部をパクリとやるまで、宇宙クジラはただの神話にすぎなかった。 彼には、ジョーナという名がいちばんふさわしいだろう ()é、田約 まれ、その腹のなかで三日すごし、無事岸に投げだされる。だが正確には、そう商船員のあいだでは、この数十年さまざまな目撃譚が語り伝えられに ジョナサン・サンズと、 ではなかった。彼の名は、ジョナサン していたけれども、船員仲間以外まともに受けとるものはなかった。 宇宙空間にすむクジラだって ? 全長一千マイル、胴まわりも同じ リ′ィアサン 年はまだ二十九だが、若いころからさまざまな経験を積んできた くらいで、流星群や宇宙塵や漂流物を常食とする大魚 ? 光速を 男だった・・ーーちょっと数えるだけでも、学生、宣教師、 こえる飛行能力を有する宇宙生まれのクジラ型生物 ? 広告マン。一度は本を書いたこともある。だが彼以外、読者はいな メルヴィルもびつくりー たしかに宇宙には、たくさんのーーー確認 かったところをみると、これはとりたてていうまでもないかもしれされたーー・・驚異がある。だが宇宙クジラは、その中に含まれていな ニュー・アース・ス・ヘース・ネイビー ない。この物語の幕があくすこし前、彼は新地球宇宙軍に入 いのだった。 隊し、砲手になった。 しかし、スペースマンたちのと公認目撃報告とはまったく別物 そのころの砲手は、砲術の実践面とはあまり縁がなかった。仕事である。そのうえ、火星の大きな月に匹敵する小惑星が一個消失し よ、。というわけ らしい仕事は、砲撃力プセルを整備し、大砲をいつでも発射できるたとなると、これは軽々しく見過すわけにはいかォ 状態にしておくことであり、割りあてられた熱核弾をひとったりとで、テイター = ア ( の 天旺星 ) ほどもあるクジラ型がどこからとも も暴発の危険にさらさないように気をくばるのが、最高の使命だっ なく出現、小惑星の数を一個減らし、アンドロメダ座方向に飛びた た。だが精神的な圧迫を感じるのは砲撃演習のときだけで、それさったとの報告が、火星発外惑星圏行きの新地球船イカロスから〈シ レーンの海〉基地にもたらされると、被害の拡大をくいとめるため え大した重圧ではなかった。総じて、砲手の生活は気楽なものだっ たといえようーーーもっとも、ありあまる睡眠時間、ありあまる単調の措置がいちはやくとられた。艦艇配置図のすばやい照合によっ さ、ありあまる漫画マイクロフィルムが性にあっていればの話だて、怪物の軌道附近を航行する戦艦はファーストスター一隻である . が。ジョナサンはそうしたものが嫌いだった。はえある戦艦ファ 1 ことがわかり、ただちに同艦の艦長にむけて命令が発せられた。 ストスターが寄港するたびに、仲間の兵員たちが没入する三大慰安「小惑星をなさ・ほり食う、衛星大のクジラ状生物」の警戒にあた ネイツリー つまり、酒、女、ストングーーにも興味がなかった。広告マンり、「発見ししだい撃沈せよ」 ( 海軍語はアメリカ最初の宇宙飛行 や宣教師に不向きだったように、彼はスペ 1 ・スマンにも不向きだっ士とともに軌道にの・ほり、かって海においてそうであったように、 たのだ。自分の適性がどこにあるか見当もっかず、あるいは一生気今ではそれは宇宙の一部となっていた ) づかないまま終っていたかもしれないーー・もし宇宙クジラが現われファーストスターの艦長・ーー正確を期すならば、サディアス・ ・オルプライト艦長ーーは、すぐさま待機ブザ 1 を押した。年季を なかったなら。 つんだスペースマンである彼は、作戦の成功をはばむ最大の障害 一一三三九年四月一一十三日、それが太陽系に侵入し、小惑星帯の一
JONATHAN AND THE SPACE WHALE ジョナサンと宇宙クジラ ロ′、一ト・ F ・ヤング 訳 = 伊藤典夫 ( 画 = 新井苑子 虚空に浮かぶ伝説のリバイアサン 宇宙空間に生息する巨大なクジラ 彼はその宇宙クジラへと針路をとった 9
どは、わたしの消化液なのだ、と。なまの土地をわたしが吸収する ありません ) ( そうはいっても、本当にそこにあるみたいだ ) と、その成分はじよじょに体に同化されて、エネルギーに変換され ( そこにあるのですーーーちゃんとした実体があるので、わたしの世るのです。エネルギーの一部は、原子力としてわたしが宇宙を飛ぶ 界の住人たちは、特殊なテレビ画像のようなものをそれに反射さのに使われます。でも、それと同じくらいわたしの健康にとって重 せ、各地に送っているくらいです。でも本当には、それは星ではあ要なのは、消化液が土地の表面に行なう作用ーーー表土の製造や植物 りません。広い意味では、暑いまぶしい夏の日にあなたもときどきの栽培、それがもたらす光合成のプロセス、腐敗と死と新しい生命 の育成なのです。宇宙クジラは、大地を体内に持ったまま生まれて 見るマシ・ヴォリタンティズ ( 飛蚊 ( ひぶん ) ーー・眼球のガラス体液がにご 0 に近いものです。わたしの太陽は、いろいろなはたらきをしてくるのです、ジ ' ナサン、大地と空気と水を持 0 たまま。ただ大き いますが、ひと口にいえば視覚器官。わたしの , ーーわたしの眼なのくなるにつれ、ときどきは栄養の補給もしなければなりません ) ( すると、小惑星を吸収したのはそういうことなのか ? ) です ) ( 小惑星、宇宙塵・ーー・それから太陽系の第六惑星みたいな、惑星を ( では、きみは体の中のこの世界のほかに、宇宙や星も見ることが めぐる輪の中の氷 ) できるのか ? こうした夜の闇の中に立っている・ほくまで ? ) ( 漂流物は ? ) ( ええ、あなたを見ることができますよーー・それと同時に、何パ セクもむこうの宇宙空間にあるものも。テレバシーの交信は、何百 ( ときにはね ) ( 宇宙船もかい ? ) 万マイルはなれていてもできるし ) 前にあったよりさらに長い沈黙がおりた。やがて、 ( 宇宙船は禁 ( 宇宙クジラの生活はきっとすばらしいものだろうな ) ( つらい、さびしい生活よ。でも、わたしはそんなことを話すためじられています。でも、むかしのわたしはきかん・ほうで、年長者の に、あなたとコンタクトしたのではありません。あなたが満足していいつけもきかず一隻吸収してしまいました。あなたの暦で、三百 年ぐらい前のことになるかしら。船の名前はプロスペリティといっ いるかどうか知りたかっただけ ) へむかう初期の ( これ以上ないくらいだ ) ジョナサンはいし 、それから、 ( きみのて、地球から金星ーーあなたのいう″新地球″ 世界ーーーこの宇宙だけど これが何かのかたちできみの栄養にな移住者の一団を乗せていました。いま、あなたといっしょにいる人 びとは、その移住者たちの子孫なのです ) っていることはわかるーーーだが、どうやっているんだ ? ) ( しかし、・ほくらの年で三百年前といっても、人類の文明はこれよ 長い沈黙があった。やがて、 ( あなたにはむずかしいかもしれな りはるかに高かったはずだ。なぜこの社会は、四百年近くも前にほ いけれど、なんとか説明してみましよう。こう考えてごらんなさい この土地、さまざまな成分を含むこれがわたしの食物で、太陽ろびた原型をそのまま残しているんだろう ? なぜ連中は、宇宙ク ジラの腹の中に住んでいることに気づいていないんだ ? ) や雨、鳥や虫や非病原性の単細胞・ハクテリア、夜と昼のサイクルな
自分がこれこれこういうものからできているといって、感覚を持つ状態だった。通信は途絶し、宇宙服のタンクにはまだ十時間分の酸 ためには同様なものからできていなければならないといいきれるの素が残っているものの、かりにその二倍あったとしても、この窮境 ・ : 七千。そのようなものからできている人間だけが、快楽とを脱出できる見込みは薄かった。覚悟をきめて、崩壊したカプセル 蜚辰を理解している唯一の知覚体なのか ? : : 亠 の破片とともに、クジラの頭部をめぐる小さな月になるほかはなか 「何をぐずぐずしている、ばか ! 」ォル・フライト艦長の罵声がとんった。この悲しむべき事態はまもなく実現し、やがて彼は、紐の先 だ。「撃て ! 」 でまわるヨーヨーほどの自由もない人間衛星になった気分を、身を 風や雨や日ざしを感じ、壮麗な星空と雄大な夜、甘美な夜明もって知ることになった。彼のうしろには、発射されなかった熱核 けと静かなタ暮れを知り 弾がうかんでおり、前方にはカプセルの上部がそっくりそのまま、 「撃て ! 」ォル・フライト艦長が絶叫した。「軍事裁判にかけるそ、星影に照らされてものうげに回転していた。これほどまでに近づく きさまの皮をはいで、きさまのーーー」 と、クジラはもはやクジラではなく、山脈もなければ、海も、安ら ジョナサンは発射ボタンを押した。そして同時に逆噴射ボタンをぎの場所もない黒い巨大な惑星だった。 押しただが瞬間的行動は、それだけにとどまらなかった。不必要彼はオリオンのベルトを基準に、公転の時間をはかることにし な照準調節ボタンまでいくつか押していたからだ。十字線から宇宙た。一回目は二〇・三分っづいた。二回目は十九・六分、三回目は クジラの像が消え、発射体は千マイルもそれて茫漠とした虚無に吸十八・九分。そのときになって彼は、熱核弾とカプセルの上部がい いこまれると、明るい星となって燃えあがった。カプセルは反動とつのまにか周囲から消え、自分を見捨てて飛び去ってゆくのに気づ 逆噴射によってふきとばされ、クジラの周囲をまわる就道にはいっ いた。何がおこっているかのみこめたのも、その瞬間だった。彼が た。これまでの人生のどこかで、ジョナサン・サンズは慈悲の神とクジラに引き寄せられてゆく一方、熱核弾やカ。フセルの残骸はます 出会い、その出会いの影響はまだ彼の中に残っていた。 ます大きな軌道へ押しやられているのだ。最終的には、それらは宇 それは申し分ない軌道とはいえなかった。ロシュが見ればおそら宙のかなたへ飛び去るだろう。彼の運命はすでにきまったようなも く眉をひそめただろうし、またそれだけの根拠もあった。なぜならのだった。 その道は、ふつうにはありえない相対密度の不均衡を考慮にいれ十八・二分。神のみもとに召されるときが来た。だが眼はとじな ても、彼の定めた限界よりかなり小さい半径ではじまっていたからかったーー・その必要もなかった。かわりに彼は、星をちりばめた広 だ。となれば、結果はひとっしかない。そのとおり、カプセルは一大な宇宙の暗黒に眼をむけた。そこに神のおもざしを見たことはこ 時間足らずもちこたえたのち、来たるべき分解のさきぶれとなる軋れまで何回もあったが、いまの彼にもそれが見えるのだった。無窮 りを発しはじめた。 の、永遠の、するどい眼をした顔ーー新星に傷つけられ、宇宙塵に 彼は死んだわけではなかった。だが実質的には、死んだも同然の隠されながらも、一兆の一兆倍もの星々の光に輝いている。彼はっ
ヘルメット・ラジオを通して、オル・フライト艦長の声がひびい が、艦をひとのみする宇宙クジラの大きさではなく、生物の質量が ひきおこす重力にあることをじゅうぶん心得ており、そこからの必た。「われわれは後退するーー軌道に引きずりこまれてはかなわん 然的な結論として、それを撃破する最善の手段が、ファ 1 ストスタからな。横腹をかすめる手前でとらえ、全力で逆噴射をかけるの だ。一発でしとめろーーー二発目を撃っ時間はないそ」 ーのような艦の持ちえない超機動性にあることもまた見通してい 白眼が見えたら発射しよう、ジョナサンはきつばりと自分にいし た。そこで彼は砲術長に、砲撃力プセル一隻の発進準備を命じた。 きかせた。ところが、それには眼がなかった。ロすらなかった。顔 選ばれたのは、ジョナサン・サンズの担当するカプセルだった。 にあたる部分には、のつべりした表皮があるだけーーーまっ黒な平 レーダー室が最初に目標をとらえ、まもなくスコープにもそれが 見えるようになった。それは宇宙空間そのもののように黒く、遠い面。何工 1 カーもあるだろう。いや、それどころではないーーー何平 太陽の光が、弱々しいながらもその表面に照り映えていなかった方マイルだ。そのときになって、ジョナサンははじめて宇宙クジラ ら、見分けることもおぼっかないような物体だった。ォルプライトの大きさを実感した。頭部の直径は、すくなく見積っても七百マイ 艦長は、はじめオタマジャクシを連想した。だが宇宙に親しんだもルほどあり、その「下半球」は比較的短い胴体とくびれなしにつな がって、うしろに一対の巨大な尾ひれがついている。この角度から のの直感で、この距離からでもオタマジャクシに見えるのだから、 では、尾ひれはあまりよく見えないが、それらが固体であることは それが今後も同じ進路をとりつづけるなら、いくらもたたぬうちに、 もっとはるかにおそろしいものに似てくるにちがいないと確信してじゅうぶん察しがついた。どちらにしても、宇宙の真空中で、尾ひ いた。実際そのとおりとなり、ほどなくそれは、艦長が想像したとれがその名に相当する役目をはたしているとは思えない。 おりのーーーっまり、クジラの姿をとって迫ってきた。だが、それで大きい、そう思ったのではなかったか ? とんでもない、桁はす もまた十万マイルの距離を残しているのだった。 れの生き物だ ! 漆黒の巨体は、いまや星空の半分をおおい、一ミ リセカンドごとにひろがりつつあった。こんなプロプディングナグ 彼はふたたびインターカムにいった。「カプセルをおろせ。それ 的生物にも、知性はありうるのだろうか ? その行手にはちっぽけ から、砲手につないでくれ」 カプセルはなめらかな黒い卵のようにファーストスターの下腹部な蚊が、熱核の針をとぎすませて待ちかまえているーー真近にせま った死に、それは気づいているのだろうか ? から落下し、ゆらゆらとうかんだのち、自力で飛びたった。その 「発射用意」ォル・フライト艦長がいった。 ャイロスコープ的中心、卵黄があるべきところには、ジョナサン・ ジョナサンはすでに用意を終えていた。宇宙クジラまでの距離 サンズがすわり、発射台の色あざやかなコンソールを器用にたたい ていた。数秒後には、照準器の十字線に宇宙クジラをとらえた。彼は、もう一万マイル足らずだった : : : 九千。痛みを感じるだろう か ? と彼は思った。血と肉からできているとは思えない。だが痛引 はカプセルを慣性飛行に切り換えると、照準を維持する微調整をは みを感じるためには、血と肉がなければならないのか じめた。
クジラが彼をのみこんだのは事実なのだから、ほかの人間をのみこ第二。フロスペリティの完成が待ちどおしいよ。農業は多少ダメ 1 ジ んでいたとしても、すこしもおかしくはない。また小惑星をまるごをうけるかもしれんが、すくなくとも人口問題は解決だ」 とのみこめるのだから、宇宙船一隻ぐらいたやすいことだ。クジラ ジョナサンは考えぶかげに男を見た。「第「一。フロスペリティがい つばいになったら、どうするんですか ? 」 の寿命を千年あるいはそれ以上と仮定すれば、いまここに住んでい る人びとが、そういった船ーー・これは必ずしも単数である必要はな「そりや、もちろん、第三。フロスペリティの建設にとりかかるさ。 の乗客なり乗員の子孫だという説も、じゅうぶん成りたつ。第三プロスペリティがすんだら、第四プロスペリテイだ。聖書にあ 行方不明になる船は多い。この数世紀、そんな事件がたびたびおこるとおりにな : : : あんた、おかしな話し方をするな、いままでいわ っており、いまだに発見されないものもある。しかし、なぜこの社れたことはないかい ? 」 ーし・アース 会が『旧地球の書』の黄ばんだページの引写しなのか、その秘密「うまく舌がまわらなくて」と、ジョナサンはいし ややあって、 をさぐる鍵は以上のどこにもなかった。 「いっかは新しい土地だってなくなるでしよう。そのときは、どこ 彼は憶測を一時中断し、周囲の田園に注意をむけた。道路ぎわへ行くつもりですか ? 」 もし好奇心にかられていなかったら、ジョナサンは恩人の投げた に、およそ四分の一マイルの間隔で、パステル・カラーの低い家が 点々と見えるようになった。家と家のあいだは、畑や果樹園や・フド視線に、身のちちむ思いをしたことだろう。「なくなる ? こんな ウ園で、数はすくないが牧草地もあった。ときおり遠くに、窓のたに大きな宇宙でかい ? ウィアードランドには近寄らんほうがし↓ くさんある細長い建物ー 1 なにかの工場だろうーーーが見えることもな、あんた。それだけは忠告しとこう。世界を見る眼がゆがんでし あり、一度は、原始的な平炉の所在を示す、高い煙突のたちならぶまう」 風景にも出会った。畑や果樹園や・フドウ園には、人びとや機械が忙「しかし、ほかの意味でいくら奇蹟的だといっても、クジラの腹が しそうに動いており、牧場では牛の群が草をはんでいた。もちろ無限じゃないことぐらい見当はついているはずだ ! 」 ん、道路もそうした活動から取り残されているわけではなかった。 こんどはすばやい一警があっただけだった。宇宙服をつめたヘル いま彼が乗っている車とよく似た乗物がたくさん走り、加えて荷物メットにも、同じ視線がとんだ。「 : ・ : ・クジラの腹だって ? 」 運搬車らしい、型のちがう、もっと大きな乗物も見えた。 恩人の顔がみどりにかげつた 0 「もしーー・もしよかったら、ここ とあるカ 1 ・フで、一台の荷物運搬車に追いぬかれたが、それがい からはひとりで行きたいんだがね。この先にある十字路で待てば、 きなり正面に出たため、二人の乗った車はどぶにはまりそうになっ車をひろえるだろう」 た。ジョナサンの恩人は、ろこつな悪たいをついた。「ハイウェイ ジョナサンはロ葉をかえさなかった。そして車がゆっくりととま も近ごろじやせまくなったものだ」男は愚痴をこ・ほした、「いくらると、とびおりた。「ありがとう」といおうとして口をひらいた 3 新しい道路をつくっても、経済成長の速度にはとても追いっかん。 が、相手の姿はなかった。車は全速で走りだしており、後部車輪が
( それができないのです。前にもいったでしよう、わたしはあなたす。日曜版付録のキリストが約束したテク / ロジカルな黄金郷を作 の世界の神話にあるアンドロメダのように、波打ちぎわの岩に鎖にりだすために : : : 建国者たちの善意は、まもなく失われました。 わたしの広々とした処女地を開発するのに熱心なあまり、彼らは旧 つながれ、怪物に食われるのを待っているのだって ) ルド・アース ( その怪物の話が信じられないんだ。かりにきみが死にかけている地球で学んだ教訓を忘れてしまったのです : : : そう、ジョナサ としても、それは自然死のはずだ。老衰のような ) ジョナサンはわン、わたしは死ぬのです。千年のあいだに、病気は全身にひろが れ知らず言葉を切った。 ( だけど、そんなことはありえない。どう り、わたしを殺すでしよう ) してか、きみが年寄りのようには思えないんだ。きみはまるで 彼は愕然としていった、 ( 知らなかった、知らなかった ) しばら まるでーーー ) くして、 ( だけど、千年といえば長い時間だ死ぬまえに深淵をわ しいえ、わたしは年寄りではありません。わたしのい たり「仲間のところへたどりつけるはずだ ) ( 年寄り ? のちをむしばんでいるのは、老齢ではなく病気なのです。病気だっ いえ、ジョナサン、わたしには行きつく力も時間もないので て怪物といえるでしよう ? す ) 彼女の悲しみは、ほとんど体に感じとれるほどだった。 ( 最高 速度を出したとしても、メシェ引の岸に着くには三千年はかかるで ( 病気 ? わからないな ) わたしーーーわたしは暗闇で死ぬのがこわいのです、ジョナ ( いわないつもりでした。でも、あなたには知ってもらったほうがしよう。 いいかもしれない。あらゆる生物がそうであるように、あなたのい サン、冷たい非情な空虚の中で死ぬのが。わたしは、人間がつけた う宇宙クジラもまた、有害な・ハクテリアにおかされやすいのです。クジラという名前にふさわしくないかもしれません。彼らは恐れを あなたの健康を害する・ハクテリアよりはるかに高度な生物ですが、知らぬ、勇敢な、野性の生き物でした。何物も恐れはしませんでし ハクテリアにちがいありません : : : だから宇宙クジラは、宇宙船をたーーー人間さえも ) のみこんではいけないとされているのです ) ( しかし人間は彼らを減ぼしてしまった、一頭残らず。彼らの住ん でいた海も、海から盛りあがっていた陸地も。もちろん、悪意から 彼は呆然としていった、 ( プロスペリティ。その乗客とクルー じゃない ・こ・ : ・ほくらの動機はそれよりマシなものだったろう ・ : 建国の父たちーー ) 利己心は ? 人間中心主義は ? か ? 強欲は高貴なものなのか ? ( 好気性の多細抦原体です。はじめは数もすくないけれど、やが て二倍になり、三倍、四倍と増えていく。消費し、破壊しながら。教えてくれ、アンドロメダ、ばくらに破壊できないものはないの 慂意からではなく、ただ自分の中にある生存本能に従って。わたし の養分として必要な鉱石を溶かし、売り、何千年もかかってたくわ彼の意識の地平はからっぽのままだった。 ( ないのか ? 何もな えた石油を汲みだし、森を伐採し、表土の力を弱め、奪いとるだけ いのか、アンドロメダ ? ) で返しもせず、わたしの湖を、わたしの大気を汚染させていくので彼は丘の上、またたく星の下で立ちあがった。 ( アンドロメダ、 エル“ドラード 3
暗夜行路 ジェイムズ・ブリッシュ ぬれた洞窟壁画の謎 A ・ B ・チャンドラー キャサドニアのオデッセイを マイケ丿レ・ビショップ = 瞽 ジョナサンと宇宙クジラ ロバート・ F ・ヤング・ 太陽の風 アーサー・ C ・クラーク誉製薹證、、 67 大宇宙ロマン特集 フォト佐治嘉隆
十五分足らずの分量しかないことを知った。そうなると、取るべき ( わたしは、あなたが立っている大地、あなたが吸っている空気、 手段は一一つにひとっということになる。十五分待って、それからへあなたを暖めている太陽、あなたを宇宙の真空から守っている隔壁 3 ルメットをはずすか、それとも今すぐはずしてしまうか、だ。かりです。宇宙クジラと呼びなさいーー・ー本当は、あなたのイメージにあ に待つほうを選んだ場合、貴重な十五分をどのように使うのか ? るクジラよりずっと高度な生物だけれど ) 彼は自問した。月の地底の庭をいっしょに散歩した、あの恋人の顔ジョナサンは両手をあげ、てのひらで両側のこめかみをおさえ をなんとか思いだそうか ? ふいに彼は笑いだすと、ヘルメットをた。これまでくぐりぬけてきた試練が強烈すぎたのだ。精神が異常 をきたし、とうとう無用の言葉をつくりだすようになってしまっ はずし、太陽にむかって放り投げた。 彼は思わずあえいだ。空気がなかったのではなく、逆にありすぎ た。 ( 無用ではありません、ジョナサン。これは、あなたの語彙と たのだ。新地球ではこれまでも、そして今後も望めないような、酸いう衣装を借りたわたしの考えなのです。知りたいことを考えてご オール・アース らんなさい。答えてあげましよう。でも、急いで。外的な条件がわ 素をたっぷりと含んだ大気だった。旧地球でも、こうはいかない だろう。彼は宇宙服をすっかりぬぎすてると、立ちつくしたまま深たしの注意力を乱したら、コンタクトはとぎれます ) 呼吸した。顔にふれる日ざしが暖かかった。そよ風が鼻に、育ちゅ ( 大きい ) と彼は思った。 ( ばかでかい : : : 桁はずれだ : : : みにく くて ) ややあって、 ( テレバシ 1 を持ったクジラなんだ ! ) くもののかおりを運んだ。花、草、穀物。夏のみずみすしい樹々ー ( わたしがみにくいかどうかは、見るものによります。仲間の一部 彼はあたりを見まわして首をひねった。岩と小石と砂ばかりの土のものたちからは、わたしはーー美しい、といわれていました ) ( 雌のクジラだって ! ) 地だ。どこを見ても、樹一本なく、草花ひとっ ( そうーーーわたしは女です。わたしという生き物のいのちを奪うに ( ここはだめ、ジョナサン。ここはまだ加工されていない土地 しのびなかったあなたの思いやりを知って、あなたのいのちを救っ いいかえれば、荒野だから ) 彼はふりかえった。声はうしろから聞えたのではないし、声でさた女です ) ( では、ぼくがねらっているのを知ってーーカプセルがこわれたと えないことは知っていたが、どうしようもなかった。自分のもので ない言葉が心にひとりでにうかんできたら、じっとしているわけにき、・ほくをわざとのみこんだんだな ) ″吸収したのです。ほか はいかないではないか。 ( けれども、それはあなたの言葉でもある ( ″のみこんだ″のではありません のです、ジョナサン。わたしの考えが、あなたの言葉を着て現われに方法はなかったのです、ジョナサン。あなたを死なせたくなかっ : いまあなたが立っている加工されていない土地のむこうに ただけ。ちょうど今、あなたがこの考えに言葉を着せているよう は、ちがう土地があります。みどりの土地が。そこには、あなたと に ) 同じ人たちがいますーーーわたしの太陽の下にきずかれた文明世界 「きみはだれだ ? 」ジョナサンはいった。
ぼっかりとうかんでいたが、すぐに遠ざかりはじめた。飛び去る彼 救ってくれる。 あくる日、太陽は二十分間消えた。効果は満点だった。そのころ女のうしろには、切れた鎖そっくりの星座が輝いていた。 ジョナサンは動くこともできなかった。喉元には苦痛の刃がくい には、プロスパー人全員がメッセージの洗礼を受けており、来たる こみ、眼はかすんでいた。宇宙クジラも泣くのだろうか ? べき災厄を疑うものはいなかった。かりに多少の疑惑が残っていた としても、その夜のメッセージはそれに対する最後のとどめとなる ( ええ、ジョナサン、泣くのですーーー今になってはじめて気がっき ものだった。世界の終りは近い。ジョナサン・サンズがわれわれをました ) 彼の胸はかたくこわばり、息もできないほどだった。な・せこんな 救ってくれる。今すぐ彼に連絡をとろう。 ジョナサンには用意ができていた。こうして、プロスペリテイ政ふうに感じるのだろう ? と彼は思った。はだかのまま、たったひ 府の全面協力のもとに、クジラの内外を問わず、人類の歴史上かっとり取り残された自分。そう感じるのは、もしかしたら、その資源 オールド・アース てなかった秩序正しいェクソダスが組織され、実行されることになを奪い、土地を荒し、海や川を汚す前、人間が旧地球を″母″と った。ウィアードランドの一部には、すでに約東の地が用意され、呼んでいたことと関係があるのかもしれない。 人びとの到着を待ちうけていた。おびえるプロスパー人たちは、身 ( あなたには、ほかの人たちとひとっ違ったところがあるのです、 のまわり品をかかえ、家畜を従え、あるものは荷物を山積みしたトジョナサン ) 宇宙の深みから、アンドロメダの声が聞えてきた。 ラックーーー彼の許可した唯一の乗物ーーを運転して、整然とその地 ( それは、物事をあるがままのかたちで愛し、それ以上の何ものを にくりこんだ。合図を送る前、彼はアンドロメダに連絡をとり、残も求めない、あなたの優しさです。あなたは人びとのリーダーとな 留者がひとりもいないことを確かめた。そして慈悲深い空を見上げるのにふさわしい人なのですよ ) そして、 ( さようなら、ジョナサ ン。あなたの昼が日ざしにみち、あなたの夜が愛にみちたものであ ると、彼女にいった、 ( 用意はできたよ、アンドロメダ ) 闇がおり、恐怖の叫びが周囲でおこった。彼はひたすら沈黙を守りますように ) った。もはやすることは何もなかったからだ。闇は濃くなり、完全白いドレスを着た少女がらせん階段をおりてくる。だが今ではダ な暗黒が訪れた , ーー肌に感じとれるほどの暗黒だった。やがて地表ンス場のフロアは人でこみあい、楽団も待機している。彼女のまわ りにむらがる求婚者たち。楽団はシュトラウスを奏ではじめる がかすかにゆらぎ、見知らぬ空にのぼってゆくクジラの途方もない 音楽にあわせてくるくるとまわりながら遠のいていく彼女を、ジ 外形が見えるようになった。 ョナサンは見つめた。十七歳、そして、もうひとりぼっちではない 恐怖の叫びは大きくなる一方で、大地はクジラの巨大な影にすっ ぼりとつつまれていた。だが、それもほんの短いあいだだった。アのだ。 ンドロメダの姿は上昇するにつれてみるみるちちまり、星影がその ( さようなら、アンドロメダ ) 涙が頬を伝っていた。神さまのご加 あとにおずおずと現われた。つかのま彼女は大きな月のように空に護を !