一つ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1976年4月号
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1. SFマガジン 1976年4月号

事をやっている。思いのほか長かった。やがて彼女が家に入り、男きる最良の仕事をはじめるんだ・ーー君ならうまくやれるだろう。私 にはわかっているんだ」 は歩道に降りてまわれ右をする。私はすっと忍びよって、彼の腕に 手をかけた。「これでおしまいだ。迎えにきたよ」私は静かにいい 「そうでしようとも ! ー軍曹も相槌を打った。「このおれを見てみ わたした。 ろーー一九一七年生れだ。まだこうやって生きてるし、まだ若くて 「あんたは ! 」彼ははっと息を呑んだ。 人生を楽しんでるよー私はジャンプ室にもどると、すべてのダイヤ 「私さ。さあ、問題の男が誰だか分ったろう よく考えてみれば ルをあらかじめ定めておいた零にもどした。 君は自分が何者かわかるだろうーーーそれに、もっとよく考えてみれ ば、あの赤ん坊が誰だか : : : そして、この私が誰だかも」 一九七 0 年十一月七日。第五経度基準時ニ三時 0 一分。ニューヨ ーク、ホップ酒場 彼は答えなかった。ひどく体がふるえていた。自分で自分自身を 誘惑したのだということを、目の当りに思い知るというのは、ショ 店を一分間あけていた説明は、私はドランビー ・ウイスキーを一 ックに違いない。私は彼を高層ビルにつれて帰り、また時間の世界本もって倉庫から出てきた。・ハ ーテン助手は″私は自分のおしいち を飛んだ。 んをかけた客と喧嘩している。私はい 0 てや「た。「やらしと けよコードを抜いちまえばいいんだ」私はひどく疲れていた。 一九八五年八月一ニ日。第七経度基準時ニ三時 00 分。ロッキー 辛い仕事だが、誰かがやらなければならなかったのだ、一九七二 山脈地下基地。 年の「歴史的大失敗」以来、最近では新兵をスカウトするのがひど 当直軍曹を起して身分証明書を見せてから、連れに安楽錠をやっく難しいようになってきていた。人をスカウトするのに「汚れきっ て寝ませて、明朝から新兵として教育するようにと、 しいつけた。 た世界から拾うよりいい源泉があるだろうか ? そして彼らにいし 軍曹は嫌な顔をしたが、いつの時代でも階級は階級なので、 しいっ給料を払ってやり、面白い仕事 ( たとえ危険はともなっても ) を与 けに従った。もちろん、肚のなかではこんど会うときは向うが大佐えてやるのだ。しかも、れつきとした根拠のある仕事だ。いまでは で私が軍曹ならいいと思っているのだろう。われわれの軍ではそん誰でも一九六三年の原爆戦がな・せ失敗したか知っていた。ニューヨ なこともありうるのだ。「名前は ? ー軍曹は訓ねた。 ークの番号をつけたやつは破裂しなかったし、ほかにも予定通りに 私は名前を書いてやった。軍曹は目をまるくした。「へえ、そんいかなかったやつが百もあるーーーすべて、私のような航時局員の仕 な ? ふうむーーー」 事なのだ。 「軍曹、君はいわれただけのことをすればいいんだ」私は連れのほ だが、一九七二年の大失敗は、私のせいではない。あれは、われ うにふりかえった。 ああならざるをえなかったのだ。あのと刀 われの手落ちではない 「なあ、君の苦労はもう終ったんだ。君はこれから、人間としてできは、解くべきパラドックスが存在しなかったのだ。一つのものは

2. SFマガジン 1976年4月号

~ 「おれは女としては、文字通り駄目にされちまったんだ。あの野郎しい女の考え方を書きこめるわけがわかったろう : : : まだ自分では がおれを本当に堕落させ駄目にしちまったーーーおれはもうまともな原稿にして売ってない、たった一つの本当の経験のおかげさ。この 女ではなくなってたし : : : しかも男として生きる生き方も知らなか酒はもらえるかい ? 」 った」 私は酒ビンを押しやった。私自身ちょっとあわててしまっていた が、とにかくやるべき仕事がある。私がいってやった。「あんたは 「だんだんに馴れたんだろうね」 「お前さんにはわかってないんだよ。おれは何も、服の着方や便所いまでもその何とかいう男を、とつつかまえたいと思っているんで を間違えないというようなことをいってるんじゃない。そんなことすかね ? 」 は病院にいるうちに覚えた。だが、どうやって生きていける ? ど彼はパッと目を輝かしたーーー凶暴な光りだ。 「止めたがいいな ! どうせその男を、殺したりしやしないんだか んな仕事ができる ? まったく、車の運転一つできなかったんだぜ。 商売のことも知らない、筋肉労働もできないーー・・体はいたるところらー 彼は嫌な笑いかたをした。「ふん、やつに会わせてみろ」 傷だらけ、体つきも華奢すぎる。 「そういきり立ちなさんな。これでも、あんたが考えてるより、 おれは国民軍慰安部に入れなくなったことでも、その男を恨んだ ね。だが、自分の恨みがどんなに深いものか、慰安部の代りに宇宙ろいろと知っているんですぜ。あたしはその男のいるとこを知って 派遣軍に応募したとき、しみじみ思い知らされたよ。おれの腹を一ますよ」 目見ただけで、軍務不適格のはんこが押されちまった。医官が暇を彼はぐっとカウンターの上にのりかかった。「どこにいる ? 」 かけておれの体を見たのも、ただの好奇心からにすぎなかったん私は静かにいった。「このシャツをつかんだ手を離してくれ。さ もないと、路地におつぼりだして、警察にあんたが気を失ってのび だ。おれの経歴を読んでいたんだね。 そこでおれは、名前を変えてこのニュ】ヨークにやってきた。最てると連絡します・せ」私はカウンターの下の棍棒を見せてやった。 初はコック見習いみたいなことをやってたが、そのうちにタイ。フラ彼は手を離した。「悪かった。だが、やつはどこにいるんだ ? 」 イターを賃借りして、請負い速記者というのをはじめた。大笑いだじっと私を見る。「それに、どうしてそんなにいろんなことを知っ よ ! 四カ月の間に、タイプで打ったのは手紙四通と原稿一篇だけてるんだ ? 」 「ご時世ですよ。記録というものがある。病院の記録、孤児院の記 だった。その原稿というのが実話ものでね、紙の無駄というような しろものだったが、そいつを書いた馬鹿野郎が、その原稿をちゃん録、医者の記録。あんたのいた孤児院の寮母はミセズ・フェザレイ と売ってるんだ。これにはおれも。ヒーンときたね。おれは実話雑誌ジだった。ー・ーそうでしょ ? その後任はミセズ・グルエンスタイン 7 あんたの娘時代の名前は、ジェ 1 ンだ 6 だったーー・違いますかい ? を一山買いこんで、研究してみたよ」彼は皮肉な顔をしてみせた。 一「これでおれが、私生児の母告白物語りというやつに、もっともらった , ・・ー・・当ったでしようが ? あんたはこれまで、そんなことをあ

3. SFマガジン 1976年4月号

隙に銀次郎は飛掛ったが、それと同時に田代はドスを擂んで女の胸と、分け前を余分によこして言ひました。 『連れだってると、二度も殺人をやっちまった以上おれがいくら庇 へ突立てました。 ってもおめえも共犯にされる。船からあとはみんな・ハラ / \ に散っ 「ビルシカが始めてすさまじい声をたてた・ーー銀が射撃ったのはこ の為です。やつは仲間を射って女から引離しましたが : : : もうだめたことにするはうが得だ。半年経ったら名寄で会はう。それまで之 でした。私とルテウンべが駆付けたときには、。ヒルシカははや銀次で凌ぎねえ。田代はもう要らねえ訳だから』 郎に抱へられて息を引取りかけてゐました。田代のはうは、目 = 剥「あっしが捕まったのは自分のへまで町へ近づいた為ですが、銀の 言ったとほり三人が後まで組んでゐなかった様相が、いまのところ いてひっくり返ってやがるのを私があらためてみましたが、どうい ぶち ふもんだか脳天を横から射抜かれて之もあの世ゆき。銀は胴を射っ私のお白洲にや倖ひしてます。ご参考までに付足しますと、あっし はず たんでせうが、どうしてもこの拳銃といふやっ、打ッ放すと弾みでが 『でお前はどうするんだ』 先が上るんだヨネ。 と別れ際にやつの今後の考へをきいた返事では、 「三人とも黙ってたー・ーわきから妹の手首をとって脈をみてゐたル 『うん、前言ったやうに鬼の宝のはうへ行ってみる』 テウンべが、静かにそれを下へおくと、銀次郎に わた といふ事でした " 『それから何とかして大利根の絮公にもう一ど 『妹はあんたを : : : 』 会って、鬼の棲家のこともっとよく聞かねえといけねえナア』 とポツンと言ひかけ、それきりふつつり黙りこみました。いろい 「さう話して別れたきり、奴にはそのご会ってゐませんが、私はど ろな立場や事情がからみあひ、やつ自身も言ふに言へない気持だっ うも、奴よりジャマッケでルテウンべと別れたとき、この髭の濃い たんでせう。 ら 「それを聞くと銀次郎は、これも黙ってビルシカの躰を抱上げ、む若いアイヌが、妹の亡骸をだいて持ちながら岩の上へ仁王立ちに立 かふの茂みの中へはいっていったと思ふと、十分か十五分でまた抱っていつまでも見送り、やつに 『兄弟 ! おれの命の要るときは呼んでくれ ! 宙を飛んでも駈付 いて出て兄貴に渡しやがったもんです。 けるぞ ! 』 へんな野郎だヨネ、まったく とどなったのが耳に残って忘れられません」 あとで訊いたら、『供養』のつもりでやったんだと吐したがネ、 いくら供養でも死躰は抱けねえナア、あっしには。 くっ 〔第三章〕傀儡師 「ーーお話はまアこれだけです。それから三人は善後策を相談し て、ルテウンべが後始末に残り、我々は道筋をおそはるだけで別れ銀次郎が巷でいはれてゐるやうには「共和国」に単なる興味以上 て先を急ぐことにしました。ビヤシリへはいったかと思ふころ、銀のものをもたず、むしろ伝説の魔人の財宝をねらふ慾と冒険の徒党乃 に加はってゐること、したがってその行動半径はそれの在り所を中 が『おめえはこゝから別になりねえ』 十ロクジ れつ わかし みてくれ

4. SFマガジン 1976年4月号

と、時間を見る。二十三時。カウンターの下のくぐりを抜けようとて、ネットを踏んで上に上ってしまうようにしなければならない。 すると、ジューク・ポックスが「私は自分のおじいちゃん」をがなそうすればネットのロを絞ったときに、なかの二人とも完全に包ま り立てはじめた。私は一九七〇年代のいわゆる″音楽″が我慢できれることになる。さもないと、靴底とか足の一部をのこしていった ないので、ジューク・ポックスの中味は古いアメリカ音楽とクラシり、床をそいで一緒に持っていってしまうことになりかねない。だ ックばかりにするよう、サービス係にいし 、つけておいたのだが、こ が、こっといっても、必要なのはそのくらいのものだった。派遣員 んな曲のテープが入っていたとは知らなかった。私はどなった。 のなかには、相手をだましてネットのなかへ包むやつもいるが、正 「止めろ ! お客さんには金を返せ。おれは倉庫にいってくる。す直な話、私は相手がはっと驚いた瞬間を狙ってスイッチを入れるの だ。そのときも私は、その手を使った。 ぐ帰るよ」私はその男の先に立って倉庫のほうに向った。 倉庫は便所の先の階段を降りたところで、鋼鉄ドアがついている 一九六三年四月三日。第六経度基準時一 0 時三 0 分。オハイオ州 このドアの鍵をもっているのは、昼間の支配人と私だけだった。こ クリーヴランド、高層ビル。 のなかに、もう一つ奥の部屋に入るドアがあり、その鍵は私が持っ 「おい、早くこいつをはずしてくれ ! 」彼はまたどなった。 ているだけだ。二人はその部屋に入る。 「すまんすまん」私は詫びごとをいって、ネットをはずし、ケース 彼は窓一つない四方の壁を・ほんやりと見まわした。「やつはどこ にしまって蓋をしめた。「例の男に会いたいといったからさ」 「しかしーーーそういえば、あれは航時機だとかいってたな ! 」 「いますぐ」私はケースをあけた。この部屋にあるのは、そのケー スだけだった。航時機、正確には綜合時標変界装置の一式私は窓の外を指さしてやった。「あれが十一月に見えるかね ? それとも、ニューヨークに見えるかね ? 」彼があっけにとられて、 で、一九九二年型モデルⅡというやつである。きれいなケースで、 可動部分はなく、全装置をおさめても目方は二十三キロ。普通のス窓の外の木の芽や春景色に見とれている間に、私はまたケースをあ ーツケースといって通る恰好だ。その日のうちに前もって正確に調けて百ドル紙幣の東を出した。紙幣の番号やサインが一九六三年の をしくら金を使おうと ( ど 整しておいたので、あとは変界の境を仕切る金属ネットを引き出すものであるのをたしかめる。航時局でよ、、 うせ腹は痛まないのだから ) 何ともいわないが、不要な時代錯誤に だけでしし はやかましい。あまり失敗がつづくと、綜合鑑査官のもとに引き出 ネットを引き出すと、彼は「何だこれは ? 」と訊ねた。 「航時機というやっさ」私はそういって、間髪をいれずネットを二されて、ひどい時代の世界に一年間の流刑をいい渡されるのだ。例 人の上にひろげる。 えば一九七四年みたいな、厳しい食糧配給制度と強制労働の時代に 「お、ツ ! 」彼は叫びながら後しざりした。ネットの拡げ方にはこ追放されるのだ。私はまだそういう失敗はやったことがないし、紙 つがあるのだ。ネットを投げかけた時、相手が本能的に後しざりし幣もこの年代のものに間違いなかった。

5. SFマガジン 1976年4月号

一九七 0 年十一月七日第五経度基準時 ( 東部 ) ニニ時一七分。むと、自分でお代りをつぐ。 ニューヨーク市、ポソプ酒場 私はカウンターの上をふいていた。「どうです″私生児の母″稼 ″私生児の母″が入ってきたのは、プランデー・グラスをみがいて業の景気は ? 」 いるときだった。時間をみる。一九七〇年十一月七日で、第五経度グラスを握った彼の指に力がはいり、こっちにそいつをぶつけそ つまり東部時間でいえば、十時十七分だった。われわうな顔をした。私はカウンターの下の棍棒に手をのばした。こうし 基準時間 冫。いかなて仮の姿をしているときは、何でも計算すみというように手配して れ航時局員はつねに日時に気をくばる。そうしないわけこよ いからだ。 おかなければならないのだが、あまりいろいろと条件が多すぎるの ″私生児の母″というのは二十五歳になる男だった。背丈は私ぐらで、不要な危険というものも完全に避けるわけこよ、 彼の緊張がほぐれてきたのに私は気がついた。航時局訓練所で、 いで、子供つ。ほい顔立ちの癇癪もち。私はその男の顔つきが気にい らなかったーーー昔から気にいらなかったのだが この男こそ、私気をつけて見ろと教育された、こまごました点を観察してわかるの がここへスカウトしにきた当の男なのだった。私はとっておきの・ハ だ。「すみません」私はいってやった。「ちょっと″景気はどうで ーテンらしい笑顔で迎えた。 す ? 〃と聞いてみただけで″陽気はどうです ? ″というのと同じよ 私の目が肥えすぎてるせいかもしれないが、その男はあまりスマうなつもりなんて」 ートではなかった。ノ 彼のこのあた名の由来は、詮索すきのやつに商彼は不機嫌な顔を見せた。「景気はまあまあだ。おれが書いて、 売は何だと説ねられると、彼がきまって「私生児のお袋さ」と答え本屋が印刷して、おれも飯がくえるという次第だ」 るからだった。それほど機嫌の悪くないときは、「一語四セント 私は自分の分を注いで、カウンターにのりたした。「まったく、 で、そんなような告白小説というやつを書いてるんた」とつけたしあんたの書いたものは面白い あたしも、少しぐらいなら例を上 て説明する。 げることもできますぜ。まったく女の気持なんてとこが、びつくり しいがかりの種を待ち一かするくらいたしかな腕て書いてありますからね」 荒れているときの彼は、ことあれかしと、 うつかり口をすべらしたように見えるが、これもいずれはやって まえているのだった。殴りあいになると、相手の内ぶところに喰い 彼よこの酒場で、自分のペン 下って急所を狙う手ごわいタイプで、ちょっと婦人警官の手と似てみなければならない冒険たったのだ。 , ー いるー・ーーこれも、私が彼をスカウトする理由の一つだが、もちろんネームを口にしたことは一度もない。しかし、いきり立ってしまっ た彼は、それには気づかす、言葉尻をとらえただけだった。「女の 理由はそれだけではない。 彼はすでに酔っていて、いつもより傍若無人な顔付をしていた。気持ちだと ! 」ふんと鼻を鳴らしていう。「ああ、おれには女の気 私はだまってオールド・アンダーウェアーをダブルにして注いでや持ちはよくわかるんた。わかるのが当り前なんだ」 ると、ビンをそのまま出しておいた。 / 。 彼よグラスのウイスキーを飲「そうですかね ? 」私はあいまいにいった。「女の姉妹でもあるン 3

6. SFマガジン 1976年4月号

渦巻きに巻きこまれた浮遊物のように、ラーマの航跡にとらえられればするほど、わけがわからなくなってしまった。 てぐるぐる回っているのだった : 何度も何度も計算をチェックしてみたが、どうしても信じられぬ いくら時間がたっても、加速はいつも一定のままであった。ラー結論に到達してしまうのだ。水星人が恐れたことも、ロドリゴの勇 マは徐々にスビードをあげながらエンデヴァー号から遠ざかってい敢な行為も、〈惑連総会〉の美辞麗句も、すべてがみな、徒労に帰 距離が開くにつれ、艦の異常な動きもゆっくりと納まり、通常したように見えた。 の慣性の法則が再び働くようになった。今となっては、その反動に最終計算を目にしたとき、ノートンは、なんと宇宙的な皮肉たと 短時間だけとらえられたエネルギーについては想像してみるしかな思った。百万年もの間見事にラーマを導いてきたコンビューター かったが、とにかくラーマがその推進スイッチを入れる前に、エン ・ : たった一つ些細なミスを冒してしまったーーおそらく方程式の デヴァー号を安全距離に置いておいてよかったとノートンはしみじプラスとマイナスを取り違えたのだろう。 み思った。 かって誰もが、ラーマは速度を落して、太陽の重力圏に入り、太 ドライ・フ あの推進メカニズムについては、他のことはまったくの未知数た陽系の新惑星になるにちがいないと確信していた。それがいま、ま ・ : ただひとつだけ確かなことがあった。ガスの噴射も、イオンやるで逆のことをしているのだ。 プラズマの放射もないまま、ラーマが新しい軌道へと飛んでいった ラーマはスピードを上げていたーーーそれも最悪の方向に向って。 ことだ。曹長で教授のマイロンが信じがたいものを眼にしてショッ ラーマはますます早く太陽へと落下しているのだ。 クに打たれながらいったことば以上に、うまい表現はない。「ああ、 ニュートンの第三法則が行ってしまう」 第四十五章不死鳥 とはいいながら、翌日、エンデヴァ 1 号が頼りにしなければなら なかったのは、その = ートンの第三法則であった。艦は大切にと新軌道の詳細が明らかにされていくにつれ、ラーマが災厄から逃 っておいた最後の燃料を、軌道を少しでも太陽から遠ざけようとしれる道はいよいよないように思われてきた。太陽にこれほど接近し て使い果したのだ。軌道変化はわずかなものだったが、それが近日て飛んだのは、わずかに五指に満たぬ数の彗星があっただけだ。近 点では、一千万キロの差となって出てくるのだ。それはつまり、艦日点では、水素核融合の地獄のわずか五十万キロ上を飛ぶだろう。 の冷却装置を九十五パーセントの能力で動かして助かるか、それとどのような物質でも、それほど近づいてしまっては、固体を保つこ とはできない。 も確実な死の炎に飛び込むかの差であった。 ラーマの船体を作る強力な合金をもってしても、そ 操船を完了したとき、ラーマは二十万キロのかなたで、太陽の光の十倍の距離で融け始めるだろう。 レ 輝に邪魔されてもはやほとんど見ることはできなかった。だが、 エンデヴァー号はいま、それ自身の近日点を通過して、みなを安 ーダーによる軌道の正確な計測はまだ可能であった。そして観測す心させながら、ゆっくりと太陽から遠ざかっていた。はるか前方の 幻 0

7. SFマガジン 1976年4月号

いていた野望であり、彼をしてまさに ・していきたい。創刊六年めに突入する なし得ないことを、なし得るということ ・マガジンのお約東です。 「コン。ヒューターっき・フルドーザー」と を身をもって試みようとした。彼はこの ( 編集部 v-æ ) 作品で、「の形式においてしか表現して活動させるに至るエネルギー源だっ たのである。 一九六五年二月号巻頭言 し得ないような対象世界、の形にお いて表現するのが最も効果的であるよう な現象」 ( 『拝啓イワン・エフレーモフ この小説には、もう一つの思い出が絡 こうして、マガジンは、創刊六年め様』 ) を、従来のそれよりも、より綜合む。 に入った。この年の記念号から、小松左京的に扱った本格的宇宙小説ーー彼にいわ その間の事情が、同じ解説の中で語られ せるならば「小説宇宙史」に本格的に取ているので、その部分を引きつづき引用し の長篇第四作『果しなき流れの果てに』の よう。 り組もうとした。 連載がはしまった。この段階にまで来た日 これは、、 ⅶ本の、達成のほどを示してもらいたい しうまでもなく、途方もない ・という気持が・ほくにはあった。そして小松大仕事だった。じっさい彼は書けば書く この小説が完成した頃のこと、小松左 左京も、その当時の彼のすべてのエネルギ ほど、どうにもならないほど気が減入 京と星新一、石川喬司などと飲んでいた ーを、この作品に結集したはずであった。 り、四、五回めには連載を放棄しようか とき、小松が、いつもの駄洒落的ないい それは、彼がこの作品のために立てた気宇とさえ」 ( 初版の〈あとがき〉 ) 思った。 かたで「いつまでもをやる気はな 冖壮大な構想からも、うかがうことができ それは「自分が喚起したイメージに、自 い」という意味のことをいった。石川喬 た。その当時からの読者なら、この年の毎分が参ってしまうという、自家中毒にも 司はのちにそのときのことに触れ、・ほく ⅶ号のメインとなったこの連載の、一読ひと似た奇妙な現象」 ( 同前 ) だった。 が、小松のジョークを受けとめかねて を魅きつけずにはおかない強烈な魅力を思 そしてそれは、ある意味で当然だっ 「実に悲しい目」をしたと書いた。だ いだすことができるはずだ。しかもそれは た。小松の意図は、この無限の空間と時が、じつはそれは少しちがうのだ。ぼく 小松にとって、決してただ愉しいだけの作 間とのなかでたまゆらの生存をつづける は小松のジョークの中に、半ば本心を見 山業ではなかった。 人類の運命と、人間というものの意味と た。なぜなら・ほくは、この小説の中で、 ぼくは最近、この作品が角川文庫に収録を、科学的綜合的認識にもとづいて問お彼がすでに、自分の野望ーーーより綜合的 されるにあたってつけた解説の中で、つぎ うという大仕事であり、それは、うつか な小説宇宙史の創造という に従うた のように書いている。 りすればを いや文学の枠をさえ めには、を抛棄してもやなをえない はみだしてしまうかもしれない作業だっ と思っていることを知っていた。いや、 ( 前略 ) たからである。しかしまた、それこそじっさいに抛棄しはじめていることをす 小松は長篇第四作であるこの小説にお が、小松が最初からという形式に自 ら、思い知らされていた。それは小松に いて、早くも、がいわゆる純文学の己の作家的生命と人生とを賭けたとき抱とっては必然の道だったろうーーーどうし

8. SFマガジン 1976年4月号

ーテンなら、どんな面でも誰も気にもしないだろ ? 給仕にし励奉仕慰安婦団というやつだった。こういう言葉の変遷というやっ てもさしつかえはないさ。ところが、女の子を養女にしようとするが、言葉を縦に飛び歩く身にとっては一番の難関なのだ。″サービ 、いから、かわいい青い目に金髪の子ス・ステーション〃という言葉にしてからが、石油を分溜したガソ 連中は、馬鹿でもチョンでも、 リンというものを補給するところを意味していた時代があったのを を欲しがるもんだ。もっと大きくなれば、若い男たちは、胸の張っ ご存知だろうか ? チャーチル時代のことたが、ある任務について たかわいい顔の″あらすてきな殿御″というせりふもでるような、 いる私に、ある婦人が「となりのサービス・ステーションてあいま 色気たっぷりの娘を求める」彼は肩をすくめてみせた。「おれには しよう」と、つこ・ しナかこれには今日使っているような意味は全然な とうてい歯が立たなかった。そこでおれは、、売女、 いのである。当時の″サービス・ステーション″には、べッドなど 9 意じに入ろうとした」 「ええ ? 」 は備わってはいなかったのである。 彼は話をつづけた。「当時は、宇宙に人間を何カ月も何年もおい 「非常時女子国民軍慰安部の頭文字をつめてそう呼んでたろ ? までいう″宇宙のエンジェル″さ、地球外圏特設看護班の頭文字をておいて、その間緊張を解く処置をしないのは無理だということが はじめて公けに認められた頃だった。それまでの軍慰安婦たちがど つめれば、エンジェルになるからな」 おかげでこっちは見こみがつい この言葉は、私は両方とも知っていた。現に私自身、その言葉をんな連中たったか覚えてるかい ? 記録にとどめたこともある、われわれはそれに、もう一つの言葉をた。とにかく、志願者はめったにいなかったからな。連れていくの ( 一六四頁に続く ) 使ったこともあるくらいだ。軍補給団の花形で、宇宙派遣員鼓舞激はちゃんとした女てなければならないし 6

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も手荒くもなく一ト晩泊めて、『人手が要る。来る気のある奴は来の・組でも一ばん古い、信用のおける取次ぎ案内人だ。仲間の話ち ことづ い』と伝言けて帰した " 『褒美には宇宙の宝と命を分けてやる。後や、この宝探しを最初に考へついたのも奴さんだといふ事だが、お れはそれにしちゃ爺さんすこし老い・ほれすぎてると思ふ。とにかく 悔はさせねえ』と言ったさうだ」 おれがおめえ達を取持たうとしてるのはこの仲間た。鬼の『宝』が えもの 何だったにしろ、収穫は均し山分けの約東だ。霧太郎が怖けれや手 「 : : : どういふ意味なんだらうナ : どうだ ! 」 「おれにも分らねえ。この絮一一郎 0 てやつは名のとほり柳のみてを引きゃいゝんだ えな芯のねえ野郎だからナ、突込みも尋返ししねえで戻ってきや「うーむーー」 といふ一つの歎声しかしばらくは応へなかった。 がったーー・晩とよくあさ貰った食事が悪くなかった、なんて吐いて 「流れ山の霧太郎相手ちやアナア やがんだから締まらねえ話よ ! 」 しりごみ 「するとナニかナ、霧太郎はその『宇宙の命』とやらで大昔から生岩瀬寅吉は溜息まじりで逡巡をみせて、 0 0 「只の人間なら関白だらうと陛下だらうと憶みやしねえが、云伝へ きてやがる人間なのかナ。おれの聞いた話ちゃ悪魔だってことだ ばけもの の妖怪ときちや二ノ足だナア ! おらア子供の時分、生き物のやう が」 に動いて所を変へる山の森に棲んでる鬼の『霧太郎』の話をきくた 「知るもんか」 「それでおめえはどうだってんだ。そこへ行かうってのか ? それんびに、その晩魘されたもんだ」 がおめえの言ふ『助ツ人』の話なのか ? 」 田代はしかし、いつまで怯んでもゐられないといふ顔付で、 「それだ ! 」 代りあって訓く相手に銀次郎はきつばり首をふった。 と切出した " 「その流れ山は空噺しちゃねえ。じっさいに有る、 「違ふ。おらア行かねえよ。そんなお伽噺を真にうける奴があるも んか。鬼の欲しがってるのは手下だらう。おれ達のは仲間だ。たとおめえ言ったナ。どこだそれは。そしてどんな場所なんだ。まづ ゞ、その『宝』てのがナアーーーおめえら何だと思ふ ? 気にならねそれを聞かなくちゃ腰が上らねえナ」 えか。おれにや一寸心当りがあるんだ。なくてもマア一寸踏んでも銀次郎はニャリと笑った。 つみあがり みろ " 何百年の蓄積だそ。だがウッカリ手出しをしても、奪どほり「言へねえ事がある、と言ったらう。それはおめえ達がたしかな仲 ばけもの ならこんな危い相手はねえ。人なのか、鬼妖怪なのか、、正体も知 間になってからだ」 りたくてあぐねてゐるうちに同じ考への仲間ができたんだ。今のと「ちや相手のことだけ言へ」儀 / 助は食下った、「そのおめえの舎 どんな奴なんだ、実の流山霧太 ころは遠巻きの形に散らばって、あちこちから嗅廻っちゃ探りを入弟といふのが会ったんだろう ? でか れてる程度なんだがナ、何しろ相手が巨すぎて人数が足りねえん郎は だ。シマリナイに二三人来てゐるのはその社中で、ケウシは土地銀次郎はもいちどニャリと、しかし今度はいやに気味のわるい笑 ホャケ なら ひる 9 6

10. SFマガジン 1976年4月号

しは人ではない。鬼でもない。作りものでも化け物でもなく、神で者を無視してゐるやうだった。 も悪魔でも精霊でもないものだ。お前もこゝへ、募りに応じて働き通路になってゐる洞窟をすゝむと、近づいてくる音は確実に金属 ぢがね に来たのではないナ。何しに来た。分不相応に見るでない。聞くで的な作業のものになった。いくつかの地金や工具の置場があり、そ はない。むざとしたこと言ふでもないぞ」 れをすぎたところに・明らかに私の聞いてきた響の源である騒音に 言ったかと思ふとスッと消え、それとともに私を圧迫してゐた異みちた現場の入り口があったーー私はべつに理由もなく、ソッと身 を忍ばすやうにしながら入りこみ、物蔭をえらんでかくれながら隙 様な気分も呪縛が解けたやうに立退いた。 私はガックリカ抜けがして椅子へ落込んだが、どうじに或る、ち見をした。 いがね よっと腹のたつのに似た、妙な負けぬ気がおこってきた。かうまで鋳金工場だったーーー狐、狸、大猫におかめ・ひょっとこ、赤青の鬼 やっこ 嫌がらせの釣瓶打をくっては引込んでゐられないといった、一種のから髭の奴に三ッ目入道、一ッ目小僧、よくもかう異変奇ッ怪なも 対抗意識でもあったらうが、それより強いのはをかしいかも知れなのを揃へたと思ふ人数が三、四十人、営々として五十畳ほどの作業 たね いが職責めいたものと結びついてゐる己れの使命感だった。 場をあちこちに動き廻り、材料をはこび、炉で溶かし、金杓に掬っ 私はその仕上りが一隅の台上に、数種に分けて積 て金床で叩く 役人といふものはご存じのやうに大がい税金の上にあぐらをかい てゐる碌盗人にすぎないが、それでも人に依り、あるひは時に依て上げられてゆくのを見た " 丸い、平たい物が何枚も / 、筒型に積 職務と良心につくす事例は少くない。私がなんら枢要の任にあづか重なってゐる夥しい円柱の群である。 らない末端の小役人であることはもう申上げた。が、このときの私〈こゝだったのかーー・〉。、私は ( ッと息を呑んで見守り、心中ひそ かに呟いて或事の答が出たのを欣んだが、それでゐながら妙にその はまさに右のやうな精神状態だったと云へよう。 すぐ懐中電灯と予備の面をもち、私は立上って岩屋を出た。方向事にまだ溶けきれない不審感のしこりが残るのを覚えた " かしなぜだ。なぜ流山ノ霧太郎が贋金など造らにゃならんのだ。 はあらかじめ見当がつけてある。灯光は変らないが、夜中であるこ とはどこにも人気がないことで明らかだった。時計は二時を示して「化け森の鬼」は宝を有余るほどもってゐると謂はれてゐるのに〉 何かまだあるゾーー・と感じた私は、注視をつゞけるうちに、作業 ゐた。 〈ふざけるなといふんだ、まったくーー見るな。、聞くな。、物言ふな場がこゝだけではないらしいことを考へる必要があると思った。奥 にはもう一つの出入り口やうの洞穴があり、出入する者の様子と持 " 庚申塚の猿ちゃあるまいしーー・〉 身ノ内の奥のはうから絶えず涌上ってくるどうにも遣切れない恐物からその決論はしぜんと導きだされたし、もう一つ、実際はこの 怖をまぎらすために、わざとロの中で得体の知れない相手に悪たい はうが重要だったのだが、こゝの現堺の工作物にはどう見ても私の しづく をつきながら私は予定してゐた岩穴へすゝみ入った。誰にも会は作らされてゐる雫型の妙な物体と結びつくものが見当らなかったか あるじ ず、あかない扉口にもぶつからなかった。主はまったく外敵や闖入らである。 の つの 5 9