三十分後、夜は山々の後ろで次第に溶け落ちて行っていた。彼の 「追ってくれ、追ってくれ ! 」 右の方では、朝が″大平原″の向こう端で爆発し、空を千々に砕い 彼らはまた少しスビードを落とした。 グッシュ・ー 「もうすっかり・わからなくなってしまったわ、サム」彼女がいって、秋の木々のあらゆる色に染めていた。マ 1 ドックは計器盤の 下から、かって宇宙飛行士たちが使ったような、絞り出し容器入り た。「たったいま跡を見失ったわ」 「奴はどこかこのあたりに本拠を持ってるに違いないーー洞窟とかの熱いコーヒーを引き出した。 そういったようなものだーー、・上から見つけられないようなところ「サム、何か見つけたようよ」 だ。ここ何年もの間、空からの発見を避けてこられたのは、それし「何だ ? どこだ ? 」 「前の方、あの大きな丸石の左手にある下り坂。その坂の突き当た か方法がない」 りには穴みたいなものがあるわ」 「どうしたらいいの ? 」 「できる限り先まで行って、岩に低い穴がないかどうか、くまなく「オーケー、いい子だ。そこへ向かってくれ。ロケット用意」 調べるんだ。用心しろよ。いつでもすぐ攻撃できるよう用意してる彼らは丸石の線まで来て、その向こう端を回り、下り坂へ向かっ こ 0 んだ」 彼らは山裾の低い丘並みの中にはいり込んだ。ジ = ニーのアンテ「洞窟だ、それともトンネルかな」彼はいった。「ゆっくり行けよ ナが空中高く伸びて行って、金属の布地でできた蛾のような羽がそ 「あった、あったわ ! 」彼女がいった。「また跡を見つけたわ ! 」 の先に開き、そこで踊ったり回ったりして、朝の光の中できらめい 「タイヤの跡まで見えるぞ、それも沢山 ! 」マードックがいった。 「まだ何もっかめないわ」ジェニーがいった。「それにもうあまり「間違いなくこれだ ! 」 彼らは穴の方へ向かった。 先へは行けないわ」 「入るんだ。ただし、ゆっくり行けよ」彼は命令した。「何でも動 「それじや横にゆっくり流していって、走査を続けるんだ」 くものがあったら、すぐ吹っ - 飛ばせ」 「右へ行くの、それとも左へ行くの ? 」 彼らは岩でできた入口をはいった。下は砂になっていた。ジェニ 「さあね。君が逃走中の裏切り者だったらどっちへ行く ? ー 1 は可視光線をすべて消して、赤外線に切り替えた。赤外線レンズ 「わからないわ」 が風防ガラスの前にせり上がってきて、マードックは洞窟の中を眺 「どっちかを選び給え。どっちでも構やしない」 「それじゃ右へ行くわ、彼女がいった。そして彼らはその方角へ向めた。高さは二十フィートばかりで、幅は多分三台の車が並んで走 れるぐらいの余裕があった。地面は砂から岩に変わったが、なめら 7 力学ー かでかなり平だった。暫くすると、それは上り坂になった。
の時に町から眺めたものではないだろうか ? わたしには知る由もわたしは一歩踏み出し、焔からわずか数インチのところに近づい なかったが、知らねばならなかった。 た。通信機は空電の音で一杯で、わたしの両腕は冷い針で一杯の感 わたしは通信機に向かっていった。 じだった。 「マラルディはどうしてる ? 」 それは、攻撃するようにわたしのほうに曲がってはこなかった。 「ちょうど立ち上がったところさ」彼自身が答えた。「もう三十分何の熱も出してはいなかった。 ほどくれ。そうすりや自分で登ってゆくから」 焔の・ヘールを通して、わたしは彼女の横たわっているところを見 「ヘンリー 」わたしはいった。「彼がそうしていいのか ? 」 つめた。その目は閉じられており、胸は動いていなかった。 「どんな気分かってのは、ご本人の言葉を信用するしかないさ」ラ わたしは突き当たりの壁のそばにある山のような機械類を見つめ こ 0 ンニングがいった。 「わかった」わたしはいった。「それじゃ、気楽にやれよ。君が着「来たぜ」わたしはいって、。ヒッケルを振り上げた。その先が焔の くころ、おれはいないかも知れん。西側をちょっと下ってみる。調壁に触れた時、誰かが地獄の蓋を取り払った感じで、目がくらんで 後ろへよろめいた。目がはっきり見えるようになった時、天使が目 べてみたいものがあるんだ」 「何だい ? 」 の前に立っていた。 「さあ、わからん。だからこそ行ってみたいのさ」 「ココへ来テハイケナイ」彼はいった 9 「彼女がいるから帰れというのか ? 」わたしはいた。 「用心しろよ」 「ソノ通リ。帰レ」 「承知の助だ」 「その件について彼女に意見はないのか ? 」 西側の斜面は楽な下りだった。降りて行くにつれて、光は山肌に 「彼女ハ眠ッティル。帰レ」 ある穴から出ていることがわかった。 「そう見えたよ。何故だい ? 」 三十分ほどして、その前に立った。 中に踏み込むと、目がくらんだ。 「眠ラナケレバナラナイノダ。帰レ」 「なんで彼女はあれの前に姿を現して、奇妙なやり方でおれを誘っ わたしはそれに向かって歩み寄り、足をとめた。それは脈を打たんだ ? 」 ち、かすかに震え、歌っていた。洞窟の床から、震動する焔の壁が「ワタシハ自分ノ知ッティル恐ロシイ形ノモ / ヲ、スッカリ使イ尽 立ち登り、洞窟の天井に向かって伸びていた。 クシタ。ソレハウマク働力ナカッタ。ワタシガ君ヲ奇妙ナャリ方デ それは、その向こうへ行こうとするわたしを遮っていた。 誘ッタノハ、彼女ノ眠ッティル精神がワタシノ操作ニ繋ッティルカ 彼女はそここ 冫いた。わたしはそこまで行こうと思った。 ラダ。ワタシガ彼女ノ姿ヲ借リタ時ハ、特ニソウイウ風ニ働キ、指
と言ったようであった。要するに、ジャンは自分の店における犯罪 クリフォー - ・ト・ マッカーティの家は、まさに邸宅と呼べるしろも行為を成立しにくくさせてあるのだろう。 のであった。広い庭と白堊の二階だての家が、煉瓦の長い壁近くに「無銭飲食に対しても安全権があるんだぜ」 ジャンは私の顔を見ておどけた表情をした。私はたしかに、ジャ あった。 ンにとって儲からない客であった。 「中間地帯だ・せ、あそこは」 「金を払ったほうがよさそうだな」 ジャンが一 = ロった。 邦子を見て言うと、 「壁の向こうはどうなっているんだ」 「お金ならあるわよ」 「 Z ・体制派の連中がいる」 と笑った。 「つまり支配者たちというわけだな」 「百ローンほどね」 「そうだ。中間の緑地帯は、本来は緩衝地帯だったんだが、今では ジャンもうれしそうに笑う。 両方の法律のトワイライト・ゾーンになってしまっている」 「どちらの力も完全には及ばないということか」 「釣銭がない」 「そうだ。だが壁の向こうの連中には用のない所だ。つまり、こち「百ローンあると、どんな物が買えるんだい」 私は尋ねた。 ら側では一番高く売れる場所ということになるわけさ。もっとも、 「そうだな。五十ローンあればちょっとした住いが持てるな。それ 余り高くてマックのような男じゃなければ手が出ないが : : : 」 に二十ローンたすと洒落た家具が揃う。残りの三十ローンで三カ月 ジャンはマックのことを言うたび、誇らしげになるようであっ くらいは食って行ける」 「大金ね」 「壁の向こうの連中はどんな暮らしをしているんだ」 邦子は驚いたように自分の上着のポケットをおさえた。マックの 「知らないね」 邸宅の門が目の前にあった。 ジャンは知りたくもないと言うようだった。 ーベルマンを飼っているのね」 「君が持っている安全権というのは : : : 」 遠くから走り寄って来る三頭の犬を見ながら邦子が言った。門は 私は話題を変えた。 「盗みや破壊行為、殺人を含めた暴力沙汰など四十八項目の申請可大きな両びらきの鉄格子であった。 いろいろとり揃えてある」 「赤外線警報装置、監視カメラ : ・ 能な事柄に対して、あらかじめ抵抗を設定してあるのさ」 私たちはとざされた門の前に並んでいた。大たちが内側でジャン 5 「抵抗をねえ」 私は抵当の聞き違えではないかと思ったが、ジャンはやはり抵抗に向かって鼻を鳴らしている。
わたしは震え始めた。神経の緊張からくるものだった。わたしは 「オーケーだって ! どこを怪我した ? 」 「どこも : : : 気分は上々さ : : : 聞けよ ! あいつは暫くはガソリン気を落ちつかせて、前進を続けた。 山はいまや揺れているような感じだった。 が種切れになったんだ : : : 旗を立てに行けよ。だが、先におれの身三十フィート : : : 二十五 : : : わたしは目がクラクラして止まり、水を一口飲んだ。 体を起こしてここに寄せかけといてくれ。見ていたいからな : : : 」 わたしは彼をいい位置に据えてやり、水筒の・ ( ル・フをひねって水それからガチリ、ガチリとわたしのピッケルがまた動き出もた。 二十 : ・ を噴出させ、彼が呑みこむのを聞いた。それからへンリーが追いっ 十五 いてくるのを待った。六分ほどかかった。 「おれはここに残ってる」へンリーがマラルディのそばにしやがみ十 わたしは山の最後の攻撃・ーーそれが何であろうと・ - ーーに対して身 こんで、いった。「君が行って、やれよ」 を引き締めた。 わたしは最後の斜面に向かって登り始めた。 何事も起こらずにわたしは着いた。 わたしはそこに身を伸ばして立った。もうそれ以上高くは行けな わたしはビッケルを揮い、岩を刻み、吹き飛ばし、じりじりと這かった。 空を見上げ、後ろを見下ろした。キラキラ光っているロケットの い上がった。氷の一部が溶け、岩が焦げていた。 何もわたしを邪魔しにやってこなかった。空電は竜といっしょに排気に向かって手を振った。 消えていた。あたりには静寂がみなぎり、星々の間には暗闇があっ棒を引っぱり出して、旗をとりつけた。 わたしはそれを立てた。それをはためかすそよ風は、将来にわた ってもそこにはなかった。通信機にスイッチを入れていった。「つ わたしはゆっくり登り続けた。先ほどの一働きでまだ疲れていた いに来たそ」 が、止まらない決心を固めていた。 他には言葉もなかった。 ィートを残して全世界がわたしの下に横たわってい あと六十フ た。天がわたしの上におおいかぶさり、ロケットが一台、頭上でキ もう戻りにかかってヘンリーにチャンスを与える時機だったが、 ラキラ光っていた。多分ズ 1 ム・カメラを持った新聞記者だろう。 身を振り向ける前に西側の斜面を見下ろしてみた。 五十フィ ィートほど下だろ あの女性がまたウインクしていた。多分八百フ 鳥も射手も天使も女も来なかった。 う。そして赤い光が輝いていた。もしかしてずっと前のあの晩、嵐 四十フィート : ・ : ・ こ 0
どこかで犬笛が鳴ったのだろう。三頭のドー 「よう、サム」 ベルマンは一斉に門 から少し退り、尾を激しく振りながら坐っこ。 1 。、 ナ卩力あき、私たちが玄関の石段を登りはじめたジャンが言った。 中へ入るとしまった。 「お珍しいですね」 「さあ、これでひと安心だ」 サムは気の好さそうな男であった。私たちはサムの前を通って中 ジャンは白堊の建物に向かって歩きはじめながら言った。気楽そへ入った。外見も立派たが、中はもっと豪華な家であった。 うにしていたが、自分の店を出て以来ずっと緊張していたらしい サムは静かに扉をしめると、 「安全権があるのはあの店の中だけなのか」 「マッカーティさんはすぐおりて参ります」 「そうだよ」 と告げた。 ジャンは当たり前だと言うように私を見た。 私と邦子はその豪華な家の中を眺めまわしていた。 「マックは何でそんなに儲けたんだ」 「こんな凄いうち、私はとても住む気になれないわ」 「ありとあらゆることさ。彼は天才だ」 邦子のそういう声が、やけに大きく響いた。 ジャンはまた例の誇らしげな表情をした。邦子はからみ合うよう「マック、お連れしたぜ」 について来るドーベルマンの頭をなでながら歩いている。 ジャンが言ったので気がつくと、二階から吹き抜けになったロビ 「それじゃ番大にならないな」 ーへ、細身で面長の男がゆっくりおりて来るところであった。 私はそう言った。 黒いスラックスに白い上着を着ていた。額が広く、ちょっと険の 「俺がいなかったらいまごろは噛み殺されているだろうよ」 ある顔だちであった。 ジャンは真顔であった。 マックはジャンに顎をしやくって見せた。ジャンは頷いて階段と そのとき白堊の建物の正面の扉があいた。 入口の中間にある木の扉をあけて中へ入った。私と邦子はマックを 「あれはサムだ」 従える恰好でそれにつづく。 中から現われて私たちのほうを見ている男を、ジャンは顎でしゃ そこもかなり大きな部屋であった。三カ所にソファーとテープル くって教えた。 のセットが置いてあって、私たちは窓際にある革ばりのソファ 1 に 「執事か」 腰をおろした。 「まあそんなところだ」 「砂漠は向こうから来るときにだけ存在する」 「マックはいるんだろうな」 マックはいきなり言った。余り唇を動かさない陰気な喋り方であ 「いる」 った。かなり渋い声である。 ジャノよ一貝、こ。 、、ーの員しー 「まず、なぜそれが判るのか教えてもらえるでしようね」 6 3
ことがないわ ! 」 したためだった。彼らは前進を続け、八台ないし九台の車が彼らを さか 彼らは前進を続けた。 めがけて逆落としに突進してきていた。 「彼はあたしにあの割れ目〈はい 0 て行 0 て、そこで駐まれといっ彼女はもう一度 " = = ートラル。で回転すると、積の東南の隅を てるわ」彼女がいった。 回って、来た方角へまた突進した。その銃は、この時後退にかかって 「ゆっくりそこへ向かうんだ。だがそこにははいるなよ」マ 1 ドッ いた見張りの車に激しい銃撃を浴びせていたが、マードックは広い クがいった。 ・ハックミラーの中に、後ろで高く吹き上がっている焔の壁を見た。 「君はのがしたぞ ! 」彼は叫んだ。「あの黒いキャディをのがした 彼らは向きを変えて、割れ目の方へじりじり動いた。他の車はじぞ ! ロケットはあいつの前にいた車に当たって、あいつは逃げた っとしていたが、そのエンジンの音が高まったり低まったりしてい 「わかってるわ。悪かったわ ! 」 「すべての武器系統を点検しろ」 「君ははっきり狙えたはずだそ ! 」 「赤よ、どこもかしこも」 「わかってるわ。しくじったのよ ! 」 割れ目は二十五フィートほどに近づいた。 彼らはちょうど二台の見張りの車がトンネルの中〈消えた時、 「ばくが″今だ″といったら、ギャを″ニートラル″にいれて、積を回った。三台は煙を吐く廃物となって横たわっていた。六台目は 百八十度回転するんだーーすばやく。連中はそんなこと考えてもい 明らかに他の二台に先立って通路を抜けていったに違いなかった。 ない。自分たちにはそんな機能はない。それから五〇口径の火蓋を「あいつが来たそ ! 」マ 1 ド ' クが叫んだ。「積の向こう端を回 切って、ロケットをキャディめがけてぶつばなし、直角に回って来って ! 殺せ ! やつを殺せ ! 」 た道を引っ返しにかかり、進みながらナフサ油をまき散らし、そし墓場の老いばれた番人がーーーそれはフォードのように見えたが、 て六台の見張りめがけて射撃を加える : : : 」 はっきりはしなかった ガタガタ恐ろしい音を立てながら前進し 「今だ ! 」座席に飛び起きながら、彼は叫んだ。 てきて、火線の前に立ちふさがった。 車が回転したので、彼は後ろへ投げ飛ばされたが、頭がまだはつ「射線がふさがれてしまったわ」 きりしないうちに、彼女の銃のけたたましい響きを聞いた。そのこ ろには遠くで焔が吹き上がっていた。 「あのガラクタを粉砕して、トンネルをふさぐんだ ! キャディを ジェニーの銃はいまや外に突き出されて、台座の上で回転し、車逃がすんじゃないそ ! 」 の列に数百の鉛の ( ンマーを浴びせかけていた。彼女は二度身を震「できないわ ! 」彼女がいった。 わせたが、それは一部開いたフードの下から二発のロケットを発射「どうしてだ ? 」 0 8
これは、どうやればいいか、おれの知っている唯一のことなん濡れそ・ほっていた。 だ。そしてお前は残されている最後のものだーーおれが身につける のに一生かけた技術に対する最後の挑戦だ。多分、死ぬべき定めを たいていの子供は、遊び友だちに嘘の話ーーーお望みなら作りごと 持ったものは、自分に対する挑戦を受け入れた時に、脅威を乗り越の自伝といいかえてもいいがーー・をするものだ。そういう話は、い えて生き延びた時、一番不死に近くなる、ということなんだろう。 かにもそれにかなった畏敬の念とともに受け入れられるか、あるい 勝利の瞬間は、つまり救済の瞬間た。おれにはこれまでそうした瞬はもっと大がかりで手のこんた話で反撃されるか、どちらかであ 間が沢山必要だったが、最後のそれは一番長いものになるに違いなる。だが、わたしの聞いたところでは、小さいころのジミーは、い 。何故ならおれの残る一生はそれで持つに違いないからだ。 つも黒い目を大きく見開いて小さな仲間の話に耳を傾け、話の終わ そこでお前はそこにいる、シスターよ。そしておれは、まさしく り近くなるといつもそのロの両端がつり上がり始めたということ 死ぬべきものとしてここにいる。そしてお前はおれにくるなといっ だ。話が終わるころには、そばかすがクシャクシャと寄って笑い顔 た。おれにはできない。おれはゆくそ。そしてもしお前がおれに死になり、赤毛の頭が一方にかしげられたという。彼のお気に入りの を投げかけても、おれはそれに正面から立ち向かう。そうでなけり表現はーーーわたしの理解している限りではーー「グワン ! 」という ゃならないんだ」 ャツで、その鼻は十二歳になる前に二度砕かれていた。彼が鼻を本 わたしは壜に残っていた酒を飲み干した。 にはかり向けるようになったのは、まさしくこのためである。 稲妻がさらに幾つか閃き、山の後ろでさらに幾つか雷鳴がし、さ 三十年の月日とそのあと得た四つの正式な学位を身につけて、彼 らに稲妻が閃いた。 はロッジのわたしの部屋でわたしと向かい合っていた。わたしは彼 「これは神聖な酔いに一番近いことなんだ」わたしは雷鳴に対してを先生と呼んだが、そのわけは、誰でもがそう呼ぶからであり、ま た彼が人間の身体を切り開いて中を覗く免状を持っているだけでな やま そしてその時、彼女はわたしに向かってウインクした。それは彼く、 人がいわばちゃんとした頭を持てるよう介添え役もするからで フェニッ 女の上にはるかに高くかかる赤い星だった。天使の剣であり、不死あり、さらにまた、彼がニャリと笑って頭を一方にかしげ、「グワ の翼であり、燃える霊だった。それは何マイルもの距離を越えン ! 」といった時、いかにも先生と呼ばれて然るべき顔をしていた て、わたしに向かって輝いた。それから幾つもの世界の間を吹いてからである。 いる風が、わたしに向かって吹き降ろしてきた。それは涙と氷の結わたしは彼の鼻に一撃浴びせてやりたかった。 品で一杯だった。わたしはそこに立ってそれを感じ、それから「逃「畜生 ! 本当なんだ・せ ! 」わたしはいった。「おれは本当に火の げるなよ」といし 、もう一度すべてが闇に包まれるまで山を見つめ鳥と戦ったんだ ! 」 続け、叫び声を発して息づくのを待っている胎児のように、そこに 「カスラじゃ、われわれはみな幻覚を見たよ」彼は指を一本立てて タス
射行動で。もとをただせば、それはまえまえから彼の一部を形づくている母親を、そして、そして小さな娘のほうも、それとおなじよ っていた反射行動であり、ある探険隊に参加した彼が、聖ステ。 ( ノ うに、人形を肩の上で支えている光景を、わたしは見た。しかし、 6 山麓の森のはずれで一行におそいかか 0 た狼のような獣の群れの前それはーー愛は、ー・全体の一部ではないだろうか ? きみがこれま に立ちふさが 0 たのも、そのためだ 0 た。彼が手斧一挺で獣の群れでにしてこと、あるいはしたいと望んだことの ? 積極的あるいは と立ちむかい、八つ裂きにされているあいだに、一行はキャンプ地消極的なそれの ? わたしにわか 0 ているのは、それがわたしに持 へ逃げ帰り、そこで守りをかためて、命びろいしたのだ。勇者の真ち場を離れて駆け出させ、それがわたしを = リナーの飛行艇に乗り 髄とはつねにそうしたものーーー彼がこれまでにしたこと、したいと こませ、嵐をついてあの現場へ向かわせたということた。 思い、あるいはしたくないと思うこと、すればよかったと思い、あ だが、わたしは間に合わなかった。 るいはしなければよかったと思うこと、それらすべての総和であら ほかのだれかが間に合ったと知って、どれほどわたしはうれしか かじめ決定された無意識の一瞬であり、脊髄神経を走る一つのス。 ( ったことか。あのうれしさは一生忘れないだろう。ジョニー・キー ークなのだ。苦痛はそのあとでやってくる。 ムズがわたしの真上を上昇しながら、ライトを点減させ、無線でこ わたしたちは壁のギャラリーを見まもった。人間が理性的動物 ? ういってきたのだ 野獣と天使の中間の存在 ? わたしがその夜射殺した殺人者に、そ「安心しろ。みんなぶしだ。人形もな」 れはあてはまらない。彼は、道具を使い、死者を葬う生き物ですら「よかった」わたしはいって、艇首を返した。 なかった。ーーー笑い、憧れ、肯定する ? そうした行為はどこにも ・ ( ルコニーの上に艇を着地させたとき、人影が一つ近づいてき 見いだせなかった。 ばかばかしいと承知の上でなにかをする自た。わたしが艇から降りるのといっしょに、チャックの手に銃が現 われた。 分を眺める自分を眺める ? 凝りすぎだ。人間はなんの見境もなく、 ばかばかしいことをやってのける。たとえば、愛用のパイプと一罐「ジャス「おれはあんたを殺したかない」彼はそうロを切った。 のタ・ ( コをとりもどすために、燃えさかる家の中へとびこんでいく「だが、けがはさせるぜ。あっちの壁を向け。この飛行艇はおれが ような。 宗教を発明する ? わたしは祈っている人びとを見たもらっていく」 が、それは発明とはいえなかった。それは、自分を救うためにほか「気でもくるったのか」とわたし。 のありとあらゆる手段をつくしたあとの、のつびきならない努力だ 「おれは自分がなにをしてるか心得てるさ。おれにはこれが要るん った。反射運動だった。 だ、ジャス」 愛する生き物 ? 「なんだ、要るんならそう、えま、 し。しい。なにもおれに銃を向けること その定義だけは、否定できないかもしれない。 はないじゃないか。こっちの用はすんだところだ。持っていけよ」 自分の腋の下まで濁流がきているのに、小さな娘を肩の上で支え 「ロティとおれのふたりに必要なんだ」彼はいった。「むこうを向
いないんだ」 いった。、「まず疲労のせいで」二本目の指を立てて「次に高度がわ 「だからどうだっていうんだ ? 千年前ならアメリカってものにつ れわれの循環系に影響を及ぼし、その結果脳に影響を及・ほしたか ら」三本立てて「感情的な刺戟のせいで」四本立ててそれにわれわ いて、君は多分いまと同じことをいっただろうさ」 れは幾らか酸素に酔っていたから」 「あるいはいったかも知れん。だが、あの神経科医は君の脳波につ いて、・ほくに得心がゆくように説明してくれたよ。視神経への衝撃 「ちょうどもう指がなくなったろう、もう一方の手を暫く尻の下に : 。だからまあ聞けよ」わたしはいった。「そいつだ。一体なんでわざわざ他処へそれてエキゾチックな解釈なんても しくとすりや : はおれに飛びかかった。おれはそいつに向かって。ヒッケルを振り回のをでっち上げるんだ ? 単純なやつのほうが一般的にいって結果 したが、そいつはおれを気絶させ、おれのゴーグルを壊した。目をはいいんだ。君は幻覚を見てよろめいたのさ」 「オーケー」わたしはいった。「いつも君と議論する時には、たい さますと、そいつはいなくなっていて、おれは岩棚の上に倒れてい た。そいつは一種のエネルギー生物だったと思う。君はおれの脳波てい弾薬が必要になるんだ。ちょっと待ってろよ」 を見たろう。それは正常じゃなかった。そいつはおれに触れた時わたしは自分の押入のところへ行って、一番上の棚からそれをつ かみ降ろした。それをベッドの上に置いて、前にくるんでおいた毛 に、おれの神経系にショックを与えたんだと思うね」 「君は自分の頭を岩にぶつけたんで気絶したのさーーー」 布を解き始めた。 「おれはそいつに向かってビッケルを振り降ろしたといったろう」 「そいつのおかげでおれが後ろへ倒れて岩にぶつかったのさ ! 」 「その点は同意するよ。岩は現実だからな。だが、宇宙のどこにだわたしはいった。「そう、おれはそいつに触れた・ーー気を失う一瞬協 っていまだかって″エネルギー生物″なんてものを見つけたやつは前にな。見ろよ ! 」 を 4 まい、 ` 44 0 一 2 洋
ず、そこを逃げ出し、それより上に自分を置こうとせざるを得ない た。わたしは歯をくいしばり、そしてわたしの登山靴は足元で岩に 人間なのか ? 上への道は長くて困難な道だ。だが、もしも成功す傷をつけた。 れば、世間はその男にある種の花輪を与えるに違いない。そしても し転落したとしても、それもまた一種の栄光となる。高みから投げ われわれはついに頂上を見た。 十七万六千フィート 出されて、恐ろしい破減と燃焼の深みの中に落下して果てるのは、 のあたりで、狭い岩棚を伝わりながら、岩に 敗者にはふさわしいクライマックスであるーーー・何故なら、そのことカッカッ音を響かせ、。ヒッケルで道を探っている時に、一同はヴィ もまた山々と人の心とを揺すり、それらの下にある思念のようなくンスの「見ろ ! 」という叫びを聞いた。 われわれは見た。 さぐさのものをかき立てるものであって、挫折と寒気の中に咲く一 。その寒気はいかにも厳しずっとずっと上の方、さらにそのまた上の方で、青く凍って鋭く 種のしおれた勝利の花輪なのだから・ : く、そのため最後の行動は、その動きは、どこかで永遠に凍りつい 死のように、そして空に向かって切りつけたロキ ( を破壊・災難の神 て、最後の意図と目的とを彫像のような硬い姿に固定する。その最短剣のように、それはわれわれの頭上で電気のように振動し、凍っ 後の意図なるものは、われわれが皆その存在を恐れている宇宙の悪た雷の一片のように空に懸かり、そして精神の中央ーーーそれはつま に向かって鋭く鋭く鋭く切り込んできて、ねじ曲が 意によって、もつばら妨げられたものなのだ。ある種の必要な徳をり願望だが 欠きながら大望を抱く聖者ないし英雄も、やはり殉教者として認めり、そしてわれわれを引っかけ、そのさかとげでわれわれを燃やす られるかも知れない。何故なら、人々が最後に本当に覚えている唯釣針となった。 一のことは、それは最後の形だけなのだから : 。わたしは他のすヴィンスは顔を上げて頂上を見た最初の人間となり、死ぬ最初の べての山に登った時のように、自分がカスラに登らねばならぬこと人間となった。それはあっという間もなく起こったが、それをして を知っていた。そしてその代償が何であるかも知っていた。そのたのけたのは、あの恐ろしげな物のどの一つでもなかった。 めわたしはたった一つの家庭を失った。だが、カスラはそこにあ彼は足をすべらしたのである。 り、わたしの登山靴はわたしの足を求めて叫びをあげた。わたしは それで終わりだった。それは難しい登攀の最中だった。彼は一秒 それをした時、どこかその頂上に登山靴を踏まえ、そしてわたしの前はわたしのすぐ後ろにおり、次の一秒にはもういなかった。回収 下で一つの世界が終わりつつあるのを知っていた。もしも勝利の瞬すべき身体はどこにもなかった。彼は長い墜落を始めていた。物音 間が手元にあるとしたら、その時世界というのは何たろう ? そし一つない青さが彼の周りにあり、大きな灰色が下にあった。これで てもしも真と美と善が一つであるとしたら、どうしていつもその一一一われわれは六人になった。われわれは身震いした。そしてわたしは 者の間でこうしたあつれきがあるのだろう ? 全員がそれそれのやり方で祈ったと思う。 だいま 幻の射手はわたしに向かって矢を放ち、輝く鳥は襲いかかってき 亡き友ヴィンスよ、願わくば善き神提が君を光輝の道に導 に 6