ニコラス - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1975年9月号
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1. SFマガジン 1975年9月号

き、かろうじて見分けられるくらいの距離に、人影が見えるのに気めようとした。前方に見える赤い光点が火となり、彼は速度をゆる づいた。彼はかけだしたが、すぐに立ちどまり、ふりかえった。はめた。 るかかなたで、眼にもとまらないほどの小さな人影が、浜辺を歩い 年のころ二十五ぐらいの男が、たき火の上にかがみこんでいた。 ている。ニコラスはその人物を無視した。そしてココナツを見つもつれた黒い髪を肩にたらし、まばらな頬ひげをはやしている。眼 け、こじあけようと奮闘したのち、それを放りだし、歩きつづけは黒く、折れた金属管のロのように、大きくうつろだった。男が火 た。ときどき魚がはねあがり、海鳥が輪を描きながらとびこむのもをかきたてると、魚の焼けるにおいが煙とともにただよってきた。 見えた。あたりは暗くなりはじめていた。ここしばらく何も口に入すこしのあいだ、ニコラスは離れて、ようすをうかがっていた。 れていないことに気づいたが、厳密にいえば、それほど空腹ではな 男はロのはしからよだれをたらし、片手でそれをぬぐった。あと かったーーーというより、以前、血が流れるを見たくて自分の腕を切には、なすりつけられた灰が残った。ニコラスはそろそろと近づ り裂いたときと同じように、空腹を楽しんでいた。とあるココ椰子き、炎をはさんで男とむかいあった。魚は大きな葉と泥につつま のそばを通りかかったところで、彼はとっぜん大声で「アイランド れ、たき火の中央におさまっている。「おれ、ニコラス」とニコラ 博士 ! 」といった。それからほどなく、歩きながら「アイランド博スはいった。「あんた、だれ ? 」若者はこちらを見ようともしない。 士、アイランド博士、アイランド博士」とうたいはじめ、言葉の意さっきから火を見つめたままだった。 . し - し十ー 味が完全に失われるまでそれを続けた。 / 。 彼よ海で泳いだ。機能調整「ねえ、その魚をわけてほしいんだ。すこしでいいからさ、 のため、カリストの巨大な四日熱治療タンクで教えられたとおりにろう ? 」 泳ぎ、むせたり鼻をならしたりしたのち、ようやく波にぶつかるコ若者は顔をあげたが、見たのはニコラスではなく、そのかなたの ツをお・ほえた。あたりが暗くなり、白い砂と白い波頭しか見えなく何もない一点だった。男はふたたび視線を落とした。ニコラスは微 なると、彼は海水を飲み、浜辺で眠りにおちた。はりつめた醜い顔笑した。微笑が、ちぐはぐな表情と唇の不釣りあいなゆがみをさら の右半分が最初にゆるみ、まどろむようすを見せたが、左の眼はば にきわだたせた。 っちりとあいたまま空を見つめていた。頭は相変わらす左右にゆれ「ちっさいのでいいんた。もう焼けてるだろう ? 」ニコラスは、若 ており、左の口元には、・ テスマスクそっくりにあの独特の表情が凍者のまねをしてかがみこんだ。それが合図だったかのように、男は りついていたーーー一部の人間に限って見られる、あのどこか非人間火をとびこえて彼につかみかかった。ニコラスはとびのいたが、遅 的な、超然とした怒りの表情。 すぎた・ーー若者の体当たりをうけ、彼は砂の上に大の字になった。 男の爪が喉にくいこんでくる。ニコラスは悲鳴をあげ、ころがって めざめたのはまだ暗いうちだったが、夜はやわらかな灰色へと変男の手をふりきると、海へ逃れた。男はしぶきをあげて追いかけて わりはじめていた。両側の浜辺には、頭のない椰子が、背の高い幽くる。ニコラスは水にとびこんだ。 霊そっくりに立っている。霧と明けきらぬ闇のせいで、先のほうが波紋を描く水底に腹をこすりつけるようにして泳ぐうち、ようや 隠れているのだ。寒さが身にしみた。ニコラスは手で両脇をこするく深みに出た。ややあって浮きあがり、あえぎながら男を見ると、 と、砂の上でとびはね、波うちよせる水ぎわをかけだして、体を暖男もまた気づいたようすを見せた。ニ。コラスはふたたびもぐり、今 2 7

2. SFマガジン 1975年9月号

いのを知った。 いていの病人は病気にならずにすんだだろうって。おぼえてる ? 」 「小さなさけびをあげたわよ、たしか。それを聞いてあたしは、き「でも、実際は、まわりの人間としよっちゅう顔をつきあわさなき 8 っとあれは一「コラスだわってひとり言をいって、それからあなたのやならない。この世界はそうしたものだわ」 「プラジルはそうじゃないんだろう、たぶん」ニコラスはいった。 名を呼んだの。でもそのあとで、ひょっとしたら空耳じゃないか、 彼はプラジルのことを思いだそうとしたが、思いだせるのは、情報 それともイグナシオかもしれないって気がしてきたわ」 「イグナ . シオが追っかけてきたんだよ。まだおれをさがしてるかもスクリーンで見たマンガの一場面、麦藁帽子の中で歌っていたオウ ムのことだけだった。それからカメとヤマアラシがくつついてアル しれないけど、たぶんもうあきらめたと思う」 ! 「なぜあい ダイアンは暗い水をのぞきこみながらうなずいたが、彼の言葉をマジロにかわり : : : おい、後生だよ、モントレッサー つはそこにずっといなかったのかな ? 」 聞いているふうには見えなかった。ニコラスはぎっしりたてこんだ 「あなたに鳥のことを話したかしら、ニコラス ? 」彼女はまた、な 樹々の蛇に似た根をまたぎこえながら、池の縁づたいに彼女に近づ にも聞いていなかったらしい いていった。「なぜイグナシオはおれを殺したがるの、ダイアン ? 」 「ときどき彼はあたしを殺したがることもあってよ」 「何の鳥 ? 」 「だけど、なぜだい ? 」 「ここに鳥がいるのよ。この中に」彼女は小さな乳房の下のたいら 「たぶん、あたしたちのことをすこし怖がっているんじゃないかしなおなかを軽くたたいてみせ、一瞬ニコラスは、彼女が食べものを ら。いままでに彼と話したことはある、ニコラス ? 」 見つけたことをいったのかと思った。「あの子はこの中にとまって 「きよう、ちょっと話した。あいつ、むかし飼っていた魚の話をしるわ。あたしのはらわたをからみあわせて巣をつくり、その中にす たよ」 わって、あたしの息をくちばしでつついている。あなたの目には、 「イグナシオはひとり・ほっちで育ったの。彼、そのことをいわなかあたし健康に見えるでしょ ? でも、中側は大きな空洞で、腐って った ? 地球で育ったのよ。プラジルのアマゾン川の上流にある農茶色になったごみと古い羽根から汁がじくじくにじみだしてるの 園でーーアイランド博士が教えてくれたわ」 よ。もうじき、あの子のくちばしが皮をつきやぶって出てくるわ」 「地球は人間でいつばいだと思ったけどな」 「わかったよ」ニコラスは背を向けて歩きだそうとした。 「都市は人間でいつばい。それと、都市にすぐくつついた田舎も「あたし、あの子を溺らせようと、ここでずっと水をのんでたの。 ね。だけど、中には昔よりもずっと人のすくなくな 0 た土地もあるあんまりたくさんのんだおかげで、もうこっちは立てそうもないの のよ。イグナシオがいたところは、二、三百年前にはアメリカ・イ に、あの子ったらまるで濡れてもいないわ。一つ教えてあげましょ ンディアンの狩人たちが住んでいた土地なの。でも、彼のいたときうか、 = コラス。あたしは、あたしが実はあたしでないことを発見 にはもう機械だけで、だれも住んでいなかったらしいわ。だから、彼しちゃったの。あたしはあの子なのよ」 は人に見られるのをいやがるし、人がそばに来るのをいやがるのよ」 ふりむいて、ニコラスはきいた。「きみがこのまえ食べものを口 ニコラスはゆっくりといった。「アイランド博士がいったつけ。 にたのよ、、 をしつのことなんたい ? 」 もし、まわりの人間としよっちゅう顔をつきあわさずにすめば、た 「さあ、いつだったかしら。二、三日まえね。イグナシオが何かく

3. SFマガジン 1975年9月号

たので、 = コラスはそれをよけるために砂浜の上のほうへと移動し「しかし、おれの焚火へ行くことはできない。火が消えてしまった た。上では風が強かったが、それでも彼は眠りにおち、さっき自分のだ」 がやってきた方角にひらめいた光で、いっとき目をさましただけだ「新しい火をおこすことはできないのです力 , った。彼は何がその光の原因だろうと考え、ダイアンとイグナシオ「きみはおれを信用していないな、ええ ? むりもないことだが。 もしそうしたければ、お が火の弧をながめるために、燃えたまきを空中へ投げているところいや、おれには新しい火はおこせない を想像しーー眠くて腹を立てる気にもならなかったのでー・ーーにつこれの持っていたものを使っていいから、おれのいなくなったあと で、きみが火をおこせ。おれはただ、さよならを言いにきたんだ」 りほほえむと、また眠りにおちた。 「どこかへ行くんですか ? 」 つめたく不機嫌な朝がおとずれた。ニコラスは両手で体をこすり ながら、砂浜を駆けの・ほり、駆けおりた。霧雨かそれとも波しぶき揶子の葉をゆする風がいった。「イグナシオはもうずいぶんよく か、どちらとも見わけのつかぬものが風にまじって、光を灰色の輝なった。彼はこれからほかの場所へ行くんだよ、 = コラス」 きにかげらせていた。今もどればダイアンとイグナシオがいやがる「どこがの病院へ ? 」 のではないかと気をまわしたすえ、彼はもうすこし待っことにき「そう、病院へ。しかし、たぶん彼は、そこにも長くいないですむ だろう」 め、それから何か手みやげを持っていけるように、魚とりをしよう かと考えた。しかし海はおそろしくつめたい上に、波も荒く、彼を「だけど : : : 」ニコラスは、何かこの場にふさわしい言葉を思いっ こうとした。彼が監禁されたことのあるセント・ジョンやそのほか もみくちゃにして、その手から竹のやすをもぎとってしまった。。ほ た。ほた水をたらしながら、揶子の木の幹に背中をくつつけてうずくの病院では、だれかが退院するときには、しごくあっさりと行って まり、上向きにカー・フした海を見つめている彼を、通りかかったイしまったものだ。いったんだれかが退院の予定で、したがって、外 の人びとの微笑を凍らせ、涙を乾かせているあるものに、すでに汚 グナシオが見つけた。 染されているとわかると、その人間はもうみんなから話しかけても 「やあ、いたな」イグナシオはいった。 らえなくなったからだ。ようやくのことで、彼はいった。「魚のと 、。、トラン」 「おはようございます イグナシオも腰をおろした。「きみの名は何という ? たしか最り方を教えてくれて、ありがとう」 初に会ったときに聞いた気がするが、忘れてしまったんだ。すまな「礼はいいんだよ」イグナシオはいうと、立ちあがり、ニコラスの 肩に片手をおいてから、むこうを向いた。彼の四メ 1 トルほど左 で、湿った砂が盛りあがり、ひび割れはじめていた。ニコラスが見 「ニコラスです」 まもるうちに、その下から、白い壁にかこまれた明るい昇降路の入 「そうだった」 パトラン、わたしはすごく寒いんです。これからあなたの焚火ヘロが現われた。イグナシオは眼にかぶさった黒い巻き毛を後ろへか きあげて、その中へ下りていき、やがて砂がどすんと音を立てて閉 行って、あたらせてもらえませんか ? 」 じた。 「おれの名はイグナシオだ。そう呼んでくれ」 「もうこれつきり帰ってこないんだね、イグナシオは ? 」ニコラス ニコラスは恐怖にかられながら、うなずいた。 99

4. SFマガジン 1975年9月号

低くひそめた声がイグナシオに聞こえないことをねがいながら、 はジャングルへ放してやろうなんて思うことはないのかい ? 」 ニコラスはいった。「朝になったらまた会おう。 「ないだろうね、 = コラス。もっとも、われわれは : : : きみは何か 8 ダイアンの頭が、ほんの一ミリか二ミリ下に振れた。 言いたいんじゃないのかな ? 」 「いや、べつに」 いったん焚火が見えないところまで遠ざかると、もう浜辺のどこ 「つまり、、 , ーロウ博士は、ひとりぼっちの猿をつがわせようとし に眠ろうが、たいしてかわりはなさそうだった。焚火からまきを一たんだよーーセックスは基本的な社会機能だから。しかし、彼らは 本もらってくれば自分の火をおこせたのに、と悔みながら、彼はっ つがおうとしなかった。オス、メス、どちらの猿が近づいても、彼 めたい風をふせぐために両脚を砂でおおってみたが、動くたびに砂らは攻撃性を発揮し、そして相手の猿もそれに応じた。とうとう最 はさらさらすべりおちるし、それに左手と左足は、彼の意志に関係後に、、 , ーロウ博士は、成熟した一人前の猿のかわりに未成熟な猿 なく、ひとりでに動きだすのだった。 子猿・ーーを持ちこむことによって、彼らを治療するのに成功し 小さく起伏した渚にうちよせる波がいった。「さっきはよくやっ た。子猿たちはおとなの猿を痛切に必要としているので、何度はね たよ、ニコラス」 つけられても、またいくら激しくはねつけられても、接近をつづけ 「あんたの動いてるのがわかる」 = コラスはいった。「まえには気るものだから、とうとうしまいには相手にうけいれられ、そして孤 がっかなかったんだけどな。山の上へ行ったときのほかは」 立した猿のほうも社交化される。興味ぶかいことに、キリスト教の 「いまのきみがそれを感じられるとは思えないが。わたしの横揺れ開祖も、この原理を直感的に把握していたようだよ ただしそれ は百分の一度以下なんだよ」 は、これが科学的に実証されるより、二千年近くも前のことたった 「だけど、感じるんだ。あんた、おれにあれをさせたかったんだけれどもね」 な、そうだろ ? イグナシオのことさ」 「ここでそのやり方がうまくいったとは思えないな」ニコラスはい 「きみよ、 を / ーロウ効果というものを知っているかな、ニコラス ? 」 った。「なにしろ、ずっとこみいってるもの」 ニコラスはかぶりをふった。 「人間はこみいった猿だよ、ニコラス」 「百年ほど蔔こ、、 目冫ノーロウ博士が猿を使っておこなった実験たよ。 「あんたが冗談をいったのをはじめて聞いた・せ。人間でなくてよか 完全な孤独の中でーーー母親もいず、ほかの猿もいない環境でー・ー育ったと思ってるんだろ、あんた ? 」 った猿を使ってね」 「もちろん。きみもそのほうがいいと思わないかな ? 」 「運のいいえて公」 「せんにはいつもそう思ってたよ。だけど、今はよくわからない。 「その猿たちは、成熟するのを待って、ふつうの猿たちのいる檻へあんた、おれを癒すためにそういったんだろ、ちがうかい ? 感じ 入れられた。ひとりぼっちで育てられた猿は、ほかの猿がそばへ寄わるいぜ」 ろうとするとけんかをはじめ、ときには彼らを殺すことさえあっ ほかの波よりひときわ高い波が、つめたいしぶきをニコラスの脚 た」 にはねかけ、一瞬、彼はそれがアイランド博士の返事だろうかとい 「心理学者「てのは、いつも動物を檻の中へ入れるんだな。たまにぶか「た。三十秒後に別の波が、そしてまたつぎの波が彼を濡らし

5. SFマガジン 1975年9月号

度は岸からずっとはなれた深みの上に顔を出した。立ち泳ぎしなが関係に立って、大の男からなぐられたことはなかった。イグナシオ ら浜辺のたき火を見ると、若者は朝の光の中で大またに海から出てはまた彼をなぐり、裂けた唇から血が流れだした円一 ゆくところだった。ニコラスは海岸線にそって五百メートルほど泳 ぎ、水をかきわけて岸にあがると、たき火のほうへまた歩きだし彼は長いあいだ、消えかけたたき火のそばに横たわっていた。意 識がゆっくりともどってきた。まばたきし、闇の中に引きこまれそ うになって、もう一度まばたきした。ロの中には血がいつばいたま 若者は、ニコラスがまだ遠くにいるうちにその姿に気づいたが、 り、砂の上にやっと吐きだしたそれは、奇妙なかたちにかたまった。 すわったまま赤みがかった魚の身を食べ、ニコラスを見つめた。 「どういうことなんだ ? 」安全な距離をおいてニコラスはいった。黒い、柔らかな肉のように見えた。左の頬がとてつもなくはれあが っており、左の眼はほとんどきかなかった。しばらくして彼は海の 「怒ってるのかい ? 」 ほうにはってゆき、波打ちぎわで長い時を過ごしたのち、燃えっき 森の中から、鳥たちが警告した、「気をつけて、ニコラス」 ~ しい、立ちあがると、手についた脂を胸でたたき火のあとによろよろともどった。イグナシオの姿はなく、魚 「何もしないよ」若者よ、 もなくなり、骨が残っているだけだった。 、足元の魚をさし示した。「ほしいか ? 」 「イグナシオは行ってしまった」アイランド博士が波の唇を使って ニコラスはうなすき、あの歪んだ笑みをうかべた。 しー 「じゃあ、来いよ」 ニコラスは砂の上にすわり、足を組んだ。 ニコラスはぐずぐずしている。男が魚からはなれてくれるのを期 「たいへんうまく彼を扱ったねー 待したが、そうする素振りはなかった。男は微笑を返しもしなかっ 「見てたのかい ? 」 「ニコラス」足元のさざ波がささやいた。「こちらはイグナシオだ」「見ていたさ。わたしには何でも見えるんたよ、ニコラス」 「ねえ」とニコラスはいった。「ほんとにもらってもいいのかい ? 」 「ここは最低だ」ニコラスは自分の膝と話している。 イグナシオはにこりともせず。うなずいた。 「それはどういう意味かな ? 」 ニコラスはおそるおそる進み出た。魚をとろうとかがみこんだと「ひどいとこはいろいろ知ってるよーーーなぐられたこともあるし、 き、イグナシオのたくましい腕が彼をとらえた。ふりほどこうとも大きなホースで氷みたいな水をぶつかけられて、ころんじゃったこ ・、いたが、逆に投げとばされ、おさえこまれた。「苦しい ! 苦しともある。だけど、関係ないやつにーー」 「べつの患者に ? ー輪を描くカモメがきいた。 いよ ! 」涙が眼からあふれでる。もう一度叫・ほうとしたが、息がで 「 , ーーーあんなことをやらせるなんて」 きない。喉には、手首よりも太い舌がつまっていた。 そのときイグナシオはふいに手をゆるめると、にぎりしめたこぶ「きみは幸運だったんだよ、ニコラス。イグナシオは殺人狂だ」 しでニコラスの顔をなぐった。平手打ちをくったり、なぐられたり「とめればいいじゃないか」 したのは ( これがはじめてではない。同世代の少年たちと、ときに 「いや、それはできない。この世界は全部、わたしの眼なんだ、ニ はすさましい喧嘩をし、たたきのめされたことがある。だが対等のコラス、わたしの耳でもあり、ロでもある。だけど、わたしには手

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にたたよい、ついで両の乳首から乳房のなかばまでが水にはいつで海にはいったが、やがてゆっくりと浜にあがり、彼女に背を向け た。「そこじゃだめだよ」とニコラスはいった。「じゃりじゃりして砂の上にすわった。 「そんなに気ちがいみたいにおこらないで、ディ・ヴォアさん」 てるんだ、波が浜を洗うから。ここへ来てみな」彼は海にはいり、 「おれは気ちがいじゃないそ ! 」 ひたひたと打っ波が腋の下にとどくところまで来ると、顔をふせて ダイアンには、その意味がっかのまのみこめなかった。彼女はニ 水を飲んだ。 コラスのかたわら、そのちょっとうしろに腰をおろし、手もちぶさ 「そんなこと考えっかなかったわ。ママは、あたしが馬鹿だってい たに砂を膝にかぶせはじめた。 うの。 パも。あなた、あたしが馬鹿だと思う ? 」 アイランド博士がいった、「とうとう出会ったようだね」 ニコラスは首をふった。 ニコラスはふりかえり、声の主をさがした。「何でも見てると思 「名前はなんていうの ? 」 「ニコラス・ケネス・ディ・ヴォア。きみは ? 」 っていた」 「重要なことだけさ。ほかのところで忙しかったものだから。きみ 「ダイアン。あなたをニッキーって呼ぶことにするわ。いや ? 」 たち二人が知りあってほんとうに嬉しく思っている。お互い何かを 「眠ってるあいだに怪我をしたって知らないぜ」 「あなたがそんなことするもんですか」 感じあうところがあったかな ? 」 「するよ。前にいたセント・ジョン病院ってのは、ほとんどいつも 二人から返事はなかった。 ゼ江だったんだけど、そこにいた女の子が気にくわない名前でお「きみたちはイグナシオとも触れあうべきだね。彼にはきみたちが れを呼んだんだ。だから夜中にぬけだして、そいつが眠ってる個室必要だ」 にはいってさ、固定装置を切ってやったら、そいつ、ふわふわ浮か「見つからないんだよ」とニコラスはいった。 んじゃうの。そのうち何かにぶつかって、それで眼がさめて、つか「左手の浜をずっと行ってごらん。大きな岩が見えたら、内陸に曲 まろうとするんだけど、かえってそこらじゅう・ハウンドするだけな がるんだ。五百メートルぐらいね」 んだ。指二本と鼻の骨を折って、血だらけさ。看護人がとんできて、 ニコラスは立ちあがり、右に曲がって歩きだした。ダイアンが小 一人からきいたらーーーまだ、おれがやったってわかってなかったか走りにやってきて追いついた。 、肩先をあげて背後のだれかをさし らねー - ・・ーまっ白だったシャツが、部屋を出たときには赤い水玉模様「いやなやっ」ニコラスはいい だらけになってるんだって。浮かんでた血の玉が、シャツにあたっ 示した。 てそのまましみこんじゃったんだ」 「イグナシオ ? 」 娘はこけた頬にえく・ほをうかべて、ほほえんだ。「あなたがやつ「博士さ」 「どうしてそんなふうに頭を動かすの ? 」 たって、どうして・ハレたの ? 」 「教えてもらわなかったのかい ? 」 「だれかにいったら、そいっしゃべっちゃったんだよ」 「あなたのことなんか、だれもいってくれなかったわ」 「自分でしゃべったにきまってるわ」 ニコラスは頭の傷あとに手をやった 「そんなこと、おれがするもんか ! 」ニコラスは腹をたてたようす「ここを切開したのさ」 5 7

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ニコラスは急に空腹を意識した。彼は歩きだした。 「マヤ ? 」 アイランド博士が木の葉をつうじていった。「わたしがきみに話 しかけるとね、ニコラス、きみの心は、そのとぎ耳に聞こえたなに彼はイグナシオが浜辺で祈っているのを見つけた。一時間あまり かの音を、わたしの考えを伝える媒体にかえるのさ。きみは雨のしもニコラスは椰子の木蔭にかくれてそれを見まもったが、イグナシ としと降る音に静かなわたしの声を聞き、 - 小鳥のさえずりに朗らかオがだれに祈っているのか、さつばり見当がっかなかった。イグナ なわたしの声を聞くかもしれない だけど、やろうと思えば、わシオは寄せ波のレースのような縁がちょうど消えるところにひざま たしは自分の与えたい観念や暗示がきみの意識の中へ釘のようにうずき、海のほうを向いていた。そしてときおりおじぎをしては、濡 ちこまれるまでに . 、自分の声を増幅することができる。そうすれば、れた砂にひたいをくつつけるのだった。やがてニコラスは、波のざ きみはわたしの思いのままに動くことになる」 わめきにまじって、かすかにイグナシオの声が伝わってくるのを聞 「そんなこと信じないね」ニコラスはいった。「それができるんな いた。ニコラスは、祈りというもの一般に、好意をよせていた。彼 ら、ダイアンが緊張病になるのを、な・せとめなかったんだ ? 」 の観察によると、祈りをする人間のほうが、しない人間よりも、概 「第一に、彼女がわたしから逃れようとして、もっと深く病気の中して興味深い話し相手だったからだ。しかし、同時に彼は、信者が し . ー十 / し、刀、こ へひきこもるおそれがあるから。第二に、そんな方法で彼女の緊張その信仰の対象にどんな名をつけようとたいして違、よよ、 病をとめても、原因をとりのそくことにならないから」 のようにしてその神が考えだされたかを知ることが大切なのを、す 「第三に ? 」 でに知っていた。イグナシオはアイランド博士に祈っているのでは 「わたしは『第三に』とはいわなかったよ、ニコラス」 なさそうだーーーもしそうなら、ニコラスの考えでは、彼は反対側を 「聞こえたように思ったけどなーー・・・二枚の木の葉がふれあったとき向くはずである。つかのま彼は、ひょっとしてイグナシオが波に祈 っているのではないか、といぶかしんだ。相手の背後の位置から、 「第三に、 ニコラス、きみも彼女も、あるほかの人物への影響力と彼はイグナシオの視線のゆくえを追った。外へ外へ、波また波とそ いうことから選ばれたからだ。もしわたしが彼女を , ーー・あるいはきのむこうの明るくぼやけた空、上へ上へ、カー・フした空をついにぐ みを , ・・。ーあまり急激にかえては、その効果が失われてしまう」アイるりと一周して、ふたたびイグナシオの背中にもどるまで。ふとそ を一い、つ ランド博士は、またもや猿になっていた。二十メートルほどむこう こで、イグナシオは自分自身に祈っているのかもしれない、 で、木の幹を盾にしてキイキイ鳴きたてている新しい猿だった。ニ考えがうかんだ。彼は思いきって椰子の木蔭を離れると、イグナシ コラスはそいつに枯枝を投げつけた。 オがひざまずいている場所との真中あたりまで近づき、そこへ腰を 「あの猿たちはただの小動物だよ、ニコラス。人のあとをつけてきおろした。波の音とイグナシオの低いつぶやきを除くと、あたりに て、キイキイ鳴くのが好きなのさ」 はとほうもなく大きくて脆い静寂がはりつめ、今にもこのガラス張 「イグナシオも猿を殺すんだろう、きっと」 りの衛星ぜんたいが、どらのように鳴りだしそうな気配たった。 「いや、彼は猿たちが好きなんだよ。彼は食べるための魚しか殺さ しばらくして、ニコラスは彼の左半身がふるえているのを感し ない」 た。彼は右手でそっちをさすりはじめ、左腕の上から肱へ、左肩か 8 9

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とにかく、聞いてよ。おれたちは大きな魚を三びきとったんだ。お「はい、。、 / トラン。とてもきれいです」 れが一びき食べて、イグナシオが一番の大物を食べたんだけど、も「しかし、痩せすぎだ」イグナシオは焚火をぐるっとまわって、ダ しきみが残りの一びきを食べても、あいつは文句をいわないと思う ィアンのすぐ隣に腰をおろし、それからニコラスが彼女にやった魚 よ。ただ、『よい、く / トラン』『、 ハトラン』って返事すりに手をのばした。ダイアンは両手で魚をにぎりしめたが、それでも ゃいいんだーーあいつはそういわれるのが好きだし、それに機械とまだ彼のほうを見ようとしなかった。 話すことしか慣れてないのさ。別に、あいつにニコニコしたり、そ「どうだ、彼女はやはりわれわれがわかるらしいぞ」イグナシオが んなことしなくたっていい ただ、じっと焚火を見てればすむ。 いった。「われわれは幽霊ではないらしい」 おれはそうしてるもの。ただ焚火を見てりやいいんだよ」 ニコラスは急いで耳うちした。「やつに魚をわたすんだ」 ゆっくりとダイアンの指はほぐれたが、イグナシオは魚をとろう イグナシオに向かって、たぶん賢明にも、彼は最初のうち何もい わず、つい数分前まで自分のすわっていた場所へダイアンを連れてとしなかった。「いまのは冗談だ、小さいの」と、彼はいった。 いき、自分の魚からとった残り屑のいくつかを彼女の膝にのせた。 「だが、あまりいい冗談ではなかったようだな」それでも彼女が返 それでも彼女が食べないのを見て、彼は軟らかそうな、火のとおつ事しないのを見て、イグナシオは彼女から顔をそむけた。彼の眼 た一すじの肉をえらび、それを彼女のロへ押しこんでやった。イグは、ニコラスには見えない何かをもとめて、暗い荒波の遠くをさま ナシオが、「イグナシオは、その女が死んだものと思っていた」とよっていた。 いったので、ニコラスはこたえた。「、 、。、トラン」 「彼女はあなたが好きです」ニコラスはいった。その言葉は汚物を 「魚はもう一びきある。それを彼女にやれ」 のみこむような感じだったが、彼はダイアンの皮膚を中から突きや ニコラスは炭火の中から堅く焼けた泥の塊をかきだし、掌のふちぶろうとしている鳥のことを考え、小さなまるい点々になって白い シャツへしみこんでいったマヤの血のことを考えて、あとをつづけ でたたきわったあと、ほどよくさめたら彼女が食べられるように、 た。「彼女は内気なだけです。そのほうがいいんです」 ほぐれて湯気の立っている魚の身から皮と骨をとりのけた。魚の身 「おまえ。おまえが何を知っている ? 」 がロの中へおさまっておよそ三十秒もたってから、ようやくダイア ンはもぐもぐとそれをかみ、のみこみはじめた。三ロめからあとすくなくとも、イグナシオはもう海をながめてはいなかった。ニ は、自分で手を使って食べはじめたが、それでもまだ二人のどちらコラスはいった。「そのとおりでしよう、。、 ノトラン ? 」 にも目を向けようとしなかった。 「そうだ、そのとおりだ」 「イグナシオは、その女が死んだものと思っていた」イグナシオが ダイアンはふたたび魚をむしり、ほっそりした指で小さな切れは またおなじことをいった。 しを口へ運びはじめていた。はっきりと、だが、ほとんどうわの空 のように、彼女はいった。「もう行って、ニコラス」 をパトラン」ニコラスはこたえてから、こうつけたした。 「ごらんのように、彼女は生きています」 彼はイグナシオを見やったが、・フラジル人は彼女に眼を向けてい 「彼女は、火の明りが顔にあたって、きれいな生き物だーーそうだ なかったし、何かいおうともしなかった。 ろう ? 」 「ニコラス、どこかへ行ってて。おねがい」 ー 07

9. SFマガジン 1975年9月号

さを持ちこんでいた。二人がものの数分ほど歩いたとき、ニコラスとりかかるものと、彼は思っていたが、・フラジル人はゆっくりと、 はその風の中に、カタカタと、かすかな、ほとんどリズミックともしかし、休みなく泳ぎつづけ、とうとう二人は、ニコラスの見たと ころ、岸から一キロあまりも沖に出た。だしぬけに、まるで一つの いえる音を聞いた。 イグナシオが彼をふりかえった。「音楽だ。竹の林がしゃべって部屋の照明がスイッチに反応するように、二人のまわりの暗い海 いるのだ、聞こえるか ? 」 が、乳光を発する青になった。イグナシオは進むのをやめ、やすを 二人はニコラスの手首よりやや細めの竹を見つけ、その根もとに うきに使いながら立ち泳ぎをはじめた。 火のついた枯枝を置き、さらにまきをつぎたした。竹が倒れると、 「ここだ。おまえと光のあいだに魚を挾め」 イグナシオはその上端をも火で焼き切り、ニコラスの背丈ほどある眼をあけたまま、イグナシオは顔を水に近づけ、もう一度顔を上 棒をつくってから、太いほうの端を貝殻で削って、するどくとがらげて大きく息をすいこんでから、水にもぐった。ニコラスもそれに せた。「これでおまえはもう魚とりだ」と、イグナシオはいった。 ならい、眼をあけたまま、うつぶせに浮かんだ。 ニコラスは、まだ彼と視線を合わさぬように気をつけながら、「は光と影の舞いおどる島の世界は、すべて消えうせた。夢の中に顔 ハトラン」と、こたえた。 をつつこんだかのようだった。はるか、はるか眼下には、木星が縞 「腹がへったか ? 」 模様のある大きな円盤を横たえており、拡がりつつある大光斑がそ / トラン」 の眺めを傷つけていた。そこでは、人工のシリコン触媒がメタンか 「では、おまえに教えておくことがある。おまえが何をとっても、 ら水素を剥ぎとって、核融合の火を燃やしつづけているーーそれは それはイグナシオのものだ、わかるな ? そして彼がとったものは、惑星のガンであり、燃えさかる幼い太陽だった。その太陽と彼の眼 やはり彼のものだ。しかし、彼が好きなだけ食べたあと、その残りのあいだには、十万キロメートルの見えない宇宙空間が横たわり、 はおまえのものだ。来い。今からイグナシオがおまえに魚のとり方そしてこの人工衛星の強化ガラスの外殻があった。その手前には深 を教えるか、でなければおまえを溺れさせる」 さ数百メートルの明るい水、そしてその中に、四肢をひろげたイグ イグナシオ自身のやすは、焚火からほど遠くない砂の中に埋めてナシオが、逆光にくろぐろと浮きだし、黒いペンシル・ラインのよ あった。彼がニコラスのために作ったのよりも、ずっと大きいやすうなやすを手にしたまま、まだ下にむかって足をけりつづけていた。 だった。それを胸のまえで横に支えて、彼は海へはいり、水が腰に知らずしらずニコラスは水から頭をもたげ、きらめく波の世界に くるまで歩いたあと、あとからニコラスがついてくるかどうかをふもどった。これまで彼が『夜』と呼んでいたものが、アイランド博 りむいて確かめることもせず、いきなり泳ぎだした。ニコラスは、 士の下側へ木星とその大光斑が沈んだときに島の投げかける影にす 足の動きに全力をかたむければ、やすを持って泳けることを発見しぎないことを、今はじめて彼は認識した。その影の線は、空中では た。左手でやすを握り、ときたま右手で水をかくのだ。「息をしろ」それとわからないのだが、彼の背後の水をくつきりと横ぎっている と、彼は小声でいった。「やすを放すな」そのあとは、ときどき顔のが見えた。 = コラスは大きく息をすって、また水にもぐった。 もぐったと思うまもなく、一びきの魚がどこか下のほうですいと 9 を水から上げるだけでよかった。 浜辺からある程度離れれば、すぐにもイグナシオが魚をさがしに動き、彼の左手はやすを突きたしたが、とうてい届かなかった。そ

10. SFマガジン 1975年9月号

「あんたが来いといったからだ」 ら太腿へと、指を走らせた。左半身がそんなにおじけづいているの が彼には不安になり、ひょっとすると脳のもう半分、そこから彼が「イグナシオがいうのはここのことだ。おまえはここを見て、前に 永久に切りはなされている半分には、イグナシオが波に語りかけて見たどこかを思いださないか、小さいの ? 」 ニコラスはガラス張りのどらと、復活祭の飾り卵のことを考え、そ いる言葉が聞こえるのかもしれない、と思ったりした。彼は自分も もう片方に ( そしてたぶんイグナシオにも ) 聞これから香水の蒸気のはいった極薄の皮膜のポールのことを考えた。 祈りはじめた えるようこ、、 冫しくらか声を出して 「心配するな、こわがっちゃそのポールは、クリスマスになると、ときおり廊下のむこうからふ だめだ、あいつは何にもしないよ、あいつはおとなしい、もしあいわふわと送られてきて、子どもたちがホッ。ヒングの棒でそれをつつ つが何かしてもおれたちはやつつけるさ。こっちは食べものがほしくと、ばちんと割れて、きれいな粉になってとびちり、さわやかな いだけなんだ、ひょっとしたら、あいっ魚のとりかたを教えてくれ松林の匂いをただよわせるのだ。しかし、彼は何もいわなかった。 るかもしれない、こんどはきっとおとなしいよ」しかし、こんども イグナシオはつづけた。「イグナシオがお話をしてやろう。むか イグナシオがおとなしくないだろうことは、彼にはわかっていたー し、地球に一人の男がいたーーー実際には、まだ少年だったーー・・・」 ニコラスは、なぜいつも男だけが ( 彼の経験からいうと、医師と いや、すくなくともわかっているような感じがした。 ようやくイグナシオは立ちあがった。ニコラスのほうをふりむか臨床心理学者が一番多い ) お話をしたがるのだろう、といぶかっ ずに、どんどん海へはいってゆく。それから、まるでニコラスが後た。イエスはいつもみんなにお話をしたが、聖母マリアはめったに ろにいたのを最初から知っていたかのように ( 足音を聞きつけられそうしなかった。もっとも、彼がまえに知っていたある婦人は、自 たのかどうか、ニコラスにはよくわからなかった たぶんアイラ分で自分を聖母マリアと思いこんでいたが、そのくせいつも息子の 彼まイグナシオがちょっぴりイエスに似てい ンド博士がイグナシオに教えたのかもしれない ) 、彼はニコラスに話ばかりしたものだ。 / 。 ると思った。彼は、母が家でお話をしてくれたことがあったか思い 向かって、ついてこいという身ぶりをした。 水は = コラスの記憶にあるよりもつめたく、足指のあいだに挾まだそうとっとめたすえ、一度もなかったと結論した。母は情報スク リーンのマンガのスイッチを入れただけだ。 る砂は粗くざらざらしていた。彼はアイランド博士のいったことー 「ーーその少年がーーー」 ー島がうかんでいることーーを思いだし、この水底の砂も博士の一 部分にちがいなく、それが海の中へ ( どこまで ? ) 伸びているのた「ーーーお話をしようと思った」ニコラスは、代りにあとをしめくく っこ 0 ろう、と想像した。どこか沖のほうで博士がとぎれたあとは、深し 「どうしてそれを知っている ? 」怒りと驚き。 深い底にこの衛星の本体の透明な強化ガラスがあるだけなのだ。 「来い」イグナシオがいった。「おまえは泳げるか ? 」前夜のこと「それはあんたのことなんだろ ? それで、あんたはいまそうしょ を忘れきっているかのようだった。ニコラスは、返事をすればイグうと思ってるじゃないか」 ナシオがふりかえるたろうかと考えながら、うん、泳げる、とこた「おまえのいったことは、イグナシオがいうはずであったこととち 9 がうそ。イグナシオはおまえに一びきの魚のことを話すつもりだっ えた。イグナシオはふりむかない。 た」 「おまえはなぜ自分がここにいるかを知っているか ? 」