話 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1975年5月号

話等々 : ・部下の雑兵を呼び集めたるに招きに応じて、味噌漉、米 ・ : 。・ほく揚笊、手桶、小桶の面々、われもわれもと馳せ集まる、 うそ たちがな ころは虚言八百年呑ン気の十三月三十五日の早天、猫の んとなく眼の変わるを合図として、板の間が原に軍勢を集い、座 断片的に敷の領分、備後表の畳ヶ原を指して出軍す。その意気す 知ってい でに満座の諸道具を呑まんずるの勢い見えたり。 かましきあ つづれ るトンチ さても勝手かた寄手の兵は襤褸の二色に黒く釜敷の痕 第噺が展開跡つきたる大雑布の旗を、椽の下風に翩翻と吹きなびか される。 せ、前衛先鋒第一陣には、割鍋野黒太夫綴蓋、炙りおど かぶと ところしの大鎧を着し、勝手胄の緒を堅くしつかと引き結び、 が、これお玉杓子の差物さし、鍋敷の駒に打ちまたがり、鍋蔓掛 らのエ。ヒけたる鉄弓を引きし。ほり、われに刃向う奴原は片つばし にえた ソードの中に、・ほくの知らないものが四つあった。そし よりヒシヒシと煮殺してくれんずと、その沸立っ怒りの て、この四つのエ。ヒソードがどれも的内容で、二五声、グリンガラングリンガランとそ乗りいだしたり。な ぬりぶたほぐ あかなべのつな 三ページの本の半分以上を占めているのだ。 お引きつづいて、赤鍋野綱の末葉鳥鍋五郎塗蓋、草紙 最初のエビソードは、ある秋の夜長、たいくっした秀張りのうちわの前立物に、五徳と名づけても二本不足な 吉に「なにか、おもしろい戦記話はないものか ? 」と、 しる三本足の駒に打ち乗り、菜箸の二本鞭をおっとりてそ われた新左衛門が、自分の家で正月二日に起こった大戦進みいでたるさま天貯れ勇々しく見えにけり。 争の話をする。こんな話だ。 てなぐあいで、台所道具と座敷道共が夢で大合戦を行 工工説き起こしまする、国土は無我有郷の初夢の里、 なうダジャレ擬人講談。ここには、とても紹介しきれな 西か東かはた南か北か、その方角さえもわからざる厄介 いが、両軍の登場人物の名前を読むだけでも、もうべラ i i 孟 長者の召使い釜元三助入道の配下に属する勝手台所のガ ポーにおもしろい。 t-0 ではないが、発想が的で、 ラクタ道具の面々、日ごろ座敷道具のために蔑視せられ しかもダジャレで、その上メチャクチャなのだからこた おるを深く残念に思い、遣恨十年菜切庖丁を磨しつつあ えられない。 りましたが、すでにその戦備も整えたれば、座敷道具の はカり 1 」と ぼくは、新左衛門がこんな話を秀吉にして聞かせたと 左奴原、いで踏みつぶしてくれんずと密々の謀を定めた = 新 いうェビソードは、これまで知らなかった。もし、これ かまど ひのもとっちぬり り、されば討手の大将竈将軍火元土塗公の指揮に従い が事実新左衛門の創作だとしたら、これはちょっとした かまわ いかけのすけしりすみ われな・ヘのくろだゅうとじぶた 失権職割鍋野黒太夫綴蓋、釜輪鋳掛之助尻炭ら各々その発見だ。場合によっては、後から述べるほかのエピソー ところ さいはし

2. SFマガジン 1975年5月号

つきの滑稽家というではないが、とにもかくにも千代田呂利新左衛門」をひいてみた。ところが、百科事典には曾 一 - る城殿中のてこずり老爺。タライ登場なんて馬鹿げたまね呂利なんて名前はどこにも載っていないのだ。すると、 をするのは、とうてい尋常一様の者にはできない芸。こ新左衛門は架空の人物なのか ? ぼくはあわてて、ほか の大久保の老爺もまた、その名を彦左衛門というておの資料にあたろうとした。しかし、この百科事典以外に る。かく仔細に、滑稽洒落の人を、蜷川新左衛門とい ・ほくは新左衛門のことがでていそうな資料をもっていな 、曾呂利新左衛」と 、、、よたまた、大久保彦左衛門 。しかたがないので、小学校四年生の姪にたずねてみ たら、姪は自分の本箱から、東京大学助教授の監修によ というはよくよく揃えも揃った左衛門づくし、ここにな んらかの考えを起こして見ると、まこ、、 , 第国一 ( ~ 一、る歴史なんとかものがたりという本をひ = 插 とにおもしろいことがある。 、を ( ( 、、をつばりだしてきて見せてくれた。する を、 ~ 2 、と、ほんの二 ~ 三行にわたって、太閤の 左 滑稽と左衛門と、果して」かなる関」 ( ま ) ' 、 0 ( 、幸冢 “気に入りに千利休と曾呂利新左衛門がい - 慚係があるか、よく考えて見ると、すべー て使うところのものであるが、その左 。′、一 ~ 綛 ( ( ミた = = = と書いてあ 0 た。東大の助教授が シ第第第電監修した本だから、まず、まちがいはあ は変道とて常平生に異なりたる時に用第す うるところのものである。この右と左、を時。 翻《朝一 ~ るまい。 (l ほくは国立大学の先生のいう ~ ことは、なんでも信じてしまうタイ一フの ば、かの滑稽といい、洒落といい、 ( 、人間だ。だから、スプーン曲げでも念写 なこれ常道に異なる変道である。ゆえ、 診 ~ ば、すぐに信じてしまう。どこかのテレ に、これを名づけて右衛門といわない , 】第 4 ~ 、 ~ ~ で′左衛門という、つまるところは、 これがためである。 一 ( 様」〉第一 ~ 0 一』番組 0 司会者とお〈なじだ ) そ〈な = ~ 一龕・洋一】 ( ) ま・とは確認された。話は先へ、ひかりは西 へと進んでいく。 このヘリクッぶりはどうだ、これは、、ー ( を いよいよものがたりは本筋に入って、作者は新左衛門 どうも勝目がない。これだけでも作者が、この伝記をい かにふまじめに書いているかがよくわかるが、それでものトンチぶりを次々と紹介していく。例の″天と地を 一応、なみの伝記のように新左衛門の出身地、秀吉の家団子にまるめて手にのせてぐっと呑めどものどに 臣になったいきさつなどが説明される。だが、いうまでさわらす″という天地まる呑み狂歌大会の話。秀吉の耳 もなく、これも実にいいかげん。そこで、ぼくは事実をのにおいをかぐ話。米倉ごと袋をかぶせて、米を太閤か 調べようと古本で購入した平凡社の国民百科事典で「曾らせしめてしまう話。百畳の大広間に銅銭を敷きつめる

3. SFマガジン 1975年5月号

ドと合わせて、曾呂利新左衛門は平賀源内級の日本 がなされるが、全体通してはごくつまらない風刺小説 だ。、まったく、紹介する必要のない本なのだが、新左衛 的読本の祖ということになるかも知れない。もっとも、 このダジャレ軍記のような人間以外の動植物、あるいは門 のガラクタ軍記を読んでいるうち、こんな本を持って いることを思いだしたので書いてみた次第。それにして 金石水土器物を人間に見たてた擬人小説は、すでに室町 時代の草紙物の中に数多く見られるから、それを新左衛も、家財道具に戦争をさせてみたり、そのあいだを旅行 門がおもしろおかしく、秀吉にして聞かせたとしてもふしてみたり、世の中には本当にいろいろな人がいるもの しぎはないことはないのだが : だ。そういうカ・ハ力しい話を探しだして紹介している なお、これは余談だが、家庭内の器物あるいは装飾品ぼくも、いろいろな人の中の一人だけど。 を人間ならぬ自然風景に擬した小説というのもある。人話はもどって、先のダジャレ講談をすっかり気に入っ 間に擬したものなら擬人物だが、こういうのはなんと呼てしまった秀吉、しばらくたって、ふたたび新左衛門に ぶのだろう。明治三十四年、前田貞次郎の書いた「寓意「また、この間のようにおもしろい話をして聞かせい」。 ニッコと笑った新左衛門、またまた講談調で話をはじめ 小説屋内旅行」た。 た。これが二つめのエ。ヒソード。 ある貧之神にとり憑かれた宿六将軍と名乗る男が、旅 に出てみたいが金はない。なにかいい思案はないものか と部屋を見回しているうちに、そこにおいてある道具類工ヘン、さてもここに貧州借銭城の大愁貧乏正智難中 にもなかなか風情があることに気づき、屋内旅行をして納言負好公は、貧乏神の告げにより、かの福富の金威を みようというもの。出入の関所から出発して、畳峠、障嫉み福者を一時に借り倒さんものと無分別なる貧性を集 子が関、火め観楽城を攻亡し、貧乏を心のままにせんものと諸国へ 〉、ざを、を第一、皺第 = ( 震 ~ ~ 0 ・ ) 。 ~ ~ , 淵、書そ 0 よし檄文をも「 = 触れ知らすれば、およそ世上 = 九 " 像に . 一 ) 、、。物町、棚上分九厘貧者の味方につきましておざれば、貧方大いに勇 神社などを気を増し中にも、軍師工面将監安は諸将に下知して備 " を巡り歩くとえを立て、すでに軍配定まりて観楽城を借り倒さんとそ の出陣をそいたしましておざる。 いう趣向。 頃は証文観念限月近き日、借銭城を進発なす。その先 しやっきんおうみのかみとします ねんしゅうこまる いつの間に鋒第一陣には年州小犱の主借金負身守歳益、第二陣は ・ : 各々前後を乱 かミ = 人間着気のの城主泰嘉身濃守冬難、 おおはた さず汚れに穢れしフンドシの黄金色なる旌旗を朝風に翩 になってい ン物〔一て、その視翻と吹きなびかせ、ぼろの吹貫き馬印「みなそれそれの さしもの 点から描写挿物に虱はわせて立ちならべ、その貧相はいわんかたな 前田貞次郎作「寓意小説屋内旅行」表紙 3 :

4. SFマガジン 1975年5月号

目が、モイシャ・ユーファーウォーナーだ」 「そのモイシャの話を聞きたいものだね」 「モイシャはいいやつだったよ。だから、よけいかわいそうなん だ。おかしなのは、何が彼をいまわしい海にひきよせたかというこ とだな。十年考えたって、おまえさんにやわからんだろう」 「ああ、波止場女でないとしたら、ちょっと見当はつかないな」 「こいつあ驚いた。むちゃくちゃな話はいろいろあるが、そんなむ ちゃくちゃな話はますないだろう。ところが図星、それが真相なん だ。といっても、必ずしも女とはいえん。そうなる可能性がある ( 哲学者にいわせれば、そういうことかな ) 、つまり、年端もいか ない娘なのさ。 だが、そこまでいわれてはしようがない。一部始終を話すとしょ うか」 話は十年前にさかの・ほる。そのころモイシャはコちょ 0 と前 で、海とは直接関係のない、高利貸というまっとうな商売を父親と いっしょにやっていた。だが客の中には海の男も多くて、海の男と いうのはいのちがけの仕事だから、利息もふつう考えるよりいくら か高かった。 モイシャは取立てなんかをやりながら、商売を勉強していたわけ だ。それで、海のにおいがするところへも行くことになった。物の わかった人間ならみんなそうだが、これはモイシャにはあまりそっ としないことだった。そういうわけで、青魚亭へ行く用事もでき た。波止場のレストラン兼バ 1 兼下宿屋だ。 店の主人のひとりつ子で、十二になるびつこの娘が。ヒア / をひい ていた。ほかにいろいろ気をとられていたこともあって、娘の。ヒア 当ⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ スミコミケ』についても、訳者の米川良夫氏が別欄で書いておられる ので、ここではくりかえさないが、こんなおもしろい本はめったにな いということだけは強調しておこう。雄大な宇宙の歴史を背景に、哲 学的な大問題から日常の些事まですべてをひっくるめて描かれるこれ らの物語は、夢幻的で、神話的で抒情的で、しかも抱腹絶倒だ。・ほく は英訳で読んだのだが、たとえば最後の恐竜のエピンードのほろにが い幕切れとか、銀河系の公転周期をはかるため、ある場所に印をつけ てどうのこうのという、あのドタタ漫画風の物語など、今でもなっ かしく思いだす。そのうちのいくつかは、本誌に引続き掲載され、や がて全訳されて一冊の本になる予定だ。 「薔薇の荘園」のトマス・ スワンは、一九二八年生まれ のアメリカの作家。本職は英文学を教える大学教授で、作家の評伝な どの著作も数点あるようだが、六〇年代前半から ( 小説それも、すべ てファンタジイ ) を精力的に書きはじめ、長篇 Wolfwinter ( 狼の 冬 ) 、 The Goat Without Hors ( 角のない山羊 ) ほか十冊近くをも のしている。 スワンの特徴は、作品の素材をすべて神話や民話に求め、それを現 代発な視点から描いている点で、この「薔薇の荘園」も例外ではな 。伝説の魔物マンドレイク族の謎を興味の中心にすえ、十字軍の騎 士が子供たちの憧れであった十三世紀はじめのイギリスを舞台に展開 される、スワンのおとなのおとぎ舌よ、リ」 言 ( 倉甲二百号を迎えようとして いる「マガジン」でも、ちょっと類のない異色作だろう。 「チャリテイからのメッセージ」の作者ウィリアム・・ ては、ほとんど何もわからない。なにかの研究所の管理職にあって、 そのかたわら & 誌などにときおり短篇を発表している。 マイクル・ビショッ。フは、先月号につづいて再登場。処女長篇 A Funeral for the Eyes of Fire ( 炎の瞳のための葬儀、と仮りに訳 しておこう ) か、つい最近出版された。作家払底状態のわが国と ちがって、アメリカでは未来の大物と噂される新人が続々と現われて くる。 ・・ラフアティは、すでに本誌の読者にはおなじみといってい いだろう。「みにくい海」は、一九六一年、リテラリイ・レビュー ( 文芸評論 ) というリトル・マガジンに発表されたラフアティのもっ とも初期の作品。とてつもなく変な小説であることは保証する。 ( 訳者 ) ⅱⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ聞ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ 7 3

5. SFマガジン 1975年5月号

えた。しとになっている。 かし、そ の後がい ここに中昔のことにや、広庭のかたわら草村国の かまきり けない。 虫のあるじをば、大将官蟷螂の大臣とて、家に伝わる斧 ) 一味方の兵をと 0 て、隆車に向う名将たり。政事正しく、吹く風草 におか木を動かさす・ : 、、・ 1 一導一め、ひょ っとこの こんな流暢な文章ではじまる虫の擬人化小説。このカ 面をつけマキリの娘が玉虫姫で、これに恋するのが光源氏螢。そ " ・ ( させて戦して、もうひとり草村国の隣国築山のあるじ土グモ。途 おうとい中、いろいろあるが、最終的に草村国と築山国の合戦に 、つ 0 1 」、つ - なる話だ。これも、ストーリイ的にはさして見るところ すれば、 のない擬人物なのであらすじははぶく。 敵が笑いだして味方の大勝利というわけだ。 さて、これでこの伝記小説の半分以上を占める四つの さらに、それでも敗れてしまったら、犬死せずに化物的ェビソードを見たわけだが、あなたは、これらが になって敵を呪い殺そうと、まじめな顔で進言するの曾呂利新左衛門の創作になるという話を、これまでにど で、さすがの村上義清もあいそをつかし、とうとう、こ こかで聞いたことがおありだろうか ? 勉強不足かも知 こもクビになりかけた。その時、すわ敵襲。義清が軍師れないが「ぼくはこの書によって、はじめて知ったの 孟八郎はと見れま、、 ーしつのまにかもう三十六計逃けてい だ。先にも書いたように、もし、これが真実新左衛門の る。義清はたと手をうって「ふむ、はじめて孟八郎がよ創作だとしたら、これは古典を研究するものにとっ い方法を教えてくれた。俺も逃けよう」と城と家来を残て、ゆゅしき一大事だ。なぜなら、四つの物語をお読み して姿を消してしまう。 になっておわかりのように、これらは、もちろん現代の とかかわりを持つものではないけれど、例の平賀源 この話も、ではないが孟八郎の考える新兵器、新内の「風流志道軒伝」や遊谷子の「和荘兵衛」と同程度 : 絵戦法が ( こじつければ ) 的でおもしろい。なによには的である。さらに「日本霊異記」や「今昔物 に插 り、あまりにも・ ( カ・ハ力しいところが、楽しい 語」をもの源流とするなら、これらよりははるかに ~ 紙 そして、・ほくの知らない四つ目のエ。ヒソード。これ発想が的に思えるからだ。 は、新左衛門の小説だ。題名は「珍説虫合戦物語」。作 となると、今後、日本前史を語る時、その源流に 者によれば、新左衛門が秀吉に読んで聞かせたというこ平賀源内や滝沢馬琴とならべて曾呂利新左衛門の名を書 : ゖ 6 :

6. SFマガジン 1975年5月号

彡イ こうして、わしは の辺にはまた、何か御用でも ? 」 いう点にあるのだ。噂を立てられることだってなかった。 彼がパヴィーアで、プラスティック製品の代理店をやっ親しか「たデ・ア = ア氏といっしょに寝床には、 8 ったことは有名な話だ。しかし点のなかで、もしそこに 彡・イ一ているということを聞きだした。相変らず昔のままで、 銀歯をのそかせ、花模様のはいったズボン吊りをしてい ・ヘットがあれば、それはその点全体を占領しているのだ こ 0 し、したがって、そこでは寝床にはいることなど問題に 「あっちへ戻ったら」と、彼はひそひそ声で言うんだ。 はならず、ただ寝床にいるというだけの . ことなのだ。っ 「気をつけなくちゃいけないのはですよ、今度は遠慮しまり、この点のなかにいるものならだれだろうと、その てもらいたい人がいるってことですよ : : : もちろん、おべットのなかにもいるということになるのだからな。こ わかりでしようけど、ほら、例のäの一家ですよ : ういうわけで、彼女がわしら全員といっしょに寝床にい るということも、これまた如何ともしがたいことだった わしはよっぽどこう答えてやりたかったよーーその話のだ。もしこれがほかの人だったら、いった、、ど ならもう一度ならず聞かされてます、それも最後にこうどかげ口をたたかれたか知れたものではなかったろう つけ加えて言う人たちからですよ、「ほら、おわかりでさ。棚おろしのお先き棒をかつぐのよ、、 をしつだってあの しよう : : : 例のベル・ベル氏のことですよ・ 掃除女の仕事だったし、ほかの連中だってその尻馬に乗 ・ : 」ってね。 ることに否やのあろうはずはなかった。さん一家の で、こんな危かしい話題に引きこまれてしまわないう こととなったら、まるでほんの気晴らしといったように ちに、わしはあわてて、こう言ったものだ。「ところして、そ 0 とするようなことをあれこれと聞かされなけ で、夫人にまた会えるでしようかねえ ? 」ればならなか 0 た・ーーやれ、父親だ娘だ、兄だ妹だ、母 「ああ、そうですよねえ : : : そう、あの人 : : : 」と、や親た叔母だとねーー・わしら、怪しげなほのめかしには、 つめ顔をあからめてつぶやいていた。 どんなことにも相手にはならなかったがね。ところが、 ひと あの点に戻ってゆけるという希望は、わしらみなにとあの女といっしょだと、まるで違うのだ。あの女がもた っては、とりも直さずもう一度±(•-)zæe 夫人と再会らしてくれる幸福は、わし自身が点となって彼女のなか できるための希望でもあるのだ ( そんなことを信じない に姿を隠していられることの幸せであると同時に、また わしにとっても、思いは同じだとも ) 。そのときも、わわし自身のなかに点となっている彼女を保護してあげて しら二人は例に違わず、喫茶店のなかでしんみりと、あ いるという幸せでもあったのだ。これはいかにも淫らな の女の思い出話にふけり始め、この回想の前では、ベル 瞑想である ( 何しろ、みながみな彼女のなかにただ一つ ・ベル氏の嫌らしさも色褪せてゆくのだった。 の点となって雑居しているのだからな ) ーーーと同時にま 夫人のこの偉大なる秘密は、わしらのあこ、、、 ナし力にもけがれを知らぬ考えでもあったのだ ( なぜ いだにけっして嫉妬の感情を起させることがなかったと なら彼女ははいりこむ余地のない点なのだから ) 。要す ひと

7. SFマガジン 1975年5月号

は満腹したんだと自分に言いきかせた。シャデラクはいそいで最後ラク、メシャク、アベデネゴの三人が贈り物をもってあらわれた。 わたしの息子のものだった楽器だ。ルースにはレベックーー・弓で音 の一羽を台所へ持ちかえった。 食事が終えると、少年たちはわたしに彼らの冒険を語ってくれをだす、梨の形をした三本弦の東洋の楽器だ。少年たちには、おそ た。互いに、こんな茶々をいれあいながら話をすすめたーー「ジョ ろいの小太鼓。スティーヴンはそれを身体にしばりつけ、ジョンは ン、おまえが彼女に胡椒草のはえた小川のことを言ったんだそ」と頭に布を巻いた木のバチで叩き始めた。 か「スティーヴン、きみの戦いっぷりときたらーとか。 ルースはレベックを持ってためらっていたが、とうとう、スティ ジョンのほうがしゃべりなれていたので、彼がおもにしゃべり、 ーヴンが彼女のほうを向いて、言った ハープでも待 スティーヴンはさかんに身ぶりをし、時々、ジョンに文を言いおえ 「ひきなよ、ルース ! なにぐずぐずしてんだい ? てもらうのだった。ルースは少年たちの話がおわるまでひとこともってるのか ? 」 それでルースも少年たちに加わった。少年たちはソウラをぐるぐ しゃべらなかった。それから、わたしの眼を一度も見ず、静かに、 マンドレイクと取り引きをした話を語った。彼女がしゃべっているる回った。先頭をスティーヴン。そのあとをジョンが太鼓を叩き、 絨毯に足を踏みならして行進した。それにルースが加わった。不可 あいだ、わたしは彼女をじっくりと見つめた。恥ずかしいのか ? よそよそしいのだ。そして、信頼していないのだーーー少なくとも、解なよそよそしさなど忘れて、上手にレベックをひいた。シャデラ ク、メシャク、アベデネゴの三人も戸口でぐずぐずしていた。その わたしを。単なる嫉妬ではない。わたしは、彼女がスティーヴンに 感じているらしい愛のライ・ ( ルにはなりえないのだから。そう、彼背後に、サラと、でつぶりして肌の浅黒い娘たちが姿を見せた。 三人が歌いだしても、わたしは驚かなかった。驚いたのは、わた 女の心をさわがせているのは、わたしの美しさではなく、年をとれ ば身につけることになる知恵なのだ。言いかえれば、わたしの成熟しもいっしょになってそのはやり歌を歌っていたことだった。 した知覚だ。彼女にはわたしに知られたくない秘密があるのだ。 夏は近づきぬ 「さあ、贈り物をあげるわ」 郭公が大声で鳴く。 「贈り物 ? 」ジョンが声をあげた。 種子は芽をふき、草原に花さきみだれ、 「そうよ。夕食のデザートはパイじゃなくて、贈り物」 森の若葉は風にそよぐ。 「でも、・ほくたち、あなたにさしあげられる物なんか持っていませ 郭公は鳴く、高らかに。 ん」 「今、すてきな、こわいお話を聞かせてくれたじゃないの。どんな 吟遊詩人だって、こんなにわたしを夢中にさせることなんてできな 一時間ばかりして、聴衆たちが台所へ帰ってしまうと、三人の音 くってよ。あなたにはーーー」わたしは手を叩いた。すると、シャデ楽家はさきほどの食事でたくわえたエネルギーをすべて使いはたし

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は年をくってた。もう何年も生きられねえ身体だづたのさ。この根 ないのだ。人は、愛を得、春をとり戻すためなら、金でも銀でも、 を精製して売った金で、おれたちは新しい犬舎が買えるって寸法 王地でも家畜でも惜しまないのだった。 狩人たちがその恐しい仕事を終えると、息子のほうが二人に微笑さ」 やがて男たちは、次の市のたつ日にこの宝を売る話や、そうして みかけ、マンドレイクのきれはしをさしだした。 「これを女に喰わしてみな。その女、おめえにべたべたへばりつく得た金を密かにどう使うか、どうすれば売りあげの三分の一を領主 に払わすにすむかなどという話をしながら去っていった。それか ことになるぜ」 「彼には、そんなものいらないんだよ」ジョンが言って、ことわっら、二人の少年は大を埋葬した。 「いつも女の子がくつついて離れないんだ。まるで砂糖にむら「この犬にも耳栓をしてやればよかったんだ」スティーヴンが苦々 しげに言った。「それに、むちを使ってこんなことをやらせるなん がるアリみたいなんだから」 「だけんど、おめえには必要だろうに」息子は笑って、片方しかなて ! 」 「大には蜜鑞はきかないよ」ジョンが言った。「少なくとも、そう い眼をつぶってみせた。 いう話を動物寓話集で読んだことがある。大の耳はとても敏感で、 フランスでもイギリスでも、片眼の農奴は珍しくなかった。たい てい、腹をたてた主人につぶされるのだ。喧嘩で眼をやられることマンドレイクの金切り声は蝋の耳栓を通りぬけて、や 0 ばり犬を殺 ・はめったにない。 この若者は、大ホールの暖炉にせっせと薪を運ばしてたよ」 「マンドレイク族がおれたち人間を喰うのは少しも不思議じゃねえ なかったのだろう。 「おめえのあれもそのうち役にたたなくなるぜ。それから砂糖をさな。おれたちがこんな風に、奴らの赤子をひ「ばりだし、切り刻ん だりするんだもの。親乂とお袋のことがなけりゃあ、おれはこの哀 がしたって、見つからねえよー った。「砂糖なんかどっさりあるんだ。一、二年もしてみなよ。彼が伊達男みてえに気取って歩き、女中たちの尻を追っかけまわすっ はまだ十二なんだからーそれから、スティーヴンは犬の死骸を指さてわけだ」 「・ほく思うんだけど」マンドレイクのきれつばしも犬といっしょに した。「あんたたち、グレイハウンドを使わなくっちゃならなかっ たのかい ? 自分じやできないのかね ? 耳に蝋をつめてんだろ埋めおえたジョンが言った。「問題は、どっちがどっちを先に食べ たかってことなんじゃないかな」 「誰でも知ってることだが、大のにうが力が強いんだよ。たちまそれから、彼はスティ 1 ヴンの手にすがった。 「ほく、気分が悪いよ」 ち、マンドレイクを引っぱりだしてくれる。歯をひっこぬくみてえ に、根からなにからす 0 かりとってくれるわけだ。それに、あの犬「だいじようぶだよ」ジョンを片腕でささえて、スティーヴンが言 一 7 6

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「だ 0 て、私はそうじゃないもの。魔女はねーーおお、違うわ、ビ女を連れて行かねばならん」 「だまれ、わしはヘこたれんそ。チャリティはおまえたちもよく知、 4 彼は彼女の内に不安が育まれるのを感じた。 っているように魔女なんかじゃない。それに判事の奴なんかと話を 「行 0 てアーシ、ラにあれは全部嘘だ 0 たというんだ。今すぐに」させられるか。おまえたちも、奴のいやらしいやり口は知 0 ている 「私、牛のお乳をし・ほらなくちゃ」 だろう」 「だめ、今すぐ行くんだ」 「そうたびたびあるものか。こんど魔術が再び甦った裏にはおまえ 「いやよ、牛はお乳をし・ほられないといけないのよ」 の娘がいるっていうのがもつばらのだ」 「仕方ない、今までし・ほられたことのないくらい急いでし・ほ 0 てお「とにかく娘には行かせぬ」 やり」 最初の男が、続いてもう一人が、かくし持っていた頑丈なこん棒 安息日に、チャリティと父親が教会からでてくると、子供たち一 = を背中から露わにしてみせた。 人が彼女に石を投げつけた。オパディア・ペインは一人をつかまえ 「おまえにまず話にきたのは、善意からなんだぞ。今すぐ行って、 けんか て鞭う 0 たので、牧師の仲裁がなければ、危うく少年の父親と喧嘩娘にすんなりわれわれと来るようにいいふくめてくるんだ。さもな になるところであった。 きや、頭に一発食らわされて、今晩は監獄で眠るはめになるそ」 災厄の日が襲 0 てきたのは水曜日だ 0 た。ロもとをかたくひきし彼らは、くしいた手首を握りしめながら苦しげにドアのポーチで めた二人の男が牧場にいるオバディアのもとへと近づいてきた。 黙って佇むオビー ・ペインを残して、チャリティを連れ去った。男 「判事がおまえの娘のチャリティに会いたいといっておられる」 たちは彼女に触れもせず、注意深く両側から距離をとって、丘にあ 「判事 ? 」 る ( ッカー判事の巨大な邸へと歩いていった。村では人々が適度に 「そう、 ( ッカー判事た。すぐにおまえの娘と話されたいそうだ」 小さなグループをつくってドアロから注目していた。そのうちの幾 「もし、奴がなにか娘を懲らしめたいというのなら、わしにまず話人かはこれまで仲のよい友人だ 0 たのに、今は慰めの言葉をかける があるべきだ。一体、娘が何をしたというんだ ? 」 だけの勇気のあるものさえ一人としていなかった。 「要するに魔術の容疑た」二人目の男があたかもこの不吉な = = ー 彼女の苦境に責任を感じながらも何もしてやれない。ヒーターは、 スを楽しむかのように告げた。「ク 0 フツの家のおいぼれ羊が、奇しぶしぶその道程を共にした。彼は家の居間に一人眼を閉じて坐 形の仔を生んだ。斑点だらけのやつれた顔をしていて、余分の眼が り、彼女の周囲の環境を読みとろうと感覚を尖らせていた。彼女は あるやつだ」彼は十字をきった。 この囁きかけてくるピーターの慰藉には耳を貸さなかったが、多 「おお神様 ! 」 分、聞えてもいなかったのだろう。 「不敬な言葉を使うと禄なことはないそ、オ・ ( ディア。今すぐ、彼扉の前で護衛たちは立ち止り 、いかめしい顔の判事に面と向うよ

10. SFマガジン 1975年5月号

0 0 ものも ( ペリリウムの同位元素なんていうものだの ) 、どに見憶えがあったりしてねーーーで、さっそく、たがいに れがどれだか見わけもっかないほどの有様だった。おまだれやかれやのことを訊ね合いはじめ ( 言われた名前の、 けに乙さん一家の家財道具にいつもぶつつかっていたほんの何人かのことしか思い出せないことだってあるが べットに、マットに、ちり籠だってね。気をね ) 、こうしてまた大昔のいさかいや、意地悪や、かげ 始末だーー つけていないと、この際 a さんとこの人たちは、大世帯口をむし返すというわけだ。ただし、いずれ ( ) だっていう理由でね、世界じゅう自分たちだけみたいに。夫人の名前が出て来るまでのことたがね , ー・ーどんな話 してしまってね、しまいにはその点のなかに網を張っても、最後にゆきつくのはきまってそのことなのさーーーす ると、とたんにけち臭い話はもうお預けで、だれもがみ 洗濯物を干すなんてことまで言いだすのさ。 それでも、この際さんとこ一家にたいしては、みんなな浄らかな感動につつまれたような気もちになって、崇 のほうでもよくなかった、そもそも例の「移民」云々と高寛容の気を感じるのだよ。夫人 1 ー彼女 いう決めつけ方からしてね。つまり、みなは最初からこだけは、わしらのだれからも忘れられることなく、また だれからも惜しまれている、たった一人の人物なのた。 こにいたんだけれど、彼らはあとからやって来たんだっ ていうロ実でね。これが何の根拠もない偏見だっていうどこで、どうしているのか ? わしはもう、だいぶん前 ことは、はっきりしているとわしには思えるのだがねからあの人を探すことをやめてしまった。ああ、 ひと 、またあのオ え、何しろ、最初もあともありやしなかったんだし、移。夫人、あの女の胸といい、腰といし ひと 、われわれはもうあの女に二度 住して来るにもよそなんて所はあるはずもなかったんだレンジ色の部屋着といし から。ところが、この「移民」の概念は純粋状態においとめぐり会うことはないだろう、この銀河系宇宙のなか て、つまり空間や時間とは無関係に理解できるものだとでも、またほかの宇宙でも。 ところで、はっきりさせておきたいことは、わしに 主張するものもおったよ。 あの当時のわしらの精神状態は、言っておくがね、きは、宇宙がその拡散の極限にまで達したのちに、ふたた わめて偏狭なものだったよ、けち臭くってね。育って来び凝縮し始め、したがって、いずれはふたたびあの最初 た環境のせいだよ。こいつは、今もってわしらみんなのの一点に戻り、そしてまた初めからくり返されるという 心の奥底に残っているものだ。いいかね、たとえばわし理論は、どうしても納得しかねるものだということなの ハス停でとだ。それでも、わしらのなかでも、ただこれだけを頼り らのだれか二人が偶然出会ったとする にして、またみんなであそこに落ちあうときのために、 か、映画館たとか、あるいは国際歯科医師会議とかいっ た所でもだーー・そしてあのころの思い出話でも始めたりあれやこれやと計画を立て続けているものは大勢いる。 すると、相変らずこのメンタリティーが顔をのそかせる先月も、わしがそこの角の喫茶店にはいっていったら、 いったい、だれに会ったと思うかね ? ベル・ペ 9 のだ。挨拶を交わしーーーときには、むこうでわしのこと ルさんさ。 「おや、御機嫌よろしいことで ? こ を見憶えていたり、またときには、わしのほうでむこう