「どうしたんだ ? 友だちと喧嘩でもしたのか」 「ぼく見たんだ」 「ちがうよ。ただ : : : 」 「そうか。じゃ、知ってたんだな。お父さんが帰って来るときも、 道路いつばい、たいへんな血さ。近所の店の人たちがみんな、水を 「ただ、何なんだ ? 」 子供は、ちらっと母親を見てから、幾分、声を低めて父親に言っ流して洗ってたがね。あの、おじいさん、そんな犬を、大事に抱い て帰ったんだってな。だから、ずっとアパートまで、血の跡が続い てたいへんなんだが : : : 」 「あの、不思議な虫のこと」 子供は、じっと目を伏せていた。 「不思議な虫 ? ああ、例のじいさんがくれたやっか」 「うんー 「あの、じいさんと言えばな、さっき、ひどい目に会ったようだ な」 きみは老人に出会ったことがないか 「ひどい目って ? 」 老人の目を見たことがないか 「じいさん、雑種の犬を飼ってたんだが、そいつが車に轢かれたら老人から虫をもらったことはないか 虫を割ってみたことはないか 「うん」 虫のかたちの星空 「うんって何だ」 以好評重版出来 ! 工 ヴ ノ ワ カ ャ 地獄の家 ( 映画化名 / ヘルハウス ) リチャード・マシスン / 矢野徹訳 一面に立ち込める緑色の霧の中に、巨人のように そびえたつべラスコ・ハウス。過去に二度の調査 隊を受けいれ、一人を残して皆殺しにした地獄の 家 ! その謎を探る四人の男女は得体の知れぬ幽 。正統恐怖小説 霊現象に翻弄されるのだった・ : の傑作 ! 二十世紀フォックス映画化。九三 0 円 209
て、ぐっと胸に押しあてるようにした。ちょっと悲しそうな目をし ていたが、怒っているようには見えなかった。 はねた車は停っていたが、老人がそのまま人混みを抜け、ゆっく 翌日、子供は学校から帰ると、すぐに外へ飛び出して行った。 りアパ 1 トへ歩きはじめると、排気ガスをふかして走り去った。 昨晩、父親に教えられた、煉瓦のアパートへ行ってみよう。 「ねえ、大丈夫 ? 」 なぜか、自分では分らないが、また、あの虫を飼いたくなった。 ア′ 1 ト の前で、うろうろしたが、どこが老人の部屋か分らなか子供は言った。 老人について歩いていた。 そのとき、キキッとタイヤのきしみが、道路のむこうできこえて「うん、うん」 「ねえ、大丈夫かなあ」 来る。 「うん、うん」 キャン、と大の悲鳴がきこえた。 老人は、ただ軽くうなずき、はっきり答えを返さないまま、いく 向うの角に人だかりが出来る。 らか片脚を引きずるように、アスファルトの上を歩いて行く。 事故みたいだな ? 「ねえ、死んでるみたいだよ」 走って行って子供は見た。 茶色と黒の雑種の犬が、道路にべたんと倒れていた。あの老人が「うん、うん」 傍らにいて、じっとそれを見降していたが、やがて両手で抱えあげ「あ、ずいぶん傷がひどいよ」 本年度ノドベル医学・生理学賞受賞 コンラート・ローレンツの名著ー 日高敏隆訳 6 3 0 円 " ソロモンの指環 早川書房 207
あの、おじいさん、いつもモヤシね。 なところにとりついてたりしたが、部屋から出ることはないようだ そう言えば、そうだね。モヤシは安くて栄養がある。 何してる人だろ。 やがて一週間ぐらい経った頃に、虫はノートの上で死んでいた うん、最近、なんか、やってるみたいだね。まあ、趣味みた が、子供はそのまま棚の上に、虫の死骸を乗せておいた。 虫を買った翌日には、夜店は終ってしまったから、あの老人に出 いなもんだろうが。きっと年金かなんかで暮していて、ずっと、な 会うこともなく、子供も、むろん、その父親も、すっかり虫を忘れんにもしてなかったけどね。 てしまった。 通りをへだてた八百屋の前から、そんな会話がきこえて来た。 最近は何をやっているの ? うちにミカン箱、分けてくれって、ときどき来てね。虫カゴ それから、およそ、ひと月経った。 みたいの作っちゃって、ぶらさげて出ることが、たまにあるね。 土曜日で会社が早く終り、まだ明るさの残っている街を、父親は カプトムシか何か、ふやしてるのかな ? 家へ向っていた。 まあ、そんなところだろう。あれは、わりと、いい商売らし おや、あの老人だな ? いよ。ま、なんか、やってなきゃね。誰もたずねて来るわけでな 父親は思う。 高速道路がカー・フを切って、近くの川に向うために、取り壊しを あら、息子とか孫とかいるでしように。 いるだろうが、見たこともないな。ま、きようびは、年寄り はじめた街の一劃、古い煉瓦造りのアパートがある。いまでは、窓 に板を張ったり、雨のしみがひろがったりして、すっかり見るかげのめんどう見るの、はやらないしね。 あら、あれは、はやりすたりで、やるものなの。 もない建物だが、むかしは、きっと飛びきり洒落た、建物だったに ちがいないな。 八百屋の前で笑い声がはじける。 そう、ときどき思って眺めて通るアパ ートの中へ、小さな新聞紙ひどい話だが、それも真理さ。 父親も苦笑し、歩きはじめる。 の袋を、大事そうにかかえた老人が、道を横切り、消えて行った。 しかし、あの老人、あまり、さびしそうには見えないな。あのア 老人の後を茶色と黒の、尻尾の垂れた雑種の大が、とことこ歩い ートも、もう何日かすれば、きっと壊されてしまうだろうに。 て、ついて行った。 し。 2
「クソムシなんて、へんな名前」 じっさい虫が臭うわけでもないし、幸運の虫なら、持っててもい 「そう、動物のフンが好きだからね。エジプトならラクダ、そいっ のフンを、くるくるまるめて転がして集める。ああ、スフンコロガ ふたたび、父親が軽く笑う。 シっていうのも、そいつの仲間だ」 「それに、あの、おじいさん、催眠術師かも知れないぞ。なんだ 「ふーん ? なんだ糞虫かあ。でも、どうして、これが不思議なんか、じっと見つめられると、だんだん、虫が欲しくなったろ」 だろ」 「うん、そう言えば、そうだね。でも、ただなんだから、 しいと甲ル うな」 「灯りに向って飛ばないってのもフンを集めるには飛ぶ必要がな そういう理由かも知れないじゃないか ? 」 「うん」 子供はちょっと立ちどまって、掌の中の虫を眺める。やがて、ふ たたび、歩きはじめる。 %NW-SF 東京都杉並区堀ノ内 1 丁目 6 ー 6 柏倉マンション 3 0 4 NW—SF 社振替東京 114552 雑誌コード 7013 お待たせいたしました 、、 V—S F10- 号は 創刊五周年記念特大号なのです。 4 月 1 日一斉発売 / 10 万定価 450 円送料 100 円 ☆創作特集 黒井千次 真夜中のニュース 書評「加納信高」 半村良 猿と大日如来と蒸気機関車 中村宏 石川喬司 穴のなかの冒険 流れガラス S . R . ディレー ☆中篇ⅱ 0 枚一挙掲載 ラングドン . ジョーンズ レンス・の目良 虫 ☆ J. G . パラード第三特集 机をど 独占インタビュー パラード / 国領昭彦に放 国領昭彦いしが ・会見言己 たて不 評論 : ヴァギナを使え J G. パラード りお思 イ乍品 : 火山は踊る J G . ′くラード 壁たか 連載評論 透視あるいは物質界への射影幾何学く下〉い ら な 田中隆一た A. C. クラークと B. W. オーノレディス が く小説世界の . 小説ー 3 > 山野浩一 天 共産主義的 S F 論く 8 > 大久保そりや井子 連載長篇 は カ 時は乱れてく 4 > P . K . ディックレ 自 佐野美津男ン分 街の冒険者く 2 > の ☆′ヾックナンノく一は 4 号から残っております。 4 号 ( 250 円〒 100 円 ) 特集ーーー内宇宙の迷宮を さ 止な 5 号 ( 300 円〒 100 円 ) ノト説特集 6 号 ( 300 円〒 100 円 ) J. G ノヾラード再び / ロ 屋 7 号 ( 350 円〒 100 円 ) 英米ボーランド三人集た 画 8 号 ( 350 円〒 100 円 ) 特集ーーーいかに終るか 9 号 ( 400 円〒 100 円 ) 特集ーーー S F クリティク ☆ 4 号残部少。本社まで直接お申し込み下さい。 も ん 205
そう言えば、さっき、持ってけば分る、そんなふうに老人は言っ をあけ、小さな黒い甲虫を一匹、掌に乗せて取り出して来た。 こ 0 「何かな ? 」 「ふーん ? 」 二本の指で、つまみあげて、子供は父を振り返った。 「うん、甲虫類にはちがいないが、何ということもない種類だな子供は、しばらく首をかしげ、父親、虫、老人と見る。 「じゃ、・ほく、もらってくけど、どこが、いったい不思議かなあ」 あ」 「そうだね。まず、第一に不思議なことは、この虫は、ほかの昆虫 「クワガタのメスでもないみたいだし、ホタルでも何でもないんで のように、灯りに向って飛んではいかない」 しょ ? 」 「ほんとう ? 」 「ホタルなんかより、きれいな虫だよ」 「そう、ほんとうさ。何なら、掌に乗せててごらん。どこへも飛ん 老人が、そう声をかけて、じっと子供の目を覗きこんだ。 でいかないから」 「きれい ? この虫が ? 」 「ああ、ほんとうだ」 「そうさ」 「第二に : : : まあ、それはよしておこう。きっと、いまに分るから 「ふーん ? 」 いぶかしそうに首をかしげ、裏表、虫をあらためてから、子供はね」 「ふーん ? 」 ふたたび老人を見る。 子供は虫を掌に乗せ、父親と一緒に家路をたどる。 老人の目がじっと見返す。 どことなく深い、どことなく虚ろな、それでも陰気な感じはしな街灯の下を何度か通る。 たしかに虫は飛んで行かない。 、そんな感じの目の光だった。 いきなり軽く父親が笑った。 「いくら ? 」 「そいつはスカラベ・サクレじゃないかな ? 」 やがて子供が言った。 「スカラベって何 ? 」 「ただ」 「スカラベ・サクレって虫さ。エジプトなんかじゃ幸運をはこぶ神 老人の目がすっと笑う。 聖な虫で、その虫のかたちのアクセサリーが、すいぶん古代から、 「ほんとに、ただ ? 」 あるみたいだけどね。まあ、いうならば糞虫の一種さ」 「そうさ」 8 っ 4
その老人は虫を売っていた。 そう背は高くないそんな建物が老人の前に大きな虫カゴらしいものがあって、どうやらミカン箱 木造モルタルとかコンクリート、 ごたごたとひしめいている町中、うっすらと埃をかぶった樹木のかで作ったらしく、網戸の網が張られている。 たまりがあり、その向うに神社の屋根がみえる。 どうやら何かがうごめいているが、老人の〈店〉には電灯がなく 年二回、その神社の縁日があって、アスファルトの上に夜店が立て、 , はっきり中は見えなかった。 座っているのも狭い隙間で、きっと両隣りの夜店のあいだに、後 から割りこませてもらったのだろう。声をかけるわけでもなくて、 アセチレンの匂いこそしないが、夜店の灯には雰囲気があって、 ちかくのハン・ハーガーの店や、自動洗濯機を貸す店の灯も、すっかじっと座っているだけだから、気付く者も少なかった。 り、しらけてみえてくるのだ。 「ねえ、何売ってるの ? 」 しかし、そんな灯の持っ力も、来年あたりはなくなるかも知れな子供が前にしやがんで言った。 「虫さ」 あたりは、いわば発展途上町、工事中の高速道路が、すぐ近くま老人はすっと目たけで笑う。 で延びて来ていて、縁日の立っ道路中央、いまにコンクリートの支深いしわ、まっしろの脂気のない髪、長くのびた無精ヒゲ、た 柱に乗った巨大な影が横切ってしまう。 だ、だらんと体にまつわりついた、古いスタイルの洋服だけは、ど うやら生地だけはよさそうだった。 神社の横に板囲いがあるが、その中では深い穴が掘られ、まもな く鉄骨がによきによき現われ、白亜のマンションが建ってしまうは「何の虫 ? 」 「不思議な虫さ」 「どんなふうに ? 」 その板囲いの前まで延びている夜店の、綿菓子売りと金魚売りの 「さあ、どうだかな」 あいだ、一枚のゴザを敷いた上に、その老人は座っていた。 「からかわないでよ」 「何なの ? 」 「持ってけば分るさ」 子供は、うしろの父親にたずねる。 「ちょっと見せてよ」 「何かな ? 虫カゴみたいだけど」 ふん、ふん、そんなふうに、うなずいてから、老人はカゴの裏側 「うん、それは、分ってるけど、いったい、何を売ってるのかな あ」 203
り連イ乍続 , 街の博物誌パ、 . 、ト 1 星 " 空 ラ可里予典生画—新井苑子 202
最新刊 リイ・ハリスン浅倉久志訳 呷、殺意の惑星 , を苛酷な自然の支配するディス星をとらえた狂気の自殺行為とは ? 果してその真相は何か ? 定価四六〇円 3 アイサック・アシモフ小尾芙佐・浅倉久志訳 火星人の方法 の真髄を一貫して追求する科学者ライター、アシモフのカ作中篇をここに結集する ! 定価五三〇円 ストルガッキー兄弟深見弾訳 幽霊殺人 とある山荘に続発する怪事件ーーー幽霊の出現、被害者なき殺人、密告の手紙、そして・ : ズ む ジェイムズ・プリッシュ岡部宏之訳 星屑のかなたへ 玄ス 銀河の渡り鳥クリス少年の成長を、叙情的な筆致でつづった《宇宙都市》シリーズ第四弾 ! 定価四二〇円 カレル・チャベック栗栖継訳 程シ、 : 山椒魚戦争 里 LL 南海の孤島で発見された人語を解する奇妙な山椒魚は、やがて全世界を席捲するのだった ! 定価六八〇円 の (D ストルガッキー兄弟・他深見弾編。他訳 アトランティス創造 史ワ 偉大な文豪たちをうんだロシアの風上が育くむ作品群の、最新の成果をここに結集 ! 定価六〇〇円 LL カ 近刊 ( 仮題 ) 果てしなき永 ~ 劫 世界 (DLL 傑作選 存在の図式 ロジャー・ゼラズニイ小尾芙佐訳 ウォルハイム & カー団精二訳 ジェイムズ・ホワイト伊藤典夫訳 . 定価五〇〇円
三能め瓣 をを幸第を幸纛第第第を安第を安安第を安安第をを安第を幸 ハヤガワ文庫 JA ( 幸第幸 を、 = 、をい 幸第第第を第をを第をを第を第を幸第をを幸第ををを幸幸 第第幸幸筆ををををを第ををを幸第をみを第を当第を幸 最新刊 既刊 49 点 進化した猿たち I 星新一 予価 260 アメリカ漫画と工ッセイストとしても名高い著 者との絶妙なコンビネーションで贈るエン・セイ集 幻覚の地平線 田中光ニ 価 290 管理社会の重圧に挑戦する人々を、躍動する筆 致で描く表題作はか、アクション S F 二編 ! アリスの不思議な旅 ■好評既刊 0 亜空間要塞 半村良 奇妙な妻 眉村卓 産霊山秘録 半村良 価 300 価 320 価 490 石川喬司 価 300 本邦東西朝覚書 小松左京 イ西 320 昇天する箱舟の伝説 馬は土曜に蒼ざめる 筒井康隆 改体者 豊田有恒 0 近刊 0 復讐の道標光瀬 龍 価 270 ・価 250 矢野徹 最終戦争 今日泊亜蘭 人間そっくり 安部公房 ハイウェイ惑星 価 220 価 280 価 320 石原藤夫
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