女 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1975年7月号
440件見つかりました。

1. SFマガジン 1975年7月号

なくなったからだ。 れの目の前にある大きな乳房に、憎しみに燃えた衛門の視線が注が ぼんやりしていた衛門は、電車に乗ろうと走ってきた女にぶつかれた。 られた。生まれてから一度も聞いたことのない言葉が、 ' 悲鳴につづ いて聞こえてきた。背後で電車のドアがしまった。目の前にいるの その女は、とっ・せん胸をおさえてプラットホームにうずくまっ は大きな白人の女だった。ふくれあがった乳房が醜くぶるんとゆれた。 た。耳にした言葉はわけのわからぬものだったが、その女の心の中遠くに港があるのか大きな汽船のマストや煙突がいくつも見える は、はっきりと読むことができた。 駅の階段をおり、雑踏する商店街を歩きだした衛門は、泣ぎだした ( このジャップ ! 汚ならしい有色人種の餓鬼 ! ) いほど淋しかった。あの声はずいぶん前に消えてしまった。自分を 衛門はその女の心の中に飛びこんだ。金色の髪をした人間など初取り巻くこの騒音の中から、あの声をどうやって見つけよう ? めて見たので珍しかったからだ。 次から次へと汚ならしい人間の考えが、おしよせてきては流れ去 ミシシッビーの田舎町で、きびしいクエーカー教徒として暮らしづていった。だがその中には、衛門に知恵をつけてくれるものもあ てきた教師。だがこの女も、あの山奥の吉村先生と同じように、男った。 性が恐ろしいばかりに避けながらも、その実は男の肉体ばかりを考 ( 夜になったら ' ハーをまわってチューインガムを売ったりするのか えていた。外国なればその心の拘東から離れて自由に男を相手にでな ? ) いや、このままでも きるかと思い、はるばる日本までやってきたが、いままでどうして ( こいつが女なら、ちょっとした美人だそ・ : も男に話しかけ誘惑する勇気がでなかったのだ。 ホモにはこたえられん相手だろうが : : : ) ( 子供ができたら困る : : : でも、こんな子供なら大丈夫ね : : : 必要衛門には、あの不思議な声の主を見つけるまで、自分のカでどう なものはついているんだし。さあ、話しかけて連れてゆくのよ : にかして生きていかなければいけないことがよくわかっていた。そ 金髪女と英語の魅力を使えば日本人の男はみな大喜びだって : : : ) して、生きるための仕事として最初に知ったのは、酒場に何かを売 りにゆくことであり、それも女の格好をして行ったほうがいいと 白人女は手を衛門の肩にのばし、頬を染めていった。 ときおり自分にむけられる考えから知った。 そして、自分が生まれて育ったあの山村の人々がとりたてて卑猥 その心はおずおずとささやいていた。 だったわけではないこともわかってきた。どこへ行っても大人とい ( 前に習った催眠術を使って : : : 元気を出すのよ : : : 痛くなんかな うものは、心の大きな部分をあのことに向けているのだ。それか いから : : : ) 強い体臭が襲ってきた。衛門の目には、全裸になった金髪女がつら、自分ではまったく気づいていなかったが、吉村先生や村人たち が自分を大切にしてくれたのは、顔だちが飛びぬけて美しかったた かみかかってくる姿が現実のことのようにうつった。その一瞬、か 6

2. SFマガジン 1975年7月号

女のロに流しこんた。女は夢中でそれを飲みこんだ。とたんに女はた。つづいて、わっともげつともっかない声がシンヤののどからと 体を折ってはげしく咳きこみ、飲まされたものをポンプのように吐び出した。シンヤは跳ね起きた。自分の上で正体を失っている女の 9 2 き出した。シンヤの顔が引きゅがんだ。女の内部が強烈にねじれて体を払い落した。女がひどい音をたてて床に落ち、黒い髪が床に渦 ゆがみ、シンヤのものはおそろしいカで締めつけられた。シンヤはを巻いた。シンヤはそれには目もくれず、ズボンをひつつかんで足 たまらず、それまで撓めていたものを一度に爆発させた。シンヤのを通した。片足を入れ、もう一方を入れようとして爪先をひっか くいしばった歯の間から、ひん死のけもののようなうめきがもれけ、ぶざまに転倒した。左肩を床にぶち当て、息が止った。ようや こ 0 く起き上った。 「どうだ。がまんできねえだろう。ふん。ロほどもねえやつだ」 何を考えるひまもないうちに、つめたい声が降ってきた。 虚脱したシンヤの耳に、老フサの哄笑がひびいた。 「軍曹 ! 」 そのとき、ドアが開いた。 「ちょっ、ちょっと待ってくれよ」 シンヤはひや汗にまみれながら、ズボンをはきなおすために奮闘 若い女が立っていた。 した。 「軍曹。上官に対する敬礼はどうしました ? 私事は″休め″の許 可を得てからにしなさい」 シンヤは、目に見えない白刃で、まつぶたつにされたような気が 銀天色の防塵コ 1 トが、 シンヤの目を射た。 した。もうやぶれかぶれだった。なにしろ相手は連邦軍の将官だ。 女は大きな澄んだ目に、おそろしく冷たい光をたたえて室内に視いったん腰のあたりまで引き上げたズボンから手を離し、直立不動 の姿勢をとった。ズボンはふたたび床に落ちた。焼けくそで右手を 線を回らした。 「だ、だれだ ? 」 上げ、そろえた指先を右眉の上に当てた。リーミン準将は、一瞬、 女は、見るだけのものを目におさめてから、ゆっくりと視線をシ目のさめるようなポーズでそれを返した。 ンヤの顔にもどした。 老フサが横から首をのばした。 そのとき、開いたドアのかげから、調査局の青年が当惑のみなぎ「まあズボンぐらいはかせてやれや。姉ちゃん」 った顔をのそかせた。半分逃げ腰だ。 「姉ちゃんじゃありません ! 準将です」 「シンヤ軍曹。総局からおみえになられたケイ・リーミン準将で「じゃ、準将の姉ちゃん」 「あなたは : : : 軍曹と同室居住者のフサですね。あなたは連邦軍の なんだって ? シンヤは自分の耳を疑った。一瞬、室内は凝結し軍籍にはないけれども、調査局員として現在、私の監督下にありま

3. SFマガジン 1975年7月号

というのがふしぎな気がした。また大発見でもあった。この部屋へやる老フサがのそりと入ってきた。削いだようなほおと、落ち窪んだ ュニフ十ーム ってきたとき、女は O 級医務員の制服を着ていた。シンヤは医療眼窩が、老いの疲れを濃く宿していた。 部にはあまり縁がなかったから、そこにかの女のような看護婦がい かれはよれよれになった制服の上着をぬぐと、壁の釘にひっか たことなど、これまで知らなかった。かれらがこれまで相手にしてけ、冷蔵庫の後から、かれがウイスキーと呼んでいる自家製の飲料 きた女たちといえば、気象観測部や民生部、運輸部などにはたらくアルコールのびんを取り出した。 「また出たんだってよ」 技術者や作業員などで、胸の薄い、体全体にふくらみにかけた男の ような女たちだった。一応は欲望もありながら、ただ棒のように体アルコールを半分ほど満たしたコップに、水道の水を注ぎたしな がらシンヤをふりかえった。 を男の動きにあずけることしか知らない女たちだった。 「また出た ? 」 「ああ。今度はひでえや。死人が出た。地質調査班の連中はふるえ 壁のス。ヒ 1 カーに汐騒いのような騒音が入った。 《シンヤ軍曹。ただちに調査局長室へ出頭してください。シンヤ軍上っている。せ」 「冗談じゃねえや」 曹。ただちに調査局長室へ出頭してください》 マーシャン・ヘルメット 騒音の奥から、ふだん聞き馴れた声が流れ出した。かなりいら立「シンヤ。あの『火星人の兜』には、たしかに何か出るんたぜ」 っている。 「火星人の幽霊か」 「うるせえ ! 」 シンヤは体をゆすって笑った。そのたびに、シンヤの体の上に乗 シンヤは、それに向って罵声をあびせた。 っている女は内臓がし・ほり出されるような声を発してのけそった。 スビーカーはもう一度、同じことをくりかえすとぶつりと切れ「いったいどんなものを見たんだ ? 」 た。声がいら立っているのも当然で、すでに一時間も前から呼びつ「電話を受けたんだが、どうも一人一人、言うことがちがっていや づけているのだった。 がってな。結局、よくわからねえんだ」 「それ、もう一丁ゆくか」 シンヤは、動きは女にまかせて、あお向いた上体を老フサにねじ シンヤは、死んだようにべッドに体を投げ出して、笛のように息向けた。 をもらしている女の後へまわり、汗に濡れた量感のある腰を引き寄「おめえ、たばこ、あるか ? 」 せた。もうろうとなっている女は、握りしめているシーツもろとも「おれがやらねえのは知ってるだろう。よしなよ。あれはいけね 引き寄せられ、つらぬかれたとたんに、生命を吹きこまれたように え。見つかったらおめえ、禁固ぐらいじやすまねえぜ」 ふたたびはげしく動きはじめた。 「ふん ! おめえのそのウイスキーとかいうアルコール臭え水も、 そのとき、部屋のドアが開いて、この部屋のもう一人の住人であたしかご禁制じゃなかったのかい」 ュニフォーム 292

4. SFマガジン 1975年7月号

いの十字架なのだ : ・ : が、寛には、それこそ目印の十字架であっ 「弟が警官に撃ち殺された、という報せは外務省から受け取りまし た」寛はたどたどしい英語で言った。「しかし、どうしてそんなこ 寛はためらわずその・ハラックに入っていった。 とになったのかは、なにも知らされていませんし、弟の妻が逮捕さ 四方に板を打ちつけただけの組末な部屋に、女が独りで坐ってい れているというのも、あなたに送っていただいた彼女の手紙で初め た。プラチナ・プロンドの長い髣が、ランプの仄明りのなかに、ぼて知った始末です : : ・こ うと白く浮かび上がって見えた。榛色の眸、すじのとおった鼻、な「絹子さんのことは心配ありません」ジェーンは微笑した。「今は とし りのいい唇ーーどうやら北欧系の血が混じっているらしい。年齢はまだ面会も許されていませんが、いずれ、保釈金を積めば出所でき るでしよう」 寛と同じか、一つ二つ下ぐらいだろう。 寛は心配しないわけにはいかなかった 「ミス・ジェ 1 ン・ロ 1 レンス ? 」寛が名前を確かめた。 「なにがあったのか、話していただけますか」 「ええ」と、女はうなずいて、「あなたが一一戸寛さん ? 」 「そうですね : : : 」ジェ 1 ンはためらっているようだった。どこま 南米なまりはない。アメリカン・イングリッシュである。 で寛を信用したものか、考えているのだろう。 「そうです」 寛は待った。 「私の手紙を見せてもらえるかしら」 どこかから石油罐をたたいているような音が聞こえてきた。サン 女は疑り深かった。 ハのリズムに似ているが、サン・ハではない・ 寛は背広の内ポケットから手紙を取り出して、女に渡した。ジェ 「あれは ? 」寛がいた。 1 ン・ローレンスの名で日本に送られてきた手紙で、獄舎で書いた 「祈師ですわ」 という、絹子の手紙が同封されていた。 「 OE 」女は手紙から顔を上げた。「間違いないようね : : : どう「祈疇師 ? 」 「ええ、この国では、、 しまだに魔法が信じられているんですの・ : ぞ、お坐りになって」 勧められるままに、寛は女の真正面に腰をおろした。その位置か そう応えると、ジェ 1 ンは意を決したように、寛の眸を見据え らだと、ランプの光に隈取られて、彼女の顔は完璧な美しさを持っ こ 0 ているように見えた。 「私、アベニーダ・コバカ・ハ 1 ナに事務所を持っています。弁護士「いまだに魔法が信じられているような南米七カ国で、今、最も未 イロジェクト なんです : : : 弟さんご夫婦とはごく親しい友人でした」女が自己紹来的な計画が進められているのはご存知ですわね ? むろん、ア 介した。しかし、今の寛には、女の素性よりもなによりも、弟夫婦メリカや日本の後押しがあってこそ、の話ですけど : : : 」 に一体なにがあったのかを知りたかった。 「知っています」寛はうなずいた。「大アマゾン人工湖計画ですね」

5. SFマガジン 1975年7月号

ると衛門はすぐにいった。 めらしい 「きみは風呂に入るところだ」 衛門は、新しい考えが流れてくるのを感じた。前方から歳はずつ と上だが、背の高さは同じぐらいの娘が歩いてくる。そいつの心 「うん、お風呂へ入るところやわ」 は、電車の中にいた娘と同じことをさけんでいた。 女掏摸はためらいもせず、着ているものを脱ぎ、裸になって畳の ( 汚い子だけど、顔だけはいかすわ。この子を洗って仕込んでやろ上にしやがみこんだ。その痩せた体のそばで衛門は自分の着ていた うかな。抱いてやれば、もう逃げないだろうしね ) 服を脱ぎ、女の服に着かえた。 「・ほくが出てゆくと、きみはもう・ほくのことを忘れてしまう」 娘は雑踏の中で、ふくれた財布を見つけようとしている。掏摸だ。 衛門は、あの外国女の心を探ぐったときに知った催眠術とかを試「ええ、忘れてしまう」 してみようと、その娘の前に立ちふさがった。 「お風呂から出ると、いままでのきみにもどるからね」 「うん 「なんやねん、あんた」 娘の視線は、衛門の大きな瞳孔に引きずりこまれていった。 裸の女は、体をこすりながら低い声で答えた。 「行こうか : : : 」 女掏摸の服に入っていた金でチューインガムを仕入れた衛門は、 娘はうなずいて歩きだした。 夜になると酒場をまわりはじめた。そして、買ってくれる客のほと 「きみの住んでいるところは ? 」 んどが、かれの顔や体をじろじろ眺めまわし、いろいろと考えるこ 「そのむこう : : : アパート とに興味をお・ほえはじめた。何軒目かの店では、衛門を追うように 十も年上なのに、まるで白痴のようにたどたどしい口調で女掏摸して通りに出てきた男が話しかけた。 へ連れていった。娘の部屋へ入「おじさんが何かご馳走してやろうか ? 」 は答え、衛門の手を引いてア・ハート 大宇宙ロマン・シリーズ第一弾 銀河辺境への道 \ 2 5 0 < ・・チャンドラー / 野田昌宏訳 字宙に生きる男女の哀歓を詩情豊かに描く新シリーズ序巻。 ハヤカワ文庫 SF すり カラーロ絵・挿絵十九葉入り 9 6

6. SFマガジン 1975年7月号

港も東キャナル市も、忘れていた活気をとりもどす。フェリーポー トが着陸するたびに、この東キャナル市を訪れて来た人々や、さま ざまな組織の、中央から派遣されて来た連中がそろそろと吐き出さ その女とははじめてだったが、いい体をしていた。地球の東洋人 れる。それとたくさんな貨物。定期船が飛び立ってしまうまでの 間、東キャナル市の住民たちは、なんとなく落着かず、仕事も手にの遺伝的特質を示す黄褐色の肌と長めの胴体、それに黒い髪と厚い 、スペース・ポート つかない。仕事のある者もない者も、用もないのに宇宙空港の周辺まぶたを持った女は、自分の体内におさめたかれのものを軸として をうろうろし、フリーポートから吐き出される人々を、日がな一まるでろくろのように腰を回し、尻を動かし、・ハネのように上体を 屈伸させた。十何度めかの絶頂がやってきて、女は自分で乳房をか 日ながめて暮すのだった。 その時ばかりは、宇宙空港に遠い異境の空気が充満していた。そきむしりながら絶息した。女の内奥で固く膨隆した器官が男の先端 れはある者にとっては懐しい地球の人々の顔や言葉であり、またあをはげしく圧し、擦り、けいれんした。やがて女は、死人のように べッドにくずれ落ちた。それが抜けるとき、泥濘に埋った足を引き る者にとっては、未だ見ぬ辺境の荒々しい雰囲気であったりした。 このところ、みなの興味と話題は、あるひとつのことにし・ほられ抜くような音がした。 ていた。当然のことながら、フェリーポートから吐き出される人やあやういところを、このたびも耐えたシンヤは、腹の底から吐息 をしぼり出した。さすがに疲労がよどみはじめていた。それがおび 貨物に対する好奇の目も、それに裏打ちされていた。 9 ただしい汗の粒となって、厚い胸や盛り上った肩をつたい流れた。 2 濃紺色の空が色褪せ、あるかないかの風が、平原を西から東へ吹東キャナル市の数少ない女の中に、このような体の持ち主がいた 4. = な ~ を きわたっていった。その風に乾いた軽い砂は 音もなく動き、やがて幾条も幾条も、けむり のような尾を曳いて走りはじめた。いつもき まった時間に東キャナル市を襲ってくる砂あ らしだった。 ス。ヒーカーの警告が作業をせき立て、フェ ) ーポートから降り立った人々は、追い立て られる羊のように地上車に押し込まれた。 それでも、まだ見物人たちは去らなかっ こ 0

7. SFマガジン 1975年7月号

「わかってるがな、あんた」 そいつの心は別のことを考えていた。 そう答えたリエは考えていた。 くつかな ? 中学生 ? とにかく、もう使える体にはなってい ( かわいそうに : : : わたしみたいにやられるのね。どうして男っ るだろう。子供ほど筋肉はのび縮みがきくっていうからな ) 返事もせずにそいっから離れて次の店へまわろうとしたとき、黒て、こんなに汚ないやつばかりなんだろう ? 女も汚ないけれど : いサングラスをかけた若い男が浜つき、衛門の肩をがっちりとっか んだ。 彼女の心が話している言葉は、実に明るく澄んでいた。ほかの連 中の声は大きいばかりで、濁っているのに。それにこの女はセック 「てめえ、いったいだれに断って商売をしてるねん ? 」 い。だが、それには何か理由があるようだ。ほ そいつはこの港町に巣くっている暴力団の下っぱで、衛門を玩具スを嫌っているらし かの女の場合なら衛門はまっすぐその心の中に飛びこんでいったろ にしたあとで売り飛ばしてやろうと考えていることが、すぐにわか った。衛門は初めて知った暴力団員という職業に好奇心を持ち、そう。しかしその清らかさのゆえに、衛門はその過去をあばくのをた いつのいうままあとについていった。やがてかれは、繁華街の裏通めらった。リエはかれを、女の子だと信じていた。 りにある怪しげな安酒場に連れこんだ。客はひとりもおらず、カウ「かわいい子やねえ : : : あんたを逃がしてあげたいけど、そんなこ ンターに両肘をついていた女が、はじかれたように立ってこちらをとをしたら、うちこわい目にあわされるのん。お願い、いてね」 見た。 「ああ、いるよ」 男のような言葉づかいにリエはちょっと驚いたようだったが、別 工。あいてるか ? 」 になんともいわなかった。夜はふけ、店をしめる時間になっても男 男は親指を上にむけてみせた。リエと呼ばれた女は、黒人の血が はもどってこなかった。 混じっているとはっきりわかる顔立ちで、浅黒い肌をしていた。 「あいてるけど : : : 」 「ほな、もう寝ましよ」 「けど ? 」 安酒場の二階がリエの寝泊りするところであり、客を取らされる 「ポスがすぐ電話しろって。えらい急いではったみたい」 場所にもなっているらしい ちえっと舌打ちした男は、それでもすぐに電話のダイアルをまわ「うち、あんたの名前、聞くのを忘れてたわ。なんていうの ? 」 した。 と、リエは寝る用意をしながら尋ねた。 : へえ、すぐ飛んでいきまっさ」 「えもん・ : : ・」 男はリエのほうにむいた。 「えもん ? 」 「おい、こいつを預けとくからなあ。逃がさんようにせえよ。逃が「うん」 したら、どうなるかわかってるやろな ? 」 「変わった名前やねえ。ひょっとしたら、・一あんたもあいのこ ? 」 0 7

8. SFマガジン 1975年7月号

「それは、あの物体が埋まっていた岩よりもはるかに新しい地層にそうです」 埋まっていたものです」 報告を受けるリーミンの目が暗い翳をおびた・ 「すると、あれがあそこに出現してから、誰かがこれをあそこへ埋「女 ? あいっか ? 」 めたというのか ? 」 シンヤが聞きとがめた。 「あるいはね。祀るためだったかもしれないし、何かのできごとを「軍曹。ファイルを持ち出した者は、あの女でした。私の考えで 記録するためだったかもしれません。でも、これをよく見てごらんは、あの女もおそらくあやつられていたのだと思うのですが : : : も なさい」 うそれをたしかめることはできなくなったようです」 シンヤはもう一度、浮彫に目を当てた。描かれているものが生物 であるとしたら、そのゆがんだ形や、倒れかかるような姿態は、こ 三人は黙って、運ばれてゆく長大な物体を見つめつづけた。 サーチライトの描く光圏の外は、底知れぬ暗黒の夜だった。そこ れはあきらかに楽しさや喜びの表現ではなかった。そこに描かれて から、ひしひしと迫ってくる何ものかの気配があった。それは、こ いるものは苦痛であり、怨恨であり哀傷であった。 れから始まろうとする悲劇を告げるかのように、三人の心をひた 「減びたものたちの記録とは思えませんか」 し、犯していった。それは長い長い物語のはじまりでもあった。 リーミンがっふやいた。 減びたものーーーここが火星である以上、それは火星人なのだろう すべては謎であった。 「おめえはメーザーガンをふり回して、おれたちをみな殺しにしょ うとした。おめえはあのとき、何かにあやつられていたんだ。その 力はおそらく、あの物体から放射されたんじゃねえかと思う。この 谷で調査班が遭難したのも、おそらくそのせいだ。シンヤ。これは 火星人がこの火星から消え去ったことと、深い関係があるにちげえ ねえ。あれと同じものがよ、地球にも落下していたとしたら、どう なる ? 」 老フサの、落ち窪んだ眼窩の底で、鷲のような目が光った。 そこへ地上車の通信係が走ってきた。 「準将。逮捕を命じられた医療部の女は、死体となって発見された レリーフ 8 っ )

9. SFマガジン 1975年7月号

「くそでもくらえ ! 」 「なにを言ってやがんでえ ! そんなことばかりやってるから局長 「おれはともかく、おめえは気をつけなよ。そんなものを飲って いにどやされるんだ。おめえ、こんどの配置転換じゃいよいよ倉庫行 るのが見つかったらたちまちここからほっぽり出されて、退職者セかもしれねえや」 ンター行きだぜ」 壁のスビーカーがまたさけびはじめた。 「ちげえねえ」 《シンヤ軍曹。ただちに局長室に出頭するように。シンヤ軍曹。た 老フサは肩をすくめて、コップに満たした液体をすすった。徹底的だちに局長室に出頭するように》 に人手が不足しているこの東キャナル市だからこそ、たとえひまな声の調子は、かなり緊張している。 「そういえば、さっきからおめえのことを呼んでいるようだが。お 仕事とはいえ、調査局の末端に連なっていることができる老クルム だった。若い頃、宇宙船乗りの間でなりひびいた名前の持ち主であめえ、何かやったのか ? 」 っても、それだけでは現役にとどまることは難かしい。老フサと同老フサは二杯目のコップを水道の蛇ロの下に当てた。 ス・ヘース・マン 「いや。地球の総局から人が来たんだとよ。例のファイルの一件 じ年代のかっての高名な宇宙船乗りたちの多くがすでに退職者セン ターと呼ばれる老人休養ホームでなすこともなく影のように生きてよ。こっちからの報告を待っていればいいじゃねえか。わざわざ来 いるのだった。 ることはねえよ」 シンヤはべノ・ 「そりや、ま、そうだな。こっちにはこっちのやり方というものが 。トの上から腕をのばし、脱ぎ棄てた自分の制服を引 き寄せ、ポケットをさぐった。一本だけ残っていたくしやくしゃなあるんだ。なにしろ総局のおえらがたときたら、なんでも形どおり たばこを見つけ出すと、苦心してそれに火をつけた。汗がしみてそおさめなけりや気がすまねえ。ファイルの途中がぬけていたって、 どうってこたあねえしゃねえか」 れが乾いたあとの苦くて異臭を発するそれを、シンヤは深々と吸い つけた。 老フサは、手製のエチルアルコールをぐびぐびとあおった。 「ああ。うめえ ! 」 シンヤの体の上で、一人でもだえ狂っていた女が、泣き声を上げ はじめた。 「けっ ! 苔を燃したけむりなんそくらって、そんなうめえか。ば か」 「なんだ ? その女は ? 」 「苔なもんかー こいつはな、モウコジャコウソウ o の若芽を摘ん「医療部の O 級医務員らしいや。あああ。一人で楽しんでやがら。 でよ、特製の乾燥機でパサバサになるまで乾かして、そいつにブドおれ、なんだか気がなくなっちまったよ」 ウ糖を吹きつけてまたまた三七二十一日の間、じっくりと干して「おめえも好きだな。どれ」 な、白く粉を吹いたところでこまかく刻んだのよ。この香りがたま老フサは、シンヤの体の上でのけそ 0 ている女に近づくと、女の らねえぜ」 頭をかかえて、手にしたコップを女のくちびるに当て、中の液体を

10. SFマガジン 1975年7月号

リエは元気になっていた。よほどあの男が嫌いだったのだろう。 : いまのわたしは教祖さまの二号 : : : ) 衛門はリエに連れられて国電に乗った。東へ三十分走り、ある駅で 衛門は初めての言葉にぶつかった。 しらぬいでいおう ( 教祖、なんのことだろう ? そのうしろに、神さまがすけて見えおりたふたりはごみごみした町の中を歩き、やがて〈白縫泥王〉と 大きな表札のかかっている門の中へ入っていった。 るが ? ) 人々の心がむっとするほど濃く感じられた。この家に集まってい 女はおのれの想い出に酔い、妄想の世界に遊びはじめた。 ( あのときの六さんの気持わかるわ : : : き 0 とあいつ、最初つからるのは、街を歩いている人々よりずっと強烈な心の持主ばかりらし わたしを物にするつもりだったのね : : : なめるようにして洗ってく 「ここへ来て、どうするの ? 」 れたもの : : : ちょうどいまのわたしが、この子にしてあげるように 「教祖さまのお話を聞くのやん。治療を受けたい人はそのあとにし 衛門は走り出した。なぜ、どいつもこいつも、あんなことばかりてもらうねんー 玄関を入ってすぐの広間に、二十人ほどの男女が集まっていた。 その中にはリエと同じような混血の女もひとりいた。いやに大きく 「お待ち、坊や ! 」 胸がふくらんでいる女だ。 女はさけんだが、衛門は走りつづけた。でもどこへ行く ? 行く ところはなく、あの声は聞こえてこず、人通りの多くなってきた町 ( 嫌なやっ、あたいを物にしようと変な英語ばかり使いやがって。 なにがファック・オーケイだい ? の中を歩きまわった衛門は、もとの酒場にもどっていった。 黒眼鏡をかけたやくざっぽい青年もいた。 リエははれ・ほったい顔に嬉しそうな笑いを浮かべてかれを迎えて ( おれは両手をのばしていた。姉のほうはロをあけ、妹のほうは唇 くれた。 「あいっ死におった ! 飛込み自殺やて。坊やがいうたとおりや ! 」を噛んでやがった。ふたりともおたがいがどうなっているか、はっ リ = の心の中には、これからどうなるのだろうという恐れと、嫌きり知っていたに違いない。だからおれいってやったんだ、結婚す るなら、ふたり一緒じゃないと嫌だそって ) な男だったが、自分が葬式を出さなくてはいけないのだろうかとい やがて現われた教祖らしい男は、慣れた口調で説教を始めた。神 う困惑があった。だが、葬式は検屍がすんだあと組のほうでやるこ を信じ、おたがいを愛し、世間に奉仕、感謝の心で暮らさなければ とになり、リエは何もしないでいいとわかると、彼女はいった。 「坊や、おまいりに行ってみようか。なんとなく面白いところやねいけないという平凡な話が長々とつづいた。そして二十人の信者 は、そのほとんどが教祖の話をうわの空で聞いているようでもあ ん。お金は一文もかからんし、店あけるまではうちも暇や」 り、話に酔っているようでもあった。 「おまいり ? 」 ( あの馬鹿女め、殺してやりてえよ、まったく。金がありゃあ苦労 「うち、こう見えても信心ぶかいねんで」