くる。まるでタズー人は、とっぜん都市を閉鎖して、赤道に向かつみよう。事実をいくつかつなぎあわせてみるんだ。確実に判明して て隊列を組んで死の行進でもはじめたみたいなのだ」 いるところではまず、タズーの歴史上に何かがおこって、それはこ の惑星の上で文明をもっていた住民を二世紀の期間で減亡させた。 「飢饉におそわれたという考えはどうですか」ジャッコが言った。 「それもありうる。それはじっさいには、ネヴィルの説とおなじこおかしなことには、それ以後もある期間は、野生生物は生きのこっ とでーー・土壤の汚染が拡散したというわけだ。なんらかの理由によており、森林地帯ではそのなかのあるものはまだ生きつづけてい り、この地域一帯の大森林がとっぜん死に絶えてしまった。そのばる。そのばあい、文明生物と野生生物の基本的な差異は何かという あいはむしろ、日照りが長期にわたってつづいたようなことのほうと、前者は動力を必要とするのに、後者にはそれが不要だというこ が考えやすい。しかし、高度の技術文明が生存を賭けてたたかおうとだ。いいそ、ジャッコ、きみは何かをぶち当てたらしいそ」 「天からの贈り物ですよ」ジャッコはつつしみ深く言った。 と思えば、そのていどの災厄には対抗できたんじゃないだろうか。 とうせただなのだから、もうすこし先まで考えてくれない 海は無機物のひどい混合液だが、必要となればすばらしい農業地帯「では、・ か。タズー人が、われわれ人類と同様に、動力依存生物になったと をうるおすほどの水を蒸留することがきみにだってできるというほ うに賭けるよ」 いう仮定ですこしおしすすめてみよう。その動力がとっぜん壊減的 「しかし、原子力エネルギーがなかったとすれば、動力はどこからになくなってしまったのだとすれば、その基本的なエネルギー源は 調達できるのですか」ジャッコが言った。「それほど大規模に蒸留何だったのだろうか」 するためには、たいへんな動力が必要になります」 「石油か天然ガスでしよう」ジャッコが言った。 。オしタズー人はどう見ても、ひじように大量 「動力だって ! 」フリツツはすわりなおした。「いい線まできた「それほど確実性よよ、。 そ。そもそもタズー人は動力をどこから得ていたのかを、検討しての動力を使用していた。ネヴィルのつい最近の発見では、この地域 いま ) 去る アン一アルセン伝決定版ー・コペンハーゲン中の鐘が高く鳴りひびいた ハンス・クリスチャン・ こと百年、一八七五年八月四日、 アンデルセンの逝去を告げる鐘の音であった。澄明で、美 房 しく、ユーモアにあふれる童話作品群があとに遺された。 野生の白鳥 「ばくの強い空想癖はばくを精神病院へ導き、激しい感情 アンデルセンの生厓はばくを自殺へと駆りたてる。だが、この二つを結びつけ早 れば、ばくは偉大な詩人になれるかもしれないのだ」・ モニカ・スターリング / 福島正実訳 = = 昻揚と落胆の間を振子のように揺れながら、アンデルセン 一七〇〇円は一九世紀ヨーロッパのロマンと動乱を生き抜いた。 絶賛発売中 ! 9 5
ザインよりは自分のインスビレーションを重んじているような選び 「そんなことじゃないかと思っていたんだ」フリツツが言った。方だった。すべての準備がととのって、フリツツがスイッチを入れ 「又骨の構成物には金属繊維がまじっていたし、この結晶には金属た。最初はまず失敗で、満足のいく音を出すためには、装置を徹底 化された面が存在する。というわけでこれは、圧電仕掛けの一種だ的に組みかえなければならなかった。 と、わたしは思う。そして、その結晶がドリルをうけたときの振動最終的な調整を終えたときフリツツは、こんどこそ満足な音が出 を思いだすんだ。又骨の両枝のあいだに弦が何本も張ってあったんるにちがいないと断言し、身を入れて鑑賞しようと椅子の背に身を じゃないか」 もたせ、開いたシャッターから視線を、裸の太陽がいましずもうと ジャッコは両方の枝の内側に、隆起がおなじだけの数あるのをかしているかなた 9 赤い血の色のほうにさまよわせた。 これはハープだ」うたがわしげな表情「ジャッコ、聴いてみるんだ」しあわせそうにフリツツは言った。 ぞえた。「なんてことだー 「たしかに、地球人の思いもよらぬ音色で、美しいじゃないか」 で、重々しい口調で言った。 「これだけは言っときますが」とジャッコが言った。「もし、二百 「あるいは音響伝達装置かもしれない」フリツツが言った。「鉄の 木の内部には、通常の電気回路があって、結晶に連絡している。接万年前のグランド・。ヒアノを発掘したやつがいて、それに燃線を張 点に交流の電流をとおせば、なんらかの音楽方式の共鳴頻度に共鳴 り、正しい音量も音の高さも知らずに演奏したら、それだって地球 して、その結晶が弦をゆらすにちがいない。いったいどんな音がす人には思いもよらない音が聞こえますよ」 るんだろうか。ジャッコ、この残りに弦を張りなおしてみてくれ。 「心のせまい人間と、詭弁をつかって討論したいような気分じゃな そのあいだにおれが、増幅装置などを手配する。ふたりでかかれいんだ」フリツツが言いかえした。「いまのおれにとってこの音楽 は、かってタズー人がタズーの古き真暗な晩に手に手をとりあって ば、すぐに妙なる音楽をかなでさせることができるんだ」 「そういうわけです」とジャッコはこたえた。「でも、もしあなた散歩したときに聞いたその音楽とおなじものなんだ。ジャッコ、き の音楽にたいする考え方が、技術にたいするあなたの考え方と似たみには想像できないのか、この異星の地の血の色の夜明けどきに、 ようなものなのでしたら、耳栓をつくる時間だけはとらせてもらい百万ものハープが信じがたいこの音楽をかなでるのを」 ます」 「頭がいたくなってしまう」ジャッコが言った。「それであなた は、その古ぼけた機械に、どんな信号をおくりこんでいるんです か」 フリツツは咳ばらいした。「じつは、タズー電離層をモニタ 1 し 装置を完成するまでに、三時間かかった。フリツツは、通信隊のている人工衛星が出している電波信号なのだ。この ( ープが五百パ ーセントの歪みでったえているから、音楽を聞いただけでは、見当 建物に消え、さまざまな機械部品をはこびだしてきたが、それはデ 4 5
ヴォクト、シェクリイ、ハインライン等々。 とくにヴァン・ヴォクト「宇宙船ビーグル号」 などで、価値観のちがう生物のあいだに説得 はなく、戦いあるのみだというのは、その適 用といえる ( 第六十七回 ) ◎戦争をめぐって : : : 日本刀は逃げながらうし ろの敵を切るのに適している ? ( 第六十八回 ) ◎戦争をめぐって ( つづき ) : : : 機動部隊は、 レポーター / 柴野拓美 空母が戦艦を守るのではなく戦艦が空母を守 るという思想だ ( 第六十九回 ) 三年あまり前、本誌一六四号 ( 一九七二年九がることだろう。 ◎ナマコの食べかた : : : 中国では、乾燥した上 月増刊号 ) で、いろいろな話題を提供した「 さて、その間の話題を、膨大な記録の中から、 でゆでて食べるのに、日本では、その不気味 ファン科学勉強会」、略して「フ科会」は、 アトランダムにひろってみると : な感触を直接味わう。中国一辺倒だった古代 その後も飽きもせずえんえんとつづいており、 日本が、宦官と纒足だけは輸入しなかったこ ・ハル・クレメ 七五年十一月の例会で、ついに第九十回を記念◎メスクリンは平たすぎるー とと関係 した。なにか、よほどの突発事故でも起こらな ント「重力の使命」あとがきの挑戦に応じて があるか いかぎり、七六年のうちに第百回を迎えること ( 第五十七回 ) もしれな】】 は、おそらくまちがいないだろう。 ◎電流は、な・せ磁気作用を起こすのか ? その い ( 第七、〕 ここに至るまでには、いろいろと変遷もあっ相対論的説明 ( 第五十八回 ) 十回 ) し、何よりいちばん大きな変化は、代表者格の の重力、大気などにつき、クレメント氏との 石原藤夫氏が、勤務の関係で水戸へ転居された文通結果など ( 第五十九回 ) ため、渋谷のそのお宅で開かれていた会場が、◎「コロサス」は、 = ン。ヒ = ーターの恋愛小説月号より 七五年五月から、阿佐ヶ谷の瀬川昌男氏のお宅である ( 第六十回 ) : フラ へ移されたことである。 ◎ローマ・クラ・フの提出した「世界モデル」をイホイー が、全般的には、相変らず十人内外のスケー めぐって : : : もっとも能率的な人口調整法は ル機関、 ルで継続され、また、世話人の大宮信光氏の手何か ? ( 第六十一回 ) 星雲間の。 ~ で、回キチンと「議事録」が残されている。◎翻訳論 : ・ : ・日本人でも、身振りの語順は英語潮汐、 ゲワシの そして、七三年には、第三十一回から第六十回と同じ ( 第六十三回 ) までをまとめた「フ科会記録・第二集」が◎ガン細胞の有効な利用法 ( 第六十六回 ) 飛行など 皿出版された。おつつけ「第三集」の話がもちあ◎における一般意味論の影響・ : : ・ヴァン・ ( 第七十 空想科学シンポジウム① ( フ科会報告 ) その後の「フ科会」 フ科会報告 っ 0
が残るとは知らなかった。「ある期間だけの一時的なもの」とかな 電話が鳴った。 「出られない」と、彼はどな 0 た。電話の中継器が、彼の悲痛なメんとか一むこうが甘い言葉で請けあうのにだまされたのだ。ある期 9 間が聞いてあきれる、とマンスターは無力な怒りをたぎらせながら ッセージを聞きとって、かけてきた相手に伝えてくれるはすだ。い まやマンスタ 1 は、カー。ヘットの真中で、透明なゼリー状の塊にな思った。もうこれで十一年間だそ。 っていた。彼は電話機のほうへくにやくにやと動きはじめた。いまそのために生じた心理的な苦悩、精神のストレスは、たいへんな ちゃんと断わったのに、電話は鳴りやまない。激しい怒りがこみあものだった。きよう、ジョーンズ博士を訪ねたのもそのためだ。 この げてきた。もうただでさえ苦労で手いつばいだというのに、 また、電話が鳴りだした。 上、電話のめんどうまで見なくちゃならんのか ? 「わかったよ」マンスターは声に出してそういうと、ふたたびえっ そばまでたどりつくと、彼は一本の偽足をのばし、受話器をフッちらおっちらと部屋を横切りにかかった。「そんなにおれと話した クからさらいとった。非常な努力で、柔軟な体の一部を声帯に似た いか ? 」しだいにゴールへ近づきながら、彼はいった。・フロー・ヘル ものに変え、にぶく共鳴させた。「いそがしい」送話口に向かつの姿をした者にとっては、長い旅だった。「よし、相手になってや て、低いプーンという共鳴音でつづけた。「あとにしてくれ」受話るよ。なんなら、ビデオ・スクリーンのスイッチを入れて、おれを 器をもどしながら、彼は心の中で思った。明日の朝にしてくれ。お見たっていいんだぜ」電話機にたどりつくと、聴覚だけでなく、視 覚のコミュニケーションを可能にするスイッチを入れた。「さあ、 れが人間の体をとりもどしてからに。 アートの中は、急に静かになった。 よく見ろ」そういって、ビデオ走査管の前に、自分の無定形な体を ため息をついて、マンスターはカーベットの上を窓ぎわまで這い露出した。 もどり、それから体を塔のように盛りあがらせて、窓の外をのそい ジョーンズ博士の声が聞こえた。「おじゃまして申し訳ありませ た。光に敏感な斑点が体の表面に一つあって、それを使えば、本物ん、マンスターさん。それも、あなたがこういう、その、不便な状 の眼球はなくても、なっかしい外の風景をーー・サンフランシスコ湾態でいらっしやるときに : : : 」定常性の精神分析医は、そこで間を や、金門橋や、いまは子供たちの遊び場になったアルカトラズ島おいた。「しかし、わたしはあれからずっと、あなたの状態に関す を、眺めることができるのだった。 る問題解決に、全力でとりくんでいたのです。すくなくとも、部分 ちきしようめ、と彼はにがい気持で考えた。しよっちゅうこんな的な解決法はあるかもしれません」 姿にもどるんじゃ、おれは結婚もできん。人なみの生活もできん。 「ええ ? 」マンスターは驚きの声を出した。「というと、まさか現 戦争中に、陸軍省のおえらがたどもが、おれをむりやりこんな姿に代医学がそこまで・ーー・」 変えたばっかりに : 「いや、いや」ジョーンズ医師は急いでこたえた。「身体的問題 任務をひきうけたあの当時、彼はよもや変身処置で永久的な影響は、わたしの領域外です。これは忘れないでください、マンスター
それ以上はだめ」 「ちょっと待てーー・大丈夫か ? 」 制御装置を調べながら、ジミーは放心状態でうなずいた。幼稚な高度を失えば、ジミーは、最大の利点を犠牲にする。軸上にとど 操縦士席の後ろに五メートルの張出し材がある簡単な作りで、方向まるかぎり、かれとドラゴンフライ号には重さがない。なにもしな 舵と昇降舵で組みたてられたそのものは、身をよじらせはじめた。 いで浮かんでいられるし、眠ろうと思えば眠ることもできる。しか それから、主翼の半分しかない、ひらたい補助翼が上下に交互に動し、かれが、ラーマが自転する中心線からはなれると、たちまちい つわりの遠心力が再びあらわれるにちがいない。 「プロペラをまわしてやろうか ? 」二百年前の戦争映画の数々をお だから、この高度を維持できないばあい、落ちつづける破目にな もいだして、ジョ ・キャルヴァートが訊いた。「点火 ! 目視 ! 」るーーー同時に、自重も加わる。加速度も出て破局で幕をとじる。ラ ジミー以外には、かれのいっていることを理解したものはいないだ 1 マの平原上の重力は、ドラゴンフライ号が作動できるそれの二倍 ろうが、びんと張りつめたその場の空気をやわらげるたすけにはなである。無事に着陸できたとしても、二度と離陸できないのは明白 である。 ゆっくりとジミーはペダルをふみはじめた。プロペラの役目を果しかし、このことを十分考慮していたかれは、自信をもって答え たす、脆くて広い扇ーー翼と同様、ぎらぎら光る薄膜でおおわれた た。「面倒もおこさず、十分の一の重力をなんとかこなします。空 繊細な骨組みだったーー がまわりはじめた。いくつかの変化があ気のこいところでは、もっとたやすくとべるでしよう」 り、完全にみえなくなった。かくて、ドラゴンフライ号はその途に ゆっくりとゆるい螺旋をえがきながら、ドラゴンフライ号は空の ついたのである。 むこうへ漂っていき、平原のほうにつづく〈階段アルファ〉をたど ドラゴンフライ号は〈軸端〉から外へまっすぐ飛び、ラーマの軸っていった。ある角度からは、小さな空中自転車はほとんどみえな にそってゆるやかに動いていた。百メートル飛んだところで、ジミ かった。中空に坐り、はげしくべダルをふむジ、、 1 だけがみえるの ーはペダルを踏むのをやめた。空気力学的な車が中空に静止して浮だった。ときとして、時速三十キロにまでス・ ( ートする。つぎに惰 かんでいるのは奇妙な眺めだ 0 た。より大きな宇宙ステーシ ' ン内走して休息し、制御装置をしらべ、ふたたび速度をはやめる。かれ 部のごとくかぎられた規模でなら可能だろうが、それ以外のところは注意してラーマの彎曲する端から安全な距離をたも「ていた。 では、はじめてのことである。 ドラゴンフライ号が少し高度をさげたほうがよいことが、まもな 「調子はどうだ ? 」ノートンが叫んだ。 くはっきりしてきた。どんな角度にも横揺れしなくなり、翼は七キ 「反応は上乗ですが、安定性はよくありません。が、その原因はわ。下の平原に平行して安定を保 0 ていた。ジミーは数回大きく旋回 か 0 ております。ーー無重力のせいです。一キロメートル下げたほし、つぎには、ふたたび上昇しはじめた。かれは最後に、待ちわび うがいいでしよう」 る同僚の二、三メートル上で休み、すこしたって、繊細な飛行機の 引 4
ーンは微笑して彼 好物のポークソースを使って、自分の手で注意深く味つけした。彼互いにぶつかりあいながら立ち止った。ウイル・ハ 女は調理機の味つけを信用していなかったのである。彼女は手を動らに手を振り、それは見学者たちをますますまごっかせたが、彼は かしながら、朝刊のニュースについてお喋りしていた。ウイル・、 立ち止って話をしようとはしなかった。案内人の言葉から、このグ ンは朝食をとりながら、半分はそれに耳を傾けて、微笑んだり気のループに自分の選挙区の住民は一人もいないことがわかったのであ ない返事をしたりしていたが、半分は虚空を見つめていた。彼は妻る。そうでなければ、案内人は、自分がうまく立ちまわれるように に別れのキスをして出てゆき、歩道に足を踏みいれた。 1 ンは、ひそかに悦にいっ 合図してくれるはずだった。ウイルく 彼はシシリアの爽やかな空気の中を歩道に乗っていったが、そのた。役職にある者は、ただの平議員にくらべて、いろいろと有利な うち黙って立っていることに我慢できなくなってきた。彼は歩道をのである。 ウ . イレ・、 降りて、そのわきを歩いてゆき、自分の足が颯爽と伸びていること ーンは、エスカレーターに乗って、中部ヨーロッパ選出 に満足であった。遠くには評議会の本館のドームが見え、それは彼のジョルジュ・デュボアといっしょに上へ運ばれていった。デュポ の思いを目前の問題に引き戻した。だが、そう考えながらも、これアはいった。「案内人のいうとおりさ。このオーストラリア問題の は事前に予定しておけるような問題ではなく、その場で即座に取り採決では、もう態度を決めたのかね、ジョナサン」 あげねばならない性質のものであることが、彼にはわかっていた。 「賛成に傾いてはいるが、まだわからん。君は ? 」 チャンスを見逃さないためには、いつも気をくばっていなければな デュボアは、くびを振った。「君と同じだ。こういうことは、慎 らないのである。 重のうえにも慎重を期さなければいかん。男を苦しめるのもかなわ 市 .. イレ・、 んことだが、女子供を相手にそれをやるとなると、全くやりきれん ーンは歩道に戻り、評議会まで乗っていった。 彼は北階段から「グレートホール」に入り、東壁に沿って自分のことだ。私にも判断がっかん」 部屋に通ずる階段の方へ歩いていった。「グレートホール」の中で 二人は沈黙したまま階段の上まで運ばれていったが、別れぎわに は、一群の見学者たちが制服姿の案内人に引率されているところなってウィ化ハ 1 ンはいった。「家内は、私のすることなら何でも で、案内人は「ホール」のすばらしさを説明していた。ウイル・、 支持してくれるよ、ジョルジュ」 ンの来るのを見た案内人は、解説を中断して、「ときに、左手から デュボアは、しばらくの間、じっと彼を見つめていたが、やがて こちらへ来られる方が、皆さんご存じのアメリカ合衆国東部地区選口を開いた。「うん、よくわかるよ。あそこの女たちは男たちに劣 出のウイル・、 ーン評議会議員であります。本日行なわれる北部オー らず責められるべきだし、同じくらい懲らしめる必要があるのだ。 ストラリアへの水の供給を削減するという議案の投票には重要な役そうだ、もし私が賛成票を投ずることになれば、そのことで少しは 割を果されることでしよう」といった。 心が安まるだろうな。では、評議会でおめにかかろう」二人は、相 3 大へんな名士に思いがけず行き会ったことで、見学者たちは、お互の尊敬と理解の気持を無言のうちに示しながら、お互いに会釈を
った話を反芻した。 アダマス 「遺伝子には原則としてその生物の将来とるべき形質や動きに関す 探査艇は、隣接する三個のプラックホールから等しい重力の作用るすべての情報が含まれています。種の保存の根本的な原則は、遺 する平衡線に沿って、一の加速をつづけ、三点と正四面体をなす伝情報の保存と正確な伝達です。遺伝情報を完全に読み取ることが 位置から自由落下に入った。 できれば、その生体が将来どのような変異をとげるか、ということ 軌道はほとんど修正する必要はなかった。タキは制御室で徐々にまで含めて、その生命像が理解できる訳です。 一時代、遺伝科 姿を変えるアダマスをモニター・スクリ 1 ンで眺めた。進路の正面学が多様に分化したのは、この遺伝情報の取り扱いに、多様な方法 に位置するそれは、重力場の彎曲に沿って、三方向に触手を伸ばしが適用されたからです。一方に分子遺伝学があり、一方に回路モデ ひとで ルに還元する情報理論がありました。これらの立場の違いは、 かけた海星のような形から、ゆっくりと円形に戻りつつあった。 どのような数学 奇妙な星だ・ : とくに突然変異や形質の発現についてですが 。タキは改めて思った。周囲六個のプラックホー ルは、約二百太陽質量、シヴァルッシルト半径六百キロメートル的記述を対応させるかから生じたのです。結局、集団遺伝学の進歩 の黒点だ。これは恒星アダマスの直径にくらべれば千六百分の一のが、分子レベルでの遣伝情報と突然変異の機構の関連をほぼ完全に 点にすぎない。が、その六個の″点″が直径一一百万キロの恒星を囲記述した訳です。 む重力の檻を形成しているのだ。 「われわれの課題は ( とくにケンタウルス座の球状星団で例の硅素 いわば、六つの激しい滝に囲まれた島。地底にまでつづくと思わ生物が発見されて以来ですが ) 、遺伝情報の取扱いを量子レベルま れる深い穴底の海に浮かぶ孤島だ。地底の秘境に向う探検家だ。冒で拡げることに移っています。 険の構造は何千年経っても変らない。冒険家が冒そうとする禁断、 物質像が波動函数で記述されるように、われわれは宇宙生命を量 破られるべき禁忌だけが変るのだ。だが、おれは今どんなタブーを子力学を適用して統一的に記述しようとしている訳です。実は、私 犯そうとしているのか。重力地獄の危険性か。星団内部の歪んだ空たちはひとつの理論ーー ( ヤマモトはちょっと照れをうかべて ) 間構造か。惑星の生態全部が一度に死減する風景か。 ワード ~ ヤマモトの方程式、とでもいうものですがーーをほぼ組み タキは自問した。おれはあのフィルムを見た時、何か危険なにお上げているのです。あとは実証を待つのみです。現在見つかってい いを嗅ぎ付けたはずだ。それは何か ? それは、あの若い日本人がる生命現象にはすべて適用できることは実証されています。が、同 遺伝子の構造から生命の秘密を暴き出そうとする情熱と潜在的に通じ範囲を記述し得る理論は、他にもいくつかあるのです。私たちが じ合うもののような気がした。 欲しいのは、従来の理論の適用範囲を超えた、あとひとつの遺伝情 タキはヤマモトが基地を出発する時間ぎりぎりまで、熱つぼく語報です」 幻 9
「・ハ力をいえ ! 」アイニフは熱弁をふるった。「きみはまるで、ひついた。この場合、もしアイニフが相棒のクヴォルドに襲いかかっ とりぼっちになって、しくしく泣いている子供みたいだ。きみは自た災難のほうへ精神を集中していなかったら、彼は、その多方向的 8 分の影でおびえているんだ」 超感覚で危険を予知していたに相違なかった。 そういうなり、アイニフはさも軽蔑するように、目のまえの箱を歩道のまん中に肩をそびやかして立っているこの二足動物は、青 ぐいっと突き飛ばした。箱はドサンと地面に倒れた。アイニフは、 い服を着て、不可解な物音を発している小さな箱を背負っていた。 箱の内部の部品がこなごなに砕けるさまを透視し、その音を聞い いちばん手前の走査機にはたったいま到着したが、ほかのはまだ こ 0 発見していない。これは四方から、はっきり見ることができる。ち 「もう、あとの祭りだ」クヴォルドは深刻な口調でいった。 ようどいま、向きを変えて、機械を取りもどしたところだ。きみの 「そりや、どういう意味た ? 」 前方、約二十ャ 1 ドの所だ。腕をすこし振ってみろ。いや、いや、 「その影は、すでにここまで忍び寄っているーーー聴いてみろ ! 」 それじゃ、ちょっとまずい。二、三度、右へ移動しろ。そうだ ! アイニフは相棒の頭脳と聴覚器官を通して、じっと耳をすましー発射しろー た。すると、しだいにこちらへ近づくプーンという鈍い音が聞こえ 目に見えない新来者の弓なりになった腕が、小さな楕円形の物体 た。その音は、だんたん、すさましい轟音に変っていった。 を投げ出した。投げた人間は間髪を入れず、サッと腹ばいになっ 「これは、盲目地帯を突っ切って、こっちへ飛んでくる音だ。きみて、歩道にしがみついた。 のいうその無知の箱のように、ガラスの目がついているんだ。遠隔アイニフは送波機を持ちあげながら、その楕円形の物体が爆発し 操縦装置がついているんだ。たから、ちゃんと目が見えるんた ! 」て街路を震動させるほんの十分の一秒ほど前、その物体の姿をすば 「はやく飛び立て、・ハ力者 ! 」自信を失いかけたアイニフは大声でやく透視した。 怒鳴った。 近くに停車している一台の自動車から、その前窓と横の窓ガラス 「飛び立った。もう空の上た。相当な高さを全速力で飛んでいるとが吹っ飛んだ。ラジェーターからはドッと水がこ・ほれて、へなへな ころだ。しかし、そのガラスの目のついた、翼のはえた物体のほう に曲った機械の部品のうえへ滴り落ちると、また多くの繊維体が。ヒ が先きに出発したらしい。だから、もうーーー」 ク。ヒク動いているべたべたした緑色の汚物のあいだを縫って流れだ した。 クヴォルドの頭脳は、雷鳴のような轟音が耳を圧すると同時に、 闇が消散すると同時に、広さ一平方マイルのアイオア市が、いき ブツンと断絶してしまった。アイニフはほんの一瞬のうちに、はげ なり姿をあらわした。 しい精神的緊張が猛火に包まれたような大混乱に陥るのを感じた。 アイニフは、自分の身を守る送波機を取りあげようと身をひるが えしたとたん、すぐ近くに一個の二足動物が立っていることに気が
スズダルはこれらの猫に「ードを組みこんだ。彼が組みこんだ指れを生命爆弾につめた。非合法にクノバシー装置の 0 ント 0 ール 令は、アラ「シア人を怪物に変貌させた指令に勝るとも劣らない奇を調節すると、八万トンの船を一秒転移させるかわりに、四キ 0 足 9 怪なものだった。それは次のようなものだった。 らずの荷を二百万年転移させる方法をとった。スズダルは、アラコ 形質ヲ固定スルナ。 シアの名なしの月にむけて、猫をとばした。 新シイ生理機能ヲ作レ。 二百万年過去にむけて、猫をとばした。 オマエタチハ人間ニ奉仕スル。 待っ必要がないことは知っていた。 文明化セョ。 そのとおりだった。 言葉ヲ学べ。 オマエタチハ人間ニ奉仕スル。 スズダルの創った〈猫の国〉 オマエタチノ奉仕 ( 、人間ガ呼ビカケルトキ始マル。 行ケ、ソシテ来タレ。 猫は来た。アラコシア上空のはだかの空間に、きらきらと輝く艦 人間ニ奉仕セョ。 隊がうかんでいた。小型の戦闘艇が攻撃を開始した。一瞬まえには たんなる口頭の指令ではなか「た。それらは、動物たちの分子構影も形もなか 0 た猫たち。だが今や彼らは二百万年の歴史を持っ生 造そのものに刷りこまれていた。猫とともにあり、彼らの進化をう物、その脳に刷りこまれ、脊髄に焼きつけられ、肉体と人格に刻ま ながす遺伝学的・生物学的「ードだ「た。そしてスズダルは、人類れた運命をたよりに進化してきた生物なのだ。猫たちは、言語と知 の法にそむく犯罪行為にはい 0 た。船には、ク。 / 。 ( シー装置が積性と希望と使命を持つ、一種の人間に変 0 ていた。彼らの使命は、 みこまれていた。船の完全な崩壊を避けるため、通例、一瞬ないしスズダルのもとに行き、彼を救い、彼に従い、アラ 0 シアに損害を 一、二秒用いられる時間歪曲装置である。 与えることだった。 アラ「シアのおとこおんなたちは、すでに外殻を切断しはじめて猫の艦隊は、かん高い鬨の声をあげた。 「きようこそ約東された日、待ちに待った日だ。見よ、われら猫族 彼らはかん高いホーホーという叫びをあげて、呆けたように喜びを ! 」 あ 0 ている。約東された敵の第一陣、〈老いたる地球〉に住む怪物アラ「シア人も四千年にわた「て待ちうけており、戦いの機は熟 の第一号が、とうとう目の前に現われたのだ。アラ「シアのおとこしていた。猫たちは彼らに襲いかか 0 た。猫の艇のうち一一隻がスズ おんなたちにとって宿敵であった邪悪な真人類が、つ、こ追、つ し冫、しいダルを認め、報告をよこした。 てきたのだ。 「おお、主よ、おお、神よ、おお、万物の造り主よ、おお、時の支 スズダルは平静をたも「た。猫の遺伝子に 01 ドを組みこみ、そ配者よ、おお、生命の創始者よ、すべての始ま 0 たときより、われ
え、たくましく喧嘩早く、死にものぐるいなのだ。小さな子供たち銀河系にいるのだろうか、それとも深淵をわたって、近くの銀河系 も、おとなになって恋人を持ち、妻を持ち、結婚し、娘をつくるとのひとつに着いてしまったのか ? はっきりとした結論は出なかっ 9 いった夢が、決してかなえられそうもないことに何とはなしに気づた。〈母なる地球〉では、植民団に過剰な装備を与えない政策をと っていた。たくさんの植民団の中には、急激な文化の変質をおこし しかし、アスタルテ・クラウス博士の憑かれた頭脳と燃える知性たり、侵略的な帝国をきずいたりするものもあるだろう。それらが に、世界の一つや二つ何の障害となろう ? クラウス博士は、人び地球に反旗をひるがえし、攻撃をしかけてくる可能性をおそれたか とのーー男とおんな男たち ? ーー指導者となった。彼女は人びとをらだ。地球は「おのれが優位に立っことを常に心懸けていた。 叱咤し、前進させた。生き残るすべを教えた。彼ら全員に冷酷な眼アラコシアの第三、第四、第五の世代は、まだ人間といえた。そ をそそいだ。 のすべてが男性だった。彼らには人間の記憶があり、人間の本があ ( もし彼女に憐みの心があったなら、人びとをそのまま死なせてい り、まだ「ママ」「妹」「ガールフレンド」といった言葉を知って ただろうだがクラウス博士には憐みの感情はなかった ただ優いた。だが、それらが指示するものを、もうはっきりと理解しては よ、つこ 0 秀で、非情で、自分を減ぼそうとする宇宙に対して不敵なだけだっ しノ、力ー た ) 人体は 1 四百万年の歳月をかけて地球上で発達してきたものであ クラウス博士は、入念に大系化された生殖法を遺して死んだ。男る。したがってその内には、途方もない資質、脳よりも、人格より 性の組織の一部を、外科的に腹部に移植する方法である。腹膜のすも、個々人の望みよりも偉大な資質が隠されている。アラコシア人 ぐ内側には、腸をいくぶんわきに押しやるようなかたちで人工子宮の肉体は、一おのれのために決断を下した。女であることが即座の死 があり、人工的な化学反応と、放射線と熱を利用した人工受精によを意味し、ときおりまじる女の赤んぼうも死んで生まれ、そのまま って、男が男の赤ん・ほうを産むことが可能になるのだ。 埋められるの・で、肉体はみずからを調節した。アラコシア人の男た 女がみんな死ぬのなら、女の赤ん・ほうを産んだところで何の益がちは、男であり女になったのだ。彼らはみずからを「クロプト」と あろう ? アラコシア人は生きつづけた。第一世代は、悲嘆と失望いうみにくいニックネームで呼んだ。家庭から何ひとつあたたかい のあまり半気ちがいになりながらも、悲劇に耐えぬいた。通信カプものが得られないため、アラコシア人は居丈高に歩く雄鶏となっ セルを送りはしたものの、彼らは、それが六百万年たたなければ地た。彼らは愛の中に殺人をまぜ、歌の中に決闘をとかしこみ、武器 球に届かないことを知っていた。 を研ぎ、まともな地球人には理解を絶する奇妙な家族制度の中で、 新参の植民者であった彼らは、他の船よりもさらに遠くをめざす生殖を行なうようになった。 ことに賭けたのだ。住みやすそうな世界を見つけはしたが、はたし しかし彼らは生きぬいた。 てそこがどこなのか、彼らには正確につかめなかった。まだ故郷の あまりにも非情、あまりにも苛烈な彼らの生存手段には、たしか