「どうしてそういい切れるんです ? 」 「どうもありがとう、ドロレス。ここで話したことをほかの人に喋 「理由があってじゃありませんけれど : : : 」 らないでください」 なにかはっきりしかかってきた感じがするが、ほかの新しい質問 「わかりました。そうします」 にきりかえることにした。 彼女とわかれて自分の部屋に引きあげた。 「武器は持ってますか ? 」 こうなってくると、またべつの新しい解釈もできることになる。 : 。ヒストルを つまり、ドロレスが縦坑を爆破したとする。それをマイゼルになん 「こういうやつですか ? 」マイゼルの。ヒストルをポケットから出し かのひょうしにかぎつけられて、彼女はあわてて自分の。ヒストルで てみせた。 しまっする。死体から彼のピストルを取りあげて、犯行現場には自 分の。ヒストルを置いてくる。だが、この解釈をもっともらしくみせ 「どうしてこんなぶっそうな物がいるんですか ? メジには身を守るには、いささかこじつけが多すぎるきらいはある。 らなきゃならんようなものはいないと聞いてますが」 三月二十四日 「わたしにはよくわかりません。探険隊は規則で武器を携帯しなけ また、よく眠れなかった。夜中に誰かが、足音をしのばせて部屋 ればならないことになっているんです」 畜生 ! 書類には。ヒストルの番号かなんか、その種のデータは載の前までやってきて、しばらく気配をうかがってから、ドアを開け っていなかったそ ! マイゼルの拳銃だと思っていたこいつだつようとしたやつがいる。。ヒストルをかまえて、いきなりドアを開け て、誰かほかのやつのかもしれんじゃないか。 てやったが、廊下には人影がなかった。そのあとながいあいだ眠れ 「マイゼルのビストルがなぜ部屋にあるんだろう ? 」 なかった。並の臆病者ではないつもりだが、どういうわけかここで はひどくこわくなることがある。ここでの状況はなにもかもなんと 「わたしが縦坑のそばで拾ってきたんです」 「だったらなぜ、わたしがここへ現われたからといって指紋をふきなく不吉な感じがっきまとっている。 朝、縦坑を見にいくことにした。もっとも朝といっても、ここで とる必要があったんですか ? ー こごの生活は地球時間で測る。 はかなり相対的な概念でしかない。 彼女はびつくりした顔をした。 つも・ほんやりした薄暮の状態で しかし、現実には日も夜もない。い 「おっしやってることがよくわかりませんが : : : 」 「おとといの晩、アルコールでビストルを拭き取った者がいるんであり、地平線には昇るでもなければ沈むでもない、赤紫色の円板 が、照りつけるというよりはあっためているといったほうが当って すよ」 「わたしじゃありません。誓ってそう申しあげます」 いる、弱い光を放っている。マイゼルの詩を思いうかべた。『あお乃 こんどはどうやら嘘ではなさそうだった。 じろい死産の朝やけ』とは実にびったりの表現だ。
むいた。は、すでにそこで例の登録表現家が待 0 ていることといえば意外だ 0 た。住み馴れた地にいるときはともかく、あちこ ちの惑星をへめぐって旅行する人間は、おのれの立場や社会的地位 を伝えていたのだ。 をはっきりさせようとの気持ちから、たいがい、分類符号を忘れな 考えごとをしていたらしいその人物は、とを 0 れいものである。たとえば、シゲイ自身の、惑星司政官であることを 示すというような符号をだ。それをこの人物はそっくり抜か たシゲイが入って行くと、一瞬遅れて気がっき、腰をあげた。 たしかに、女である。色が白く、切れ長の目を持つ、すらりとしして、姓名だけを告げた。その感覚が、シゲイには不思議だ「た。 たスタイルの女性だが = = : そんなに若くはなか「た。どことなく落が、そうい 0 た事柄は、単に、シゲイの心の問題である。シゲイ 着いたムードがあるのでそう思えるのかも知れない。女性の年齢をの司政官としての言動に、何ら影響を与えないはずのものである。 シゲイが迷ったのは、相手が、握手を求め、それに対して、周囲 当てるなどというのはおよそ苦手なシゲイには分らないが、シゲイ の、ここにも監視の目を持っを含め、ロポットたちの誰ひと 自身よりも十歳ぐらい下という感じである。 りとして、制止しなかったという事実なのであった。司政官の身の 「あなたが : : : 司政官ですか ? 」 安全を守るのは、ロポット官僚の主要な役目のひとつであり、従っ 女はいっこ。 て、未知の人間が司政官と出会うさい、その人間がこんな風に手を 「ええ。ゼクテン担当の、シゲイ・・コウですー シゲイが答えると、女は微笑して一歩こちら〈近づき、握手を求伸ばしたとたん、何らかの制止のための反応を見せるのが当然であ る。むろん、このグレイス・グレイスンの場合、持ちものその他の めながらいった。 「わたし、グレイス・グレイスンです。このたびは、いろいろお手検査をされ、司政官に危害を加えるおそれがないということを確認 されてここへ来ているのだから、そこ迄神経質になる必要はないと 数をかけて、申しわけありません」 いえるが、それにしても、ロポット官僚たちが何もしないというの シゲイは、とっさにどう反応していいカ、判断に迷った。 はじめ、彼は、何となく、今迄に会 0 た何人かの登録表現家なるは妙だ。妙というより、が何らかの指令を出して、このグレ ものの印象から、相手が若いーー、それも目を剥くような異形の風態イスの行為を認めていると解釈せざるを得ないのである。 シゲイがそんなことを考えたのは、ほんの、またた をした女ではないか、と、無意識に予測していたのだ。しかも、昨けれども 夜からのの報告をつづり合わせて、自己主張のかたまりのよきするかしないかの間のことであ 0 た。彼は相手の手を握り返した うな、強引でルール破りを何とも思わぬ人物ではないかと想像してが、そのわずかなためらいは、彼女の微笑をさらに少し深くさせ いたのである。それがどうも外れていたらしいことに、かすかな驚た。 それから・ : : ・今度こそシゲイは奇異の念に打たれねばならなかっ きを感じたのだ。 さらに、女が、グレイス・グレイスンとだけ名乗ったのも、意外た。 249
に、日記まで渡してある。ウィリイ、あれを読んだあんたの意見をせまっているような感じにつきまとわれどおしだった。ときには気 聞かせてもらいたい。隊員の言動をおかしいと思わないか ? 」 が狂うんじゃないかとまで思ったくらいだ」 「なるほど、それで不可聴振動音の仮説をでっちあげて、ごまかそ 「もちろんだとは思う」 うという魂胆なんだな ? 」ロウが皮肉をこめて言った。 「連中の言動でとくに目立っ点は ? 」 「ええ、早い話そうです。谷間の主縦坑は、人間の聴覚じゃ聞きと 「ううん : : : そうだなあ、すこしおびえすぎてるようにみえるな」 「そうなんた ! それだよ。俺を恐れる理由はまあなんとか説明がれない低周波をだす、巨人のオルガンのパイ。フみたいでしたからね。 つく。なんてったって殺人事件の捜査にやってきたんだからな。ド 人間が強力な不可聴振動音の作用で恐怖にとりつかれ、ときには完 レイクのやつのおかげで、連中にばれてしまった。だから、誰もが全に気が狂うこともあるって話を、ものの本で読んだことがあるも 自分が容疑者だと思いこんでいた」 んですからね」 「しかし、それだったら犯人が一番おびえるはずだ。ところがあれ「相当だいたんな結論たな、ミスター・クリンチ。しかし、間違っ ていたらどうするつもりだ ? 」 「そうだ、みんな同じようにおびえていた。あんたもそれに気がっ 「それなりの根拠があります。隊員が全員で朝食をとった朝のこと いてくれたとはうれしいねえ。しかも、連中はおたがいに相手を恐はおぼえてますね。彼らにしてみれば、ふだんとちがう、まともな ところをみせたときのことですが : : : 」 れていた。そういうことがあるとすれば、それはただ : : : 」 「連中が共犯の場合だ」 「まあ、そうだとしておこう。それがどうかしたのか ? 」 「そのとおり。あるいは、めいめいがほかの者を犯人だと疑ってい 「その日は風がまったくなかったんですよ。風が吹きだすと、また て、しかもその疑いがそれ相当の根拠がある場合だ。ところが、ももとにもどってしまって、めいめいが自分の穀にこもってしまった し、マイゼルがほんとうに自殺していたとしたら、その仮定はどっんですー ちも成りたたなくなる」 「ミスター・クリンチのおっしやることは筋がとおった話だと思い 「しかし、マイゼルが殺されたことは間違いない。弾の破片があます」ジュリイが口をはさんだ。 ロウはとがめるような眼で彼女を見て、顔をしかめた。 「弾の件はあとまわしだ。さしあたっては、自殺説で話を進めよう「まただ、ミスター・クリンチ。話をもとへもどそう。最初の じゃないか。すると、連中がおびえているのは、ほかに原因がある爆発原因、マイゼルの死因「きみが個人的に責任を負わなきゃなら はずだ。その原因は、ロウ氏が指摘しているように・フランデーのグん縦坑の致命的な爆破による損害、これらの基本的な問題に、きみ ラスにあるとにらんでいる」 は答えんつもりなのか ? どの問題についても、なるべく精神病理 学的補説ぬきでよくわかるようにはっきり回答してくれることを期 「そう言われてもさつばりわけがわからんよ」 「グラスのなかの定常波だよ。それで思いあたったんだ。なにしろ待する。わたしは事実にしか興味がない」 この俺までメジにいるあいだずっとおびえつばなしだった。いつも「精神病理学的補説ぬきでは、わたしがやったことは意味をなさな 9 いが、それでもできるだけ事実にそって説明するように心がけてい 誰か廊下にいるような気がしてしかたがなかったし、なにか危険が
間の、相互の尊敬の念にきわめて大きく依存していたが、指揮官が 「認めるよ。だが、そろそろ指揮官がみずから指揮を取る潮時だ し、今度の旅には前回以上の危険はない、と判断したばかりじゃな自分の地位を支えるためには、それ以上のものが必要であった。そ掲 いか。もし厄介な徴候が見えたら、私はルナー・オリン。ヒックに出の責任たるや独特のもので、もっとも親密な友人たちからさえ、あ られるぐらいの早さで、さっさとあの階段を逃げ帰ってくるよ」 る程度の隔絶を必要とした。どのような関係であろうと、艦員の士 えこひいき かれは反論の続きを待ちうけたが、それはなかった。それでもカ気を沮喪させる恐れがあった。そうなれば、どうしても依怙贔屓を 1 ルは、まだ欝々と楽しまぬ風であった。ノートンは気の毒になっしているという非難を、避けることは不可能に近かったからだ。こ て、やんわりと補足した。「もっとも早さでは、ジョーにかないつの理由で、二階級以上離れた者同士の情事は、かたく戒められて こないだろうがね」 いたが、それ以外に艦内でのセックスを規制する唯一のルールは、 大男は緊張がほどけ、苦笑がゆ 0 くりと顔に広が 0 た。「それな「通路で実行したり、シンプ ( ハ凵 ' ししたちを驚かさないかぎ ら、ビル、だれかほかのやつを連れていけばいいのに」 り」ぐらいなものであった。 エンデヴァー号には、スーパ 「下に行った人間が、一人は欲しかったんだが、われわれ二人はい ーチンプが四頭いた。ただし、厳密 ヘル・クトール っしょに行けんしね。マイロン軍曹教授先生殿は、ロ 1 ラの話だにいえば、この呼称は不正確で、この艦の非人間艦員は実はチンパ と、体重がまだ二キロ・オー ・ハーだそうだ。あのロひげを剃り落しンジー系ではなかったが。ゼロ重力では、把握力のある尻尾はきわ ても間に合わなかった」 めて重宝だが、これを人間に取りつける試みは、残念ながらすべて 「三人目はだれだい ? 」 失敗に終っていた。巨大類人猿に対しても、同じように不満足な結 ローラ次第さ」 「まだ決めてない。 果に終ったあと、〈スーパ ーチンパンジー社〉はその目を猿の王国 「彼女自身が行きたがってるね , に向けたのだ。 「そりやだれだってそうさ。でも、彼女の名が自分の作った適任者・フラッキー、プロンディ 1 、ゴ ブラウニーの家系を ) のもっとも賢い リストのトップに挙がっていたら、私としてはひじように怪しむ辿ると、その分家には、旧・新両世界龕大陸 ね」 猿たちが含まれており、それに、自然には存在せぬ合成遺伝子が。フ マーサー少佐が書類を集めて、艦長室から出ていくとき、ノ 1 ト ラスされていた。かれらの養育と教育には、おそらく平均的なスペ ンはつかのま羨望の痛みを感じた。艦員のほとんど全員がーーー最低 ースマンのそれに匹敵するほどの費用がかかっていたが、それだけ 限に見積もっても、約八十五パ 1 セントがーー何らかの形で感情的の価値はあった。いずれも体重は三十キロに満たず、食料と酸素は な調節を工夫していた。艦長みずからがよろしくやっている船もあ人間一人の半分しか費さず、それでいて、家事、初歩的な料理、道 ることを、かれは知っていたが、それはかれの流儀ではなかったの具の運搬その他十指にあまる日常的な仕事の面では、一頭が二・七 だ。エンデヴァ 1 号の紀律は、高度の訓練を受けた知性の高い男女五人分の働きをするのだ。
必要とする。彼女は・ほくが何者であるかを知っていた、ーー最長老だけ、こちらもむこうに仕えなければいけないところなんだ ) 「なんとか時間を都合して会うことにするよ。少なくとも、きみの ということを。われわれの結婚と、のちにはわれわれの子供たちのこ AJ カファミリー の記録に登録されることによってだ。彼女の祖母とプレゼントをリビイに渡せるぐらいの時間はね」 結婚した場合と同じだ。だが彼女は・ほくを自分より千歳も年上の人「それにわたしからのキスをみんなにしてあげてね。ほかの子供た 間とは扱わず、過去の生活についてとやかく尋ねてぼくを悩ませるちにも何かことづけるわ。そのほうがいいでしよ。エステルに伝え ようなことは決してしなかった・・ー「・・ぼくが話したいときに耳を傾けるのを忘れないで、わたしがまた妊娠してることを。それにあの人 もそうなのかどうか聞いて。わたしに教えるのを忘れないで。何時 るたけだった。 ・スに出かけるの、あなた : : : あなたのシャツを調べなくちゃあ」 例の訴訟についても彼女を非難するつもりはない。 ハーリング、どこかの雌豚から生まれたようなあの欲張り野郎がで ローラは、・ほくが何世紀の経験をつもうとも、小旅行用のカ・ハン っちあげたことなんだ。 の荷造りができないことをよく知っていた。おのれの望むがままに ローラはいった。「あなたさえよければ、わたし、家にいるわ。世界を見る彼女の能力は、四十年にわたってぼくの気難しいやりか ドレスにお金を使うのは、もう一度やせてからにしたいの。食事のたに耐えることを可能とした。ぼくは真実、彼女に感謝している よ。愛かって ? そのとおりさ、ミネルヴァ。彼女は常に・ほくの幸 ことなら、うちのトーマスにかなうコックはニュ ・カナヴェラル にはいないわ。そりゃあ、エステルズ・キッチンならたぶん同じぐせに気をつけ、ぼくは彼女の幸せに気をつけた。そしてわれわれは らいおいしいものを食べられるでしようけど、でもあそこは軽食堂一緒にいることを楽しんだ。でも、腹が痛くなるほどの熱烈な愛で で、レストランじゃないわ。こんどもあの人たちにお会いになるはなかったんだよ。 あくる日、・ほくはジャンプ。ハギーでニュー・カナヴェラルにむか エステルとジョウのことよ」 「たぶんね」 ( 省略 ) 「その暇を作ってね、あなた。いい人たちですもの。それに、わた メゾン・ロングの計画をたてた。リータは・ほくを驚かすつも しの名づけ子にいろいろ玩具を持っていってほしいのよ。アーロ ン、町へ行ったときにすてきなレストランへ連れていきたいとお思りだったんだ。ぼくが感傷的な人間だということを彼女は知ってい いなら、あなた、ジョウにそういう店を開くように励ますべきだるんで、舞台装置を整えたんだな。・ほくが着いたとき、シャッター は早々と下りていてーー年上の子供たちふたりはひと晩よそに預け わ。ジョウならトーマスに負けない腕を持っているもの」 ( トーマスより上さ、と・ほくは胸の中でいった・ーー・それにジョウなられ、赤ん坊のローラは眠っていた。ジョウは・ほくを入れると、裏 ら、うるさい注文にも嫌な顔ひとっしないはすだ。ミネルヴァ、使へ行ってくれといった。夕食をレンジにかけてあるので、すぐ行く からと。そこで・ほくは裏にあるかれらの住まいへ行き、リータを見 用人の厄介なところは、むこうが仕えてくれるのとまったく同じだ 2 に
それはすでに、マーサーも気づいていた。つかんだ段から手を離 が、このような新事態のもとでは決して急いではならぬことを、マ すと、漂う体がはつぎり右によれようとするのだ。これはラーマの 1 サーは経験的に知っていた。 ィアフォーンを通して、二人の仲間の規則正しい息遣いが聞え自転による効果に過ぎぬことを、かれは百も承知であったが、見た 冫。いかにも、何か神秘的な力が、そっとかれを梯子から遠ざけ た。かれらに異常はないといういい証拠だったので、かれは会話に目こよ 無駄な時間を費すことをしなかった。振り向いてみたい気もしたるかのようだ。 ″下″という方向がはっきり物理的な意味をもち始めたからには、 が、梯子の終着点にある台地にたどりつくまでは、危険を冒さない どうやらこれから先は、足を先にして進んだほうがよさそうだっ ことに決めた。 た。かれは一時的に方向感覚を喪失する危険を冒すことにした。 段と段との間隔は一貫して半メートルで、登り始めた最初のう 「気をつけろーーー体の向きを変えるから」 ち、マーサーはほかに代りの手段はないものかと思った。しかし、 その段をしつかりつかむと、かれは腕を使って、体をぐるりと一 その数は注意深く数えていき、二百段に達したころ、初めて明らか 八〇度回転させ、仲間の照明灯の光に一瞬、目がくらむのを覚え な重量感を覚えた。ラーマの自転がようやく感じられ始めたのだ。 いまやまぎれもなく上だ・ーー険しい断崖の縁に 四百段目で、かれは見かけの体重を、約五キロと測定した。そのた。遙か上方の よよ体が上方へ強く引っぱら沿って、弱々しい輝きが見てとれた。その光を背に、シルエットに ことには何の問題もなかったが、いい れだしたので、それ以上は登っているふりをするのが困難になってなって見える人影は、じっとこちらを注視しているノートン中佐と ・ハックアツ・フ 予備チームの連中であった。かれらの姿はきわめて小さく、遠方 きた。 五百段目は、止まるのによさそうな場所だった。かれは腕の筋肉に見え、かれは安心させるように手を振ってみせた。 が、不慣れな運動で硬ば 0 ているのを感じた。たとえ、いまや移動マ 1 サーは段から手を離して、ラーマのまだ弱々しい疑似重力の の面倒を見てくれるのは、すべてラーマで、かれはただ方向を定め作用に、身をあずけた。次の段までの落下には、二秒以上も時間を 要した。地球上なら、同じ時間内で三十メートルは落ちてしまう。 さえすればよかったにしてもだ。 スキツ・ハ 「ただいま中間点を過落下の速度がじれったくなるほど遅いので、かれは事態の進展を 「すべて順調たよ、艦長」かれは報告した。 ちょっぴり早めるため、両手でぐいと押しやっては、一時に十数段 ウイル 問題はあるか ? 」 ぎるところだ。ジョー、 ・キャルヴほどの距離を滑り降りることにし、途中、これは早過ぎると思うた 「こっちは快調ーーなんで止まってるんです ? 」ジョー びに、足でもって降下にプレーキをかけた。 アートが答えた。 七百段目で、かれはまたもや停止すると、ヘルメット灯の光を下 「こっちも同じ」と、マイロン軍曹がつけたした。「でも、コリオ 9 発見者の方に振り向けた。期待通り、階段の降り口がわずか五十メートル下 力に気をつけて下さい。だんだん強くなっています」 ( 十九世紀 フランスの数学者 ()D ・・コリオリにちなむ。 にあった。 回転のため水平運動をそらす偏向力のこと
に対する気持だけは負けないつもりでいる。なった。氏はゆたかな人生経験、独自の視野、世 3 深見弾 解説 なにごとによらずアメリカと並び称せられるよう界観をもって文学の世界に入り、まず短編を発 創刊号以来ソ連がどんな紹介のされかたをになった大国ソ連のこと、もその例外でな表、たちまち読者を魅了した。 してきたか、ざっと触れてみたいと思い、ほこりく、作家、作品、読者がべら・ほうに多い相手でい作家生活は十年であったが、その間五冊の作品 まみれになって天井ぎわに積みあけてあったやっささかもてあまし気味である。もっとも市場性と集を出し、国内外の雑誌に発表された作品は多い。 をおろしてきた。調べてみると、一九六〇年第五いうことになればかならずしもアメリカ並みとは編集部は氏とは親しく関係をもち、読者の会合 号に最初の翻訳が載っていた。今は亡き袋一平氏いかないから、助かっているのが実情だが、いつに出席してもらい、貴重なアド・ ( イスを得るなど の訳で、女流作家ジラヴリヨーの「大隕石」とまでも一人でまかない切れるとは思えない。欧米し、常に感受性の強い思いやりのある人柄に接し コルバコフの「宇宙の漂泊者」の二編が紹介されにも明るく、しかもロシア語もこなせる若いてきた。 ている。こうしてみると創刊当初からソ連も人が・ほっ・ほっ現われてきたようであるから、これ本誌の前号に氏の「資源開発局調査員」が載っ 欧米と並んで紹介していく編集方針がちゃんとあからはもう少しましなソ連の研究と紹介が期たが、氏はほとんど危篤状態ともいえる病床でそ のゲラ刷に目を通されたのである。この作品が才 ったことが分る。記念号で福島正実氏が草待できるのではないかと思っている。 能にめぐまれた、多くの愛読者を持っ作家の最後 創期のたいへんな苦労を書かれたエッセイでもわ かるように準備段階ですでにソ連の紹介者の今回は、ワルシャフスキーの最新作であると同の作品となり、ふたたび本誌のページを飾る新し 人選もされている。五号の、つまり第一回目のソ時に最後の作品ともなった「資源開発局調査員」い作品に接することができないとは信じられない 気持である〉 連作家特集について、氏は「亡くなったロシア文を柱にして特集を組んだ。 ショート・ショートを書かせたら右に出る者がお気づきと思うが、死亡年月日も場所も明らか 学者袋一平さんの協力がなければ半端なものにな っていたはずだ」といっておられる。ソ連のいないといわれるほどの短編作家であり、現在最にされていないし、死因や病名にも触れられてい 紹介者として袋一平氏の協力が得られたというこも人気のある作家の一人であるが、最近は推理小ない。これはソ連ではごくあたりまえのことのよ とは全く幸だった。氏はいわゆるロシア文学者と説仕立てのをいくつかものにし、注目されてうだ。一九〇九年生れであるから、六十六歳で亡 いう枠をこえ、現代ソビエト文学、映画、演劇ないた。この作品はもちろんであるが、読んでくなったことになる。作家としてはこれからとい ど文化一般から科学技術、氏の生涯の生きがいでいただければおわかりいただけるように推理小説う歳だと思うと、誠に残念である。 あった山にいたるまで広い分野で戦前戦後を通じとしても立派に通用する。すでにいくつか手がけ最近のソ連はなんとなく沈滞ぎみで、新 て活躍された。その経歴がその後のでのソたこの種の作品のなかで最も成功しているといえしい作品の出版点数もひところからみると落ちて 連の紹介という仕事にもよく表われている。る。同じように最近推理の分野でストルガッいる感じがする。が時代を先どりし、社会を 翌年から少ない年でも二号、多い年では七号もキー兄弟が「幽霊殺人」を、グレーヴィチが「天反映する文学であるとすれば、現在のソ連では当 ソビエト作家の作品が載るようになった。飯田規頂への招待」を書いている。現在ソ連では推理小然が不振であることも分らないではないが、 和氏があらたに翻訳者に参加された一九六三年か説の分野で新しい動きがある。欧米の推理小説へむしろだからこそ、すぐれた問題作が生れてもよ らはほとんど隔号で載るようにまでなった。だがの接近とジャンルとしての推理小説の確立をめざさそうな気がする。これは一時的な過渡的現象で 残念なことに一九六六年と翌年の一一カ年は全く誌す動きであるが、これは読者の要求と欧米の推理あると思いたい。また、ソ連に社会性や思想 上からソ連作家が姿を消している。これは編集方小説の影響が大きい。恐らくワルシャフスキーの性という枠がはめられているのなら、それを越え 針が変わったというよりは主として翻訳者の健康アプローチもその一連の動向と無関係ではないとるエンタティンメントに徹しきった、それはそれ 上の理由であったと思う。その後一九六八年か思われる。残念ながら、そうした新しい試みに踏ですぐれた作品を生みだすことも可能なはずであ る。その意味では、ストルガッキーなども社会問 ら、九人の作家がリレー式に作品を書き雑誌「技みきったと思われるやさきに、亡くなった。 この作品がソ連唯一の専門誌「探求者 ( イ題や政治問題に決定的に迫る迫力に欠けるし、さ 術青年」に発表した「瞬間を貫いて」が連載され六 九年にビレンキンのショート・ショート特集が紹スカーチュリ ) 」の昨年の四号 ( 七月刊 ) に載っ、りとてエンタティンメントに徹しきる思いきりも 介されたのを最後に袋氏によるソ連の紹介はたときには、作者はこの世にいなかった。五号にない。中途半端さが残る。それにひきかえ、ワル シャフスキーは後者に徹して、読者を楽しませる 終っている。一九七〇年の空白をおいて結果的には次のような記事が載っている。 はこの私が大先輩の後を引きつぐことになった。〈著名な作家ィリヤ・イオシフォー / ウチ・努力をおしまない作家の一人だった。では特集を ワルシャフスキー氏は、レニングラード市で亡くどうぞ。 あらゆる点で氏にはとても太刀打ちできないが、
こうして、船長夫人にたいするわしの恋物語が始まっ てしまったよ、見かけはーー・注意して見ないものにはね たのだ。そして同時に苦しみも。というのは、夫人の頑 微かなほくろが散らばっているみたいだけれどね。 こういう具合に、地球と月とのあいだは、たがいにつ固な目差しがだれにむけて注がれているのか、遅からす り合う二つの力が相争っていたのだ。もっと言うなら、 してわしは気がついたからだ。わしの従弟の両の手がし ひと つかりと月面に置かれているあいだ、わしはあの女をし あの衛星から地球におりて来る物体は、少しのあいだ は、まだ月の引力を帯びていて、この地上の世界の影響っと見つめていた。すると彼女の目差しに読みとること 力を拒否するのだ。わしにしたって、もう大きな大人だができるのだーー・つん・ほと月との関係のあの馴れ馴れし ったにもかかわらず、上にいって来るたびに、この地球さが彼女の胸に呼び起こす想いのたけがね。あの謎の月 の天地の感覚に慣れるのに手間がかかって、仲間たちに世界探険に彼が姿を消すとき、彼女は目に見えて不安げ わしの腕をつかんでもらって、無理やり押さえていてもな様子になり、針の山に立っているかのように落着きを らわなければならなかったのだが、この連中はゆれてい失うのだった。もはや、わしの目にはすべては明らかだ る舟のなかでぶどうの房よろしくぶらさがっているじゃ った・・・ーー Vhd Vhd 夫人がどれほど月に嫉妬を感じるよ ないか。だってわしはそのあいだ、まだ頭を下にして脚うになっていたか、またわしがどれほど従弟に嫉妬して ひと ひと を空にむけてのばしていたのだからな。 いたことか。あの女のダイアモンドの瞳は、あの女が月 「つかまれ ! おれたちにしつかりつかまるんだ ! 」を見あげるとき、火のように燃えていた・ーーまるで挑戦 と、みんながわしに叫んでいる。で、わしはこのやっさするかのように、「あの人はあげないよ ! 」と言うかの もっさのなかで、ときとして Vhd Vhd の奥さんのおつように。そしてわしは自分だけが除け者になっていると ばいをつかんじゃったりしちゃうんだが、この女のはま感じていた。 こういうことをまるつきり気にもかけていなかったの るくて固くて、触ると気もちよくって安心感があって、 月と同じくらいの、いや、もっと強力な引力が働いたもは、つんぼだった。彼がおりて来るところをーーーもう説 の。とりわけ、まっ逆さまに落ちて来ながら、うまくも明したとおりーー・・みんなで脚をひつばって助けてやると う一方の手で彼女の腰を抱きしめることができたりするき、 Vhd Vhd 夫人はもういっさいの遠慮も気がねも忘 とね。、これでもう、わしはまたもやこっちの世界に通過れて、惜しげもなしに全身でやつの上にのしかかり、あ して来れたっていうわけで、どしんと舟底に落っこちる。の長い銀の腕を彼に巻きつけようと大童だった。わしは そこに VhdVhd 船長がざぶりと桶の水をかけて、意識それに心をえぐられる思いだった ( わしがしがみつくと ひと をとり戻させてくれるんだ。 き、あの女の体は、確かにいつも優しく柔順だったけれ ひと
と、グレイスはいった。「わたし : : : この世界の、ゼクテア、で のことを、登録表現家だといい、 それからさらに、女性であるとっ けくわえたのであろう。この推測が当たっているかどうかは不明だしたか : : : 原住民の移動というのを見たいのです」 やはりそうか。 が、全くの的外れではなさそうに、シゲイには思えた。 しかしながら : : : 彼は、そういう風に考えるうちに、どういうわ「しかしーーー」 しいかけるシゲイを、グレイスはゆっくりとさえぎった。 けか、おのれがどこかなまぐさいものをお・ほえはじめているのに気 「でも : : : もう締切ってしまったんでしよう ? それならいいんで がついていた。なぜたかは知らないが、そんな感じがするのだっ た。いつもの、あの情緒不安定が出て来たのかも分らない。彼はそす。それなら : : : この世界の、わたしが行ってもいい場所を、あち こち訪ねてまわるだけでもいいんです」 の想念を、頭から振り払った。 グレイスは、じっとこちらをみつめている。今のの説明「・ : シゲイは、相手の目をみつめた。こんないいかたをされては、い が、彼女にも聞こえたかどうか、シゲイには見当がっかなかった。 ささか混乱するのである。 は、理論的にはグレイスに届かない振動で話したはずだが、 人によっては、聞き取っている可能性もある。が、まあ、それが聞「おかしいですか ? 」 と、グレイス。「おかしいかも知れませんわね。でも : : : わたし かれたとしても、大した問題ではないこともたしかだった。 それよりも、本題に入らなければならないのである。 としては、何か、未知のものに出会えれば、それでいいのです。原 それも、シゲイのほうからだ。 住民の移動というのは、話によると、相当衝撃的な光景だそうです グレイスが、 ( かすかに微笑めいた表情ではあるものの ) 黙ってね。それを目撃できれば一番いいけど : : : 駄目なら駄目で、ここが わたしにとって見知らぬ世界であることに変わりはないでしよう ? いるからである。 ここを見て行くだけでも構いません」 妙な話であった。通常、司政官と面会する人間は、おのれのいし シゲイは、一拍置いて、問いただした たいこと、要求することを、それこそ息もつがずに訴える場合が多 いのだ。それを、この女は、何も言わずにすわっているだけなので 「あなたは : : : それだけの理由で、ここの短期滞在者になったので あった。 すか ? 」 「どんな経験でも、わたしのものになり、わたしの仕事のこやしに 「で : : : ご用は ? 」 なればいいのです」 彼はうながした。 「そのために : : : わざわざ、乗っていた定期運航貨客船を降りたの グレイスは、われに返ったような目つきになった。 「そうでしたわね。 ごめんなさい。お忙しい司政官相手に、・ほですか ? 」 「ええ」 んやりしていて」 25 ー
ではないのか。かれはラーマ人がーーー地球上ではそれほど珍しくも ない、・肉体美崇拝論者でもなければーーこの信じられぬような長い 階段や、頭上遙かに見えないの字型をかたちづくっている他の二 つの同類の上を、登り降りしている姿を、どうしても想像すること ができなかっ、た。おそらくこれらの階段は、ラーマの建設の際にだ け必要だったので、遠いその日以来、何の役割も果していないのだ ろう。当座は、そんな仮説でごまかせそうであったが、それでもし つくりこない感じだった。何か、どこかが変だった : かれらは、最後の一キロメートルを滑降せずに、長い、ゆるやか な足どりで一度に二段ずつ跳びながら下っていった。これなら、も うじき使わねばならぬ筋肉の鍛練になるだろうと、 / ートンは判断 したのだ。そんなわけで、かれらはほとんど気のつかぬうちに、階 段の終点まで来ていた。だしぬけに、もはや段がなくなった だ、いまはだいぶ弱まったサーチライトの光の中に、鈍い灰色の、 平坦な表面が横たわって、数百メートル先の暗黒の中へと溶けこん でいた。 ノートンはその光を放っている、八キロ以上も彼方の軸端部の光 源を振り返った。マーサーが望遠鏡で注視しているのを知っていた ので、陽気に手を振ってみせた。 「こちら隊長」とノートンは無電で報告した。「全員、元気だ 問題はない。計画通り、先へ進むよ」 「けっこう」と、マーサーは応答した。「お手並みを拝見するよ」 短い沈黙があってから、別の声が飛びこんできた。「こちら、艦 ェクゼック 上の副長。ほんとのところは、艦長、こっちはあまりけっこうじゃ ありませんよ。知っての通り通信社の連中が、この一週間ぎゃあぎ ゃあわめきつばなしなんです。不減の名講釈は期待してませんが、 スキツ・、 ちょうど七十五年前、アメリカに新しい 童話が誕生しした。古代神話や伝説の ない国に生まれた、まったく新しい奇抜 なお話ーーそれが『オズの魔法使い』で した。病み、疲れた現代の大人たちに、 ひとときの夢とやすらぎを与える魔法の 薬だとも言えましよう。 でも本当は、おかあさんやおとうさん、 お兄さんやお姉さんが、ちいさな子供た ちに読んであげてほしいのです。 そう思って、この本をつくってみたので すから : ・ ォズの魔法使い ォズの虹の国 —l ・ LL ・ポーム / 佐藤高子訳 装幀・挿絵新井苑子 二五〇円 二八〇円 ハヤカワ文庫 9