ワイルダーは動きつづけた。銀色の川は曲りくねり、どこまでも「ほかの連中は ? 」とワイルダーは叫んだ。 のびてゆく。だが都そのものは、驚きに眼を見はり、動きをとめて「ああ、もどりそうもないな」こともなげにパークヒルはいった。 6 3 いるように思われた。緊張しているように思われた。さまざまな太「わかるだろう、え ? こんないいところはちょっとないからな」 い筋肉をこわばらせ、身構えているようだった。 「いいところ ! 」舞いおり、舞いあがり、ゆっくりと回転しなが これに気づいて、ワイルダーは走路の上で歩きだした。 ら、ワイルダーは不安げにいった。「みんな退避させるんだ ! 「助かった。門がある。ここから早く出れば出るだけ、おれの気分こは安全じゃない」 「気に入れば危険はないさ。おれは気に入ったね」 門はたしかにあった。そこまで百ャード足らず。だがその瞬間、 そのあいだにも大地の鳴動はますます激しくなっていた。だが。ハ 彼の安堵の声を聞きつけたように、走路は停止した。それはゆれ、 ークヒルには、それはすこしも気にならないようすだった。 つぎの瞬間、逆向きに、彼の望まぬ方向に動きだした。 「おたくは、もちろん出ていくわけだな」とがめる調子もなく、。ハ ワイルダーは眼を疑い、ふりかえったはすみに倒れた。彼はひた 1 クヒルはいった。「そうするんじゃないかと思っていたよ。だ 走る道の表面にへばりついた。 力なぜた ? 」 震動する走路の格子模様に顔を押しつけ、下にある機械のうめき「なぜ ? 」嵐に吹きあおられるトンボのように、ワイルダーは輪を えがいた。荒れ狂う風のなかで、彼はパークヒルに叫んだ。パーク とうなりに聞きいった。ひたすら先を急ごうとする金属の下では、 ヒルは動じたふうもなく微笑して、すなおに言葉を受けいれた。 スズメパチの大群が針をむきだしにして羽音をひびかせ、道に迷っ た蜂がとびかっていた。うずくまったこの位置からでは、もはや門 「何をいうんだ、サム、ここは地獄だそ。火星人はそれに気づいた は見えなかった。背後からのしかかる思いがけない重みに気づき、 からこそ逃げだしたんだ。都市を入念に作りすぎたんだ。この都は ワイルダーはジェット・ パック装置を背負っていたことを思いだし何でもやってしまう。それで我慢できるのか ? サム ! 」 こ。長々とつづく倉庫と博物館の壁のあいだにのみこまれる直前、 その瞬間、二人は同時に空に眼を上げた。空が巨大な蓋を閉じよ 彼の体は巒にうかんでいた。 うとしていた。何枚もの大きな金属板が、都市の上空にせりだして 舞いあがり、あたりを見わたすと、方向を転じ、おちつきはらっくる。大輪の花さながらに、ビルはその屋上から花びらをひろげて て空を見上けているパークヒルの上にとまった。パークヒルは全身いた。窓がつぎつぎとおりてゆく。ドアがしまってゆく。大砲の一 グリースにまみれ、よごれた顔に笑みをうかべていた。男の背後、斉射撃を思わせる轟音が、市街にこだました。 門もまたしまろうとしていた。 門のそばには、コレリの侍女がおびえたようすで立っている。さら にそのかなた、岸壁にとまったヨットのそばにはアーロンスンが見 門の両顎が、ぶるぶる震えながら動きだしている。 え、都に背を向け、出発を急いでいた。 ワイルダーは叫ぶと、身をひるがえし、ジェットを噴射した。
地上からコレリの侍女の声が聞えた。彼女が手をあげているのが トは山の下をくぐり、運河をさかのぼった。 見えた。ワイルダーは急降下し、彼女を抱えあげ、大気を蹴った。 一マイルほど行ったところで、彼らは運河の岸にそって歩いてい ジェットは二人を空中に運びあげた。 る詩人と出会った。詩人は手をふり、先に行くよう合図した。「い 標的に直進する銃弾さながらに、彼は門をめざした。だが二人分や。だいじようぶだ。歩きたいんだよ。い、 し天気だからな。さよう の体重が障害となり、一瞬早く門はとじた。彼はかろうじて衝突をなら。行きたまえ」 まぬがれると、金属の壁にそって上昇した。今や都市全体が、鋼鉄前方には開拓都市があった。小さな町々。人間を支配するのでは のひびきとともにゆらいでいた。 なく、人間によって支配される町。安つばい音楽が聞えてくる。タ 地上ではパークヒルが叫んでいる。ワイルダーは壁づたいに上昇闇のなかにネオンの灯が見えた。すがすがしい星空の下に、廃品の し、出口をさがした。 集積場がかろうじて見分けられた。 いたるところで空は閉じようとしていた。ビルの花びらがみるみ 町のむこうには、銀色のロケットがいくつかそそりたち、星々の るおりてくる。右手に、石の空がわすかにのそいている部分があっ荒野へ飛びたっ時を待っている。 た。彼はそこへ突進した。大気を蹴り、隙間をすりぬけると同時「現実だ」ロケットがささやいた。「これこそ現実だ。現実の旅。 に、鋼鉄の最後の断片が組みあわさり、都を完全に閉ざした。 現実の時間。現実の空間。贈り物ではない。ただで手にはいるもの つかのま空にうかんだのちに、彼は外壁にそって舞いおり、岸壁はない。手ごたえのある労働がたつぶりあるだけだ」 におりたった。ョットのかたわらにはアーロンスンが立ち、閉じた ョットは港に接岸した。 「ロケットか」ワイルダーはつぶやいた。「待っていろよ、いまに 巨大なドアを見つめていた。 「パークヒル」都を、壁を、門をふりかえり、ワイルダーはつぶやおまえたちを飛ばしてやるからな」 いた。「このばか。ばかやろう」 彼はそのとおりのことをするため、夜のなかに走り去った。 「みんな、ばかだ」アーロンスンはいい、背をむけた。「ばかもの ばかりだ」 彼らはすこしのあいだそこにとどまり、都市の物音を聞いてい た。巨大な生き物は、そのロのなかにいくつかの温もりのかけら、 帰ることのない人びとをしまいこみ、満足げにうなりをあげてい る。門がひらくことはもはや永遠にないだろう。都市はおのれが必 要とするものを得たのだ。 ワイルダーはヨットの上からその都に最後の一瞥をくれた。ョ、ツ 337
「疫病しゃない」巨大な秤の上にある自分を意識して、ワイルダー 活に思いをはせるだけとなった。 ひとりひとりドックにおりたつにつれ、大いなる存在、メトロポは居心地わるそうに身じろぎした。「何か。何かが : : : 」 リスのどこかにひそむ、油にぬれた輝く機械の魂が、目に見えぬひ「それを探るのだ ! みんな、はいろう ! 」 ひとりで、またはペアを組んで、地球から来た人びとは敷居をま そやかな火花をまきちらして、めざめへと動きだすのが感しられ ドックにおりたった人びとの重みに、機械は息づいた。まるでデ最後にワイルダーがはいった。 リケートな秤の上にのっているかのようだった。ドックは百万分の都はさらに生きいきとしてきた。 都市の金属の屋根が、花びらのように大きくひらいた。 一インチほど沈んだ。 そこかしこの窓が、巨大な眠さながらにまぶたをあげ、人びとを 悪夢の装置を内に秘めた奔放な〈眠れる美女〉、ディア日サオ 見おろした。 は、この感触、この接吻に気づき、眠りからさめた。 流れる歩道がゆったりと渦を巻き、彼らの足を洗った。市中を抜 雷鳴。 高さ百フィートの壁に、幅七十フィートの扉がある。その扉がまける機械仕掛けのきらめく川 アーロンスンは愉快そうに金属の流れをながめた。「よし、これ ん中から分れて、ごろごろと動き、壁のなかに隠れた。 で重荷から解放されたそ ! みんなを連れていかなきゃならんかと アーロンスンが進みでた。 ワイルダーが彼の前に立ちはだかった。アーロンスンはため息を思っていたんだ。だが都が肩がわりしてくれる。二時間後にここで おちあって、報告しあおう ! 行くそ」 ついた。 いうなり、アーロンスンは銀色のカーベットにとびうつった。彼 「船長、すまんが、助言はやめてくれ、警告も無用だ。悪党を追い だすためパトロール隊を先にやる必要もない。都はわれわれを入れは走路に乗・つてみるみる遠のいてゆく。 たがっているんだ。われわれを歓迎しているんだ。まさか、まだ生ワイルダーは驚いてあとを追おうとした。だが返ってきたのは、 き物がいると思ってるわけではないだろう ? ロポット都市なんアーロンスンの陽気な声だった 「はいってこいよ、水は気持がいいそ ! 」 だ。時限爆弾にさわるような顔はせんでくれ。喜びも楽しみも どれくらいかな ? ーーー 二千年は味わったことのない場所なんだ。き金属の川は、手をふる彼をどこへともなく運んでいった。 みは火星の象形文字がわかるか ? あそこの礎石。この都ができて進みでる人びとを、走路はつぎつぎと押し流した。パークヒル、 狩猟家、詩人とその妻、俳優、そして女優とその侍女。神秘的なカ から、すくなくとも千九百年はたっている」 によって溶岩流にうかんだ彫像のように、彼らは予想もっかぬ目的 2 「そして見捨てられた」とワイルダー 地へ運ばれていった。 「まるで疫病から逃げだしたような言い方をーー」
町から吹いてくる風には、グリースのにおいがした。アルミの歯が、途中で手をとめ、電話をとりあげた。 を持っジュークポックスが、どこかでガンガン鳴っている。宇宙港「第一火星市の・・アーロンスンに至急便。招待をお受けす のはずれには、さびついた廃品の集積場。吹きさらしのエプロンる。正気とは思えないが、とにかくーー・・招待をお受けする」 彼は電話をおいた。そして椅子にかけたまま、サラサラカチカチ で、古新聞がさびしく舞っていた。 ガントリーのてつべんにたたずみ、ワイルダーは不意に、おりたと動きつづける機械に影を投ける夜を、いつまでも見つめていた。 と思った。心にいくら重くのしかかろうと、言葉ならどの ようにも注意深く扱える。だが明りはとっぜん人びととなり、言葉千あがった運河は待っていた。 ではなくなってしまっていた。 一一万年のあいだ、それは、塵だけをまぼろしの流れの底に沈めて ワイルダーはため息をついた。人間の荷は重すぎる。星はあまり待ちつづけてきた。 だがとっぜん、そこにささやきがおこった。 にも一速い。 ささやきは、壁にぶつかり、渦を巻く奔流となった。 「船長 ? 」うしろで声がした。 巨大な機械のこぶしがどこかの岩場を砕き、大気を打ち鳴らし、 彼は前に踏みだした。エレベーターが道をあけた。ひそやかな悲 鳴のなかを、彼らは、現実の人びとが住む現実の土地にむかって降「奇蹟よ、おこれ ! 」と叫んだかのように、水の壁は高々と誇らし 下した。ワイルダーの選択を待ちうける人びとの土地へ。 げに水路にそっておしよせると、干あがった運河の隅々にいすわ 真夜中、気送管がシュッといい、通信筒を吐きだした。ワイルダり、 乾いた骨の埋れる太古の砂漠めざしてつき進んだ。奔流は、古 1 は長いあいだそれにふれようとせず、テープとパンチ・カードに代の突堤に不意打ちをくらわせ、三十世紀のむかし、最後の水が燃 かこまれてデスクにむかっていた。ようやく通信文をとりだすと、 えっきたころの船の形骸をおどりあがらせた。 ざっと眼を通し、小さくくしやくしやに丸めたが、ややあって紙を流れは角をまがり、一隻のヨット 朝そのもののようにすがす ひろげ、読みかえした。 がしいョットを持ちあげた。鋳造されたばかりの銀色のスクリュ 、真鍮のパイプ類、地球でぬいあげられた真新しい旗。運河の岸 につながれたその船には、アーロンスン一世、と文字があった。 最後の運河への送水は来週。貴兄を運河ョット・。ハー 招待する。招待は著名人のみ。四日間の船旅にのぼり、失われ船のなかでは、同じ名前を持っ男が微笑していた。アーロンスン た都捜索の予定。吉報を待つ。 氏は椅子にくつろぎ、船底をたたく水の音に聞きいった。 ・・アーロンスン水音は、到着するホー ・ハークラフトと到着するオート・ハイの轟音 に破られた。空には、魔術的な演出効果で招き寄せられたのか、古 。、ツ ワイルダーは眼をしばたたき、低く笑った。ふたたび紙を丸めたい運河にみなぎる水のきらめきに魅せられたのか、ジェット・ 3 に
大きな眼が宇宙にうかんでいた。大き 取り組んでいたこの二年間に、わたしのなか な眼のうしろには、金属と機械のどこか 解説 から生まれてきたものである。〈赤い惑星〉 うちぶところに隠れて、ひとりの男の小 の上での生活を想像しながら脚本を書き進め さな眠があり、くいいるように無数の星火星シリーズというとバロウズになってしるうち、わたしは、今しきりにためこんでい 。、、ぼくがここでいっているのは、『火るーーーまだ断片的だがーーー精神医学や心理学 を、光のざわめく十億マイルの十億倍のまうカ 星年代記』に代表される・フラッドベリの短篇の知識をもとに、その角度から描かれた作品 かなたを見つめていた。 連作のこと。ここに訳した「火星の失われたをひとつつけ加える必要があることに気づい 小さな眼が疲れの色を見せて閉じた。都」は、プレイボーイ誌一九六七年一月号にた」フラッドベリ ) ジョン・ワイルダー船長は、宇宙をさぐ発表されたこのシリーズの最新作である ( そ残念ながら、『火星年代記』の映画化は実 の後、彼は旧作をときおり改稿する以外、火現しなかったが、こんな副産物が出てきたと る望遠鏡の操作器にしがみついたまま立 星からは遠のいてしまった ) 。 いう意味では、脚本の執筆も無駄ではなかっ ちつくし、やがてつぶやいた。「どれだ「この物語は、映画『火星年代記』の脚本にたようだ。 ( 訳者 ) そばにいた天文学者がいった、「お好きなやつを」 を見、わずかしか知ることのない眼は、いま何も知らぬ状態にかえ 「言うは易し、だな」ワイルダーは眼をあけた。「その星のデータ った。観測ロケットは、盲いたまま果てしない夜のなかをただよっ こ 0 は ? 」 「白鳥座アルファⅡ。大きさ、数値とも太陽と同じ。惑星系、存在「帰ろう」と船長がいった。「帰投だ」 の可能性あり」 盲目の星の狩人は、炎の翼にうちのると、輪をえがいて飛び去っ 「可能性あり。確実ではないわけか。変な星を選んだりすれば、神た。 よ、あるかどうかもわからない惑星めざして二百年の旅にのぼる人 びとを救いたまえ。いや、神よ、わたしを救いたまえ。最後の決断上空から見る火星の開拓都市群は、すばらしいながめだった。降 をするのはこちらだし、たぶんいっしょにその旅に出るんだから。下するロケットのなかで、なだらかな青い山なみのあいだに輝くネ で、どの程度たしかなんだ ? 」 オンを見つめながら、ワイルダーは思った。われわれは、十億マイ 「なんともいえんね。とにかく最善を尽してスターシップを送りだ ルむこうのこういう世界に明りをともすのだ。そして、いまこの瞬 し、祈るだけだ」 間、この明りの下で生きている人びとの子供たちを、不死の存在に 「心細いことた。もう 、、。疲れたよ」 変えるのだ。要するに、成功しさえすれば、彼らは永遠の生命を得 ワイルダーはスイッチにふれ、大きな眼をかたくとざした。深淵ることになる。 を冷たく見つめていたロケット推進の宇宙レンズ、あまりにも多く永遠の生命を。ロケットは着陸した。永遠の生命を。 3 ー 4
はおそろしい真実を悟っていました 0 無言のうちに、カーラ・コレリも同じ質問を自分に投げ、それに わたしはもう若くはなくなっていたのです」 答えた。 「わたしが火星に来たのは、しばらく前、生まれてはじめて、ある流れに身をゆだねて、船はゆったりと揺れている。 「それは、自分を偽って、わたしのいうことにほほえんでくれる男 男性から真実を聞かされたからなんです」 ワイルダーは何もい はまだたくさんいるでしよう。けれど、いっかは美も、その小さな 彼女は驚きを期待していたのかもしれない。 わなかった。船は、ひそやかな油の流れの上にあるかのように進ん足を踏みならして地震をしずめたり、りつばな男たちに臆病さを植 えつけたりできなくなります。やがて来るそういう年月を、わたし でいる。 「わたしは美しい女です。これまでの人生をずっと美しい女としては見てしまったのです。 生きてきました。ということは、みんながわたしのそまこ、 その男性 ? わたしがショックをうけたのに気づいて、彼はすぐ かりに、はじめから嘘をついていたということですわね。男も女その真実をとりさげました。でも、おそすぎたのです。わたしは火 も、おとなも子供も、わたしの不快そうな顔を見る勇気はなく、そ星行きの片道切符を買いました。着いたとき、アーロンスンの招待 ういう人びとの偽りにかこまれて、わたしは育ちました。美女がふ状がとどいて、この新しい旅に引っぱりだしたのです : : : どこへ行 きつくことになるやら」 くれた顔をすれば、世界は震えあがってしまうものです。 男たちにかこまれた美女なんて、ごらんになったことがありま気がつくと、ワイルダーは手をのばし、彼女の手をとっていた。 え」カーラ・コレリは身をひいた。「言葉はいりません。ふ す ? まわりは、うなずく顔ばかり。聞えるのは、男の笑い声。美「いし 女がいうことなら、男は何でも笑います。そんな自分を嫌悪してはれあいも。憐みも。自分を甘やかす気はないんです」彼女ははじめ てほほえんだ。「おかしいと思いません ? 」、わたし、いつも思って いるでしよう。それでも男は笑い、答えがイエスならノーといし いました。いっか真実を聞いて、この仮装パーティが終ってしまえ ノーならイニスというのです。 ば、どんなにすばらしいだろうって。とんでもないまちがい。すこ ええ、毎年毎年一日一日がそんなふうでした。わたしのまわりに は嘘つきの集団がいて、不快なものからわたしを遠ざけていたのでしもおもしろくないわ」 彼女はすわったまま、船べりを流れすぎてゆく黒い水を見つめ す。その人たちの言葉が、わたしを絹で飾っていたんです。 でもと ? せん、そういえば、まだ六週間もたっていませんわ、そた。しばらくして、ふたたび眼をあげたとき、となりの席にはだれ の男性がわたしに真実を話してくれました。ほんの小さなことでもいなかった。ワイルダーの姿は消えていた。 す。何といわれたのか、もう今ではおぼえていません。けれど、そ 二日目、新しい水の赴くままに導かれ、一行はそびえたっ山なみ の人は笑いませんでした。ニコリともしませんでした。 その一瞬が過ぎたときには、言葉が口から出たときには、わたしに近づくと、途中とある古ぼけた神殿で昼食をとり、その先にあっ 9
ク装置を背負った人びとが、群がる ( 工よろしく山なみを越えて現アから出てきた子供のズボンそのまま。中にはきっと、すてきな弾 われ、ひとりの富豪がひきおこしたこの人生の衝突をいぶかしむよ丸や珍しい爆弾がいつばいつまっているのだろう。性悪な子供のよ うに宙にうかんだ。 うに、彼が手ににぎっている武器は、ゼウスがとりおとした稲妻と まぶしげに顔をしかめ、ほほえみながら、富豪は子供たちに呼びも見えたが、そこにはくつきりとメイド・イン・の刻印が押 かけた。食物と酒をだしに、熱気のなかにいる彼らを大声で誘っされていた。その顔は、まっ黒に日焼けしていた。その眼は、日ざ しが集めた小皺のなかにあるさわやかな驚きーーハッカ色に近い緑 「ワイルダー船長 ! パークヒルくん ! ポーモントくん ! 」 と青の水晶だった。アフリカ仕込みの顔筋には、白磁の笑みが刻ま ワイルダーは、ホー ークラフトを地上におろした。 れている。大地はほとんど震えもせず、彼を受けとめた。 ョットに眠をとめたサム ・パークヒルは、新しい恋にわれを忘れ「ユダの地を獅子が徘徊している ! 」天上から声がひびいた。「見 てオート・ハイを乗り捨てた。 よ、屠り場に追いやられる子羊どもを ! 」 「なんということだ」風におどる色あざやかな蜂のむれの浮彫りの 「ねえ、お願い ハリイ、やめて ! 」女の声。 ように、空を飾る人びとのなかから声がとんだ。俳優のポーモント さらに二つの凧が、二つの魂、畏れ多い生命をのせて、風のなか こよ・よ - だった。「登場のタイミングをまちがえた。早すぎたよ。客がいな 冫。。たいていた。 富豪はおどりあがった。 「わしが拍手で迎えよう ! 」老人は叫ぶと、そのとおりにし、また「 ( リイ・ ( ープウエル ! 」 おとずれ 声をあげた、「エイケンズくん ! 」 「見よ、音信をたずさえた主の使いを ! 」空にうかぶ男はいった。 おとずれ 「エイケンズ ! 」と。ハ ークヒル。「狩猟家の ? 」 「その音信とはーー」 「そのとおり ! 」 「また酔っているんですの」前を飛ぶその妻が、ふりかえりもせず しいそえた。 凶暴なかぎ爪でつかみかからんばかりに、エイケンズは舞いおり てきた。彼は自分をタカに見立てていた。これまでの機敏な人生「メガン・ ( ープウエル」一座を紹介する興行主よろしく、富豪は しノ が、彼をカミソリのように研ぎすませていた。落下のあいた、大気 をかき乱す不要な刃は一個所もなかった。自分に何ひとつもたらさ「詩人の」とワイルダー ワイフ なかった人びとを直撃する、異様な復讐の弾丸。こなごなに砕ける「それから、詩人の・ ( ラクーダ妻」。 ( ークヒルのつぶやき。 寸前、彼はジ = ットでうきあがると、おだやかな噴射音のなか、ゆ「ぼくは酔ってはいないそ」詩人は風のなかで叫んだ。「機嫌がい るゆると大理石の突堤に近づいた。ひきしまった胴には、ライフル いだけだ」 ・ベルトを巻いている。ふくらんだポケットは、キャンディ・スト そして彼は、下にいたものたちが思わず顔をかばうほどの、すさ 3
た。自分が息をしていようがいまいが、生きていようが死んでいよのころ見た川と同しように日ざしを照りかえしていた。 うが、まわりから見つめる眼は無関心なのだ。深淵に吸いあげられワイルダーは、自分が長い旅をへてこの世界に着いたことを知っ まいとするように、彼は父親の手をつかむと、力い 0 ばいにぎりしていた。うしろにはロケットが横たわ 0 ていた。一世紀の旅と眠り と期待ののち、ついにこれが手にはいったのだ。 めた。 この建物のなかで、今また彼は、むかしの恐怖と、美〈の感動「おれのものか ? 」彼はけがれない大気に、けがれない草に、砂地 と、人類に対する声なき嘆きにおそわれていた。星は卑小な人間へを流れるけがれない川に問いかけた。 世界は声もなく答えた・ーー・おまえのものだ。 の憐みで彼をみたした。 長い旅も倦怠もなくおまえのものになったのだ。九十九年にわた そのとき新しいできごとがおこった。 る地球からの飛行も、冬眠チ = ープでの眠りも、静脈を通じての栄 足元の空間がばっかりとひらき、千兆の光が加わったのだ。 巨大な望遠鏡のレンズのなかにとらえられた ( = のように、彼は養補給も、永遠に失われた地球の悪夢もなく、おまえのものになっ 宙にうかんでいた。彼は宇宙の水面を歩いた。大きな眼の透明な被たのだ。責め苦も、苦痛も、試行錯誤も、失敗も破減もなく、おま 膜の上に立ち、彼は冬の夜を思わせる星々の冷たい輝きにつつまれえのものにな 0 たのだ。労苦も恐怖も涙もなく、おまえのものにな ったのだ。おまえのものだ。おまえのものだ。 ていた。 けつきよく、そこは教会、寺院、数知れぬ宇宙の星々をまつる神だがワイルダーはうけとろうとはしなかった。 殿であったのだ。ここには馬の首星雲、そこにはオリオンの大星異邦の空で、太陽が薄れていった。 雲、そしてまたアンドロメダ星雲、それらが神の顔さながらにおそ世界が足元からはなれた。 ろしい視線を投げ、夜のなまなましい黒い組織をつらぬいて、彼のするとまた別の世界がただよ 0 てきて、前にもまして輝かしい驚 異を見せつけた。 魂を肉体もろとも。ヒンで止めようとする。 この世界もまた彼の足元にとまった。ここでは何よりも田園のみ 神はいたるところから、まばたかぬ瞳で彼を射すくめた。 しかし、神の肉体にしがみつくひとかけらの・ ( クテリアながらどりが美しかった。山々はとけはじめた雪のかんむりをいただき、 遠い畑には奇妙な作物がみのり、畑のはずれには大鎌が用意され も、彼は見返し、すこしも動じなかった。 彼は待ちうけた。と、ひとつの惑星が虚無をただよってきた。そて、彼がそれをとりあげ、作物を刈りとり、思いのままの生活を始 めるのを待っていた。 、れは巨大な熟れきった秋の顔を見せて、彼の周囲をひと回りした。 おまえのものだ。耳のなかの毛をなぶるそよ風がいった。おまえ そして回りながら、足元に近づいた。 彼はみどりの草とみずみずしい樹々のおいしげるはるかな世界にのものだ。 立った。空気はさわやかで、近くを流れる川には魚があふれ、子供ワイルダーはうしろにさがった。首をふりもしなかったし、 / ー 333
ここへ来たんだ。おまけに、新しい武器 オと呼ばれた都をさがす。〈運命の都〉ともいう。何かおそろしい獣を見つけたいばかりに、 しいとも ! 」 これ以上何を望めよう ? ことがおこったのだ。悪疫に出会ったように住民たちは逃れた。都まであるとはー は空つぼのまま残された。それからずっと空つぼのままだ、何世紀彼は銀青色の稲妻を船べりから落した。それは、ぶくぶく泡をた てながら、澄んだ水の底に沈んでいった。 も後のいまでも」 「さあ、行こうじゃないか」 「この十五年間に、火星の王地はくまなく測量し、地図をつくり、 チェックしてきた」ワイルダーがいった。「あなたがおっしやるほ「よし、出かけよう」とアーロンスン。 彼はヨットを発進させるボタンを押した。 どの都市なら見落すはすがない」 ョットは流れに乗った。 「そうだ」とアーロンスン、「たしかに、きみらは空から陸から測 そして、カーラ・コレリの青白い無言の顔が指し示す〈かなた〉 量している。だが水路からの調査はしていないはずだ ! つい今し がたまで、運河は干あがっていたのだからな ! 今こそ、この最後をめざした。 ーンととん の運河をみたす新しい流れに乗りいれて、遠いむかし船が行ったと最初のシャンペンのびんをあける詩人。コルクがパ ころへ行き、火星で見るべき最後の目新しいものを目撃するのだ」だ。とびあがらなかったのは、狩猟家だけだった。 富豪はつづけた。「そして旅の途中のどこかで、われわれは口から吐 きだされるこの息のようにまちがいなく、この古い世界の歴史上も昼から夜へ、ヨットは休みなく進んだ。彼らは太古の遺跡を見つ っとも美しく、もっともおそろしく、もっとも幻想的だった都を見け、そこでタ食をとり、おいしい輸入ワインを飲んだ。地球から一 つけるだろう。そして都にはいり 何がおこるか ? ーーー 一万年の億マイルの距離を運ばれてきたワインには、それが長旅によく耐え むかし、なぜ火星人たちが、伝説にあるように、悲鳴をあげて逃げたことが書き記されていた。 ワインとともに詩人が登場し、詩人の独演ののち、ヨットの上に だしたか、その理由をつきとめるのだ」 ~ しまだ所在もわからぬ都を求めて動き は眠りが訪れた。ョットよ、、 沈黙。そして だした。 「フラヴォー 名演説だ」詩人は富豪の手をにぎった。 明け方の三時、惑星の重力に体が慣れず、夢のなかに逃げこむこ 「その都には」狩猟家のエイケンズがいった、「おれたちが見たこ ともできないまま、ヨットの後部甲板に出たワイルダ 1 は、そこに ともないような武器もありそうかね ? 」 女優を見つけた。 「あるでしような」 「そうか」狩猟家は稲妻をかかえた。「おれは地球には飽きた。あ彼女は、流れすぎる水面にほの暗くうかんでは散ってゆく星々を りとあらゆる動物を射って、猛獣もすっかり種ぎれだ。大きさや格見つめていた。 となりに腰をおろし、彼は質問を頭にうかべた。 好はどうでもいい 、もっと新しい「手ごたえのある、凶暴な人食い 3 旧
おれは罰を受けたのだ、と彼は思った、窮極的な罰を受けたの 「もどってらっしゃい ! 」彼女は金切り声をあげた。 だ。徹底的に傷ついた今では、もう二度と傷つくことはないだろ「死者をとめることはできんよ。彼らは宇宙をさまようんだ。しあ 3 3 う。打ちひしがれることも、侮辱されることもないだろう。人間のわせいつばい、黒い野原をかけまわる子供たちのように」 天才的頭脳とこの機械の発明者たちに、神の祝福あれ。その二つこ 「ハープウエル ! 」彼女は叫んだ。「ハ 1 プウエル ! 」 そ、罪悪感を洗い流し、心にのしかかる重荷をとりさることを可能 だが彼はすでに銀色の金属の川にのっていた。 にしたものなのだ。ありがとう、都よ、ありがとう、迷える魂のた そして愛すべき流れに身をまかせ、頬にきらめく涙がこぼれおち の叫び めにこのような機械を設計した人びとよ。ありがとう。ところで出るまで笑いながら、あの女ーー・何という名前だったか ? ロはどこだろう ? と金切り声から遠ざかった。 ドアが横すべりにひらいた。 そして門にたどりつくと、都をはなれ、晴れわたった空の下にあ 妻が立っていた。 る運河にそって、遠い町をめざした。 「あら、そこにいたの。まだ酔っぱらっているのね」 そのころには、六つの子供のころにおばえた歌が自然に口からも T いや、死んでいるんだ」 れるようになっていた。 「酔っているのよ」 「死んでるんだよ。とうとう死ぬことができたんだ。自由になった そこは教会だった。 ということさ。もうきみは必要ない、死んだメグ、メギイ、メガ いや、教会ではなかった。 ン。ぼくの耐えがたい良心であったきみも、また解放されたんだ。 ワイルダーのうしろで、ドアがひとりでにしまった。 だれかほかの男にとりついてこい。そいつを破減させろ。きみの罪彼は寺院の内部を思わせる闇のなかに立ち、待ちうけた。 かせ を許そう。ぼくは自分自身を許したんだ。キリスト教の枷がはずれ屋根は、もしあるとすれば、思いきり息をためた空洞のかなたに たんだよ。・ほくはさまよえる死者なのだ。死んではじめて、生きら押しあげられていた。 れるようになったのだ。きみも同じようにしたほうがいいぞ。自分床は、もしあるとすれば、足元にある堅さとして感じられた。そ のなかにとびこむんだ。罰を受けて、自由になれ。しゃあな、メれもまた黒だった。 グ。さようなら。お元気で」 そのとき星々が現われた。それは、子供のころ父親に連れられ 彼はふらふらと歩きだした。 て、都会の灯のとどかない郊外の山にはじめての。ほった夜のことを 思いださせた。一千の、いや、一万の、いや、千兆の星々が、闇を 「どこへ行くつもり ? 」 「うん、生活と、生命の血潮のなかへさ、やっとしあわせをつかんみたしていた。色とりどりの明るい星々は、まったく無関心のよう だんだ」 に見えた。そのころから彼は、星が無関心であることに気づいてい