顔 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1975年2月号
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1. SFマガジン 1975年2月号

・な瞽。第 : ・ツ当を 0 0 2 時半を指している。そういえば、・ほくが就眠。 ( トカーのサイレンが響いてきた。わざとポ リュームをし・ほったような音だったが、それ 儀式に入った時間が、二時半だった。 ・ほくは改めて窓硝子に顔を寄せて、窓外のでも静寂に馴れたぼくの耳には、方雷の轟き のように聞こえた。・ほくは驚愕のあまり、座 様子を眺めた。 濃密な闇が、すこしずつ薄れているように席から飛び上った。 パトカ】は一台だけではなかった。二台、 思われる。 窓硝子に、・ほんやりと顔がうつっている。三台と続いて来る。 最初それは・ほくの顔かと思ったが、よく見・ ( スは、車体をきしませながら、急停車し た。そのとたん、吊るしてあった金具が切れ ると、違っていた。 うつむきがちの細長い顔で、うっすらと笑たらしく、夜光時計が天井から落っこちて、 いの浮かんだロの端に、かすかに血がにじん砕けた。 床の上に、時間が、液体のように滲みだし でいる : それは、ぼくが最後に見た O ・の顔だっ た。 O ・のデスマスクだった。 変死した 0 ・は、そんな顔をして、署 ・ : それから後の出来事は、もう断片的に の死体置場で眠っていたのだった。あの日は 底冷えのする夜で、一緒にいた・は、としか覚えていない。 。ハトカーでやってきた鉛の兵隊のような制 きどき思い出したように無言で長く白い息を 服姿の小人が数人、機敏な動作で・ ( スに乗込 吐いていた。 O ・の顔は、バスの窓の向こうから、まんできて、「計算違いの事故が発生しました 丁重だ るで窓硝子に貼りつけられたように、じっとので : : : 」とぎこちない英語でいい、 が有無を言わせぬ扱いで、ぼくと、まだ眠り こちらを覗きこんでいた。 ( もうすぐ、君に会えるよ。ずいぶん話がたつづけている古本屋の親爺をバスから降ろし まっているね。二年たらずの間に、君が喜び。たこと ( そのとき気がついたのたが、パスの 9 0 そうな事件が「つぎつぎに起こ 0 て : ・ : ・ ) 座席は眠っている小人で満員だったのだ。ー夜 3 そう話しかけていると、不意に後ろから、光時計はいつのまにか修理されていて、前部 こ 0

2. SFマガジン 1975年2月号

「それからって : : : 一生懸命世帯のきりもりして : : : お婆さんにな「お嫁さん ? : ・ : ・ しい仏さまになりたいわ」 「それだけかえ ? 」時蔵はふっと、何か考えこむような眠っきをし「いるの ? 」 ていった。「お嫁に行って : ・ : ・子供をうんで、育てて、・ : ・ : 年をと「いねえよ : : : 」 「もらわないの ? 」 って : : : 死んで : : : それだけ ? 」 「だって、ほかに何があるのよ。好きな人のお嫁さんになれて、そ答えず、時蔵は、片肱ついてお糸の顔をのそきこんだ。 の人の子供をうんで、死ぬまで一しょにくらせたら、こんないい事「お糸ちゃん : : : 今年あ何年だ ? 」 「何年って : : : 」お糸は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。「天 ないじゃないの : : : 」 保七年よ。きまってるでしよ」 どさつ、と時蔵はまた頭の後に腕をくんでひっくりかえった。 あたし、また馬鹿な事を言っちまったかな、とお糸は心配して男「天保七年 : : : 」時蔵は遠くを見つめるような眼つきをした。「本 : この年に、日本中、どえらい飢饉に見まわれたんだ」 の顔をのぞいた。 ・、、男は、やわらかい日ざしを顔いつばいに当は : 「飢饉って : : : それ、何の事 ? 」お糸はいぶかった。「今年は、夏 うけて、心底からうれしそうに、おかしそうに笑っていた。 「いいな・ : : ・」と時蔵は眼をかるくつぶり歯を見せて笑った。「本が寒かったんで、北の方で、少しお米の出来が悪かったってきいた 当こ、 けど : : : 飢饉なんて、聞かないわ」 それでいいんだな。それでいいこった」 「それが、あったんだ。本当は : : : 」時蔵は乾いた声でつぶやい 「何よ」とお糸は、思わず時蔵の腕をゆすぶった。「何がおかしい みちのく た。「天保三年にも陸奥でえれえ飢饉があって、四年、五年と凶作 のよ。どうせ、あたしなんて馬鹿なんだから : : : 」 「とんでもねえ ! で : : : そして、今年七年には全国的な大凶作、大飢饉があった。陸 ーー・その逆だ」 のく 時蔵の顔はまだ笑っていた。 お糸は、何となく悲しくなっ奥の方じゃ、人間が死骸を食ったって言う」 「そんな ! なんて恐ろしい ! 」お糸は青くなって、思わず肩を て、空をながめた。 「時蔵さんは : : : 」とお糸は沈んだ声でいった。「また、どっかへすくめた。「人が人を食べるなんて・ : : ・うそよ ! 仙台に親戚がい るけど、こないだ遊びに来たわよ。何も言ってなかったわ」 行っちまうんですか ? 」 「そうだ この世では、そうなんだが : : : 」時蔵は、憂欝そうな 3 「さあてな : : : 」と時蔵はつぶやいた。 いないの ? 」 顔で草を噛んだ。「お糸ちゃん : : : お前さん、天狗船にのった事あ 「お嫁さんは 」時蔵の声は、ふいにうつろになった。「お嫁さ みち

3. SFマガジン 1975年2月号

「四角いでしよう」 「そうなんですよ、こいつは」 私の表情に気づいたのか、飯田が真面目な顔でいった。 飯田がとなりでいった。 「まあね : 、・ : 」 「すると君は、山本麟太郎の役か」 私は笑いながら答えた。 「役って・ : ・ : ちょっと」 「大野シウといいます。シロウはこころざすという字にほがらか 加藤は不服そうな顔をして、私から免許証とカードを受取る。 という字です」 「勝小吉の倅が麟太郎だろう」 大野志朗は運転しながらいう。 「ええ」 ふしようぶしよう 「僕は加藤コキチ。小さい吉と書きます」 不承不承頷く。 「待ってくれよ」 「亜空間要塞では、山本麟太郎は若様と言わせてある。もと華族の 車は瀬田へ向かっていた。東名で御殿場へ出てから伊豆へまわる 気らしい。私は彼らの自己紹介をやめさせた。おりるなら今のうち「それなんですよ」 だと髞った。 飯田が説明した。 「何か身分証明になるものを見せてもらいたいな。名刺はダメだ「だから、三人一緒にはうかがえなかったんです。名前までどこと よ。あんなものはどうにででも刷れるからな」 なくつながっちゃってますからね。この一一人を連れて行ったら、一 すると加藤は気易く頷き、大野から運転免許証をとり、自分は緒に伊豆へ行く気にはなってもらえなかったと思います」 のクレジット・カードを出して私に渡した。 「それはそうだな」 「参ったな」 今度は私が不承不承頷く番であった。 私はつぶやいた。亜空間要塞における四角い顔は伊東五郎で、そ「で、君はこのあいだ来たとき、吉永佐一だと言ったね」 れが現実では、やはり四角い顔の大野志朗となっている。五郎と志「これです」 朗 : ・ 飯田は自分の頭へ手をやった。 それより問題は加藤小吉だ。 「頭でつかちですからね」 「小吉なんて名前は今どき珍しいね」 「そうか・ : ・ : 」 「ええ。でも本名です」 私は苦笑するよりなかった。 そうだろう。クレジット・カードでは細工もできまい 「それに、もうひとっ彼が吉永佐一であるという理由があったんで 「若いのにこんなカードを持っているなんて、ちょっといいご身分す。今はなくなっちゃったけど : : : 」 だね」 「ほう」 390

4. SFマガジン 1975年2月号

、、ないし、お聟さんもいや」 識されはじめ、お糸は袂をくみあわせて胸にあて、どきまぎした。 ちったあ年ごろらし 「内気はともかく、お多福はねえだろう。 「どうした、お糸坊 : : : 」赤くなって伏せられたお糸の顔を追っ て、源伯父の笑 0 た眼が糸のように細くな「た。「お前はん : : : 今く、身のまわりをかざ 0 て、紅白粉の一つでもつけりゃあ、何々小 町でさわがれるのは眼に見えてる。お前はんがお多福だったら、 日、何かあったのかえ ? 」 え、お糸坊、弁天さまあどうなるんだ ? 裸足で逃げ出さざあなる え・ : ・ : 別に・ : : ・何もありません」 めえ」 お糸はますます赤くなり、声がのどにからまった。 いや、いや、とますますかたく両袂を顔におしあて、身をもん 「早えもんだの。こないだまでおむつをひきずっていたお糸坊も、 で、下駄まで小さくふみならすお糸を見ながら、源伯父は心からお 気がついてみりや、鬼も十八、あけて十九か : : : 」 源伯父は、腰からぬいた煙管入れの蓋を、ぼんと音をたててぬきかしそうに、天井をむいて、あっは「は、と高笑いを吹き上げた。 ながら、感にたえたようにいった。「ふつくらとした、いい体つき おめえの父つつあんは、忙しい商売で、おっ母さん になった。 は病気がち : : : 実の娘がこんなに熟れちまってるのに、まだねんね 北品川の沖から、やや北よりに東へ、ちょうど八ッ山の沖あいけ のつもりであまり気がまわらねえと見える。こりや悪い虫のつかね えうちに、この源吉が、三国一の聟をめつけてこなきゃなるめえ」かけての海を埋めたてて長い防波堤をなし、そこが西洋南洋がよい の天狗船の船着場になっている。 「いや、伯父さん ! 」 なぜか、また、 高輪の先まで飛脚路を早駕籠ですっとばして来た源伯父とお糸が と小さく叫んで、お糸は袂で顔をおおった。 し、いなりずし売りの顔がちら、と頭のすみにうかぶ。八ッ山でまた町駕籠にのりかえて、船着場へついたころは、もう江 あの小憎らし、 戸湾の沖はとっぷり暗くなり、西の方もタ映えに富士の影が辛うじ ふつ、ふつ、ふ、と、笑って、源伯父はぶかりと国分の輪を吐い てのこっているぐらいだった。 濃藍の空に、星が美しく光りはじめ、北の方には江戸の灯が、地 「いやったって、人間男も女も年ごろになりや、自然の色気が開い てんとう てくるのは、こりやお天道さまのきめたこった。首ふったって、ど上に星をぶちまけたようにいつばいに輝いている。ーー海のむこう うにもなるこっちゃねえ。ついこないだまでは、ほれ、そんなにやにならんでちらっくのは、千葉の灯だろうか。 たらに赤くなったり、色っぽくしなをつくったりしなかったもん海から吹く風が冷たい。 すらりと船宿がならんで、道や広場にいつばいに明 船着場には : 広場には、乗客見送り客をおくりこ りをあふれさせている。 「伯父さん、きらい と顔をおおったままお糸は身をもんだ。 「私なんか・ : ・ : だめです。こんなお多福だし・ : : ・内気だし : ・ : ・お嫁み、またつみこむ、町駕籠「 . 乗合駕籠の、龕灯や赤提灯の明りがご 5 2

5. SFマガジン 1975年2月号

「すると : ・ : ・」 公園を抜けるのが近いのだった。ほかに人影はなく、静かだった。 青年はその時、うしろに足音を聞いた。ふりむくと、女がかけて「これは組織の争いなのだ。こういうことは、まりくわしく聞か ないほうが、第三者として身のためだそ」 くる。そして、そばへ来て言った。 「そういうものかもしれませんね。しかし、いまの女 : : : 」 「助けて、 : : ・」 街灯をうって暗くなる前の一瞬、青年は女の顔を見ることができ : 、、まってもおけない。 息をはずませている。事情はわからなし力を た。それは、いつだったかホテルで会い、くわしく知ることなく別 しかし「どう助ければいいのだろう。とまどわざるをえなかった。 すると、女のかけてきた方角で銃声がした。耳もとを鋭い音がかれたあの女そっくりだったのだ。相手は聞きとがめた。 「いまの女を知っているのか」 すめる。弾丸らしい。そうと知ったとたん、青年の足はすくんだ。 「いいえ、ちがいますね。あれは何年か前のことだ。さっき、ちら 女が手を引っぱりながら言った。 と見た顔は、それと同じだった。ちっともとしをとっていない。あ 「そこにかくれましよう」 りえないことた。だから、前に会ったことのある女とは別人です」 そばに、ツッジのしげみがあった。そのかげに身をひそめる。ま 「それじゃ、しようがない」 た、何発かの銃声がした。からだがふるえる。 「これじゃ、逃げられないわ。なんとかしなくちゃ : : : 」 「しかし、それにしてもよく似ていた : : : 」 しきりにふしぎがる青年を見て、相手の男は手をひとったたいて 女はつぶやいた。どうするつもりかと青年が見ていると、女はハ ンド・ハッグをあけ、なかから小型の拳銃を出し、そばにある街灯をから言った。 ねらってうった。みごとに命中し、あたりは暗くなる。それにまぎ「どうも感心しないな。もう少し早く暗くすればよかったのに。顔 れ、女はどこへとなく姿を消した。 を見られてしまうなんて、手ちがいだ」 青年はとり残され、しばらくそこにいた。あまりに刺激的すぎ「なんのことです。それは、どういう意味なんです。あの女が仲間 のような口ぶりですが」 た。心臓が波うっている。男の声が近づいてくる。 「女の顔を見たことで、あなたの心に好奇心がめばえはじめた。そ 「もう逃げられないぞ。手をあげて出てこい」 これ以上、弾丸をうちこまれてはかなわない。青年は手をあげてうなると、困った結果になる。その好奇心を、これ以上に発展させ 、ようだ」 ないためには、説明をしてしまったほうがいし 立ちあがった。そこには三十歳ぐらいの男がいた。相手は聞く。 「説明できるのでしたら、それを話して下さい。どうなっているの 「女はどうした」 か、わけがわからない。なにか事情がありそうだ」 「あっちへ行ったようですよ。いったい、なんなのです。あなたは 9 警察のかたなんですか」 青年は目を輝かした。相手の男は拳銃をポケットにおさめて話し盟 はじめた。 「いや、ちがう」

6. SFマガジン 1975年2月号

なずいた。まだ軆は弱っているようだったが、こみあげてくる喜びォメガも幸せだった。 に頬を火照らせていた。 また還元ベルが鳴りはじめた。こんどはまちがいなく第五号カプ 「生きているんです。居場所もわかりました。西アフリカです。白セルだった。 四回目の旅行を終えたオオルリは不機嫌な顔で物もいわずに休養 ポルタ川の沿岸でミクロフィラリアの研究をしているんです。いわ ゆるリスー・ プラインドネスとよばれる風土病でプュが媒介するん室へはいっていった。いつもは哀しみに沈んでいるのに、こん夜の です。痒さで不眠症になったあげく視力障害をおこす病気です。す様子はちがっていた。いままでに見たこともない憎しみが彼女の顔 をひきつらせていた。 みませんブドウ酒をもう一杯くださいませんか」 ワインを飲み干した細菌学者は眼を輝かして言葉をつづけた。 休養ペッドに横たわった彼女は、じっとオメガを睨みつけた。 「くよくよ考えていないで、もっと早くここへくればよかった。 「わかっていてやったんでしよう ? 」 ・ : 親父がなぜ家庭を捨てたか、その理由もわかりましたよ。お袋に オオルリは怒りの燃える眼をオメガの顔にすえた。 関係があるんでわけはいえませんけど」 「なにが ? 」 「お父さんは再婚しておられましたか ? 」 わけがわかららずにオメガは問いかえした。 「いや、独身をとおしてるんです。土地の人々のために献身的に働「なにがですって、へん」 いているらしいんです。この世のなかにまだあんな未開発のところ馬鹿にしたように言い捨てると、彼女は醜く歪んだ顔をそむけ こ 0 が残っていたんですねえ。考えてもいなかった」 ひと 「すぐ会いに行かれますか ? 」 「他人のことがぼくにわかるわけがないじゃないか」 「いいや、今夜早速テレビフォーンをしてみようと思うんです。び ォメガはむっとして答えた。哀しみが澄んだ流れなら、憎しみは つくりするだろうなあ」 油に汚れた溜り水だ、と彼は思った。しかしオオルリはなにを見た 細菌学者はじっとしていられないようだった。べッドから降りてのだろう。だがたずねたとしても答えないだろう、彼は黙って彼女 身仕度をはじめた。 に背を向けた。 「不思議だなあ、親父が風土病の研究していて、ぼくが細菌学者だ「わたし見たんだ。あいつ、わたしに会う前に恋人を捨てたんだ。 なんて : : : 」 。あんたのい お腹の子供を堕ろさせて、それから紙屑みたいに : ・ 彼はオメガの手をとって握りしめた。 うことを聞かなければよかった。一カ月前なんかにいかなければ、 「ほんとうにありがとう。こんなに嬉しかったことって久し振り美しいまんまの思い出が : : : 」 突然女は泣きはじめた。人生は美しいだけのものじゃないさ、オ 晴々とした靴音が遠去かっていった。廊下へ出るドアが閉った。 メガは休養室を出て、自分の部屋へかえっていった。アマルガムが

7. SFマガジン 1975年2月号

ォメガは歪んだ頬を撫でてやった。 「帰らせてもらうよ。いろいろとありがとう」 「お婆さん、お婆さん ! 」 婆さんは手探りするようなおぼっかない足どりでドアのほうへ歩 4 3 老婆の叫びより声を高めなければならなかった。ォメガは自分のきはじめた。 顔も痙攣しながら歪んでいくのを感じた ~ あの時もそうだった ~ 妻「休んだほうがいいんだけどな : ・ : ・」 と娘が無惨にをねじ曲げて死んでいくのをただ黙って見つめるよ ォメガはそう言いながらロッカーから老婆の衣服とハンド ) ハッグ り仕方がなかった。突如襲来した嵐のなかでのエア 1 カーの衝突事・をとり出して、彼女の身仕舞を助けてやった。 故だった。そんなに昔のことではない。あれから二年しかたってい 「おやすみ」 ないのだ。 そう言う老婆の唇がひくひくひきつれていた。ォメガは彼女の背 老婆の叫びがとだえて空ろな眼がオメガの顔のあたりをさ迷っ中がドアの向うへ消えてしまうまで見送った。頼りな気な靴音がい た。さっきと同じなにも映しだしていない眼だった。死者に出合っ つまでも響いていた。それはことんことんと幾重にも重なった空ろ たものの眠はしばらくは白い霧のなかを迷い歩かねばならない。オな谺になってかえってきた。婆さんはエレベーターにのらずに歩い メガは老婆の背に腕をまわして抱き起してやった。 て階段を降りるつもりなのだ。冥府へとくだっていくような薄暗い 「お婆さん、よくかえってきてくれましたね」 百五十六階もの階段を。 機械は自動的に還ってくるようにセットされていたし、オメガの 突然ォメガは腸を絞りだすような叫びを聞いた。 言葉もいつもの常套的な挨拶にすぎなかった。だがいまそれを言う「むごいよう、むごいよう。あの子には脚がない。両脚がないんだ ォメガの声音には深い安堵の念がこめられていた。 よう。膝からしたがないんだよう、むごい、むごい 老婆の眠から湿った膜が剥がれていき、彼女は骨ばった手でオメ終りのほうはひと続きの呻きになり、階段の狭い空間にはねかえ ガに縋りついた。ォメガは・フドウ酒のはいったコップを彼女の唇に りながら、ひび割れた鐘の余韻のようにだんだん遠去かっていっ 近づけてやった。 イヌサフラン婆さんは・フドウ酒をひと息に飲みほして、ぐったり ォメガはドアを閉め、ノ・フを擱んだままじっと立ちつくしてい とオメガの腕によりかかった。 「短い旅行から還ったら三十分ほど休養室で安静にしてもらうこと「顔がまっ青」 になっています。あちらへいきましよう。よかったらそのまま泊っ 別な声が聞こえた。眼をあげて廊下の突き当りの受付に眼をやる てもいいんですよ」 と、オオルリが机に寄りかかるようにしてたっていた。 「大丈夫だよ。心配しないでおくわ」 ナオルリはなんとなく紫色の感じのする娘だった。大きな眼をい 婆さんはオメガの軆を伝うようにして力。フセルの外へ出た。 つばいにみ開いて、ひとの顔をじっと見つめる。 こ 0

8. SFマガジン 1975年2月号

た。月光が、屋上の白い・アスフ、アルトを、まるで池かプールのよう く、この世ならない情景に思えてきた。つまり非現実的な感じが に見せていた。俺は鉄扉の取手を握ってあけようとして、思わずはするほどきれいに見えてきたんだ。しかしそのうち、女は、ふわり っと力を抜いた。屋上に、一人の女の姿があるのに、そのときはじと踊るようにこちらを向き、鉄扉の方にむかって歩いてきた。俺は 一瞬、どうしようかと迷った。そのままそこに立っていたのでは、 めて気がついたからだったーーー」 神門は目を閉じ、その上から、二つの指を当てがった。 まるで待ち伏せしていたように取られるだろうし、いまさら出て行 といって、鉄扉のこっち側のホールには身を 「女は、セーターにロングスカートたけで、コートも着ていなかっくのも行きにくい た。首に、流行の長いボウを結んで、それを身体の前に垂らしてい隠すところもない。女は、そのうちにもしだいにこっちへ近づいて た。月を見あげて真直ぐにアスファルトの真中に立ち、胸を張ってくる。と、そのときだ : : : 女がいきなり立ち止って俺を見た」 いるので、若いスタイルのよい。フロポーションがよくわかった。女、神門が、いきなり振り返って私を見据えた 私は我知らずびく は、病院の石護婦や女医ではなさそうだった。女は大勢いるが、二カりとした。 月以上も入院していれば大体は顔を覚えてしまう。とすれば、この「俺はびくっとした。てつきり、女が、鉄扉の窓の中の俺の顔に気 夜更けに病院の中にいるのだから、入院患者か、さもなければ付添いがついたのだと思った。考えてもみろ、夜更けの屋上で、誰一人い の家族のどちらかだが、その様子からみて病人とも見えなかったか ないと思っていたら、屋内に通する唯一の出入口に怪しげな男が立 ら、たぶん入院した夫に付添ってきた奥さんか、子供を入院させた って自分の方を向いていたんだ。俺だってきっと怖くなっただろ 若い母親かだろうと俺は思った。石病の疲れを、月夜の夜気の中でう。まして女だ。襲われると思って、当然だ。 癒そうとでもしているのか : : : それとも眠れないのか : : : 俺は、屋女は両手を口もとあたりまであげた。口がばくばくと、文字通り 上へ出るのを思いとどまって、彼女の姿を見つめていた。出ていけ魚みたいに、開閉して喘いだ。 ば、夜更けのことではあるし、周囲にだれ一人いない暗い屋上だか身体はその場にーー入口から七、八メートルのところに凍りつい ら、こわがってしまうことは目に見えている。下手すると、痴漢とたように動かない。 早合点されて大袈裟な悲鳴をあげられ、夜警に弁解しなければなら俺は咄嗟に決心して鉄扉を大きく引きあけた。悲鳴をあげられる なくなるかもしれない そう思って : : : しかし、そのまま立ち去前に、姿を現わして安心させてやろうと思ったんだ。怪しいものじ る気にもなれず、しばらく女の様子を見ていた」 ゃない、あんたと同じように月を見に来ただけなんだといって誤解 私はいっか神門の話に誘きこまれていた。 を解こうと思った、そして口を開こうとしてーーーそのときはじめ 「女はかなり長いこと、そうして、 = 月光の中で、両手をだらりと垂。て、女の目が、俺を見ているのでないことを知った。 らし、月に白い顔をむけて立っていた。それが、俺には、何とな女の顔は、確かにこっちを向いていた。しかしその目は、俺の頭

9. SFマガジン 1975年2月号

と沈黙し、短機関銃の援護射撃の中を、自らも機銃を咆哮させ続けたちは ? 」 ながら、ジープは崖ふちへ乗り上げた。その破天荒な攻撃ぶりに敵「 : : : 彼らはみなルア・フラへ連れてゆかれました : : : あの悪魔たち どぎも はおそろしいことをいっていました : : : 旱魃で北の地方は飢えに苦 が度肝を抜かれたことは間違いない。それでなくとも、白人傭兵ー ー白い戦士の勇名は、 = ンゴ動乱以来アフリカ内陸部にとどろき渡しんでいます : : : ・フラザーとシスターたちは、食糧として連れてゆ っていたのだ。彼らは不死身であるという伝説がーーー信仰に近い形かれたのです。 ボマ中尉、大尉ーー・は、 つかの間、私たちーーー私、エナリー でーーアフリカ人の間に幅広く流布されていたのである。 敵のゲリラが唐突に戦意を喪失したとしても無理はなかった。ひ痺れたように彼女の顔を見守っていた。やがて大尉が呟いた。 とわたり森を掃射しおわったあと、シュランツ曹長がカービン銃を「ルアブラだと ? 」 大きく振り回して、こちらに合図を送った。森は、たちまちのうち「むかしの鉱山町ですな」中尉がいった。 「敵勢力の中心地です」 に潔められてしまったのだった。 再び彼女にかがみ込ん 「判っとる」にがい顔をして大尉はいい、 彼女は生きていた。 大尉の睨んだ通り、橋の、敷板の下には軽地雷が埋められてお「ところでもう一つ聞きたいんだが、グリーイ ( ーグ探険隊につい り、州兵がそれを排除するのを待ちかねて私たちは橋を渡り、彼女てやつらは何かい 0 ていなか 0 たかね ? 国境近くの湖沼地帯〈未 知の動物を調査にいった探険隊たが」 を解き放ったのだ。 彼女は生きてはいたが、ひどい状態になっていた。全身が打撲傷「″チ = ペク = ″ですね : : : 」彼女は呟いた。 そういえばゲ や擦り傷、切り傷で覆われ、くりかえし強姦されたあとが歴然とし「 ( ンパリ族の伝説にある″水に棲むライオン″ リラの隊長がちらりといっていました : : : 探険隊は、ルア・フラの北 ていた。衰弱し切っていて脈も弱かった。看護兵がぶあつい毛布に 包み、強心剤を打ち、熱いスープを飲ませてから、ようやくうっすで彼らが抑えたそうです。何かえたいの知れない大きな動物の入っ おり らとその瞼がひらいた。柄にもない咳払いをしてから、大尉が囁きた檻を、探険隊は引っ張っていたそうです。 : でも、本当にゲリラの手に落ちたとすれば、彼らの運命は、 かけた。 ブラザーたちと一緒ですわ : : : 早く助け出さないと : : : 」 「だいぶ辛い目に会ったようだな、シスター。が、もう安心してい いぞ」 彼女がようやくそういい終えて目を瞑じた。ヨーク大尉はゆっく ほそおもて 「 : : : 有難う。本当に有難う」彼女は呟いた。細面の、愛らしく整りと私たちの顔を眺め渡した。皮肉な笑みが頬に浮んでいた。 「諸君、どうやらわれわれはルアプラへ行かねばならんようだな。 った顔が歪んだ。 「ところで、君たちの仲間はどうなったのかね ? 他の尼僧と神父探険隊の正確な消息が手に入るとすればあの町だ」 サプ・マ・ ) / がン しび 7

10. SFマガジン 1975年2月号

ヨーク大尉はしかし終始濶達にしゃべり続けていた。まるでゲー ない。人種もあいまいだ。この星のすべての民族系がそなえる固有 ティティ ムの戦略を語っているかのように、淡々と進攻ルートを説明してい 性から、なぜか彼は自由であるように見えた。強いていえば、す ′イプリート た。それを . 聞いているとグリーイハーグ探険隊と邂逅しうることべての血がないまざった超混血者とでも形容すべきだったろう は、まるで既定の事実であるかのようだった。文字通り戦いを職業 、カ としている彼にとってみれば、どんなに困難な任務でも、醒めた研「そうだが、貴公は ? 」大尉が呟いた。 究対象でしかないのだろう。彼はいささか遅く生まれすぎたタイ。フ 「フリー・ジャーナリストのジョン・エナリーです。救出隊に同行 の男たった。・ロレンスと同時代に生まれ合わせることが、 の許可をいただきたい」 彼にとっては最大の幸福だったにちがいない。 大尉は目をむいた。むろんこれ以上非戦闘員がふえることは彼の ボマ中尉は対蹠的に、 いまだ軍服が身についていない様子たっ望みではなかろう。 た。ヨーロッパ留学から戻って間もない、この国のエ リートである「あいにくたがパスは満員だ。次の便を待っことにして貰えんか ことを、そのイギリス訛りと礼儀にかなった身ごなしが物語ってい ね ? 第一、許可ならば俺ではなくウガンジ政府から取り付けるの た。理想家肌の青年の一途さを、彼は他人に十分分ち与えられるほが筋たろう」 ど持ち合わせているかに思われた。 「その種の許可ならば充分取ってあります」 あまりそっとしない組み合わせだ、と私は思い、ひそかな危男はサファリジャケットのポケットから、何通もの書類をつかみ 惧を抑え切れなかった。この二人は余りにも懸け離れている。コマ出した。 ンドチームのように緊密な行動共同体において、指揮者グルー。フ内「グリーイハーグ財団、アメリカ外務省、ウガンジ政府外務局それ すみ の反目は、しばしば命取りになることがあるものだ。 それの必要書類。つまり、お墨付きというやつですな」彼は再び徴 「ところで、彼らが探しに行ったという例の動物のことだが : : : 」笑した。ひどく透明な徴笑だった。 三杯目のマーティニをりながら私がいいかけたとき、もの柔らか 「しかし当事者であるあなたにまず了承を得ることこそが筋だと思 な完璧な英語が私たちの背後でひびいた。 いましてね」 「失礼ですが、ヨーク大尉ですか ? グリーイハーグ救出隊指揮官私は頭をひねっていた。このようなプロジェクトを嗅ぎつけ、し の ? 」 かも各関係筋から至れり尽せりのギャランティを取り付けることが 私たちがゆっくりと振り向くと、微笑を浮べた一人の男が立って出来る記者といえばかなりの大物だ。しかし知る限りの世界のフリ いた。説明のつかぬ異和感がその瞬間私を襲った。その男はいわば ・ライターの顔を思い浮べて見ても、彼の顔と名前ーーーエナリー この世界にぎごちなく篏め込まれてそこに立っているかのようだっとは妙な名だ にむ当りはなかった。 た。蒼みがかった黒い髪に中性的なおだやかな顔。年の頃は定かで ヨーク大尉は書類を検め終わり、渋い顔でそれを彼に突き戻した いちず あらた アイデン