先端には、昔の遊び仲間のあの Pfwfp が身をのりだしだ ! 」 て、しきりとこっちにむかって嚇かしと罵りの言葉を浴ふり返ってみると、第 w きは相変らずわしのすぐ後に 3 いるではないか。もう一度、前をむいてみると、そこに . ・、 . ・ . ・ . ・せかけているではないかー はわしに背中を見せて逃げてゆくやつめがいるのだ。し さあ、追いっ追われつの竸争が始まった。空間が登り になっているところでは、まだ若くて敏捷な Pfwf ての星かし、さらによくよく眺めてみると、わしの前を飛んで 雲がぐっと差をつめて来るが、降りになると、ずっと重ゆくそのやつめの星雲のさらに前には、またもう一つの 星雲があって、それがほかでもないわしの星雲であり、 量のあるわしの星雲のほうが分がよかった。 競争の秘訣が何かと言えば、それはよく知られている事実、その上には後姿だけでも見間違えることのない、 このわし自身が乗っておるのだわしはもう一度、わし ・メ・ことだ。つまり、すべてはカーヴを切るときの要領にか かっている。 Pfwfp の星雲は、、 しつも内側へ、内側へとを追いかけて来る PfwfP のほうをふり返って、じっと目 まわりこみ、反対にわしのは大まわりをしようとする。 をこらして見ると、やつの星雲はまたもう一つの星雲に 外側へ、外側へと寄ってゆくうちに、しまいには、後に追いかけられており、しかもそれは確かにわしの星雲で Pfwfp をしたがえたまま、わしらは宇宙の端から外へ飛あって、その上には、まさにその同じ瞬間に後をふり返 びだしてしまった。それでも、わしらは追いかけっこをつて眺めているわし自身の姿があったのだ。 こうして、あらゆる Qfwfq の後には Pfwfp が一人、そ 続けていたし、そのような場合に使われる手段と言え ば、つまり、前へ、前へと進んでゆきながら、同時にそしてあらゆる Pfwfp の後には Qfwfq が一人いたことにな り、またあらゆる PfwfP は一人の Qfwfq を追いかけなが のゆく手に空間をつくりだしてゆくということしかなか っこ 0 ら、またもう一人の Qfwfq に追われていたのであり、ま たあるいはその逆でもあったのである。おたがいの距離 こうして、わしの前には虚無、そして背後には追いか は多少ちちまったり、また多少ひろがったりもしたが、 けて来るあの Pfwfp の醜悪な顔があるばかりだった。ど 一ちらにしても快い眺めではなかった。ともあれ、わしとそれでも今となっては、どっちがどうであろうと、双方 しては前を見ているほうがまだましだと思った。ところ相手に追いつくことなど絶対にないということは歴然と たっしていた。鬼ごっこをして遊ぶ愉しみなんそは、もうま が、どうだ、何が見えたと思うね ? PfwfP だー ・ % た今、この目が後に見とどけておいたばかりの、やつめるつきりなくなっていたわけだ。それに、わしらもも ・・ . ・が、わしのゆく手をあの真新しい星雲に乗って走ってゆう、おたがい子供ではなかったのだが、それにしても、 くではないか ! 「ありゃあ」と、わしは叫んだ。「今他にすることはもう何も残されてはいなかったのさ。 度はわしがお前を追いかける番だ ! 」 「何だと ? 」と、後からか前からか、よくはわからない 、 P 「 wfp が吐かした。「わしがお前を追っかけとるん オ .
「だ、だれだ ? きみは ? 」 「わしは、この火星を支配しちよるフサちゅうもんだが、わしの前 ではちと言葉をつつしめ。なんだか市へ帰りてえとかぬかしておっ たようだが、寝言はやめて、車から荷物をおろせ」 「な、なんだ。こいつは ? 」 「荷物をおろせと言ったのが聞えなかったか ? 」 ュニフォーム 「準将 ! こいつは調査局の制服など着ているが、病院からでも谷の幅は二十メートルほどだった。両側は垂直に近い岩板で、そ の高さは五十メートル以上はあるだろう。谷底から十メートルほど ぬけ出てきたのか ! 」 「ビン ! てめえ、それでも科学者か ! 幽霊なんそにおどかされの高さの所から、巨大な円柱状の岩が突き出し、ななめに三人の頭 シティ ここは上を越えて、反対側の絶壁にまでとどいていた。それは崩壊した古 て、キャン。フをほうり出して市へ逃げ帰ろうってのかよー 地球じゃねえんだ。幽霊だってなんだって、そんなものはどこにだ代の神殿の大円柱を思わせ、また、両側の絶壁を無理に押し開いた って出るんだ。いちいちおったまげていてこの火星で仕事ができる巨大なかなてこのようにも見えた。この火星の、どのような地殻変 動がそのような奇岩を作り出したのか、またどれほど長い間その異 様な風景を保ってきたのか ? 巨大な石の柱は千古の静寂を秘めて おそろしく量感のある声がビン博士の耳朶を打った。 三人の頭上にかかっていた。 老フサは博士に背を向けると、・ほう・せんと突立っている男たちに - マーシャン・ヘルメット 「あれが《火星人の兜》だ。なぜそう呼ばれたのか、わからねえ あごをしやくった。 シティ 「作業班長は誰だ ? 前へ出ろ ! 作業の手順を説明する。それ以が、みんなそう呼ぶ。もっとも、こいつを見た者は、市でも数える ほどしかいねえが」 外の者は休め。ただし、私語は禁する」 老フサの声がせまい谷間にひびいた。男たちは汐の退くように静老フサは、くい入るように見つめながらつぶやいた。 この谷で大 「おれが聞いた話では、なんでも百五十年ぐらい前に、 まりかえった。二人の男がのろのろと前へ出てきた。 地震があってな。その時、あれが押し出されたんだそうだ。それま 「なんだ、そのざまは ! ぐすぐずするな。かけ足 ! 」 二人の男は電撃をあびたように硬直した。つぎの瞬間、・ハネじかでは先つぼの部分しか出ていなかったんだとよ。それが、とがった マーシャン・ヘルメット 兜のように見えたんで《火星人の兜》と呼ばれたってんだ。 けのように走り出した。 リーミンの目に、ある光がやどった」 「姉ちゃんよ。ここじゃいちいち説明したり聞いたりする必要なん かねえんだ。そんなことをしている間に生命がなくなることだって「押し出されてきた ? 」 シティ あるんだぜ ! わかったかい ! 」 リーミン準将は、いやな顔をしてそっ。ほを向いた。そのかの女の 8 3 前に立っているのは、往年の名パイロット、スペース・マンのフサ ◆こっこ 0
いる。取り返したければそこまで出向いて来いとな。 の辛苦をかくして、マリアは冷ややかに自分を保っていた。誇り ただし急いで来た方がいいそ。明日の朝から、一時間おきに娘のは、ときによると女を戦さよりも強い存在に仕立てるものである。 耳を削いでゆく。耳のあとは手の指だ。遅れれば娘の体は・ハラ・ハラ私たちの前には一望の虚無がひろがっていた。おそろしく澄んだ 蒼空。それを截り抜いている″山脈″の白く雪をかぶった山顧。そ になっているそ」 「 : : : 牧場までは遠い : : : 」かろうじて半身を起こして、男はりれはこの大陸をはるか南北につらぬいている背骨の一部とでもい なみ うべきものだ。ソノーラの低い山脈がその前面に張り出し、俄々た 泣いた。 る岩山に挾まれるようにして、サンホセの廃墟が横たわっていた。 「この傷で辿り着けるわけがない : ・ セ・ハスチャンは娘を奪われたと知それは一頭の巨大なけものの、腐れ切り骨のあらわになった死骸の 「いずれにせよお前は死ぬ。 ようにも思えた。山から吹き下ろす風が、精霊の駸り泣きのように ったらお前を八つ裂きにするだろう」私はゆっくりといった。 「だが、牧場まで行きつけばまだ望みはある。わしの伝言を伝え、私たちの耳を搏った。 たくま そしてやつの慈悲にすがるんだな」 「人間とは逞しい生きものなのですな」 男は頷き、操り人形じみた足どりで歩き始めた。 エナリーが呟いた。 ふところ 「こんな荒々しい自然の懐へしがみついて村を築くとは : : : 」 うわて 「だが、自然が一枚上手だった」私は答えた。 オンプレ 「人間どもは結局追い出されたのだ」 サンホセは、カサ・ディアプロからさらに東へ入り込んだソ / ー ラの山中にある、見捨てられた鉱山町である。五年ほど前、大規模な朽ち果てたホテルの前に馬をつないだ。砂塵のふりつもったポー 落盤事故で、銀鉱が封鎖されて以来、町の住人はコヨーテとサソリだチに上がるためには、いささか勇気が必要だった。今にも床ぜんた けになった。あまっさえ、ヤキ族の怨霊が住みついているという噂 いが崩壊しそうな音を、それは立てたのだ。がらんとした、酒場を が立ち、迷信ぶかいこの地方の民はほとんど近づかなくなった。 かねたロビーが、私たちを迎えた。ガラスの割れた窓からさしこむ つまり私たちが人質をかくまうにはもってこいの場所というわけタ陽が埃のために白々と粉を吹いたようになったカウンターや、倒 ・こっこ 0 れたテープル、椅子、ビリャード台などを浮かび上らせていた。 あかり その日の朝方、私たちは廃墟を見下ろす丘の上に立っていた。私倒れた椅子を起こしてマリアを坐らせ、私は照明となるものを探 は両手を前で縛ったマリアを鞍の前に乗せていた。不自然な姿勢でした。油の切れたランプと、そしてろうそくがキチンから見つかっ ライド のながい遠乗 . で、娘は疲れ切っていたにちがいない。が、しやくれこ。 上がった鼻と父祖ゆずりのがっしりとして頑固そうな顎に、すべて 日が暮れた。テープルを囲んで坐った私たちの周囲に、限り シェラ ハリクホー / てん 242
私が邦子に言うと、ノヤマは意外そうに私の顔をみつめた。 色の小屋があり、その前に兵士たちが並んでいた。灰色の小屋は、 「警戒 : : : 。連中がゲイトの向こう側へ行きたがっていると言うん何やらけものの巣じみている。形がまず異様で、底の丸い壺を伏せ ですか」 て置いたような形をしていた。私は、アフリカかどこかにある、原 「たって、街の連中は、いわば圧迫されているわけだろう。弾圧と始的な住居を連想した。 言ってもいい。見たところそんな風に思えるぜ」 オートパイの兵士たちは、壁そいに並んだトラックの列の間に自 「なぜそう思うのです」 分たちの車をとめると、ぎごちない歩きかたで灰色の小屋の前に整 「壁で仕切ってとじこめられているじゃないか。壁の向こうはもう列した兵士たちのほうへ戻って来た。私たちの車は小屋の前にとま 少しましな世界があるんだろう」 り、何かを待っているようだった。 「たしかに、街よりはましです。しかし、街の連中が壁を越えたが「見て、あの兵隊さんたち」 っているなんて、聞いたこともありませんよ」 制服を着ているし、多分兵士なのだろうが、ひょっとするとそれ 「でも、現に警備兵が。ハトロールしているんだろう。そのための中は警官たちなのかも知れなかった。とにかく、その兵士たちを指し 間地帯として、緑地帯が作られているんだろう」 て、邦子が怯えていた。 「街の者が壁に近づくのは許されていません。しかし、許可証があ「何がだ」 れば別です。現にマッカーティ氏は緑地帯に住んでいるではありま 私はそう言って邦子が指さす兵士たちを見た。 せんか」 私は言い敗かされたような感じで沈黙した。何かここには私がま 私は無意識に前のシートにいるノヤマの肩をつついた。 だ気付いていない、特別なことがあるのた。たしかに異常な世界だ「これは : : いったい」 が、それはそれなりに、全体を何らかの筋が通っているに違いなの / ヤマは振り向いて笑顔になった。 だ。その筋を発見すれば、どんな異常な考え方だろうと、私にも理「何に驚いているんです」 解できるものがあるはすである。 「人形じゃないの」 車はス。ヒードを落し、オ ートバイがまずゲイトを入って行った。 邦子が震え声で言った。 「人形 : : : 。アンド tl イドと言って欲しいですな」 3 / ヤマは私たちの驚愕ぶりを見てニャニヤしていた。 「向こうで見たときはちっとも気がっかなかったわ」 壁の切れ目を通り抜けたとたん、私と邦子は思わず息を呑んだ。 「そりやそうでしよう。こちら側は本当の世界ですからな」 ガラリと風景がかわっていた。ゲイトの内側に、泥でかためた天「本当の世界 : : : 」
なくなったからだ。 れの目の前にある大きな乳房に、憎しみに燃えた衛門の視線が注が ぼんやりしていた衛門は、電車に乗ろうと走ってきた女にぶつかれた。 られた。生まれてから一度も聞いたことのない言葉が、 ' 悲鳴につづ いて聞こえてきた。背後で電車のドアがしまった。目の前にいるの その女は、とっ・せん胸をおさえてプラットホームにうずくまっ は大きな白人の女だった。ふくれあがった乳房が醜くぶるんとゆれた。 た。耳にした言葉はわけのわからぬものだったが、その女の心の中遠くに港があるのか大きな汽船のマストや煙突がいくつも見える は、はっきりと読むことができた。 駅の階段をおり、雑踏する商店街を歩きだした衛門は、泣ぎだした ( このジャップ ! 汚ならしい有色人種の餓鬼 ! ) いほど淋しかった。あの声はずいぶん前に消えてしまった。自分を 衛門はその女の心の中に飛びこんだ。金色の髪をした人間など初取り巻くこの騒音の中から、あの声をどうやって見つけよう ? めて見たので珍しかったからだ。 次から次へと汚ならしい人間の考えが、おしよせてきては流れ去 ミシシッビーの田舎町で、きびしいクエーカー教徒として暮らしづていった。だがその中には、衛門に知恵をつけてくれるものもあ てきた教師。だがこの女も、あの山奥の吉村先生と同じように、男った。 性が恐ろしいばかりに避けながらも、その実は男の肉体ばかりを考 ( 夜になったら ' ハーをまわってチューインガムを売ったりするのか えていた。外国なればその心の拘東から離れて自由に男を相手にでな ? ) いや、このままでも きるかと思い、はるばる日本までやってきたが、いままでどうして ( こいつが女なら、ちょっとした美人だそ・ : も男に話しかけ誘惑する勇気がでなかったのだ。 ホモにはこたえられん相手だろうが : : : ) ( 子供ができたら困る : : : でも、こんな子供なら大丈夫ね : : : 必要衛門には、あの不思議な声の主を見つけるまで、自分のカでどう なものはついているんだし。さあ、話しかけて連れてゆくのよ : にかして生きていかなければいけないことがよくわかっていた。そ 金髪女と英語の魅力を使えば日本人の男はみな大喜びだって : : : ) して、生きるための仕事として最初に知ったのは、酒場に何かを売 りにゆくことであり、それも女の格好をして行ったほうがいいと 白人女は手を衛門の肩にのばし、頬を染めていった。 ときおり自分にむけられる考えから知った。 そして、自分が生まれて育ったあの山村の人々がとりたてて卑猥 その心はおずおずとささやいていた。 だったわけではないこともわかってきた。どこへ行っても大人とい ( 前に習った催眠術を使って : : : 元気を出すのよ : : : 痛くなんかな うものは、心の大きな部分をあのことに向けているのだ。それか いから : : : ) 強い体臭が襲ってきた。衛門の目には、全裸になった金髪女がつら、自分ではまったく気づいていなかったが、吉村先生や村人たち が自分を大切にしてくれたのは、顔だちが飛びぬけて美しかったた かみかかってくる姿が現実のことのようにうつった。その一瞬、か 6
好の、さらに小さなのを、 O 大陸と命名したのであった。きわめて 「いかがいたしますか ? 」 単純率直な、それだけに味もそっけもない命名法である。 tnOb-•q がうながす。 この機能主義は、大陸だけでなく、島の名称にも及んでいた。 「特別の指示は出さない」 大陸と 0 大陸の間につらなる島々を群島。大陸の東側、 O 大 シゲイは、それだけをいった。 陸と三角形の一頂点をなすかたちで存在する島を南の大島。北極に 「了解いたしました」 近い地点にある同じ程度の大きさの島を、北の大島という具合にで は答え、反転して、部屋を出て行く。 ある。 ( 司政庁は南の大島に置かれていた ) 残されたシゲイは、しばらく手を止めていた。 最大の大陸である大陸には、実は、この惑星の最高知的生命体 おそらく、その船客というのも、船内でか宙港でか、このゼクテであるゼクテアは住んでいない。大陸の熱帯地方は原生林におお ンの原住民の定期移動のことを知り、それが間もなく開始されるでわれており、南北高緯度地方に行くに従って樹々はまばらになり喬 あろうと聞かされたのに違いない。それゆえの、まぎわになってか木より灌木が多くなるのたが、各気候に適応し分化した、サイに似 らの観察申込みなのであろう。 た凶暴な巨獣が多数分布しているのだ。かってはこの大陸にもゼク それにしても、原住民 , ーーゼクテアの定期移動が、これ程までテアがいて、逃げ去るか亡びるかしたのかどうか、現段階ではまだ 人々の関心をそそるのは何ゆえであろうか。 分っていない。いずれにせよ今の大陸が、ゼクテアの居住地とし 定期移動。 て適当でないことたけはたしかである。 シゲイは、ここでの二年前に目撃した、その光景を、ありありと ゼクテアは、大陸と O 大陸に住んでいるのだ。 思い起こさずにいられなかった。 ここへ来る前に、当然ながらシゲイは、ゼクテアの立体写真を見 せられていた。 はじめてその写真を見たとき、彼は、思わず微笑しそうになった 白い太陽が、むしろ空しい感じで輝いている下、司政官機は、 のを、記憶している。 大陸の高空から、おもむろに降下して行った。 大陸というのは、略称ではない。 正規の ( といっても、連邦に赴任前の司政官に予備知識を与える役目の上級情報官と、シゲイ 登録されたという意味でだが ) 名前である。 の前には、身長一メートル二十センチか三十センチぐらいの、ゼク ゼクテンには、大陸が三つあり、ここにはじめて到来した連邦軍テアの男女が浮かびあがっていた。 の誰かが、南北両緯度にまたがる最大の大陸を大陸とし、その東体型は、人間と大差はない。人間よりもやや太目で、ずんぐりし 南の、大陸よりもかなり小さな、南半球にあるのを大陸、そしているという程度である。二体とも、筒袖の着物のようなものをま て、大陸から見て東北方向、大陸と斜めに向かい合っている格とっているのだ。 6 4
れないという気分になったのだ。こんな風に衝動的になるのは、司十年前は : : : 十年前は、司政官というものに対する、連邦軍を筆 政官として、もっとも慎しむべき事柄のひとつである。それにもか頭とする石頭の連中の不信感があった。その不信感をはね返すのだ かわらず、近頃は、しばしば気が変わるのを彼は自覚していた。 という使命感、いや、使命感といえば嘘になる、これも怒りだっ 自分は : : : 最近、情緒不安定になったのではあるまいか ? た。自分の立場に加えられる有形無形の圧力への怒りが、彼を、典 建前から行けば、そんなことはあり得ないのである。おのれの感型的司政官としての姿に仕立てあげたのである。 情を制御し、表情すら変えないのが司政官というものなのだ。そこ そうした、さまざまにかたちを変えながらも存続した外部への怒 迄訓練され自己コントロールして来たからこそ、彼は、今、こうしりが、今、自分の心の中にあるのか ? て惑星ゼクテンの司政官になっているのだ。ゼクテンだけではな否、である。 。ゼクテンの前に、すでにふたつの惑星の司政官を、それも大過 一応の実績と評価を持っ司政官シゲイ・・コウ。 なく勤めあげて来ているのだった。 しかも、司政制度そのものが、いまやある程度の有効性を立証し けれども、認めたくはないが、彼は、おのれが情緒不安定になるつつあるのだ。 という、あるはずのないことが、事実、おこりはじめているのでは外へは怒りは : : : 抱く必要はないのだ。 ( それが、彼自身、恵ま あるまいか、そして、そうなる必然性も、充分に準備されていたのれた立場を獲得したことであり、裏を返せば、そういう彼の存在が ではあるまいか、というおそれを抱くようになっている。 また、無数といっていい程多くの人々に、不公平観や不満を生ませ ていることになるのかも分らなかったが、彼は、まだそれを考える そうなのだ。 二十年前には、自分自身がきわめて大きな可能性を有しているとのは早いと思っている ) いう自信があった。その自分が正当に評価されないのは、自分のい いってみれば、彼は独楽であった。心棒を中心にして回転してい る環境や世界がいけないので ( ああ、実はそれだけではない、もつるゆえに直立できた独楽なのであった。怒りという回転力を失った と個人的な事情もいくつかあったのだが : : : 現在の彼は、それをつ独楽は、やがて揺れ、倒れるほかないのである。彼は、ひょっとす ると自分は、その揺れの時期にさしかかっているのではあるまい とめて想起しないようにしている ) そうしたものを見返してやる、 おのれの優秀さを、誰にも文句のないかたちで立証してやる、そのか、と、思ってみたりもするのだった。 ためには中途で倒れてもいいのだと、ただひたすら、そう、ひたす他の司政官たちがどうであるのか、彼には分らない。他の司政官 たちは、最初から地中に心棒を突き立てて静止していたのかも分ら ら怒りに支えられ、怒りによって自己統御をおこなって来たのだ。 おのれの、たしかに見ようによっては理不尽かも知れぬ怒りが、た ない。それならば、彼のような状況にはなるべくもないはずなの だ、方向性を持っていた、それをエネルギーとして、不要なものをだ。が、繰返していうが、共に訓練所で学び巣立った司政官たち ことごとく犠牲にできたのである。 が、どういうかたちで自己コントロールをやっていたのか、彼には
ふわのフォームラ・ハ 1 張りで、転んでもぶつかってもかすり傷ひと っ負わないようになっている。窓やドアには完全防水防音処置がほ 5 どこされ、風雨は勿論、車輪がレールの継目を通過する断続音さえ わま水爆戦が行なわれている地上から隔絶され 列車がいまどこを走っているのか、俺にはまったく見当がっかな聞こえてこない。い。 。どこへ向かって、どれだけの速度で、いままでにどれほどの時た、地下深いシェルターのような部屋なのだ。、住みかなのだ。住み か、まったくその通りだ。この中には毎日の生活に必要な物がすべ 間走ってきたのか、それが分らないから、現在位置を判断しようが ないのだ。そもそも、俺がこの列車に乗ってからどれほどの時間がて揃っている。部屋の一方の隅にはペッド、その隣りに机と椅子。 過ぎたのか、それさえもはっきりとはしていない。随分長いようでもう一方の隅には自動供給機が一台あって、この供給機からは俺の もあるし、ごく短いようでもある。巡回してきた車掌に聞くと、大欲しい物が何でも出てくる。食物でも衣服でも本でも、欲しいと 方四半世紀も乗っておられますなと平気な顔で言ったが、俺にはそきに供給機に内蔵されたマイクにむかってそう言えば、即座にそれ んなに長く乗っていた覚えはない。 が出てくるのだ。月に一度は、なにがしかの小遣いさえ出てくるの である。それらがどんな仕掛けでそう無尽蔵に出てくるのか、こ 「ここ五年くらいなら、確かに乗っているんだが」 「いえ、それ以前からずっと乗っておられました」 の五、六年前まで俺は知らなかったし、知りたいとも思わなかっ 車掌は、ポケットから手帳を取りだし、パラ・ハラとめくって言った。 こ 0 そうだ、いま思い出した。車掌の言っていたとおり、五、六年前 「そう、正確には二十六年八カ月と十二日ですな。私の記録は太陽まではこれが列車だとは気づかなかっただけで、それ以前からずつ 暦を基にした、その限りにおいては絶対的なものですから、間違いと、やはり乗っていたことは乗っていたのである。ドアを開けて、 ありません」 ほかの車輛へ遊びに行った記憶が確かにある。いろんな部屋でいろ んな友達と遊んでいた俺。日がな一日、罐けりや探偵ごっこをして 「では、俺が古いことを忘れてしまったんだろうか」 いたのはいつの頃だったか。暇さえあれば、プラモデルを作ってい 「というより、五、六年前までは、この列車に乗ってることに気づ かれてなかったんじゃありませんかな」 た時期もあった。いまから思えば、車掌の言う太陽暦に換算して、 車掌は、俺が一人で乗っているこの車輛内を見まわして微笑んおよそ三年間ほども作りつづけていたようなのだ。 そのときはほんの短い時間だと感じていたのだけれど、記録とし 「これが列車だとは、なかなか分りませんからなあ」 てはそうなってしまう。記録と記憶、その落差があまりに大きすぎ 確かにそうだ。よほど注意して見ないと、これが列車だと気のつる。たとえば、数年前に自動供給機から出した「列車走行録」とい くはずがない。床には部厚い絨毯が敷きつめられ、四方の壁はふわう本によれば、かなり以前に列車は異様な場所を通りぬけている。
田中光ニ 復響の怒りに銃を磨き、岩山にひそむ たった一人のヤキ・インディアン ボアンの目の前に現われた奇妙な男は 危険を承知で彼に同行を申し入れた・・ 2 30
いすさまじい衝撃波が襲った。黄色く油じみたガラス窓に、大きな としたが、動けなかった。柿尾の瞳が、紫色を帯びて光っていた。 亀裂が縦横無尽に走った。 それはたしかに、幽界の存在の証拠らしく見えた。 衝撃が、まともに頭を打ちすえた。 「・ほくは、何度も考えたものだ。もしあのとき、・ほくときみとが、 反対に並んでいたらどうなっていただろうかと。あのとき・ほくは左 側に、きみは右側に立っていた。もし・ほくが右側に、きみが左側に 立っていたら、ガラスは・ほくじゃなく、きみの頭にあたっていたは ずだった。そうすれば、その後の人生も、ずいぶん変ったものにな何人かの手で、どこかへ運ばれていくのが・ほんやりと意識され ったはずだ。あるいは、・ほくは自殺なそせず、反対にきみが自殺した。幾つかの、聞きおぼえのある声が、しきりに何か喋っている ていたかもしれない。それを考えると、ぼくはどうしても、一度き が、聞いたはしから、忘れてしまう。目もひっきりなしに何かを見 みに会って、試してみたくなった。だから出てきたんだよ、無理をていた。それはどうやら、みんな死体だった。口をぼっかりとあけ してーーーこうするんだ」 て、ガラスの目で空を睨んでいる血の気のない白い死顔も確かに見 柿尾の手が、肩を鷲づかみにしたと思うと、二人の身体は造作も た。真黒にすすけて、焦げて、ただの棒切れのようにしか見えない 人間の腕も見た。いちめん物の形も定かでない、ねじくれ曲った焼 なく入れちがっていた。 団は無抵抗に、目の前の窓を見ていた。身体が入れ替ったのと同けあとの中に、うつぶせになり両手で顔を支えた姿勢で、そのまま 時に、窓外の光景がスライドした。そごには、三十年前のあの軍需炭化している死体も見た。 工場の裏庭がひろがっていた。長い亜鉛張りの屋根の工場が、川端それらは、そうなるほんの何分か、何時間か、何日か前までは、 沿いにずっと先までつながっていて、コンクリートで舗装した通路生きて、動いて、考えていたはずだった。だが彼らにとって、時間 がその横に一直線に走っている。明るい日射しがかっと照りつけてはもう意味を失っていた。彼らの考え、いい、行なったことも、彼 いる昼下りだが、空襲警報下なので人っ子一人見えない。音も聞こらにとっては無に帰した。彼らは、彼ら自体としては、ただの醜 、臭い、胸の悪くなる物体でしかなかった。まだ生きている えない。と、その工場の、はるか上の青空に浮かんだ、よごれた綿 のようなちぎれ雲の中から黒い、豆粒ほどの物体が現われたーーとそして、いつの日かめぐってくる自分の番の来るのを待っている他 人の記憶の中で、わずかに存在を保っている空しいまぼろしにすぎ 思うと、たちまち、兇悪なエネルギーを秘めた敵機の姿に変って、 事は . かっ亠 20 こっちをめがけて殺到してきた。 それにしてもここには、なぜこんなに死体ばかり転がっているの 逆ガル式の翼のあたりから粉っぽい煙が後方へ流れると同時に、 工場の屋根の亜鉛板が、たてつづけに何カ所か大きく裂け、めくれだろう ? この死体たちと自分とは、どんな関係があるのだろう ? だれか、自分の知っている、親しかった仲間の死体なのだろうか : を目には見えな た。そして、つぎの瞬間、目の前のコンクリート、