん取らされてるんやろな。メモ 「いや、僕も構へんのですわ」 達ちゃんは、空になったお銚子を持ちあげながら、片手をふつ用紙にもならんし、捨てるわけにもいかんしで、週一回皆にくれる こ 0 んやけど、何のたしにもならんわ」 「ちょっと見せてください」 「一人者のア ' ハ 1 ト住まい、影山さんより気楽ですから」 「そんならええけど」 受けとって、一面を見た。 「新国防人事発表、国防次官伊東中将に。 栄子ちゃんは、冷蔵庫をあけて串ネタを出した。 へへえ、いま国防隊の階級は中将とか大将とか言うんですか」 「二人、同じ会社 ? 」 8

2. SFマガジン 1975年12月号

ろうか ? それはいっかは発見できるとしても気の遠くなるようなとび出そうとして必死に足をとめた。一回はうまくゆくだろう。だ 作業だった。しかし他に方法はなかった。かれは気をとり直し、迷が、そのつぎからはどうする ? 顔を見られるだろうし、たちまち 2 路のような回廊をさまよいつづけた。何回も、一度見たナイ ( ーを保安部がのりだしてくるだろう。地球連邦にかぎらず、どこでも盗 目にした。いそいでそこを離れると、こんどは何分か前に通った回みは第一級の犯罪だった。こんな所で今、求めて自分の行動範囲を ーに目をこらすはせばめることはなかった。 廊に出てしまい、もう一度はじめから同じナン・ハ めになった。シンヤはしだいに疲れと空腹に耐えられなくなってき「どうかしたのか ? 」 こ 0 食料をかかえた市民の一人が、立ち止ってシンヤの顔をのぞきこ 《各プロックの配給車はエレベーター・ホールに集合。各・フロックんだ。 の配給車はエレベーター・ホールに集合》 「顔が真青だよ」 《第七一居住区、 2 ・ 8 ・ 9 ・ 1 ・ 1 ・ 1 ・・四食堂は停電で使シンヤの胸や背中をつめたい汗がすじをひいて流れるのを感じ 用できない。該当する食堂を使用する各プロックは配給車を用意せた。 「大丈夫だ。ちょっと気分が悪かっただけだ」 シンヤは機械人形のように足を動かしてその場を離れた。危険な インターフォンが遠く近くさけんでいる。 一瞬だった。たとえ食料をうばい取ることができたとしても、逃げ 「食料配給車か ! 」 おおせる自信などまるでなかったのだ。あぶなかった。耐え難い緊 シンヤの足はしぜんにエレ・ヘーター・ホールへ向った。どうとい うあてはなかったが、もしかしたら食料が手に入るのではないだろ張が去ると、それについていっしょに意識までもがぬけ出してゆく うかと思った。 ような脱力感がシンヤの足をうばった。 手荷物運搬車のような食料配給車の周囲に黒山の人垣ができてい 「送ってゆこうか ? どこだ ? 部屋は」 た。身分証明書を見せてチェックを受け、食料を受けとっているら声があとを追ってきたがシンヤはヘんじをするだけの力もなかっ しい。これでは手も足も出ない。配給を受けた住民たちは、壁を背た。シンヤはとんでもない深い山の中へ、たった一人で迷いこんで にして立っているかれなどには見向きもしないで帰ってゆく。そのしまったような気がしてきた。脱け出す道はただひとつ、あの女の 手の戦時配給食のひとつであるクロレラのビスケットの緑色のパッ 部屋のナン・ハーを発見することだけだった。それも、うえに耐えら ケージがかれの胃をたまらなく衝き上げた。オレンジ色の三角パッれなくなった体がついに食料配給車を襲う前にだ。シンヤの心の奥 ケージに入った人工脱脂乳。アルミ箔の固形スープ。チュー・フ入の底のどこかを、ちら、ともう一度調査局へもどろうか、という考え 合成マーガリン。かれはしだいに誘惑に耐えられなくなってきた。 がかすめた、かれはあわててその考えをふるいすてた。かれらは絶 ひったくって逃げれば逃げきれないことはなさそうだった。かれは対にシンヤを受け入れるはずがなかった。かりに受け入れてくれた

3. SFマガジン 1975年12月号

( 識的に避けたわけです。平凡社の大百科のストレートに結びついて、その上に成り立ランビアンナイト」でも『西遊記』でも 8 ( 定義によると、「科学小説」とは科学知識つ物語りであるべきだという考え方がひとだということになる。どこかでポーダー 0 2 ラインを引かなければならないでしよう。 ) 普及のための小説だとなっている。そう思っ。それから、科学との結びつきをそれほ ~ われたのではまずいというので : : : 空想科ど厳密に考えないで、人間の空想力や想像福島ばくは、ファンタジーも現代 学小説というのも決していいと思ったわけ力が無限に開放されたものとしてを捉も、源流は同じイマジナティヴな文学の流 れに入ると思うのですそして、近代以 ではないのですが、日本語でほかに適当なえる考え方がひとつ。 荒その違いは強くあるでしようね。と後、科学の洗礼を受けたものがとなっ 一言葉がないので使 0 たのです。 いうより、にどこまでを含めるのか、 た、というふうに考えたい。つまり へ荒なるほどね、よくわかりました。し は、大きな幻想文学という流れの現代的な かし、日本には大正時代から「空想科学小私は疑問を持つのです。たとえばュートビ 「説」という言葉があったのだから、これをア小説とか幻想小説などはに入れるの位相であると思うんです。 荒なぜ科学小説と呼ばれることに抵抗 使われたのには、福島さんのひとり合点がですか ? 入ってはいませんか。せつかく、とい 福島当然入れます。もちろん、アメリ感を感するのですか 力でも、ファンタジーとサイエンス・フィ 福島よく新聞記者なんかに聞かれるの う言葉をおっくりになったのに 福島いや、日本でといってすぐわクションのつなぎめはどこかという議論がです。最近のファンは、異次元ものと へかってもらえれば、そういう必要はなかっ いつでもしきりと行なわれています。しかか時間旅行ものが好きだそうだが、科学小 し小説としては、サイエンス・フィクショ説のファンが、そういう、現在の科学から ハたのですが : わまド科学的なものを ンなのか、サイエンスを利用したファンタは予想されない、い。ョ ( 荒つまり解説をなさったのですね。 ジーなのかわからないような作品もたくさ好きだというのはおかしいのじゃないのか 話はこのあたりから、という概念のん書かれている。・ほく個人としては、そうと。けつきよくファンは、科学の衣を着せ ( 中に、具体的にどのような小説を含めて考いったものもの領域に入れたいと考えた冒険小説が好きなだけなんじゃないかと ています。 いうんですよ。ぼくは、これに一番抵抗を えるのかという問題にむかって発展してい っこ 0 石川ファン大会などでアンケートをと感じましたね。たしかにファンは、現象的 ると、派と派というのがはっきり分れにはそうかもしれないけれども : : 。現在 石川荒先生のお考えと福島さんのそれています。派はルキアノス以来のファンの科学から予想されないものをすべて非科 ( とは、やつばりかなり違っているような気タジーや怪談などをそっくりの中にひ学的だとするのも逆におかしいし、現在の 科学的常識にあてはまることを絶対とする ^ がしますね。そしてその違いは、と科つくるめて考えようとする。派の方は、 学の結びつきをどう考えるかということをそれは邪道で、純粋に科学的なものでなけ考えかたもおかしい。 荒相手はそこまではっきりしたことを めぐって出てくる。というものは、科ればだめだと考える 学の成果なり予想される将来の科学なりに荒ファンタジーも入れるとなると『ア考えてはいなかったんじゃないんですか

4. SFマガジン 1975年12月号

「いや、初めは予備隊や。俺らの産まれる前やけど、警察予備隊か 「らしいな」 「全然知らんかった。ええっと、今般国防省統合幕僚本部の新人事ら始まったんや。それから保安隊、自衛隊、三年前から国防隊。 が発表せられ、大臣は留任、次官は交替。以下、適材適所各々の能防衛庁が国防省。人数かて、いまは陸だけで万人やからな」 カ熱意人望等を勘案しての英断人事との評が高い。何か、えらい肩「アメリカが、だんだんとアジアから手引いたからですかね」 に力の入った文章ですねえ。なかでも注目の筆頭は、次官に陸防中「さあ、難しいことは分らんけど、何せ知らん間にこないなっと る。うちの部品作りかてフル操業や」 将伊東瑞穂を起用した点であり、若くてャル気充分の伊東ならと、 省内での評価も上等。自身も大抜擢を多として鋭意努力を表明して「戦争でも起きるんやろか」 栄子ちゃんが、真面目な顔になって言った。 いる。はあん、これが伊東中将ですか」 「分りませんよ」 影山と栄子ちゃんが覗きこんだ。 達ちゃんがこたえた。 「やつばり、人の上に立つ人間は賢そうな顔してるやないか」 「何せ、いま世界中で一番評判が悪いのは日本ですからねえ」 「私は好かんわ」 「深刻な顔するなよ、二人とも」 栄子ちゃんが言った。大きな眼が怒りかけている。 影山がさえぎった。 「頭はええけど情がない。そんな顔や」 「せつかくの酔いが醒めるがな。栄子ちゃん、お銚子もう一本まだ 「そない怒らんでもええがな」 か」 「本当に、頭はいいらしいですよ」 「ごめんごめん」 達ちゃんが、また記事を読みだした。 「伊東瑞穂寸評、国防大首席卒業以来、快調の出世コースを歩んで笑い声がして、お銚子が出て、終電車が行ってしまっても、話し きた男。米国軍事研究団の団長として訪米経験あり、現地での知己声は続いていた。 も多い。何事にも理路整然、計画緻密で仕事に落ちがない。作戦研「 : : : てな具合や」 究では省内随一、同期のトップとして注目の的。欲を言えばもう少「えげつないわ、影ゃんさん」 「そう言うたら、実は僕も以前にね : : : 」 少ハメをはずす時があってもとの評あり。 外では、風が吹き始めていた。一九八 x 年の秋である。 左の方もトップになれとは酒豪幕僚の要望である : : : へえ、なか なかのエ リートなんですねえ」 「しかし、国防隊ちゅうのも、だんだん大きくなっていくみたいや なあ」 「名前が変るたびにねえ。初めは保安隊でしたんか」 いきなり、対日断交が宣言された。反日連合軍 ( アンチ・ジャパ 9-

5. SFマガジン 1975年12月号

ーに ・芸評論家的一般論で補っている評論に白がった読売は、二つ返事でをくれ年 ) 所載の星新一氏とのインタビ、 は、とても足がいカオカナをく 触れ、の本格と変格についてどう思 ~ 彼のあいだには、明瞭なギャップがあった。 やがてつぎの反論が、十一月末の同紙に うかという質問に対して星氏が「私のが を新しい分野として確立しようと焦掲載された。 唯一の本格で他はみな変格である」と答 っていた・ほくにとって、このギャップは、 ( この種の論争を、かなりの時日が経って えている部分を引用している。 . 簡単に埋められるものではなかった。かく いるとはいえそのまま再現することが文壇 荒氏はこれを〈放言〉ととって星氏を てついにトラブルは起こるべくして起きたの常識にかなっているかどう力を 、、・まくには大いに叱っているのだが、これがどうに のだった。 的確な判断はできない。けれども、に もおかしいのだ。なぜなら、星氏が、こ きっかけは、六三年冬に、荒さんが読売っいての、作家側の見解と、理解者と のインタビュ 1 全体を通して、一貫し ) 新聞に書いた『科学小説の今後』という一ま 。いいながら、一般文壇側の見解とが、ど て、彼一流のパラドックスで答えている 、文であった。 のくらいかけちがっていたか、そのためど ことは、あまりに一目瞭然だからであ その中で荒さんは、日本のはまだ翻んな問題がそこから派生しえたかをみるた 訳時代であり、「推理小説でいえば大正時めには、やはりこうするよりほかに方法は 荒氏がこの、単純明快なパラドックス 、代の半ば頃」の貧しさであって、星新一のない。非常識の謗りをまぬかれないことを を読みとれなかったとは考えたくない。 ( ショートショートのような変格や、承知で敢えて再録させていただく ) うつかり急いで読みとばしたケアレス・ ・マンガやテレビや映画ばかりが流行し 、、ステークとは思いたくない。しかし、 て、いっこうに本格が盛んになりそう の領域は広い 考えてみれば荒氏には、ことに関す な気配がないのは遺憾だと書いていた。し こ対して ーー荒正人氏の所論ー るかぎり、この種のケアレス・ミステーク かも彼が「変格推理小説として存在して が多いように思うのだ。一例をあげれば ~ いた」本格としてあげたのは、夢野久 考えちがいというものはだれにもよく 数年前、ある著名なイギリスの作家 ~ 作、海野十三、北村小松、木々高太郎らだ あるもので、たいていはその点を指摘し を、名前の語感からだろうがソ連作家と っこ 0 て、是正してくれれば済むものだが、オ よ勘ちがいして「さすが人工衛星を最初に ・ほくは、例によって、我慢できなくなっ かにはそうもいかない場合がある。考え あけた国の科学小説としてふさわしい」 てしまった。これは、・ほくにいわせれば、 ちがいが発想になって、その上に論理が と書いておられたのを読んだことがあ る。 ただすべき偏見の一つであった。 乗っている場合である。 さっそく、ぼくは読売新聞文化部にかけ 先日のこの欄に、荒正人氏が書いた 間違いは誰にもよくあることで、しか ・あい、反論を書かせてほしいと頼んだ。文 「科学小説の今後」の文章がそれにあた たがないといえばしかたがないのだが、 る。 、壇随一のうるさ型である荒先生に、蟷螂の それを足場に、大仰なもののいいかたを ・斧をふるおうとする向こう見ずの出現を面 荒氏は、マガジン十二月号 ( 六三 されては困る。知らないことを知ったか こ 0

6. SFマガジン 1975年12月号

ジャーヴィスはおずおずと、 動する。第三に、そのエンジンは地球に比べて三倍の大きさに作る ことができる。第四に、火星はおおむね平らだ。そうだね、。フッ 「あー、それは」ためらった。「ええ、・ほくはトウィールにずいぶ 5 ッ ? 」 んと世話になったものだから、彼を説き伏せてロケットに乗せ、サ エンジニアはうなずいた。 イルⅡに墜落した小型ロケット第一号へ連れていったんだ。そし 「うん、シュチーム・エンジンは、ここでは地球の二十七倍も効率て」彼は言いわけをするような口調になった。「彼に原子力噴射を 的に働く」 見せ、それを彼に与えたんだ」 「何だと ? 」隊長が吠えた。「異星人に 「これで、謎も解けた」ハリスンがつぶやいた。 いっかは人類の敵にな 「へえ ? 」ジャーヴィスが皮肉つ。ほく言う。「じゃあ、これに答えるかもしれぬ異星人にあんな大事なものをやってしまったのか ? 」 てくれ。あの見捨てられた都市の本質は ? 火星人は飲み食いをし「ああ、そうだ」ジャーヴィスは答えた。「見たまえ、この火星と ないのに、なぜ運河を必要としているのか ? 彼らは本当に先史時呼ばれる、ひからびたちっちゃな玉を。ここには人間は住めない。 代の地球を訪れたのか ? 原子力でないとしたら、いかなる動力を火星人にとって、サハラ砂漠は侵略するに足るかっこうの土地かも その宇宙船に使用したのか ? トウィールの種族はほとんど、あるしれんが、手近にこれだけ砂漠があれば、そんなこともしないだろ いはまったく水を必要としていないらしいが、では、彼らはより高う。だから、トウィールたちは決して敵にはならない。・ほくらがこ こで見つけた唯一の価値は、火星人との貿易の可能性だけだ。なら 度な生物のために運河を管理しているだけなのか ? 火星には他に ば、トウィールたちに生き残るチャンスを与えてやってな・せ悪い も知的生物がいるのか ? もしいないのなら、本にかがみこんでい 原子力があれば、運河のシステムを百パーセント運用できる。見捨 た悪のような生き物は何なのか ? まだまた謎はあるよ」 てた街に戻ることも可能だし、芸術や工業を復興することもでき 「わたしだって、一つ二つは思いつく」突然リロイをにらんで、 リスンが言った。「きみのことた。『イボンヌ ! 』とね。きみの奥る。地球の国々と貿易をやりーーそして、きっと彼らは・ほくたちに いろいろなことを考えてくれるだろう。彼らが原子力のしくみを解 さんの名前はマリイじゃ・なかったのか ? 」 きあかしたら、の話だが、・ほくは解きあかすほうに賭ける。トウィ 小柄な生物学者はまっ赤になった。 ダチョウ ールたちは・ハカみたいな顔をしているが、決して・ハカじゃないんだ 「ええ」と、しぶしぶ認め、隊長に憐れみを乞うような視線をなげ かけた。「おねがいです。このことはマリイには言わないでくださから」 パリでは男はみんなそうなんですよ、ほんとに」 ハリスンはクックッと笑って、 「まあ、わたしには関係のないことだ。もうひとっ質問がある。こ こに戻ってくる前にしたことってのは何だね ? 」

7. SFマガジン 1975年12月号

ヤはこめかみをおさえ、大のようにあえいだ。 コンウェイは注射器やアンプルをダストシュートに投げこんだ。 「二、三日はまだ頭が痛むかもしれないが、心配はない」 「おまえ、辞表を出した、と言ったな」 コンウェイは、シンヤのうでにさらに二、三本の注射を打った。 「ああ」 かすかに床が動いた。はね上げられたカプセルのふたが小さなリ 「辞表を出したやつが、なぜねらわれるんだ ? 」 ズムをかなでた。 「それはおれが辞表を出したことを知らねえからだ」 「地震だ」 「しかし、この前、おまえは調査局の中で襲われた。あの時は外部 から侵入した形跡は全くなかった。だから襲った者は調査局の内部 「この頃いやに地震が多くなった。長い間地殻の計測もなされてい ないが、このふきんに地殻の大きなひずみでもできているんじゃなにいるという結論が出た。そこでかりにだ。おまえをねらっている いかな」 やつが調査局の内部にいるとすれば、おまえが辞表を出したことも テー・フルの上の注射器や、からになったアンプルなどがしきりに知っているはずではないか ? それなのにおまえは襲われた。な・せ 不協和音を発した。しかし震動はそれ以上、大きくなることもなく、 「しるものか」 しだいに遠ざかっていった。 「ま、これはおれの考えだが、おまえは調査局をやめようとやめま 「おれ、調査局へ辞表を出したんだが : ・ : ・」 いと、これから先、何回も襲われるだろう。そして、やがてギュウ 「辞表を ? 」 「聞いていないのか ? 」 「ふざけるな ! 」 「誰もそんなことは言っていなかったそ」 「出したんだ。やめようと思ってな」 「わかったろう。おまえは戦うしかないのさ。自分で自分の身を守 「やめてどうするんだ ? 」 るしかない、あわれなキツネさ。穴から追い出され、かり立てられ 「それはわからん。とにかく調査局はやめる。そしてこの地球で市いっかは仕取められるあわれなキツネなのさ」 民権をとるのさ」 コンウェイは、銀色に光るメスを、ゆっくりとシンヤの目の前に 突きつけた。 「よく考えてからにした方がいいぞ」 「な・せだ ? なぜ、おれがそうかり立てられなければならないん 「考えたさ。理由は簡単だ。ここへ来たとたんに、えたいの知れな いやつらに何度もねらわれた。治安の悪い地球のことだから、他所だ ? 」 コンウェイは黙ってゆっくりと首をふった。それにつれて、コン 者と見れば石のひとつも投げたくなるのかもしれねえが、これはち よっと妙だ。なんだか仕組まれているような気がしてならないんウェイの手のメスが鏡のように灯をはねかえした。 だ。それもこれも、おれが調査局員だからじゃないかと思うんだ」 232

8. SFマガジン 1975年12月号

・供するにやぶさかではないのだという意味 先生は、あたかも私が同人誌『宇宙 のことを喋った。荒さんは、・ほくが宇宙塵 塵』の功績をいっさい認めず、継子あっ 8 2 ~ の功績を認めず、世界を切り啓き、わ かいにするばかりか、「お山の大将おれ ~ が国の文学界にいちおうの地歩を獲得した ひとりという態度ーでいる、と書いてお られます。 ~ のを、マガジンあるいは・ほく個人の功 ハ績と主張しようとしている、ととられたら 質問します。 しいが。それはとんでもない間違いであ いったいな・せ、そんなことをお考えに る。ぼくには、少くとも、その意味での私 なったのですか ? 先生への反論の中 で、私はそう取れるようなことを、何か “心はない。のための地歩を切り啓いて いくというプライドと、そのために自分が 書いたでしようか ? 先生の言いかナに とっている方法が正しいという自負はあっ 従えば「私心」をもって故意に彼らを誹 ・ても、断じて「お山の大将ー的意識はもっ なしたわけではない。しかし、ここは、も謗するようなことを ? う一度説得的に出るべきだ、と考えたので ていない : 事実の正確を期するために私の反論を ・ほくは、時の移るのも忘れて、荒さんとある。 読みかえしてみてください。私が彼らに かくて、一九六四年二月号に掲載された 話しつづけた。 言及したのは、荒先生が「ごく限られた その電話の会話はおそらく、一時間の余ばくの〈公開書簡〉『をめぐって』 マニアの動きにも詳しい」のだから、他 は、つぎのようなものになった。 つづいたはずである。 の ()n 活動についてもご存知ないはずは 電話を終った頃、ぼくの心中に、微妙な ない、という件りだけのはずです。 前略 ムード的変化が生じていたことを、・ほくは つまり、私は、な・せ先生が、現実にマ 荒先生。 ) 認めるに吝かでない。そのとき・ほくは、す スコミに受け入れられている作家た この公開書簡は、一九六三年十一月二 でに〈公開状〉を書く準備をととのえつつ ちの作家活動には目をつぶりながら、先 ・あったから、もし荒さんとそうして直接わ十七日付読売新聞紙上に掲載された先生生自身が「貧困」と批判されている同人 ) たりあわなかったならば、より戦闘的な言 の「お山の大将はつつしめ」と題する文誌の動きだけを、問題にしなければなら 葉やいいまわしを、それ以前の気分のまま章にお答えする意味で書いたものです。 なかったのか。私は、それをうかがした まず先生の私に対する誤解をとき《私 に使っていたにちがいない。そして、その かっただけなのです。 への ()n 読者の誤解を予防することか ハ結果、より違った影響を、生みだしていた ある文学活動を判断し、理解しようと ら、書きはじめたいと思います。ほかでも ハだろう。だが、話しあった結果は・ほくを、 するとき、現実の文学活動よりも、アマ ありません。「お山の大将はつつしめ」と 〔よりクールにするのに役立った。念のため チュアのそれに重点をおいてみるという いう先生のお言葉の内容についてです。 ・敢えていうが、じかに言葉を交して恐れを ような批判のしかたが、いったいどこの 福島正実氏

9. SFマガジン 1975年12月号

ばなかった道の上にも、たどってきた道路とおなじように、道しる″現在″というべきものも、数かぎりなく存在しうるということに ・ヘはたしかに存在している。わたしたちがその道しるべを見ることなる」 ミノットは、ほおばったサンドウィッチの最後の一片をのみおろ はけっしてないが、その存在だけは確信をもって言うことができる し、そしてうなずいた。「そのとおりだ。そして今日、大自然がけ のだ」 いれんし、それら多くの現在が混ぜあわされ、まだときどきは、そ またも、反論したのはプレークだった。「ひじようにおもしろい お話だとは思います。けれど、ぼくたちのいまの状況と、それがどの震動がゆりかえしているのだ。かって北欧人はアメリカ大陸に植 民した。いくつかの出来事が連鎖的におこり、時の経過とともに北 うむすびつくのかが、まだわかりません」 ミ / ットはいらだってつづけた。「未来について理解できたのな欧人の植民地は敗退して、わたしたちの祖先のとおった道筋が歴史 ら、おなじことが過去においてもありえたのだと考えっかないのに記録されてのこった。だが、べつの時の道筋をたどったなら、そ の北欧人による植民地は成功し、繁栄したかもしれない。中国人は か。三つの次元と一つの現在と一つの未来のことを、いましゃべっ てきた。一つ以上の未来をみとめる理論的必然性ーー・数学的必然性カリフォル = アの沿岸に到達した。わたしたちの祖先の時の道筋で が存在する。ありうる未来の数は無限大だし、時間における″分れは、アメリカに来た中国人は何ものこさず、発展しなかった。だが 道″のとり方しだいで、わたしたちはそのうちのどの未来に向かう今朝わたしたちは、中国人がアメリカ大陸を征服し植民した時の道 筋と接触した。さっきの農夫のあの恐怖の表情を見れば、彼らはま こともできる。 だインディアンを絶減させてはいないようだが。 東のほうに行こうと思えば、方向はいくつでもある。未来のほう に行こうと思ったばあいも同様だ。ここより百マイル西のほうから ローマ帝国がいまだに存在しつづける現在もありうるし、彼らが 出発し、時間の道の分れ道でやっているのと同様に、まったく無作かってイギリスを支配していたのとおなじようにいまアメリカを支 為に地上の道をえらんで東のほうへあるいてきてみたまえ。きみは配していることだって考えられなくはない。氷河期の原因となった ちょうどこの場所に到着するかもしれない。あるいはこの地点の南気象の状態が消えることなくまだつづいていて、ヴァージニア州が 側、北側に出るかもしれないが、いずれにしても、出発点から見れ雪の底にうもれているという現在だってありうる。石炭期のままの ば東に来ている。そこで、百マイル西からではなく、百年昔から出現在もありうる。あるいは、わたしたちの知っている現在にもうす こし近いところでいえば、ゲティス・ハ 1 グにおけるビケットの攻撃 発することを考えてみるんだ」 プレークが、お・ほっかなげに言った。「つまり、その・・・ーー未来のに徹底的に敗北して、アメリカ南部諸州連合がいまや独立国として 数はいくらでもありうるのだから、過去についても、・ほくたちが歴存在し、国境線を武装してすきあらばと合衆国をつけねらっている 史でならって知っている以外のものが、いくらでもあったはずだと現在だってあるかもしれないのだ」 いうわけですね。そしてーー・そしてその考えをおしすすめれば、 7

10. SFマガジン 1975年12月号

きな音が鳴りわたった。あたりの畑にいた人びとが、防壁内部に逃 り、かがやく粉雪におおわれた大地がうねっていた。 げこんだ。爆竹の音もしはじめ、それに和して威嚇的な喊声もひび数分ののちには、濃い霧があたりにたちこめて視界をおおい、ヴ 6 ア 1 ジニア州の六月の朝のあたたかい空気は、向う側からただよっ 「出発しよう」するどい声でミノットが言った。「急いだほうがい てくる冷気によって冷やされた。向う側の深い積雪も融けはじめ た。舗装道路を自動車がみな逃げだしたが、その後からは霧の帯が 馬首をめぐらし、だく足ではしらせはじめた。何か考えがある者巻きながら追ってきた。近辺の小川は、突然の増水にその流速を増 ~ ほかにいなかったから学生たちは、本能的に教授のあとをおった。 し、そしてあふれはじめた。 しばらくすすむうちに、馬たちがとっぜんよろめいた。馬上の一 馬上の八人の顔色は、一様に青ざめていた。ミ / ットでさえ、そ 行は不安感をもよおさせる奇妙なめまいを感じた。それがつづいたの手をふるわせていたが、手綱をにぎりしめるときには、断固たる のはほんの数秒間のことだが、 ミノットの顔面はやや青ざめてい様子をうしないはしなかった。 こ 0 「さあ、こんどはきみたちも満足できるだろう」おちついた声で、 「さて、何がおこったのかを見てみよう」おちついた声で言った。彼は言 0 た。「プレーク、きみはわたしたち一行の地理学者だ。あ 「賭けがこれで不利にな 0 たというわけではないが、もう数カ所たそこに見える海岸は見なれたものだと思わないかい」 ずねてみるまで、前のとおりであればよかったのだが」 プレークは頭をうなずかせた。顔色は蒼白になっていた。彼は、・ 河の流れを指さした。 Ⅳ 「わかります。この滝についてもそうです。ここは、今朝までぼく たちのいたフレドリクス・ハーグの場所です。ここは大橋がかかって その不快なめまいを感じたのは、フレドリクス・ ( ーグからの道が いたーーというかかかるはずの位置です。あの大きなカシの木の見 行き止まりになる地点にたむろする人びとも同様だった。多分一秒えるのが、リッチモンドに向かう国道がとおっているーー」唇をな ほどのあいだ、人びとはこの世のものとは思われない不快感を感めた。「ーーー国道がとおっているはずのところです。あの丘のふも じ、同時にその視界が・ほやけた。すぐに視力ははっきりともどっ にと、プリンセス・アン・ホテルが建つはずです。・ほくが思うにー た。一瞬のうちに人びとは、。、 一ニック状態におちいっててんでにわ ーその、先生、どういうわけか・ほくたちは、時間を過去にもどった めきはじめ、恐怖に自動車をはしらせはじめ、あるいは徒歩で逃げのか、あるいは未来に来てしまったわけですね。正気には聞こえな まどった。 いでしようが、・ほくはそれをはっきりと知りたいのです」 セコイアの森林は消失していた。かわりにその場所には、白銀に冷静な様子で、ミ / ットがうなずいた。「よくできた。たしかに 光る荒凉とした平地がひろが 0 ていた。背の低い木々が雪にうずまここは、フレドリクス ' ( ーグのあった位置だ。だが、わたしたち