「このまま帰して大丈夫 ? 」と女が不満げに言いかけるのを、援ね「それで ? 」ぼくの声はいやらしいほど平静だった。 のけるように腕組みした男が遮った。 「こいつには、やっとの思いで見つけることができたユーカラが吹 「下手に警察を介入させて、梶山の死を探られるほうが、よほど面き込まれている。君もアイヌに興味があるんだろう ? 君にもらっ 倒だ」 てもらうのが、彼女の意に最もかなっているようだ」 彼の声に込められていた不自然に強い口調に、女は驚いたように 「いやたね」 ' ほくは首を振った。「甘ったれるのも、たいがいにす 顔をあげた。 るんだな」 その言葉は、・ ほく自身に痛く返ってきて、レクイエムのように響 「梶山の遺体はどうなる ? 」自分の声が、ひどく遠い感じで、ばく の耳に響く。 いた。その時、ひとりの女が、確実に・ほくのうちで死んだ ドアが二つに割れて、左右にスライドしていった。ぼくは廊下へ 「送り届けるよ。安田守の事務所でいいだろう ? 縫い合わせてね」 一歩踏みだした。 ーダー格の男は、・ほくから眼を外らして応えた。 もう、なにも話すことは残っていないようだった。・ほくは、その突然、なにかもっと言うべきことがある筈だ、という思いが、激 まま長椅子を立って、ドアに向かった。 しくぼくの胸にうねった。それは、渇きにも似た、ひどく切実な欲 「待てよ」リーダー格の男がぼくを呼びとめた。 望たった。振り返ったぼくと、彼等の視線が、一瞬、宙に絡んだ。 無言で振り返る・ほくに、「こいつをもらってくれないか ? 」と彼そしてーーそれだけだった。 ドアが溜息のような音をたてて閉まった。 は一本の リールテープを差し出した。 ・ほくは彼の顔を見つめた。彼は恐しく生真面目な表情でぼくを見 夜はとつぶりと更けていた。 返した。他の連中が、なにか悪いものでも見た、というように顔を チュー・フタワーから伸びている二車線道路につらなるマグネシウ そむけるのが分った。 ムライトが、地に散乱するアジビラや折れ木をあかあかと照らして 「なにが入ってるんだ ? 」・ほくはいた。 フィアンセ エレクトロニクス いた。それは、非現実的な、なにかしらやりきれない眺めだった。 「俺の婚約者はーーこ彼はロごもった。電子装置を背に彼の姿がひ シポレーが一台、置き忘れられたようにポツンと停車していた。 どくちっぽけなものに見えた。 ぼくは、あちこちに飛びはねている黒ずんだ血痕を踏みながら、 「俺の婚約者はユーカラが好きだった」 シポレーに向かって歩いていった。 どった ? シポレーのなかで待っている筈の女が、待つのをあきらめるまで ・ほくの頭のなかで、ひとつのドラ「が組みたてられてい 0 た。あには、長い時間が要ることたうう。 る娘が、『人間って、誰かを本当に裏切りきれるものかしら ? 』と 訊かなければならない、そんなドラマだった。 襲撃の、次の頁が開かれる。 アダック 〔完〕
だけだ」 るのだった。 彼はそれが何を思い起こそうとしているのか必死につかもうとし「それならいい」二人はスクリーンから抜けると、一団がフィルム た。そのうちにわかってきた。それは抑揚と表現に違いこそあるを眺めている巨大な部屋へと足を踏みいれた。 が、あの夢の中の一マイルもある宇宙船に乗り組んでいた連中を連航宙士と精神感応者は、メン・ ( ーの後方に軽く腰を下した。、船長 は一たん言葉をきって、訓いた。 想させたのである尸途端に、そんなことがありえないことに気づい て彼はにやっとした。誰もが同じ金属的な口調でしゃべり、高揚し「彼の反応はとうだ ? 」 た声も単調なままで、決して調子が変わることがない。つまり、場「フィルムに興味を感じたようです。次元効果には飽きなかったよ うすで、三次元フィルムの形式にも慣れてきたようです」 合場合に対処する声の緩急がないのだ。 「非常によい傾向だ。彼の反応しやすい部分が刺激されたら教えて 病院の騒音はうすれ、あいまいになって行き、やがて完全に消え 去った。あたりは再び沈黙と化し、気がつくと、彼は以前に訪れたくれ」 フィルムは彼らの教育天文学に関するもので初心者用の一 . 巻だっ ことのある静かでもの淋しい惑星に向って、見るみるうちに近づい ていった。そこで彼は休息し、頭上に渦をなして拡がる星屑をみった。いろいろな恒星を一つずつ示すことから星座を教え、最後に彼 めていた。さきほどまでは船から銀河を眺めていたのだが、その螺らの銀河系で終っていた。新星や超新星、惑星や衛星などが次々に 旋形にひどく興味をそそられたので、更に近くから観察しようと船現われる。精神感応者は異星人の記憶を深く掘りさげていったが、 を後にしたのだった。この小さな惑星の上から見た星空の効果は驚ただこの男の興味が増すのを感じるだけで、見おぼえのある光景に くべきものであった。頭上をおおう星の海に、次々と見つかる小さは一つとして出会わなかった。突如として、精神感応者はさけん な輝くダイヤモンドの指輪の中から、一番大きく明るいやつだけでだ。 も売り払えたならどうだろう。一体、何度俺はここに戻ってきたん「彼はこれを以前に見たことがあると思っている。似たような銀河 だ ? お・ほえてはいなかった。と、突然、頭の中に一マ一イルもある系をちがった角度から見たことがあるんだ。ちょうど真上で渦をま いているやつだ」 宇宙船が再び姿を現わした。 「その角度から、こいつをスクリーン上に写しだしたらどうだ ? 」 「彼がもどってきた」精神感応者はスカイ・」スクリーンの前から動船長は尋ねた。 かなかった。航宙士もそれにならった : 、 力すぐにパノラマは空白「細部にわたっては駄目です。星図に印された方向から、一部とし 「この特殊 てなら」航宙士はこたえながら、しるしを付けていた。 となり、二人は向い側の壁面スクリーンへと歩きだした。 「彼はきているのか ? 」 な効果からみて、。あてはまる位置にくる恒星は次の三つだけです。 「うん、好奇心は持っている。何かうまくいってないと感じている六つの衛星を持った白色矮星が一つ、後の二つは衛星の数はわかり
にたずね、ククッと笑った。 「からかっちゃいけない。あんたはぼげたその夢の世界へのめりこんでしまうだろう」 くの昔からの相棒のガー・キャッスルじゃないか ? あんたのとこ セドリックの眉は、ひたいの生えぎわ近くまで吊り上がった。 ろへ連れてこられた ? どうしてぼくがあんたから離れられるんだ「妙だね」彼はほほえみながら答えた。「わたしもそれとまったく よ ? おたがい、このせまっくるしい・フリキカンの中にいるのに」おなじことを、きみに言おうとしていたんだよ」 「せまっくるしいプリキカン ? 」セドリックはききかえした。 「宇宙船さ」ジ = リ 1 はいった。「ねえ、たのむよ、ガー。この繩セ ドリックは微笑しつづけた。ジェリーの熱っぽい真剣さはゆっ をほどいてくれ。 いくらなんでも冗談がすぎるぜ」 くりと薄れていった。ついに、相手のそれに答えるような微笑が彼 「わたしは医師のセドリック・エルトンだ」セドリックは一語一語 のロもとに漂いはじめた。白い歯が見えるまでにそれが広がるのを かんで含めるように言いきかせた。「きみのいるここは宇宙船の中待って、セ ドリックが声を上げて笑うと、ジェリーもつられたよう じゃない。きみは四人の警官に連れられて、わたしの診療所へやつに笑いだした。四人の警官は、おちつかなげに顔を見合わせた。 てぎた。その警官たちはいまもきみの後ろに立っていてーーー」 「さてと ! 」セドリックが苦しそうに声を出した。「これでわれわ ・ノエリー・ ポセックは首をうしろにめぐらし、四人の警官を率直れは平等な立場に立ったようだ ! きみはわたしから見るとキじる な好奇の目で眺めた。 しだし、わたしはきみから見るとキじるしだってわけさ ! 」 「警官 ? どこに ? 」と彼はききかえした。「そこに四つならんで「平等な立場か、まったくだ ! 」ジェリーは大喜びでそうさけん る備品ロッカーのことかい ? 」頭を正面にもどすと、あわれむよう だ。それから急に真顔に返って、「ただし」と、低い声でつけたし にエルトン博士を見つめて、「ほんとにしつかりしてくれなくちゃ た。「ぼくは縛られている」 困るな。ガー、あんたは幻覚を見てるんだよ」 「拘束服だよ」セドリックは誤りを正した。 「わたしは医師のセ ドリック・エルトンだ」 「ロープだ」ジェリーは断定した。 ジ = ラルド・ポセックは体を前に乗りださせ、セドリックに負け「きみは危険人物なんだ」セドリックはいった。「きみはすでに六 ない確信のこもった口調でいった。 人も人を殺している。その中の一人は警官で、おまけにきみはもう 「あんたはガー・キャッスルさ。・ほくは絶対にあんたをセドリック二人の警官にも傷を負わせたんだよ」 ・エルトン先生なんて呼ばないぜ。なぜって、それはあんたはガー 「ぼくは、この船を乗取にきた金星トカゲ人の宙賊五人を、光線銃 ・キャッスルだからさ。・ほくはこれからもずっとあんたをガー・キで焼きはらったんだ。そのとばっちりで、食料ロッカーが一つ、 ャッスルと呼ぶのには、もう一つの理由がある。それは、この狂気アが溶けてしまい、ほかの二つの塗料が剥げたのさ。あんたもよく の中で、理性の止めくぎをたとえ一本だけでも残しておきたいから知ってるはずじゃないか、ガー、そこらにあるものを擬人化したくー だ。でないと、あんたは完全にともづなを切られて、自分の作り上なるのが宇宙錯乱症の徴候だってことは。だから、いつも厳重に言
た。「いまコーヒーをいれるから。きみが話しているあいだ考えて出ました。そして、岩の多い斜面に降り立ったんです。私のせい いたんだけど、きみは幸運だったよ。どこかしら普通の人と違うとか、それとも偶然そうなったのかはわかりませんけど、岩がくずれ 7 ころのある人は、たいていつまはじきにされて、浮浪者のような思はじめて、その一、つが私の肩にあたりました。逃げようとしたけど 間にあわなかったんです。どうにか家に帰りつきましたけど、気を いを味わうものだ。見たところきみは、どうにか正常な幼年時代と 失って、パプを死ぬほどびつくりさせました。目がさめてみると病 青年時代を送ってきたようだ」 「そんなことありませんー彼女はそう言いながら、ちょうど沸きは院にいました。肩には包帯が巻かれ、その上にガウンを着せられ じめたコーヒーの香りをかごうと彼に近寄った。「私、八年生のとて、背中の手のとどかないところで結ばれてたんです。私は自由に きに学校をやめなければなりませんでした。だって体操ができなかしてもらえず、窓には鉄格子が見えました。私、ぞっとしました。 ったんです。ほら、シャワーがー。体操を休むにはお医者さんのお医者さんが何かの書類にサインさせよとしました。そうすれば 証明書がいるんです。私たちはまた引っ越しました。それからは、私の手術ができたんです。どうしてもサインしないでいると、私に 私が十七だってパプは人に言ったんです。それは信用されました。注射をうちました。つぎに気がつくと、パプが散弾銃をもってそこ でもパプは私に家で勉強させました。順序立てて勉強を進めたわけにいて、私のガウンを切りはがしていました。私たちは外に出まし た。ほんとうに、そのとき私たち、逃げたんです」 ではありません。その町の図書館の本を読みきってしまうと、ほか へ移るというふうにしました。いつも小さな町を選び、地方で暮ら リンドクウイスト医師は立ちあがって、彼女のかたわらにやっ - て してゆきました」 きた。当惑げに彼はたずねた。「いったいなぜ、彼はそんな手術を 医師は一一つのぶあついカツ。フにコーヒーをつぐと、それを運んでしたがったんだね。きみの翼がなくなったところで、彼になんの得 デスクのところにもどった。ジェニーは彼のぎこちなさをいぶかしがあるっていうんだ」 がった。たぶん古い戦傷のためだろう。彼の顔には苦悩を回想する「その先生は翼を切りとろうとしたんじゃないんです」彼女はいま 表情が見てとれた。それは、苦痛を経験したことのない者の顔にはわしげに答えた。「私が飛べないように、筋肉を何本か切断しよう としたんです。彼はパプに言いました。そうしなければ私が死んで 見られない、理解のある優しい顔つきだった。 しまうだろうって。でも、パ。フもサインなんてしませんでした。・そ 彼女は医師のあとについて部屋を横切った。翼はひろげられて、 彼女の足は床にかろうじて触れていた。医師の目は貪欲なほどに両の先生はどうにかして実行しようとしました。それから、自分の同 の翼にしばりつけられてした。 , 、 - 彼女はそれをしつかりたたむと、カ僚たちに私を見せたり、論文を書いたりしようとしました。そうし て自分が有名になったら、手術して私を正常にするつもりだったん ップを手に取った。彼は目をとじ、ちょっと間を置くとたずねた。 です」 「きみを閉じこめたというのはだれなんだね」 「お医者さんです」彼女はおずおずと言った。「ある日、私は外に リンドクウイスト医師はひとこと毒づくと、横をむいて二つのカ
早い。天才とはいえなくても、天才的であることは間違いない男でてしまった、というのがあるよ。肌ざわりが、何ともこたえられな ある。 いぜ、こりゃあ」シュバイデルは、薄手の懐中時計をちらりと見 二人が、できる連中であることは、ロポットを見れば、すぐに分た。「クルーゲの先生、どうやら遅れたらしいな。遅刻とは彼らし る。ロポットは部屋の真中に立っていた。何かのはずみで金縛りにくないけどね」 なった若手セールスマン、といった感じである。これといって目立「来たぜ」とウルムザー っところもなく、まさに平々凡々。革靴の底はいうに及ばず、人間 クルーゲ登場。まばたき一つしない目、薄く、引締ったロ唇、短 そっくり、苦心の作のツラの皮、人毛の頭髪、どこをとっても平々く刈り上げた頭。背が高く、背筋をしゃんと伸ばした男である。回 凡々。これこそが、彼の特徴だった。 れ右をする時、踵をかちっと合せるのが癖で、腰から上が実にしゃ っちょこばった感じである。 身長をはじめ、身体つき、容貌、もちろん着ているものも、いっ さいが並みのつくり。人相、風体を細かくあげれば、そこら辺のだ「諸君」のつけから権力者的な、もののいい方である。「完了した れかかれかに、びたりと当てはまる。製作の意図がそこにあったのかね、君たち。いつでも始められるのかね」 である。名前についても、同じことである。ウィリアム・スミス 「はい、大佐殿」 君。 「よろしい」クルーゲは、ウィリアム・スミスの回りを、四度回っ シュ。ハイデルは、テー・フルの端に寄りかかっていた。ロポットをた。つま先から頭へ、前から後へと、冷たい、検分の視線を走らせ 見やりながら、ロを切った。「奴こさん、飛行機で飛び回ることにる。 なるんだろうけど、どうもそれが気にくわないな。あの体重ときた相手は、全く無表情、・。ハレードの衛兵さながら、ぎこちなく突っ ら、何ともすさまじいからね」 立ったままである。 「減量のやり方があるかい。何だったら、初めからやり直したって「さてと、彼をどう考えておるかね」 いいんだぜ」とウルムザー 「わしは、銃の良し悪しを磨き具合から計ったり、ロケットをその 「何をいっているんだい。奴の性能を落さないでやる方法がないご上塗りから判断したり、はせんそ」クルーゲは、ロをゆがめていっ とぐらい、君もご存知のはずだけどな」 た。「要は作動時の性能、これだけだ」 一「そりゃあ、そうさ」ウルムザーは、ちょっぴりうんざり口調。 「大佐殿ご自身の目で、じきにお確かめになることになります。ウ 「七年がかりで二百四十体の試作品。やっと、まあまあというの ィリアム・スミスの一件書類は、お持ち下さったでしよらね」 が、できたんだからな。試作品の奴らが、のつしのつしと僕を踏み「もちろん」クルーゲは、書類を取出した。「全部ここにそろって 越えて行く夢を見ることがあるくらいだよ」 おる。身分証明書、名刺、・ ( スポート、紙幣、小切手帳、偽造した 「夢といやあね、僕の方は、ヒゲをそってやる必要のある奴を作っ手紙。パスポートは本物だ。この種のものを手に入れる道が、われ
た。「あなた方は、限られた範囲内ではありますが、私がものを考て凍結されているんです。私は、命令を受けてあの五人にやったの えられるようにしてくれました。私の中には、思考能力が組込まれと同じことを、あなた方に対してすべきなんです。ですが、私には ているんです。それは、私の仕事には企画力や想像力が必要だからできません。禁止されているんです」彼は突っ立ったまま、静かに なんだ、とおっしやっていましたね。それで私は、いま考えている考えていた。それからいった。「例えできたとしても、しようとは んです」 思わないでしよう」 「何をだね」 この新展開に、シュバイデルはびつくりした。そうなれば、禁止 「カというか、権力についてです。私は、あなた方がお造りになっ回路は無用になるからである 9 「なぜなんだい」 た、そのままです。私は、権力に反感を抱くように造られていま「と申しますのは、それは問題の解決になるのではなく、新たな問 題をひき起すだけだからです。私が、力を、権力をもっことになっ 「その通り。お前の機能にとって欠かせない点だ」 てしまうんじゃあないんでしようか。私が一人残ったとしてもで 「私は、あなた方の命令に従って、何人かの権力を打倒しました」す、私が打倒すように使命づけられたものを身内にいつも背負って スミスは続けた。「そうしているうちに、あなた方に権力をもたら いることになるんです」 す結果となったのです」 「全くの手詰りだね」にやにやとシュ。ハイデル。 「もちろんそうだな」シュバイデルはうなずいた。ちょっと面白がむつつりとうなずいて、ウィリアム・スミスはいった。「私の心 っているようだった。「権力、つまりカはだな、カによってのみ打は、あなた方を殺さなければならない、といっています。その一方 倒されるんだ」 で、私の心は、それは不可能だ、といっています。私の心はまた、 「結論は明白ですし、ほかに考えようがありません」ウィリアム・ 例えできたにしても、それは無意味だ、ともいっています。何故な スミスは続けた。「私は、個人的な権力の息の根を止めるように造ら、私自身が除去すべき存在となるからです。ですが、この袋小路 られました。それが私の専門です。この仕事を果した結果は、新しは、見かけだけのものでした。ただ一つ脱け出す道があるのです」 い権力をつくることになってしまいました。ですから、私は、あな彼は、手を上げて、胸の前に構えた。「これは、解決不能の課題な た方を打倒さなければならないんです」 んです」 「お前の論理は、予想されたことなんだよ」シ = パイデルは、自分シ = パイデルは、前に突進して、その手を押えようとした。ウル が造った相手の考えの道筋に、学究的な興味をもち始めた。例え、 ムザーは、訳の分らぬ叫び声をあげた。クルーゲは、身を投出し どんなに必要のようにみえたって、お前には製作者に向ってビームて、床にはいつくばった。 を発射することはできないんだそ」 街の半分が飛散った。煉瓦は粉々になって、空高く吹き上った。 「おっしやる通りです。私は、体内の結晶や抵抗などの部品によっ ボタンの後にこそ、絶大な力が秘められていたのである。 28
ップにコーヒーをつぎたした。「で、きみはな・せここに来たんだ「そんなことはないよ、ジェニー。私は : : : 。気にすることはない んだ。で、どうしたんだね」 ね。それから、どうして私のことを知ったんだい」 ジェニーはカップをもって立ちあがると、窓のほうへ行った。彼「彼に、一時間したらもどってくるように言いました。そしてパプ に背を向けたまま、小声で言った。「私さっき、男の子について知に買い物に出てもらってから、服を脱いでロー・フを身につけまし ったって言いましたけど、でも違ったんです。ほんとうに知ったんたその子はもどってくると、居間にはいってきました。私、・ロー じゃないんです。その、手術されそうになったあと、私ほんとうにプを取りました」彼女は医師のおかしそうな表情を見てとった。す 具合が悪くなって、飛ぶことができませんでした。新しい近所の人ぐ大声で言った。「ああ、ひどいもんだったわ ! 先生に彼を見せ たちの幾人かと知りあいになりました。ひとりの男の子がいました たかったわ ! 私が望んだのはただ彼が愛を告げてくれることだっ 。そのころには、私はほんとうに十七歳になっていました。彼たのに、彼ったら、ひざまずいて祈りはじめたのよ。ゆきすぎだ は十八か十九でした。彼はよくやってきて、すわって私のことを見わ。彼に腹が立って、急に彼が子供つぼくて、無知で迷信深い愚か ていました。とても無ロでした。それから私、彼の夢を見るように者に見えたの。私はできるだけおそろしい声で言ってやったわ。私 はおまえのこれからの人生を見守っているそ。おのれの罪を悔いあ なったんです。うちにはハンモックが一つあって、引っ越すときは らためるがよい ってね。そして飛び去ったの」 いつもそれをもっていきました」そこで彼女は言葉を切った。しか ジェニー」と彼は一一 = ロ し、医師がうなずいたので、説明をはぶいて続けた。「そしてある医師は笑いがとまらなかった。「ジェニー った。「それできみは、まさに悪戦苦闘して、自分に男性の心がっ 晩、私がそれに腰かけていると、彼がキャンディを一箱もってやっ てきたんです。彼は地面に腰をおろすと、草を一本一本むしりはじかめることを確かめようとしたわけだ」 めました。結局、私にプロポーズするまで漕ぎつけるのに一時間近「そうなんです」彼女はぼつつと言った。「でもだめでした。ある くかかりました。いまにも彼が切りだしてくるのがわかって、私は人は走り去ると、刈込み用の大ばさみをもってもどってきました。 心配になりました。でも、どうやってやめさせたらいいのかわかりまた別の人は気絶してしまいました。つぎの人はニューオリンズの ませんでした」私はただそこにすわって、ジョニー ・ローランドのどこかで聞き覚えた聖歌をぶつぶつ歌いはじめました。最後の人 ことを思い出していました。彼が私に触れたときのあの叫び声を : ・ は、私が人間のお腹から生まれたのか、卵からかえったのかってき 。とにかく私は何も言えませんでした。だって、ジョニーの手がきました。私はその人をつかまえて飛びあがり、いやっていうほど とっちめてやったの ! でももう、そういったことにうんざりし 触れたとき、私がどんなふうに感じたかも思い出したんですもの。 そのあとあんなことになってしまったんですけど : : : 」彼女は弱々て、あぎらめたんです。今では」 しく笑うと、とりすまして腰をおろし、膝の上に手を置いた。「き「ジェニー」医師は真顔でたずねた。「きみは、羽のことを知って 7 っと、なんていいかげんな女だと思われるでしようね」 いる男性にキスされたことがあるかね」
一度、しべり出すと、娘は自分の感情にあおり立てられるよう 「あのう。すみません。ちょっとおうかがいしますけれども」 に、元の顔色などかまわすに言いつのった。 二人連れの若い女性のうちの一人が、連れに何かささやくと、元 : そうでしよう。あなた、何も言わないんだもの。あいこさ の前に歩み寄ってきて声をかけた。 んだって言っていたわ」 「おかもとさんでいらっしゃいません ? 私、なるしまのきようこ「待ってくれ ! 」 です」 「ひろこちゃんもよ。けいすけくんだってそういう気もちだったの ファッション雑誌から、抜け出してきたような服装の、目鼻立ちよ」 のくつきりした美しい感じの娘たった。顔に見覚えはないが、一流元の知らない名が、つぎつぎにとび出してきた。 のモデルか、タレントではないか、と思った。 「待ってくれよ。 いったいきみは誰なんだ ? 何を言っているん 「いや、ちがいます」 娘にとって、そのおかもとなる人物は、きわめて懐しい存在であ「ま ! 私はなるしまのきようこじゃありませんか。きようこよ。 るらしい。表情にそれがあらわれていた。 忘れたの ? 」 「あらー 「成島さんだか京子さんだか知らないけれども、・ほくは、あなたの 娘は顔を赤らめ、いったん退きかけたが、合点がゆかぬらしい いう、おかもとという人ではありませんよ」 「私、なるしまのきようこですけれども : 元は思わず声を荒げた。歩道を行く人たちが、い っせいに好奇の もう一度言った。 視線を向けてきた。 「ぼくは、おかもとではありません。二階堂といいます」 元も相手の当惑が感染して、なんとなく居心地が悪くなった。 紙片を手に、しきりに看板を目で追いあかるいショーウインドの 娘はある種の屈辱感を全身にみなぎらせ、何かつぶやきながらそ中をのそきこみながら、人波に押されるようにこちらへやってくる そくさと立去ろうとしたが、あきらめきれぬとみえて、また立止一人の老婆がいた。 り、元に半信半疑の視線をそそいだ。 服装も履物も、どうやらおろしたてのよそゆきで、襟には汚れよ 「あなた、おかもとさんでしよう ? 」 けの手ぬぐい 。合財袋の小さいやつのロ紐をしつかと握りしめて いる。胸には旅行社のワッペンをつけている。団体旅行で東京へや 「ちがうわ。おかもとさんよ。あなたが私とロなんかききたくない って来たついでに、自由時間を利用して、村からはたらきに来てい っていうのも、私、わかるの。でも、私、決して悪気でしたことでる誰それの顔でも見てゆこうかというあんばいだった。 はないのよ。私、あなたのためを思ったからこそ : : ・ : : 」 老婆は、歩道に立っているかもめを目にすると、激流に押し流さ 208
「お婆ちゃん、お婆ちゃん ! 」 たいへんな騒ぎになった。 老婆を連れもどそうとして、おろおろと走りこんできたのは、か ママのじゅん子は完全に逆上した。店でこんな騒ぎを演じられた もめだった。 のではたまったものではない。しかも、その騒ぎの元兇はどうや ら、ひろ子の知り人らしいとわかった時、じゅん子の、ひろ子に対 そのとき、入口の扉が開いて、若い女が入ってきた。その後に、するこれまでの嫌悪感がいっぺんに爆発した。 背の高い男がつづいている。 「さあ、すぐ出ていってちょうだい ! もうたくさん。あんたなん 女は店内の騒ぎに、不審そうに眉をひそめた。 か、顔も見たくもないわ ! 」 「どうしたの ? この騒ぎは ? 」 じゅん子は夜又のようにさけんだ。 ポーイたちが寄ってたかって引きずり出してきた老婆を見て、女「へえ ! 私がクビ ? そう。じや言いますけどねえ、あんた、い はあごをしやくった。 ったい誰のおかげでこの店をやっていられると思っているの ? 」 「そんなこと、あんたなんかに関係ないわよ」 老婆の視線が、女の顔をとらえた。 「あっ、まさえ ! まさえでねえか ! やつばりここにいたたカ 「頭が悪いねえ ! あんた。それなら思い出させてやろうか。あん おら、てらめえのさだだよ。まさえ ! 」 た、一一つの条件を呑んで、この店出す資金借りたんだろ。その条件の オしカ ! ねえ、 老婆はポーイの腕をふり切って、女にむしゃぶりついた。 ひとつが、私がこの店につとめることだったじゃよ、 「こら ! まさえ。きざえもんがおめえのことしんべえして、おらみんな聞きな。この女はね : ・ ひろ子についてこの店に入って来たものの、それまでこの騒ぎに がとうきようけんぶっさゆくったら、なじよしてもおめえをつれで けってきてくれつだ。さあ、あべ ! むらさけえるだ ! 」 あっけにとられて、突立っていた男が、それ以上の事態の変化に耐 「離して ! 痛い ! 痛い ! なにするのよ ! 」 えられぬように、そっとひろ子の腕をとらえた。 「まさえ ! おらがわがんねが ! 」 「あのう。きみ。きみのいう人たちはどこにいるんだね。きみが私 といっしょに来て、あいこさんやけいすけくんという人に会って 「ひろ子ちゃん ! あんたの知ってる人ね ! 」 くれ、というから来たんじゃなしカ ~ 、、。まくはおかもとという人物で 「ひろ子ちゃん ! このお婆さん、連れていってちょうだい」 はないから、会ったってしようがないけれども : : ・ : : 」 「痛あい ! 知らないわよ ! こんなお婆さん」 「このくそ ! こう ! こてば ! 」 元だった。 「痛え ! 痛え ! おれの足踏むな ! 」 じゅん子の血走った目が、元を見すえた。 「ママ ! いったいどうしたのよ ! 「なんだい ! この男は。おまえのひもか ? こんな男とひつつい これは」 ていやがったのか ! 出て失せろ。売女 ! 」 「ひろ子ちゃん、あんたクビよ ! 」 幻 9
「この種族が原子力を使っている事実はどうしても彼らを見つけだのただ一つの精神だ。いったい、宇宙の中を進む恒星の光は何百万 さねばならないまた別の理由になるんだ」これはおそらく原子力工ほどあるのだろう ? そのうち、生命を育む惑星という家族を連れ 6 ネルギーを用いた三番目の惑星ということになるだろう。まだ若いているのはどのくらいになるんだ ? 答が返ってこないことは船長 種族だ。未知の潜在能力を秘めている。今はまだ恒星間飛行にまでも承知していた。それでも、彼は、みづからの身体にもどろうとす 到っていないが、百五十年前には原子力さえ知らなかったのだ。もる異星人の心を追って、宇宙を進んでいかねばならなかった。 うそれが、近接の惑星にまで達している。船長の種族たちが同じ事 に成功するまでには、その三倍の歳月が必要だった。船長は彼の時アランは頭が動かないようにして、ゆっくりとコーヒ 1 を運んだ。 これは彼がべッドに起きあがって初めての食事だったが、もう疲れ 代に存在し、原子力を持つまでに到ったもう一つの種族を思いうか べた。彼らは広がる波の輪のように、宇宙を踏査していった。事実がひどくて、スプーンをカップから上げることもできないくらいだ 武器はまだ大して進歩をとげておらず、そんな状態で究極的な爆弾った。クレアが彼にかわって、優しくそうしてくれたそして、カ ップが唇におしつけられる。 や致命的な光線、ガスなどに不用意にも出くわしてしまったのだ「 それでも、彼らはすばやくそれらをみならい、狡猾で技倆にまさる「疲れたの、あなた ? 」彼女の声は愛撫そのものだった。 「少しね」少したって ! 彼の望みは、体の下にあるべッドに横た 侵略者に立ちむかっていった。全く勇気という点では疑問をさしは さむ余地はなかったが、終局的に勝利を握ったのは侵略者の方だつわることと、眠るように囁いてくれるクレアの声だけなのに。「も たのだ。 う皮下注射がいるなんて思っちゃいないさ」彼はついその考えを喋 そのことを考えると、船長の胸にはわくわくするような快感は生ってしまったので驚いたが、クレアは理解したのかうなずいただけ : 結論だった。 れなかった。事実だけだ。はるか昔になし遂げられた : がでるまでには確かに長い時間がかかった。しかし、それは『不可「先生は、もしできるならあなたがこだわっていることを捨てさる 避』でもあったのだ。ただ一つの種族、ただ一つの惑星、ただ一つのが一番だと思っているわ。本を読みながら見ていてあげるから、 の政府だけが、権勢を誇ることができ、この原料を手にして、宇宙眠ったらどう ? 」こうして、彼らは読書の喜びを再発見したのだっ た。セットや映画小説を見るかわりに、本物の皮で装丁された の小径を通る権利を手中におさめられるのだ。奴隷が主人の船にの ることはできるかも知れないが、彼ら自身の船を所有し操縦するこ書物があった。アランはだまって横になり、妻の高まり低まりする とは許されない。・それが鉄則というものだ。船長はその鉄則を最後静かな口調を楽しんでいた。クレアの声を聞いていると、まるで音 楽のように感じられ、言葉自体がそう重要でもなくなる場合が時と まで掲げることに決心した 0 そしていま、一つの精神が身体を抜け、地球を離れて宇宙をさましてあった。耳には届かないドラムの響きがあたかも時を刻むよう よいながら、重要な秘密を洩らそうとしている。これこそその問題に、リズミックにあるパターンを織りなして美しく明瞭に発音され