クレッグ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1975年8月号
11件見つかりました。

1. SFマガジン 1975年8月号

工、スキーヤーまであんなものを使うんだから : : : 」 「広場に面した二階の部屋をたのむ」 「これくらいで結構だ、ホテルへやってくれ」クレッグは運転手の「長期のご滞在ですか ? 」 話をさえぎった。 「わからん。たぶん : : : 」クレッグはロごもった。「たぶん、数日 町役場の古めかしい建物がちらっと窓の外を流れすぎた。塔の上だ」 の時計の針は二時を指していた。 「スキーをなさいますか ? 」 クレッグはこの場所を覚えていた。そこを右へ折れると、ホテル 「それがなにか意味でもあるのか ? 」彼は腹をたてた。 があるはずだった。 女はにつこりほほえんだ。 「着きましたぜ」といって、運転手は車をとめた。 「とんでもございません。どうそ、これにご記入ください」 「これはあのホテルじゃないそ」 白紙のカードを差しだした。クレッグはそれに自分の名前と住所 を書きこんだ。 「旦那、ほかにはありませんぜ」 「いや、昔はこんなじゃなかった」クレッグは建物を眺めまわして「これでいいのか ? 」 「結構でございます。お部屋にご案内申しあげます、おいでくださ 「ああ、木造のやつをぶつこわして、こいつに建てかえたんでさ」 お荷物はどちらに ? 」 「嘘じゃないだろうな」 「明日とどく」 「旦那をだましてみたってしようがありませんや、そうでしョ ? 」 二階へ上った。フロントの女は板から鍵をはずすとドアを開けた。 「それもそうだな。じゃここで、 しい。ここに泊ることにする。帰っ 「どうそ、こちらの部屋でございます」 てくれていい」 クレッグは窓のところへ行った。町役場の建物が、あるべきはず 彼は歩道に降りたった。 だった場所よりほんのちょっとだったが左に寄っていた。 「せいぜいスキーでも楽しんでくださいな」金をポケットにしまい 「この部屋はどうも気に入らん。隣りの部屋は ? 」 ながら運転手は愛想をいった。「今が一番雪の状態がいいときです「空いておりますが、でもまだかたづいておりませんので : ・ : ・空き ・せ。もし、すこしはましなスキーがいるんだったら、なんならあっ ましたのがタ方だったものですから」 しがいいところを世話して : : : 」 「かまわんよ」 「間にあってるよ ! 」クレッグはよけいなお世話だ、といわんばか「はい、でも、メイドが帰ってしまいましたものですから」 りに、ばたんと音をたててドアを閉めた。 「そんなことはかまわんといっておるのだ」 : ・人気のない入口のホールで、フロントのデスクのむこうで当「わかりました」女はためいきをついた。「ぜひとおっしやるので 直の女がこっくりこっくりやっていた。 したら、それではただ今わたくしが・ヘッド・メイクをいたします」 6 2

2. SFマガジン 1975年8月号

どうやらこの部屋ならよさそうだった。だがペッドの位置が反対た。閉じているまぶたをとおして、朝の太陽の光が眼を射っていた。 昨日なにがあったのか思いだそうとしながら、寝返りをうった。 側の壁ぎわになっていた。 イングリッドと二人で夜中の二時まで月の光をあびてスキーをや クレッグは、女がシーツを取りかえる間、じっと待っていた。 っていたらしい。それから、ホールでたしか彼女がいったことは : 「ご苦労さん。もう用はないよ。休ませてもらう」 クレッグはとび起きて、あわててまだ乾いて ・ : あっ、しまったー 「おやすみなさいませ。明朝お起しする必要はございませんか ? 」 「明朝 ? 」質問の意味が分らなかったらしい。「ああ、朝ね ! どいないセーターを着だした。畜生、こんな日に寝すごすなんて、ど うかしているそー っちでもいい どうせそんなことはどうでもよくなるはずだ」 階段を駆けおりてきた彼は、糊のきいた帽子と純白のエプロン姿 女は気分を害して部屋から出ていった。 クレッグはプラインドをおろし、べッドを反対側の壁ぎわに移しの女主人が上にあがってくるのと鉢合せになり、あやうくころびそ うになった。 かえると、明りを消して服をぬぎにかかった。 「なにをぐずぐずしてるんですか、クレッグさん」人のよさそうな じっと壁紙の模様を見つめて長いあいだ横になっていた。射しこ む月の光がべッドの枕もとまで位置を変えてきた。そのときやっ眼にからかうような表情をうかべて彼女がいそがせた。「もうさっ きからお嬢さまがお待ちですよ。ごらんなさい、あんなに : と、彼は眼を細めて、時計のボタンを押した : ・ クレッグは残りの段を二段とびで駆けおりた。 「イングリッド 『なにか記憶にとどめておきたいことがあれば、転位のあいだじゅ「式がすむまでキスはだめ、っていってあるでしョ」髪をなおしな かいった。「お坐りになって、コーヒ 1 でもめし がらイングリッド。 う、そのことを考えていればよい』 あがったら。正直に申しあげますと、自分の無分別を後悔なさっ : 切株をさけようとして、彼女は左へ鋭く切ったが、・ ( ランて、だまされた女をここに置き去りにしたまま、町へ逃げ帰ってし まわれたんじゃないかしらと思いはじめていたところですのよ」 スを失った。片いっぽうのスキ 1 でどうにか踏みこたえたが、 悲鳴をあげた。ほんの数メートルさきが崖つぶちだったから : ・片いっぽうのスキーで踏みこたえたが、悲鳴をあげた : だ。急停止するのがすでに遅すぎたことをさとった。彼女は左 倒しに転落した。厚い雪の層がゆっくりとそのあとに続いて彼 「どうしたのか自分でもさつばりわからないのだよ」クレッグは砂 上のうえに沈みこんでいった : 糖をかきまぜながらいった。「いつもはもっと早く起きるのに」 「お体の具合が悪いんじやございません ? 」 クレッグは眼をさました。奇妙な重苦しい感じが頭に残ってい 7 2

3. SFマガジン 1975年8月号

・ : 切株をさけようとして、彼女は左へ鋭く切ったが、・ハラ / スを失った メフは新聞をおくと寝室に入っていき、女中にいった。 「メアリイ、その上着はかたづけておいてくれ、黒服にするから」 イングリッドが右へカー・フを切った。右へだ ! クレッグはほっ「朝からですか ? 」メアリイがきき返した。 とためいぎをついた。 「そうだ、今日は葬式がある。もう少しきちんとしていったほうが 「切株なんかそんなにないわ」左へ急回転しながら、彼女が叫んいいかもしれん」 だ。「あなたの取越し苦労よ : : : 」あとからやってくるクレッグの 「どなたかお亡くなりになったのですか ? 」 「リン・クレッグだよー ほうを見ていて、彼女は・ハランスをくずした。右足のスキ 1 が上へ もちあがった。 「まあ、お気の毒に ! 」メアリイはタンスから服を取りだした。 「このごろ、ひどくお顔の色がすぐれませんでしたわ。それなのに クレッグは膝をぐっとまげて姿勢を落すと、ストックで力いつば 旦那様は、昨日もあの方をお送りになりませんでしたわ ! 」 い雪を突いて彼女のところへ滑り下りていった。 「ペンフィールドで亡くなったんだよ。どうやらスキーをやりにで 崖っぷちの手前数メートルのところで彼はぶつかった。 断崖を転落していきながら、クレッグは、イングリッドの鋭い悲かけたらしい」 「まあ、なんてことを ! あのお歳で ! きっとなにかにぶつつけ 鳴を聞いた。そのあと、全世界が強烈な光の爆発の中に沈んだ。 られたにちがいありません ! 」 「時空間が連続体であるという考え方にもとづけば、たぶんそんな 「新聞をお持ちいたしました、メフ博士」 ことだろうな。畜生 : : : 」 女中が入ってきた。 「まだほかにあったのですか、メフ博士 ? 」女中が聞いた。 ニズラ・メフはコーヒーを飲みほすと、眼鏡をかけた。 「靴べらがまたどっかへなくなってしまったよ ! わたしの老・ほれ 不機嫌な顔をして、インドシナ情勢の記事に数分眼を通してか ら、リューマチの新しい治療法に関する記事にざっと眼を走らせ蹄にこの流行の靴をはくのがどんなにやっかいな仕事だか、きみに 9 はわかってないらしいな ! 」 た。最後のページに移った。そこで、八ボの活字で組んだ黒枠でか ばる雪煙、風になびく赤いマフラー、眼を射る強い日差し。 前方にぼつんと一本松の古木が見えていた。イングリッドがその そばを走りぬけた。あの先に雪の中から切株が突きたしているはず こまれた欄が彼の注意をひいた。 著名な言語学者で、ドノマガ国立大学教授、リン・クレッグ博 士がペンフィールドのホテルで死亡。学界はすぐれた人材を失い

4. SFマガジン 1975年8月号

ものになるなんて絶対にいやです。着替えてまいります。その間に 「失った自由のことをくやんでいらっしやるからかしら ? 」 よくお考えになって 1 あたしのいう通りになさっていただけるので 2 「なにをいうんだよ、イングリッド したら、まだ可能性がありますわ、でも、あくまでもとおっしやる 「それじゃ、あたしのスキーの手入れをしてくださいませ。ケー・フのでしたら、そのときは : : : 」 ルカーで上へ昇って、下りは : : : 」 「分ったよ」クレッグが折れた。「じゃ、きみのスキー、手入れを 「だめだ ! 」クレッグはテー・フルク戸スに茶碗をひっくりかえししておくから : ・ : こ た。「スキーで下るのはいけない ! 」 「どうかなさったの、リン ? 」服にかかったコーヒーを拭きながら たずねた。「どこか体の具合が悪いんだわ、きっと。いっからです「なんじは、この女性を妻として一生の伴侶としますか ? 」 「あそこに : : : 」彼は両手で眼をおおった。 : ほんの数メートルさきが崖つぶちだったからだ。急停止す るのがすでに遅すぎたことをさとった。彼女は左倒しに転落し ・ : 切株をさけようとして、彼女は左へ鋭く切ったが、・ハラノ スを失った : ・ 「はい」 「あそこには : : : 切株がある : : : ばくは : : : 心配なんだ、イングリ 「では、なんじは、この男性を夫として一生の伴侶としますか ? 」 たのむから、歩いて下りよう ! ケー・フルカーでだって下「いたします」 りられる」 「署名してください : イングリッドはふくれつ面をした。 儀式は終った。 「変ですわ、だって昨日は切株のことなんかぜんぜん心配なさらな「いかが ? 」スキーをつけながら、イングリッドはクレッグを見あ かったしゃありませんか」立ちあがりながらいった。「夜だって気げた。「用意は ? 」 になさらなかったわ。今朝のあなたって、変ですよ。さあ、まいり クレッグはうなずいた。 ましよう、まだ遅くありませんもの : : : 」 「おさきに ! 」 「イングリッド ! イングリッドはストックをひと振りすると、とびだしていった・ 「おやめになって、リン ! あたしは、善良で臆病な夫と手をとり この光景は全部まえにいちど夢で見たような気がしてしかたがな あって三キロも歩いて下ったり、ケープルカーに乗って人様の笑い。 - 。かった。青白くみえる雪、イングリッド・、 カ急回転するたびにたちの

5. SFマガジン 1975年8月号

れわれの存在をあなたがたにひけらかさないほうがいいという意見「それで話はきまった」 男は自分の腕から時計をはずした・ を持っていた者もいるんですー クレッグがいった。 「きっかり四十年前ですか ? 」 「ばかばかしいー でたらめだ ! クレッグはうなずいた。 「じゃ、かりにわたしのかわりに宇宙人だったら、その存在が信し 「これでよし、さあどうそ」男は針を合せると、リンの腕に時計を られますか ? ー客がきいた。 まいた。「転位を開始したい瞬間に、そらこのボタンを押してくだ 「なんともいえないが、・あるいは信じるかもしれないが、しかし、 学宙人ならわたしの魂を買おうなんてことはせんだろうな」 クレッグはわけのわからない印がごたごたついている文字盤を眺 見知らぬ男は露骨に不愉快そうな表情をした。 「戦闘的無神論者であり、教会派の連中からおそれられているこのめた。 「いったいこれはなんだね ? 」 わたしが、そんなペテン師まがいのきたない取引なんかできると思 「どう説明したら分ってもらえるのかなア」男はロごもった。「迷 うんですか ? そんなおとぎ話を信しるんですか ? 」 信ぶかい人なら、魔法の時計た、ぐらいに言っとくしかしかたがな 「じゃ、なんのためにここへやってきたんだね ? 」 「純粋に学術的な興味からですよ。タイムトラベルがわたしの研究いが、物理学者だったら、″場″の説明がやっかいだが、ネガティ 課題でしてね、だからといって研究対象になる人の意向を無視して・フな確率場の発生器とでもいって専門用語を使ったほうがわかりが いいかもしれない。もっともそれで理解できるとはかぎらないけれ まで無理にやるきは : : : 」 「ほんとうですか クレッグはあやうく椅子をひっくり返してどね。しかし、あなたは、そのメカニズムが過去へ行く手段たとい しまうほどのいきおいで立ち上ったー「ーじゃ、四十年前へわたしをうことだけわかっていればいいんじゃないんですか、それで納得し てくださいよ ? 」 送れるんだね、きみは ? 」 「ああ、わかった」とま、つこ : 、 。しナカクレッグはあまり確信がなさそ 男は肩をすくめた。 うだった。 「できないわけがありませんよ。たしかに、いささかの制限はあり 「あなたのまえから消えるまえに、かんじんなことを三つ警告して ますがね。つまり、因果関係の宿命論というやつですよ」 「その話なら今日聞いたところだ」クレッグは男の話をさえぎつおきます。まず第一。これでもわたしは文学の古典には深い尊敬を はらってるつもりですが、ゲ 1 テ氏があらつ。ほい間違いをけっこう 「知ってます」客はにやっと笑っていった。「じゃ、心の準備はでやってることを指摘しないわけにはいきません。わたしが手を貸し てやったから、ファウストはたしかに青春を手には入れましたよ、 きてるわけだ ? 」 しかし、だから古老の豊かな人生経験を持ちつづけるわけこま、 「できてるとも ! 」 4 2

6. SFマガジン 1975年8月号

だ。え、なんだって ? 行き先 ? 郊外た。ペンフィールドまで至 なかったはずだし、あの物語ぜんたいを通じてかれがやる不合理な 行為がそのことをちゃんと証明している。これからやるわれわれの急やってもらいたい」 実験でも、四十歳若がえれば、その歳月にあなたが身につけたすべ ての知識もきれいさつばりと頭の中から消えうせてしまいます。第 二点。肉体が同時に異なった場所に存在することが出来ない、とい 「旦那、ペンフィールドに入りましたぜ」 うことはたぶんごそんじだと思います。ですから、四十年間におた運転手がいった。・クレッグは眼をあけた。 くが存在していた時空間点にびったり転位してくださいよ。さもな それはあのペンフィールドの町ではなかった。大通りの両側には 0 、、 ししてすか ? 」 いと、起る結果に責任はもてませんからね 高い建物の窓に明るい光がまたたいていた。 クレッグはうなすいた。 「ホテルにやりますか ? 」 「最後は、因果関係のことです。改めて申しあげときます。四十年「うん。この町には詳しいのか ? 」 前の状況のままで最初そのときにとった行動と別なことをなさって運転手は意外なことを聞かれる、という表情をした。 「あたりきでさア ! あっしやもう何年もスキー客をここへ運んで もいっこうかまいません。しかし、その結果がどうなるかというこ とは、あらかじめ予測できないということはおことわりしておきままさア、冬場あちこちの温泉場からネ : : : 」 : つまり、きわめて限「それじゃ、山の上に牧師が昔住んでたことを覚えておらんかね ? す。それには考えられる可能性が : : : ええ : ・ られた時空間の範囲に限定されてはいますが、かそえきれないほど山頂に小さな家があった」 いろんなヴァリエーションが考えられます。それは結果をみてみな「死にやした」と運転手。 いと : : : 」ここで男は頭をさげた。「どうやらここにすこし蹄の跡「葬式を出してもう五年になりますぜ。今はべつの牧師さんがいま さア、町んなかの、教会のそばに住んでますがネ。たまたまあっし を残しすぎたようです。これもまずいことのひとつですし : : : 」 が車に乗せてそこまで運んだんでネ : : : それも仕事のうちでさア」 「くだらんことをいうな」クレッグがいった。 「どうも失礼しました。それじゃこれでわたしは消えうせることにとつけくわえて、ロをつぐんだ。 「すこし町のなかを走らせてくれないか」クレッグがたのんだ。 します。消えたあと空気の入れかえをしてもらわなければならない と思います。なにぶん硫黄燃料を使ってるもんですからネ。現代化「ようがす、おやすいご用ですぜ」 学じや今のところ残念ながら転位に使える燃料が他にないもんですクレッグは窓の外を眺めた。ちがう、ぜんぜんべつのペンフィー レヾト・こ 0 から。それではご成功を祈っております ! 」 5 「そら、あれがケープルカーでさア」運転手がいった。「きようび 黄色い煙が散るのを待って、電話のところへ行った。 2 こちら、グレノ通りの三街区は、あいつに乗って登るやつの方が多くてネ。時代のせいですかね 「タクシー会社 ? 一台たのみたい。

7. SFマガジン 1975年8月号

「きのどくだと思うよ、リン。できることなら、研究所へきみを連えるだけ、矛盾がでてきて訳がわからなくなるんだ。相対性理論か れていって、タイムマシンにのせ、過去へ送ってやりたい。だが残らして : : : 」 念ながら、そんな器用なことができるのはぐらいのもんだ。時「分った、もういい」 クレッグはグラスを空けると、そういった。 間の流れを逆行はできん。かりに悪魔にそれができたにしてもだ 、ってこ よ、なにを考えているか知らないが、きみがやることは、その後の 「ほんとうは、あんたがたより悪魔にかけあったほうがいし 未来を決定的に運命づけてしまうかもしれんのだ。時間の環は、環とごらいよく分っている。もう二度ときみをわずらわせるようなこ としていがいにありようがないんだ。いわんとしてる意味が分るか とはせんよ」 な ? 」 「なんだったら案内しよう」メフが申しでた 「ああ、分るともーーークレッグは面白くなさそうに薄笑いをうかべ 「結構だ、自分で行ける。ここ二十年、眼をつぶっても行けるくら たーーーっいこのあいだも読んだばかりだ。過去へまぎれこんだ人間 い道はよく調べてある。じゃあ、おやすみ ! 」 がそこでチョウチョウを踏みつぶしたために、政治体制も字の書き「ああ、それじゃあ、おやすみ ! 」 方も、その他なにもかも全部未来が変ってしまう話だった。つま り、きみがいいたいこともそれなんだろう ? 」 「作家たちはいつも多少誇張して書くきらいはあるが、まあそ クレッグはなかなか鍵穴にキーがさしこめなかった。ちゃんと立 んなところだ。因果関係なんてごくかぎられた空間と時間で、いろっていられないほど体がゆれていたからだ。家の中でしきりに電話 んなかたちに限定されるもんだ。ナポレオンが赤ん坊で死んでしまが鳴っていた。 っていたら、その結果がどうなってたか想像するのはむつかしい やっとドアを開けると、暗闇の中を手さぐりで電話のところへ行 が、しかし、リン、これだけはたしかだ。もしかりにだ、きみの祖った。 先のうちの誰か女が、他の男を夫に選んだとしても、今われわれが 「もしもし ! 」 住んでる世界はあまりたいして変化はないだろうな」 「もしもし、リンか ? メフだ。だいじようぶか ? 」 「礼をいわせていただくよ ! しかし、哲学者で、このドノマガい 「ああ、だいじようぶだとも」 ちの物理学者といわれるエズラ・メフがわたしにいえることは、た「もう十二時だ、寝たほうがいい」 ったそれだけなのか ? 」 「そうはいかん、まさに悪に魂を売り渡す時間だからな ! 」 メフは背をすくめて、手を広げてみせた。 「分ったよ、しかし安売りだけはするな」 「リン、きみは、科学、特にそのなかでも時間を扱う分野での可能 メフは電話を切った。 性を少し過大視しすぎてるそ。時間というものの性質を考えれば考、「ご用をうけたまわりに参上いたしましを、クレッグ博士」 2

8. SFマガジン 1975年8月号

リンは卓上ランプを点けた。本箱のそばの肘掛椅子に、やせた体 にびったり合った赤い服と肩に黒いマントを羽織った、みかけない 超心理学研究はここまで来ている 男が坐っていた。 「ご用をうけたまわりに参上いたしました、クレッグ博士ー男がく アメリカがクシャミをしたら、日指す ) の組織的研究を開始した。七 本がカゼを引くと皮肉られるくら〇代だがいまも健在で、みずから りかえした。 「人間本性研究財団超心理研究所」 何かにつけてわが国がアメリカ 「これはどうも失礼した、どうやらわたしは : : : 」クレッグは狼狽 の長として活躍してい 文化の摂取と模倣に意欲的なことは 有名な事実。だが、現実主義者の多る。 した。 いまもデューク大の付属機関と信 い日本らしく、こと超自然現象に関 「いかがです、やくたいもない用語には見切りをつけて、他の してだけは例外で、一般人の関心はじている人が多いようだが、実際は ともかく、科学界は一貫して無視か数年前、財団研究所として独立し、 をみつけられたんでしよう ? ちがいますか ? ーーー客はにやっと笑 否定の姿勢をとり続け、あちらの現多数の超心理学者と助手を擁して ' ったーー・残念ですが、タイムトラベルの問題は紋切型の言葉を使わ 状とは雲泥の差だ。去年スプーン曲いまやこの分野のメッカ的存在だ。 げプームの中で、せつかく芽を出し の研究は多岐にわたる ずに話せませんから、使いますが、タイムマシンか、あるいは : かけた超能力ーー超心理現象への真が、最も活な一つは、ポーイング わたしか、ですね。さて、わたしがお役にたてることがなにかござ 剣な関心も、インチキ面だけを取り研究所から移籍した物理学者へルム いますか ? 」 ート・シュミット博士の ( 念カ ) 上げた大新聞社のカサにかかった否 と予知の研究である。かれは研究の 定キャンペーンに潰されてしまっ クレッグは椅子に坐ると、顔の汗をふいた。 助けにユニークなテスト装置を開発 「ご心配なく、わたしは幽霊じゃありません」客は足を組みながら しかし、アメリカではすでに、超した。 っこ・ 0 四個のライトがでたらめに点滅す 心理学はひと昔前のタブー視から脱 る箱形の装置で、中にストロンチウ け出して、新しい科学の一分野へと 「そりやそうだろうが、しかし : : : 」 発展しつつある。各地の大学や研究ム九〇が入れてあり、その放射能の 「ああ、こいつですか 所で、れつきとした肩書をもっ各分減衰に伴って不規則な間隔で放出さ 野の科学者が研究に本腰を入れ、これる電子が、ライトを点滅させる仕 ズボンのすそからにゆうと突きだしている、粋に飾りたてた蹄を の新分野の秘める未知の魅力に惹か組みだ。その点減の順序を事前に予 手でパシンとたたいた。 れて、優秀な若手がそくそくと集ま知するテストと、点滅間隔を変える のテストに用いて、博士はとく り始めているのだ。 「気にしないでくださいよ。いささか懐古趣味がありましてね。と 超心理学というとき、事実上このに三人の被験者が、偶然の確率二 0 ころが、靴よりよっ・ほどこいつのほうが具合がいいんですよ、しか 分野を創始した・・ライン博士を億分の一という驚くべき好成績をあ 忘れることはできない。かれは一九げたことを発見した。 もはるかに優雅でしようが、このほうが」 プルックリンのマイモニデス医学 三 0 年代、北カロライナ州ダラムの クレッグの眼は、マントで隠れている見知らぬ男の背中にひとり デューク大学で、妻のルイーザと共センターの超心理・精神物理学部門 でにすいよせられていた。 にや念カ ( 厳密にははも、最も活動の活な機関だ。最初 テレ。ハシー、透視など超感覚だけをは普通の夢の実験室としてスタート 「ああ、あれでしよう ! 」 2 2

9. SFマガジン 1975年8月号

「できたらコニャックをもう一杯。そのほうがよさそうだ」 て、メフは肩をすくめた。 リン・クレッグがいった。 「どうしてそんなに飲むんだ、リン ? その様子じゃあ : : : 」 お茶の支度にかかっていた女中に、意味ありげな目くばせをされ「どうせこうなったら、酒の量がどうのこうのっていってみてもは ペンフィールドへの旅 ーー現代の童話ーーー ィリヤ・ワルシャフスキー 訳Ⅱ深見弾画畑農照雄 「あの瞬間、あの五分間と引きかえになら : : : 」 彼はその瞬間と引きかえに悪魔に魂を売り 時空の歪みへと引きこまれて行った・ 当 OE3A A のコ E 宝・ A ー 00 の P 宝宝 AR 0 A3 A ー TE 0

10. SFマガジン 1975年8月号

じまらんよ。きのう、ホワイトロウが診てくれたよ」、 「自分でも忘れようと努力してたんだ。だが、残念ながら記憶を思 うようにはできんものらしい」 「あとは自分たちでやる。ショートケーキとコニャックは置いとい 「たしか山でだったと覚えているが ? 」 てくれ、メアリィー 「ああ、ペンフィールドでだ。ちょうど四十年昔の話さ。明日が、 女中が部屋をさがるのを待って、メフがたずねた。 結婚してその日のうちにやもめになった記念すべき四十周年ってわ 「それでホ - ワイトロウはなんていってるんだ ? 」 けさーーーがぶっとグラスをあおったーーー細かいことをいうと、結婚 「医者がわたしみたいな患者にいうきまり文句さ。一杯やらない 生活、五分」 「ほんのちょっとでいい」 「できることなら、その五分間に戻りたいってわけだ ? 」 メフはしばらくだまりこくってグラスを指でもてあそんでいた。 「率直にいえば、思うことはそのことたけだ。あのとき、わたしさ 「どういって人を慰めたらいいかひどく困ることがあるだろう、リ え : : : そうさ、つまりあのとき、とるべき行動さえとってりゃあ : ・ : ・くやまれてならんのだ。チャンスはあった。そいつを見逃したん ン ? かならずしもそんなこという必要のない人間だっているし、 ことにきみのような人にはね。わたしがいしたいことは分ってくれだからなあ」 つまでも」 「そんなことはよくあることだよ、気にするな、い ると思うが : : : それにきみみたいなケースはまだ希望がもてるし : カノランス 「かもしれん。だが、あの場合は特別だ。イングリッド・ : 、 をくずした瞬間に、断崖のほうへ滑り落ちることは分ってたんだ。 「心配いらんよ、エズラ。わたしにはさつばり理解できんのだが、 希望があるの、希望を持てのって、あたりさわりのないことをいっ急滑降で急回転するぐらいのことはできるだけのスキーの腕は持っ て、なぜこのうえ肉体的苦痛にくわえて精神的苦痛まで人におわせてるんだから、やれたんだ : : : 」 「ばかをいえ ! そいつは後思案っていうやっさ。あとで人はよく たがるんだろう、友人ってやつらは」 そう思いこむもんだよ。むりもないといえばいえるが : : : 」 「分った、もうその話はやめる」 「そうじゃない、エズラ。あの瞬間、麻痺したみたいに体がいうこ 「なあ、エズラ、わたしの人生は楽しいってもんじゃなかったよ、 分・つてくれると思うが。だが、それでも、もし過去のある時点に戻とをきかなかっただけだ。絶対に悲劇は避けられんという、奇妙 な、なんだか宿命的な予感がしてね。だから、あの瞬間と引きかえ れるとしたら : : : 」 なら悪魔に魂を売ってもいいと思ってるんだ。あのときどうすべき 「例の事件のことだろう ? 」 だったか、今ははっきりと分っているからだ ! 」 クレッグはうなずいた。 メフは暖炉のそばへ行って、火に背を向けた。しばらく間をおい 「しかし、あの件についてまだいちどもきみから詳しい話は聞いて てからロを開いた。 ないそ。わたしが知ってることといえば : : : 」 0 2