かたの型が、そうした世界とは合わないのであろう。 ( いや : : : も ちろん、人によっては、美術や音楽の鑑賞を趣味とする司政官だっ て、たしかにいるし、シゲイの同輩の中には、わずかではあるが、 自分自身で絵を描いたり、楽器を演奏する者だって存在する。が それはあく迄も、司政官という枠の中での、趣味的で上品なも シゲイは、一呼吸のあいだ、沈黙した。 のに過ぎなかった。それも、たいていは、古典的な作品をいじくる 立体表現家 ? むろん、彼は、立体表現家というのが、何であるかくらいは知っのがふつうである。表現家たちが主張するような、日常生活感覚を ている。おのれのイメージを立体の、視覚ないし触覚によってあら破壊し、あたらしい美を、全身で追い求めるというようなことは、 わそうとする人間のことだ。それは、ひとりひとりの流儀によっあり得るはずがないのであった ) そして、このことは、司政官のみ ならず、連邦経営機構の上層メン・ハーとか軍司令官の中に、古来か て、きわめて伝統的な彫刻の場合もあるし、現代技術を駆使して加 らの抜きがたい感覚ーー、・人間にとって第一義的なのは、集団として 工する抽象的なかたちの場合もある。もっとも、ここ十数年間は、 かって一度流行した実体のない 幻像が再び人気を呼んでいるとの生物である人間の、その巨大な動きであり、個人個人の内面世界 は、その時々にある程度容認されたり抑圧されたりするのも止むを いう話だ。 が : : : 彼が立体表現について持 0 ている知識は、大略、その程度得ないという意識が、依然として残存しているのを示しているのか のものであ 0 た。つまり、一般の人間が抱いているのと同じか、あも知れなか 0 た。むしろ、ず 0 と昔にくらべれば、人類というもの るいは、それ以下のことしか知らなかったのである。惑星司政官にの数やその版図がふくれあがる一方の現代では、かえ 0 て強くなっ と「て、そうしたものーー立体表現のみならず、音楽や詩や、そのているのかも分らない。はるかな過去の、 ( それは、しばしば偏執 他感覚刺激テープ、幻覚による物語といったもろもろの、個人のイマ的であったが ) 音楽や美術に対して異常な迄の愛着をお・ほえた国家 元首や最高幹部、さらには将軍などというものが、もはや出現し得な ジネーションから生れて来るものは、必須知識とされてはいない。 いところ迄、すべてが組織化され、巨大化しているともいえるので 司政官にとっては、政治や官僚機構や科学技術や、さらには軍事な ある。その現代上層部の一翼である司政官、どちらかといえば低位 どといった、いわば集団がもたらす構造や作用の、、巨視的なものが 優先し、その中の、司政に不可欠な知識や手続きを、こまかく徹底の存在ではあるが、まぎれもなく一翼に属する司政官が、同じ意識 を持っているのは、当然すぎるほど当然のことなのだ。 的にマスターすることが大切なのだ。それでもなお余力があれば、 そして、実のところ、シゲイ自身、こうしたことを、・ ( 意識の底 自分のやりたいものを追求するという段取りになるのだが : : : そこ で、個人のイメージ表現の世界へ首を突っ込む司政官は、多くはなの底のほうでは自分でも分らないが ) はっきりと考えていたわけで い。おそらく、司政官になるための適性とか、価値体系の受けとめはない。考える必要もないことだったからである。 2 ( 承前 ) 24 ー
もっとも、司政官の立場としては、かれらと全く関係がないわけ ではない。司政官たちは、かれらの心情とは逆に、いや、そういう 巨視的立場にいなければならないゆえに、かれら表現家たちを、ど 地球の科学者に挑む誘拐事件 う扱うかという形式的手続きに熟達していなければならないのだ。 つまり、がいった通り、表現家の中でも一応の実績をあげ評 DC&O 事件の中でもとりわけ信じ色の飛行服を着ていた。 にくいのは、コンタクト・ケースー 〃壊れたラジオ″みたいな声でちょ 価されている・ーー登録表現家に対しては、相応の待遇を与えなけれ ー宇宙人に出会ったとか、円盤に連うと話し合ってから、一人が進み出 ばならないのである。 てランカのセーターの首をつかむ れこまれたという類いの話だ。だが 本来なら、そんなことは行われてはならないのだ。表現家たちは もし、その一件だけでも真実だと証と、ぐいと持ち上げ、一人が小さな そう主張している。表現家などというものが、そういう風に、連邦明されたなら、これほど実在黒い箱をかれの左手の人さし指に押 しつけた。と、なぜか急に気が楽に ⅶの強力な証拠はない。コンタクト・ 登録というような、いわば資格の有無によって差別されることがあ ケースはいわばトランプにたとえるなり、数秒後箱が離れると、指から と、使い方次第でプラスにもマイナ血が滴たり落ちるのが見えたが、そ というわけで : : : そしてまた、そうし っていいわけはないのだ の直後意識を失ったらしい。 スにもなるオールマイティの札だ。 た資格認定などというものがあるために、登録されるかどうかをめ ふたたび気がつくと、もう朝で、 次の事件もそのオールマイティで ぐって、さまざまな駆引きが行われ、肩書だけは有するものの、と 草地に寝ていたが、そのときは自分 あることだけは確かである 一九七三年十月二十八日の真夜の名も場所も前夜の出来事も含め ても表現家などとは呼べない連中や ( 連邦経営機構の主要なメイハ て、完全な記憶喪失にかかっていた。 中、アルゼンチンのバイア・プラン ーでありながら、おのれに箔をつけるために、地位を利用して、登 カ市外の国道三号線上を走っていた通りがかりの車がふらふら歩いてい トラックがバンクを起した。運転手たかれを、市内のバイア・プランカⅷ 録表現家の資格をうまく獲得した物好きさえいるのだ ) 出世欲にこ のディオニシオ・ランカ青年が、ジ病院に連れていってくれた。 りかたまった者迄が多数混り込む結果になっているのも事実であっ ャッキをセットして修理にとりくん 担当のリカルド「・スミロフ博士が でいると、突然周囲一帯が青い光に中心となって、ランカの記憶を甦え 満たされたので、驚いてあたりを見らせようとあれこれ試み、や「と三 けれども、連邦とすれば、そんなことはどうでもいいのであっ 日後少しずつ薄紙をはがすように、 まわした。 た。連邦は何も、表現家を尊重し敬意を払って登録制度をしいた すぐ近くの低空にドーム型の円盤自分のことやあの奇怪な出来事を思 い出し始めた。だが、一個所だけど が浮かび、真下に異様な″人間″が のではない。これは純粋に政治の問題なのである。連邦にとって宀 うしても思い出せぬ記憶の欠落部分 立っている。立ち上ろうとしたが、 は、この表現家登録制度というものは、元来は上層に属さない、か があった。円盤人に指に箱を押しつ なぜか体がマヒして動かず、声も出 つ、通常なら上層の列につらなれない人々のエネルギーを吸収し、 けられてから、草地で目覚めるまで ない。円盤人は三人で、二人は男、一 の経過である。 人は女という印象を受けたという。 その優秀分子をおのれの側につけるための、いわゆる煙突としての いずれも長いプロンドの髪、細い目 博士は同僚の精神分析医エラディ 作用を期待する、正統的な選抜システム ( そういえば、司政官への オ・サントス博士、心理学者エドア をもち、プーツと手袋のほかは、べ 道も、あきらかにそのひとつではなかったか ? ) とは全く別のルー ルトも接ぎ目もない上下っなぎの銀ルド・マータ博士の協力を求め、か 242
というわけではない。登録表現家はもとより、連邦の認めている来 方者にはしばしばなされるサービスだ。たた : : : その使用日数を指その言葉と徴笑が、なぜか彼の胸に残ったのだ。 示しないでおく。彼女がいっここから立ち去れるか分らない以上、 彼女がどういう意味で、彼のことを司政官らしくないといったの 指示のしようがないからた。それから、定め通り、彼女を観察者の か、分らない。外交辞令だったのか、彼女の抱いている司政官のイ 一員に加えることはしない。すでに締切っているからだ。観察者たメージがあまりにも型にはまったものだったからか : : : 本当なら、 ちに加わっていないというこしは、しかし、必すしも定期移動を見そんなことをいわれたら、かっての彼は不快だ 0 たろう。自分でも るのを認めないわけではない。この惑星の風景を素材にするという典型的な司政官であろうと努め、それに成功し、そのことに満足し 行動の中には、それも含まれるかも知れないのである。そして、彼ていたころなら : ・ : ・感情を、おもてには決して出さぬにせよ、害し は、これらすべての判断を、にゆだねるつもりだった。 ていたはすである。それが、胸に残ったというのは : : : そう、たし 「どうも、ありがとうございます」 かに、今の自分が、かっての自分でないことを自覚しており、司政 グレイスは礼を述べた。頬が、うっすらと紅潮していた。「あの官としては情緒が安定していないのではあるまいかという気がして また、用があったら、面会を申し込んでもよろしいでしようか いたせいなのだ。そんなことを他に気取られないようにしていたは ずであるが、ことに、ロポット官僚たちには ( かれらがそれを察知 「時間があるときでしたら」 する力があるのではないかという感じがする以上 ) どんなことがあ シゲイは答え、部屋を出ようとし、ふと振り返って ( どちらかと っても悟られてはならないという気分で今迄やって来たのを : : : な いえば、司政官のすべきことではないのだと、彼には分っていたのぜ、彼女には分ったのだろう。表現家特有の直感というものだろう だが ) いった。「あなたは、あまり登録表現家のようには見えませか ? それとも、あれはやはり、その場のはすみの外交辞令だった んね」 のではないか ? 彼はそのことについて、何度か、考えざるを得な グレイスはにつこりした。 しかしながら、言葉のほうはまだいい、 と彼は思う。 どうして ? とか、登録表現家というのをどういう風に思ってお られるのですか、といった種類の返事を予期していたシゲイは、だ あの微笑は : いや、微笑というより、彼女の全体の雰囲気から が、全く違う応答を得ることになった。 受ける感覚は、彼に、遠い日の苦い経験を思い起こさせすにはいな グレイスは、ほほえんだまま、静かにいったのである。 かった。遠い昔に、恋と呼ばれるものの中へ陥ちてしまったとき 「表現家だからといって、表現家らしく見えるとは限らないんじゃ の、あの記憶が、いやでもよみがえってくるのたった。 ありません ? そういえば司政官、あなたもあまり司政官らしくあ 司政官といえども人間である限り、おのれの本能から逃げ切るこ りませんわ」 とはできない。若い、研修所時代や候補生時代には、かれらは幾度 254
然な感覚というものであったろう ) ま、いずれにせよ、そうした、 シゲイは、ゆっくりと応じた。 女性がきわめて多い分野である表現家のひとりがこのゼクテンにや「面会してもいいが : : : 予定と照合してみてくれないか ? 」 って来たのを報告するに際して、がわざわざ女性であるとっ 「承知いたしました。これからひきつづいての定例報告ののちに、 けくわえることには、たしかにそれだけの理由があると考えなけれご判断いただくためのデータを申し上げます。よろしいですか ? 」 ばならぬところがあるはずだ。 もちろん、そうなるのに決まっている。それがの流儀とい うものであった。 な・せだろう ? 「ああ」 しかしながら、シゲイは、それを 01 にただしてみる気にはな はおの れなかった。また、そんなことはしないほうがいい。 シゲイが答えると、は、決まり切った、しかし、数値が変 れの有する記憶バンクのデータによって、コードどおりに反応して動していることを、一応頭の中に入れておかなければならぬ事項の いるのであり、その説明をいちいち求めているようでは、司政官な報告に移った。また、そのはずでもあったろう。何しろ、報告の冒 どは勤まらないのである。それにまた、 S01 自身がそうつけくわ頭が、短期滞在者の司政官への面会要求という、ありふれた事柄だ えただけで、それ以上何も補足しようとしないのにも、それなりのったのだ。 理由があるのだ。つまり、司政官シゲイは、に、面会を求め そして、当然そうなるであろうとシゲイが予期した通り、 ている表現家が女性であること、女性であるという認識のみを保持は、それら一連の報告ののちに、司政官がそのあたらしい来訪者 して処理するよう、求められているということであった。また、シ グレイス・グレイスンに会うとすれば、ゼクテアの定期移動を ゲイ自身、そうであればあるだけ、へたに先入観を抱かずに、当人観察するためすでに来着している連中との一括面会の、直前か直後 を観察したかった。 ( 観察しなければならぬことは明白である。 が適当であろうというデータを提出した。できることなら ( そのグ ったん相手が連邦登録表現家であることを証明し、該惑星司政官にレイス・グレイスンなる人物も一括面会に加えるのが楽であるが、 面会を求めたときには、司政官は正当な理由なく拒否することはでそれは不可能である。なぜなら、彼女はたしかに登録表現家であ きない。い つ、どういう状況で面会するのかは司政官の自由であるり、司政官と面会の権利を有しているものの、ゼクテアの定期移動 としても、頭からはねつけるわけには行かないのだ。それが登録表を観察するのを許可されたわけではないのだ。申込みはもう締切ら 現家というものである。そして、今のところシゲイには、それをこれているのである。司政官権限で特例を認めそれを許すとしても とわる正当な理由もなかったし、会いたくないという気分でもなか ( 今のところシゲイは、そうするかどうかまだ何も考えていないが ) った ) 当面、正規の観察希望者と同様に扱うわけには行かなかった。許可 と、一呼吸のあいだに、図式化され互いに関連づけられたそしないとすれば、なおさらのことである。両者、別々に時間枠をと るほかないのだった。 れらの知識や意識が脳裏をかすめて通り過ぎるのを確認してから、 2
れに催眠術をかけてその空白時間を恐怖もあらわに逃げ腰になり、手で トとして、設定したのである。登録表現家なるものは、要するに、 迪ろうとしたが、それでもかれはそ頭をふせぐような格好をして目をつ みすからは権力を持たないが、権力を反射して光ることで、一時的 の個所にさしかかると、苦痛に顔をぶるや、深い昏睡状態に陥った。そ して三〇分間突然目が覚めたようにⅶ にときめく一群を生み出す、その母集団づくりの役をはたしてくれ 歪めて通り越してしまう。よほどの しゃべりだしたのだ。「ここはどこ 心理的プロックがあると見た医者た れば、それでいいのである。 だ ? ぼくはだれだ ? 」 ちは、ついに自白強制剤ペントター ルの使用に踏み切った。 しかし、全実験を通じて最も衝撃 さすがに頑強な心理的プロック的な出来事が起きたのは、この実験 ) 今は : : : そう、今のシゲイには、それらの分析はどうでもいいこ の終り近く、医師たちがもう一度、 も、とうとう崩れだしたように見え とであった。表現家、それも登録表現家がこのゼクテンにやって来て た。ランカは全身から汗を吹き出先刻の三 0 分間の昏睡について調べ ようとした瞬間である。突然ランカ し、顔を歪めて苦しそうにしながら、 面会を求めているのなら、それ相応に、型通り扱えばいいのである。 が別人のようなロポットじみた棒読ⅶ ぼつりぼつり語り始めたのだ。 それよりも奇妙なのは、が、わざわざ当人の性別を告げたこ み口調でいいだしたのだ。 「 : : : 連れられていく。どこへだ ? 「お前たち地球の科学者がどうしょ : やつらと登っていく : ・ : ・ ( 階段 とであった。が自分でもつけ加えた通り、そんなことは、こと うと、ぼくが船内にいたときの記憶 かという質問に ) いや、光線の帯の さら報告する必要はないのだ。表現家が女性であるのは、別に珍ら は戻らない。あそこには四十五分ぐ 上だ : : : 床は鉛みたいで : : : 窓が一 らいいた : ・ しくはない。 シゲイは、表現家とか、そうした人々における女性の ろんな機械がある : ・ つだけ・ : : ・い : 一つは星が映 二つのスクリーン : 医師たちは、これ以上実験を続け 比率は、政治・経済等のある意味で非人間的で計量的・分析的な思 るのはランカの健康と精神に危険、 考を大前提とする分野にくらべて、比較にならぬほど高いと聞いて よほど強力な事後催眠でもかけら と判断し、実験を打ち切った。だ が、三人の医師は次の点で完全に意 れているのか、興奮と苦悶が激しい いた。むしろ、女性優位というべきらしかった。おそらく、生理的 ため、実験は数回に分けて行なわれ見が一致している。第一に、かれが に、あるいは思考や行動様式として、女性には、本来男性に有利に た。ランカはそのたびに、「円盤人嘘をついている可能性はますない 作られて来た社会機構よりも、こうした方面の仕事のほうが、ずつ はカスチリア語 ( スペイン語 ) を話第二に、少くとも本人は証言通りの 体験をしたと信じている、第三に、 した」「どこから来たかは秘密とい と適しているのであろう。 ( だからといって、社会全体を男性に有 よほど強力な事後催眠をかけられて われた」「一九五〇年から地球人に 利なものから、女性に有利な形態に変換するという試みは、いくっ いるらしく、現在の技術ではそれをⅧ 接触している」「地球人がかれらの 解くのは不可能であること。 世界に住めるかどうか調べている」 かの世界で行われているものの、まだ一般的にその必要性を云々さ マータ博士は本件の報告書にこう 「近くの送電線と小さな湖にケープ れる状態には至っていない。もしもそれがある程度成功していると ルを引いて何かしていた」などとい 記している。「確実なことは、精神 しても、多分、今のところは、現在の巨大な社会機構の進展にわず う内容を、ペントタールのカで少し分析の上では通常有用と認められて いる手段の下で、かれが円盤に乗っ ずっしやべった。 かに・フレーキをかける程度の作用をしているだけかも分らない。す だが、翌日の催眠実験の最中、だ たという事実が明らかにされたこと くなくともシゲイはそう考えているし、男性である彼にとって、そ である : : ・こ しぬけに「あの女が黒い手袋をし 提供 ) て、近づいてくる。やめろ : : : 」と れはそれで良かったのだ。また当面、現体制に乗っている彼にして 世界みすてり・とびつく、 - , - 、 - = - = みれよ、それか保守的転度といわれても、彼自身にとって、ごく自をミ -- : 言をミ -- - 三 - 三言を : 3 三 -- -- 言 -- 243
「ここを離れる便の予約はしているのでしようね ? 」 グレイスは悪びれずに説明した。「わたしには、その星々での規 、え。でも、何とかなると思います」 則とか手続きとかは良く分りません。ですから : : : そこの係のロポ 5 2 「そうは行かないかも知れませんよ。たしかにこここよ、、 冫、をし′、つ . か ットに、こうしたいけど、そのためにはどうすれま、 ししか、教えて 定期船が立ち寄りますが : : : あらかじめ帰路の座席を確保していな ほしいというんです。へんに知ったかぶりをしないで、何もかも教 ければ、なかなか乗れないでしようね。ここで空席が出来るというえてほしいと頼むんですわ。ロポットのお役人って、いくらたずね のは、あまりないことなのです。ーーー何カ月も滞在することになるても、答えられる範囲内でなら、何もかも教えてくれますから」 「ーーーなるほど」 かも分りません」 「それでもいいのです。ここにずっといるとなれば、いるだけですそれは、ロポット官僚の扱いかたに通暁し、ロポットたちをいか に駆使するかに腐心している司政官にとって、いわば、盲点を突か れたような感じだった。たしかにロポット官僚は、外来者が指示を シゲイは、今度はだいぶ長いあいだ、沈黙した。こういう発想仰いだとき、外来者に対するサービス業務のひとっとして、許容さ は、シゲイのものではなかったのだ。 れている範囲内で指示を与え、教えることになっている。このグレ 要するにこの女は、放浪者の一種なのだーーーと、彼は思った。そイスという人物は、それを徹底的に活用して来たのだ。 うとでも決めつけないと、わけが分らない。登録表現家という資格 いずれにせよ、このグレイスという女が、 ( ことに、惑星司政機 は持っているが : : : 放浪者なのだ。 構のロポット官僚たちと、司政官、それに外来者という関係の中で そこで、彼は、突然、あることに気がついた。こんな、いわば出は ) きわめて風変わりな、というか、独自のやりかたをし、しかも たとこまかせのやりかたをしている人間が、どうしてこういう風にそれが今迄はうまく行っていたらしいのはたしかだった。あの握手 : シゲイは、この女が、ロポット官僚たちと、 しかるべき手続きをとって、司政官に面会するところ迄、漕ぎつけにしてもそうだが : たのであろう。 どういうかたちのつながりを持つであろうか、という好奇心にから 「あなたは、、 しつも、どこへ行っても、今度のようなやりかたをすれはじめていた。 るんですか ? 」 「ご意向はわかりました」 彼は、自分の疑問を、そう、う、 ししいかたで表現した。 シゲイは頷いてみせた。「あなたの、連邦登録立体表現家として グレイスは微笑した。 の仕事に対し、できるだけ便宜をはかることにします」 「そのとき、そのときで違います」 彼は、すでに肚の中ではどうすべきか決めていた。 tn0?—に、彼 「とは ? 」 女の行動の便のため、ロポット官僚によって操縦される小機を一台 「教えて貰うんです」 出すように命じるつもりだった。これは、別にそれほどの特別待遇
と、グレイスはいった。「わたし : : : この世界の、ゼクテア、で のことを、登録表現家だといい、 それからさらに、女性であるとっ けくわえたのであろう。この推測が当たっているかどうかは不明だしたか : : : 原住民の移動というのを見たいのです」 やはりそうか。 が、全くの的外れではなさそうに、シゲイには思えた。 しかしながら : : : 彼は、そういう風に考えるうちに、どういうわ「しかしーーー」 しいかけるシゲイを、グレイスはゆっくりとさえぎった。 けか、おのれがどこかなまぐさいものをお・ほえはじめているのに気 「でも : : : もう締切ってしまったんでしよう ? それならいいんで がついていた。なぜたかは知らないが、そんな感じがするのだっ た。いつもの、あの情緒不安定が出て来たのかも分らない。彼はそす。それなら : : : この世界の、わたしが行ってもいい場所を、あち こち訪ねてまわるだけでもいいんです」 の想念を、頭から振り払った。 グレイスは、じっとこちらをみつめている。今のの説明「・ : シゲイは、相手の目をみつめた。こんないいかたをされては、い が、彼女にも聞こえたかどうか、シゲイには見当がっかなかった。 ささか混乱するのである。 は、理論的にはグレイスに届かない振動で話したはずだが、 人によっては、聞き取っている可能性もある。が、まあ、それが聞「おかしいですか ? 」 と、グレイス。「おかしいかも知れませんわね。でも : : : わたし かれたとしても、大した問題ではないこともたしかだった。 それよりも、本題に入らなければならないのである。 としては、何か、未知のものに出会えれば、それでいいのです。原 それも、シゲイのほうからだ。 住民の移動というのは、話によると、相当衝撃的な光景だそうです グレイスが、 ( かすかに微笑めいた表情ではあるものの ) 黙ってね。それを目撃できれば一番いいけど : : : 駄目なら駄目で、ここが わたしにとって見知らぬ世界であることに変わりはないでしよう ? いるからである。 ここを見て行くだけでも構いません」 妙な話であった。通常、司政官と面会する人間は、おのれのいし シゲイは、一拍置いて、問いただした たいこと、要求することを、それこそ息もつがずに訴える場合が多 いのだ。それを、この女は、何も言わずにすわっているだけなので 「あなたは : : : それだけの理由で、ここの短期滞在者になったので あった。 すか ? 」 「どんな経験でも、わたしのものになり、わたしの仕事のこやしに 「で : : : ご用は ? 」 なればいいのです」 彼はうながした。 「そのために : : : わざわざ、乗っていた定期運航貨客船を降りたの グレイスは、われに返ったような目つきになった。 「そうでしたわね。 ごめんなさい。お忙しい司政官相手に、・ほですか ? 」 「ええ」 んやりしていて」 25 ー
でいた。だれもかれも、神経をすりへらし、いらいらタ。ハコばかりし、そんなことは技術とはなんの関係もないことだ。だからどうし やたらにふかし、深夜まで残業しては思うようにならない数字に腹ても知ってなきゃならんわけではない」 をたてたり、材料の抵抗の問題で頭をかかえ、自然の法則にぶつか「ほかの人は知っていなくてはならないんですね ? どうしてです ってどうすることもできずお手あげの状態がつづいた。家へ帰れば か ? 説明してください」 帰ったで、妻たちからはさんざんいやみをいわれ、あけくに離婚す「教養がある人だけだよ」正確な表現こ、 冫しいかえた。「偉大な作家 るとまでおどされるしまつだった。映画に行ったり、読書したりすが人間の世界を解釈するしかたは、それそれちがっている : : : 」 る時間なんて夢にも考えられなかった。問題は、俺たちが無能たっ 「人間の ? 」ミハイロヴィチはききかえした。かれの眼は好奇心で たからではない。もともと人間にも、地上の物質にも手におえるは輝きだした。まるで子供の眼だった。偉大な作家、とおっしゃいま ずのない超音速とか高熱とか高圧に問題があることはわかってい したがそういう人は多いんですか、と質問しないではいられなかっ た。俺はそんなことで参らなかったし、ほかの連中だってそうだっ たらし、 た。そして俺たちは結局解決方法を探しあてたのだ。人間は、限界「ぼくは詩を二、三知っているだけです。たとえばこんなのです。 を克服する能力を持つものを作りだしたのだ。それこそまさに俺た《森をでると、そこは厳しい寒さが支配していた : : ↓ ち自身であり、俺たちの知性であり、原動力であり目的だったはす「ネクラーソクの詩だよ」うつかり笑いそうになるのをこらえてい だ。そのことを忘れんことだ』 った。「まだほかにたくさんいる。。フーシキン、レールモントフ、 ミハイロヴィチが可変翼の設計図を持ってきたとき、むらむらとウエルズ、マヤコフスキ 1 、ヴェルヌ、スイフト、 チャ。ヘック : こみあげてくる憎悪をぐっとこらえ、むりやり、こいつはすごい、 これで成層圏飛行は障害がなくなったそ、と自分にいいきかせた。 「ちょっとまってください」かれがたのんだ。「もういちどはじめ なんども、これで障害が突破できる、とくり返しては、むりに笑顔からくり返してください。その名前を全部覚えておきますから ? 」 をつくった。 「多すぎる、まだほかにもたくさんいるんだ」表情を読みとられな 「おかげで助かるよ。いつもわたしを救いだしてくれる : : : 」そし いように壁のほうを向いていった。 て、いうつもりのないことをいってしまった。「ファウストのメフ 「いちばん偉大な人たちだけでもいいんです。教えてください」か イストフェレスみたいに : れはくいさがった。 かれがたすねた。 そこまでいわれれば、ことわりきれなかった。たつぶり時間をか 「そのメフィストフェレスという人は何者ですか ? 」 けて作家の名前を並べた。 「ゲーテを読んだことがないのか ? 」わたしは意外に思ったが、考翌日わたしは出張にでかけ、戻ってきたのは一週間あとだった。 えてみればやつはシホムだ。「ゲーテは偉大な作家だった。しかその一週門 日、ミハイロヴィチも仕事に出てこなかったことがわかっ 4 3
むいた。は、すでにそこで例の登録表現家が待 0 ていることといえば意外だ 0 た。住み馴れた地にいるときはともかく、あちこ ちの惑星をへめぐって旅行する人間は、おのれの立場や社会的地位 を伝えていたのだ。 をはっきりさせようとの気持ちから、たいがい、分類符号を忘れな 考えごとをしていたらしいその人物は、とを 0 れいものである。たとえば、シゲイ自身の、惑星司政官であることを 示すというような符号をだ。それをこの人物はそっくり抜か たシゲイが入って行くと、一瞬遅れて気がっき、腰をあげた。 たしかに、女である。色が白く、切れ長の目を持つ、すらりとしして、姓名だけを告げた。その感覚が、シゲイには不思議だ「た。 たスタイルの女性だが = = : そんなに若くはなか「た。どことなく落が、そうい 0 た事柄は、単に、シゲイの心の問題である。シゲイ 着いたムードがあるのでそう思えるのかも知れない。女性の年齢をの司政官としての言動に、何ら影響を与えないはずのものである。 シゲイが迷ったのは、相手が、握手を求め、それに対して、周囲 当てるなどというのはおよそ苦手なシゲイには分らないが、シゲイ の、ここにも監視の目を持っを含め、ロポットたちの誰ひと 自身よりも十歳ぐらい下という感じである。 りとして、制止しなかったという事実なのであった。司政官の身の 「あなたが : : : 司政官ですか ? 」 安全を守るのは、ロポット官僚の主要な役目のひとつであり、従っ 女はいっこ。 て、未知の人間が司政官と出会うさい、その人間がこんな風に手を 「ええ。ゼクテン担当の、シゲイ・・コウですー シゲイが答えると、女は微笑して一歩こちら〈近づき、握手を求伸ばしたとたん、何らかの制止のための反応を見せるのが当然であ る。むろん、このグレイス・グレイスンの場合、持ちものその他の めながらいった。 「わたし、グレイス・グレイスンです。このたびは、いろいろお手検査をされ、司政官に危害を加えるおそれがないということを確認 されてここへ来ているのだから、そこ迄神経質になる必要はないと 数をかけて、申しわけありません」 いえるが、それにしても、ロポット官僚たちが何もしないというの シゲイは、とっさにどう反応していいカ、判断に迷った。 はじめ、彼は、何となく、今迄に会 0 た何人かの登録表現家なるは妙だ。妙というより、が何らかの指令を出して、このグレ ものの印象から、相手が若いーー、それも目を剥くような異形の風態イスの行為を認めていると解釈せざるを得ないのである。 シゲイがそんなことを考えたのは、ほんの、またた をした女ではないか、と、無意識に予測していたのだ。しかも、昨けれども 夜からのの報告をつづり合わせて、自己主張のかたまりのよきするかしないかの間のことであ 0 た。彼は相手の手を握り返した うな、強引でルール破りを何とも思わぬ人物ではないかと想像してが、そのわずかなためらいは、彼女の微笑をさらに少し深くさせ いたのである。それがどうも外れていたらしいことに、かすかな驚た。 それから・ : : ・今度こそシゲイは奇異の念に打たれねばならなかっ きを感じたのだ。 さらに、女が、グレイス・グレイスンとだけ名乗ったのも、意外た。 249
しー がわたしで、その次が、次長のグレーヴィチだった。二人はなるべ っと、どころではすみそうになかったからだが くミハイロヴィチと眼があわないようにしていた。ところがやつは 「よくやった。目を通してから工場のほうへまわしておく」 てんで気にしているそぶりもみせずに、ほかの連中といっしょにな 呼びとめたときは、かれはもうドアのところまで行っていた。 ってそばへ来て祝いの挨拶をした。やつがさしだしたあったかいそ 「今日のパーティには出てくれるんだろうな ? 」 「おいやじゃないですか ? 」といって、かれは眼を伏せた。だがその手を握らないわけにはいかなかった。礼をいうかわりについ 「まもなくきみが呼ばれる番だ」といってしまった。それは見えす の仕種があまり素早くなかったので、一瞬わたしは息をのんだ。こ いた言いわけであり、その場のがれの言葉だったから、二人とも気 いつの大きな青い目を平然と見返せる者がはたしているのだろう づまりになった : うまい具合いにちょうどそのとき、やつが呼びだされ壇上へ表彰 「なにをいうんだ : : : 」わたしはあわてていった。 「ではパーティでまた。離陸角度の計算ができましたら持ってきま状を受け取りにいったので、こっちも早々にその場を離れられた。 次長がとんでもない間違いをやってくれた。というのは、受賞祝 す」ミハイロヴィチがいった。 かれが部屋から姿を消すと、わたしはやっと安心してため息をつ賀会にミハイロヴィチまで招待してしまったのだ。 すでにひととおり乾杯もすみ、最初に行きわたっていたワインの かれが置いていった書類を手許へ引きよせると、胴体最上部のグラスも飲み乾されていた。女たちの眼がきらきら輝きだし、ほほ ジ = ラルミンのたわみの計算式と図に眼をやった。それは、稀薄ながほんのり赤味をおび、男たちもようやくうちとけて口が軽くなり 空気の流れがなめらかに消えるよう、角度をつけて太くしてあっはじめていたが、ミ ( イロヴィチの席はまだ空いたままだった。妻 た。一級の設計者が十人がかりで二年もかかって苦労して出した答がさりげなく聞いた。 えは信じられないほど単純化されていた。だがどちらをとるべきか「今度新しく入ったとかいう人はどこ ? 」 は、確かめるまでもなく経験でわかっていた。前にかれが出した燃「まだ顔をみせてない。遅れるんだろう」とはいったものの、腹の ししが、と願っていた。 料と潤滑油の計算式を確かめるのにふた月も時間を無駄にしたこと中では気転をきかせて欠席してくれりや、 ところが機転をきかせてはくれなかった。女どもがびつくりした があるし、わたしの部局の者が総がかりで、つまり百人をこす設計 者と技師と組立工が、やつがたった三日で仕上げた翼の構造を四カ表情をして眉をつりあげ、急に首をのばしたのをみただけで、わざ 月あまりかかって調べなおしたが、結局はつまらんミスひとつみつわざふり返ってみるまでもなく誰がホールに入ってきたか、すぐわ けられなかった。計算は完璧だったし、設計図も線一本にいたるまかった。 ミハイロヴィチが席に着くと、やつの皿にたちまちいっぺんに何 で文句のつけようがなかった。 今でも表彰式の日のことをよく覚えている。表彰者名簿のトップ本もの手が紳びてきた。左右の席からたけで足りずに、向いの席の 3