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検索対象: SFマガジン 1976年2月号
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1. SFマガジン 1976年2月号

スとして捉えすぎていたといった方がいし 物語るものは、ほかにないかもしれない。 渋であった。 そんなところへ、まさに晴天の霹靂とも かもしれない。企画段階で十分に話しあい ありとあらゆる処理しがたい感情が、後 もし、それそれの作家はーーとくに作 いうべき事件が、降って湧いた。いうまでから後からぼくの脳裡に湧きだした。驚き 、家たちの場合はーーそれそれにテーマも背もない その三月はじめ、小松左京の処があり怒りがあり、口惜しさがあり挫折感 ・景も、すべて自分のものにしていたはずだ女長篇『日本ア。ハッチ族』が、光文社からがあった。憎しみさえもが、あったにちが し十 / し った。何よりも、久しく待っていた長篇た〈カツ。、 ノ・ノベルズ〉の一冊として、大々 けに、つよい創作意欲に燃えていた。多少的な鳴りもの入りでーー例の神吉流創作出感情の激動がややおさまって、冷静さが のずれはあるにしろ、そう遅れないで、で版を象徴する全段ぶち抜き広告という大宣戻ってくると、どうしてこういうことが起 " きるはずだ いやできないはすはない。 伝とともに、発売されたのである。 こったかを、醒めた気持で、執拗に探りは そんな勝手な胸算用を、いっしか・ほくはし正直、・ほくはショックを受けた。その大じめた。そうしてみれば、思い当ることは ていたのだ。 広告をひろげて見ながら、脳天から血の流幾つもあった。どんな顔触れが、どんな動 それだけに、一九六三年が暮れ、新年がれ出る思いをしていた。何のいわれもない機で、どういうプロセスを経てここまで事 〕明けても、まだ全く刊行予定が定められなのに、横面を張り飛ばされた思いでもあつを運んだのかが、たちまち推測できた。よ いことに、・ほくはかなりいらだっていた。 た。それは、その当時・ほくのまだ知らなか くもここまで、みごとに「やられた」もの どうしても、四、五月頃からは出発したか った、しかし、編集者ならばやがては知らだと思った。 なければならない とくに資本力のない じっさい、・ほくが : : : 人もあろうにこの にがいにがい苦ぼくが、光文社でのこの本の進行ぶりにつ この項を書くために、・ほくは古いマ中小出版社の場合には いて何ひとっ知らなかったというのは、不 ガジンのファイルを引きだしてみた。そし て思わず声をあげて笑いだしてしまった。 思議であった。迂闊だったと、抜けていた のだといわれれば事実まさにその通りだっ 一九六四年四月号 ( 二月刊 ) には〈四月より た。下世話にも蛇の道はヘびといってある 刊行予定〉と銘うったシリ 1 ズの広告が載ド のに、他の分野の出版物ならばとにかく、 っていた。それが、六月号には〈五月より刊 の分野で、それも長篇の出版で、 計行予定〉七月号には〈六月より〉八月号に ・ほく自身がその最初のシリ 1 ズを一年も前 は〈七月より〉九月号には〈八月より〉十 から手がけていながら、そのシリ 1 ズの一 月号には〈九月よりいよいよ刊行〉と、ほ第 番の目玉作家が、他社の本を書いていたこ " ぼ一カ月すつずれながら、半年のあいだ執 とを嗅ぎ当てられなかったというのでは、 念ぶかくつづけられていたのである。その ~ 一 ときの・ほくの、まさに〈執念〉と化したシ 話にもならなかった。暙天の霹靂なんても のじゃなく、鳩が豆鉄砲をくらったあわて リーズ刊行へのあせりを、これほど雄弁に 小松左京氏

2. SFマガジン 1976年2月号

ぶりだったのかもしれない。 ぼくは仲間のつもりでいたが、結局、当き、筒井康隆が、こんな意味のことをぼく しかし、考えてみれば、おそらく、当時時のぼくは編集者だった ~ 編集者としてこ 冫いったことがある。「福島さんは、どう そのことを知らなかったのは、ぼく一人だの、いろいろな意味での限界を山ほど背負して、わざわざジ、ヴナイルの分野に他人 ・けだったのだ。他の作家たち、翻訳家たっていた。仲間と思いこむのは、飽くまでを紹介して、商売仇を増やすようなことを ち、の仲間たちの多くが、どうやらそもこっちの勝手だったいやことによったするんです ? 」・ほくはそのとき、たしか、 のことについて、多少の知識はあったらしら、仲間らしいことを自分ではしているつ 「マガジンの稿料をカーするため」 い。つまりぼくは、故意につんぼ棧敷に置もりでいて、その実は、編集者の枠を一歩と答えたはずだ ) かれていたわけだった。たしかに迂闊ではも踏みだしていなかったのかもしれない。 を書いて、作家として世に出ようと 〕あった。だがそれは、ある意味で不可抗力編集者としての努力も、もちろん、足り決意していた作家たちにとって、生活の頼 " 的だった。それほど大勢の仲間が、それほ なかったろう。前にも書いたが、マガりにあまりならないマガジンは、たし ど口を割るまいと決意している中では、ぼ ジンの原稿料は、この頃も、依然としてきかに、心細い存在だったろう。まして、 くでなくとも、一杯食わされて不思議はなわめて安く、マーケット・プライスをはるによって、積極的な自己主張をすること かに下回る額でしかなかった。作家たに自信を持ち、書くべきもの、書かれるべ それにしても : ・ ・ : なぜぼくが、人もあろちは、生活の糧の大半を、以外の分野く作家の魂の中でふつふっと煮えたぎって うになぜぼくが、そんな目に合わされなけでーー・あるいは、ジ、ヴナイル部門で稼ぎ いたものをいつ。よ、こ 冫し冫かかえた野心的な作 ればならなかったのか。ぼくは、少なくと ださなければならなかった。ぼくは、ぼく家にとって、それは、何とか打開しなけれ 〕も、そんな仕打ちを受けなければならない なりの努力はしたものの、小出版社の悲しばならない不満な状態だったにちがいなか っこ。 ほど、の仲間の怨みを買うようなことさ、マガジン編集製作費自体がひくく はしていないはすだった。・ほくが、この事押さえられていたから、原稿料は、雀の涙そこへ、そうした条件をみたす状況が、 件で受けた最も大きなショックは、むしから、鳩の涙くらいにしか上げられなかっ とっぜんむこうから現出した。その出版社 ろ、他社に大事な企画を抜かれたというこた。ぼくなりの努力の一端を知って貰うだ は、スケールも大きく、すでに記録的ベス とよりも、仲間に、理不尽な扱いをさけのため、本来は書かでもがなのことをち トセラーを数多く出版した経験を持ち、じ れた、ということだったかもしれない。甘よっとたけ書くと、・ほくは、ジ = ヴナイル っさいそうしたベストセラーの一冊に、必 っちょろいことをいうようだが淋しかつの分野に多少顔がきくようになっていたのらずしてみせると約東した。初版部数も、 た。胴震いのくる、荒涼たる寂寥感があつを幸い、少年雑誌の企画などにチャンスが早川書房で期待できるよりもはるかに大き た。一人ぼっちだと感じた あると仲間を紹介したーー・その方で、かったし、それにともなう宣伝もケタちが いや : : : わかっている。 マガジンの稿料の安さを力。ハーしようとい いのはずだった。 すべては・ほくの一人よがりかもしれなかう下心からであった。 それは、一生に何度とは訪れて来ないチ ( 思いだしたことを、もう一つ。あると ャンスだった。それに飛びつかない法はな 280

3. SFマガジン 1976年2月号

の速さが光の速さに近づくに従って、静止している者からみた物体数の歳月が流れ去っていた。唯一の同胞感は、同じ宇宙船内にだけ あった。唯一の希望は、いっか誰かが別の方程式を発見して、あ の質量は無限大に近づき、物体に属する時間はゼロに近づく〉とい ということだけであった の障壁を取除いてくれるかもしれない、 う、アレではないか。 おやじはチラッとこちらをうかがうようにしてから、 ートの『宇宙航路』だよ。ぼくの作品 「いいですか、あら筋を読みますよ。〈 : : : 浩一は長期航路の宇宙「なんだ、それ、ロン・ 船ニ、ーウェ 1 ヴ号にさらわれた。しかし意気地なくそれに甘んじじゃないよ」 るような男ではなかった。その船が恒星間の広大・で空虚な闇を驀進ばくは完全に思い出した。 何者です、そいっ ? 」 しつつあるあいだにも、それを占領しようと計画したが、・そのとき「ロン・ハ・、ート ? おやじは疑わしそうな目を、こちらに向けた。 突然ーー・彼は決して二度と彼の知っている世界には帰ることができ よい、という不気味な真実に気がついた : : : 〉ざっとこういう筋書 「日本しゃ馴染みが薄いけど、古い作家さ。もっとも、かなり きですよ。どうです、思い出しましたか」 前からダイアネチックスとかいう科学宗教の教祖におさまって、ほ ( なんだか聞いたことのある話だな ) とんど書いてないようだけどね」 L. Ron Hubbard "RETURN 日 0 TOMORRO ′ミ ・ほくは考えこんだ。 4 年に発表され、二年後に日本で翻訳が出た。昔なっかしい元々社 「ついでに前書ぎも読んでみましようか。そして、〈空間は深い 人間は小さく、時間はその無慈悲な敵である。記憶にない遠い昔版『最新科学小説全集』のトップ・ ( ッター ( 尾浜惣一訳 ) だった。 思えば、ぼくが通俗ハ 1 ドと出会った最初の作品だったかもし に、始めて人間は障壁を発見した。空間旅行が開始される以前に、 障壁がそこにあることを知っていた。それは方程式であった : : : 〉」れない。物理学の方程式が、ロマンチックな物語になりうる、とい う発見が、当時しばらく・ほくを酔わせたものだった。光速宇宙船に 「待てよ。それはたしか : : : 」 さらわれた主人公が、旅を終えて地球に帰ってみると、未来を誓い ・ほくの頭の中で、何かが動き出していた。 あった恋人はヨポョボのモウロク婆さんになってしまっており、住 おやじは構わず読みつづけた。 という趣向 「〈 : : : 一世紀を不在にした者は、うまく帰ってくることはできなみなれた町はまったく知らない世界に変っていた い。彼はあまりに何も知らない。知合いは死んでしまっている。彼の、未来版・浦島太郎物語だった。と記憶している。いまふうにい が落着く場所もなければ、適応する余地もない。そして光速旅行者えば、主人公のいわゆる " デラシネ。の悲哀が胸にしみて、自分も にとっては、最初は一つの冒険をやろうという気だったのかもしれひとっこういう物語を書いてみたいなあ、と真剣に考えたことはあ もう一度、長期航路に飛びるが、実際に書いた覚えはない : ないのが、常に同一の結果に終る。 「とすると、こいつは盗作というわけですか。まああんたがハート 出すのだ。旅行者はいつまでも若いのに、彼らの背後ではさらに無 8

4. SFマガジン 1976年2月号

をそらした。むかでは、いままさに食事を終ろうとしていた。今回 は、すぐに視界の外へ消えてしまわず、洞窟からもはっきりみえる洞窟の入口には、熱による膨脹と収縮のためにできた深い割れ目 6 がいくつもあり、ちょっと力をいれるだけで、先のとがった、かな 大きめの砂丘の頂上へ、流れるように移動すると、ぜんまいのよう にとぐろを巻き、その上に頭をのそかせた。その位置からだと、ほり重い破片をひとつ、はぎ取ることができた。それを右手に持ち、 とんどあらゆる方向が見えるし、またその高さから推して、かなり左手の生物を仰向けのまま地上におくと、そいつが何かみそおちに 遠くまで見晴らしがきくことはたしかである。 あたるようなものをもっていることを祈った・ むかでが一応落ちつき、男どももまだ、こっちからまる見えの場が、そいつは意外とすばやかった・甲殻の背の中央を支えた手に 所で働いているので、カニンガムは、ここらでひとっ標本を研究しは、脚がとどかなかったが、地面をつつばるには充分で、右手をふ りおろすよりも早く、くるりと起きなおると、さっきむかでからの てみようと決心した。もよりの壁のそばへいき、身をかがめると、 注意深く塵の中を手さぐりした。すぐに獲物にぶつかり、もがきまがれてきた速さも顔色ないほどのスピードで、逃げ去ってしまっ わるその黒い蟹を、明るいところへ引きずりたした。裏がえしにした。 て手のひらにのせると、その脚はどこにもとどかない。はげしくも カニンガムは背をすくめ、それから、べつの標本を掘りだした。 がいてはいても、その下面をじっくりと観察することができた。ば今度は、手に持ったまま、その腹甲に、岩の先を打ちおろした・見 クラッシャー くばくと開閉しているそのあごには、ひと組の粉砕機がついておたところ何の効果もない・殻をくだくおそれがあるので、あまり強 り、その食物になっているあの植物の奇妙な性質がわかるような気くは打たなかったのだ。さらに何回か打ってみたが、結果は同じ がした。宇宙服の金属の指でも、ペちゃんこにされそうにみえたので、だんだんがまんができなくなってきた。そしてとうとう、彼 で、カニンガムは手を近づけないように注意していた。 の心配していたことが起こった。黒い装甲がこわれ、岩の先が、内 空気のないところで生存できるというその内部のメカニズムに興部の器官をめちやめちゃにしてしまうほど深くつきささったのだ。 味がわき、こいつをあまりひどくこわさずに殺すにはどうするかと一一、三回、脚が最後のひきつりをみせたあと、そいつは動かなくな しう問題にゆきあたった。そいつの体温は、宇宙服の手袋を通してり、カニンガムは、こん畜生とつぶやいた・ も熱く感じられるほどだったが、エネルギー源であるはずのテネブ それでも期待に胸をふくらませながら、彼はその穀の破片をとり の直射なしでも何時間も生きていられることは明白で、どうやら暗のそき、その体腔を満たしていると覚しい液体を、しばらくのあい 闇を利用して「溺死」させるわけにもいかないようだ。しかしながだ驚異の目で見つめていた。銀色の、金属のような感じだ。水銀か ら、からだのどこかには、ひと打ちして気絶させるか殺すかできるもしれないが、体内の器官をぬらしており、温度はどうやらその金 場所があるかもしれない。何か適当なえものはないかと、彼は周囲属の沸点をこえているらしい。そのことを知ったとたんに、カニン を見まわした・ ガムは、いきなりしたたかに打ち倒され、何かが彼の手から、死ん

5. SFマガジン 1976年2月号

クレット・・フックの『世界女優恥部図鑑・立体版』の撮影スタジオ ? 」という疑問が浮かんで、おやじにそれを問いただす余裕があっ なんでございますよ」 たのは、年の功というものだろうか。 ( あ、ここがあ : : : ) 「もちろんでございますよ。私どもは、そんなインチキな商売は致 ・ほくは息を呑んだ。 しておりません。あんたのハードじゃあるまいし」 「さてと。うまく撮れてるかな」 おやじが答えている間に、・ほくの手の中で、・のソレが、透 おやじは伸びあがって、天井の隅にセットした器具をいじって、 し明になってはまた実体化した。 「でも、一体どうやって ? : : : まさか彼女たちがこの〈ゅめの湯〉 「うむ。見事だ」 へ入浴に来るはすはないし : : : 」 と満足そうにうなずいて、カラーのネガフィルムを宙にかざし「おやまあ、あんた、さっきは一体何をごらんになってたんです た。ぼくも伸びあがってそれをのそいたが、桃色や紫色が徴妙に入 か。店の表をそろそろと彼女たちが通ったのに気がっかなかったん りくんでいて、どこが見事なのか、さつばり判らない。 ですか」 「やつばりビアノを演奏しているときなんかが一番芸術的に撮れま「え ? 」 すな。これはおそらくラヴ = ルでしよう。こっちがシ = ーマンか「仕方のない人ですな。ほら」 な」 おやじは片眠をくりぬいて、眼窩から 8 ミリ映写機を取出し、床 おやじはなおも丹念にネガを点検している。 に、さきほど店の前の露地を通って行った女どものビデオを映しだ ・ほくはスタジオを見回した。 した。 周囲にキャビネットがあり、それそれ「フランス」「アメリカ」 「ね、そこにいるのが—・ちゃんでしようが。その後ろが O ・ 「日本」などと標識がついている。どうやら中にネガ類をしまってちゃんで、その隣りが・ちゃん。結婚して体の線がだいぶ崩れ あるらしい ましたな。でも、腰の張りは : : : 」 「ちょっと開けてみていいですか」 ( なるほど ) ぼくはそう断わって、「日本」の部の抽出しを引っぱった。一番・ほくはもう一度、片唾を呑んだ。本当に自分は何を見ていたのだ しわ A っ . ? ・ 手前は「清純スター」となっており、・・・ co と、 った美女のソレが、ぎっしりと詰まっていた。 「要するに、彼女たちの夢のなかへ忍びこむのがコツなんですよ。 夢書房のカタログに『世界女優恥部図鑑・立体篇』というのがあまあそこのところは、夢書房独特のノウハウですから、詳しいこと るのは知っていたが、実物を見るのは初めてで、・ほくはすくなからは申し上げられませんが : : : 」 ず昻奮した。しかし昻奮の間にも「これは果たして本物だろうか おやじは 8 ミリ映写機を元通りにしまい、腕時計を見た。 ー 70

6. SFマガジン 1976年2月号

レアード・カニンガムは、わざわざ返事などしなかった。船のラ浅い谷の中へ目を向けた。星明かりでは、ほとんど何も見わけられ 0 ジオコン。ハスは、まだちゃんと動いているはずだし、それによってないが、マルメソンが夜のあいだに修理をはじめたことを示すよう っ 4 方角がわかれば、かっては部下だった彼らが、捜索に出てくるおそな、人工の灯らしいものは、見えていない。修理をはじめるとも思 れもあった。カニンガムは、現在の避難所にすっかり満足しておえなかったが、たしかめておくにこしたことはなかった。彼の脱出 り、これからの事態の推移など、あまり気にならなかった。ここをはじめて知ったときの、連中の最初の罵声を聞いてからこのか は、不時着している船から、半マイルとは離れていないし、小さな た、宇宙服のラジオには何の音もはいってきていない。おそらく、 丘の斜面にあいたこの洞窟は、デネプが空にのぼったときにも、そ船体にこうむった損害を、正確に測定しようとして、夜明けを待っ の陽ざしをさけるに充分な深さがあり、また先方から身をかくしたているのだろうと、彼は思った。 まま、マルメソンとその相棒の動きを監視することもできた。 つぎの数分間を、彼は空の星・ほしを、目じるしになる星座のかた むろん、ある意味では、あの悪党どものいうことは正しい。カニちにまとめようと試みながら過ごした。時計は持ってきていない。 ンガムの立場としては、このまま自分をおいていかせるくらいなそれさえあれば、長い夜のあとにつづく夜明けの訪れを、前もって ら、宇宙服のフェイスプレートをあけてしまうほうが、まだましと知ることができたのだが。デネブの放射に対する、この宇宙服の防 いうものだろう。一応標準消費量で数日ぶんの食料と酸素は用意し護の弱さを思うと、いまこの洞窟から出ていくわけにはいくまい。 てあるものの、それが底をついたとき、この銀河系内でも最強とい もっと丈夫な労務用のをひっさらってこられるとよかったのだが、 える天体の熱放射に焼かれた、月よりさして大きいとはいえない惑それは、操縦室の前の区画にしまいこまれており、後者のドアを封 星上では、それ以上の供給などのそむべくもないからだ。彼は考えじてしまった以上、とりにいくことはできなかったのである。 るーーー不時着から、彼らの企てを知ったときに熔接しておいた操縦彼は洞窟の入口にじっと横たわり、空と船とをかわるがわる眺め 室のドアが打ちゃぶられるまでの数分間に、操縦ュニットに加えてつづけた。一度か二度、うとうととした。が、船体の向こうの低い おいたダメージを、彼らが見つけだすまでには、。 とのくらいの時間丘の頂きに、日の出の最初の光がさしたときには、しやっきりと目 カかかるだろうか。あるいは、まったく気づかないかもしれない。 をさましていた。青白い光の洪水が、丘のスロープを這いおりてく 彼は、目立たない部分のコネクションを、思いがけぬような箇所る一分か二分のあいだ、その頂上は、はじめ、まっくらな虚空の中 で、いくつも切断しておいたのだ。亀裂のはいった船体の修理を終に、びとつずつ、ぼつりぼつりと浮かびだしてくるようにみえ、や えるまで、たぶん彼らは、操縦装置をテストもてみようとさえしな がてその光はたがいにつながりあい、そして麓までくだって、まと いだろう。まったくテストしなければ、そのほうがずっと有難いのまった風景をかたちづくった。銀色の船体はギラギラ輝き、そこか らの反射が、カニンガムの背後の洞窟内にもさしこむ。船のエアロ カニンガムは、洞窟の入口まで這いだすと、船の横たわっているツクが開くのを見さためようとすると、目に涙があふれてきた。

7. SFマガジン 1976年2月号

スポーツはあそこではまだ新 「ところで、ジ、、 「多くの人は知らないでしよう。 ー、なんだね ? 」 「アイデアがあるんです、隊長殿。南方大陸に着ける方法があるんしいのです。サンテ・スポーッドームで行われるだけですが 太陽系中で最も優秀な空気力学者は火星にいるのです。そこの大気 ですーーー南極までもね」 で飛ぶことができるならば、どこでも飛べるのです。 「聞いてる、具体的にはどんな案なんた ? 」 そこで、わたしの考えは、金星の人びとが専門知識を動員してよ 「えー : : : 飛ぶんです」 「ジミー いや、きみの気狂い い機械を作れるとするならば、月ではうまくいくと思うのです 、そんな案なら、五つも聞いた。 じみた案をいれれば、もっとた。宇宙服に推進機をとりつける可能何しろ、重力は金星の半分なのですから」 「もっともらしい話だ。そこでぼくたちを助ける方法だが ? 」 性をためしてみたが、空気の抵抗があって駄目なんだ。十キロもい ーにたくさんのロ ノートンはさぐりをいれはじめていたが、ジ、、 かないうちに燃料を使い切ってしまう」 ー。フをなげようとはしなかった。 「そのことは知っております。が、答えもあります」 「ローウエル・シティにいる友だちと会社を作りました。かれらは パック中尉の態度には、自信と抑えにおさえた興奮がいりまじっ ていた。ノートンはすっかりまごっいてしまった。この・ほうやはど誰もみたこともない、洗練された曲技飛行機を作りあげました。月 んな面倒をもちこんできたのだ ? 論理的でない案をこの部屋でたの重力下、オリン。ヒック・ドームの中では、センセーションをまき おこすでしよう」 そうものなら、司令官に一笑に付され、つまみだされてしまうのに。 「つづけたまえ。その案が実行されれば、きみの昇進を前にまでさ「そして、きみは金メダルをもらう」 かの・ほらせようじゃよ、 「そうありたいものです」 半分約東で、半分はジョークの提案は、ノートンの期待通りには 「きみの考えを系統だてて正確にたどってみよう。六分の一の重力 受けとられなかった。ジミーはむしろ気よわに笑い、くだらぬことで、ルナー・オリン。ヒックに入れる空中自転車は、無重力のラーマ を話してから、主題に関して遠まわしなさぐりをいれた。 のなかでは、もっとセンセーションをまきおこすだろう。北極から 「隊長殿、わたしが昨年のルナー・オリン。ヒックに出場したことは南極まで軸にそってまっすぐとばすーーー帰ってくることもできる」 ご存じですね ? 」 「そうですーー・・簡単に。止まらすにいって、片道一一蒔間はかかりま 「もちろんだ。残念ながら優勝できなかったがね」 す。もちろん、軸のそばを飛んでいるかぎり、すきなときに休むこ 「機械がわるかったのです。原因は知っています。火星にいる友だとはできます」 ちで、秘密裡に飛行機の研究をしている男がいます。わたしたちは「すばらしい考えだ。おめでとう。その空中自転車は正規の宇宙調 みんなをびつくりさせてやろうと思っていたのです」 査用の機械で作るんだろうな ? 」 「火星 ? 知らんな」 ジミ 1 は的確な言葉を探しているようだった。数回口をひらいた 2

8. SFマガジン 1976年2月号

文をかかえていた。しかし 〇四号棟から立ち退いていただきたいという内容です」 8 「実はそれで、いやな経験をしちまったんだ、シャーマン」と、ジ 4 「しかし、どうして ? 」ジョージは面くらってききかえした。「い ヨージはうちあけた。「こないだ、あるドラッグストアへ行ったと ままであんたらはなにも文句をいわなかったじゃないか」 「その理由は、お宅に混血の赤ちゃんが生まれたからです。いまにきだ、むこうが減量ベルトの大量注文をくれたもんで、おれは興奮 遊びざかりの年ごろになられたときに、わたしたちの子供が妙な影のあまり : : : 」ジョージは言葉を切った。「な、あとはわかるだろ う ? 変身しちまったんだよ。百人もの客のいる前で。それを見た 響をうけてもいけませんのでーーー」 とたん、バイヤーのやっ、注文を取消してしまいやがった。おれた ジョージは彼らの鼻さきへ、たたきつけるようにドアを閉めた。 しかし、それでも圧力はひしひしと感じられた。隣人たちの敵意ちみんなが恐れてるあれさ : : : あれだけはその場にいなけりやわか が、まわりから押しせまってくるようだった。ジョージはやりきれらない。連中のおれに対する態度がガラリと変わったからね」 シャーマノよ、つこ。 、をしナ「だれか、おまえの代りに販売をやってく ない気持になった。ちきしよう、おれがこの前の戦争でムキになっ ・、カにしやがつれるやつを雇えよ。生粋の地球人を」 て戦ったのは、あいつらを助けるためだったのか。ノ むっとして、ジョーノよ、つこ。 、、をしナ「このおれだって生粋の地球人 て。 一時間後、彼はまたもやの本部に腰をすえ、ビールをのみだぞ。それを忘れてもらいたくねえな。ええ ? 」 がら、やはりプローベルと結婚している仲間のシャーマン・ダウ「おれのいった意味はだな、ただー・ー」 「おまえのいった意味はわかってるさ」ジョージはいうと、シャー ンズを相手に、ぐちをこ・ほしていた。 「シャーマン。もうだめだよ。おれたちはみんなに嫌われてる。どマンめがけてパンチをふるった。さいわい、彼のこぶしは空を切 こかへ移住しなきや、どうにもならん。こうなったら、タイタンへり、そして興奮のあまり、ふたりとも・フローベルの姿にもどってし まった。ふたりはしばらくむかっ腹でじわじわと相手の体に浸みこ 行ってみようかと思うんだ。ヴィヴィアンの世界へ」 「おい待てよ」とシャーマンがとめた。「おまえがけつを割るなんみあったが、やがてほかの仲間が駆けつけて、ようやくのことでひ て悲しいよ、ジョージ。でもさ、あの電磁式の減量ベルトが売れかき離した。 「おれは正真正銘の地球人だそ」ジョージはシャーマンに向かっ かってきたんだろう、やっと ? 」 ここ数カ月、ジョージは、ヴィヴィアンに設計を手つだってもらて、・フローベル流に思念放射した。「そうじゃないってやつは、片 つばしからペちゃんこにしてやる」 った複雑な電子体重減少ベルトの製造販売に、手を染めていた。こ ・フローベルの姿では、自力で家へ帰れなかった。しかたなく、彼 の装置は、タイタンで愛用されているが地球には知られていない、 はヴィヴィアンに電話して、迎えをたのんた。しまらないこと、お あるプローベルの発明品の原理を拝借したものだった。そして、こ んどの事業は好調だった。ジョージはすでに捌ききれないほどの注びたたしい。

9. SFマガジン 1976年2月号

一つの未来は決定された。ドラゴンフライ号は、けっしてその性能とどれぐらいすれば目を開けても安全だろうかと考えているとき、 だしぬけにすぐ身ちかで、なにかをかみ砕くような音がした。その を月面で示すことはないだろう。 音のほうへごくそろそろと頭を向けてから、かれは思いきってまた あと百メ 1 トル。対地速度は許容できそうだが、どれぐらいのス 。ヒードで落下しているのか ? しかし、一つだけ運のいいことがあ目をひらきーーー・そして、あやうく意識をふたたび失いかけた。 るーー・地形は完全に平坦だ。渾身の力をふりし・ほって、最後の推カ五メートルたらずのむこうで、大きいカ = に似た生き物が、あわ れなドラゴンフライ号の残骸を平らげているようすなのだ。分別を をつけよう。用意ーーーはじめ ! 右の翼が、その義務を果たし終って、ついに根もとからもぎとれとりもどしたジミーは、ゆっくりと静かに体を横にころがして、怪 た。ドラゴンフライ号は横転に移り、それを防ぐために、かれは全体物から遠ざかりはじめた。いまにもはさみで捕まえられるのではな いかと、胸がどきどきした。むこうが、すぐ隣にうまそうなごちそ 重をかけて、ス。ヒンに抵抗した。かれが十六キロ彼方のアーチのよ 。しかし、怪物はかれに一顧も うがあるのを発見したら最後だ : うに弧を描いた風景をまっすぐ見つめているとき、衝撃がおそった。 空がこんなにも堅いのは、不公平でしかも不合理なことに思われ与えなかった。相互の距離が十メートルまで開くのを待って、かれ は用心深く上体を起した。 さっきよりも離れたここからだと、相手はそれほど恐ろしくは見 えなかった。低く平べったい体は、幅一メートル、長さ二メートル 第二十九章最初の接触 ぐらいで、三つの関節のある六本の脚に支えられている。ジ は、さっき相手がドラゴンフライ号を食べているように思ったの れるよ パックが意識を回復して最初に気づいたのは、」 うな頭痛だった。かれはむしろそれを歓迎したい気持になった。すが、まちがいなのを知った。事実、どこにも口らしいものは見当ら ない。怪物がやっているのは、実は手ぎわのいい取り壊し作業たっ くなくとも、まだ自分が生きているという、それは証しだ。 それからかれは身動きしようとしたが、とたんに体の節々の多種た。鋭いはさみを使って、飛行自転車をこまぎれに切り刻んでいる 多様な痛みに見舞われた。しかし、ためしてみたかぎりでは、どこのだ。つぎに、不気味なほど人間の手に似かよった、ずらりと並ん だ操作肢が、そのこまぎれを拾い上げて、生物の背中の上へ山に積 の骨も折れていないらしい そのあと、かれは思いきって目を開けてみたが、すぐに閉じてしみ上げてゆく。 だが、こいつは動物だろうか ? それはジミーの最初の反応だっ まった。この世界の内壁にそった帯状太陽を、まともに見つめたの たわけだが、いまかれは再考にとりかかっていた。相手の行動には、 に気づいたからである。頭痛の治療には、ちょっとおすすめできか 5 ねる眺めだった。 かなり高い知能をほのめかすような目的意識がある。純粋に本能だ かれがまたその場に横たわり、体力がもどるのを待ちながら、あけで動く生物が、飛行自転車の残骸をこんなにていねいに収集する

10. SFマガジン 1976年2月号

すぐに、スイッチ回廊から下の地下鉄と通話のできる通信装置がてみるかだ」 とりつけられた。線がつながると、ジャッコがまず呼出しをかけて「あなたのことばを、わたしが誤解しているのならいいとおもいま きた。 す、ジャッコが言った。「一瞬あなたが、どのようにうごくかもわ 「フリツツ、こちらの列車調査は暗礁にのりあげています。このば からないこのタズーの地下鉄を、うごかしてみようと言っているの かげた機械は分解できません。おのそみならわたしの気が狂ったとかと思ってドキッとしましたよ」 言ってくれてもいいですけれど、誓って言いますがこの列車ははじ「おれが言っているのはそのとおりのことだ。どのようにうごくか めから全体がまるごと鋳造されたものであって、可動部分までふくを知るには、うごかしてみるより簡単な方法が何かあるか」 めて、部品でくみたてられたものじゃあないんです」 「この計画を抜けることはゆるされているのですか」ジャッコがた 「そんな複雑なかたちのものが、鉄で鋳造されているんだって ? 」ずねた。「それとも、自殺以外に逃れる方法はないんですか」 フリツツがうたがいぶかい口調で問いかえした。 「逃避主義的に本当に死にたいというのなら、上官にたたきのめさ 「鉄じゃありません」ジャッコが言った。「わたしのまちがいでなれて死にいたるという方法もある。この回廊の動力線がっきとめら ければ、チタン製です」 れたようだし、主要な入力線がどれであるかも確実にわかったと思 う」 「なおさら事態がややこしくなる」フリツツが言った。「いいか 二百万年も前に絶減した文明の遺物が、ハンマーやパイプレンチで「で ? 」 簡単に分解できると考えているなら甘すぎるそ。望みは・せんぜんな「で、それを源まで追跡しようと思う。そうすれば本来の動力製造 いのか」 プラントを再稼動させられるかさせられないか、調査がはじめられ 「原子水素トーチか、カッティングレーザーをつかって二インチのる。調達できる人員全員に入力線を追跡させるんだ。ジャッコ、き スライスに切りきざむことならできますが、ネヴィルがこの案をよみが監督してくれ。おもいだすんだ。もしナッシ = の期限にまにあ ろこんでみとめるとは思えないです」 わせるつもりなら、三カ月以内に全部のものを稼動させなければな 「そんなことは」フリツツが言った。「おれだってみとめられならないんだそ」 い。ジャッコ、計画を放棄して上にもどってこい。し 、ずれにしろも「わたしはまだ、時間の無駄のように思えます」ジャッコが言っ っといい案をおもいついた」 た。「いままでの研究結果が正しいとすれば、タズー文明は動力不 「こんどは何を計画しているんですか、フリツツ」 足のために減亡したのです。その二百万年ばかり後に、動力源が発 「こういうふうに考えてみた。あるひとつの機械装置の機能を知ろ足できるはずはないです」 うと思ったら、方法は二通りある。つまり分解してその部品の性質「量の問題がからんでいるのだ」フリツツが言った。「タズー人が から機能を一生懸命考えるか、それとも単純にその機械をうごかし必要とした動力は文明全体をうごかすための動力だったが、われわ 8 6