TUTTO IN UN PUNTO 載・ニロ料 だれもがそこにスシづめになっていたっていうのにだー 「エドウイン一・ ・ ( ツ・フルによって始められた「スシづめになっていた」と言ったけれど、これはま 星雲拡散速度の計算を通じて、その拡散の開始すあ、文学的なイメージをかりたまでのことでね、実際に る以前に、宇宙の全物質がただの一点に集中しては、つめこまれている空間だってなかったさ。わしら一 いた時点を確定することが可能である」 人一人の、そのそれそれの点が、わしらみんなのいた点 であるそのただ一つの点で、それそれ他人の点ひとつひ もちろん、何もかも、みんなそこにいたとも ( と、 とっとびったり一致していたんだ。要するに、た力しに Q ( w 「 q 老人が言った ) 。さもなくって、どこにいられた邪魔をするとか、されるとかいうことさえなかった。た ものかね ? 空間の存在が可能だなんてことは、まだだだ性格という面だけは別だがね、というのは、空間のな れも知りゃあしなかったからね。時間にしたって、然り いときに、ベル ・ベルさんみたいないやな人が 9 だ。時間がわしらにとって何になったって言うんだね、 いつも足もとにまとわりついているってのは、 . これ以上 ミ 丿グ〆 vJl 、み〃アれれい
ドンは紙を脇へ押しやりながら、ぐったりとした様子で スチグスはロがきけなかった。彼の中で世界が崩壊し っこ 0 た。星々が落ち、空が崩れ、神々が死んだ。彼自身も死 彼は寒そうにして手をこすると、それを厚くて温かそんだ。 うな毛布の中に入れた。 ゴードンの手が、やせ細った皺だらけのとかげみたい スチグスは気が狂いそうだった。判決文が書き上げらに毛布の下から這い出してくると、彼の肩に触れた。 、・ . れており、それには署名と印もあった。だが、論証冫 こよ「元気をだしなさい : : : 覚えていますか、私がきみに、 手抜かりがあった ! きわめてささいな、ほとんど眼に左旋回光子の本質にどんな価値があるか訓いたことを。 つかないほどのだが : : : 雷にうたれたような激しい衝撃きみは答えなかった。そんなことを考えてもみなかった とともにスチグスは論拠のすべての鎖をいっぺんに理解んじゃないのかな。私が答えよう。科学の目的は何だと し、ゴ 1 ドンの考えていることが分った。そして彼はそ思う ? 」 のことをよく考えてみた : 「何でしようか ? 」スチグスはおおむ返しに訊き返し こ 0 ありえない ! 絶対にそんなことは信じられないー 2X3 ・手抜かりはおおうべくもなかった。それを隠すことは不「人類の幸福だ。科学が人間を幸せにできなかったら、 2 ・可能だ 0 た。 一体何の為にあるのだ ? たしかに知識は、これは武器 スチグスは眠をあげると、あやうく大声をあげるとこだ。しかし、それがどこに向けられているか全然関心の ろだった。彼の前にいるのは、別人のゴードンだっこ。 ない学者がいるとすれば、そんな科学者は、誰にでも傭 ・ . 臾・腰のまが 0 た、よ・ほよ・ほの、ロもとが落ちく・ほんだ、たわれる外人部隊の兵士よりましだといえるかな ? きみ るんだ頼に褐色の老人斑がある、眼をそむけたくなるよはそこのところを考えたことがないネ、スチグス君。き うな老人だった。彼は聳え立ってもいなければ、髪が・ほみは、未来から現在へ向かって進む粒子である左旋回光 んやりと雲のようにたなびいてもいなかったーーースチグ子を発見したがっている。きっと、私が昔それをみつけ スは、ありのままの彼を、勝手に想像して創りあげてい たように、きみも発見すると思う。しかし、その後のこ たイメージとは全く別の彼を見ていた。そして、スチグとはどうするつもりだ ? その先にあるのは実用化の問 スにしてみれば声をあげて泣きだしたい気分だった。 題だ。人間は未来を見ることができるようになる。そし 「やはり見破られたらしい ・ : 」ゴードンの声がささやて、それを制御する術も学ぶし、そうなれば当然の事 いた、そして老人の声はさらに低い、小声になった。 の成り行きとして、未来がどんな状態か知れば、修正す ・「きみは勇気がある、だから信じなか 0 た、そして今・・・るようにもなる。はたしてそれで人類は幸せになれるだ ・ : そうだ、きみのやり方でも実現の可能性はある。左旋ろうか ? まわりをみまわしてごらん、スチグス君。銀 回光子は存在するのだから、きっと可能性はある。私は行家たちは資本を守るためならどんなことだってするだ その存在を一八年前に見つけだした : : : 」 ろうし、独裁者は、自分の独裁政権を守るために、出世 コント戸ール 2
そう言えば、さっき、持ってけば分る、そんなふうに老人は言っ をあけ、小さな黒い甲虫を一匹、掌に乗せて取り出して来た。 こ 0 「何かな ? 」 「ふーん ? 」 二本の指で、つまみあげて、子供は父を振り返った。 「うん、甲虫類にはちがいないが、何ということもない種類だな子供は、しばらく首をかしげ、父親、虫、老人と見る。 「じゃ、・ほく、もらってくけど、どこが、いったい不思議かなあ」 あ」 「そうだね。まず、第一に不思議なことは、この虫は、ほかの昆虫 「クワガタのメスでもないみたいだし、ホタルでも何でもないんで のように、灯りに向って飛んではいかない」 しょ ? 」 「ほんとう ? 」 「ホタルなんかより、きれいな虫だよ」 「そう、ほんとうさ。何なら、掌に乗せててごらん。どこへも飛ん 老人が、そう声をかけて、じっと子供の目を覗きこんだ。 でいかないから」 「きれい ? この虫が ? 」 「ああ、ほんとうだ」 「そうさ」 「第二に : : : まあ、それはよしておこう。きっと、いまに分るから 「ふーん ? 」 いぶかしそうに首をかしげ、裏表、虫をあらためてから、子供はね」 「ふーん ? 」 ふたたび老人を見る。 子供は虫を掌に乗せ、父親と一緒に家路をたどる。 老人の目がじっと見返す。 どことなく深い、どことなく虚ろな、それでも陰気な感じはしな街灯の下を何度か通る。 たしかに虫は飛んで行かない。 、そんな感じの目の光だった。 いきなり軽く父親が笑った。 「いくら ? 」 「そいつはスカラベ・サクレじゃないかな ? 」 やがて子供が言った。 「スカラベって何 ? 」 「ただ」 「スカラベ・サクレって虫さ。エジプトなんかじゃ幸運をはこぶ神 老人の目がすっと笑う。 聖な虫で、その虫のかたちのアクセサリーが、すいぶん古代から、 「ほんとに、ただ ? 」 あるみたいだけどね。まあ、いうならば糞虫の一種さ」 「そうさ」 8 っ 4
て、ぐっと胸に押しあてるようにした。ちょっと悲しそうな目をし ていたが、怒っているようには見えなかった。 はねた車は停っていたが、老人がそのまま人混みを抜け、ゆっく 翌日、子供は学校から帰ると、すぐに外へ飛び出して行った。 りアパ 1 トへ歩きはじめると、排気ガスをふかして走り去った。 昨晩、父親に教えられた、煉瓦のアパートへ行ってみよう。 「ねえ、大丈夫 ? 」 なぜか、自分では分らないが、また、あの虫を飼いたくなった。 ア′ 1 ト の前で、うろうろしたが、どこが老人の部屋か分らなか子供は言った。 老人について歩いていた。 そのとき、キキッとタイヤのきしみが、道路のむこうできこえて「うん、うん」 「ねえ、大丈夫かなあ」 来る。 「うん、うん」 キャン、と大の悲鳴がきこえた。 老人は、ただ軽くうなずき、はっきり答えを返さないまま、いく 向うの角に人だかりが出来る。 らか片脚を引きずるように、アスファルトの上を歩いて行く。 事故みたいだな ? 「ねえ、死んでるみたいだよ」 走って行って子供は見た。 茶色と黒の雑種の犬が、道路にべたんと倒れていた。あの老人が「うん、うん」 傍らにいて、じっとそれを見降していたが、やがて両手で抱えあげ「あ、ずいぶん傷がひどいよ」 本年度ノドベル医学・生理学賞受賞 コンラート・ローレンツの名著ー 日高敏隆訳 6 3 0 円 " ソロモンの指環 早川書房 207
その老人は虫を売っていた。 そう背は高くないそんな建物が老人の前に大きな虫カゴらしいものがあって、どうやらミカン箱 木造モルタルとかコンクリート、 ごたごたとひしめいている町中、うっすらと埃をかぶった樹木のかで作ったらしく、網戸の網が張られている。 たまりがあり、その向うに神社の屋根がみえる。 どうやら何かがうごめいているが、老人の〈店〉には電灯がなく 年二回、その神社の縁日があって、アスファルトの上に夜店が立て、 , はっきり中は見えなかった。 座っているのも狭い隙間で、きっと両隣りの夜店のあいだに、後 から割りこませてもらったのだろう。声をかけるわけでもなくて、 アセチレンの匂いこそしないが、夜店の灯には雰囲気があって、 ちかくのハン・ハーガーの店や、自動洗濯機を貸す店の灯も、すっかじっと座っているだけだから、気付く者も少なかった。 り、しらけてみえてくるのだ。 「ねえ、何売ってるの ? 」 しかし、そんな灯の持っ力も、来年あたりはなくなるかも知れな子供が前にしやがんで言った。 「虫さ」 あたりは、いわば発展途上町、工事中の高速道路が、すぐ近くま老人はすっと目たけで笑う。 で延びて来ていて、縁日の立っ道路中央、いまにコンクリートの支深いしわ、まっしろの脂気のない髪、長くのびた無精ヒゲ、た 柱に乗った巨大な影が横切ってしまう。 だ、だらんと体にまつわりついた、古いスタイルの洋服だけは、ど うやら生地だけはよさそうだった。 神社の横に板囲いがあるが、その中では深い穴が掘られ、まもな く鉄骨がによきによき現われ、白亜のマンションが建ってしまうは「何の虫 ? 」 「不思議な虫さ」 「どんなふうに ? 」 その板囲いの前まで延びている夜店の、綿菓子売りと金魚売りの 「さあ、どうだかな」 あいだ、一枚のゴザを敷いた上に、その老人は座っていた。 「からかわないでよ」 「何なの ? 」 「持ってけば分るさ」 子供は、うしろの父親にたずねる。 「ちょっと見せてよ」 「何かな ? 虫カゴみたいだけど」 ふん、ふん、そんなふうに、うなずいてから、老人はカゴの裏側 「うん、それは、分ってるけど、いったい、何を売ってるのかな あ」 203
あの、おじいさん、いつもモヤシね。 なところにとりついてたりしたが、部屋から出ることはないようだ そう言えば、そうだね。モヤシは安くて栄養がある。 何してる人だろ。 やがて一週間ぐらい経った頃に、虫はノートの上で死んでいた うん、最近、なんか、やってるみたいだね。まあ、趣味みた が、子供はそのまま棚の上に、虫の死骸を乗せておいた。 虫を買った翌日には、夜店は終ってしまったから、あの老人に出 いなもんだろうが。きっと年金かなんかで暮していて、ずっと、な 会うこともなく、子供も、むろん、その父親も、すっかり虫を忘れんにもしてなかったけどね。 てしまった。 通りをへだてた八百屋の前から、そんな会話がきこえて来た。 最近は何をやっているの ? うちにミカン箱、分けてくれって、ときどき来てね。虫カゴ それから、およそ、ひと月経った。 みたいの作っちゃって、ぶらさげて出ることが、たまにあるね。 土曜日で会社が早く終り、まだ明るさの残っている街を、父親は カプトムシか何か、ふやしてるのかな ? 家へ向っていた。 まあ、そんなところだろう。あれは、わりと、いい商売らし おや、あの老人だな ? いよ。ま、なんか、やってなきゃね。誰もたずねて来るわけでな 父親は思う。 高速道路がカー・フを切って、近くの川に向うために、取り壊しを あら、息子とか孫とかいるでしように。 いるだろうが、見たこともないな。ま、きようびは、年寄り はじめた街の一劃、古い煉瓦造りのアパートがある。いまでは、窓 に板を張ったり、雨のしみがひろがったりして、すっかり見るかげのめんどう見るの、はやらないしね。 あら、あれは、はやりすたりで、やるものなの。 もない建物だが、むかしは、きっと飛びきり洒落た、建物だったに ちがいないな。 八百屋の前で笑い声がはじける。 そう、ときどき思って眺めて通るアパ ートの中へ、小さな新聞紙ひどい話だが、それも真理さ。 父親も苦笑し、歩きはじめる。 の袋を、大事そうにかかえた老人が、道を横切り、消えて行った。 しかし、あの老人、あまり、さびしそうには見えないな。あのア 老人の後を茶色と黒の、尻尾の垂れた雑種の大が、とことこ歩い ートも、もう何日かすれば、きっと壊されてしまうだろうに。 て、ついて行った。 し。 2
ぐっと抱いた老人の腕で、はっきり大きさは分らないが、たしか かな黒い甲虫の背。 に大の腹のあたりに、大きな裂傷が出来ているみたいだ。 やがて子供は腕をのばして、天井の灯りを最初に消し、それから しかし、なぜだか分らないが、傷から何も流れてはいない。 机の螢光灯のスイッチを切る。 「ねえ、どうして、血が出ないの ? 」 闇に目が慣れてくると、かすかな光が机にあった。 「う ? 」 そっと両手を近付けて行き、ちょっと瞑目してみてから、指先で はじめて、老人は子供を見た。 ハリンと虫を割った・ 「ねえ、血が出ないのは、なぜ ? 」 小さな虫のかたちだから、ほんのわずかなスペースだが、信じら 「ふむ」 れないほど遠くにみえる小さなきらめき、星空に似た集合体が、机 老人の目に微笑が浮かぶ。「きみは虫をもらってくれた子だね ? 」の中央に乗っかっていた。 「そうさ」 じっとそれを見つめていると、ぐいぐい自分が引きこまれるよう 「まだ生きてるかね」 で、そのきらめきの周辺の闇は、特別、深い闇に見えた。 「死んじゃったんだ」 「そうか」 老人は、しばらく黙って歩く。やがて、ふたたび子供を見た。 父親の帰った気配がして、子供は部屋の灯りをつけた。 「夜になったら、電気を消してね。虫の中身を覗いてごらん」 毀れた虫が転がっていて、もう星空は見えなかった。 「虫の中身 ? 」 ふたたび灯りを消してから、星空を棚の上に乗せ、それから子供 「そうさ」 は茶の間に出た。 「何がみえるの ? 」 「やあ、いたのか」 「そうさな。ま、今夜、見れば分るさ」 父親は言った。 「うん」 「何してたの ? 何だか、・ほうっとしてるじゃない」 母親がキャベツを刻みながら言った。 小部屋の中の棚の上から、子供は虫をつまんで降した。 机の中央にそっと置いて、しばらく、しっと眺めていた。つやや「うん」 8 2
「どうしたんだ ? 友だちと喧嘩でもしたのか」 「ぼく見たんだ」 「ちがうよ。ただ : : : 」 「そうか。じゃ、知ってたんだな。お父さんが帰って来るときも、 道路いつばい、たいへんな血さ。近所の店の人たちがみんな、水を 「ただ、何なんだ ? 」 子供は、ちらっと母親を見てから、幾分、声を低めて父親に言っ流して洗ってたがね。あの、おじいさん、そんな犬を、大事に抱い て帰ったんだってな。だから、ずっとアパートまで、血の跡が続い てたいへんなんだが : : : 」 「あの、不思議な虫のこと」 子供は、じっと目を伏せていた。 「不思議な虫 ? ああ、例のじいさんがくれたやっか」 「うんー 「あの、じいさんと言えばな、さっき、ひどい目に会ったようだ な」 きみは老人に出会ったことがないか 「ひどい目って ? 」 老人の目を見たことがないか 「じいさん、雑種の犬を飼ってたんだが、そいつが車に轢かれたら老人から虫をもらったことはないか 虫を割ってみたことはないか 「うん」 虫のかたちの星空 「うんって何だ」 以好評重版出来 ! 工 ヴ ノ ワ カ ャ 地獄の家 ( 映画化名 / ヘルハウス ) リチャード・マシスン / 矢野徹訳 一面に立ち込める緑色の霧の中に、巨人のように そびえたつべラスコ・ハウス。過去に二度の調査 隊を受けいれ、一人を残して皆殺しにした地獄の 家 ! その謎を探る四人の男女は得体の知れぬ幽 。正統恐怖小説 霊現象に翻弄されるのだった・ : の傑作 ! 二十世紀フォックス映画化。九三 0 円 209
橋の架橋などを引き合いに出すまでもなく、明治以前の日本の技術 4 はたいしたものだった。文明開化などというが、明治以後、日本人 3 が独自に開発した技術というものが果してあっただろうか ? 大仏鋳造技術や錦帯橋の架橋などをあげると、すぐ、いやあれとて成増から北へ向う道は、すべて避難民で雑踏していた。わずかば 海外の技術の応用に過ぎないとか海外の技術者の配になったものかりの家財を荷車に積み、あるいは背負い、子供や老人の手を引い だとか言う人がいるが、現在の日本で、アメリカの特許を買ってきて、こけつまろびついそぐ。中には大事そうに鍋や釜をかかえてい て物を造ったり、西独の技術雑誌を読んでヒントを得るなどというる者もあるし、二人がかりで長火鉢をになってゆくのもある。子供 のとは根本的に違う。英語の辞書の編纂を思い立った者がアルフアが泣く、親が叱る。そのうちに病人が出る。明日にも官軍対奥羽同 べットから習い始めるようなものだ。大仏の鋳造などというもの盟軍の決戦がはじまるかもしれない。家や畑を守って飛び交う矢弾 の下で命を落すよりも、そんなものは投げ棄てて逃けのびた方がよ は、その過程におけるわずかな失敗でも当事者の生命にかかわる。 その作業場をいろどる火映とみなぎる緊張は、当事の人々の目に、 い。なにしろ、生命あっての物種子だ。 どんなに凄壮で劇的な印象を与えたことか、想像することさえ難土ほこりの中を、黒い流れとなってつづく人々に混って、足をい しい。用水堀を掘る作業もそうだ。地図というものが一般化されてそがせる三人組があった。 ばんてんどんぶり 一人は印半纒に丼腹掛、職人らしいいなせな男。一人は若い女 いず、地形や方位の相関関係が具体的に想像され得ない人々にとっ て、 小川から野火止まで人工の川を掘ると言われても、目に映るので下女風な仕立て。もう一人は、職人と下女に守られる態で、疲れ はたた広漠たる武蔵野の、波のような大地の起伏だけであったろた足を運ぶ、これは粋な稽古ごとの師匠かと思われる減法佳い女。 う。せつかく掘った用水堀が、三年間も空堀のままであったとして鳥追をしのばせる姿に手甲脚絆を用いてはいるが、この騒ぎの中で も、そんなことは失敗にもあたらない。そんなことを考えると、私の馴れぬ田舎道。髪も衣装も白くほこりをかぶり、わらそうりを踏 まえる白い足には血さえにじんでいる。 はなんとなくうっとりしてくるのた。 道路の両側に警戒の目を光らせている官軍の兵士の姿が途切れる みんな総出で川を掘る。水が通ったときは嬉しかったろうねえ。 開発というものはそういうものなのだ。 と、がん丈な木柵が幾重にも設けられ、土を積めたたわらがあちこ 今は見わたすかぎり家やビルが建ちならび、野火止用水の跡は探ちに積み重ねられている。間もなく最前線である。交戦地から退去 する避難民の流れは、この・ハリケードに沿って、北へ南へとのび すのさえ困難だ。 る。 嶋呼 その流れから、つ、とそれたのは三個の人影だった。 あき家になった民家から民家へ姿をかくし、軒づたいに人目を忍 224
変化に虐げられた減びゆく民族 , ーーそのわたしどもがこの砂漠にで、わたしはおまえを許せない。今夜はじめてーーこの数週間ぶり たどりついたのは、きのうのことでした。今夜、わたしどもはあな にーーーわたしはぐっすり眠れることだろう。それもこうして復讐を 8 たの伸び広がった屋敷のそばで野営することにしました。いま、わとげたおかげだ」 たしどもがお願いするのは、たとえ荒れ果ててはいようと、この広ラザレスクはいった。「あなたは自分の一部を殺したのだよ」そ 大な新しい土地の中でほんの小さな場所を貸していただくことだけういうと、彼は目をつむり、息がたえた。 です。わたしどもはそれしか望みません。 わたしは眠りこけているキャラ・ハンの中を忍び足ですりぬけて、 わたしの物語はこれだけです。 家の中にもどった。しかし、眠れなかった。その一晩中、ずっと天 井を見つめつづけていた。ふしぎな変化が、わたしの体内で起こっ 月はすでに沈んでいた。 ているようだった。朝になって、大きなガラス戸ごしに外を眺めた ラザレスクは黙りこんだ。わたしはそれまでの彼の物語のあいだ ~ わたしは、キャラ・ ( ンがすでに出発したのを知った。ジプシーたち 一、二度質問をさしはさんだだけで、大部分は彼のモノローグの一夜の宿りの跡は、なにも残っていなかった。風が掃きよせた細 といってもよかった。いまあなたがお読みになったそれは、できるかい砂がテラスの庭園の上に薄い層を作り、砂丘はわたしの家にむ だけ彼の口調に近づけて書きとめたものだが、ラザレスクの声とわかってじわじわと侵食を進めてくるように見えた。 たしの声とは、そこかしこでおたがいに溶けこみあっている。それそれから三日が過ぎた。電話線はうんともすんともいわない。 は別に意外ではない。 いましがた浴室の鏡をのそいたわたしは、自分の顔がもはや青年 なぜなら、つまり、ラザレスクが語りおわったとき、わたしは落のそれでないのを知った。渋紙のような皮膚が、収縮力でわたしの ちつきはらったようすで腰をかがめ、老人の馬車の車輪の一つにあ頭蓋を締めつけている。しかし、いちばん恐ろしいのは、それでは てがわれていた石ころを拾いあげると、それを彼の前額部へカまか なかった。たえずラザレスクの言葉が思い出されるのだーー「死者 せに打ちおろしたからだ。それからわたしは倒れかかる老人を抱きはもどってきます、つねにもどってきます」しかも、この二晩つづ とめ、ほかの連中の目をさまさぬように、そっと砂の上に横たえけて、怪奇な白熊が砂丘のむこうから現われ、テラスのドアのガラ た。老人は、光を失いかけてはいるがまだ視力のある目で、わたしスに後肢をよりかからせて、立っていたからだ。その獣には、なん を見つめた。 らぶざまなところはなかった。毛なくじゃらで、しなやかで、執拗 「なぜ ? 」と彼は問うた。その質問には非難はこもっていなかった。 だった。そして、小さな火輪花火を燃え立たせたようなその目は、 「なぜなら、あの連中はわたしの友人だったからだ」わたしは答え黒曜石のように堅く、煙った大理石のように暗欝だった。 た。「わたしがおまえのいう宇宙飛行士だからだ。わたしはあの連さてその一方で、わたしの心はーー・わたしの心はこの年老いた顔 , 中とおなじアストロノ 1 トなのだ。彼らが非業の死をとげたこととちぐはぐなのだ。