大尉 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1975年2月号

いた。ビクニックでも楽しんでいるかのような挙措で偵察を続けて いたヨ 1 ク大尉の動きがびたりと止まった。 「向う側の橋の裾を見ろ、中尉」 ボマ中尉は双眼鏡で、私は肉眼でそれそれ大尉の示した方角を見。、 つめた。右手の橋のたもとの支柱に、何か白いものが縛りつけられ ているのが見えた。 「人間のようですね」私はいった。 「その通り」大尉がいった。 4 「裸の女た。そいつが縛りつけられているんだ」大尉が双眠鏡を渡 してよこした。押しつまった視野の中で、私はぐったりと支柱に磔 になっている女の裸体を認めた。生き死には定かではない。少年の ように短い金髪があざやかだった。 「ひどいことをするーーあれは尼僧にちがいない」ボマ中尉が呻い 9 4

2. SFマガジン 1975年2月号

大尉はそこでパチリと指を鳴らした。 さて、コマンドには誰が志願する ? 」 「こんな具合にだ」 「ーーー私です」一抽間を置いて、ボマ中尉がいった。 「敵は百名、われわれはその三分の一です」ボマ中尉がいった。 「君か」大尉は眉を吊り上げた。頬をわずかに引き吊らせて、中尉 「判っとる。が、中尉、フェルナンド・コルテスや。ヒサロは新大陸は続けた。 を征服するのに何人の兵士を要したかね ? 数の優劣は問題ではな 「私も義務を果さなければなりません。しかし、楽しみながらそう ていイニシアチプ 戦いの要諦は主導権を握ることにある」 しているとは思わないで頂きたい」 「大尉、あなたは : : : 」中尉が額に汗を光らせながらいった。 大尉はさわやかに笑った。 「どうやら戦いをたのしんでおられるように見えるのですが : : : 」 「よし、中尉。君がジープを指揮しろ。以上だーーー質問は ? 」 「それがどうかしたかね ? わしたちはこれで飯をくっとるのだ。 質問はないようだった。そのわずかな沈黙が失われるのを恐れる すいこう 楽しみながら職業を遂行してはいかんのか ? 死ぬときには笑ってように、声がした。それは私自身の声だった。 死にたいと思っとる。願わくばその邪魔をしないで貰いたいもの「私も戦いたい。攻撃に加わらせて貰えるかね ? 」 ど、中県」 私はジョン・エナリーを意識していた。彼のおだやかな目が、私 中尉は沈黙した。そのやりとりを、ジョン・エナリーは、目にかをしずかに挑発しているかのように思われたのだ。特攻を志願した すかに皮肉な光を浮べて聴き入っていた。平然と大尉は続けた。 ボマ中尉をみつめた目は、人間の勇気の上限を興味ぶかく探ろうと 「さて、作戦はこうだ。まず人質の安全を確保せねばならん。ジー しているかのようだった。その視線は次に私に向けられた。勇気に 。フを特攻隊としてそのために使う。。ハズーカであのトラックを叩きついてもっと知りたいと、それは囁いていた。 潰しーーしかし一台は残しておけ、あとで使い途があるかも知れん「私も行きます」エナリ 1 がいった 連中の歯ががたついたところでジープが突っ込むー 「これはこれは : : : 」大尉はロ笛を吹いた。 人質の押しこめられている場所は、通りのほぼ中央にある昔の教「これほど士気の高い部隊にお目にかかったのは初めてた。ところ 会だ。やつらは恰好の場所を選んだものた : : : 大尉は舌を鳴らしで諸君は銃を扱ったことはあるのかね ? 」 私は乱暴に頷いた。あながち嘘ではなかったーー私はかってクレ 「ともかくコマンドはその教会を確保しろ。本隊がゆくまで持ちこ 1 射撃に凝っていたことがある。エナリーも頷いていた。 たえるんだ本隊は、迫撃砲を二、三発お見舞したあと突っ込む。 「傍観しているのもことのほか辛いものだ。ときには思い切りきわ あとは白丘載というわけだ。ところで敵のリーダー株を一人生けどい賭けをして見たくなるものでね」私はいった。 捕りにしたいド探険隊の正確な消息を知らなければならんからな。 「人殺しはギャン・フルではないぞ。一度手を染めたらもとの自分に その旨、兵士たちに徹底させておけ。 は二度と戻れんのた」 8 2

3. SFマガジン 1975年2月号

る者は誰もいない。君の気持は分るが、君がそうしたところで、祖 0 てい 0 た。私はい 0 か人類というものを鳥瞰的に見 0 める存在に なっていた。自らの属する共同体への、含羞を伴った愛情が温かく 国は喜びはしまい。 ましば胸にひろがっていった。私はわれ知らず徴笑していた。・ いや、人間そのものがまだ若いのだ。い 君の国は若い らく試行錯誤が許されてもいいだろう。まだ時間はある。君の目指ポ「中尉は夢から醒めた者のように身じろぎした。目をしばたた す国を作り上げるべく努力したらいいのだ。人間の→ード・ ( ' クき、銃口をゆ 0 くりと下げた。誰からともなしに笑いが私たちの間 に湧き上がり、さざなみのように拡がった。中尉も笑 0 た。やがて 能力というものは、そのためにあるのだからね。 そして中尉、君は自分を制御することを学ばねばなるまい。人間私たちは哄笑のなかにすべてを融け合わせていた。 「どうやらすべて徒労だったようだな」 にもっとも欠けているのは、その能力だともいえるのだ」 笑いをおさめながら大尉がいった。 そのおだやかな声が、中尉の乱れた意識に滲み通ってゆくさまが 「だが、諸君、これが人生というものだ」 目に見えるようだった。 = ナリーの声には、抗がいがたい何かがひ そんでいた。それは私たちにも影響を及・ほしていた。彼は、中尉の みならず、私たちすべてに向って語りかけたのだった。 彼の声につれて、私の内部にもひとつのパースペクティ。フが拡が 海外 S F 大会 3 題 この 8 月中旬オーストラリアのメルポルンで 開かれる第 33 回世界 S F 大会「 Aussiecon 」の 準備会報第 3 号が到着した。登録者数は現在約 900 名だが , その過半はアメリカからで , 地元 のオーストラリアはまだ 200 人をオー ーした ばかり。以下イギリス 28 , ドイツ 11 , イタリア ニューシーランド 5 , ベルギー・スウェー デン・日本が各 3 人の順。またこの大会で選定 される 1977 年大会の開催地には , 今のところ , カナグのモントリオール , 米国フロリダ州のオ ーランド , それに ニューヨーク ( フィラデルフ ィアの立候補を併合 ) の 3 都市がせりあってい る。なお 1 年おいた 1979 年大会へのイギリスの 立候補 ( 9 月号既報 ) も確定したもよう。 そのイギリスの全国大会は , 春と秋に開催さ れ , 集まる人数は 300 ~ 500 人ていど。ファンダ ムのスケールではまあ日本のそれに毛のはえた ていどのものらしい。春の大会は 3 年ほど前ま で「 Eastercon 」の名でつづいていたようだが , 方針が変ったらしく , 74 年には既報 ( 9 月号本 欄 ) の「 Tynecon ' 74 」が 4 月中旬に一ユ スル・オン・タインで開かれた。 75 年はロンド ンで , 名称は「 Seacon ' 75 」となる予定。 秋の大会のほうは , これと反対に , 71 年以来 「 Novacon 」の名称が定着し , 会場もハ ガムのインペリアル・センター・ホテルにずっ と固定している。 74 年の「 Novacon 4 」は , 10 月 25 ~ 27 日に開かれたが , 参加者が次第にふえ て運営に支障をきたしそうになったため , 明年 からは場所を変えることを検討中の由。 第 2 回欧州 S F 大会「 Eurocon ・ 2 」が , 8 月 8 ~ 13 日 ( 9 月本欄の。 7 月 " は誤報 ) フラン スのグルノープルで開催された。参加したアメ リカ人ファンのレポートによると , 出席者約 250 人 , そのほとんどがフランス人で , 他の国から は , ベルギーとオランダを別にするとひとりか ふたりの代表出席があったのみ。急な開催地変 更のため万事やつつけ仕事で , 予定されていた 講演もなく , パネル討論ばかりがえんえんとつ づき , フランス語のできない出席者のためには 会場となった大学の講師がひとりついてその内 容を英語で翻訳説明していく , といったぐあい世 だったらしい。唯一のアトラクションだった映 界 画も , S F ものは全然なかったという。 なお次回 , 1976 年の第 3 回大会は , ポーラン ドで開催されることに内定した。 cc ・ R) 情 207

4. SFマガジン 1975年2月号

と沈黙し、短機関銃の援護射撃の中を、自らも機銃を咆哮させ続けたちは ? 」 ながら、ジープは崖ふちへ乗り上げた。その破天荒な攻撃ぶりに敵「 : : : 彼らはみなルア・フラへ連れてゆかれました : : : あの悪魔たち どぎも はおそろしいことをいっていました : : : 旱魃で北の地方は飢えに苦 が度肝を抜かれたことは間違いない。それでなくとも、白人傭兵ー ー白い戦士の勇名は、 = ンゴ動乱以来アフリカ内陸部にとどろき渡しんでいます : : : ・フラザーとシスターたちは、食糧として連れてゆ っていたのだ。彼らは不死身であるという伝説がーーー信仰に近い形かれたのです。 ボマ中尉、大尉ーー・は、 つかの間、私たちーーー私、エナリー でーーアフリカ人の間に幅広く流布されていたのである。 敵のゲリラが唐突に戦意を喪失したとしても無理はなかった。ひ痺れたように彼女の顔を見守っていた。やがて大尉が呟いた。 とわたり森を掃射しおわったあと、シュランツ曹長がカービン銃を「ルアブラだと ? 」 大きく振り回して、こちらに合図を送った。森は、たちまちのうち「むかしの鉱山町ですな」中尉がいった。 「敵勢力の中心地です」 に潔められてしまったのだった。 再び彼女にかがみ込ん 「判っとる」にがい顔をして大尉はいい、 彼女は生きていた。 大尉の睨んだ通り、橋の、敷板の下には軽地雷が埋められてお「ところでもう一つ聞きたいんだが、グリーイ ( ーグ探険隊につい り、州兵がそれを排除するのを待ちかねて私たちは橋を渡り、彼女てやつらは何かい 0 ていなか 0 たかね ? 国境近くの湖沼地帯〈未 知の動物を調査にいった探険隊たが」 を解き放ったのだ。 彼女は生きてはいたが、ひどい状態になっていた。全身が打撲傷「″チ = ペク = ″ですね : : : 」彼女は呟いた。 そういえばゲ や擦り傷、切り傷で覆われ、くりかえし強姦されたあとが歴然とし「 ( ンパリ族の伝説にある″水に棲むライオン″ リラの隊長がちらりといっていました : : : 探険隊は、ルア・フラの北 ていた。衰弱し切っていて脈も弱かった。看護兵がぶあつい毛布に 包み、強心剤を打ち、熱いスープを飲ませてから、ようやくうっすで彼らが抑えたそうです。何かえたいの知れない大きな動物の入っ おり らとその瞼がひらいた。柄にもない咳払いをしてから、大尉が囁きた檻を、探険隊は引っ張っていたそうです。 : でも、本当にゲリラの手に落ちたとすれば、彼らの運命は、 かけた。 ブラザーたちと一緒ですわ : : : 早く助け出さないと : : : 」 「だいぶ辛い目に会ったようだな、シスター。が、もう安心してい いぞ」 彼女がようやくそういい終えて目を瞑じた。ヨーク大尉はゆっく ほそおもて 「 : : : 有難う。本当に有難う」彼女は呟いた。細面の、愛らしく整りと私たちの顔を眺め渡した。皮肉な笑みが頬に浮んでいた。 「諸君、どうやらわれわれはルアプラへ行かねばならんようだな。 った顔が歪んだ。 「ところで、君たちの仲間はどうなったのかね ? 他の尼僧と神父探険隊の正確な消息が手に入るとすればあの町だ」 サプ・マ・ ) / がン しび 7

5. SFマガジン 1975年2月号

「さて、中尉」ヨーク大尉が、今見たものにまったく心を動かされ四分と三十秒後、私とジョン・ = ナリーは、路肩の岩蔭に身をひ ていない口調でいった。 そめて、ゼロアワーの到来を待っていた。こちらの動きを知ってか 9 「あれがわれわれをおびき寄せる罠であることは確かだ。もし君が知らずか、対岸は相変らすひっそりとしていた。 敵の立場で、われわれをここで叩こうとするなら、どんな布陣を取私は震えていた。意志とは無関係な生理のはたらきだ 0 た。今が るね ? 」 すべての兵士にとってもっとも辛い時間である。が、エナリーには 中尉は、まだ苦渋に充ちている目を上げてひっそりと静まり返っその生理は無縁のようだった 私の脇にうずくまっている彼から ている対岸を見渡し、やがてためらいがちにいった。 は、どんな呼吸の乱れも感じられなかったのだ。 「対岸の藪の中に機銃銃座、狙撃手ーーおそらく橋には地雷が敷設「羨ましい男だ、エナリー」私は囁いた。 されている。車を橋に乗り入れたわれわれが、地雷で収拾がっかな「その度胸を、どこで仕入れて来たのだ ? 」 くなったところでいっせい射撃を浴びせる。 「どういう意味です ? 」静かな問いが戻って来た。揶揄されたよう 「いいそ、中尉」大尉は白い歯を見せた。 に感じて私は声を尖らせた。 「まずそんな寸法たろう」 「恐いということを知らんのか、君は ? 」 それから、大尉はシュランツ曹長を呼んだ。 「なるほど、恐怖ですね」彼はひどく感じ入ったように呟いた。 「シュランツ」傍に立った曹長に、大尉は楽しげな声をかけた。 「実は私はそれを学びたいと思っているんですよ」 「お前にちょ 0 としたアクロ・ ( ットをや 0 て貰いたい , ーー下の河床その謎めいた答えに私が首をひね 0 ている余裕はなかった。乾い を、ジー。フで突破するんだ。対岸に突っ込んで藪を掃射しろ。むろた迫撃砲の発射音があたりをふるわせたのだ。対岸の緑の壁がたち ん迫撃砲で援護する。どうだ ? 」 まち裂け、黒煙と閃光を吹き出した。同時に銃火がその合い間から 曹長は眼下の流れをうっそりと見下ろした。私もそれを真似た。 閃き始めた。やはり敵はひそんでいたのだ。かん高くさえすりなが 流れをはさんた河床は、雑草の生えた斜面になっており、最後は一一一ら機銃弾が私の頭上を掠め過ぎた。 = ンジンの唸りが聞え、逆おと がけ 十度近い崖となってそれそれの側に駆け上っている。川の深さはそしに川に突っ込んだジー。フが凄まじい水煙をあげるのが一瞬見え れほどではないようだったーーー泡立っ水のいろがそれを告げてい た。その人格はどうであれ、シュランツ曹長とその二人の部下の ガッツ 肝っ玉は、この瞬間黄金のきらめきを放っているようだった。 ャヴォール ヘル・カ・ヒオン 「引き受けました、隊長」凄味のある笑いを浮べ、ドイツ語で曹長世界は、歯の軋むような不協和音で充たされていた。私はもはや は答えた。・ 呼吸すらも忘れ、目だけの存在になり切っていたようである。ジー 「よし、五分後に作戦開始」 。フはたちまち流れを突破し、泳いだあとの大のようにしずくを散ら きわ しながら向いの斜面に躍り上った。それを見究めて迫撃砲はびたり ゃぶ ゃぶ ふせつ

6. SFマガジン 1975年2月号

兵士たちの輪が割れ、曹長とその二人の部下が姿を現わした。奇から、戦いを見下ろしていたかのようだった。 4 怪な大男を引き立てていた。半裸の黒人で、ライオンのたてがみか彼の表情もまた、おそらくボマ中尉とは別な意味で動いていなか 2 ら作ったポンネットをかぶり、首には小動物の骨をつないだネックった。むしろ、曹長が告げた事実への、人々の反応を面白がってい カ - 一・ハリスム レスを幾重にもかけている。顔は濃くくまどられている。ある種のるようですらあった。食人行為は、彼にどんな衝撃をももたらさな しようぎ ウィッチドクー 瘴気に似たものが、その男からは発散していた。呪術師であるこかったにちがいない。ふと私は思った この男は超人的な神経の とは明らかだった。 持ち主なのだろうか、それとも、人間のあらゆるモラル、価値基準 「こいつが何をしていたと思います ? 」 を相対化しうる能力を持ち合わせているのだろうか。そのような存 シュランツがいった。その声には、彼には珍らしくむき出しの感在は : 情が揺れていた。 「シスター・アン」大尉がいった。 「あの酒場の奥の調理場にかくれていやがったんだーーー逃げ出し損「こんなことをあなたに訊くのは本意ではないのだが : : この男に なったんでしよう。こいつはそこである種の″仕事″をしていたん見覚えはないかね ? 」 だ。何だったと思いますね ? 」 「 : : : あります」シスター・アンは答えた。その声は最初こそ震え 曹長は激しく唾を吐いた。むかっく思いを抑えかねている様子だていたが、たちまちきつばりしたものに変って行った。 「この男が、教会を襲った暴徒の指導者です。私を部下たちに代る 「こいつらは本当の犬畜生だ・ーー・悪魔だってシャッポを脱ぐにちが代る犯させたのもこの男です」 影ない。こいつらは神父と尼さんの一人を。ハラ・ハラに切り刻んで、 彼女は揺るぎない視線を呪術師にすえていた。 「神父とシスター ・ルースの死の責任も、この人にある筈ですわ」 「有難う、シスター」大尉はいった。 「そこまでだ。曹長」大尉が鋭く遮った。 「彼女たちにそんな話をこれ以上聞かせる必要はない」 「よし、曹長。この男を誰にも邪魔されぬ所へ連れて行け。グリー れ′〃が ン・ハーグ探険隊の消息を説き出すんだ。 こいつなら知っている 再び、沈黙があたりに漲った。私はボマ中尉を窺った。今の話が、 彼のヒューマニズムにどれほどの衝撃を与えたかが気になったの筈だ。お前がにいた兄貴から仕込まれたそのためのテクニック だった。しかし、中尉は、何も聞いていなかったように茫然としてを、洗いざらい注ぎ込んでいいぞ。それでもまだこの男には紳士的 いた。最前の大殺戮で、すべての精神力を使い果たしてしまってい な扱いなんだ」 たのかも知れない。その反動が、彼を虚ろな存在にさせていたの 「了解」 だ。私はエナリーに目を移した。彼は、戦闘が終わるやいなや、忽 シュランツはひどく明るい微笑を浮べて答えた。 然と姿を現わしていた。むろん無傷であり、どこか全く安全な高み うつ

7. SFマガジン 1975年2月号

をのそきこむたびに、襤褸のようにうずくまっている黒い人々の、 博士の体にかすかな痙攣が走り、その唇の動きがとまった。それ 慄然とするような目に出くわすことになったのだ。すべての希望をは二度とひらこうとはしなかった。 失った人間の目のいろは、それを見る者の心まで腐らせる毒をそな「死んだ ; : : 」そう呟きながら、ボマ中尉が私たちの顔を見上けた。 えているのだ。 中尉の様子に、どこか異常なものが生じたのはそのときである。ぼ ホイッスルが聞えた。私たちはその方向に馳せつけた。奥まんやりと、心そこにあらぬ風に死者の頭を大地に横たえ、ぎくしゃ くと立ち上った。そして、肩のサプ・マシンガンを外して私たちに ったとある小屋の中から、一一人の兵士が何かを抱え出そうとしてい た。それが痩せさらばえた老いた白人の体であることを悟るために突きつけたのだ。その目には、心の平衡を失った者に特有の、定か は、しばし目を凝らさねばならなかった。老人の体は地面に横たならぬ光が宿っていた。 えられ、中尉がその頭を抱いて水筒から水を含ませた。 「こんな筈はない : : 」り泣くように彼は呟いた。 「モーゼス博士だ : : : 調査隊隊長の」大尉の呟きを私は聞いた。 「こんなひどい : : : 醜悪で野蛮な : ・ : これが私の国の出来ごとであ ばけもの 「膝を砕かれているようだな。逃げ出さぬ用心のためだ。むごい真る筈はない : : : 恐屯だと ? : : : そんな化物がいてたまるか : : : 私の 似をする」 祖国はもっと栄光に充ちている : : : こんな血みどろの、救いようの それからかがみ込んで、大尉は老人に囁きかけた。 ない未開の地である筈はないのだ : : : 」 「聞こえますか、博士。われわれは救出隊です。あなたがたを救う銃口がさまよいながら上がり、私たちの胸元に凝された。 ために来たんです。他の人たちはどこにいます ? 」 「君たちには死んで貰う。君たちは唯一の目撃者 : : : この醜悪な一 百歳の老人を思わせるその顔にかすかな変化が起こり、唇が震え連の事件の証人だ。君たちが死ねば知る者は誰もいなくなる。・ こ 0 私には、祖国のためにそれを果す義務がある : : : 」 「 : : : みんな死んだ : : : 食われてしまったのだ。 ・ : あれも食われ私たちは立ちすくんでいた。あえて、彼に躍りかかるほどの勇気 た、骨もどこかへ捨てられてしまったろう : : : あの生物学上の奇蹟を持った者は、流石にいなかったのだ。短機関銃の引金は軽い。そ ・ : 水棲の大型肉食爬虫類の生き残り : : : 太古の遺産である動物の一連射で、それを試みた者の体はすたずたに引き裂かれるだろ そのとき、ジョン・エナリーの声がした。 かすれた笛の音のようなものが唇から洩れた。博士は自分をわら っているのだった。 「ーーその銃を下ろしたまえ、中尉」 いだ 「 : : : 皮肉なものだ : : : われわれがあれを見出したのは、やつらの そして彼はゆっくりと歩み出た。この作戦行を通じて、私が彼の 腹をふくらませるためだったのだ : : : 生きていても何の値打のない積極的な行動を目のあたりにしたのは、これが初めてだった。 連中を、 いっとき養わんがためだったのだ : : : 何たる皮肉た : : : 」 「すべては終わったのだ、中尉。このことで、君と君の祖国を責め も」 206

8. SFマガジン 1975年2月号

らねばならなかった。 かげろう 誰しもがこのドライプにうんざりしていた。陽炎に焙られた地平 は限りなく続き、例の湖沼地方を懐に抱いている山並みが青いヴェ 1 ルのように右手に浮んでいる他は、意識を賦活させる何者も見当 乾き切ったステッ。フを、私たち十五人の乗ったトラックは土埃を らなかった。 雲のように曳きながら走っていた。大尉と中尉、十名余りの兵士、 人間も車も。その忍耐の極に達したと思われる頃、ようやく前方 そしてエナリーと私。 に、黒すんだ塊が、黒い小島のように盛り上って来た。そのディテ 目的地は北東百キロの地点にある村だった。プルンジという名の、 、ぎよう イルーーオアシスを趾繞するなつめ椰子の一本すつが見分けられる 半砂漠地帯のオアシスの畔にある小さな村。そこで探険隊が虜囚と なっているという事実を、呪術師を絞り上げてシ = ランツが聞き出までは、なおもかなりの距離を走り続けねばならなかった。 したのだった。その地方に敵兵力はきわめて手薄という情報も得て「・フルンジだ : : : 」干上った唇を湿そうと努力しながら、私の傍で ・ホマ中尉が呟いた。荷台に乗っていた私たちはすべては立ち上がり 本隊は、尼僧たちを守りながらルアブラに残っている。政府軍本カイ ( スの幌をはねのけてその光景に見入っていた。 一 1 ンダクト トラックは速度をゆるめずに突き進んだ。土をこねて建てたみす 部との連絡が成功し、十二時間後にはヘリコ。フターによる増援が得 ・ほらしい小屋の群れが近づき、ばらばらと人影が走り出て来た。ト られることになっていた。作戦が成就され次第、ヘリコプターによ ぐラ ラックをどう遇していいか迷っている様子だったが、大尉がその頭 る救出が行なわれることは、かねてから打ち合わされていたのだっ 上にサプ・マシンガンの掃射を浴びせると、たちまち砂漠へ逃げ散 た。本来ならボマ中尉がその本隊の指揮に当るべきだったろうが、 探険隊救出に最後まで立ち合いたいという希望が大尉を動かし、シ ュランツ曹長がその任に当ることになった。 トラックは泉の畔にまで一気に突っ込み、兵士たちがわらわらと 平原は文字どおり灼けていた。太陽は空のすべてに遍在している飛び下りた。が、それ以上の反抗の気配はなかった。 あぶ おちこち そのオアシスは死にかかっていた。ちょっとした池ほどもあ かのようだった。遠近に見える疎らな林は、陽に焙られて、焼けた ちち 手髪のように縮れ切っていた。大気は煮えたぎり、呼吸のたびに肺る泉の水面はすっかり後退し、異臭を放っ泥の中央に、褐色の水溜 りが残っているだけだった。太古からこの広大な砂漠の地下の岩盤 を苦しめた。路傍には、死んだ家畜の骨が散らばっていた。時折、 移動の中途にあるらしい数人の家族集団とすれちがったが、彼らはに溜めこまれた地下水のプールそのものが、すでに涸れかかってい たのだ。揶子の葉々もその緑を失って久しいようだった。 辛うじて動くだけの意志を保っている、生きた枯れ木のようだっ 5 た。エンジンはしばしば息つきを起し、ルアブラの涸れかかった井泉を囲んで蝟集している小屋を、私たちはしらみ潰しにあらため 0 戸から手に入れた貴重な水を、そのつどラジェーターに補給してや始めた。嬉しい作業ではなかった。異臭を漂わせたうすぐらい小屋 シスダー 8

9. SFマガジン 1975年2月号

ヨーク大尉はしかし終始濶達にしゃべり続けていた。まるでゲー ない。人種もあいまいだ。この星のすべての民族系がそなえる固有 ティティ ムの戦略を語っているかのように、淡々と進攻ルートを説明してい 性から、なぜか彼は自由であるように見えた。強いていえば、す ′イプリート た。それを . 聞いているとグリーイハーグ探険隊と邂逅しうることべての血がないまざった超混血者とでも形容すべきだったろう は、まるで既定の事実であるかのようだった。文字通り戦いを職業 、カ としている彼にとってみれば、どんなに困難な任務でも、醒めた研「そうだが、貴公は ? 」大尉が呟いた。 究対象でしかないのだろう。彼はいささか遅く生まれすぎたタイ。フ 「フリー・ジャーナリストのジョン・エナリーです。救出隊に同行 の男たった。・ロレンスと同時代に生まれ合わせることが、 の許可をいただきたい」 彼にとっては最大の幸福だったにちがいない。 大尉は目をむいた。むろんこれ以上非戦闘員がふえることは彼の ボマ中尉は対蹠的に、 いまだ軍服が身についていない様子たっ望みではなかろう。 た。ヨーロッパ留学から戻って間もない、この国のエ リートである「あいにくたがパスは満員だ。次の便を待っことにして貰えんか ことを、そのイギリス訛りと礼儀にかなった身ごなしが物語ってい ね ? 第一、許可ならば俺ではなくウガンジ政府から取り付けるの た。理想家肌の青年の一途さを、彼は他人に十分分ち与えられるほが筋たろう」 ど持ち合わせているかに思われた。 「その種の許可ならば充分取ってあります」 あまりそっとしない組み合わせだ、と私は思い、ひそかな危男はサファリジャケットのポケットから、何通もの書類をつかみ 惧を抑え切れなかった。この二人は余りにも懸け離れている。コマ出した。 ンドチームのように緊密な行動共同体において、指揮者グルー。フ内「グリーイハーグ財団、アメリカ外務省、ウガンジ政府外務局それ すみ の反目は、しばしば命取りになることがあるものだ。 それの必要書類。つまり、お墨付きというやつですな」彼は再び徴 「ところで、彼らが探しに行ったという例の動物のことだが : : : 」笑した。ひどく透明な徴笑だった。 三杯目のマーティニをりながら私がいいかけたとき、もの柔らか 「しかし当事者であるあなたにまず了承を得ることこそが筋だと思 な完璧な英語が私たちの背後でひびいた。 いましてね」 「失礼ですが、ヨーク大尉ですか ? グリーイハーグ救出隊指揮官私は頭をひねっていた。このようなプロジェクトを嗅ぎつけ、し の ? 」 かも各関係筋から至れり尽せりのギャランティを取り付けることが 私たちがゆっくりと振り向くと、微笑を浮べた一人の男が立って出来る記者といえばかなりの大物だ。しかし知る限りの世界のフリ いた。説明のつかぬ異和感がその瞬間私を襲った。その男はいわば ・ライターの顔を思い浮べて見ても、彼の顔と名前ーーーエナリー この世界にぎごちなく篏め込まれてそこに立っているかのようだっとは妙な名だ にむ当りはなかった。 た。蒼みがかった黒い髪に中性的なおだやかな顔。年の頃は定かで ヨーク大尉は書類を検め終わり、渋い顔でそれを彼に突き戻した いちず あらた アイデン

10. SFマガジン 1975年2月号

・」 " 。た尸つまり、獲物の商業価値を不必要に損わぬためなのだ。 とうまくやれ。お前ほど神経の太くない人間がいることも忘れる ふいに怒声が湧いた。躍り込んで来た人影が、叫びとともにその、な」 鍋を蹴り倒した。すさまじい灰かぐらが上がった。その男は、目を マ中尉が憤然と立ち去るのを見送りながら、私は彼の一途さが 怒りにうるませながら向き直った。 : ホマ中尉だった。チョコレートもたらす危険の予兆をぼんやりと感じた。 色の顔が、怒りのあまり鉄灰色に褪せていた。 「何てことをする。お前はそれでも人間か」 シュランツ曹長はうっそりと笑った。腰のナイフにかけた手をゆ ふところ つくりと放し、唾を吐いた。 翌日の午後、隊は山地の懐ふかく入り込んでいた。高度を稼ぐ 「こいつはもう人間の名残りじゃない、ーー・単なるものですよ。そい につれて気温は下がり、峡谷に沿った道には霧がたちこめ始めた。 みやげ つを土産にして何が悪いんです ? 」 そこに至るまでに、数度攻撃をこうむっていたが、いずれも少人数 握りしめた拳を震わせている中尉にはその声が耳に入らなかったゲリラの散発的なものであり、たやすく打ち破っていた。 てん ようたった。 霧の合間に、車窓の右手に見えるうっそうとした山巓を指して、 「今後は、一切この種の行為を禁するそ、曹長」 シュランツ曹長が私に教えた。 「さて、ヨーク大尉は何といいますかねーーーポスは彼だ」 「あのてつべんには教会がある筈だ。十人はくだらない尼さんと神 ふと傍に気配を感じて私は振り向いた。ジョン・エナリーがいっ 父がせっせと有難い教えをふりまいていたのよ。だからとんだ無駄 さま の間にか脇に立っていた。求道者めいたおだやかな顔には、さして骨だったな。 この辺の連中を手なずけるのは、キリスト様とい 驚きの色も浮んでいなかった。私はその目の色が気にかかった えども至難の業なのさ」 それは異常なまでに澄んでおり、文字通り冷徹なカメラアイのよう「彼らはもう避難したのかね ? 」 に、ひたすらその場の光景を記録にとどめているように見えた。 「知らんな」曹長は肩をすくめた。 ふるま 「なるほど、これが人間の振舞いの一環ですな。死者への哲学でも「どっちにしろ隊長は寄り道するつもりはなかろう。この仕事には ある」まるで自らはその一員でないかのように彼は呟いた。 何せ途方もない報酬がかかっているんだからな」 「人間とは、きわめて現実的な動物というわけだ」 道は、泡立っ渓流を見下ろしながら、なおも高度を上げ、や ボマ中尉と曹長は依然睨み合っていた。その緊張へ、ヨーク大尉がて橋が見えた。曲がりなりにも鉄橋で、車両の通行には支障がな の声がさりげなく投げかけられた。 いように見えた。長さは五十メートルはある。 「よし、そこまでだ。二人とも戦闘で気が立っているんだ。ーーー曹橋のたもとにさしかかった所で、停止命令が出た。私はトラック 長、、その悪い癖は当分ひかえておけ。止めろとはいわん、ただもっ を降り、橋の向うを双限鏡で観察している二人の指揮官の傍へ近づ トロフィ つば ぐどう ギャラ ー 94