思っ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1975年3月号
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1. SFマガジン 1975年3月号

ー。ジェニー・アルトン」 にしていると、さきほどより気が安まった。彼女は答えるまえに医「ジェニ 「いいだろう、ジェニー 師をしげしげと見た。彼は思っていたより若かった。からだっきは きみを監禁したりしないって約東する 7 がっしりして、ひきしまっている。物腰はいくぶんぎこちないが よ。で、よかったら、用件にとりかかるまえに、ここで少し話をし それはたぶん興奮をおさえているためだろう。しかし、興奮してい ても、彼女がちゃんとすわれるのは背のまっすぐな椅子だけだと気「喜んでお話します」彼女は静かに言うと、もう一度翼をおちつけ づいていた。彼女は以前にも、翼をひろげたとき人が興奮するのをた。それは、今にも舞いあがって飛び去らんばかりにひらいて、鳥 見たことがあったが、それはたいてい、貪欲か恐怖によるものだつのように油断なくつりあいを保っていたのだ。彼女はやっとそれに た。彼はどちらの場合の嘆息ももらさなかった。彼女は言った。気づいたのだった。「私はいままでパプ以外のだれにも、その : 「先生。私、ほんとにお手間を取らせたくありません。約東があるそのことについて話せなかったんです」 っておっしやったでしよう」 「なるほど」と彼はつぶやいた。「じゃましないから、どこからで 「ああ、あんな約東なんて糞くらえた ! 」もどかしそうに彼は受話も始めなさい」 器を引き寄せるとダイヤルをまわした。その間、片時も彼女から目「私は学校にあがるまで、自分がほかの人と違っているっていうこ を離さなかった。彼は有無を言わせぬ口調できびきび喋ると、接続とを全然知りませんでした」彼女はほんの少しためらってから、そ を切って受話器を置いた。「約東のほうはこれでいい」と彼は言っう言った。「父は戦争で死にました。母は、私が二つのとき、。ハ。フ と私のふたりを置いて去って行きました。私は母のことをよく覚え 「でも、ほんとに長くはかかりません」ジェニーはまた喋りだしていません。パプっていうのは私の祖父なんです。パプは、私が生 た。「ただ、ちょっとした助言がいただきたいんです。私、結婚しまれたとき、母とお医者さんにどうしても私の : : : 私を手術させま ようって : : : そう思ってるんですけど : : : 」 せんでした。そして、母が去ってからは、パプが私の面倒をみてく 彼はびつくりして立ちあがった。椅子をひっくりかえしかかつれました。パプはよく地面に立って私を見守りながら大声でこう叫 て、あわてておさえた。「いや、だめだ ! 」彼は叫んだ。「ドアにんだものです。『飛べ、ジェニー 飛べ、それ ! 飛べ ! 』っ 鍵をかけ、窓をしめきってでも : : : 」彼女は、気分が悪くなるほどて。パプは私の翼をほんとうに誇りに思っていたんです。毎晩、私 の恐怖の念がわきおこるのを感じ、それが顔に表われているのがわにおやすみのキスをしてこう言いました。『おやすみ、翼のジェニ かった。彼はふたたび腰をおろすと、おちついて言った。「すまな ーちゃん』て」彼女は恥ずかしそうに医師のほうを見た。彼の目は 。弁解のしようもない。だれかがきみにそうしたんたね」 興奮と納得で燃え輝いていた。「私、とてもしあわせでした」と彼 彼女はうなずいた。 女が言うと、彼はうなすいた。「それから、学校にあがる年になり 「きみをなんて呼んだらいい ? 」 ました」彼女は二日目か三日目の遊び時間のことをはっきりと覚え

2. SFマガジン 1975年3月号

ていた。「私には、なぜみんなが飛ばないで、つまらない遊びばかテイだとか、水泳たとか、服を取り替えっこしてみることだとか。 りしているのかわかりませんでした。私は思いました。もう、なわでも、そんなことはどうでもよかったんです。私は飛べたんですか とびなんてやっていられないって。それで、服を脱いで飛びはじめら ! 」 「しかし、そのうちとうとう人に見つかってしまった。そうだろ たんです」彼女は医師のほうを、一贅して、彼の唇がニッとゆがむの を見てとった。彼女はうなずいた。「確かに大騒ぎになりました」う ? 」と彼は優しく促した。 彼女はキッと彼を見すえた。どうして彼にそれがわかったんだろ 彼女は思い出し笑いをした。 、つかと。 「ぎみはどうしたんだね」医師は真顔でたずねた。 「そりゃあ、目に見えてるよ。きみのからだに腕をまわした男の子 「家に飛んで帰ったんです、もちろん」彼女はあっさりと答えた。 がびつくりするっていうことはね」と彼は言った。「それから、男 「私たちはその日のうちに引っ越しました」 ジ = ニーと彼の目が会って、ふたりして笑った。「私、その出来の子がきみに腕をまわしたがるってこともね」 事をおかしいって思わないようにしてるんです」やがて彼女はそう「私は男の子について知りました」と彼女は悲しそうに認めた。 言った。「おかしかったはずはないんです。でも、みんなの顔つき「私が十二歳で、もうすぐ十三になろうとしていたころ、はじめて や、金切り声をあげる様子ったら : : : 」 少年少女。 ( ーティに行きました」ため息をつきながらそのパーティ 「でも、そのときおかしいって思ったのかい ? 怯えたり、ひとりのことを思いかえした。「だれかがあかりを消したとき、その男の ・ローランドがいたんです。彼のことは決して忘れませ ・ほっちで淋しかったりしたことはなかったの ? 」 子ジョニ 「先生にはおわかりになりません」彼女はそう言うと、両翼をびんん。彼は十四でした。私のとなりに腰をおろすと、すぐさま手で探 とひろげてそれを見た。「もし飛べたら、ほかにだれもいりませりはじめたんです。私びつくりしました。でも : : : 」彼女はちょっ ん ) それに、私には。 ( プがいました。私たちはもちろん、あちらこと間を置いた。顔がほてるのがわかった。「とにかく」とあわてて ちらに移り住みましたけど、パプは気にしませんでしたし、私だっ続けた。「まわした彼の手が羽にとどくと、びたっと止まりまし た。私が片方の羽をびくっと動かすと、彼は叫び声をあげました。 てそうです。私がひどい風邪をひかないようにつて、私たち、いっ も南部で暮らしました。私は一日で何百マイルも旅することができそれでポーチからその家の子の両親がやって来てしまいました。そ ました。そして、空高く舞いあがったり、宙返りしたり、思いきりのあとあかりはつけつばなしにされ、私たちは卓球をやりました。 飛んだり、さもなかったら、ただ貿易風にのって滑空したりできたときどき彼のほうを見ましたが、ずっと彼の目は見ひらかれて、お んです。私にはほかの女の子のことはわかりませんでしたし、ほかびえていました」ジェニーはロをつぐみ、床を見つめた。 の女の子には私のことはわかりませんでした。あの子たちがするこ医師は席を立って、診察室のむこう側にあるあかりのスイッチを いれたそれからガラス戸棚のところでせわしそうにしながら言っ とで、私にはできないことがたくさんありました。泊まりこみ。′

3. SFマガジン 1975年3月号

「ウイスキーもありますよ。飲みますか」 「じゃあどういう」 「亜空間要塞の秘密をどうやって知ったかって : : : 素直に白状すれ加藤が訓いた。 「当然 : : : 」 ば命だけは助けてやるだなんて」 私は威張って答えた。肉とビーマンと平貝。パンに・ ( ターにイン 私は大野を見てニャリとした。 スタントのコンソメ。飯田はコトコトと野菜をきざんでいる。サラ 「そんなこと、僕が言ったんですか」 ダを作っているらしい。 「そうだよ」 「ラウンド・ステーキ用の肉か。気がきいているな。肉の厚味と同 「白状したんですか」 「できるわけないだろう。陳腐な台詞を使うなと言ってやったよ」じくらいの幅に切れよ。そうや 0 て焼いたほうがうまいんだ」 「そうか、コックの経験もあるんでしたね。全部やってもらえばよ 「本当にそんなことを言ったんですか。大胆だなあ」 かった」 「大胆なんじゃない。やけくそだったのさ」 私は少しいい気分になった。なんとかそれで危機を切り抜けたの大野がコンロの火をつけながら言った。 だ。以前池袋でチンビラに襲われたときのことを思いだした。あれ「宇宙人に乗っとられていたにしては元気がいいな」 は女性自身のアンカーをやっている時だった。午前四時ごろ歩いて「いやだな、乗っとられたなんて言わないでくださいよ」 ジャックさ」 いると、いきなり若い奴が突っかかって来た。刃物を持っていたよ「だってそのとおりだろ。ボデー ・サークのキャップを外しながら言った。何はとも 私はカティ うだった。私は咄嗟に呶鳴った。 あれ、まず一杯というところだ。 「誰にたのまれたっ : 若い奴は多分それで誤魔化されたのだろう。くるりとうしろを向「ところでつかぬことをお尋ねするが」 三人は手をとめて私のほうを見た。 いて走り去ってしまった。あの時の気分と似ていた。 「君らは本当に亜空間要塞へ行って来たのかね」 「とにかく飯にしてくれないか。連中は当分やって来ないだろうー 飯田が口をとがらせた。 私はガラスごしに芝生を見た。もう緑色の光は見えなかった。 「今さら何を言うんです。だからここへ来たんじゃありませんか」 「そう言えば腹が減ったな」 三人はそう言い合い、食事の仕度をはじめた。私はソファーに坐「そうだろうとは思う。しかし、君らに宇宙人がのりうつられて見 って煙草に火をつけ、ちらちらとそれを眺めていた。案の定、。フロると、果して本当に行ったのかどうか疑問になったんだよ」 ( ン・ガスの栓にゴムホースがつながれ、テープルの上にコンロと「どうしてです」 9 3 鉄板が出て来た。ワインは二本らしい。四人で一一本 : : : まあまあだ「俺の立場で考えて見てくれ。君ら三人は宇宙人にあやつられ、亜 空間要塞へ行ったと思い込んでるだけじゃないのか」 ろう。

4. SFマガジン 1975年3月号

き窓へと近づいた。ジェラルド・・ホセックが、まだ拘東服を着せら に、そのことをきみにたずねるのが内心おそろしい」 れたままで、そこにいた。四人の警官もきのうとおなじだ。 「本気でおっしやってるの ? 」 「いったいどうして警察セドリックは自分のデスクへ歩みより、腰はおろさずに、インタ 「本気だとも」セドリックはうなすいた。 ーフォンのスイッチを入れた。 は . ジェラルド・ポセックをわたしの診療所へ連れてきたんだろう ? 彼を市民病院の精神病棟へ入れたままで、わたしを呼びよせたほう「〈レナ、ジ = ラルド・ポセックを診察室へ入れる前に、電話で地 が簡単なのに。いったいどうして地方検事が前もってわたしに連絡方検事を呼びだしてくれ」 それを待つあいだに、彼は四枚の受診者カードに目をやった。い して、こんどのことを相談しなかったんだろう ? 「さあ : : : わかりませんわ」へレナはいった。「そんな電話はありちど軽くまぶたをこすった。ゅうべはよく眠れなかったのだ。 ませんでした。いきなりあんなふうにやってきたんです。当然わた電話が鳴ったとたん、彼は手をのばしてそれをとった。「もしも し、ディヴ ? 実はこのジェラルド・ポセックという患者のことな しは、あなたがもうすでにご承知のことだと思いました。あなたが くるようにおっしやらなければ、むこうからやってくるはずがなんだがーー」 「その件できよう電話しようと思っていたところだ」地方検事の声 、と。きようの最初の患者はフォーテスク夫人だったもんですか ら、急いで電話したら、ちょうどお宅を出られるところで、急患がが答えた。「きのうの朝十時にきみに掛けたんだが、だれも出なか はいったからということで納得してもらったんです」へレナは意外った。それからは電話するひまがなくってな。警察の精神科医のウ オールタズは、きみなら一日二日でポセックをあの妄想からひきも そうに目をまじまじと見はりながら、セドリックの顔を見やった。 どせるんじゃないかと見ているーーたとえその効果が一時的でもい 「これでわれわれも患者の気持になれたわけさ」セドリックはそう こっちとしてはやっから筋のとおった話を聞きだしたいんで いうと、待合室を横切って、診察室のドアに近づいた。「まったくぞ っとするよ、そうじゃないかね ? もしわたしが黄色い錠剤をのめね。金星のトカゲ人の宙賊うんぬんという、やつの妄想の下には、 ば、このすべてがーーわたしの大学生活も、インターン時代も、世あの大量殺人をおかしたなにかの理由が隠されているはずだ。それ 界最高の精神科医という名声も、そしてきみまでもーーーそっくり消にマスコミにも尻をつつかれているし」 失するんじゃないかと思うとね。なあ、ヘレナ、教えてくれ、きみ「しかし、なぜ彼をわたしの診療所へ連れてきたんだね ? 」セドリ をしった。「もちろん、そりやかまわんよ。しかし : : : なんと はほんとに火星港の作業促進係じゃないという自信があるかい ? 」 いうか : : : ちょっと無茶じゃないか ! 患者を市民病院の病棟から 彼はからかうような流し目をへレナに送ってから、ゆっくりとド 連れだした上に、町なかを通ってここへ運びこむというのは」 アを閉め、視野から彼女を切りはなした。 「そのほうが、きみの手数がはぶけるだろうと思ったんだ」地方検 5 セドリックはコートをしまうと、まっすぐに待合室のドアののそ事がいった。「なにしろ急いでいるんでな」

5. SFマガジン 1975年3月号

「たとえば、君は何かの本を読んでも、その本に書かれていたこと 「何がだい」 をよく憶えていないのではないか」 「君は屈扉感で生きている」 「物憶えは悪いほうだね。数学の公式なんかはことに忘れつぶりが : それは言える」 しいこと一一 = ロうね。 しいよ。あんなもの、減多に必要しゃないからな。もし要るとき 「下から見おろすというのは、君のそういう性癖から来ているんだ は、参考書を持ってくればどれにだって書いてある」 な」 「それだ。その本に全体としてどういうことが記されているかだけ 「当たり。否定はしないよ」 「気に入らないことを言われても、その当座は平気な顔をしているを、君は記憶するのだろう。知識が必要なときは、本の内容を思い 出さずに、その本自体がどこにあるかを思い出す : : : 君はそういう が、その実執念深く憶えている」 タイ。フらしい」 「しようがないな、そのとおりだから」 「それで、この次その人物に会ったとき、わざともう一度指摘され「そうですかね。勝手にきめてくれ」 「糸口がみつかったようたな」 たとおりのことを、それとなくやって見せるのだろう」 「なんの糸口」 「まあそういうこともある」 「それで相手が君に対して、以前自分がした評価を決定的にかため「われわれは君の過去を追跡する必要がある」 てしまうと、君は必すしもそうでない部分をひそかに眺めて、相手「待ってくれ。俺は未来にしか行けないよ。そういうときは過去へ さかの・ほるとか、過去を追求すると言ってもらいたいな」 の失点とするわけだ」 「いや、追跡させてもらう」 「よく判ってらっしやる 「つまりひねくれている」 「どうやって」 。それはわれわれの仕事だ。とにかく協力を感謝する」 「ああひねくれてるよ。拗ねてるんだ。拗ねて拗ねて拗ねまくって「まあいい やる。まともな道ばかり歩いた奴にこの気持は判るまい」 「おっと待った。俺は仕方なしに協力させられたんだぜ。そこんと 「厄介な男だ」 こを間違えないで欲しいな。だって、お前らはこの地球をどうにか 「俺自身そう思うさ。でもこういう人間になっちまったもの、しよしに来たんだろう仲間を裏切ったと言われたんじや立っ瀬がな うがあるか」 「そういう性格だと、その場では自分でも意識せずに、いろいろな「地球をどうにかするとは : : : 」 データを記憶の中へしみ込ませている可能性があるな。そうは思わ「侵略。そうだろう。そうにきまってるよ」 ないか」 「さあ、それはどうかな」 「うん、いくらかその傾向はあるようだ」 三人はゆっくりと光りはじめた。さっきよりだいぶ弱い光りかた 7 3

6. SFマガジン 1975年3月号

んでいた。今夜もまた来るだろう。名田屋さん川鍋さんあたりはこ「新宿で会があったんだ。もうすぐみんな来るだろう。 のところ毎晩だ。それに角川の山本容朗さん。容朗さんはサッちゃ 「あら、ちっとも知らなかったわ」 んがお気に入りだ。あの子のざっくばらんなところがいいのだろ ママは不服そうに口をとがらせ、私ばこの分では安岡さんも来る う。容朗さんらしくていいや。カッパの伊賀さんもそろそろ顔を見な、と思いながらカウンタ 1 の中へ入った。 せるころだ。 私は二階をみあげながら店へ戻った。二階は洋裁店と設計事務所 -3 になっている。 「お早う」 酒と女の番人 : ・ 。それは私にとって物哀しくもあり、また甘い 入ると突き当たりのビアノの椅子に坐 0 て、鈴木八郎が手をあげ蜜の日々でもあ 0 たようだ。毎晩飲んで仕事をして、明け方近くま た。私と八ちゃんはこの店へ来る前、要通りの「馬酔木」で一緒だで遊んで、ろくに二日酔もせす元気に過していた。いつだ 0 てそう った。八ちゃんが先に「とと」へ来て、私を引っぱった。 なのだが、とにかくひとことで言えば無我夢中の日々であった。 「半ちゃん。ちょっと 「とと」へは梶山季之さんも見えたし、丸谷才一さんも見えたし、 いけねえ、ママが出て来てた。小肥り、丸顏、きかん坊、人はい 北杜夫さんもいらっしやった。来ないのは、わが作家クラ・フお いんだが少しおっちょこちょいなところがある。煽るとわりとかんよび早川書房編集部であった ~ たんにその気になる女性だ。 もっとも、生島治郎さんに会ったら、俺も行ったんだそ、と言っ 「ゆうべ誠子ちゃんをあんなに酔わせちゃって、ダメじゃないの。 ていたが、何しろえらい人ばかりだったから、まるで気がっかなか っこ 0 あの子、預かりものよ」 「いそがしくて誠ちゃんどころしゃなかったもの」 実を言うと、この「とと」時代のことを書け書けと人に言われ 「気をつけてよ」 る。でも、どちらさまもまだご存命中で、もう少し時間がたたない 「うん」 とうつかりしたことは書けやしない。 「愛ちゃん遅いわねえ。どうしたのかしら」 ふしぎでしようがないのは、そういう作家や編集者ばかり来る店 「来るよ、もうすぐ」 にいながら、私にまるで書く気がなかったことである。今になって するとドアが・ ( タンとあいて、長身の客が入って来た。 見れば、あの頃その気でいたら、ずいぶんいろいろと得るところが 「いらっしゃい。どうしたの、こんな早く」 あっただろうに、とそう思う。 吉行淳之介さんはニャニヤしながらスツールへ坐る。ママがその 忘れもしない。それは例の六〇年安保のデモさわぎがあった年の となりへ。 暮れである。 8 4

7. SFマガジン 1975年3月号

そういうとき、急に近くを見たりすると、きまってクラクラッと「どうしたんだ : : : 」 来る。ことに壁が白かったりすると、どこへ。ヒントを合わせていし 私は大声でそう言ったようだった。すると坐っていた二人が立ち か、目のほうが判らないらしく、そのクラクラがいっそうひどくなあがった。それが私には見あけるような大男たちに感しられた。緑 る。 の光の明減はまだつづいていて、私の前に立ちはだかった三人が、 外がうす暗くなったそのとき、私は白浜の別荘の中で急に近くへネガフィルムの像のように見えている。 焦点を移した。当然目まいがした。それまで私は向き合って立った私は怯えた。体の異常かと思ったし、またとほうもない天変地異 加藤と少しばかり険悪なやりとりをつづけていたが、目は彼のうしかとも思った。 ろにある、あけ放した戸の外の松林や、そのずっと向こうの海の上静かだった。私は怯えながら三人を見ていた。すると、ドッ、ド ツ、ドッ、ドッ、と、自分の心臓の鼓動とも思える規則正しい低い にうかんだ雲を見ていたりしたのであった。 音がしているのに気付いた。低いが太く威圧するような音であっ だから私は目まいがしてもそう驚かなかった。目まいは一瞬のこ た。音源がどこか、見当もっかなかった。自分の体内から聞えるよ とで、いつもすぐ治るのである。しかし今度ばかりは違っていた。 クラクラッと目まいがして、すぐおさまると思っていたのに、いやうでもあり、地のはて、宇宙のかなたから響いて来る音のようでも に長いあいだそれがつづくのだ。変だな、と思ったとたん、私の網あった。いずれにせよ、それはひどく根源的な感じの音で、何か生 きていることがいやしいことであるように思わせる力を持ってい 膜が緑色で満たされてしまった。それはありきたりの緑ではなく、 いやに化学的な緑であった。非常に濃い螢光色というか、コンビュ ーターからのデータを映し出すブラウン管の色というか、そんな感私は唾をのみ込もうとした。耳鳴りをおさえるようにすれば、そ の恐ろしい音も消えるような気がしたのだ。つまりそれほど生理的 じの光る緑色であった そして私は、最初の瞬間その緑色にも驚かないでいた。なぜなな感じのする音でもあったわけだ。 だが私の喉 ~ はカラカラに乾いていて、しばらくは唾も充分には出 ら、それは今日二度ほど感じた色だったからである。芝生の緑と入 り混って、短い目まいのあいだに大野たちの姿がそんな色に見えたて来てくれない。私は必死になって唾を湧きださせていた。 のであった。 私が唾をためて喉に送り込んだのと同時に、パッと緑色が去っ しかし、すぐ私はいつものように自分の目の焦点が定まっているた。だから私は一瞬やはり体の異常だったのかと思い込むところで ことに気づいた。目まいは去っているのだ。それなのに、視界全部あった。 が緑の光で明減しており、ことに大野と飯田の二人の体は、白と緑だが違っていた。私より十幾つも年下のはずの三人が、今や私に 3 でネガフィルムを見るような感じであった。 は理解の及びかねる、強力な相手に変化してしまっていた。どう見 3 冫いた三人とは、まるで違う人間であ てもそれはたった今までそここ 私はあわてて二人から視線を外し、あたりを眺めまわした。 こ 0

8. SFマガジン 1975年3月号

ップにコーヒーをつぎたした。「で、きみはな・せここに来たんだ「そんなことはないよ、ジェニー。私は : : : 。気にすることはない んだ。で、どうしたんだね」 ね。それから、どうして私のことを知ったんだい」 ジェニーはカップをもって立ちあがると、窓のほうへ行った。彼「彼に、一時間したらもどってくるように言いました。そしてパプ に背を向けたまま、小声で言った。「私さっき、男の子について知に買い物に出てもらってから、服を脱いでロー・フを身につけまし ったって言いましたけど、でも違ったんです。ほんとうに知ったんたその子はもどってくると、居間にはいってきました。私、・ロー じゃないんです。その、手術されそうになったあと、私ほんとうにプを取りました」彼女は医師のおかしそうな表情を見てとった。す 具合が悪くなって、飛ぶことができませんでした。新しい近所の人ぐ大声で言った。「ああ、ひどいもんだったわ ! 先生に彼を見せ たちの幾人かと知りあいになりました。ひとりの男の子がいました たかったわ ! 私が望んだのはただ彼が愛を告げてくれることだっ 。そのころには、私はほんとうに十七歳になっていました。彼たのに、彼ったら、ひざまずいて祈りはじめたのよ。ゆきすぎだ は十八か十九でした。彼はよくやってきて、すわって私のことを見わ。彼に腹が立って、急に彼が子供つぼくて、無知で迷信深い愚か ていました。とても無ロでした。それから私、彼の夢を見るように者に見えたの。私はできるだけおそろしい声で言ってやったわ。私 はおまえのこれからの人生を見守っているそ。おのれの罪を悔いあ なったんです。うちにはハンモックが一つあって、引っ越すときは らためるがよい ってね。そして飛び去ったの」 いつもそれをもっていきました」そこで彼女は言葉を切った。しか ジェニー」と彼は一一 = ロ し、医師がうなずいたので、説明をはぶいて続けた。「そしてある医師は笑いがとまらなかった。「ジェニー った。「それできみは、まさに悪戦苦闘して、自分に男性の心がっ 晩、私がそれに腰かけていると、彼がキャンディを一箱もってやっ てきたんです。彼は地面に腰をおろすと、草を一本一本むしりはじかめることを確かめようとしたわけだ」 めました。結局、私にプロポーズするまで漕ぎつけるのに一時間近「そうなんです」彼女はぼつつと言った。「でもだめでした。ある くかかりました。いまにも彼が切りだしてくるのがわかって、私は人は走り去ると、刈込み用の大ばさみをもってもどってきました。 心配になりました。でも、どうやってやめさせたらいいのかわかりまた別の人は気絶してしまいました。つぎの人はニューオリンズの ませんでした」私はただそこにすわって、ジョニー ・ローランドのどこかで聞き覚えた聖歌をぶつぶつ歌いはじめました。最後の人 ことを思い出していました。彼が私に触れたときのあの叫び声を : ・ は、私が人間のお腹から生まれたのか、卵からかえったのかってき 。とにかく私は何も言えませんでした。だって、ジョニーの手がきました。私はその人をつかまえて飛びあがり、いやっていうほど とっちめてやったの ! でももう、そういったことにうんざりし 触れたとき、私がどんなふうに感じたかも思い出したんですもの。 そのあとあんなことになってしまったんですけど : : : 」彼女は弱々て、あぎらめたんです。今では」 しく笑うと、とりすまして腰をおろし、膝の上に手を置いた。「き「ジェニー」医師は真顔でたずねた。「きみは、羽のことを知って 7 っと、なんていいかげんな女だと思われるでしようね」 いる男性にキスされたことがあるかね」

9. SFマガジン 1975年3月号

「お婆ちゃん、お婆ちゃん ! 」 たいへんな騒ぎになった。 老婆を連れもどそうとして、おろおろと走りこんできたのは、か ママのじゅん子は完全に逆上した。店でこんな騒ぎを演じられた もめだった。 のではたまったものではない。しかも、その騒ぎの元兇はどうや ら、ひろ子の知り人らしいとわかった時、じゅん子の、ひろ子に対 そのとき、入口の扉が開いて、若い女が入ってきた。その後に、するこれまでの嫌悪感がいっぺんに爆発した。 背の高い男がつづいている。 「さあ、すぐ出ていってちょうだい ! もうたくさん。あんたなん 女は店内の騒ぎに、不審そうに眉をひそめた。 か、顔も見たくもないわ ! 」 「どうしたの ? この騒ぎは ? 」 じゅん子は夜又のようにさけんだ。 ポーイたちが寄ってたかって引きずり出してきた老婆を見て、女「へえ ! 私がクビ ? そう。じや言いますけどねえ、あんた、い はあごをしやくった。 ったい誰のおかげでこの店をやっていられると思っているの ? 」 「そんなこと、あんたなんかに関係ないわよ」 老婆の視線が、女の顔をとらえた。 「あっ、まさえ ! まさえでねえか ! やつばりここにいたたカ 「頭が悪いねえ ! あんた。それなら思い出させてやろうか。あん おら、てらめえのさだだよ。まさえ ! 」 た、一一つの条件を呑んで、この店出す資金借りたんだろ。その条件の オしカ ! ねえ、 老婆はポーイの腕をふり切って、女にむしゃぶりついた。 ひとつが、私がこの店につとめることだったじゃよ、 「こら ! まさえ。きざえもんがおめえのことしんべえして、おらみんな聞きな。この女はね : ・ ひろ子についてこの店に入って来たものの、それまでこの騒ぎに がとうきようけんぶっさゆくったら、なじよしてもおめえをつれで けってきてくれつだ。さあ、あべ ! むらさけえるだ ! 」 あっけにとられて、突立っていた男が、それ以上の事態の変化に耐 「離して ! 痛い ! 痛い ! なにするのよ ! 」 えられぬように、そっとひろ子の腕をとらえた。 「まさえ ! おらがわがんねが ! 」 「あのう。きみ。きみのいう人たちはどこにいるんだね。きみが私 といっしょに来て、あいこさんやけいすけくんという人に会って 「ひろ子ちゃん ! あんたの知ってる人ね ! 」 くれ、というから来たんじゃなしカ ~ 、、。まくはおかもとという人物で 「ひろ子ちゃん ! このお婆さん、連れていってちょうだい」 はないから、会ったってしようがないけれども : : ・ : : 」 「痛あい ! 知らないわよ ! こんなお婆さん」 「このくそ ! こう ! こてば ! 」 元だった。 「痛え ! 痛え ! おれの足踏むな ! 」 じゅん子の血走った目が、元を見すえた。 「ママ ! いったいどうしたのよ ! 「なんだい ! この男は。おまえのひもか ? こんな男とひつつい これは」 ていやがったのか ! 出て失せろ。売女 ! 」 「ひろ子ちゃん、あんたクビよ ! 」 幻 9

10. SFマガジン 1975年3月号

】・・ル ? それはいったい何ですか ? 」 たしの声には力がなかった。 「何ですかってかれても : : : 」彼が驚く番「事故 ? どんな ? 」彼はとびあがりかねな だった。「ええと、それは : : : つまり、それい剣幕で言った。「ジルトクスがスプチして は : : : 修理なんかしてくれる場所のことでするんですョ ! 」 「でも、それは : : : そのなんとかいう : : : そ 応「修理工場のことですか ? 」わたしは見当をう、 = スクデルはスプチしないんですか ? 」 つけて言った。 「あなた、気でも狂ったんですか ! どうし き「そうそう、それです ! 分 ? てもらえますて、エスクデルがスプチできるんです ? ・失礼 ネ、わたしのエスクデルが : : ・こ ですが、あなた、ス。ヘクトラリストじゃあり 『エスクデル・ : ソッタル : : : 修理工場 : : : 』ませんネ ? 」 わたしは気がちがったみたいに考えてみた。 「ええ、そうですよ」わたしは答えた。 ふう 号出会いがこんな風になろうとは思ってもみな 「だったらどうして話を混乱させるようなこ かった。『なんだ、そうだったのか ! 事故とをするんですか ? 率直に言って下さい ぐに会ったんたな ! それでなにもかものみこ ここでエスクデルを修理してもらえるのです . めたそ。彼は地球人に救助を求めてるんだ』か、もらえないのですか ? 」 「エンジンがどうかなったんですか ? 」円盤「われわれ地球の技術は : : : 」わたしはさっ の下をのぞきこみながら、・ほくは説いた。 きからのどまででかかっていた文句を言いか 「あなたはスペクトラリストですか ? 」彼はけた。 うれしそうに言った。 , 「だったら、フィカー 「あなたがたのでなくったって、隣の惑星の ールするとき、ジ = ルトクスがなぜス・フチするもあるでしよう」彼は我慢しきれなくなって のか説明してもらえますネ ? 話をさえぎった。「どれだけの違いがあるん 『ジ = ルトクス』という言葉を聞いて、わたです ! 」 ・しの眼は勝手に額の方へつり上がった。『分「そりや大変な違いですよーと、わたし。 コンタケト ・別ある兄弟達』との接触が、伝統的な図式か彼は頭にきて、怒ってしまった。 7 「いいですか、わたしはふざけてる暇なんか ド . ・ . ら明らかに逸脱してしま 0 ていた。 5 「事故に会われたのでショ ? こそう訊いたわないんです。エスクデルを直さなきゃならん