( クスターは背こそ低いが、牡牛のように胸の厚いがっしうのは、図々しいといわれても仕方がないんしゃないかね」 プラインの目はなかば閉じられた。彼は・ハクスターが接近戦を得 りした体の男だった。頭はすっかり禿げ上がり、目は鼻眼鏡の後ろ で表情を欠いている。背広は地味なのを着て、襟の折り返しにウォ意とするという評判は聞いていた。これは個人に対する侮辱ではな いのだ、と彼は自分に言い聞かせた。彼自身しばしば用いてきた商 1 ル街貴族院のルビーに真珠をちりばめた小さな記章をつけてい 売上の駈けひきの一種なのだ。それならそれで、おなじように対応 ・フラインはパクスターの机の上に書類をひろげ、もう半時間も前しなければなるまい。 「わたしが選択権をもっこの森林地帯の場所の特殊性にご注目いた から話しているのだった。彼は数字をあげ、市場の趨勢を指摘し、 景気の上向くことを予言した。そして今、不安な思いに汗をにじまだきたい」・フラインは言った。「資本の投下さえじゅうぶんなら、 せながら、・ ( クスターのロに返事の言葉が洩れるのを待っていた。持株を大幅にふやせられることはいうまでもなく , ーー」 「希望、夢、約束」・ ( クスターは溜息をついてみせた。「それはま ハクスターは言った。 「ふうむ」べン・ プラインは待った。こめかみが脈打ち、ずきんすきんと絶え間なあ、あんたは値打ちのあるものをお持ちなのかもしれん。だが今の く鈍い頭痛におそわれると同時に、胃の中がきゅっと引き締まるよところ、そいつはまだ、じゅうぶんに証明されておらんわけでね」 これはビジネスだ、と・フラインは自分に言い聞かせた。この男は うな胸苦しさをお・ほえている。もう何年も前から怒りにまかせて喧 それはわかる。取引では譲歩せざるを 嘩するなどということはなかったので、こんな状態におかれることおれを支援する気はない にはなれていなかった。会見がすむまで、なんとか自分を抑えてい得ないのは予期していた。当然のことだ。この男はただ、値切ろう として、こんな態度に出ているのだ。けっして個人的な : : : 」 られると、 ししが、と彼は祈るような気持だった。 だがその日いちにちのうちに、プラインには、あまりにも多くの 「あんたの要求する条件は、ほとんど非常識というにちかいな」と ことが起りすぎていた。血色のいい赤い顔をした十字軍戦士、レス バクスターは言った。 トランで聞えてきたあの声、自由をあこがれたあの短命な夢、二人 「はあ ? 」 これ以上はもう、耐えられそうもない 「非常識といっているのだ、・フラインくん。あんた、耳が遠いとみの男とのあの殴り合い と、彼は思った。 えるね ? 」 「もうすこし穏当な申し出でをしたらどうだな、・フラインくん」・ 「いいや、けっして」・フラインは打ち消す。 「それなら、けっこうだ。あんたの提示する条件は、持株のひとしクスターは言った。「ささやかで従属的な、あんたの持株の現状に 見合ったような申し出でを」 い二つの会社の間でなら、交渉の余地はじゅうぶんにあるだろう。 9 7 この男はおれをからかっているのだ、と・フラインは思った。だ だが、ここでは事情がちがうな、プラインくん。あんたとこ程度の が、もう我慢はできなかった。彼は・ハクスターにおとらぬ高い身分 規模の会社が″・ハクスター合同企業にそんな条件を申し出るとい
「君の写真を撮ったのさーーーもし君が本当にそこにいるんならね」 「何のためなの ? 」 「君が行ったあとでよく見るためにね。おれはきれいなものを見る のが好きなんだ」 「 : : : 」彼女は何かいったようだった 「何だって ? 」 「何でもないわ」 「何でいわないんだ ? 」 「 : : : 死ぬわ」 「ちゃんといえよ」 「彼女は死ぬわ : : : 」彼女がいった。 「何故 ? どういうわけで ? 」 「 : : : 山の上で」 「よくわからんな」 「 : : : もやつばり」 「何がいけないんだ ? 」 わたしは一歩踏み出し、彼女は一歩後退した。 「あたしを追いかけてくる ? 」彼女が訊いた。 「いいや」 「お帰りなさい」彼女がいった。 「そのレコードの裏の面には何があるんだい ? 」 「登り続けるつもり ? 」 「ああ」 すると、「いいわ ! 」彼女は突然いった。 「あたしはーーー」そこで彼女の声はまたとまった。 「お帰りなさい」彼女はしまいに何の感情もこめずにいった。 道はゆっくりもう一度左手の方へと続いた。われわれは這いつく ばい、手足をぶざまに伸ばし、石に穴を刻んだ。蛇どもは遠くでシ ーいっていた。彼らはいまは終始そばにいた。鳥はわれわ れを落とそうとして、決定的な瞬間にまたやってきた。怒り狂った 雄牛が断崖の上に立って、われわれめがけて吠え立てた。幻の射手 が火の矢を切って放し、矢はいつも当たる寸前に消えた燃え立っ雪 あらしがわれわれめがけて吹きつけ、取り巻き、過ぎ去った。われ を越えるころに われは北側の斜面に戻っていて、十六万フィ 1 ト は、相変わらす西に向かっていた。空は深く青く、星がいつも光っ ていた。・ とうして山はわれわれを憎むのか、とわたしは考えた。こ うしたものを呼び起こすような何かが、われわれの身に備わってい るのだろうか ? わたしは十何遍目かで娘の写真を眺め、いったい 彼女の正体は何なのだろうと考えた。これはわれわれの心の中から すくい上げられて、娘の形に練り上げられたものだろうか ? セイ レン ( 半女人半鳥の海の怪物、美しい歌声で ) のように、 ( ルビ = ィア ( 顔せ身 で、鳥の翼と爪を ) のように、われわれを誘惑し、導いて行って、最後 持った強欲な怪物 の転落の場所へと連れ込むためのものだろうか ? 長い長い転落の 道のりへと・ : わたしは自分の生涯を思い返してみた。どうして人は山へなど登 るようになるのだろうか ? 平坦な土地がこわいから、高みへと引 きつけられるのか ? その男は人間の社会にどうしても適合でき 「悪いがね」 そして彼女は消えた。 6 に 4
存在するさいの、あの独特のあり方が、強く感しられた質時代の幾代にもわたってずうっと続いたのだ。わしは ものだった。もちろん、わしはこれに大いに気をよくしこの恥かしさをかくすために、噴火口の奥底ふかくにも たことを言っておかなくてはならない。もうわしには消ぐりこみ、また大陸の頭を覆う氷河の頭巾に悔恨の歯を されてしまったあの最初のしるしを嘆く気もちなど起らっき立てていた。あの Kgwgk のやつは、この天の川の なくなっていた。それほどこの新しいしるしのほうが較回遊ではいつでもわしの先を進んでいるのだから、わし べようもなく美しいものとわしには思われたのだった。 が掻き消してしまう前にあのしるしを見つけて、い力に しかしその同じ銀河年が終りもしないうちに、はやくも下司のあいつらしく、わしを馬鹿にするために、この も、この世界のものの形は、すべてまだ当時はほんの仮銀河をとりまく球面のいたるところに、へたくそな物真 りのものに過ぎなくて、いずれはつぎつぎに変ってしま似をしてあのしるしをかき散らすことだろうという考え うものばかりなのだということがわかりだした。それがに、わしは悩まされていたのだった。 感じられ始めると同時に、ふるいイメージにたいする腹ところが今度は、複雑をきわめる天体の時間装置がわ 立たしさも生まれ、思いだすことさえ我慢できないとい しのほうに味方をしてくれた。 Kgwgk の星座はしるし うくらいになった。わしはまたしても新しい物思いに苦にゆき会わすにすみ、われわれの太陽系がその第一周の しめられるようになったーー・ー宇宙のただなかにあんなし終りにはびったりそこへ帰りつき、わしは念入りにすっ るしを残して来てしまった、あのときこよ 冫をいかにも独創かりそいつを消し去ることができたのだった。 的で美しく、その機能にふさわしいと思われたのに、今こうして、わしのしるしというものは、もう宇宙には となってはあまりにも場違いな仰々しさで思いだされるたたの一つもなくなった。もちろん、もう一つべつのを あんなしるしを。それも、何よりもしるしというものに かいてみることだってできたわけだが、今ではわしにも、 しるしというものはそれをこしらえた人柄を判断する役 ついてのいかにも時代おくれな考え方のしるしとして、 またもっとはやく見切りをつけることができてもよかっ にも立つものだとわかったし、それに銀河の一年のあい たろうに、愚かにもわし自身が当時のもののあり様と共だには、趣味も考え方も変ってしまうことだってあり得 謀になっていたことのしるしとしてだ。要するに、わしるし、昔の人たちをどんなふうに見るかということも、 はあのしるしが恥かしくてたまらなかったのたーーーあれ結局はあとからやって来るもの次第だということもわか ったのだ。要するに、わしが恐れていたことは、今でこそ は幾百、幾千もの世紀にわたって、つぎつぎに飛び交い 近寄って来る天体に、たたそれ自体の滑稽な眺めばかり完全無欠のしるしだと思えるものでも、二億年あるいは か、わし自身と、またわしらのあの仮りの見方までも笑六億年もたっころには、わしに恥をさらさせるようにな いものにして示し続けているのだー これを思いだすたるかもしれないということだった。それにひきかえ、惜し びに ( しかもわしはこのことばかり絶えず思いだしてい いことにも、 Kgwgk が乱暴に抹殺してしまったあの最 9 っさいの形の始まりに先立って生まれ たのだ ) 、羞恥の炎がわしをとらえて、それがさらに地初のしるしは、、
いないんだ」 いった。、「まず疲労のせいで」二本目の指を立てて「次に高度がわ 「だからどうだっていうんだ ? 千年前ならアメリカってものにつ れわれの循環系に影響を及ぼし、その結果脳に影響を及・ほしたか ら」三本立てて「感情的な刺戟のせいで」四本立ててそれにわれわ いて、君は多分いまと同じことをいっただろうさ」 れは幾らか酸素に酔っていたから」 「あるいはいったかも知れん。だが、あの神経科医は君の脳波につ いて、・ほくに得心がゆくように説明してくれたよ。視神経への衝撃 「ちょうどもう指がなくなったろう、もう一方の手を暫く尻の下に : 。だからまあ聞けよ」わたしはいった。「そいつだ。一体なんでわざわざ他処へそれてエキゾチックな解釈なんても しくとすりや : はおれに飛びかかった。おれはそいつに向かって。ヒッケルを振り回のをでっち上げるんだ ? 単純なやつのほうが一般的にいって結果 したが、そいつはおれを気絶させ、おれのゴーグルを壊した。目をはいいんだ。君は幻覚を見てよろめいたのさ」 「オーケー」わたしはいった。「いつも君と議論する時には、たい さますと、そいつはいなくなっていて、おれは岩棚の上に倒れてい た。そいつは一種のエネルギー生物だったと思う。君はおれの脳波てい弾薬が必要になるんだ。ちょっと待ってろよ」 を見たろう。それは正常じゃなかった。そいつはおれに触れた時わたしは自分の押入のところへ行って、一番上の棚からそれをつ かみ降ろした。それをベッドの上に置いて、前にくるんでおいた毛 に、おれの神経系にショックを与えたんだと思うね」 「君は自分の頭を岩にぶつけたんで気絶したのさーーー」 布を解き始めた。 「おれはそいつに向かってビッケルを振り降ろしたといったろう」 「そいつのおかげでおれが後ろへ倒れて岩にぶつかったのさ ! 」 「その点は同意するよ。岩は現実だからな。だが、宇宙のどこにだわたしはいった。「そう、おれはそいつに触れた・ーー気を失う一瞬協 っていまだかって″エネルギー生物″なんてものを見つけたやつは前にな。見ろよ ! 」 を 4 まい、 ` 44 0 一 2 洋
それから思いついたように、「あんたはほうぼうを歩いてる」 るんなら、うちよりここのほうがいいと思って」 一分ほどして、彼はまたつづけた 「雨もりか ? 」 「あんたは地球で生まれた。地球で ! それから、ほかの世界もあ チャックはかぶりを振った。 っちこっちめぐり歩いた。まだ、おれの生まれない前にだ。地球な 「女房のおふくろ。よくくるんだよ」 んて、おれにとっちやただの名まえさ。それと、せいぜい写真でし わたしはうなずいた。 かない。ほかのたくさんの世界もーー、みんなおんなじさ ! 写真 「小さい世界の悩みの一つだな」 彼は頭のうしろで両手を組み、椅子にもたれて、窓のほうに目をと、名まえと : : : 」・ わたしはじっと待ち、待つのが退屈になったところでいった。 やった。この男も一雨きそうな気配だった。 アメリカの詩人工ドウイン 「『ミ = ヴァー・チ 1 ヴィー、嘲笑の子』か」 ( ・ロビンソンが一九一〇年 「おれがいくつになるか知ってるかい ? 」しばらくして、彼はきい に書いた ) 「なんのことだい ? 」 「いや」と、わたしは嘘をついた。彼は二十九歳なのだ。 「二十七だよ」と、一彼はわたしに告げた。「もうすぐ二十八にな「古代の詩の出だしの一行さ。いまから見ると古代の詩だが、おれ の子どもの頃にはまだ古代ってほどじゃなかった。昔の詩というだ る。いままでおれがどこにいたか知ってるかい ? 」 けだった。おれには友だちも、親戚も、姻戚もあった。一度は自分 「どこでもないんだ、泣けるよ、もう ! おれはこの貧乏くさい世自身もいた。それが、いまは白骨でさえない。土だ。比喩的な土じ 界で生まれて育った。それから結婚して、ここへしりを落ちつけたやなく、ほんとの土だよ。過去の十五年は、おれにとっては十五年 まだいっぺんも外へ出たことがないんだ ! 若いときはそうすに思える。そこまではきみとおなじだが、その十五年がちがうん だ。もう歴史の本の中のずいぶん前の章になってるのさ。人間は星 る金がなかった。いまは世帯持ちになって : : : 」 彼はまたもや体を前に乗り出し、子どものように膝の上で頬杖を・ほしのあいだを旅するたびに、自動的に過去を葬るものなんだ。自 ついた。チャックは五十になっても子どもに見えるだろう。 , ーー短分がいったん後にした世界は、もしかりにそこへもどったとして く刈りつめた・フロンドの髪、ししつ鼻、なんとなくひょろりとしても、もう他人ばかりーー・でなけりや、友人や親戚のカリカチ = ア いて、すんなりきれいに日焼けするたち。たぶん、五十になってか、ことによ 0 たら自分のカリカ = アみたいな人間でいつばいだ。 も、やはり子どものような行動をするかもしれない。断言はできな六十歳で祖父になり、七十五歳から八十歳で曾祖父になるのは、た 、 0 、 0 だが、三百年間よそへ出たっき いしてむずかしいことじゃない 影、刀 りで、それからは故郷へもどってきて、ひい、ひい、ひい、ひい なにもいうことがないので、わたしはなにもいわなかった。 ひい、ひい、ひい、ひい、ひい、ひい、ひい、ひい孫に、それも五 彼はまたしばらく黙りこんだ。 3 5
たしるしとして、またいっさいの形ののちにも生き永らし痕が消えるものであるのなら、彼が例のあの点にこし えるであろう何ものかを秘めていたに違いないしるしとらえた最初の消し痕も今では消えてなくなっているはず 8 して、つまり、しるしであるというただそれだけの事実そだし、わしのしるしもその最初のころの鮮明さに戻って のものとして、今や時の変化すらも及び得ずにいるのだ。 いるに違いないー あのしるし以外のしるしをこしらえることは、もはや こうしてふたたび期待がわしの毎日を不安で彩るよう わしにとって何の興味もないことだった。そしてあのしになった。銀河は熱したフライバンのオムレッよろしく るしでさえも、今ではもう何十億年も前から忘れてい むきを変え、その銀河そのものがそもそもフライバンで た。こうして、ほんもののしるしをこしらえることはであると同時にこんがりと狐色したオムレツでもあったわ きないものの、ただ何とかして Kgwgk の邪魔をしてやけだが、わしもまたそのなかでいっしょになって、じり りたくて、わしはいくつもにせのしるしをこしらえ始めじりと焦がれる思いにはぜていた。 た。空間にきずをつけたり、穴をあけたり、しみをつけしかし無数の銀河年を過ごして来たあいだに、宇宙空 たり、細工をしたり、どれもこれも Kgwgk のような未間はもはやあの一面に荒涼として色褪せた拡がりではな 熟なやつだけがしるしと取り違えることができるような くなっていた。通り過ぎた所にしるしをつけてゆくとい ものばかりだった。それでもむこうは夢中になってそれう考えは、わしと Kgwgk が思いついたのと同じよう を消しまわっていた ( その後の回遊でちゃんと確かめてに、太陽系以外の無数の惑星に散らばる大勢の胸にも生 おいたがね ) 、こいつはずいぶん骨の折れる仕事だったまれたのであり、わしは絶えずこうしたもののどれか に違いない・せ ( こうなると、こっちはどこまでやつがおに、ときには一つや二つどころか一ダースものやつにぶ 人良しになれるものだか知りたくてね、宇宙いつばいに つかるのだった ただ単なる二次元的な落書きから、 このにせのしるしをばらまいてやったものさ ) 。 あるいは三次元の固体 ( たとえば多面体 ) 、さらにはま さて、こうした消し痕を何回となく見てまわっているたいっそうの入念さでこしらえあげられた、四次元とあ うちに ( 銀河の回転も今では、わしにとっては何の希望らゆるものを備えた代物まで。実際、わしはわしのしる も目的もない、ただ物憂く退屈な旅に過ぎないものになしのあるあの点にゆきっきはしたものの、そこには五つ っていた ) 、わしはあることに気がついた。つまり、銀河も、みんな一かたまりになってある始末た。わしのしる 年をくり返してゆくにつれて、空間にあるこの消し痕がしなんそは、もうこのわしにだって見わけられるものじ だんだん薄れて来て、その下からわしが先にそこにつけやあない。こいった、いや、このもう一つのだ、とんで ておいたもの、すなわちわしのーーー前に言ったとおりのもない、これは風采がひどくモダンすぎるそ、それでも にせのしるしがまた現れて来るということだった。 やつばりいちばん古臭くも見えるな、これにはわしの技 この発見は、わしをがっかりさせるどころか、かえってが見あたらないぞ、でもこんなふうにしてみようって気 ふたたびわしに希望を燃えたたせた。もし Kgwgk の消になったかもしれないし : : : そのあいだに銀河は宇宙を
査定する」 「逃げまわるだろうな。たいていは殺られちまうがね」 や 「金を払えば殺してもいいのか」 「殺り損なったら」 「ああ」 「許可料は戻っては来ない。それが国の大事な財源なんだ」 「相手の価値をチェックするって、どういう価値だ」 腐り切っている : : : はじめそう思ったが、腐り切った社会で何と 「社会的価値さ」 か秩序を保とうとすれば自然そういうことになるだろうと気がつい こ 0 「ふうん」 「たた、許可する前に相手にも知らせる」 「いい点もあるぜ」 「知らせるだけか。保護しないのか」 ジャンは皮肉な喋り方になった。 「そいつも金さ。通知を受けたら、その申請を認めさせないため「気軽に申請を出せない人間になればいいわけだ。ということは、 に、それ相応の金額を納めればいい」 所得を誤魔化さないほうがいいということになる 「驚いたやり口だな。それじゃあ、金持ほど有利しゃないか」 「そうか。金より命たものな」 「そうだよ。拝金思想の行きつくはてがこうなったんだ。でも、君「そうだろう。したがって、我々の社会にはほとんど脱税というも のいた社会だって、似たようなもんじゃなかったのかね。金持ほどのがない。こいつは世の中を治める側にはうまい話だ」 有利だってのは、そう不自然なことじゃないんだ・せ」 「それが Z ・体制というのかい」 「でも、いっからこんな風なのだい」 「いや、 Z ・はちょっと違う。・たちは今のやり方をきちん 「ずっと以前からさ。もとは単純なことさ。たとえば悪事を働いてとした法律にしただけだ。こういうことは自治体単位ではすっと以 も、袖の下次第でどうにでもなるくらい世の中が腐ってしまってい 前から行なわれていたのさ」 れば、かえってそいつを法制化するほうがいいじゃないか。万引な はじめは自然に発生した制度らしい。 ら十ローン。殺しなら百ローンとね。袖の下を国に納めるわけだ「じゃあ、 z ・体制というのは」 な。しかも、社会的に価値のある者なら、五百ローン出さなければ「すぐに判るさ」 許可証がおりない場合たってある。貧乏人は金持を殺したくてもあ ジャンはそう言って話を打ち切った。 きらめるしかなくなる」 あたりの様子が変わって来ていた。前方に長い煉瓦の壁が見えは 「借金してでも五百ローン都合して来たら : : : 」 じめ、その間が緑地帯になっていた。どうやらマックという男に近 「警察が金持のほうへおきまりの通知を出す。八百ローンでこの申付いたようであった。 請をとりさげる、とね」 「八百ローンがないときは」 4 3
雑誌「日本及日本人」表紙 しまうではくて、英語がまるつきりだめで、競馬に負けて : : : と、 この連載を始めたばっかりに、健全な社会生活を営むう ( がなえで不利になるような都合の悪いことをいつばい白状し くなったてしまった。ああ、それなのに、それなのに それでも、お客さまは神さまだ。ここのところは、ひ ら、残るの 、ま〔、を、はととつほほに流れ落ちる清らかな一すじの涙をそっとふい 一だけて、この手紙のヌシのいうように、読者のためになるこ とを書くことにしよう。 、、せ ~ 早 ~ 、じゃない ゴル そこで、なにが一番読者のためになるか、いろいろ考 ゴがなえてみたが適当な答えが見つからない。しかたがないの くなったで、毎月たくさんいただく古典についての質問の中 ら、もう、 から、なんとか答えられそうなものについて書くことに あの人間ばした。これなら、最低、質問者に対してはためになる。 手紙のヌシの要請にびったりだ。 なれした顔を見ることができなくなってしまうー というわけで、今回は質問コーナーの巻。 ・ほくは、どうすればいいのだ。もっと読者のためにな ることって、いったい、なにを書けばいいのだろう ? 以前にも書いたことがあるけど、読者はみんなちがう意囹矢崎嵯峨の屋「夢現境」についての質問 見を、この「こてん古典」に対して持っているのだ。ウ O 明治の中期に「夢現境」というタイトルの、月世界 それに、この手紙のヌシは、・ほくが読者を・ハ力にしてを舞台にした小説が書かれていると聞きましたが、この いるっていうけど、前号の曾呂利新左衛門の一件にしたページの第四回「日本月世界旅行譚」には名前も触れら って、・ほくはかなり苦労して書いている。読者を・ハ力にれていません。この小説の作者名と内容を教えてくださ したことなんか、ほんの数回しかない。・ほくが、このペ ージを毎回魂をこめてカの限り書いていることは ()n の編集部だってよく知っている。 ( 知らないなあ、そん「夢現境」は、明治二十四年に坪内逍遙門下の矢崎嵯 峨の屋 ( 別号、嵯峨の屋おむろ。文久三年 ~ 昭和二十二 なことーーー編集部 ) それから、また、自分に都合のいいことばっかり書い年 ) が、当時の有名誌「国民之友」に発表した短篇小説 ているっていうけど、そんなことはない。ぼくは神経痛です。ご質問のとおり、月世界を舞台にした作品です : 、・ほくの判定では的ではありませんので、第四回 で、アレルギー性鼻炎で、貧乏で、お嫁さんの来手がな 1 6 8
「ああ」 きるのだ。コン。ヒ、 1 ターは恐らく急いでプログラムされたに違い 「あなたはどうやって上がってきたの ? 」彼女が説いた・ ない。何故なら、彼は死にかけていたのだから : : : 。彼は彼女とい っしょになるには遅すぎるのを見て取った。彼は急いで機械を基礎「登ってきたのさ」 的防衛にセットし、 = ネルギーの場を消して、それから自分の身を「ほんとに。フルガトリオを登 0 てきたの ? 外側を ? 」 そう登って " 暗い密やかな場所。へと運んだのだ。こうしてこの機械が鳥や天「プルガトリオ ? 君たちはそう呼んでいたのかい ? 使や蛇を投射し、わたしに対して焔の壁を噴き上げたのだ。彼は死きたよ、外側をね」 んだ。そして機械は瀕死の状態にある彼女を守 0 たーー・助けにくる「あたしたちは、そんなことができるなんて思「てもなか 0 たわ」 。わたしが山に来たことが「ほかにどうやって頂上にこれるというんだい ? 」 者をも含めたあらゆるものに対して : それを作動させた。防衛装置を通り抜けたことが、彼女を生〈と呼「中は空洞なのよ」彼女がい 0 た。「大きな洞窟やすごく大きな通 路があるの。気圧調整装置のあるジ = ット・カーで、中を上昇して び返すようにさせたのだ。 くるのは簡単なのよ。実際、それは楽しい旅だったわ。一人二ドル 「帰レ ! 」わたしは機械が投影した天使の姿を通していうのを聞い 半よ。上りも下りも一時間半。気圧調整服を借りて、頂上の周りを た。それはヘンリーが洞窟にはいっていたからだった。 一時間歩くのが一ドル。午後の行楽にはびったりよ。いい眺めでし ? 」彼女は大きくあえいだ。 「こりや驚いた ! 」わたしは彼がそういうのを聞いた。「それは誰 「あたし、あまりいい気分じゃないわ」彼女がいった。「水を持っ だい ! 」 「せんせいを呼んでくれ ! 」わたしは叫んだ。「急げ ! あとで説てる ? 」 明する。生死にかかわることなんだ ! 通信機が効く場所までまた「ああ」わたしはいって、持っていた水を全部やった。 登って、彼にドーソン病だといってくれーーこの土地の悪い病源菌彼女がそれをすすっている間、わたしは医者が必要な血清を持っ ているか、さもなければ、それが手にはいるまで彼女をまた氷と眠 だ ! 急げ ! 」 りの中へ送り帰すことができるようにと祈った。わたしはまた、彼 「いま行くところだよ」彼はいって、出て行った。 が大急ぎでくるようにと祈った。というのは、彼女の渇き具合や頬 「お医者さんがいるの ? 」彼女が訊いた。 の赤さなどから推しはかって、二時間というのは長すぎるように思 「ああ。わずか二時間ほどのところにね。心配しなくていいよ : おれにはまだわからないんだが、どんな風にして君をこんな山の頂えたからである。 「あたしの熱がまたぶり返したわ」彼女がいった。「何か話して、 上まで上けることができたんだ ? こんな沢山の機械はむろんのこ : 何でもいいから話して。先生がくるま ホワイティ 、お願い とたが」 で、あなたといっしょの世界にいるようにして。あたし、昔起こっ 「あたしたちはあの大きな山ー四十マイルの山の上にいるの ? 」 せんせい
し・ほりとった日ざしは、窓という窓をオレンジ色の鏡にかえ、三十 ロジャー・ゼラズニイ特集解説 マイル離れた聖ステパノ山脈の両肩でむらさきとすみれ色の影を追 いかけ、その麓の森へまるで超自然的な狂人のように駆けおりてき 一九七〇年代にはいってからのアメリカの動向を要約すれば、 ては、幅一マイルの刷毛と、・ハケツに何百万杯ものーーどれ一つお オリジナル・アンソロジーの好調と新人の輩出、各大学での講座 の新設、そして出版点数の急増、といったところでしようか。一時の なじもののない、濃淡さまざまな、緑、黄、橙、青、赤のーベン 停滞ぶりを考えると目を見はる思いですが、この活況をもたらした遠 キで、うねりたっ草木の海を塗りたくるのだった。 因の一つに、六〇年代の後半イギリスの・・・ハラード、プライア ン・オールディスらと相呼応して、に変革のきっかけを与えた、 朝の空はコルト、真昼はトルコ玉、そしてタ方にはエメラルド ロジャー・ゼラズニイやサミュエル・ディレーニイの活躍があったこ とルビーの硬質のきらめきになる。空がコルトと海霧の中間色を とを忘れるわけにはいきません。当時、ひっくるめて『新しい波』と アイ いう名前で呼ばれたこの人たちの主張は、その後につづく新人作家た 呈した一一・〇〇時、わたしは百三十個の眼でべティを見まもって ちに全面的に吸収されただけでなく、・ へテラン作家にも多大の影響を いたが、来たるべきものの前兆は認められなかった。ただ、妙にし 与えて、今日のの姿を作り上げた、といえそうです。 っこい大気雑音があるばかり。そいつがポータ・フル・ラジオのビア そのゼラズニイとディレーニイの作品が、・ハ ラードやオールディス のそれに比べると、伝統的なのパターンと娯楽性を色濃く備えて ノとストリングスに、よぶんな伴奏をつけていた。 いて、いわばロあたりがいいのに、いろいろな事情から、皮肉にもわ 人間の心はおかしなもので、物を擬人化してみたり、物に性別を が国への翻訳紹介は遅れがちになっていますが、近く早川書房からゼ ラズニイの長篇第一作『果てしなき永劫』 ("This lmmortal") が刊 与えたりする。たとえば、船はいつの場合にも女性だ。きみがふな 行されるとのことなので、この機会にゼラズニイ特集を編むことにし べりを軽くたたいて、「このおばさんはしつかり者でね」とか、 ました。ディレーニイ特集もいずれそのうち実現したいのですが、す でにあるものとしては、本誌五月号のてれぼーと欄に広告されていたⅧ 「この子はじやじゃ馬だけど、足は速いよ」などというときには、 神戸大学研究会の研究誌が、長篇『エン。 ( ィア・スター』の完訳 船体のカー・フのそこはかとない女性的香気を感じているのにちがい を含めた充実した内容のディレーニイ特集号を組んでいますので、・せ ない。それと反対なのが、「どうしてもかかりやがらん、このサム ひ一読をおすすめします。 ( 連絡先〒 673 ー 03 ・三木市細川町 2 5 2 ・米村秀雄 ) のやつは ! 」と、陸上車両の補助エンジンをけとばすとき。台風は ロジャー・ゼラズニイがコロンビア大学卒業後、社会保険局につと つねに女であり、衛星も、海もそうだ。しかし、都市はちがう。一 めながら書いたがはじめて活字になったのは、一九六二年。おも しろいことに、この年には彼のよきライバルとなったディレーニイを 般的にいって、都市は中性だ。だれもニューヨークやサンフランシ はじめ、アーシラ・ル・グイン、トマス・ディッシ = といったのち スコを″彼″や″彼女″とはいわない。ふつう、都市はたんなる の大物が、いっせいにデビューしています。そして、エースブックの ″それ″でしかない。 書きおろし長篇で登場したディレーニイを除いて、ほかの三人のデビ ューの場がすべてアメージング誌かファンタスティック誌であったの しかし、都市がセックスの属性を帯びることも、間間あるにはあ は、ひとえに当時の両誌の編集長だったシール・ゴールドスミスの慧 る。むかし、地球の地中海周辺の小都市がそうだった。これは、そ 4 4