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検索対象: SFマガジン 1975年5月号
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1. SFマガジン 1975年5月号

壁の上端にしつかりと扨まった。左足を思いきり振ると、爪先を上 ベビイはこごむと、蛇の口から水を飲み、それから石像をふり仰 端にかけ、ぐっとからだをずりあげる。両ひじと片足を壁にかけた いだ。すると石像のうつむいた頭と、うっすらと閉じた眼とが、彼 まま、庭を見下す。庭は、いままで見たどれよりも、贅沢で、豪勢をまじまじと見つめるような気がしてきた。そこには何かしらロポ で、みごとだった。なにか、まるで新しい、ちがったものに見えットとは違ったものがあった。彼を哀しくさせるような何かが : た。彼は浮きたつような興奮をおぼえた。 彼は伸び上ると、柔らかな頬のふくらみに指を走らせた。見た目 そうっと壁を乗りこえて、草の上に、四つんばいに飛びおりる。 には柔らかいそれは、触るとひどく堅かった。石像の鼻に触れて、 立ちあがると、壁ぎわから伸びた、手入れの行きとどいた小道を、 自分の鼻にも触れてみた。こいつも小さなベビイだなと彼は思っ ベビイは堂々と歩いていった。監督の眼を警戒したり、こそこそかナを こ。・まくよりも小さいそ。彼は石像の後へまわった。髪の毛が頭か くれたりはしなかった。たとえ何が起ろうと、この見知らぬ場所でら長く垂れさがっていたので、彼は笑った。腋の下に手を入れ、胴 は、いままでとは違っているだろう。行手に何が待ちかまえていよから腰にかけて撫でおろしながら、彼はまた笑った。彼の恰好が正 うとそれに立派に応じよう。彼は、勇躍して、前へ進んでいった。 しい恰好で、この体は冗談なのだから。 こんもりと生い茂った生垣の続き、強烈なにおいを放つ高い松の そしてふと、彼は石像がどんなに熱かったか、足を浸した池の水 木立。白い花が咲きみだれる叢をまわりこむと、彼の眼前に、部屋がどんなに冷たかったかを思いだした。浅い池だった。水はわずか の仕切りのように刈りこまれた生垣に囲まれて、噴水と石像が一 に膝上にくるぐらいだった。彼は池に這いおりると、からだをまっ つ、ひっそりと立っていた。池は自然石に似た岩で縁どられ、中央すぐに伸ばして、水の中に横たわり、ばしやばしやと水をはねかえ の一番大きな岩の上に、彼くらいの背丈の石像が立っていた。 しながら、頭をあちこちと振りまわした。 ベビイは喚声をあげると、澄んだ冷たい水の中へざぶざぶと入っ彼は起き上ると、掌で顔の雫を拭った、と、彼の目の前の小道 て行き、石像の真下にある滑らかな岩の上に這いあがった。彼は以に、あの石像が生命を吹きこまれ、生きいきと薔薇色に色づいたか 前にも、こんなふうに奇妙な形をした石像を、下町や公園で見かけと思われるものがいたのだ。それは石像そっくりだったが、石とは たこともあったーー体のそこここに変なふくらみがあって、まるまあきらかに違っていたーーしっとりと濡れた、波うつ鳶色の髪、濃 るとした胴体、中央にくびれた腰がある。こういう形をした石像い翳を宿した眉、鳶色に漂う眼、うっすらと赤味を帯びた唇、胸に が、女とか娘とかいうものであることを彼は知っていた。 盛りあがった二つの円丘の、ぼつつりとしたふくらみ。 この石像は蛇の頭を抱いていた。蛇の長い胴体が、先の尖った胸柔らかそうなのに、それは石像のように動かなかった。彼もまた のふくらみの下の腰にまきついている。蛇のロは広く、その中に小片膝を立て腰を浮かせたまま、石像のように立ちすくんでいた。長 さなパイプが仕掛けられて、そこから噴水の水がほとばしり出てい いあいだ、彼は身じろぎもせず、息をするのもはばかって、それを 見つめつづけていた。すると : : : それも彼を見つめかえすのだ。や こ 0

2. SFマガジン 1975年5月号

ろうろしているかれをすぐ捕まえることができる。彼女がベビイにる獣のような恰好で、パイの上に覆いかぶさりながら、彼は挑むよ とってどんな存在であっても、彼女の腕は彼を捕まえるに十分なた うな警戒の眼ざしになった。 け長かったし、眼もまだよく見える。動きはのろいが、のろすぎる 「ベビイナーシイのところへいらっしゃい。おねんねの時間よ。 わけではない。二本の足のかわりに、タンクのようなキャタビラ式ナーシイにほうぼう探させるもんじゃありません。ベビイはいい子 の幅の広い基部を持ち、大人になった彼を、軽がると抱きあげるこ だもの。さあ、ミルクとお菓子があるわ」 ともできる。ナーシイの手から逃がれるには、家から二マイルも離 ミルクとお菓子は、ほしいさとベビイは思ったが、この頃はミル れていなければならなかった。それだって、見つけだされるのは時クのカップはいつも空らのままだったし、お菓子だってあったため 間の問題にすぎない。いま彼はハウス号の裏庭にいるが、彼の家しはないのだ。たまにあっても、変質して、食べられるしろもので は、すぐ隣りだった。 はなかった。彼は、またパイに鼻をつつこんだ。パイの皮に噛みつ 、、ほら、おチ 「ベビイ、ベビイ。ナーシイのところへいらっしやし いて、大のように喰いちぎると、歯がパイ皿にあたって、ガチガチ っこ。 ビさんや」 【し子ー : どらだらとなが 頭をもたげたベビイの口から、チョコレ 1 トカ もう逃げたせはしない。彼女はたちまちベビイを見つけだして捕 パイも取りあげられてしまうだ れ、鼻の頭や頬はクリームだらけだった。仕止めた獲物にのしかかまえる。早く食べてしまわないと、 3

3. SFマガジン 1975年5月号

た。彼は握りこぶしを腹に押しつけた。 この頃、なんだか工合が悪くて、それが日ましに悪くなっていく ようだった。何かが腹のなかであばれて、こんなふうに腹のなかに 固まりができる。それは、なにか未知のものに対する、耐えがたく はかりしれない欲求だった。彼を駆りたてて、遠い町をさまよわ せ、愚かしい危険にさらし、荒廃した街を、何ものを追うでもなく 狂気のように走らせる欲求。ときとして遠い空を凝視させ、ときと して猛り狂う喚きを胸の奥底から誘い、高層ビルの狭い窓枠を、目 眩む恐怖に打ちふるえつつも、よじ登らせた欲求だった。 「ぼくのミルクはどこにあるんだ ? 」今度は大声で叫んだ。 クがあるかどうか、ロポット 6 号に聞いてみろ」そうすれば、監督 が彼女に事実を話す。そしてはしめて、彼女は凝いをいたくだろ う。彼女は″どうそ″も、セントラルも信じなくなるだろう。その とき、それは確信となる。ナーシイが地上に倒れ、信するものを失 った恐怖に、恐しい叫び声をあげるのを見たいと彼は思った。 「さあ、ぐうっと飲んで」とナーシイはいった。 「セントラルは止っちまったんだー ″どうそ〃なんていったって もうだめなんだーと彼は叫んだ。 柔らかな母親の腕が伸びて、彼をそっと抱いた。彼女の胸には、 といっておかしければ、胸のあるべき部分には、赤ん坊をあやした り、その小さな頭をのせたりする特別の場所があったのだが、いま のベビイには、膝を打ってすわっても、頭の位置が低すぎた。それ でもナーシイは彼を引きよせようとした。 「心配するんじゃないのよ、ベビイ。泣いちゃだめ。ベビイのミル クはいつだってあるわ、ベビイがほしいだけあるの。さあ、いきま しよう、そして、もっとミルクをもらいましようね」 5

4. SFマガジン 1975年5月号

スチェパン・ポルフィリエウチ・ジェ ーミンは、五 0 悪は愛想よくほほえむと、尻尾をもてあそびながら 4 がらみのにごった眼をした、頭にネズミ色の白髪のある腰をおろした。ジェ ーミンは元気なくうなずいたもの 8 0 相当やくざな男だ 0 た。ある晴れた日に彼のところ〈悪の、不意にある考えが思い浮んだ。 魔が現われても驚くに当らなかった。 「あんたの身分証明書をみせてもらおうか」 地獄の役人は、すばらしい皺ひとつない合成繊維の上 悪魔は自分の身分証明書を机の上へそんざいに投げだ 服に、白いナイロンのワイシャツを着こみ、銀色の蝶ネした。 クタイをしめていた。鋭い爪のある前足に《アタッシ エーミンは、眠鏡をかけると、わざとらしいせぎば つら = 》印のエレガントな書類鞄を持ち、矛で外国製のシガらいをして、書類の表紙に触ってみてから、悪魔の面と くゆ おレット《キャメル》をくわえて、燻らせていた。 写真を見くらべたり、爪で地獄の印章をひっかいたりし 「あなたの悪業がきっかり三十三件に達しましたヨ」彼てみてから、溜息をついて証明書を返した。 よノ = ーミンに愛想よく伝えた。「したがいまして、お「じゃあ今度は、魂剥奪規則が知りたいんだがネ」眼鏡 約束通りあなたの魂をいただく権利を行使させていただごしに陰気な眼で見つめて、彼が言った。 きます」 「ご心配なく。それほどやっかいじゃありませんョ。ま 「ちょっと待てよ ! 」客に椅子をすすめることも忘れず第一に : エーミンはかっと頭にきた。「そんなはずはない 「説明してくれなくったっていいんだ。あんた、規則書 ・・一ぞ、俺がやれる悪事の制限はたしか : : : 」 を持ってるはずだろ」 「全くおっしやる通りです、間違っておりませんともー 悪魔はしぶい顔をした。 ただしそれは一ヶ月前までのことで、一月前に地獄庁は「杓子定規もほどほどにしてもらいたいですネ ! 」彼は 制限を二分の一 , に短縮しました」 ・ほゃいた。「いずれにしても、科学によって証明されて 「そんな不法な話があるか ! 無茶だ ! 」 ることは : : : 」 「それもまたあなたがおっしやる通りで、不法な話で「科学は科学、書類は書類」ジェ ンが説 教口調でい す。ところが昨今どこもかしこも不法ばやりでして、まっこ。 オ「どんな義理があって俺があんたの言うことを信 あ一種の流行なんでしよう。ファシズム式の政変、憲法用しなきゃならんのだ ? そんな義理は俺の規則にはな 、えで地獄も及ばずながら進歩に遅れじと、ことに悪業に遅悪魔はおとなしく頭をさげて、書類鞄から、表紙に れをとるまいと努力しているしだいです」 《規則書》という文字が火のように燃えている部厚い印 「一言先に声をかけてくれてもよさそうなもんだ : : : 」刷物を一冊ひつばりだした。 「とんでもないー それじや不法でも無茶でもなくなっ スチェパン・ポルフィリエウチは、それの研究に没頭 てしまいますョ。そうじゃありませんか ? 」 した。いかにも満足そうに鼻をならしたり、よく分らな ひと

5. SFマガジン 1975年5月号

くに 「冗談なんかいってないわ。あたし、ジンクスを破る方法だってひ故郷へ帰ってポ = イと結婚したほうがいいかどうか迷っていた。 とっ考えてるのよ。来年結婚したら教えてあげるわね。びつこの娘 " ・ほくは全然、迷信というのは信しないんだ″とモイシャはいった も、三番目の亭主は長持ちさせられそうだわ」 よ。″片端の女が、海の男にとって必ずしも不吉だとは思わない。 「ポリカー。フが死ねま、 をしいと思ってるのかい ? 」 だけどポニイが、彼女自身も含めてだれもかれも不幸にする女だと 「ばかなこといわないでよ。彼を愛してるのよ。亭主みんなを愛しはいえるかもしれない〃 てるわ。あんたと結婚したら、あんたを愛するようにね。だけど、 わしらはそのとき、フランス名前のついた、フランス的おもむき あたしが不吉な女だったら、しようがないじゃない。彼にいったのあるチョコレート の島にいた。そこには、ポニイと同じくらいき のよ、そしたら、わかってるっていったわ。だけど、あたしと結婚れいで、そんな不吉なもない娘たちがいた。女房にもやもめにも したがったの。こんど港に来たとき、新しい蛇を持ってきてくれなりそうもない娘たちだ。そういう場所をつぎからつぎへとわたり る ? 」 歩いて、世界をひとまわりする方法だってあるわけさ。 「うん。帰ってくるまで、かわりに猿をあすけていこう。鳥はまだ″青魚亭が地球の中心というわけじゃない″わしはそういってやっ だめだ。・ほくだって話相手がほしいからね」 たよ。″むかしからそんな気がしてたんだが、中心からちょっと左 「いいわ。お願いだから、春に来てね。また夏まで待たせたりしたにずれてるんじゃないかな。ポニイだって女王じゃないかもしれ ら、手遅れになって、だれかほかの男と結婚してるかもしれなくてん。だが「おまえさんがそう思ってるんなら、おまえさんにとって よ。だけど、あんたと結婚するしないは別にして、もう二度と意地ポニイはそうなんだろう。九カ月、かりにそれが一年にのびたとし 悪なことはしないわ。あたしだって、年だものー ても、生きるには充分な時間とはいえん。そのうちの大部分は海の こうしてモイシャは、今までにない幸福な気持で海に出ていつ上にいるわけだしな。だが、その娘と二、三週間すごすだけで満足 だとおまえさんがいうのなら、それでいいんだろう。結婚さえせず だれもが予想したとおり、十七の年には、ポニイはまたやもめに来年のイースターまでには死んじまう連中が、ほかにいくらもいる なっていた。ポリカープは、船の機関室におこった突拍子もない事んだ″わしはモイシャを元気づけようと、そういってやった。わし 故で、体をずたずたにされたのた。 は元来、陽気な人間なのさ。 その話は、故郷に伝わるより先に、モイシャの耳こよ、った。ノ 冫をし彼″おまえはどう思う ? ″とモイシャはもの言う鳥にきいた。 は、もの言う鳥と、ほかにひとっ頭を加えてーー厳密にいうと、こ ″サンパ″と鳥は、自分の生まれた国の言葉でいった。くだらん、 ちらは人間だがーーー協議した。 という意味た。だが、迷信をくだらんといったのか、早死にすると 「このもうひとつの頭というのが、わしだったわけさ」と苦虫ジョ わかっていながら結婚するのがくだらんことなのか、そいつは鳥の 、をした。「ようやく春めいてきたころで、モイシャは、急いでみどりの頭をこじあけてみなきやわからんことだ」 くに

6. SFマガジン 1975年5月号

は記憶しておらす、詳細な細部に主な興味の中心をおいているのているにもかかわらず、流れが覆いかぶさって岩の姿が隠れてしま に、どちらかといえばよく磨かれていないレンズを通して見るようったり、侵食されて外見が変わってしまったりせずに、そのままあ な像がお互いの頭の中に映っていたからである。 るというのは奇妙なことだった。彼はチャリティの眼を通して眺め チャリティは、何ら知識上の基盤もなく、恐るべき光景を眠にしていたが、遠くの丘にある森などよりもその岩の方がずっと目印と た。うなりをあげてすぎる車やトラックに充ち、見渡す限り人っ子なった。 一人いない、二車線のハイウェイ区画。テニス・コート 一体彼はじめてこの光景を眼にしたとき、彼は懐しく、また幾分奇妙な 女には何だと思われよう。空を横ぎるジ = ット機。ガラス窓や汚れ感じを受けたが、同時にどこか心の内で少女の驚く声を聞いたよう のない鋼鉄が銀色にきらめく巨大な何階もあるビルディング。 な気がした。その時は、熱があって正常な状態ではなかったので、 最初から理解をほぼ安全に越えてしまうこれらのものに彼女は恐聞きちがえたのだと思っていた。二日後、熱が下って数時間たった れをなした。夢を見ているのなら全然問題はない。たとえ悪夢であ頃、突然彼は絶対の確信をもって、この夢みるような牧歌的な情景 っても、目覚めた後の悪い夢なのであって、それは日常の支えからが実は他者の眼を通して実際に見られたのだという考えに至った。 発したものだ。ごく正当な理由で竜に追われることもありうる ( 聖その情景と彼自身の視覚とでは、知覚力に微妙な差異があった。 窓辺のテープルで書きものをしている母に彼は告げた。「だいぶ 人。竜退治の伝説有名 ) が闘わねばならなかった絵のような 奴かも知れない ) 。あるいは洞穴で迷うことも ( パリッシ = ・ヒル良くなってきたよ。ところで、オレンジ・ジ = ースを一杯飲みたい にあるようなもの。ただもっと大きくて暗い ) 。しかし、何の意味んたけど : : : 」 もない事を夢みたりしたら、それはひどいものだ。 彼女は考えこんだ。「あと一時間もすれば先生がここにいらっし ツーウェイチャネル ビーターはその事態を理解したのか、双路回線を想定しながらやるから、それまで、氷水をもう少しの間だけ我慢しなけりゃなら 彼女に起りつつある体験を直感的に把握して、これ以上恐怖が永びないんだけれど。じゃあ、とってきてあげましよう。ゆっくり飲む かないようにしてくれた。彼の方から開いた彼女の人生の扉は決しこと、わかった ? 」 て心騒ぐようなものではなかった。その心を通してみた事は、全て 二百六十五年ほど時をさかのぼると、チャリティの頭に閃くもの 彼の関連事項の枠組の内へとおさまるものたった。馬や家畜、牧場があった。「オレンジ・ジュースを一杯飲みたい : ・ : 」彼女はうと や森、轍のある小径や狭い木の橋などは、たとえ彼がその中で生活うとしていたが、眼を大きく見開いた。「お願い」彼女は大声をた していなくても、充分理解できることだった。 ( ーモンの流れはすした。べラ夫人が寝床にかがみ込んだ。 ぐにわかった。というのは、彼らの家のすぐ下方に、大きな熊のよ「どうしたの、この子は ? 」 うな動物が頭をさげて水を飲む姿になそらえられる巨大な御影石の 「オレンジ・ジュースを一杯飲みたい : ・ : 」彼女はくり返した。 塊があって、河の流れを分けていたのである。こんなに歳月が隔っ 「まあ、何のこと」冷たい手が額の上に置かれた。「もう少し氷を

7. SFマガジン 1975年5月号

の位置をなおした。 眠れずにすごした。 それでも、こうして門のところで呼び鈴に手を伸ばし「お話をうかがいましようか」 た瞬間、頭の中が空つ。ほになっていることを知って愕然スチグスは話を始めたが、自分の声が耳に入らなかっ とした。彼は言いたいと思っていたことをきれいさつば 三分ほどすると、ゴードンが手のちょっとした仕種で りと忘れてしまっていたし、一言も言葉にならず、その 彼の話を中断させた。 場に立ちすくんでしまった。 ふうう ! スチグスは手を下ろした。落ち着け、落ち「よく分っています。二年前に《物理学紀要》で読みま 着くんだ : ・ : ・ゴードンが何者だというんだ ? アインシした。あれはあなたが書かれた論文ではありませんでし ュタインに肩を並べる天才ではあるが、ローマ法王でもたか ? 」 なきや、神でもない 学者だ、人間じゃないか : : : 彼「ええ、私の : : : 」スチグスの喉はからからに干あがっ てしまった。 は腎臓を病み、・ハラの栽培を愛し、申し分なく誠実で、 グラビト / 「重力粒子のゆらぎの問題を見事に解決されてました 善良な人物だと言われている。 ね。どうしてその分野の研究を続けなかったのですか スチグスは、自分がカ一杯呼び鈴のボタンを押してい ることに気がっかないでいた。彼は門が開いたことも、 誰かに部屋へ案内されたことも、途中でなにかにつまず「実はその訳は : : : つまり、そこから左旋回光子の足が いたことも、コートを脱いだことも、敷居をまたいだこかりを発見したものですから : : : 」 「で、それにとりつかれてしまったのですネ ? 他のこ とも、全然覚えていなかった とはなにも考えられなかったのですか ? 」 「ようこそ、さあおかけなさい」 : つまり : : : 光子そのものではありませんが、 ゴードンはソフアにもたれかかっていたが、それでも「はい スチグスには、彼が自分の前に聳え立っているように思それが存在するとしか考えようのないことがありました えた。寺院の円屋根のように荘厳な頭が聳えている。彼ので : : : 」 の肩が押しかぶさってくる。グレイの髪の毛が、近づき「いったいそれは何ですか ? 」 スチグスはまじまじとゴ 1 ドンを見つめた。信じてく ・、たい高いところをたなびく雲のように浮んでいる。そ して、遠くから、きらきら輝く偉大なる思想を秘めた氷れるだろうか ? それともふき出すだろうか ? ねこが のような視線が、隠された自然の神秘と暗い永遠の空間ねずみにするようになぶりものにされるのではなかろう を眺めている視線があった。その視線そのものが、すでか ? に永遠と歴史の・フロンズの一部であり、それは、明る「時間の進行方向とは逆の運動です」彼はやっとの思い でロに出した。 い、なにものにも犯されない視線であった。 「で、ほかには ? 」 ゴードンは体を動かすと、肘が隠れていたクッション 旧 9

8. SFマガジン 1975年5月号

合わせても、そのヘルメットをゾーガの頭からぬがせることはできう、あの容赦ない敵のカメラの目と武器を逃れるために地球へ帰ろ ませんでした。けれども、ジプシーはそうした神秘を素直に受け入う、とわたしは提案しました。驚いたことに、みんながそれに同意 れて、疑問をいだかないものなのですよ。 してくれました。だれもがわたしの指図に喜んでしたがうことを示 したのです。たった一人を除いてはね。その一人とはセレナでし これこそ、まさに因果応報です。 やがて、わたしどもの隠れた野営地の空を、光が横切るのが見えた。彼女はわたしどもの一行と旅をともにすることを拒んで、こう ました。針の頭のように小さないくつもの火。善良な人びとが、死述べました。たとえ自分を裏切ったとはいえ、あの夫と契りを交わ 者を探し、非道を正しにきたのです。どうして彼らが知るわけがあした自分は、夫の精霊に縛りつけられている。その契りは生よりも るでしよう、彼らの送りだした愚かな宇宙飛行士に対する非道が、死によっていっそう深まるのだ、と。セレナは身ぶりでわたしども すでに償われたことを ? 調教師のゾーガがすでに死んだことを ? にこう告げました。この沈黙の宇宙にジプシーたちが生きているか 無線機という宝物を持っていてさえ、彼らはそれを知りません。そぎり、自分は母なるルナの噴火口や谷を歩きつづけるだろう。そし こで、ピカピカした機械と、火に鍛えられた意志をたずさえて、彼て、星・ほしに自分の恨みを訴えつづけるだろう、と。 そんなわけで、わたしどもは彼女をそこに残し、ふたたび虚空の らはやってきたのです。 それを見て、わたしは全身の - 血が凍るようでした。ここを去ろ旅に出立しました。 定 る ズ 行 市 へ をせン 月 庫夢のトシ 団ノた乱 文た劇ミラ 一底宝奪一な反王闘 ? よ舌、・ ワ はる・ . オ , , 〈 , 機近秘強かの帝血 , カ〈どド 危嵐接の船トの船宙の ? ャ , 。一惑 ! 星七宇 0 星囚のの ? 明戦黒陽ののく宙怖法 ? 透挑暗太謎時輝宇恐魔 ? をス、タ、ウッレフな三ンリ , ーズ さすらいのスターウルフ \ 250 さいはてのスターウルフ \ 290 望郷のスターウルフ \ 270 と星下司 - ノ、、ドロー丿レ 銀河大戦 太陽強奪 \ 260 \ 320 7

9. SFマガジン 1975年5月号

アルクトウルスがのそいているわ。あれはシリウス。こっちは北極 な、我はイエスの印を身に佩びたる こうした記録を総合すると、いろ いろ興味深い共通性が浮かび上る・ なり」という使徒。ハウロの言葉を指 星ーーヴァイキングは放浪者のランプって呼んでいるのよ」 摘して、バウロこそ最初の聖痕者と第一は、そのほとんどがなぜかロー スティ 1 ヴンがジョンを小突いた。″みろ、そんなこと知ってる マ・カソリック教徒に起り、新教徒 している。 の例はめったにないこと。第ニは、 だが、公認の記録は一一三四年、 のは、彼女が天使だからだそ″と言ってるみたいだった。 イタリアはアッシジの聖フランシス九割までが女性で占められること・ 「スティーヴン ? 」ジョンがささやいた。 コから始ま「た。彼はカプチン派の第三は、多くの事例が復活祭前後の 修道僧で、キリストの受難を偲んで期間に発生すること。ために医学者 「うん ? からは″復活祭出血併発症″と呼ば 四〇日間祈りと断食を続ける間に、 「。ほく、もう恐くないよ。城を出たことも、森にいることも恐くな れることもある。 両手両足と右脇腹に傷口が現われ、 聖痕現象の真の原因については、 同時に血が流れだした。 " 宗教的奇跡 ~ として素朴に神のカ 両手と両足は中央部に釘のような 「ほんとかい、ジョン」 を認める立場を別にすれば、医学的 でき物が出現し、その″釘。の頭は 「だって、ぼく、一人じゃないんだもの」 丸く黒く、どれも角質化して硬くなには五里霧中というところが正しい った。また脇腹の傷は槍傷そっくりだろう。ヒステリー性格による意識 「な、天使がいれば安全だって言ったろ」 「で出血も激しく衣服をぐ 0 しより濡的ないし無意識的作為が発覚した実呵 「天使じゃないんだよ」 例もあるが、これだけではとても全 一らすほどだ 0 たと記録されている。 ての症例を説明できない。 この奇跡以後、聖痕現象はヨーロ ジョンはスティーヴンの肩に頭をもたせかけた。犬と干草の匂い 現代における医学的見解は、一応 ツ。ハ各地で発生し続けた。十六、七 : ルースのガランガ根の匂いを覆い隠した。 世紀には、聖痕から流出する血が湯この現象を「ある種の神経的緊張の 「眠んなよ。ロンドンや聖地の夢でもみるんだね」 川のように熱く、付添の者が火傷した結果皮膚上に発生する出血」と定義 とか、入れた陶器が割れたという面し、とくに精神分析学者は″キリス だが、眠りにつく前に、恐怖が戻ってきた。寒気が忍びより、霧冖 白い記録も残っている。一一〇世紀初トの受難〃に対する強度の信心がも たらす自己暗示説を取っている。実 がでて、梟がホーツと鳴いた。真夜中に近いだろう。突然、ジョン 頭の研究者アンべール・グルべイル 博士によれば、前世紀末までで認定際にもアメリカで、「金曜日ごとに は身体を起こした。角笛の音がしたのだ。それと同時に、水車にま された実例三一一一を数えるが、実際胸に赤い十字架が現われる」とある きこまれたかわうそが百匹そろって鳴きわめくような金切り声が聞 少女に暗示をかけたところ、その通 には千のオーダーを超えるだろう。 り毎週金曜になると赤い十字形のミ こえた。その声は遠くから流れてくるようだった。だけど、思わず一最近ではイタリアのピオ神父やド ミズばれが現われたという、科学者 ィッのテレーゼ・ノイマンの実例が 耳をおさえてしまったほど、嫌な耳ざわりな声だった。 有名である。前者は一九一八年以の実験も報告されている。 だがそれにしても、精神作用がな 来死ぬまで五〇年間も出血をくり返 「狩人がマンドレイク族を見つけたんだ ! 」寝床からおきあがっ し、後者は普通の聖痕のほか目からぜ肉体的変化を惹起するのか、とい て、スティーヴンが叫んだ。「今晩は月がないし、もう十二時をす一 う肝腎な点は医学的にまだ解明され も出血したり、六一一年に世を去るま ぎているだろう。狩りの時間だ。あの金切り声を消すために角笛を で三十五年間、流動食しか口にできていないのである。 提供 ) ぬ食事不能症にかかっていた。 6 吹いているんだよ。さあ、様子を見にいこう」 世界みすてり・とびつく = , -- = = = - = しかし、ジョンは、この木を離れたくない様子だった。

10. SFマガジン 1975年5月号

すー 「約東しますーーあなたを大修道院長のムチで十六回ひつばたきま時々、スティーヴンと古い水車小屋のある川で汗を流すぐらいだっ た。さもなければ、一人、荒野で自分の・ハケツを使って水を浴び るくらいだった ( 城の中でさえ、彼には個室が与えられなかった。 スティーヴンは上機嫌だった。 「ロビン・フッドの弓にかけて」と、叫んだ。「うまいそ。よくや夜は、嫌な臭いのする騎士たちの息子といっしょに眠るのだっ た ) 。 った」 しかし、スティーヴンは言った。 よ」また技をしかけてくる友達から離れ 「もう服を着たほうがいい 「ね、ジョン、おめえはそんなに痩せちゃいないぞ。肉がっき始め ながら、ジョンが言った。「ルースも泳ぎたいだろうし。彼女、・ほ てるんだよ。骨が太くなって、今おめえが証明してみせたように、 くらを覗いてなけりやいいんだけど」 彼は、草のはえた土手のむこうの、さかんに揺ているしだの繁力もついてきてる。おめえに必要なのは、もうちょっと肉を喰うこ を疑わしそうに見つめた。が、そこからでてきたのは白いセキレとさ。そうすりや、自分でそれと気づく前に大人になってる・せ」 イで、ル 1 スではなかった。だけど、何がそのセキレイをおどろか「来年には ? 」ジョンが訊ねた。もっとも、その期待は彼の理解 ( 炎のような羽をもった不死鳥 ) とはおよそかけ離れたものであっ したのだろう ? た。「きみは十三の時、もう大人だったね」 「なんで彼女が覗いていると思うんだい ? 」スティーヴンが笑っ 」 0 「十一の時に、だよ。けど、おれはおめえと違うんだ。おれは農奴 なんだよ。成長がはやいのさ。おめえに比べたら、二年、もしかし 「きみが裸だからさ」 たら三年ははやいだろう。なに、そのうちいっしょに女を買いにい うらやましいというより、ものほしそうな賛嘆の眼つきでジョン けるさ」 が答えた。 スティ 1 ヴンは大人の肉体をもった少年だった。はやり歌の言葉「きみといっしょにいったって、誰も・ほくなんかに鼻もひっかけて をかりれば、『足元から王冠をいただく頭までバラ色に輝く身体』くれやしないさ」 なのだった。天使ですら魅惑されるほどの美しさであった。彼が濡スティーヴンは彼を小川の岸につれてい・つた。 れた髪を振ると、頭にひとかかえもある淡い黄色の水仙の花がおか「見なよ」と言って、胡椒草の間の澄んだ水面にうつる姿を指さし れたかのように見えた。美とカの結婚だ、とジョンは思った。そた。二人並んだ光と影。「たしかに、おれには筋肉がついている。 んな身体の持主がぼくのような者を弟に選んだのは不思議なことだけど、おめえには知性がある。それが顔にあらわれてらあ」 だ。実際、二人の間には血のつながりはないし、人種だって違う「ぼく、自分の顔、嫌いだ。聖地みやげのガラスの鏡だってのそい つもびつくりしたみたいな顔付きなんだも のだ。ジョンは自分の身体を見おろし、服をつけたいと思った。城たことありやしない。い では父の友人といっしょに風呂に入ったことは一度もなかった。