書い - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1975年3月号
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1. SFマガジン 1975年3月号

ガー。あんたもそれとおなじことをやったほうがいい。ずいぶんば れよ、ガー。その上で、これからの対策を穏やかに話しあおうや」 彼はニャリと笑った。「だけどさ、ガー。このぶんだと二人のうちくも元気がわいてきたよ。ときどきあんたの目に本物の懐疑がうか ぶのを見たからね。そうだ ー二人の警官が彼をドアのほうへ強 どっちかが、完全なキじるしだってことになるね」 「もしわたしが警官にたのんできみの拘東服をぬがせたら、きみはく押しやった。彼らがドアをあけるのといっしょに、ジェリーは首 どうする ? 拳銃を奪いとって、また人を殺そうとするのかね ? 」をめぐらして後ろをふりかえった。「薬品ロッカーの中の黄色い錠 「それが心配の一つなんだ。もしあの宙賊どもが帰ってきた場合、剤を一つのんでごらんよ、ガー」彼はそう訴えた。「べつに毒には ・ほくがこうやって縛られたままだと、宇宙錯乱症のあんたはやつらならないから」 を喜んで船に迎えるかもしれん。だから、・ほくの繩をほどかなくち ゃいけないんだ。これはぼくたち二人のいのちに関する問題なんだ ドリックはあいそよく最後の患者を待 五時半になるすこし前、セ ・せ、ガー」 合室の外へ送りだし、それから戸締りをすませて、ドアに背中をよ りかからせた。 「どこで銃を手に入れるつもりだ ? 」セドリックはきいた。 「きようは疲れた」彼はため息をついた。 「いつも置いてある場所さ」ジェリーはいった。「備品ロッカーの ヘレナはちらと彼を見上げ、またタイプをつづけた。」もうすぐ 中さ」 セドリックは四人の警官と、彼らの腰のホルスターにおさまった打ちおわりますから。これが最後の転写です」 拳銃に目をやって、ため息をついた。中の一人がよわよわしい苦笑それから一分のち、彼女はタイプライターから打ちおわった用紙 を返した。 をひきぬき、かたわらのきちんとした山の上にのせた。 「残念だが、まだ拘束服をぬがせるわけにはいかないね」セドリッ 「整理と綴じこみは明日の朝にしますわ」彼女はいった。「きよう ク。いった。「いまから警官にきみを連れ帰ってもらう。明日、もはお疲れだったでしよう、先生 ? あのジェラルド・ポセックみた う一度話しあおう。それまでに、こんどのことを一つ真剣に考えて いに変わった患者は、わたしが先生の下で働くようになってからは ラショナリゼーション おいてくれたまえ。きみを現実からさえぎっているこの合理化じめてですわ。それに、お気のどくなポツツさん。腕ききの会社重 の層の下を見ようと心がけるんだ。いったんそこにへこみができれ役で、五十万ドルもの年収があったのに、その地位を棒に振らなく ば、すべての妄想が消失する」彼は目を上げて、警官たちにいっちゃならないなんて。見たところはとても正常ですのに」 「よし。じゃ、彼を連れ帰ってください。明日もおなじ時刻に「彼は正常だよ」セドリックはいった。「血圧がふつうより高い人 ここへ」 は、ごく小さな脳内出血を起こしていることが多い。患部は。ヒンの 警官たちはジェリーをうながして立ち上がらせた。ジェリーは穏頭ほどの大きさもないし、症状といえば、彼らがこれまで知ってい 3 やかな表情でセドリックを見おろした。「ああ「そうしてみるよ、 たいくつかのことを、完全に忘れるたけだ、それをもう一度おぼえる

2. SFマガジン 1975年3月号

セドリック・エルトン博士は、裏口からこっそり診察室の中へはれていた。逮捕されたあとでポセックはこう供述したというーー自 いると、コートをぬいで、幅のせまい押入れ戸棚の中に吊るし、デ分の殺したのは人間でなく、青いウロコの生えた金星のトカゲ人で 8 スクの端へ秘書の〈レナが揃えておいてくれた受診者カードを、やあり、むこうが宇宙船を乗取りにきたので自分は身を守っただけ おらとりあげた。カードはたったの四枚だったが、もし彼の診察をだ、と。 うけたがっている患者をぜんぶ受けいれるつもりなら、おそらく百 セドリック・エルトン博士は悲しげにかぶりを振った。も読 枚ではきかなかったろう。な・せなら、精神病の治療で再三にわたつみ物であるうちはけっこうだが、それを真剣にとる手合いが多すぎ て目ざましいばかりの成功をおさめた彼の名声は、とみに高まる一る。しかし、それはの罪ではない。もっと昔にも、やはりそれ 方で、いまや一般大衆のあいだでは、彼の名は精神医学の同義語に とおなじタイプの連中が、別の種類のファンタジーを真剣にとった までなっているぐらいだからだ。 結果、罪もない女を魔女だといって焼き殺したり、罪もない男を悪 彼の目はいちばん上のカードをちらっと眺めた。彼は眉をひそ魔だといって、石を投げつけて殺したりしたものだ め、それから待合室のドアにはまったマジック・ガラスの小さなの セドリックは黙想をうち切ると、インターフォンのスイッチを入 そき窓に近づいた。四人の警官と、拘束服を着せられた一人の男がれていった。「ジ = ラルド・ポセックを中へ通してくれたまえ」 見えた。 すぐに待合室との境のドアが開いた。ヘレナがこわばった微笑を ス カードによると、その男の名はジェラルド・ポセックといい セドリックに向けてから、急いでわきに寄った。警官の一人が先頭 ーマーケットで拳銃を乱射して五人の客を殺したばかりか、逮に立ち、そのあとにジ = ラルド・ポセックが両側を二人の警官に固 捕されるまでに、さらに一人の警官を殺し、二人の警官を負傷させめられてつづき、しんがりについた四人目の警官がていねいにドア たらし、 を閉めた。えらく物物しいな、というのがセ ドリックの感想だっ 拘束服を別にすれば、ジェラルド・ポセックはそんな危険な男に た。彼が自分のデスクの前にある椅子を目顔で示すと、警官たちは 見えなかった。年格好は二十五ぐらい、茶色の髪と青い目の持ちぬそこへ拘束服の男をすわらせ、すわという場合に備えて、そのうし し。目のまわりには、つね日頃の温厚さを示すように、かすかな笑ろをとりまいた。 い皺がある。いまもニコニコしながら、くつろいだようすでのんび 「きみがジェリー・ポセックだね ? 」セドリックはきいた。 りとヘレナを眺めているところだ。ヘレナのほうは、受付のデスク拘束服の男は陽気にうなすいた。 でファイルの中のいろいろなカードを調べているふりをしている「わたしは精神科のセ ドリック・エルトン医師だ。さてと、きみに が、むこうの目を意識しているのは明らかだった。 はもうわかっているかな、なぜきみがわたしのところへ連れてこら セドリックは自分のデスクにもどって、腰をおろした。ジェリー れたかが ? 」 ・ポセックのカードには殺人に関連したことがもうすこし書きこま「あんたのところへ連れてこられたって ? 」ジ = リーはおうむ返し

3. SFマガジン 1975年3月号

「わたくしは、毎日、この会社で、コン。ヒータのプログラミング 保っていくのは、なかなか容易なことではないのである。 の仕事をしています。サラリーをもら 0 ているのですから、与えら そういうわけで、植木は、翌朝出勤すると、さ「そく、上司であれた仕事を忠実にはたせばよろしいのですが、その仕事の目的はな にかーーと息子にきかれまして、うかつにも、自分がいままで、与 る課長に、たずねてみた。 えられた仕事の目的にほとんど関心をはらわずに働いてきたことに 「ねえ、課長ー 気づいたのです。課長、いま、現に、ここでこうしてやっているプ ないったい、なんなのでしようか ? 」 ログラミングの仕事の目的よ、 「わたしの仕事の目的はなんでしよう ? 」 言葉の途中で、課長は笑いだした。 課長は眼をむいた。そして、なんともいえない奇妙な表情で、植「なんだ、きみ、これはまた単純なことを、あらたま 0 てきりだし たものだな。・ほくはまた、転職の相談でもされるのかと思ったよ。 木の顔をしげしげと見つめた。 うん、わかった、きっと息子さんは、学校の宿題かなにかで、そん あたりまえである。 この道一筋にきたべテランが、とっ・せん、あらたまった。そしてな質問をしたんじゃないかね・ 「図星です、課長」 平凡きわまりない質問をするからだ。 「しかし、息子さんの質問にきみが答えられないとは、また、妙な 植木も、自分のききかたが、とうとつであることにすぐに気づ ことだな。いや、やさしすぎる答は、すぐには出てこないことがあ き、頭をかいた。 るものだ。ど忘れといってな」 そして、 「いや、どうも、急に妙な質問をして、すみません。いまさら、こ課長はデスクの上に書類をひろげ、テレビ電話と = ン。ヒータを つないで、自身の仕事のスケジールをディスプレイしながら、言 んなことをお聞きするほうが、どうかしているのですが、じつは、 息子にせめたてられて、わからなくなってしまったことがありまし葉をついだ。 「お父さんは、。フログラマーといって、コン。ヒータの設計に役立 て : : : この齢になってはずかしいのですが : : : 」 「きみ、もうすこし、わかりやすく話してみてくれんかね。きみはつ、大切な仕事をしている、ー・・・そう息子さんに言 0 てやりなさい。 有能なプログラマーで、「ン。ヒータ言語にはくわしいが、話し言き 0 となっとくする」 「それが、ぜんぜんだめなんです」 葉には弱いようだな」 「なんだって ? 」 課長は植木をにらむようにして言った。 課長は、テレビ電話のスイッチを切った。 植木は言った。 植木は、ふたたび頭をかき、そして、言いなおした。

4. SFマガジン 1975年3月号

いきかされていたろう ? もし、船内にいる人間の数が出航のときく、自分のまわりをすっかり妄想の鎧で固めちゃ 0 てるからなあ。 よりふえたような気がしたら、すぐに薬品ロッカーをあけて、黄色・ほくはロープで縛られてるのに、あんたはそれを拘束服だと想像し 8 ている。自分が正気でぼくが狂ってると思いこむために、自分のこ い錠剤をのめって。あれはそういう幻覚の特効薬なんだ」 「なぜきみが拘束服を着せとをセドリック・ = ルトンという精神科医だと想像している。たぶ 「だとしたら」とセドリックはいった。 ん、あんたはすごく有名な精神科医になった気なんだろうなあ。み られているのかな ? 」 「ぼくはロープで縛られているんだ」ジ = リーはしんぼう強くいつんなが診察をうけにきたがる、世界的に有名な精神科医だろう、き っと。ひょっとするとあんたは、美人の受付も置いてるつもりじゃ た。「あんたが縛ったんだ・せ、思いだしたかい ? 」 ないのかい ? 彼女の名はなんていう ? 」 「そして、きみの後ろにいる四人の警官は備品ロッカーなのか ドリックよ、つこ。 ィッツロイだ」セ 「ヘレナ・フ 「よろしい。もし、その備品ロッカー ね ? 」セドリックはいっこ。 ジェリ 1 「なるほどね」と匙を投げたように、 はうなずいた。 の一つがきみの前へやってきて、げんこつできみのあごをなぐりつ マーズボート ィッツロイは火星港の作業促進係だ。あんたはあそこ 「ヘレナ・フ けても、まだきみはそれを備品ロッカーだと信じるか ? 」 セドリ , クは警官の一人にむか 0 てうなずいてみせた。警官はジ〈降りるたびに彼女にデートを中込んだけど、いつも断わられてた つけ [ エラルド・ポセックの前へまわると、相手が頭をのけそらすほどの 「もう一度なぐってくれたまえ」セドリックは警官にいった。まだ 強さで、だが、けがをさせないように注意ぶかく、彼をなぐった。 の頭がパンチにのけぞっている瞬間を逃さずに、セドリッ ジェリー は驚いたように目をばちくりさせ、それからセドリックをジ = リー クはきいた。「さあ、どうだ ! きみの頭がまだパンチにのけそっ 見やってにつこり笑った。 ているのは、わたしの想像かな ? 」 「いまのを感じたかね ? 」セドリックは静かにきいた。 「な 「どのパンチ ? 」ジェリーは穏やかにほほえみながらいった。 はいった。「あ、そうか ! 」と、 「なにを感じたって ? 」ジェリー 笑い声を上げて、「あんたは備品ロッカーの一つがーーー・あんたの夢んにも感じないね」 ドリックはあきれはてたよ 「すると、きみはこう言いたいのか」セ ・ほくの前へまわって、・ほくをなぐっ の世界の中では警官だけど ショ十 , ビーショ / うに、「きみの心のどんな片隅にも、きみの合理化 ( 行為を当化 たと、想像したんたな ? 」彼はあわれむようにかぶりを振った。 「まだわからないのかい、 そんなことは実際にや起こって理屈づけをすることし ) が現実でないことを告げるような、そんな理性の と ? 」 ないんだよ。このロープをほどいてくれたら、証明してやる。あん残留物のかけらもない、 ジェリーはわびしげにほほえんだ。「白状するけど、そんなに絶 たの目の前で、あんたのいうその警官とやらのドアをあけて、中か ら気密服でも、磁気アンカーでも、お望みのものをとりだしてみせ対の確信をも 0 てあんたが正しくてぼくがまちが 0 ているときめつ るよ。それとも、あんたはそうされるのが怖いのかい ? とにかけられると、なんだか迷いが出てきたな。このロープをほどいてく

5. SFマガジン 1975年3月号

やっとのことでいった。「たまげた」 の濃いアゴ、頑丈な体格の男が、車から出て来た。この男に「ボウ ソン、こんなご連中に、構っちゃあおれんよな」威張って、ビルの 「どうかしたかい」運転手が起上りながら聞いた。 中へ入った。中で、彼の足元がふらっきだしたのは、だれにも分ら「どうかした、なんていうもんじゃない・せ」ボウソンは「またたっ よ、つこ 0 ぶりと一息入れた。「ポスが死んじまったんだ」 広い胸に太い腕を組んで、ボウソンは、この自称新聞記者をにら みつけた。びくつかない相手が、気にくわなかった。 ここ・フリュッセルのオフィスには、取立てて目立っところがなか 「兄さん、行っちまいな。ポスが死んた時に、お前さんとこの新聞った。それでも、ラウール・ルフェー・フルは、世間では名の通った に盛大に書きゃあいいんだろ」 大物であるし、だから、打倒すべき人物であった。ルフェー・フル自 「それも、そんなに先のことではないな」ウィリアム・スミスは、身も、一見何の変哲もない男だった。小柄で、やせぎす、黒い髪。 やけに確信ありげにいってのけた。帽子をちょっと後にずらすと、平凡な実業家といったところ。 歩み去った。何ごともなかったように、ゆったりとした足取りだつ「坐りたまえ、スミス君」正確な英語だった。人をそらさぬ扱いだ こ 0 った。「亡くなられたニュートン・・フィッシャーさんを知って 「おい、聞いたかい」ボウソンは、運転手にいった。「死亡記事 いたんだね。彼が死んだのはショックだった。あれで、何もかもめ を、もう書いちまっているみたいじゃねえか。笑わせるよな、全ちゃくちゃになったよ」 く。あん畜生め」 「それが目的だったんです」とウィリアム・スミス。 「おかしな野郎よ」運転手は、指でくるくるっと頭の上に輪を描い「組織の建直しをしようったって、君、何カ月も、いや何年も」と てみせた。 しいかけて、ルフェープルは、はたと目を上げた。「君はいま、何 ボウソンは、フィッシャーの後を追って、階段を登った。「動きといったんだね」 回るんじゃないぜ、ルー。ポスは、ここからすぐ戻って来るんだか「それが目的だった、といったんです」 らな」ドアを入った。 「それは、どういうわけかね」 ハンドルにもたれて、運転手は歯をほじりながら、ぼんやりと街「フィッシャー後の混乱は、初めから計算されていたんです」 を見ていた。ウィリアム・スミスが、向うの角を曲って、姿を消し机にひじをつき、前かがみになって、ルフェープルはいった。ゅ たところだった。 つくりとして、用心深い口調だった。「新聞には、フィッシャーの 二分ほどたって、ボウソンが現れた。ドアから階段へ、がさごそ死が計画されたものだ、などとは書いてないがね。あれが殺人だと と降りて、車へ。車の把手につかまって、はあはあと息をして いでもいいたいのかね」 る。目は血走っているが、全身からカが抜けた様子だった。 「処刑されたんです」ウィリアム・スミスが言い直した。 3

6. SFマガジン 1975年3月号

一度、しべり出すと、娘は自分の感情にあおり立てられるよう 「あのう。すみません。ちょっとおうかがいしますけれども」 に、元の顔色などかまわすに言いつのった。 二人連れの若い女性のうちの一人が、連れに何かささやくと、元 : そうでしよう。あなた、何も言わないんだもの。あいこさ の前に歩み寄ってきて声をかけた。 んだって言っていたわ」 「おかもとさんでいらっしゃいません ? 私、なるしまのきようこ「待ってくれ ! 」 です」 「ひろこちゃんもよ。けいすけくんだってそういう気もちだったの ファッション雑誌から、抜け出してきたような服装の、目鼻立ちよ」 のくつきりした美しい感じの娘たった。顔に見覚えはないが、一流元の知らない名が、つぎつぎにとび出してきた。 のモデルか、タレントではないか、と思った。 「待ってくれよ。 いったいきみは誰なんだ ? 何を言っているん 「いや、ちがいます」 娘にとって、そのおかもとなる人物は、きわめて懐しい存在であ「ま ! 私はなるしまのきようこじゃありませんか。きようこよ。 るらしい。表情にそれがあらわれていた。 忘れたの ? 」 「あらー 「成島さんだか京子さんだか知らないけれども、・ほくは、あなたの 娘は顔を赤らめ、いったん退きかけたが、合点がゆかぬらしい いう、おかもとという人ではありませんよ」 「私、なるしまのきようこですけれども : 元は思わず声を荒げた。歩道を行く人たちが、い っせいに好奇の もう一度言った。 視線を向けてきた。 「ぼくは、おかもとではありません。二階堂といいます」 元も相手の当惑が感染して、なんとなく居心地が悪くなった。 紙片を手に、しきりに看板を目で追いあかるいショーウインドの 娘はある種の屈辱感を全身にみなぎらせ、何かつぶやきながらそ中をのそきこみながら、人波に押されるようにこちらへやってくる そくさと立去ろうとしたが、あきらめきれぬとみえて、また立止一人の老婆がいた。 り、元に半信半疑の視線をそそいだ。 服装も履物も、どうやらおろしたてのよそゆきで、襟には汚れよ 「あなた、おかもとさんでしよう ? 」 けの手ぬぐい 。合財袋の小さいやつのロ紐をしつかと握りしめて いる。胸には旅行社のワッペンをつけている。団体旅行で東京へや 「ちがうわ。おかもとさんよ。あなたが私とロなんかききたくない って来たついでに、自由時間を利用して、村からはたらきに来てい っていうのも、私、わかるの。でも、私、決して悪気でしたことでる誰それの顔でも見てゆこうかというあんばいだった。 はないのよ。私、あなたのためを思ったからこそ : : ・ : : 」 老婆は、歩道に立っているかもめを目にすると、激流に押し流さ 208

7. SFマガジン 1975年3月号

っこ 0 「でも課長ーー」植木はききかえした。「ーー・その、『上には上の 「今日のきみはどうかしている。くどい質問だな。しかし、その点 . デ・ ( ッグ用コンビ、ータ』にも、やはり、目的があるはずです。そ については、わしも、まだ聞いたことがなかった。うむ、あとで調。れは : : : 」 植木が言いおわらないうちに、課長は、またおかしそうに笑っ べておこう。さあ、はやく仕事につさなさい」 「はい、課長 : : : 」 「それを聞かれるだろうと思って、部長にたしかめておいたよ。と 植木は、釈然としない気もちで、ふたたび作業デスクにむかっ にかく子どもの質問というのは、つぎつぎに出てくるものだから な。その、『上には上のやっ』の目的は、きみも名まえぐらいは知 その後姿をしばらくにらんでいた課長は、植木が仕事をはじめた っているだろう、システム・デザイン社からの依頼にこたえ のを確認すると、そそくさと席を立った。 るーーーということなのだ」 「依頼ですって ? 」 「そうさ、依頼さ。うちの社の仕事は、みな、他のコンビュ 1 タ関 係会社からの依頼のプログラミングだ。きみのいまの仕事を順にた その日の夕方、植木の表情は明るかった。 課長が、デ・ハッグ用コンビ 1 タの目的を部長にきいてきてくれどってゆくと、結局、″システム・デザイン社″の依頼にゆきっ くーーというわけだよ。わかっただろう、 , きみ ? 」 たのだ。 「はい、よくわかりました」 「きみ、きみの知りたい目的とやらが、 , わかったよ」 植木はにつこりした。 課長はにこにこしながら、植木の肩をポンとたたいた。 しこりになっていた疑問が、しだいに氷解してゆくようだった。 「あれはきみ、デ・ハッグ用のコンビュータを設計するためのものだ つまり、本当の目的は、″システム・デザイン社″に聞きに行 ったんだ」 けばわかるのだ。 「は こんなことを、これまで知らないでサラリーをもらっていたなん て、なんとうかつだったのだろう。 課長はおかしそうに笑った。そして、 「同じことを言っているように聞こえるだろう ? しかし、それは植木は、はればれとした気もちで、課長から場所をきいておい た、システム・デザイン社″へと向かった。テレビ電話でも用 ちがう。今朝話したデ・ハッグ用コンビュータは、もうひとつ上のラ ンクの、より高度なデ・ハッグ用コンビュータの設計のためのものだ件はたりるのだが、最近は、歩くことが流行しているのだ。 場所はすぐにわかった。 ったんだ。つまり、上には上があったというわけだ」 こ 0

8. SFマガジン 1975年3月号

テリ〉〈ミステリ風〉〈ミ 謎とき小説における新しい認識、における新 ステリ〉 ( 最後のやつは、ミステ しい認識、つまりセンス・オヴ・ワンダー。今回は、 リともともいえないやつ。良 この二つの関係について書こうと思ったのだが。 くいえば、 (f) とミステリの両方 再びメモを見てみると、十二月二十日に翻訳家の の長所をそなえたものだし、悪く さんから電話があったことがわかる。もともとミ いえば、どちらから見ても、つま ステリ・ファンあがりのさんは、推理小説と らない作品 ) の三つに分けてみた の論理は違うという御意見だった。 場合、この "A Stretch 望 The 友人との会話のメモもある。彼によれば、の lmagination" が〈風ミステ 論理とは、ハル・クレメントのいわば″理科小説″ リ〉に入ることは、まず間違いあ に見られるものとは違うのである、という。 るまい。 僕も同感だが、ではの論理とは何かというと それはそれでいし 答えられない。 ()n 雑誌にミステリの紹介をの 実はかぜをひいていて、考えを煮つめることがで せても、それによってとミス きないほど熱があるのだ。で、結論らしきものが頭 テリの論理の違いがわかってもら にうかんだので、ここに示しておく。論証は別の機 えればいいのだから。問題は、僕 会に。 に、その違いがわかっていないこ における論理とは、作者が自分の小説世界を となのである。 構築するための基礎となるものである。 問題を整理してみよう。前回、僕は、のセン解を恐れずに言えば純粋なーーこれの定義もむこれが本当かどうかは、熱のさめた頭で考えなお ス・オヴ・ワンダーとは何だろうかと考えてみた。ずかしいがーー・ではないように思えるのだ ) 、もちさなければいけないが、これで、いわば僕の観 僕にとってのそれは、イメージや絵であり、新しいろん、謎とき推理小説にもある。そして、謎とき小といった基本的な部分ーーっまり自己紹介を終わ 認識である、ということがわかった。 説で、前半なにげなく張られていた伏線が、後半、り、次回から、こんな僕が自分なりの基準で選んだ そして、次の話題としてとりあげたのが、〈謎〉犯人指摘の大きな手がかりになる部分で僕はセンス中短篇をどしどし紹介していくつもりである。 の問題である。謎をとく面白さというものは、純粋・オヴ・ワンダーを感じる、と前回に書いた。つますでに資料の収集もすすんでいるが、例によって、 なにもあるし ( 僕はここで、アシモフのロポッり、一見無意味なものに大きな意味があったといお手紙をくだされば、幸いです。 トもののことを言っているのではない。あれは、誤う、新しい認識を感じるのだ。 0 0 0 0 0 A CASE 0 日 0 [ NT 灯 Y RANOALL GARRETT ランドル・ギャレットの『魔術師が多すぎる が載ったアナログ誌 6 0 0 引スキャナ ー 25

9. SFマガジン 1975年3月号

送風タービンが、それそれに逆回転を開始した。物妻い風圧が、歩だけだったろう。半歩進むだけで、ばくは、言葉の真の意味での 津波のように伽藍いつばいにうねった。ぼくの体は、磁石に吸い寄休息に、まどろむことができた筈だった。 せられる鉄片さながらに、吹き上げられて天井に貼りついた。 気がついてみると、・ほくが見つめていたのは、ライトパネルに皎 風圧に耐えて、必死に体勢を整える = ウモリの姿が、チラリと視皎と照らされた天井だった。ぼくは声をあげてはね起きた。長椅子 界の隅に映った。ヨーロッパの伝説は本当だった。かれは変身したのスプリングが驚いたように軋んだ。 魔女なのたった。モグラやジネズミの前肢が翼になっただけの獣「お眼覚めのようだ」 に、巨大電子頭脳を動かす力があってよいものか ! ぼくは声がした方に顔を向けて、唖然とした。壁いつばいにディ ぼくは錯乱していた。重力圏脱出時の宇宙パイロットのような苦ス。フレイ・スクリーンがかかり、その前に並んで坐っている男女が、 痛のなかで、・ほくは再び叫んだ。笑った。多分、泣きもしたろう。 ぼくに揃って顔を向けていた。あの五人組だった。 セルフコントロールルーム ぼくは勝利をまったく疑わなかった。自動制御室のシャッター 「こちらへ来たまえ」そのなかの一人が、スイッチング・ポードの が開くだろうこと、梶山が投げ込む。フラスチック爆弾によって、 ボタンをポンポンと押して、・ほくを促した。 ビックコ / ・ヒュータ 巨大電子頭脳は完全に破壊されるだろうことを、ぼくは盲目的に信「少し話し合おう」 「いったいどうしたんだ ? 」ぼくは茫然とつぶやいた。 意識が急速に薄れていった。 「だから説明する。こちらへ来たまえ」 ほとんど無意識のうちに、ぼくは、ベルトのスイッチをオンして「なにがあったんだ ! 」・ほくは叫んだ。 いた。もう方角さえは 0 きりとしないどこかに据えつけておいた巻連中は腰を浮かした。「話し合うだけ無駄よ」女が吐き棄てるよ き揚げ器が、ぼくを引き上げてくれる筈だった。意識が完全に途切うに言った。 れる寸前に、ぼくがつぶやいたのは、亜矢子の名たった。 「じゃあ、どうしろと言うんだ」・ほくに声をかけた男が、うんざり 島村亜矢子ーー と応えた。「殺して放り出すのか ? 」 「話し合うさ」別の男がとりなすように言った。「送風孔は ( イキ 6 ングコースじゃない。誰でも疲れきって、苛だちもする」彼はした り顔にうなずいた。「なあ、君、そうだろう ? 」 自我は白々と冴えていた。 ばくは長椅子のうえに起き直って、両手を膝に組んだ。「話を聞 そのなかで、総ての欲望は、怒りは、悲しみさえも、その直截な こう」 輪郭を溶かし、互いに等価な、とるに足らぬものになっていた。そ てこでも動いてやるものか、という気持だった。話がしたけれ こにあるのは、ほとんど無機質のやすらぎだ 0 た。もう、ほんの半ば、そちらからやって来い

10. SFマガジン 1975年3月号

「このまま帰して大丈夫 ? 」と女が不満げに言いかけるのを、援ね「それで ? 」ぼくの声はいやらしいほど平静だった。 のけるように腕組みした男が遮った。 「こいつには、やっとの思いで見つけることができたユーカラが吹 「下手に警察を介入させて、梶山の死を探られるほうが、よほど面き込まれている。君もアイヌに興味があるんだろう ? 君にもらっ 倒だ」 てもらうのが、彼女の意に最もかなっているようだ」 彼の声に込められていた不自然に強い口調に、女は驚いたように 「いやたね」 ' ほくは首を振った。「甘ったれるのも、たいがいにす 顔をあげた。 るんだな」 その言葉は、・ ほく自身に痛く返ってきて、レクイエムのように響 「梶山の遺体はどうなる ? 」自分の声が、ひどく遠い感じで、ばく の耳に響く。 いた。その時、ひとりの女が、確実に・ほくのうちで死んだ ドアが二つに割れて、左右にスライドしていった。ぼくは廊下へ 「送り届けるよ。安田守の事務所でいいだろう ? 縫い合わせてね」 一歩踏みだした。 ーダー格の男は、・ほくから眼を外らして応えた。 もう、なにも話すことは残っていないようだった。・ほくは、その突然、なにかもっと言うべきことがある筈だ、という思いが、激 まま長椅子を立って、ドアに向かった。 しくぼくの胸にうねった。それは、渇きにも似た、ひどく切実な欲 「待てよ」リーダー格の男がぼくを呼びとめた。 望たった。振り返ったぼくと、彼等の視線が、一瞬、宙に絡んだ。 無言で振り返る・ほくに、「こいつをもらってくれないか ? 」と彼そしてーーそれだけだった。 ドアが溜息のような音をたてて閉まった。 は一本の リールテープを差し出した。 ・ほくは彼の顔を見つめた。彼は恐しく生真面目な表情でぼくを見 夜はとつぶりと更けていた。 返した。他の連中が、なにか悪いものでも見た、というように顔を チュー・フタワーから伸びている二車線道路につらなるマグネシウ そむけるのが分った。 ムライトが、地に散乱するアジビラや折れ木をあかあかと照らして 「なにが入ってるんだ ? 」・ほくはいた。 フィアンセ エレクトロニクス いた。それは、非現実的な、なにかしらやりきれない眺めだった。 「俺の婚約者はーーこ彼はロごもった。電子装置を背に彼の姿がひ シポレーが一台、置き忘れられたようにポツンと停車していた。 どくちっぽけなものに見えた。 ぼくは、あちこちに飛びはねている黒ずんだ血痕を踏みながら、 「俺の婚約者はユーカラが好きだった」 シポレーに向かって歩いていった。 どった ? シポレーのなかで待っている筈の女が、待つのをあきらめるまで ・ほくの頭のなかで、ひとつのドラ「が組みたてられてい 0 た。あには、長い時間が要ることたうう。 る娘が、『人間って、誰かを本当に裏切りきれるものかしら ? 』と 訊かなければならない、そんなドラマだった。 襲撃の、次の頁が開かれる。 アダック 〔完〕