どんな人間の女よりもずっと女らしい女。教え込まれた微笑の威 力も知っている。信じられないくらい柔らかな真紅の髪。ひきしま った胸と誘うような腰、若々しくしなやかな肢体。その脚がホミニ 1 トの男にどんな効果をもたらすか、最後の一ミリに至るまで、彼 女はわきまえていた。本物の人間たちも彼女に秘密を持っことは難 しかった。男たちは満されることのない欲求から、女たちは押さえ ることのできないジェラシーから、自分自身を裏切るのだった。け れどもク・メルは人間ではない。だからこそ人間について最も良く 知っているのだ。彼女は模倣によって学ばねばならず、意識してそ うせねばならなかった。ふつうの女が当たり前としか思わないこと や、一生に一度考えるかどうかといったこと、それが彼女の鋭敏で 知的な学習の主題だった。彼女は職業によって女性であり、同一化 することによって人間だった。そして、もともと、好奇心の強い猫 たったのである。今、彼女はジェストコーストに恋をした。自分で もそれがわかっていた。 わかっていたが、それがいっかにのぼり、伝説となり、ひとっ の恋物語にまでなろうとは知るよしもない。ずっと後に有名とな る、彼女を歌った・ハラードのことなど、想像もしなかった。 それをあの娘が勝ちとった 〈鐘〉に隠れて勝ちとった ・ヘル 第 , を第をい 203
うどむかし彼らが古びた大学の廃墟に 「本当の人間を定義しようと試みました。・ : 」と 身を隠していた学生を扱った時のよう 誌〈ヴァーテックス〉 ( 一九七四年一一月号 ) に に。また、収容所に潜んでいた異分子 掲載されたインタビューの中で、ディックは述べ を死に追いやった時のように。ところ ている。「 : : : われわれの中には、生物学的には人 が、クヴァナーはある人物に逃走を助 間にちがいないが、比喩的意味ではアンドロイドで けられ、その後で麻薬を飲まされる。 ある人びとが存在します。私はスピーチの中で、人 ここから本当の悪夢が始まるのであ 間の条件として第一に要求される肯定的目標をはっ る。 きりさせたかったのです。コン。ヒ = ーターは日に日 タヴァナーの救い主は・ハックマンの により精密で認識力ある創造物になりつつありま 妹アリスだった。皮肉にも彼女とその す。と同時に人間はその人間性を失いつつありま 愛用の麻薬ー 3 が、タヴァナーの す。スビーチ原稿を書きながら、人間にとって必要 身元が不明になった原因なのだ。アリ なのは、他の人々の人間性を尊重することだという スはタヴァナーを自分の家へ連れ帰っ ことに気がっきました。そうするためには、非人間 たあと、まもなく麻薬を大量に飲みす 社会やアンドロイド社会に反旗をひるがえす必要が ぎて死んでしまう。タヴァナーは殺人 あります」 の疑いをかけられ、告訴され、やがて 正にこの社会が『あふれるわが涙ーーー』でディッ 裁判に立たされる。この時までには、彼の正体は明どこかで指摘された通り、フィリップ・ディッククが描くものである。 らかになっているのだが、もうそれはタヴァナーのはモラリストである。彼のほとんどの作品の基本的「人間性を浮かび上がらせるのは、命令された事が 役に立ってくれない。 なテーマは、強烈な道徳的倫理的緊張感にあふれてまちがっている時に、ノーといえる能力です。『い この小説は単にタヴァナー個人だけにとどまらいる。一九七二年二月にカナダのプリティッシ = ・や、俺は人を殺さないそ』、『爆撃などしないそ』と ず、フェリックス ・・ハックマンと彼が代表する恐るコロンビアで開かれた大会で、来賓としてス。ヒ いえる能力です : : : 」とディックはいう。「 ( たとえ べき警察機構も描いている。道徳とは縁のない権力ーチをしたディックは、自分の作品のこのような傾ば六十年代の ) 宣伝に耳をかさず、買収にもビクと 組織の一員であるにもかかわらず、バックマンはい向を語った。スビーチの題は『人間とアンドロイもしなかった若者達の出現です。私は、基本的に不 ろいろな点で、最も同情をもって描かれた登場人物ド』で、副題が『真正人間と反射機械』であった。法な制度に対しては不法な反抗が必要なのを知りま である。これは奇妙に聞こえるかも知れないが、まディックは、そのスビーチで何を言おうとしたのした。言いかえれば、若者をつかまえて、『法律を あ先を読み続けよう。 破ってはいけない』とは言えないのです。法律その 0 0 0 0 ディックの最新作『あふれよわが涙、と警官はいっ た』 "Flow Tears. the Policeman Said FIDW ′ TEARS, 、 POLICmfAN PHIUPK. DICK 3
「それでどうだったの。″声″の主に会えたの ? 」 「この島に流された人は、第一の資格については問題ないね。自由 昻奮したは >< ににじり寄っていた。彼女の手が彼の腿におかれがなければ生きていけない人たちだもの。あとは金や権力にぐらっ こ 0 いて正義を忘れるかどうかだ。君の場合、正直いって第二の資格が 「いいや、その日はそれだけさ。きっと・ほくはつけられたんだと思あるかどうか・ほくにはわからない。だって、つい二時間半ほど前に うよ。そしていろいろ調べられたんだろう。一週間たって、また会ったばかりだものね」 ″声″がかかった。図書館で本を読んでいた時だ。入口で待ってい 「ずっと前からあなたを知っててよ、私は。″声″を聴いたのは三 るからこいというんだ。・ほくはすっとんでいったよ」 回だもの」 「わかったの、すぐに ? 」 「ほう、いつのことだい ? 」 は手に力をこめて >< を揺さぶった。 「最初は河で溺れた子供をあなたが助けた時よ。二度目はマラソン 「わかったさ。その人だけしかいなかったもの。痩せた白髪の老人大会の時。あなたって時々ああいう風に叫ぶの ? 」 だった。明るい・フルーの眼が輝いていたよ」 「ああ、一所懸命になったりするとね」 「誰だったの、その人 ? 」 はたちあがってソフアをもう一つひきずってきた。 「誰でもないのさ。しいて言えばテレトーカーの新人発掘係かな。 「ここで少し眠るといいよ。このぶんじゃあ、捜索隊がくるのは明 その人が誰で、どんな人かなんて、どうでもいいことなんだよ」 日の朝だろう」 「訓練すれば力はつくの ? 私でも大丈夫なの」 言われたとおりは横になったが眠れそうにもなかった。 「カといったってたいしたことじゃあないよ。だんだん遠くの人と「あなた、東洋人ね」 話ができるようになるってことだけだものね。テレトーカーである瞼を閉じたまま彼女はたずねた。 というだけじゃあ、なんてことはないさ。むしろどんな場合にも正「ああ、日本人だよ。君は ? 」 義の側にたち、自然と自由にふるまってしまうってことのほうが大「スペインよ」 事なんだ」 「そうか : : : それにしてもたいへんな危険にひきずりこんでしまっ 「常に正義の側にたつって、むずかしいんじゃない。そのつどどちたな」 らが正しいかって判断しなければならないし、判断のためのデータ 「いいの、私が勝手にあなたを追いかけたんだもの」 1 が不足たってこともあるわ」 「しかし、生きるか死ぬかの闘いになるかもしれないんだ」 「わかっているわ。私はあなたに賭けたの。私を女だと思わないで 「意識的な選択じゃあないんだ。生得的な身の処し方さ。正義は常 ちょうだい。男のパ ートナーと考えてくれていいのよ」 に自然と人類の側にあるんだ。その二つのものの融合の側にね」 「私には選ばれる可能性があるかしら ? 」 の声は少し眠そうだった。″勇敢な娘だと >< は思った。彼女 2 7
サンフランシスコの おもちゃみたいなケプルカ て大好きな熱帯魚を買った荒俣宏は、どうしても、これ下にパジャマを着て歩くなんてこともやったが、この程 一以上時間が取れないといって、その日のうちにロスアン度のことはいつでもやってるから、特筆すべきことでも ジェルスに飛び、翌日、日本に帰ってしまった。怪人荒よ、。 一俣先生、サヨウナラー ぼくは二日間、鏡明に連れられて市内を見て歩く。彼囹九月九日 はサンフランシスコにも昨年すでに一度きているのた。 ところで、この時の・ほくの足の状態はもう最悪。とう ついに十二日間にわたるアメリカ旅行も最後の一日と とう左足親指も完全に化膿してクツなどはける状況では なった。ふたたび、ロスアンジェルスにもどり伊藤典夫 ない。チャイナタウンで、今度は両足そろったゾウリをさんと再会。一日中、なんとなくだらだらとっき合って 買って、両足ゾウリばぎになってしまった。・ tn ・もらってホテルに入る。ハリウッドの四流ホテルだ。宿 >-* のミリタリーシャツに中国製の綿ズボン、台湾の泊料がツインで十ドルというバカ安さ。その代わり、ふ たつあるべッドの形はちがうし、タオルの色はもともと ゾウリで中身が日本人と、なんだかわからない姿だ。こ 拶、の姿を見て、鏡明がい 白いのが灰色になっていて臭いし、シャワーは水と湯が 別れて出てきて、ヘタするとやけどするから安心して浴 「そんなかっこうをするびることなんかできないし、ドアも満足に閉まらないと いうすさまじさ。 と、台湾のゾウリと中国 のズボンがケンカするそ伊藤さん . は、安全だとい「ていたものの、・ほくはこの ホテル泊は少々こわかった。翌朝、ちゃんと目が覚めた 「その蒔ば、アメリカの時は、ほっと一息ついたものだ。お金さえあれば、もう シャツが調停に入るさ」少し高級ホテルに泊まれたのだが、この時は、・ほくも鏡 いってるほうも、答え明ももうお土産もたいしたものは買えないほど。お金が てるほうも、なんのこっ ないって、ほんとに淋しいなあ。 ちやわからへん。 ともかく、この旅行囹九月十日 中、最も落ちついた二日 アメリカを離れる日は、朝から霧雨がふる。この旅行 み間だった。足の痛いのを 除きさえすれば。夜、外中は、ほとんど雨にはたたられなかったのに、最後の日 出しようとしたら、あんにふられるなんて 。自分に都合よく解釈して、名残 まり寒いので、・シャツのりを惜しむ涙雨とでもしておこう。 ・ 9
シェストコーストはただ 彼女は見るからに可愛いらしかったが、・ もなく用心深いに違いなかった。ロポットの人間の感応探索者が、 ありとあらゆる思考帯を、ランダム抽出で監視していたからだ。コ見ているだけではなかった。彼の行ったことは普通の市民にとって 9 ンビューターでさえ、無意味な幸福感以上のものは見つけられなか下劣な行為だったが、〈福祉機構〉の委員にとっては合法的な行為 っこ 0 だった。つまり心を覗いていたのだ。 そして予期せぬものがそこに見えた。 彼女の父、下級民の生んだ最も有名な猫人運動家の死が、ジェス 棺が動き出した時、彼女が叫んだ。″工エーテリイ 1 ケリイ、助 トコーストに最初の明確な手掛りを与えた。 彼は自ら葬儀に出向いた。死体は冷凍ロケットに積み込まれて宇けて ! わたしを助けてー 言葉にはならなかったが、彼女は発音どおりに思ったのだった。 宙に打ち出されることになっていた。哀悼者と野次馬とはすっかり 入り混じっている。スポーツはあらゆる国、あらゆる民、あらゆる彼は探索の手掛りになる低い響きだけを聞いた。 ジェストコーストは〈福祉機構〉の委員として、可愛い少女を利 世界、あらゆる種族のものである。ホミニードもそこにいる。百パ ーセント、人間なのだが、一千の世界の生活条件にあわせて肉体改用することも辞さなかった。彼の精神は回転が速く、あまりに速く て理性的と言えないくらいだった。論理ではなく、直観で考えてい 造をしたため、奇怪でおそましい外見をしている。 アンダーピー・フル 動物から生まれた人造人間、〈下級民〉もそこにいる。大部分た。彼は無理にでも彼女と親しくなろうと決心した。 は仕事着で、外宇宙から来た人間たちよりずっと人間らしく見え彼は適当な機会を待っことにして、その時機を考えた。 彼女が葬式から戻って来ると、善良だが不作法なスポーツファン る。身長が人間の半分以下だったり、六倍以上だったりする者は、 たちの弔詞から彼女を守るべく厳格な顔で囲んでいる、下級民の友 生存を許されない。みんな人間の姿と、人間の意にかなった声をし ていなければならない。彼らの小学校では、死が罰則であった。ジ人たちの間に、彼は割り込んでいった。 エストコーストは群集を見渡して思った。「我々はこの連中をじっ彼女は気がっき、階級に相応しい挨拶をした。 にしぶとい生き物に仕立て上げてしまった。生活そのものが、進歩「閣下、あなた様がこのような所においで下さるとは思ってもおり の絶対的な条件である恐ろしい刺激なのだからな。連中が追いつけませんでした。父を御存知だったんですか ? 」 ないなどと考えていたのだから、我々はなんという馬鹿者だ」 彼は重々しくうなずいて、哀悼の意を表した。人間たちも下級民 群集の中の人間たちはそう思ってはいないようだった。下級民のも、同意するようにざわめいた。 葬式だというのに、高飛車にムチで追い散らしていた。熊人も牛人しかし、彼の左手はわき腹にそっとおかれ、中指と親指を何度も も猫人も、下級民たちはすぐに詫び入って、わきによけるのだっ軽く合わせ、〈地球港〉の要員だけが知っているサインで警報を発 した。 驚きのあまり、彼女はそれを台無しにしかけた。彼が二重の会話 ク・メルは凍った父の棺にすがりついていた。 こ 0
もつれもなく、法律は遂行され、死亡率は一定の水準を保ち、人口聞いた。 問題は解決されて行った。 「大したものを欲しがってる訳じゃない」トムは自分に言いきかせ 0 しかし、殺されるのは、まだ愛されている人々なのだ。 る。「静かに暮らしたいだけなんだ」 「時計ばかり眺めてるのは止めないか。わしはこんな問題ぐらい、 「お父さん、続けましようか ? 」 お前が : : : 時計を見てないでも出来るんだ」 父親の顔はこわばった。「お前に暇があるんならな」憤然とした 「お父さん、試験官は時計を見てるんですよ」 様子で、威厳をこめてゆっくりと言う。「お前に、暇が、あればだ」 「試験官は試験官だ ! お前は試験官じゃない」 レスは、力をこめて握っていた問題集に目を落した。心理問題 ? 「しかし、私はお父さんの手伝いをーーー」 いや、これは聞くわけこよ、 、よ、。一体どうやって、八十になっ 「じゃあ、坐って時計ばかり眺めてないで、さっさと手伝ったらど た父親に、セックスに対する意見を聞くんだーー・第一、ほんの無邪 うだ」 気な質問でさえ、この半分化石したような老人にかかったら、『け 「テストを受けるのは、お父さんですよ。私じゃないんだ」言い返がらわしい』とぎめつけられてしまうだろう。 すレスの頬には、怒りの血の色が浮かんで来た。「もしーー・」 「どうした ? 」父親は声を高くして聞く。 「いかにもわしのテストだ」父親はこみ上げる感情をぶつけた。 「もう何もないようですね」レスは答える。「何しろ四時間もやっ 「こんなことにしたのはお前達だ。お前達がわしをーー・ーわしをーーー」 たんですからね」 またしても言葉につまってしまい、心だけがいたずらにたかぶつ 「お前がとばしたページはどうしたんだ ? 」 ていた。 「あれはみんなそのう : : : 健康についてですよ」 「怒鳴ることはないでしよう」 レスは、父親が唇を固く結び合わせるのを見て、もう一度同じ事 「わしは怒鳴ってやせん ! 」 を聞かれるのではないかと心配したが、トムはただ、「まったく、 「お父さん、子供達が寝てるんですよ」突然テリーが口を出した。大した友達だ」と言っただけであった。 「そんな事は 「でも、お父さんーーこ レスの声は途中でとぎれた。あんな話は、もう一度繰り返しても 途中で言葉を切ると、トムは、体をたおして椅子によりかかり、 忘れられた鉛筆は、彼の指から落ちて、テー・フル・クロスの上をこ何の役にも立たなかった。医師のトラスクも、前の三回のテストの ろがった。老人は震えながら坐っていた。荒い、不正確な呼吸とと時には、身体検査を免除する診断書を書いてくれたが、今度そうす もに胸は上下し、ひざにおかれた手は、どうしようもないほど、び - る訳にいかないことは、トムもよく知っているのである。 くびくとけいれんしていた。 体をすみからすみまでいじくりまわし、無礼な質問をしかけてく 「もっと続けますか、お父さん ? 」神経質な怒りをおさえてレスがる医師達の前で、衣服を脱ぎ、裸体になることに、老人が、どれほど
″ネ工、返事ヲシテ。ドコニイルノ ? ″ 女はヘッド・ライトの光を認めたらしかった。急に足音を高めて きき憶えのある声だと覚るまでしばらく時間がかかった。猶予地走りだした。こんな無用心な女が敵であるはすはない、とは思っ 帯を突破して間もなく聴いた″声″だった。 ″キミハダレダ ? / ( ンに e シャツ姿の若い女性が光のなかに浮かびあがった。 シティノ市民ョ。アヤシイモノジャアナイワ″ 眩しい光を避けるように彼女は両手を顔の前にさしだしていた。武 番号ハ 器をもっている様子はなかった。は矢をしまい、弓を肩にかける と彼女に近よっていった。彼女が本当に″シティ″の住民だとする ′イマドコニイル ? ・ と、もうひとっ問題がある。発信器だ。 ″ヒロ・ ハミタイナトコ / ィリグチ″ ″ャットアエタンダワ〃 ″ナニニ乗ッテキタ ? / 女は独り言のように呟いた。 ″ジドウシャョ ? はバイクのキャリャーからバッグとフレームをおろし、荷物の ″ヨシ、コッチへコイ。トキドキ声プカケレ・ハイイ、コタエテアゲ全部をフレームに縛りつけて背中に背負った。 レ 「急いでやらなければならないことがあるんだ。・ハイクのキャリヤ ″ジシン、ナイナア、ケド、ヤッテミルワ″ ーに乗ってくれ。訳は道々話す」 X は救助隊本部の表へでて、警察署のほうへ走りだした。 娘をせきたててバイクの後ろに乗せたは病院を目ざして走りは ″ワカルカ、コッチダ″ じめた。ドクター ・シアーズのデスクの抽出しにメスがなん本かは そう″声″をかけながら彼は、警察の前においたパイクのヘッ いった金属製の小箱があったはずだ。あの時は必要がなかったか ・ライトをつけ、それを救助隊のほうに向けた。そして数メートルら、蓋を開いて中をのそいただけのことだったが。 離れた建物の陰に隠れた。弓弦はひきし・ほったままだった。彼女は シアーズの部屋にはいると、 >< は懐中電灯の光を娘の肩にあて 敵であるかもしれない。 一瞬の油断が致命傷になる。 た。どこにも注射の跡はなかった。一瞬疑惑が彼の心をかすめた ′ココヲマガルノネ、ソウネ ? が、すぐ思いあたった。女性は腕のつけ根ではなく、肩の中ほどに 病院へ通じる道の角からその″声″は響いてきた。 注射をうつ。発信器の埋没箇所はすぐにわかった。娘は観念したよ ″ソウダ″ うに眼を閉じた。 石畳を踏む足音が近づいてきた。 X は息を殺してその姿が現われ ガス・ライターでメスを熱消毒して、皮膚を一センチほど切り裂 るのを待った。少しでも怪しい点があったら容赦なく矢をはなつつ いた。発信器はあっけなくとりだすことができた。筋肉組織のなか もりだった。 に埋没してしまっているのではないかと怖れていたのだが。 こ 0
「気分が悪いわ」そう言うと、床にもどした。 〈福祉機構〉よりわたしの政策を優先的に支持してもらいたい。で彼は清掃ロポットを呼び、机をたたいてコーヒーを用意した。 きれば交渉可能な時まで下級民をおとなしくさせておいてほしい ク・メルがくつろいでから、下級民についての希望を語ってやっ それに伴うすべての同意において、名誉と誠意を守ることだ。それた。彼女がいたのは一時間くらいだったが、帰るころには計画がで にしても、どうやってキイを手に入れるかな ? 考え出すのに一年きあがっていた。二人ともエ・テレケリの名は出さなかったし、目 をカかりそうだ。 的をはっきり語りもしなかった。たとえ監視器が盗み聞いていたと 一度彼女に見せたまえ、奇妙な心は考えた。わたしはいつも後ろしても、疑惑を招くようなものは一語一句たりとも見い出せなかっ にいる、いしカ ? たろう。 いいたろう、ジェストコーストはう。 彼女が去ると、彼は窓の外を眺めた。遙か下の雲海を見て、下の もういいな ? とその精神。 世界がたそがれに包まれているのを知った。下級民を助けようとし どうやって再接触を ? ジェストコーストが尋ねる。 て、彼が出くわしたのは、人類の全く知らない、組織化された勢力 これまでどおり、彼女を通じて。決してわたしの名を出さないよだった。予想以上の成功だった。なんとしてでもやり抜かねばなら うに。なるべくそれを考えないことだ。もういいな ? もういい。とジェストコーストはった。 ところが、そのパ ートナーたるや、なんとク・メル ! 肩に手をかけていた少女が、顔を寄せ、しつかりと、あたたかい これだけ奇妙な外交官が、歴史上にあっただろうか ? ロづけをした。彼はそれまで下級民に触れたこともなかったし、キ スしようと思ったことなどなかった。いい気分だったが、彼は首に まきつく少女の腕をほどき、半回転させた。彼女はまた彼によりか 何をすべきか決めるには、一週間とかからなかった。標的は彼ら ′ディ 「父さん : : : 」少女は幸せそうにため息をついた。 の働く〈福祉機構〉の頭脳中枢、評議会。危険は大きい。しかし、 突然、彼女は身をすくめ、彼を見た。そしてドアまで飛びすさっ〈鐘〉そのものにのり込むならば、すべては数分以内で終わるだろ 「ジェストコースト ! 」彼女は叫んだ。「ロード・ジェストコース この仕事はジェストコ 1 ストには楽しかった。 わたしはここで何を ? 」 彼はク・メルが二つの観点から彼を見ているのを知らない。その 「役目は終わったのだよ、おまえ。もう帰ってもよろしい」 一つは注意深く誠実な理解者としてのク・メル。ゆだねられた革命 彼女は、一一、三歩よろめいた。 の遂行に完全に同調しているだ。・ : 力もう一つのク・メルはー・・ー女。 202
おなじみ , 高層ビルの林立するニ 。半数ぐらいの若い女され中華料理で手を打っことになった。 4 性がノー・フラ ( ただし、 店に入るまでは、なにがなんでもご飯ものを食べるつ 第シースルーはゼロに等しもりでいたが、中に入ると急にラーメンが食べたくなっ い ) というところはうれた。ところが、メニューの文字がよくわからない。漢 しいが、あのでつかいお字、英語の両方で書いてあるのだがはっきりしない。鏡 しりを見るともうダメ。 明が、シュリンプ R 0 U M E N というのを指して、 ・ほくは、とうとう最後ま「これが、エビ入りラーメンにちがいない」 でこの街を好きになれな ぼくは、他人を信用するたちだ。それじゃあ、それを 、ーかった。女性がグラマー食べようと R 0 U M E N を頼み、ほかに、揚げワンタ 、で、建物が高いのは、な ンなるものを注文する。これで、ラーメンが食べられる にもニューヨークばかりと、箸でテー・フルをたたきながら待っていると、はたし これ 強物 1 蠡ゾではなく、ロスもサンフて運ばれてきたのはラーメンならぬェビ焼きソく はいったいどうしたことか ? 原因はわかっているけ ランシスコも同じなのだ ど、ここではいうまい。責任者の名前を出したら鏡明が から、やはりニューヨ かわいそうだ。しかも、この揚げワンタンもまずい。な クという街のうす汚れた ムードが肌に合わなかつんとも納得のいかない食事になった。 こんな時 たにちがいない。鏡、荒ホテルにもどっても、どうも落ちつかない。 俣両氏はニ、ーヨークを気に入ってたようだ。ま、これはどうしたらいいか。三人で協議した結果、すぐに答が は当然といえば当然。かれらは、日本でもうす汚れてる出た。ポルノ映画を見るしかないー そこで、新聞などをひっくり返して映画館をあたり、 から ビクセン」という映画を見ることになっ この日の残りの時間は、古本屋歩ぎに費す。もちろ「スー た。しかし、この映画、ポル / としてはソフトコアで、 ん、売っている本は洋書 ( 向こうでは和書だ ) ばかりだ から、ぼくはなんの関心もない。ふたりとも五十ドル以あれを期待して入った・ほくたちはややもの足りなさを感 上買っていたから、いずれスキャナーあたりで紹介してじたものの、怪奇映画仕立てのなかなかの傑作。これは、 思わぬ収獲であった。 くれるだろう。 夕食はチャイナタウンに出ることになった。一日に最それと、もうひとつの収獲。・ほくと鏡明は荒俣宏の知 低一食はライスを食べないと落ちつかないぼくが、連日られざる一面を発見した。というのは荒俣先生、映画館 のパン食にいささかまいってしまったのだ。・ほくは日本に入るやスャスヤと眠りだしてしまったのだが、いわゆ 料理店に行くことを主張したのだが、ふたりに難色を示る場面が、あの場面になると、ちゃんと目を覚まして食
超大国 ! ? ディズニーランドのガイドブック 苦しみだったのですよ。伊藤さん ) 日本の小さな公園ほどの広さがある。ディズニーランド 朝食をいただいて、ウロウロするうち、早や時計の針の総面積は六平方キロとか。遊園地といえば後楽園と豊 は十時半。三人に最大級のお礼をいってもらって、アッ 島園と二子玉川園しか知らないぼくには広すぎる。 カーマンおじさん宅を去る。それにしても、アッカーマ 入場料は六ドル。どこから、見始めたらいいのかわか ン夫妻にはほんとうにお世話になった。たとえ、山河へらない。ほくを、鏡、荒俣の両君が案内してくれる。ふた だっとも、忘れはしないこのご恩 りは、昨年の同じころすでにディズニーランドを一度訪 秘書氏に・ハスターミナルまで送ってもらい、そこかられているのだ。園内をくまなく見て歩くと、まる二日は ・ハスでディズニーランドへ向かう。・ハスは一〇〇キロ以 かかるという。チケットをフルに使うと十ヶ所の遊びが 上のス。ヒードで走ること一時間強。アッカーマン夫人に楽しめるのだから、六ドルの入場料も高くはない。中で いわせれば、「すぐ近く」なのだが、せまい日本に住むも両君の楽しさ保証付推薦の「幽霊屋敷」「カリ・フ海の ・ほくらには相当な距離た。東京近郊の人にしかわからな海賊」「ジェットコースター」を楽しむ。 しかし、まあ、それにしても、これらの設備になんと いだろうけど、鶴見から北千住ぐらいの距離ではないか、 というのが四人の一致した見解たった。 お金のかかっていることよ。日本の遊園地など比較にも 四十人乗りぐらいの。ハスに、・ほくたちのほかに日本人ならない。雲泥の差。月とスッポン。ちょうちんにつり が四 ~ 五人。さすがは、旅行アニマル日本人と、自分のがね。出る釘は打たれる。たかが遊園地に、あれだけの ことはタナにあけて妙なところで感心する。 お金をかけられる国といったら、やはり、世界中でアメ さてリカだけだろう。おそろしい国だ。日本が太平洋戦争に ディズ負けたのも道理。いま、ディズニーランドと戦ったって ニーラ勝ち目はない。 ンドに かって、ユル・プリンナー主演の「ウエスト・ワー 到着しルド」という映画を見た時、その設定になっている て、まレジャーランドにびつくりしたが、ディズニーランドも 第 ) 0 。 ( 物 = す驚い大差ない。ディズニーランドが、もう少しお金をかけた な物、。あー たのはら、ウエストワールドも夢ではない。 ( テレビで見てた その駐ら、天皇陛下はディズニーランドで、パレードだけしか ジ、、を車場の見なかったようだけど、どうして宮内庁の人は「カリプ 広さ。海の海賊」を見せてあげなかったのだろう ? オモシロ ここだ イのになあ ) ディズニーランド内のマーケットで、・ほくは買物をす