感じ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1976年1月号
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1. SFマガジン 1976年1月号

の恐れと、侮辱を感じているかは、息子にもはっきり解っていた。 彼は重いため息とともに、寝返りを打って、彼女の方に顔を向け た。暗闇の中で妻も目をあけて、彼を見つめた。 服を着る時には、壁にのそき窓があって、誰かが彼のようすをうか がい、どんな具合に身じまいするかを調べて、採点してるであろう「眠った ? 」彼女は静かに聞く。 ことや、また、一日中続くテストの途中、政府のカフェテリアで昼「いや」 食をとる時、何人かの目が彼を見つめて、スプーンやフォークを落それだけで何も言わなかった。妻の方からロを切るのを待ってい としはしないか、コップをひっくりかえしはしないか、それとも煮るのである。 汗をたらしたりしないか、調べているであろうことなど、試験場に しかし彼女も何も言わない。しばらくして彼が口を聞いた。「ま は、老人が恐れていることが数限りなくあるのだ。 あ、何しろこれでもう : : : 終りだ」彼は弱々しく口を閉じた。そん 「試験官は、住所と、名前をサインしてくれって言いますよ」トムな言いまわしが彼には気に入らない、まるで下らないメドラマの が自分の筆跡を誇りに思っていることを知っているレスが、身体検せりふのような感じがするのだ。 査のことを忘れさせるために、そう言った。 テリーはちょっとの間だまっていたが、やがて、声を出して考え 面白くないようなふりをしながら、老人は鉛筆をとりあげて、書ているような言い方で話し始めた。「ひょっとして、お父さんは明 「何とかごまかしてやるそ」カ強い、確実な動きで、鉛筆を運ばせ妻が何を言おうとしているかを知って、レスは身を固くした。 ながら彼は考えた。 「いや」彼は言う、「パスしつこないさ」 ミスタ・トーマス・。ハ 二七一九、・フライトンストリー テリーが唾をのみこむ音を聞きながら、″言わないでくれ″彼は ト、プレアータウン、ニューヨーク。 訴えるように考える。″言わないでくれ。そりゃあ私は、十五年も 「それに、日付けもね」 同じことを言って来たさ。よく解ってる。しかし、本当だと思った 老人は続ける。二〇〇三年、一月十七日。そして何か冷たいものから、そう言ったんだ″ が、彼の胸いつばいにひろがっていった。 彼は急に、何年も前に『除去願』を出しておけばよかったと思い テストは明日なのだ。 始める。二人は、子供達のために、また、彼ら自身のために、トム がいなくなることを心から願っていたのだ。しかし、そんな人殺し 二人は並んで横になっていたが、どちらも眠ってはいなかった。 のようなことが、どうして出来るだろうか ? ″あんな年寄りは、試 彼らは服を着かえている間にも殆んど口を聞かず、レスがお休みの験に落ちればいい。 死なせてもらった方がいいんだ″などと言うこ キスをした時には、テリーは何か聞きとれないことをつぶやいただとはロには出せないものである。しかし二人がどんな言いまわしを 9 けであった。 しようと、結局は、同じことを偽善的な言葉でおきかえているにす

2. SFマガジン 1976年1月号

とあせった。自分の死を彼は覚っていた。なにもかもがもう手おくまわし、建物の角まで走り寄ってみたが、人の気配はどこにもなか れだった。空気を引き裂くようにして飛んできた黒い矢は、彼の頸った。ただ、だれかに監視されている感じはあった。彼は正面のマ 7 筋に深々と刺さった。手を滑り落ちたカメラがコンクリートの床にンションの窓々を見つめた。汚れた窓々の内側は暗く静まりかえっ あたって砕け散った。が聞いた最後の音だった。 ていた。 N は・フーツで階段に散らばったものを片側によせながら地下室へ 耳をすませて待ったが >< からの応答はなかった。″手ちがいがあ降りた。 ったにちがいない″、とは思った。次の瞬間、彼女は感じたまま どこかが変っていた。さっきまでつづいていた扉を打っ音や人声 を行動に移していた。窓框の上に残っていた重いガラス製の灰皿をが消えていた。不気味な静けさのなかに嗅ぎなれない臭気が漂って 手に彼女はマンションを走りでた。 , 彼女はなにを手に持ったかさえ いた。一瞬の間に、まるで違う世界に踏みこんだような感じだっ 意識していなかった。″ イマ行クワ、イマ行クワョ〃彼女は胸のな た。厭な予感にしめつけられて、彼は機械の周囲をまわって地下道 かで叫びつづけた。が死んでしまったという感じが彼女の心をし前の空間にでた。 めつけた。自分の足ののろさを彼女は呪った。階段に散らばった屑最初に眼にはいったのは、倒れていると毀れた十六ミリカメラ をよけておりるのがもどかしく思われた。彼女はいっ気に七段ほどと、の横にうずくまって彼の腰のビーム・ガンをはずそうとして の階段を踊り場めがけてとびおりた。円いビンの破片を踏みつけて いる男の姿だった。 よろけたが、すぐをたてなおして、残りの十段を馳けおりた。 N はとっさにさっきの物音が自分をひきつけるための罠だと覚っ 彼女は管理員室だった仕切りの角でたちどまった。その奥にビー た。とりかえしのつかない初歩的な過ちを犯してしまったのだ。地 ム・ガンを構えた男の横顔があった。投光器の光の余波が彼の姿を下道をのそいてみるまでもなかった。逃走者たちは二重三重に罠を 浮きあがらせていた。それは獲物をねらうハンターの姿勢だった。 かけ、成功したのだ。恥辱感が N の怒りをあおりたてた。そこにう 射撃の目標となっているものは空調機の陰になっていて見えなかつずくまって歯をむきだしている男、狼のように小狡くたちまわった たが、それが >< であることを彼女は疑わなかった。 >< に危機が迫っやつ。 N は男の顔に銃口をすえて、引金にかけた指先に力をこめ ている、それだけが問題だった。彼女はわしみにしていた天皿をた。 ハンターめがけて投げつけた。 「やってくれたな」 路上に人影はなかった。階段の踊り場に空罐やガラスの破片が散は自分が判断を誤ったことに気づいた。あくまでもあの素朴な 乱していたから、だれかがなにかの目的で投げ散らしたにちがいな短弓に勝負を賭けるべきだったのだ。カメラマンのビーム・ガンを かった N は油断なくビーム・ガンを構えたままもう一度周囲を見奪いとろうと欲目をだしたのが誤りだった。ガンを握りしめたカメ

3. SFマガジン 1976年1月号

は配電盤に馳けよって二つのスイッチをいれた。次の瞬間に軆を正面にたてたらビーム・ガンをもっと有効に使うことができたが、 低めて、つがえた矢の先を。ヒタリとカメラマンにあてた。 二メートルの距離からの照射は熱気のはねかえりをもろに受けるこ とになって危険だった。それでなくてさえポンゴはいらだってい の″声″をきいたはマンションのなかを気狂いのように走り た。不慣れな水にはいっていることと、炎の線が彼らの恐怖をよび まわった。キッチンの片隅で見つけた灯油罐ぐらいの大きさの空罐さました。ポンゴたちはしきりと外へでたがった。 e とは二頭の に、食器棚に残されていたこわれたガラス食器や抽出しのなかのナサルをなだめるのに精いつばいだった。 イフやフォーク、とにかく眼についた音をたてそうなものを全部ほ 突然は鋭い痙攣が躯を突きぬけるのを感じた。両膝の力が一瞬 うりこんだ。その空罐を抱えて彼女は通りに走りでた。人影の有無のうちに消え失せ、手にしたビーム・ガンの銃身を閃光が走るのを を確かめる余裕などなかった。 >< が急いでいる、それだけが念頭に見た。呼吸が苦しかった。 , 冫 彼ま口をいつばいに開いた。そしてその あった。十メートルの道を渡り終って彼女は地下室へ通じる階段に まま水溜りのなかに頭から倒れこんでいった。彼の手から滑り落ち つつこんでいった。そして・ハケツの水をぶちまける要領で屑を階段たビーム・ガンは水蒸気を湧きたたせながら、水中で激しくのたう の下へ向けて撒き散らし、最後に空罐もほうり投げた。 ちまわり、や—ややの軅を焼いたが、彼らはもう苦痛を感じ ふたたびは十メートルをいっ気に馳け戻った。マンションにと なかった。二頭のポンゴだけが毛を逆だて、躯を激しく痙攣させな びこんでドアを閉め、窓から外を眺めた時、建物から男がとびだし がらもちこたえていた。だが長くはもたなかった。膝をがつくり折 てきた。彼はビーム・ガンを腰だめに構えて道の左右をうかがっ って、すでに水漬けになっている特捜班員や飼育係の嶇の上に倒れ た。いったん建物の端まで走って周囲を見渡していたが、やがてひこんでいった。肉のこげる厭な臭いがあたりに漂った。 きかえしていった。 カメラ係のは地下道内の異様な光景に圧倒された。なぜ自分の はほっと溜息を洩らした。 同僚たちが同じような格好で水の中に倒れていったのか理解できな ″ドウウマクイッタ″ かった。カメラが被写体を離れて浴室のほうを向いていることにも 彼女はにたずねた。 気がっかなかった。それを修正することすら忘れて、投光器のギラ ギラする光に映しだされた陰惨な光景を見つめていた。 ch とは水溜りの中に両脚を踏んばってビーム・ガンの熱線の穂視線のはしに動いたものが、彼に意識をとり戻させた。特捜班員 先を頑固な扉に向けた。二頭のポンゴを使って扉を破ろうと試みたの本能から彼は左手で腰のビーム・ガンを探った。彼は自分をねら がムダだった。扉はポンゴの腕力にも耐えた。熱線で焼き切る以外う矢とその背後の男を見た。男はをかがめた低い位置から彼を見 に方法はなかった。 つめていた。の視線は男の眠とからみあい、男の眼に激しい殺意 青白い煙がゆらめき、やがて木製の扉に赤い線がはいった。扉のを感じとった。彼は絶望的にビーム・ガンを皮サックからはすそう

4. SFマガジン 1976年1月号

た。保はいまさらながらに自分の勝利がどれほど幸運であったかを 「どうした ? 」小峰が嗤った。 思い知らされるような気がした。 「それが浅草やくざの喧嘩か」 倉本がかぐや姫を桜花に搭乗させようとしているのを手伝おうと 保は首に灼熱感を感じている。なにかなま温かいものが首筋を滴もしないで、丸山がおずおずと訊いてきた。「まさか殺したんじゃ ねえだろうな : : : 」 るのが分った。 「死んじゃいねえよ」保はようやく笑いを浮かべた。 小峰は再び軍刀を青眼に構えると、ツツッとにじり寄ってくる。 ・ : もっとも一週間ぐらいは腹の筋肉が 「気を失っているだけさ。 保は押されたように後退した。後退せざるをえなかった。 小峰の保を見る眼がうっすらと膜がかかったように蒼くなった。痛むだろうがね」 仕掛けてくる。 そう思った瞬間、保は捨て身の反撃に出てい 「それなら、、、 ししんだ」丸山が安堵を隠しきれない声でいった。 って : : : おれたちを手伝っていたことがばれちまっ た。大きく身を投げると、地にほとんど腹這いのようになりなが「それならいい て、あんたこれから困るだろう」 ら、チェーンを小峰の脛に叩きつけたのである。 「大丈夫さ」丸山はひどく狡猾な笑いを浮かべた。 「くわっ」 小峰はたまらず膝を折った。さらに身をひねった保は、下から放「小峰だって、あんたたちが脱走するのを知っていて、止めること おんな ・ : それに、この天狗野郎はあ ったチェ 1 ンで、小峰の軍刀をガキッと噛んでいる。小峰が反射的ができなかったのはおれと同じさ。 に身を引こうとしたのが幸いしたのか、それとも刀身に酢でも入っんたにやられたのを他の連中に知られるのをなにより厭がるだろう ていたのか、次の瞬間、軍刀は真っ二つに折れていた。 からな。その壺さえ押さえておけば、おれにはなんの手出しもでき 身を起こしざまに、保はチェーンを小峰の腹に叩き込んだ。肉のないだろう・せ」 裂ける鈍い音が聞こえた。 「なるほど、さすがに苦労人だ : : : 」保は苦笑した。 「準備ができたぜ」 小峰はひざまずいた姿勢のまま、ゆっくりと顔を地につけていっ 倉本のその声で、保は零戦の操継席に登った。保の乗る零戦は、 桜花を抱いた方であった。ーー始動機がかけられ、エンジンの回転 肩で荒い息をつきながら、保はヨロヨロと立ち上がった。小峰にが高まっていった。機体が自力でタクシングし始めたのを確かめる と、保は主翼を押している丸山に手を振り、零戦を発進させた。 勝てたのが、自分でも信じられなかった。 倉本の乗る零戦が続いて発進した。 「勝ったな : : : 」倉本が感嘆したような声でいう。 二機の零戦はエンジンに過重な負担をかけないために、千五百メ ートルの高度でいったん滞空した。桜花というこれまでにない荷物 保は指をソッと咽喉に這わせた。浅く、細い傷の感触が指に残っ コッケビット

5. SFマガジン 1976年1月号

中電灯をつきこむと三十平方メートルくらいの細長い部屋が現われた。は指先で傷口を探ってみた。皮膚は三センチほどえぐれてい たが、傷自体はたいしたことはないようだった。 た。ここの医師たちはわりとゆったりした個室を与えられていた。 傷口を探っていた指先が円く硬いものに触れた。それは裂け目深 入口の右手にロッカーがあり、その反対の壁ぎわにファイリング・ キャビネットが並んでいた。キャビネットに角を合わせるようにしく埋まっていた。傷は左肩の後ろの部分にあったから眼でみること て医療器具をいれるガラス戸棚がたっていた。ソフアと数脚のイスはできなかった。砂利がくいこんだのだ、と >< は思った。そっと指 先につまみとって、テー・フルにおいた懐中電灯の光をあててみた。 の向うに窓を背にして大きなデスクが置かれていた。 探索の結果はむなしかった。ミスター・オーティスはきちょうめ砂利ではなかった。ガラスのように煌く直径三ミリくらいの円形の んな人物だったにちがいない、キャビネットやロッカーはおろか、物質だった。消毒することも忘れて彼はそれを見つめた。ビーズ玉 を扁平にしたものだった。ニッケル色の球を中心にして、小さな脚 デスクの抽出しにも紙切れ一枚残されていなかった。 ・シアーズの部屋だった。一歩ふみこんだ >< は宝のが八方につきでていた。 隣はドクター >< はそれを電灯の光のなかにおいた。脱脂綿にたつぶりアルコー 山を掘りあてたと思った。備品も調度も前の部屋とそっくり同じだ ルをしみこませて傷口にあてながら、彼はそれがなんであるかを考 ったが、部屋の主人公の性格はまるつきり反対だった。なにもかも が投げやりのままうち捨てられていた。ロッカーの戸は開けたままえつづけた。修口にしみこんだアルコールは耐え難い痛みを与えた だったし、キャビネットの上には資料が散らばっていた。医療器具が、顔をしかめながら彼は考えることをやめなかった。 明らかに電子工学的な産物だった。なんらかの意図をもって意識 をおくガラス棚はさすがに空だったが >< は失望しなかった。彼はま っすぐにデスクの探索に向った。両袖のついたデスクにはいろい的に >< の体内に埋めこまれたのだ。彼は島に着いた時に行なわれた イプ、手帳、爪切り、眼鏡サッ健康診断を思いだした。伝染病の予防注射は確か左肩の後ろの部分 ろなものが乱雑に残されていた。パ ク、手垢のついたトランプ、医学雑誌からの切り抜き、手紙、請求に射たれた。それ以外に他人に軆に触れられたお・ほえはない。″発信 ・シア器″だ、と彼は思いあたった。脱走者はそれによって追及されるの 書や領収書の束、とにかくデスクに関するかぎり、ドクター だ。脱走者は自分の所在を知らせながら逃げまわるというわけだ。 1 ズがちょっと席をはずした、という感じだった。 探していたものは右袖のいちばん下の抽出しで見つかった。封を危いところだった。パイクが転倒しなければ、おれはこいつを背 したままのアルコールのビンと脱脂綿だった。できれば破傷風用の負ったまま逃げまわるという笑うべき行為に命をかけるところだっ トキソイドかホモスルファミンがほしかったのだが、さすがに薬品たのだ。 テープルの上に置いたままになっている文鎮で、はそれを叩き 類は残されていなかった。 傷口の痛みはなくなっていた。乾いた血でシャツが皮膚にへばりつぶそうと考えた。そのいやらしいものに対する怒りは激しかっ た。だが彼はふりあげた手をとめた。敵の裏をかくための絶好の罠 ついていた。シャツを脱ぐ時に痛みが走り、新しい血がふきでてき 8 5

6. SFマガジン 1976年1月号

たいしたギャップはないと踏んでいた油断だった。ステップに両脚六、七分というところだろう。それよりも傷の手当をしなければな らない。薬がなければ消毒だけでもだ。熱帯の大地は化膿菌の培養 5 をたてて安定をとり戻そうとしたが間にあわなかった。車は激しい 勢いでそりかえり、次の瞬間には奈落へつつこんでいく構えをみせ地のようなものだ。破傷風菌なんかにやられでもしたら、いままで の苦労は全部マンガになってしまう。 はまっすぐ救助隊本部か警察署へいって武器になるものを探す >< はハンドルを離して車から身を投げだした。固い角のあるもの つもりだったが、予定を変更して病院へ向うことにした。病院は、 が左肩にあたった。激しい痛みが走り、左腕は痺れていた。 彼の手を離れた・ ( イクは、腰をよじるようにして深い穴をのりこ″廃市″の広場から八方に伸びている放射路のうち真北を目指す道 え横倒しになった。ついたままのヘッド・ライトが・ハ力にしたようの突きあたり、山の中腹へ二百メートル登ったところにある。そし て救助隊本部はその道の手前の十字路を三十メ 1 トル右へ、そして に彼を見つめていた。 しばらくの間、その光の照すがままに横たわっていた。じゅう警察署は左の角だ。まるで反対方向というわけではない。 が痺れていて動くのがおっくうだった。左の肩に生暖かいものがに スムーズに橋を通りぬけた・ハイクは、 " 廃市″の広場をぬけ、病 じみでていた。刺すような痛みがあった。 院への北の道へ曲りこんでいった。 おそるおそる両脚と両腕を動かしてみた。痛みのあるのは左の肩 だけだった。頭の痺れがしだいにひいていった。は驅を起して頭は第五駅で地下鉄を降り地上へでた。そして河岸公園の北西の を振り、首を動かしてみた。ヘルメットはそのまま頭にあった。どはずれへ歩いていった。その方角から確かに声は流れてきたのだ。 こにもこわばった感じはなかった。なにかに激突したらしくキャッ ふたたび聴くことができるとすれば、″シティ″のなかではそこが プ・ランプは砕け、光は消えていた。 いちばん近い場所だった。 ・ハイクが動くかどうかが問題だった。 >< はたちあがって二、三度彼女は河岸の並木にそって置かれたべンチのひとつに腰をおろし た。向う岸からギターにあわせて歌う声が流れてきた。いつもなら を屈身させた。・ハイクに近づいてひき起した。ペダルを踏むとい ゃいやのようにエンジンがかかり、低速回転の響きが驅を震わせそのメロディに溶けこんでいくところだが、今夜の彼女にはなんの た。・ハイクもどうやら生き伸びたようだった。腕時計を見ると八時魅力もなかった。彼女はひたすら″声″を待ちつづけていた。あま 四十二分だった。予定からすればもうとうに″廃市″へ着いていてりの激しい期待に胸が痛んだ。そしてもういちど″声″があった いいはずだった。 >< の心に焦りが走りかけたが、彼はそれをまたら、一瞬のとまどいもなくその方向へ向っての旅をはじめるだろう むりやり抑えつけた。わざとゆっくりした動作でサドルにまたがと感じていた。 り、・ハイクをスタートさせた。 彼女が腰をおろしたペンチの背後には自動車置場があった。騒音 約十五分の遅れだ、たいしたことではない。″廃市へはあと公害防止のためにエンジン音の高い強力な馬力の車は禁止されてい こ 0

7. SFマガジン 1976年1月号

考えられない。どうそ」 小さく見えた。もう刺激を与える必要はないと判断したは、コー 2 「おれもそう思う。まったく余計なことをするじじいだ。 ドの先のスイッチ・ポックスを離した。三号はじいさんを大地に叩 5 が、それがわかってみたってどうにもならん。どうそ」 きつけ、その両腕をねじ切るだろう。はわくわくするようなスリ 「まあ、そういうことだな。明日はなにかうまいものを用意してゆルを感じながらじいさんの顔を見つめた。 まな く。楽しみに待ってろ。どうそ」 じいさんは柔和そのものの表情を変えなかった。その静かな眼ざ 「頼むよ。じゃあ連絡を終る」 しには三号に徴笑みかけている感じすらあった。 「おやすみ」 三号はじいさんの腕をんで軽々とその躯を抱えあげた。たち はアンテナを納めた。いい仲間をもって幸せだと思った。だが は息をころしてこれから始まる惨劇を待ち構えた。 二人が永久に会えない運命にあるとは、ももまだ知らなかっ 三号の様子がいつもとはちがっていた。胸に抱えたじいさんの体 臭をなん度も嗅ぎ、時々ふりかえって遙かな山裾にひろがる密林の はリュックザックを枕に、べンチに敷いた毛布の上に横になつほうを眺めた。三号には怒りの表情がなかった。刺激がたりなかっ た。眼を閉じるとチャンじいさんの白衣の姿が浮かびあがってきた、とは思った。コードをはなすのが早すぎたのだ。 スイッチ・ポックスを拾うためには三号に近よった。三号は鼻 じいさんは 3 の山頂近くにいた。ェア・カーから見下すと、朝面をよせての匂いを嗅いだ。はなんの不安も感しなかった。ポ 陽を白衣にうけたじいさんの姿は一粒の真珠のように煌いていた。 ンゴは人間の匂いにだけ反応し、攻撃心を刺激される。芳香性のエ 大きな岩によりかかるようにしてじいさんは座禅を組んでいた。 アゾールを驅にかけていれば危険はない。 二頭のポンゴをまじえた特捜隊員の姿を眼にしても、じいさんに腰をかがめてスイッチ・ポックスに手を伸ばしたは突然空中に はおびえた様子は現われなかった。半眼にした眼には穏やかな柔らはね飛ばされた。百二十キロもある三号の軆が重い岩の固まりのよ かささえあった。は三号にじいさんの体臭を嗅がせ、訓練どおり うに襲いかかってきたのだ。岩角に後頭部をうちつけたは、それ 三号を刺激する電流を流しながら近づいていった。出動させたポン からのことを夢のなかでの出来事のように憶えているだけだった。 ゴは二号と三号だった。 じいさんを抱えた三号は不器用な恰好で山道を滑り落ちていっ 三メートルの距離に近づいた。ポンゴたちは盛りあがった鼻をう た。途中にいた二号とそのコードを握っていた餌育係のをはねと ごめかせ歯をむきだした。カメラマンは撮影機のねらいをつけ、特ばした。特捜隊員が構えていたビーム・ガンも役にたたなかった。 捜員は万一の場合に備えてビーム・ガンを構えた。 三号の腕のひと振りで彼ははじき飛ばされた。カメラマンだけが危 二号を押しのけてじいさんに迫っていったのは三号だった。身長くその難を避けることができた。 三号はエア・カーの傍に待機していたもう一人の特捜隊員にも遮 百八十センチ、体重百キロのポンゴの前で、じいさんは哀れなほど こ 0

8. SFマガジン 1976年1月号

その″声″が青年のものであることをは疑わなかった。そしては倒木の下敷きになっていた。おびえた三号は歯をむきだし : 脚を それを聞いたのが自分ひとりであることも。″声″をとらえたのはひきぬこうとあせった。だが直径三十センチもある幹はしつかりと 5 耳ではなかった。それは彼女の内奥に湧き、内側から彼女の皮膚を彼の左脚をとらえて離そうとしなかった。 男は優しい調子でなにか喋りながら近づいてきた。そして手にも 搏った。痺れるような衝撃だった。は自分の肩に両腕をまわして っていた長い杖を挺子にして倒木の締木から三号を解放してくれ 自分を固く抱きしめた。 男の指先が脚の折れた部分に触れた時、三号は思わずうめき声を はアミューズメント・センターにあるレストランを出た。この まま自分の部屋に帰る気分にはならなかった。″声″は北西の方向洩らしたが、男のなすがままにまかせた。男に敵意のないことはわ から流れてきたように思えた。 " 声。の主を探しあててその説明をかっていた。男から流れでる " 声″が彼をなだめてその不安を静め た。男は・ハッグからだした薬を塗り副木をあててしつかりと繃帯を 聞くまでは矢も楯もたまらない感じだった。″ド ・ノ ? ″。彼女は心のなかで念じてみた。そしてたちどまって耳をまいてくれた。 男は三号がもとどおり活漫に動きまわれるようになるまでいっし すました。後ろから歩いてきた男が彼女の肩にぶつかっていった。 ょにいた。一カ月近くの間、男は三号の行動を観察して、しきりと 彼女はかまわずにもう一度叫んでみた。″ナゼョンダ / 。アナタハ ノ 1 トになにかを書きしるしていた。三号は単独生活の若いオラン ダアレ % 答はかえってこなかった。彼女は北西への道をたどるた めに中央駅から地下鉄にのった。どうそもう一度あの″声″が響きゥータンだった。夜、男は地上のテントに眠り、三号は樹上に作っ た巣のなかにを横たえた。三号は男の言葉や身振りを理解するよ ますようにと祈りながら。 うになった。特にその声のない″声″を。脚がなおった三号は男と 、つしょに歩きまわるようになった。 ポンゴ三号は山を馳けおりた。だれかに呼ばれたような気がしし た。懐かしい声だった。人間にとらえられる前の自由な空気のなか 男の食糧が尽きた。別れの時がやってきた。男が去ってから三号 にそれは響いた。三号の脳裡に一つの映像が浮かびあがっていた。 はなんともいえない淋しさを感じた。男の体臭が彼の鼻孔をかきた て男の存在を思いださせた。もう一度あの″声″になだめられたい 背の高い痩せ型の人間の姿だった。 と思った。 夜間に歩きまわる習性をオランウータンはもっていない。それは 樹上での安息の時間なのだ。だがポンゴ三号は鼻をならしながらま人間にとらえられた時、三号はすぐあの男のことを思いだした。 っ暗な夜のなかを歩きまわった。あの人間がどこか近くにいるにちだがその人間たちはすぐ違う匂いを発散させはじめた。甘ったるい 花の匂いだった。そして人間の体臭を憎むことを教えはじめた。人 、刀し / . し 密林の空閑地でその男と初めて顔をあわせた時、ポンゴ三号の脚間の匂いを放つ人形にとびかかりねじあげないと、首筋に鋭い痛み こ 0

9. SFマガジン 1976年1月号

計画は見え透いているように思えたが、この期に及んでジェストるようたのんだ。 コーストにできることは何もなかった。政治的情熱のゆえに陰謀に「すまんが」とジェストコースト。「今回はロード・イサンが議長 加担するはめになったことが呪わしかった。名誉をもって引き返すになるよう、賛成してもらえないかな」 には遅すぎる。言質も与えてしまった。それに、彼はク・メルが好議長は形式的なものである。それにジ = ストコーストとしては議 ・ハ / ク きだった。〈もてなし嬢〉としてではなく、ひとつの人格として。長にならない方が、〈鐘〉と〈蔵〉を観察するのに都合がいい 彼女が人生に絶望するのを見たくはなかった。彼は下級民がどん ク・メルは囚人服を着ていた。それは良く似合っていた。これま なに身分証と地位を大切にするか知っていた。 で彼女が〈もてなし嬢〉の制服以外のものを着ているのを彼は見た 胸にもたれる重苦しさの反面、心を鋭くし、彼は評議室に入っ ことがなかった。薄青の囚人用チュニックは彼女をひどく若々し た。戸口では、何カ月もの顔なじみである、定例伝達吏の犬娘が議 人間らしく、きやしやに、それにひどく怯えた感じに見せてい 事録をさし出す。 た。彼女の猫らしさは、燃え立っ滝のような髪と、彼女がすわり 部屋に入ると強固なテレバシー障壁網が彼を包んだ。エ・テレケまじめそうにまっすぐに立ち上がった時の肢体のしなやかな動き リやク・メルはどうやって連絡をとるつもりだろう。 に、かろうじて表われていた。 彼は疲れ切ってテープルに着く ロード・イサンが彼女に命令した。 そしてほとんど椅子から飛びあがりかけた。 「おまえは告白をした。それを繰り返しなさい」 陰謀者たちは議事録に細工していたのだ。最初の項目は " 『ク・ 「この男は」彼女は薄明皇子の映像を指さした。「ある場所に行き メル。ク・マッキントッシュの娘。猫族系 ( 純 ) 一一三八組。告 たがっていました。見せ物として人間の子供を拷問する所です」 ホムンクルス 白。事項 " 人造人間材料の輸出の陰謀。参考 " 惑星デ・プリンセン 「なんたと ! 」三人のロ 1 ドはいっせいに叫んだ。 シュマクト』 「どんな所 ? 」猫撫で声でレディ ・ヨハンナが言った。 レディ ・ヨハンナ・グレードはもうその惑星についてボタンを押「そこはこの方のような紳士によって営まれています」ジェストコ していた。そこの人々は地球出身で、とても頑強だったが、原地球ーストを指さしてク・メルが答えた。彼女は部屋を一巡し、ジェス 形態を維持しようと非常な苦しみを味わっていた。その王族の一人 トコーストの肩にそっと触れた。止めるにはあまりに素速く、疑い : ちょうど今地球に来ている。薄明皇子 ( プリンス・ヴァン・デ・ をいだくにはあまりに上品な仕草だった。彼は感応接触のスリルを シエマリング ) と呼ばれ、外交と貿易の使節を兼ねていた。 感じ、彼女の頭脳から鳥の鳴き声を聞いた。エ・テレケリと彼女は ジェストコーストは少し遅れて来たので、ク・メルが部屋に連れ接触していたのだ。 7 られて来たのは、彼が議事録に目を通している最中だった。 「そこの所有者は」ク・メルは続けた。「この方より五ポンドは軽 0 ロード・ノットフロムヒヤがジェストコーストに議長を引き受けく、二インチは低く、それに髪は赤色です。場所は〈地球港〉のコ アングーピー・フル

10. SFマガジン 1976年1月号

・ : 君はエア・カーの操縦はできるね」 三人がいた。伸縮自在のパイプ梯子を背負っているやつもいた。 「できるわ」 >< は音のしないようにドアを開け軅を低めて警備艇に走り寄っ 「よし、君に操縦をまかせる。ぼくはビーム砲で他の艇をつぶす。た。横に滑らせて開ける警備艇の扉は開け放たれたままだった。 迅速に、果敢に行動するんだぜ。迷ったら敗けだ」 操縦士は耳にレシー・ハ ーをかけたまま座席に腰をおろしていた。 は >< の腕に手をおいた。 福の広い背中の大半は背もたれに隠れていたが、がっしりした首筋 「私、こわいの。情ないわね」 はまる見えだった。 「・ほくだってこわい。太腿が痙攣しているよ。・ : しいつ、きたそ ! 」無線は開いたままになっている、捕虜にするためのやりとりは全 軽いエンジン音が空中を近づいてきた。黒い影が水のない噴水の部聞かれてしまうだろう、はそう考えた。可哀そうだが一撃で倒 , 上をよぎり、広場の埃を舞いあげた。警備艇というよりそれは攻撃してしまうよりしかたがない。彼はむきだしの首筋めがけてビーム 機に近かった。幅五メートル、全長十五メ 1 トルの警備艇は空を飛を照射した。操縦士は前のめりに倒れた。陽焼けた首に赤い小さな ぶトーチカのような感じだった。前後二箇所に球形のビーム砲座が点がついていた。 装備されていた。口径三十ミリのビーム砲は最大射程距離三千メー ″無線ガアル、コレカラハ テレトーク″ トレ・こっこ 0 ノノ守ー ーをフックにかけながらは、 操縦士の頭からはずしたレシー・ハ 「しめた一機だ。一機だけだ」 別の扉からのりこんできたß-«に″言っ″た。 >< はをふりかえって微笑んだ。ふたたび戦いの神は二人の側に シートをまわしてはぐったりした操縦士を抱きあげた。面長の なった。生き伸びるための扉は半ば開きかけていた。 まだ若い男だつだ。重かった。肩にかつぎあげてェア・カーから降 大型警備艇の扉は左右に二つずつある。航空会社側におりたのはりようとした時、腰がふらついた。 重装備の五人だった。少しおくれて指揮官らしい男が姿を現わした。 は警備艇から離れた、航空会社の建物の角近くまで操縦士の死 向う側に何人おりたか、 >< は早くそれを知りたくていらいらし体を運んだ。ビーム・ガンを手にしたが近寄ってきたが、彼女は た。飛びだしてビ 1 ム・ガンの嵐を見舞ってやろうという自棄的な顔を死体からそむけていた。には彼女の気持がわかった。それは 衝動が心を焼いた。の手がそっと >< の手に重ねられた。小刻みにまったく無用の殺しだった。操縦士が他の隊員たちといっしょに攻 震えるその手からはも同じ衝動に駆られているのを知った。 撃に参加してくれたらよかったのに、と >< は思った。 ″ソレヲ武者・フルイトイウ″ 操縦士の頭を支えていた手を離してのほうに向き直った時、彼 >< はわざとゆっくり言アてみた。の手に力がこめられた。女の表情がさっと変るのを見た。 >< は四肢を緊張させてふりかえっ 新手の人員は十二名だった。ェア・カーの前にいったん整列した た - 。 ( フラワー・、 ゾョップの看板のかかった店先に、重そうな銃を構 5 彼らは、二手に分かれて救助隊へ向かった。催涙銃を肩にした二、 えた男がたっていた。思わず腰に手をやったがビーム・ガンはなか