リーミンの本に触れ の関心も払わなかった。かれらの一人の腕が、 くらますことができるんです」 「さっきのあれは、目でおれたちを探していたのではないのか ? 」たほどだった。そのまま、二人の前を一団になって、かれらの船の 「たぶん。目のようなものはあっても、それは補助手段でしよう下へいそいでいった。 かれらが直接、自分たちの目で見て、自分 ね。あなたのことを、しきりに触っていたもの。それでも、わから「わかったでしよう ? たちで判断して行動しているのではないということが。かれらを指 なかったわ。それは生物体ではないと判断したからなのでしよう 図している何かには、今、あたしたちの姿が見えていない、という ことでしようねー シンヤはうなった。 「指図している、というのがさっきの : : : 」 「この妙な布は、その目的のために作ったものか ? 」 「いえ。あれではないでしようね。あれも、またただ命じられたま 「これは完全なエネルギー絶縁体なのよ」 熱エネルギ 1 、電気工ネルギー、化学工ネルギーの伝導を完全にまに作業をしているだけでしよう」 しくら厳重なチェックをくりかえし「すると、命令を与えている存在が別にいるというわけか ? 」 さえぎってしまう物質ならば、、 リーミンは強くうなずいた。 ても、それにつつまれた人体を、生命体と判断することは不可能か もしれない。 「かくれみのか ! 」 やがて、戦士たちを収容し終った帆船は、なわばしごを巻き上げ ると、ゆっくりと上昇しはじめた。推進機関らしいものは何も見え 「でも、相手に目があってはだめね」 二人は階段を上り、地上へ出た。地上施設はすべて完全に廃墟とオし よ、。空中から目に見えないカでつり下げられているように、水平 化していた。 に船体を保ったまま、音もなく上昇してゆく。やがて豆粒ほどにな り、数十秒後には青い空へ溶けこんでいった。 破壊された建物の角を回ったとき、巨大な帆船の船尾が見えた。 舷側から垂らされた何本ものなわばしごを伝って、戦士たちが乗船 してゆく。 そのとき、二人の背後から、足音が近づいてきた。 ふりかえると、数名の戦士たちだった。一個のコンテナーをにな《連邦宇宙省学術協議会常任幹事会は、クフ科学調査委員会より送 付された報告の扱いに苦慮している。同幹事会は、その報告の内容 っている。 かくれるひまはなかった。シン、ヤはこぶしを固めた。そのひじをについては固く口を閉しながらも、その重大さと社会に与える影響 について、検討をめぐらせている、と説明している》 リーミンがと《つ、えた。 戦士たちは、完全に二人を目におさめているにもかかわらず、何 2 幻
心とする円上にあるべきこと、そしてその『流れ山』の森の位置らかいうちに食べなきや : は、同郷の大利根絮二郎といふ人物が知ってゐる筈なこと、等々が「わかった / 、。そして父さんはどこへ行ったのだ」 判ったのは、岩瀬寅吉がしてくれた長い話をじっくり聴いた何より「叔父さまに言っても分らんか知れんけど、上川の名寄の近くに朱 の収穫だった。 鞠内つう所があって、そこで道史はじめての大発電工事やってます およばれ ー、父は召待組なのデ 1 、きの 私はその絮二郎くんを尋ね当てるには ? と聞いてみた。岩瀬はの。けふが有志の見学日なんだけド きや それは自分もまったく不案内だが、話の中でちょっと言落したのふ出てあす帰るの。叔父さまもはやく帰ってきさして。妾ひとり寂 は、その奇妙な名の「舎弟」どのは、尋ね人と旅程・費用の三要件しいもん ! をゆく先々の日雇ひ仕事で充たしてゐるさうで、だからたぶん各地私の中を瞬間ひとつの小さな衝撃と決意が通っていった。 「チャコ、わるいが叔父さんはどうしても急がにゃならん用件があ の寄せ場や職業紹介所が手引になるだろうと答へてくれた。 この倖先は悪くなかった。私にはすぐ美々の従兄の農牧場と、そるのだ。これからその名寄へ廻る。父さんとは入違ひになるだらう かへ の家の広間で遇った季節渡りの男のこととが思ひ出された。刑務所が、あす帰宅ったら晩八時ごろに電話待つやうに云っておいてくれ ないか」 を辞したすぐその足で郵便局へゆき、電話で従兄にこうした人々に ついての知識と情報を求めようとしたが、れいによって用先へ出む従姪は承所したむね答へたが、そのときのこの謹直女史の泣声じ いて留守、かはりに従姪が出てきて網走で何をしてゐるのだ、早くみるほど失望した声がいつまでも耳について私はしばらく困ったー とち ーこの老いぼれかけに、あの栃麺棒はほんきで惚れてやがるのだら 帰ってこなければせつかく慥らへてるお汁粉のお餅が固くなって小 豆が饐えてしまふと文句を言ふので、蚊の鳴くやうな声が・荒狂ふうか ? まさかーーー女にもてる年でも風でもないと首をふり / ・、、 雑音のなかでやっと聞取れる長距離電話で、小豆の自慢はあとでよ網走川に沿って下ってきた街の、気の早い毛ガニの屋台店や、炭焼 い、いっか居たあの何とか君のやうな人達のなかで或一人を探すにきの魚の匂ひを立てゝゐる小料理屋の灯がチラチラしだしたタ暮れ の中を、川からオホ 1 ックの靄が立昇ってゐるのを眺めながらまた はどうすればよいか教へなさいと説付けるのは容易なことでなかっ 駅にとって返した。 「ア、吾妻さん ? 」 海岸伝ひの涌網線などまだ無いころである。留辺蘂を廻らなくて 従姪めは一かう気を入れをらずに。、「吾妻さんなら富良野にゐるは名寄線にのりつげない時代だったが、連絡のよい夜行はあった。 わョ。名簿にはたゞ「宛先」となってゐて自宅ちゃないみたいだけ網走ではけつきよく宿をとらずに一日で片付けることができ、しか ど、私たち来てもらふときはそこへ葉書出すからそこが足場ちゃなも次の目標には翌あさ着けるといふ辷り出しのよさは、私にとって カタストロ でも吾妻さんがどうしたのヨ。そったら事どうでもい & ちゃしかし何といふ悲劇的終幕への逆転の兆であったらう ! 。小豆だけちゃないわ。、お餅だってわざ / \ 搗かせたのヨ。柔もっとも名寄 " 朱鞠内がその破局の場であったのではない。こゝ 6 7
オコッペ もやび にして来たんで知らなかったんだが、興部で市が立ってたんです。た皆の共有だ ! 』 アイヌ達は暮しに困るので、たいがいは山で小村を作り、猟の獲『うるせえ ! てめえの分なんか減りやしねえ』と銀は囎み返しま 物や手作りの細工を町へもってきて売ったり、必要品と交換したりした " 『おれにやおれの銭と遣方があらア。てめえは嫌なら勝手に でえきれ してますが、此頃では人形だとか、皿椀、箸箱・筆立なんかの木彫吝ったれろ。あらア人情と蕎麦屋のとんカツは薄いのが大嫌えだ がアイヌ民芸品として土産物に歓ばれるので、連中の大事な収入源 ! 』 になってるんで。娘は市にその店を出しに来て帰るとちゅう、売上「さう言ふとやつは娘の話しの金額をー十円なにがしでしたがー大 げを町の不良どもに強奪られたのでした。 雑把にかそへて、『これを持って帰りな』とその手に押込みまし くらーーー ? 『フーン、村の金をネ : : : ? 泣きながらポッ / \ 問ひに答へる女の言葉を聞いてゐるうちに、 『シャモの悪いのは俺が詫まる。これや別のシャモからの償ひだ。 銀次郎だんだん額に青筋をたてだしやがって、 その代り、こゝで俺達に遇ったことは誰にも言はねえでくれ。 『やったのは日本人か ? 』 と尋きましたーーー娘はまだ顔に袂を押当てながら、コックリ頷き「娘はワッとまた泣出しながら、何度もなんども頭を下げて頷き、 えだ ます。 銀次郎に背中を押されるやうにして小径を立去りかけましたが、岐 『畜生 ! 』 道のところでしきりに抗らっては立停って何か言ってましたーーー名 銀はロっ辺をビクリ ! とやりました。これ、不可ねえんです。を尋いてゐるのでせう。 野郎えらく優男なんだがネ、これをやりだすと面も仕科も兇状持に 『そいつはちょっと困るんだがナ』 なっちまやがるんで。 と答へてる奴の声が聞え、とゞ押問答のすゑ「銀次郎」とだけで 『非道えことをしやがるーーーひっそく連中のたしねえ内職を : : : 』勘弁しろと言ってやつは戻ってきました。このあひだ儀ノ助は終始 と、今にもグイと娘の手をとって「来い ! おれが取返してや苦虫を噛みつぶして傍観してましたが、けつきよく何も言はなかっ る」か何かで駆出しさうだから、あっしが急いで肘を把へて『めったネーーーロ止めに金をやるのならば、それはそれで一法だと、奴も たな真似すんな』と制めました。、『ほかの時とは違ふそ ! 』 考へたんでせう。 「銀次郎は大不承知をはっきり顔に出してゐましたが、それでも「ーーーところが、私達はあくる日その娘の村へ出ちまったんです。 『分ってる ! 』と吠えたと思ふと、懐ろをまさぐって胴巻きをひきもっとも通りみちが打突かったくらゐだから、娘の村が近まなこと ずり出したから、私より儀ノ助が目を剥いたネ。 は判りきってます。 しゃうにん 『ャイ何の真似だ ! 柄にもねえお聖人を気取って、哀れでござる「もうそろ / \ ジャマッケの嶺につゞく尾根へかゝらうといふ、興 もん うぬ なぞへ と金を与るつもりか ? 汝ひとりの物ちゃねえそ。、血と汗でつくっ部在から三四里離れた傾斜の小平でしたがネ、いきなり行手の高み ひで シキ / セ べた つら ほまち しみ さか 7
「 : : : 好きと言わなくっても、分っちゃう二人。いつまでもいつまのない低血圧症なのだ。それが、調子に乗りすぎて別世界の自由人 や半自由人と一緒に騒いだのが、そもそもの間違いだったのだ。心 3 でも、まわりつづけましよう。いつまでも : : : 」 閉店まで騒いで、とうとうポトルが空になった。俺は飲みすぎ底楽しく幸福だったが、あれはあれだけのもの。所詮、俺には縁の て、はしゃぎすぎて、時刻も何も忘れてしまい、桑原ともども、そない世界なのだ。これからは気をつけよう。 をし力なかっ のあと項介さんが仕事場にしているマンションにタクシーを乗りつ そう自分では思いきめていたのだが、どっこいそうよ、 けた。部屋へなだれこんで、また飲み始めた。こんどはビールだ。 た。そのあと、身辺が急激にざわっきだして、俺は大変な世界に入 り込んでしまうのだが、それはもう少し先の話だ。 「吸いませんか」 しばらくは、俺はシュンとして仕事をしていた。 項介さんが、ちょっと細目の煙草を差し出した。洋モクだと思 い、俺は受けとって火をつけた。 「もっとゆっくりと、深く吸うんですよ」 3 その通りしてみた。途端に俺は何が何だか分らなくなり、絨毯の 上であぐらをかいて坐っていたそのままの姿勢で、後へぶったおれ夏。 てしまった。ゴチンーーーと頭を打ったな : : : かすかに思い、そのあ暑いから帰りにビアガーデンへでも寄ろうかと思っていたタ方。 と前後不覚に眠りこんでしまった。二人がペッドへ運んでくれたら俺のデスクに桑原から電話がかかってきた。 「お前、テレビに出えへんか」 目が醒めたのは、翌朝の十時過ぎだった。 いきなりそう言った。 俺はあわてて飛びおき、項介さんに挨拶するのもそこそこにマン「何のこっちゃ」 ションを飛び出した。 俺は面くらって聞き返した。 ホーリング」 桑原はまだグウグウ寝ていたが、俺は彼のような半自由業ではな「ポーリングやがな、。、 受話器のむこうで笑っている。 一刻も早く会社に駆けつけないと、大目玉をくうのである。 おまけに、今朝は会議があったのだ。さあ大変だ。俺は駅のスタ「あれがどうかしたんか」 ンドで眠けざましに生ジュースを 2 杯飲み、ふらっく足をふみしめ「どうかしたかやないで。いま、俺の局内で大評判ゃ。。フロデ、ー サーもタレントも、スタジオやら大道具倉庫でキャアキャア言って ながら国電に乗って会社へむかった。 出社すると、案の定、会議はとうに終っていた。俺は課長にどなやってるがな」 彼の話によると、一カ月ほど前、何かの機会に神戸での話をした られ、部長にジロリと睨まれ、その日は生きた心地がしなかった。 悔みながら、俺は考えた。俺はサラリーマンで、しかもスタミナらしい。あいつのことだから、身ぶり手ぶりもおかしく、皆を笑わ
ケウシはジッと、またその射るやうな深い眼差を私にそゝいだー渡道後はじめて、「贋金」と「死の森」の片影を見たのである。 何町、何丁目なのかはまるで知らぬ。おそらくそれもなしたゞ上 8 ひと あざ 「大利根ワタ二郎といふ旅人をさがせーー」 富良野の字でとほる土地だったかもしれない。約東の時間に美々の とかれは短く、切取って渡すやうに一言告げると、クルリと私に従兄に長距離をかけ、吾妻一郎君その他の旅労務者についての知識 をもとめたのち、まづ登録者・就労名簿をあたらせて貰ふために役 背をむけてふたゝび・もと来た山のほうへ歩み去ってしまった。 私は呆然と立ちつくした 場と紹介所にたちょったのち、美々にきいた吾妻くんの宛先にむか フト気がつくと、青年と運転手は、戸をあけたまゝ家の上り框のふ途中たった。 うへしたでこの変り者の老人について茶話をとり交してゐた。 ふいに本州東北や関東で聞く陽気なかぐら囃子の音を耳にしたや 不思議な、神仙じみた老アイヌだった。 うに思った。露次のやうな細道の奥からきこえてくるのに心惹かれ て其方へ曲ってみると、道はうねって立木と石垣のある下り坂にな 富良野ーーー った。突当りに小さな鳥居と旗がみえて、両側に賑やかな露店がな 名寄似寄りの農村都市であるが、地理・沿革は北方の町たちとはらぶ。 まるで違ってゐる。こゝは石狩流域、旭川周辺とならんで本州内地社格は村社の域を出まい。農なればこそ、蝦夷さいはての地にも たま のやうな稲作風景のひろがる北海道三大水田地区の一つであり、同祭る宇賀の御魂に、わが日ノ本の人のこゝろは、幾千年の時をへて 時に近代の開拓では南部や札幌につぐ順位で早い発展と内地化をみも、神代ながらの祈りを絶やさず、恵みおろがみ、実り願ぐ日を定 おくつき た地方でもある。 めつどふのであらう。遠き世の墳墓めいた、人の背ほどの小まるい 富良野人士の自慢はこゝが「北海道の中心」であるといふこと丘の中腹に、植ゑか間引きか疎らな林を縫ふやうな参道になる。 だ。もちろん都会としての規模・人口では道・中央盆地の中心を自笛の音。太鼓の音。まだ暮れやらぬ昼空の下に、木立ゅゑの灯を まじ 認する旭川に及ばないが、元来富良野といふ地名そのものが、始めともして、質素な晴着の群れがゆきかひ、たち交ると両がはの店々 は町村が上・中・下の三ヶ所に分れてゐたほどあたり一円広い区域から、あせちれん炭化石灰のガス灯の臭ひがきふにムッと押寄せ の称呼だった由緒をもっ古い町だといふことのほかに、町に実測上る。捻り鉢巻で唐もろこしを売る若者、ならべ床几に緋毛氈、水槽 の道中心として、東京の日本橋に全国道路元標がたつやうに、経緯に浮かした寒天心太を突く親父のなかにも、ズワイ、毛ガニの立食 度測定座標が設置された歴史である。これを住民は「北海道の臍」をさせる土地風が目立ち、社殿わき屋台棧敷の囃子がひと休息入れ と誇り、毎年七月にその祭典を行ふとか。 ると、それまで聞えなかったしぐれと群集の声が、いきなり天地 秋ロではあり、私はすぎたその祝には縁がなかったが、ちゃうどに降って涌いたやうに入代って耳につく。 上富良野の市日が稲荷縁日とかさなった祭に出あった。こ & で私は 气怖は怖は怖はやのヒイノモリ カルビデ
がおなじ粘土の人間男女を責め虐なんで、呵嚊叫喚、酸鼻無惨のか 満月闇夜にやご用心 ぎりをつくす、要するに今日の三流映画・雑誌・マンガ等の猥雑に フト何やら覚えのある節を歌ふ声がした。 どこかで聞いたやうなと思ふまもなく、第二節でハッと気がつくも筋をひいてゐる残酷趣味の人形装置なので、中にはじゞっ念入り に、電気仕掛で鬼の惨虐動作だけがギクシャクと二挙動こっきり動 その節廻しは、紛れもない一ト頃流行った、 くのがある。 " 一高寮歌「春爛漫」の曲律なので、たゞ歌詞ばかりナニの森が 月夜で闇ならご用心、と来るのだから、何の事やらさつばり解ら大がいは一ト張天幕で、内は円形のまはりへ細工をならべたも ぬ。っゞいて の、こゝのもご多分に洩れないやうだったが : : : 木戸に坐った呼込 が変ってゐた。こやつが天下無類の悪声を発するのも道理、なんと 气上は山型二ッ鈎 下はノ字輪 天狗の面をかぶってゐる。それも金目高鼻・葉うちはを持った大天 と原歌どほりに起承二節のメロディを繰返し、「鳥は囀り蝶は舞狗とは事ちがひ、鼻が鳥の嘴になった、俗に鴉天狗といふやっ " お あにい ひ」の転結のところで、 身内衆ではすんと位の低いお兄哥さんである。その木ッば化けが何 くがだち と、精生薬館の「オイチニ」みたいな古びた手風琴を鳴らし / 、、 气そこーで陀吃尼天探湯まがび それに合はせて異変な声で ッと言ふのが世の別れ と、なんともハヤ、陰惨きはまる文句を弄して一休みするその声气ギャーツと言ふのが世の別れ といふのがまた、嗄れたとも押潰したともスリ減ったとも軋んだと とやらかすんだからタマりますまい。珍妙滑稽もこゝまで来る もっかぬ、寄ッ怪面妖に耳障りな悪声で、一曲ごとに と、なにやらウソ寒い妖趣を漂はして気味が悪くなりはじめる。 「サア入らはい / \ 、正真正銘の地獄極楽、あすを知れない煩悩衆木戸はいくらと入口を見ると、「大人五銭」に「子供三銭」とあ 生がこの目で見られる冥途六道、どなたも後世と冥加のためだョ これは高価い。この種のものはどこでも一律三銭が普通で あるのに、そんな一かど劇場まがひの等級をつけるだけ、気負ふ理 と、とって付けたやうな殊勝な呼込みをやらかすのだから笑はせ由でもあるのかと、私もつい好奇心をおこして入る気になった。 る " そのころ祭と縁日にはまいど出てゐた「地獄極楽」の見世物な蟇口をあけたが銅貨がない。 のである。 わるいが之を崩しておくれと一円札を出すと、烏天狗が「へー 之がまた、どれも申合せたやうに、名ばかりさうでも「極楽」は い」とこのときばかり、向ふで唐もろこしを売ってる兄さんとおな そっちのけ、どん尻の端ッコにきまりきった天人と蓮池がお釈迦さし人並みな声をだして、渡してよこした九十と五銭ーー・その五十銭 まの辻説法を聞いてるやうなのが申訳ばかり、あとは残らず血の池玉が・フリキである ! に針 / 山、釜茹でに串刺しと、泥絵具を塗りたくった赤青の鬼ども ー贋金 : : : とすぐ感じたが、それは可怪しかった " 偽貨は鉛で重 しやが めうが まる 8
一九七 0 年十一月七日第五経度基準時 ( 東部 ) ニニ時一七分。むと、自分でお代りをつぐ。 ニューヨーク市、ポソプ酒場 私はカウンターの上をふいていた。「どうです″私生児の母″稼 ″私生児の母″が入ってきたのは、プランデー・グラスをみがいて業の景気は ? 」 いるときだった。時間をみる。一九七〇年十一月七日で、第五経度グラスを握った彼の指に力がはいり、こっちにそいつをぶつけそ つまり東部時間でいえば、十時十七分だった。われわうな顔をした。私はカウンターの下の棍棒に手をのばした。こうし 基準時間 冫。いかなて仮の姿をしているときは、何でも計算すみというように手配して れ航時局員はつねに日時に気をくばる。そうしないわけこよ いからだ。 おかなければならないのだが、あまりいろいろと条件が多すぎるの ″私生児の母″というのは二十五歳になる男だった。背丈は私ぐらで、不要な危険というものも完全に避けるわけこよ、 彼の緊張がほぐれてきたのに私は気がついた。航時局訓練所で、 いで、子供つ。ほい顔立ちの癇癪もち。私はその男の顔つきが気にい らなかったーーー昔から気にいらなかったのだが この男こそ、私気をつけて見ろと教育された、こまごました点を観察してわかるの がここへスカウトしにきた当の男なのだった。私はとっておきの・ハ だ。「すみません」私はいってやった。「ちょっと″景気はどうで ーテンらしい笑顔で迎えた。 す ? 〃と聞いてみただけで″陽気はどうです ? ″というのと同じよ 私の目が肥えすぎてるせいかもしれないが、その男はあまりスマうなつもりなんて」 ートではなかった。ノ 彼のこのあた名の由来は、詮索すきのやつに商彼は不機嫌な顔を見せた。「景気はまあまあだ。おれが書いて、 売は何だと説ねられると、彼がきまって「私生児のお袋さ」と答え本屋が印刷して、おれも飯がくえるという次第だ」 るからだった。それほど機嫌の悪くないときは、「一語四セント 私は自分の分を注いで、カウンターにのりたした。「まったく、 で、そんなような告白小説というやつを書いてるんた」とつけたしあんたの書いたものは面白い あたしも、少しぐらいなら例を上 て説明する。 げることもできますぜ。まったく女の気持なんてとこが、びつくり しいがかりの種を待ち一かするくらいたしかな腕て書いてありますからね」 荒れているときの彼は、ことあれかしと、 うつかり口をすべらしたように見えるが、これもいずれはやって まえているのだった。殴りあいになると、相手の内ぶところに喰い 彼よこの酒場で、自分のペン 下って急所を狙う手ごわいタイプで、ちょっと婦人警官の手と似てみなければならない冒険たったのだ。 , ー いるー・ーーこれも、私が彼をスカウトする理由の一つだが、もちろんネームを口にしたことは一度もない。しかし、いきり立ってしまっ た彼は、それには気づかす、言葉尻をとらえただけだった。「女の 理由はそれだけではない。 彼はすでに酔っていて、いつもより傍若無人な顔付をしていた。気持ちだと ! 」ふんと鼻を鳴らしていう。「ああ、おれには女の気 私はだまってオールド・アンダーウェアーをダブルにして注いでや持ちはよくわかるんた。わかるのが当り前なんだ」 ると、ビンをそのまま出しておいた。 / 。 彼よグラスのウイスキーを飲「そうですかね ? 」私はあいまいにいった。「女の姉妹でもあるン 3
あのびと できない。私はわが手でこの謀叛人を裁きの庭へひきださなければさんはおれの幻まで殺して、瑳絵子さんを奪っちまった、・ーー彼女が 世間に申訳がないと思ってやってきた・ーーが今は事情が変った。何元とおれとは縁のねえ女なんでなけれやア、とうにお前さんを殺っ がどうあらうと、命の救ひ手をしばる繩は持合はさない。、本人に自ちまってるところだゼ」 首してくれと頼むだけが精一杯だ。いづれにしてもそれで現職にと「 : ・ ゞまることは道にそむかう。銀次郎、私たちの血の繋りは神様がご冷たい呵責の波が私の身ノ内をうち叩いて通った。 存じだ。、証據は要らないのだョ」 「解ったナ」 「アーメン ! 」 と銀次郎は誠実に、しかし冷たく言って立上った。 と銀次郎は呆れ顔に目を天空にむけた、「ーそうめん、蕎麦のか「遠いところを骨折って尋ねてくれたことは有難え。が、そんな次 さむらひ す、と来やがった イヤハヤ、けつかうなお武士様だョ、あんた第でお気に添ふわけにや行かねえんだ。こゝでおさらばとしようー きっ ー兄弟、もう良いか。チト辛からうが頑張れ。、日のあるうちに沼日 「銀次郎ふざけるな ! 」 までは出なきゃならねえ」 とアイヌ人ルテウンべがそれまでと打って変った態度で起直りな さう言ふとかれは、まだ何か取消したさうにしてゐる仲間を引起 はじき がら大喝叱咤した。「物事には程といふものがある ! それ以上こしてむりやりに肩を貸し、「拳銃は貰っとくゼ」と言ひながら歩き の人を茶化すなら俺はほんたうに怒るそ。みろ、この小父さんは泣だした。 いてなさるちゃないか」 「先へいって重宝するし、いまおめえさんに残してっちやウマくね 「分ったヨ ! さうガミ / \ いふな」 えんでネ」 銀次郎はふたゝび苦笑ひするふうに応へると、はじめて真率な態「銀次郎どこへ行く ! 」 度でこちらへ向直った。 私は肺腑をしぼる思ひで呼びかけた。、「国ちゅうに指名手配の網 「それちゃ答へよう " 小父さん、おれがあんたの吩ふとほりにしかが張られてゐるそ。逃げきれるものちやアない ! 私といっしょに ねる理由は三つある。第一に、おれはあんたの話を信じねえ。おれ自首してくれ ! どんな重罪にも、法には情状酌量といふものが有 には親父はねえんだし、たとへあんたの物語が本当だっても、それる。、何年か後には親子ふたりで暮せるヨ」 がおれだといふ証據はねえ」 「ご免だネ」 「有るのと同じなのだよ ! ほかに該当する者がないのだから : ・ : ・」 と彼は言ひすてた。、「宇宙人はっちまっても、森と山は残って 「黙って聴きなせえ ! それだけちゃ決め手になるめえ。おれが信ゐる。北海道ばかりが蝦夷地ちゃねえ。千島も樺太もカムチャッカ うぶすな じなきやそれまでだらう。第二にだナ、江見さんおめえ今さらこん も、北の国はみんな『共和国』の産土なんだ」 とし な極道の伜もってどうする気だ。その年齢でよけいな苦労背負ひこ 「それは無茶だ ! 宇宙人は「また来る」とも「死の森」が残ると むだけだゼ。第三には、これにおれは一ばんむかっ腹が立つんだも言った。自殺しに行くも同然たゾーー戻りなさい ! 」 が、本当にそうならおめえさんおれのお袋を殺したんちゃねえかー 「そんな事を怖がると思ってるのか ! 見損なふな。おめえはさう おれやそいつに我慢がならねえんだ ! それだけちゃねえ。、おめえ思ったらさっさと帰れーーーあばよ ! 」 日 0
る。ただ、その気持に体力がついてこれないだけなのだ。だから、 その両者が一致しさえすれば、俄然元気になって跳ねまわる。たと 3 えば酒を飲んだときである。会社の帰りにビールを飲む。ウイスキ ーでもいい。 一杯二杯と飲むうちに、肩がジンとしてくる。血行が 俺はサラリーマンである。アルミニュウム製品の製造阪売会社に 勤めて、営業をやっている。残業や出張の多い、正直いって俺にはよくなって、慢性的な肩凝りがほぐれてくるのである。もう少し飲 つらい仕事である。なぜかといえば、俺は身体があまり丈夫ではなむと嬉しくなってくる。笑いたくなり、喋りたくなり、身体を動か く、血圧も低いからだ。だからすぐ疲れる。日帰り出張などは非常したくなってくる。 にこたえる。一晩眠っても、翌朝まだ疲労が残っていて、床ばなれ「さ、帰ろか」 「な、何ちゅうことを。いま飲み始めたとこやないか。もう一軒行 が大層悪い。息もたえだえという調子で出社しなければならない。 こ、もう一軒」 俺の父親はもう十年も前に死んでしまったが、この人は高血圧だ 友人や同僚を無理やりひつばることになる。多弁饒舌、観念放逸 った。肩幅が広く首が太く、いつも血色のいい顔で飛びまわってい た。酒を飲んで麻雀をして、三時間ほどしか眠らずそのまま会社への多幸症になる。 出かけていた。肉が好きで、脂身などもペロリと食べた。そのかわ「ははははは、それではただいまより、うん、え、なに、物真似 ? ッ 0 え よし、それでは物真似をやります。ワオーンワンワン、ウー り、というのも何だが、五十歳で脳の血管が破れて死んでしまっ え今晩は、今晩は、またお互い我慢会で。赤い奴がヒューツ、青い た。全速力で突っ走ってぶったおれるーー・これが高血圧の人間の一 生だと、それから俺は思うようになった。その息子の俺は、低血圧奴がヒューツ。うん、これはね、これはどうもなかなかの。モシ、 それへお越しになるのは、ふむふむ、そろそろそろ」 なのである。情ないほどスタミナがない。常にヨタヨタしている。 ちょっと身体を酷使すると疲れるので、自然と自分でも警戒するよ何が何だか分らない。ただもう楽しいばかりで、心も軽く身も軽 く、ひょっとして高血圧の人間というのは、朝からこんな気分なの うになり、いっからともなく、無茶はしないようになってしまった。 疲れた状態が厭なばっかりに、先へ先へと予測してそういう原因ではなかろうか、とこう思う。だとすれば、たとえ先行ぶったおれ ようとも、この方がよほど生命感があって存在感があって、幸福な を作らないようにしているのである。たとえば、スポーツをしな 。徹夜をしない。休日には早起きしない。転ばぬ先の杖というやのではなかろうか。ああ、俺も血圧が高くなりたい。高くなって、 つである。ぶったおれはしないが、いつもョレョレになっているー毎日毎日、おもしろおかしく暮したい。力がみなぎるこの充実感は どうだ。ないね、どうも。よし、走ってやれ。全力疾走で跳躍だ。 これが低血圧の人間の一生ではないかと、俺は思う。 おお、あそこに道路標識がある。あれに飛びついてまわってやれ。 さて、そんな俺だが、だからといって別に陰気な人間ではない。 オッチョコチョイで目立ちたがりで、馬鹿なことが大好きな男であ見よこの俺の晴れ姿。とまあ、大抵考えはここに至り、いきなり
「銀次郎 ! 」 「うるせえ ! 聞く耳はもうねえ ! 」 「しつこいゾ江見のおっさんーーーナア。、銀次郎々々とエラさうに呼 ーー私の全身を得体の知れぬ震へが電流のやうにつき奔った。 びつけなさるが、そんならその銀次郎といふ名前ひとつ、おめえさ 「待て ! 銀次郎 ! お前の身のためを思って言ふ親の言葉がきけまこのおれに付けて呉れなすったのかョ ! 」 ぬと言ふのか ! 待たぬとカづくでも連れ戻るゾ ! 」 私は捕繩をとり落した。 はじき 「フン ! 」無法者は嘲笑った。、「拳銃も手錠も放りだしちまったち「ちや行くゼ」 マキリ ゃねえか ! カラッけつでどうする心存りだい」 銀次郎は手をのばしてルテウン。への山刀を抜き、残った紐糸をプ とりて 「お前はお前の父が明治生残りの捕吏だことを忘れてゐる。ゆくゾ ツリと切った。 銀次郎、逃げられるものなら逃げてみろ ! 」 「おれ達の行先は北だが、お前さんはたゞ真東へ一生けんめいに歩 わっかない 私は尻の押込から捻ち棒ほどにキッチリ畳まれた捕繩を出すなきなせえ。七里ばかりで稚内へゆく軽便の線路か湖につきあたる。 り、サッと解いて馴れた両手にさばくが早いか、一挙に飛んで投げそれを右手南へいった所が頓別の開拓地だ。何もねえ所だが人里は 搦めた。 ある。お前さんの助かる道はそれ一つだ。急がねえと凍え死ぬぜー ことは 「何をッ ! 」 ーぢや、ナ ! もう一ペんだけハッキリ断っとく " おれには親父も 銀次郎は瞬間払ひのける腕をふりあげたが、繩ははやその手首にお袋もねえんだ ! 兄弟、ゆくぞ」 巻きついて解けなかったーーー私は六尺とび退ってそれを手繰った。 彼等はさうして立去った。より添ひ、抱へあって向ひ風に逆 「来い、銀次郎 ! ールテウン。へ、これは親と子のあひだの事だ。、 らひながら、凍土のやうに凍てついた曠野をすゝむ二人の姿は、渦 立入りは控へてくれ」 巻き荒れるガスの中で震へてみえる火色の形になり、やがて小さい 若いアイヌが逡巡ひがちに頷き、銀次郎が「くそウ ! 」と低黒影となって地平の森に消えていった。 く罵るとどうじに 「銀次郎ーツ ヒュッ、ダダーン ! と私は呼んだ。 と私の耳をかすめて銃弾が風を切り、銀次郎の左手から煙が上っ答へるものはたゞ風ばかり 呆然と立ちつくす私の周囲を、風は一きは烈しく猛り、雲は一だ そ 故意にかどうか、狙ひは外れたが首に廻してゐた付け紐の止めがんと低く垂れ籠め、煙霧のやうな濃いガスがとり囲んで荒れ狂っ ちぎれ、私の外套が黒い大凧のやうに風に舞って飛んだ。囚人は一た。 瞬私が立ちひるんだ隙に二発目でじぶんの手首の繩を吹きとばし その中で、西南と北の黒い森だけが浮上って大きく息をしてゐ ひく た。ふたつの銃声は果しない荒野を喇てこめた灰色の低雲と黒い原た。そしてそれが、急にヌッと伸上って近づいたやうに大きく見え こだま 始林に谺して、轟々と止め度もなく鳴りつゞけた。 はじめたと思ふと、声をあげて、 や 「もう止めとけ ! 」 「阿父ッざーん ! 」 と啼いた 銀次郎は響のしづまるのも待たず、烈風に髪をふき散らして叫ん