部屋の突きあたりと左の壁に、さらに二つの扉があった。部屋とそれを見て、ギンナルも相手が誰で何をしようとしているのかを 部屋とを直接につなぐ扉だ。非常時の移動用である。 悟った。・ほんやりと突っ立っているときではない。 「しめた ! 」 段平が唸りをあげて落ちてきた。 ギンナルは左の扉を開け、くぐった。 間一髪。ギンナルは鋭い刃の下をするりとすり抜け、足元をかい 同じような部屋にでた。扉も同じようにある。右の扉を選んだ。 くぐって、・ハルドスの後ろに回った。小男で傴背のギンナルだから また部屋だ。今度は正面の扉。通路にでた。あわてて部屋に通じるこそできる離れ技である。 扉のひとつに飛びつき、中にはいった。 ギンナルは通路を走りだした。 部屋、通路、また部屋 : ・ 「逃がすかっ ! 」 これを何度繰り返したことだろう。 ・ハカげた堂々めぐりだった 思わぬギンナルの動きにあわてた・ハルドスは周囲の状況も忘れて が、命が賭かっているとなれば必死でやるしかなかった。体力は消一声叫び、渾身の力をこめて段平を横になぎ払った。 耗し、目がしきりにくらんだ。もう何をどうしているのかも判然と ガチンーと耳が痺れるほどの大きな音をたてて段平が弾ね飛ん しなくなった。兵士には一度も行き当たらなかったが、一部屋に留だ。石壁にいやというほど叩きつけたのである。・ハルドスは右手を まることは、怖くてどうしてもできなかった。 押さえて、呻き声をあげた。 何十回目になるのか ギンナルは目の前のドアをひょいと開その間にギンナルは角を曲って、別の通路にはいっていた。今度 けた。 は空き部屋には飛びこまない。通路をしばらく行くと、廊下にで た。すぐ左に階段がある。しかも、廊下はそこで行き止まりだ。左 そこに、ひとりの男が立っていた。待ちうけていたのではない。 偶然、そこにいたのだ。甲胄を着けていない男である。着ているも翼の端にそびえる櫓に設けられた階段である。ここから一階に降り て中庭にでれば、門はもう目と鼻の先なのだ。 のといえば腰布一枚たけ。 男は、・、ルドスだった。 ためらっているヒマはない。背後にわらわらと兵士達が集まって ' ハルドスは、不意に傍らの扉が開き、めざす相手のギンナルが顔くる気配がある。 をだしたので、一瞬、驚いて呆気にとられた。 ギンナルは階段を駆け降り始めた。と、一団となって兵士が昇っ 一方、ギンナルは疲労しきり、まったく惰性で動いていたから何てくるのが見えた。それも、もうすぐそこまで迫っている。もちろ がなんだかわからない。 ん、後ろに退くことは今となっては不可能である。進むか、死ぬか 短い空白が生まれた。 先に我に返ったのは・ ( ルドスだった。・ ( ルドスは血相を変え、段「殺られて、たまるか ! 」 平を大きく振りかぶった。 ギンナルは石段を蹴って、跳んだ。 幻 7
技術実験とやらへ案内してくれ」 の網状の金属につながっていた。室内の大和石グラスは裸のまま、 「でも」 部屋の隅の一つの機械の中に消え、その機械はまた別の機械にコー 「今すぐだ。儂は見たいと思いたったら我慢できない性質でな」 ドで連らなっている。幾つもの機械に狭まれた形で一メートル四方 青年は、それ以上逆らわず、すぐに部屋へ迎えにくる旨を伝えてくらいのスクリーンが設けられていた。 電話を切った。 青年が、指を鳴らすとその機械群の調整にあたっていたらしい三 青年は数分後に部屋に現われた。 人の駐在員たちが、こちらを振向ぎ、畏って立上った。 「では会長。御案内致します」 「この実験にあたっている連中です」 老人は頷き青年に続いて部屋を出ようとして立止った。 皆、予想外に若い男たちだった。二十代の半ばだろうか。一人が 声を震わせて言った。 「雪奈」 老人は振返り老婦人に声をかけた。雪奈は顔を伏せ、また椅子に 「五堂会長にお会いできて光栄です。コンツェルンでこのように毎 腰をおろしたままだった。 日充実した職務に就けることを感謝します」 「おまえも来なさい。儂の大和石から、こんなこともできるように それが本音であるのは間違いなかった。老人は頷いた。 なったという見本を見せてくれるらしい。話の種にはなると思う「君たちのやっている大和石応用観測実験を会長にお見せしようと 思う。解説を頼みたいが」 ぞ」 老人の言葉に従うように、雪奈は頷き椅子から立上った。 勝介に促されて先程の駐在員の若者が、それではと五堂老人たち 老夫婦は、基地の中央部へ案内され、そこからエレベーターに乗をスクリーンの前の椅子へと案内した。 り頂上へと昇っていった。 「下手な解説より、現実に観ていただくのが一番手つとりばやいと 「私は、先にこの実験について仮に通信技術に関するものだと申し思いますので。照明を消しますが、よろしいですか」 あげていましたが、厳密に解釈すれば少し違っているかもしれませ室内が暗くなると、スクリーンに何の変哲もない星が写しだされ ん。ただ、今迄の天体観測の概念を完全に変えてしまったと言うこた。 とは言えると思いますよ」 「この星は、何かおわかりですか。そうです。我々の故郷である地 青年は五堂老人に、そう説明した。 球の太陽です」 エレベーターが静止した。 それはスクリーン上では、一つの単なる光点にしか見えはしなか そこはド 1 ムの内部を思わせる半球型の部屋だった。壁は透明な 物質で作られ、惑星の夜景が一望に眺められる。天井には無数の細「さて、映像を近付けてみます。これは、超空間を通してではな 、百光年先の太陽系としての映像ですので誤解されないようにお い大和石グラスが縒合せられ、それがドームの外の巨大な抛物線型 ャポニウム ャポニウム ャ解 - 一ウム
老人は手をあげ、ゆっくりと駐在員たちに振ってみせた。自分の老人は答えなかった。答えようがなかった。雪奈は慥かに最後に 足どりの余りの軽やかさに、トリスタンの 0 ・という重力をあ会った時より老けこんではいた。しかし、雪奈らしさ、雪奈のおも らためて思い出していた。会長の妻は、自分のほうからは決して口かげといったものは恐ろしい程、変っていなかったのだ。 を開こうとはせず、老人に対して気をつかっていることが、痛いほ「何年ぶりかな」 老人は思いきって口を開いた。 ど見てとれた。 歓迎の波を抜けて基地へ入ると、玄孫が、一つの部屋に案内し「九十 : : : 四年ぶりです」 婦人はやっと顔をあげた。老人はその眼を見ることができず、視 「この基地の外装をもっとロマンチックで歴史を感じさせるような線をそらしていた。 ぎごちなさだけが部屋中を支配していた。 ものにしたいと思うんです。ここをそのまま、観光拠点のリゾート ・ : それで、部屋は特別室内電話が鳴った。電話のリモート・ボタンを押すと、青年の声 ハウスとして利用する予定でいますから。 が室内に響いた。 来賓用のスイート・ル 1 ムになっています。奥様と御一緒にゆっく りお過ごしください」 「失礼いたします。スイート・ル 1 ムの居心地はいかがでしよう か。 ( まあまあだ ) 何か不足の品がございましたら中しつけてくだ 雪奈と一緒の部屋なのか : : ・と喉まで出かかったがやめてしまっ た。もう、この青年に抵抗を試みても総て無駄なことのようにも思さい ( わかった ) 今後の予定を申しあげておきたいと思います。明 えてきたからだった。 朝は基地周辺の観光コースを巡回して頂く予定になっております。 雪奈と二人取残された老人は、始め何と言えばいいのか戸惑って ( ふん ) 本日の夕食は午後十四時にカフェテリアに準備いたしてお ります。現在が十一時半ですから、それまでゆっくりおくつろぎく いた。雪奈婦人は椅子に腰をおろし、うつむいて沈黙を続けてい ださい。 ( ちょっと待ってくれ ) はい、何でしようか。 ( 宇宙船の 中で、おまえは儂の見たことのない大和石応用の通信技術実験を見 老人はあらためて雪奈を見た。彼女も、もう百二十歳を越えてい ( その見学はいつになる ) いつで るはずだった。だが外観は五十歳代の初めにしか見えはしない。だせてくれると言ってたな ) はい。 、と思えます。今な も結構でございますが。ただ、夜間のほうがいし が彼女は小さかった。小さな肩を縮ませて椅子に座っていたのだ。 そんな彼女と一緒にいることが、老人にとって無意識のうちに息のら実験室に御案内してもよろしいのですが、お疲れではございませ んか」 詰まるような思いに追いこまれていた。 「宇宙船の中では : ・ : ・」雪奈が呟くように言った。「突然現われて老人は確かに疲労を感じていたが、この部屋における息苦しさか 驚かれたのでしようね。私は迷ったんです。でも、やはりここへはら、少しでも早く逃がれることができればと念じていた。 「いや、疲れてはいない。今からでも構わんそ。大和石応用の通信 来るべきではなかったのかもしれません」 ャポニウム
え、それに感動し、畏れを感じた。 み出される脳機能障害とおなじように、彼ら全員の脳波にある程度 「メガネをはずせよ、ジェリー」優しく、ゆたかな響きをおびた声の混乱を起こさせた。″部屋″の中のどの要素がそれに係り合って 、刀し / いるかは、専門家たちがホログラフ写真をくわしく調べているが、 ヒューズはかぶりを振った。 まだ不明だった。サイキ十五号は、乗員の保護と監視に新しい対策 「きみの内部にある暗がりで、いつまでも坐っていることはできなを講じた上で、よりいっそう徹底的な現場調査を行なうことになっ いんだ・せ。出てこいよ。自分で盲目を選ぶことはできないそ、ジェていた。 現場の疑わしい要素はきわめて数多く、きわめて複雑に関連し あっているので、一人の人間がそれを整理したり分類したりするこ 「な・せできない ? 」 とはひどくむずかしかった。火星学者の一部は、″部屋″の特異な 「きみはあの光を見たからさ」 性質がたんなる地質学的偶然にすぎず、″部屋″がわれわれに″物 「どの光を ? 」 「あの光、あの言葉、おれたちが感じとるように、そして知るよう語る″のは、岩石の層や、木の年輪や、スペクトルの線が簡潔にし に教えられた真理だよ」テムスキーは完全な確信から生まれる優しかも美しく示してくれるのと、おなじ種類の情報でしかない、と確 さでいった。彼の声にこもった暖かみは、日ざしの暖かみだった。信していた。ほかの学者たちは、おなじように強くこう信じてい 「出ていってくれ」ヒ = ーズはいった。「出ていってくれ、テムスた。あの都市を作ったのは知的生物であり、その遺跡を研究するこ とによって、彼らの性質やその知能ーーー六億年前の ( 現場の放射性 崩壊年代決定で、それにはいまや疑問の余地はない ) 想像を絶した サイキ十四号の着水から十二週間が過ぎた。帰還報告センターの知能ーーの働き方が、いくぶんかはわかるかもしれない。しかし、そ 職員で、惓怠よりも危険な症状の現われたものは一人もいなかつのための作業は、気力も挫けるほどのものだった。スミソニアン研 た。ヒ 1 ズも悪化はしておらず、テムスキーはいまや完全に回復究所の・・ニーマンの巧みな表現によるとーーー「考古学者 は、ごく単純な物からー、ー陶器や石器の破片、こっちの壁、あっち していた。サイキ十四号の乗員に影響を与えたものがなんであった たくさんの情報を引き出すのに慣れている。だが、も にしろ、ウイルス、胞子、細菌、その他の物質的素因のもたらす疫の墓から 病ではないと考えて、まちがいなさそうだった。シャビア博士を含し古代文明の遺物が、たった一つの非常に複雑なもの、たんにテク む大多数によって、とりあえず、いろいろな条件づきで受け入れらノロジ 1 的な意味でなく、いろいろな意味で複雑なものーーーたとえ れた仮説はこうであるーー三人の宇宙飛行士の長い熱心な現場調査ば、一冊のシ = イクスピアの『 ( ムレット』ーー・だけしかなかった のあいだに、 @現場、つまり″部屋″の構成要素の配列状態にひそとすれば ? さて、ここで、たった一冊の『ハムレット』を見つけ 9 むなにものかが、ちょうどある周波数のストロボ・ライトなどで生た考古学者たちが、ヒューマノイドではなく、本というものを知ら
都会からはなれた、山のふもとにある小さな旅館。豪か」 華なものではなく宿泊料も安いが、山小屋風のつくり「ええ」 男はコップに水をくんできたが、思い出したように言 で、しゃれた感じがしないでもなかった。 口かずは少ないが、親しみの持てる老人がひとりでやった。 っていた。食事の味もまあまあだった。部屋は七つ。経「そうだ、小びんのウイスキ 1 があった。少しまぜる 営が成り立てば、それ以上は望まないといったふうだっ か。気分もほぐれる」 「ありがとう」 た。山好きの人たちに愛用されていた。 その部屋のひとつ。午前三時ごろ。三十歳ぐらいの男青年はそれを飲んだ。いくらか落ちついてきたよう ・こ。男は聞く。 ・、べッドの上に身を起し、タバコを吸っていた。少し前 「どんな夢だ」 に目がさめて、そのあと寝つけないのだ。 小さな電球があたりを・ほんやりと照している。その光「なにしろ、妙な夢です。もともと夢は妙なものなんだ によって、そばのもうひとつのべッドの上に眠っているろうが、あんなのははじめてだ。それに、いやにリアル でした」 二十歳ちょっとの青年が見える。 「そんなに奇妙か。知りたくなった。話してくれ」 二人は前日、山をひとっ越えて、ここへやってきた。 男にうながされ、青年は言った。 なんということもない光景だが、そのうち変化が起っ た。静かな寝息をくりかえしていた青年が、うなり声を「ぼくが山道を歩いているんです。それがどこで、どこ あげはじめたのだ。激しく、苦しげで、へたをするととから来たのかもわからない。しかし、ひとりじゃない。 前を歩いているやつがいる。だれだかわからない。しか なりの部屋まで響きかねない。 男はべッドからおり、そばへ寄って手をかけ、からだし、なぜかその人についていかなくてはならないような 気がし、歩きつづけている」 をゆすり、呼びかけた。 「うん、面白いぞ」 「おい、どうした。しつかりしろ : : : 」 「そう思いますか」 照明をあかるくする。青年はなおしばらく意味のない 声をもらしつづけたが、やがて目をあけ、まわりを見ま「ああ。で、どんな道で、どんな景色だったか、おぼえ ているかい」 わしてからつぶやいた。 いくらかの・ほり坂だったな。右側が 「細い山道です。 「あ、夢か : : : 」 「ひどくうなされ ( いたぜ。もう大丈夫だ。水でも飲む山、左側が谷。谷といっても、そう急な斜面じゃない。 2
れば、すぐに治療されるからね。もしロジャーズにそんな傾 向があれば : ヒそう。最初からこの計画に選ばれなかったはずだ。冗談じ ゃない、これまでに六カ月も宇宙で暮らした経験のある男だ ぜ。 デきみの経験はどれぐらいだったーー・六日間 ? ヒきみとおなじさ。一回月へ行っただけだ。 デじゃ、原因はそれじゃないな。ひょっとすると : ・ ヒなんだ ? デ一種のウイルスでは ? ヒ宇宙病かい ? 火星熱 ? 宇宙飛行士を発狂させる太古の 謎の胞子 ? デわかったよ、ばかな考えに聞こえるだろうさ。しかし、待 ってくれ、あの部屋は密封されていた。それに、どうやらき みたち三人ともが ヒドワイトは大脳皮質の過負荷、ジョーは緊張病、ぼくはな いものを見はじめる。どこにつながりがあるんだね ? デ神経系だ。 ヒなぜ一人ひとり症候がちがうんだ ? デそれはだな、麻薬だってその作用に個人差が : ・ ヒわれわれがあそこでくそいまいましい火星産の幻覚キノコ あそこにはなにもな を発見した、とでも思ってるのかい ? かった。死に絶えてた。火星全体がそうであるようにだ。き みも知ってるはずじゃないか、現にあそこへ行ったんだか ら ! あそこには罰当たりな細菌もウイルスもなにもない。 あそこには生物はいない、どんな生物もた。 デしかし、びよっとして ヒどうしてそう思うんだい ? デきみの発見した部屋。われわれの発見した都市。 1 ニイ、三文ジャーナリストみたいな言い草は ヒ都市 ! よしてくれよ。きみもよく知っているはずじゃないか。あの すべてが、一連の泥のかたまりにしかすぎないのは。われわ れに判断できるかぎりではね。判断の手がかりはなにもな 。あまりにも古すぎるし、条件が違いすぎて、背景になる のがないんだ。われわれが理解しようとしてもできない、 人間精神の範囲外にあるなにかなんだよ。都市、部屋、そん なものはすべてーーわれわれがたんに類推し、自分たちの言 葉で意味づけをしようと試みているだけだ。しかし、われわ れの言葉の中にあんなものはない。意味もない。いままく にはそれが見えるんだ。それだけが、ぼくに見える唯一のも のなんだ ! デなにが見えるというんだ、ジェリー ? ヒ・ほくが目をあけたときに見えるものさ ! デというと ? ヒそこに存在せず、意味をなさない、あらゆるものさ。ああ ・ほ、くは デおい、しつかりしろ。落ちつくんだ。いいか、きっと治る よ。いまにきっとよくなる。・こいじようぶだよ、ジェリー。 ヒ〔不明瞭〕光と〔不明瞭〕さわったものを見ようとするん だが、だめなんだ。理解できないし、それに〔不明瞭〕 デだいじようぶだ、ここにいるよ。おい、落ちつけ。 387
緊張に腕を震わせながら、静かに静かに、ギンナルは扉を開けてに首をめぐらせた。 と、それを待っていたかのように、ふわりととなりの部屋の扉が たよりなげな灯明の赤い光の下に、幅の広い大きな寝台が見え開いた。 た。壁に薄い影がうつり、それが激しく揺らいでいる。樫の木の寝あまりの唐突さに、ギンナルは動けない。 台が、ギッギッと耳障りなきしみ音をしきりにたて、その震動がか ふんふんと鼻を鳴らして、裸の男がそこからでてきた。美形のや すかに床に伝わってくる。 さ男である。 ギンナルは、寝台の上で何がおこなわれているのかを知った。 ギンナルと目が合った。 男が一一人、からみあっているのである。 茫然として、傴背の小男を見つめている。ゆるゆると右手があが り、ギンガルを指さした。 陽焼けした逞しい大男と、生っちろいほっそりとした少年のよう な男だ。大男は、傭兵隊長の ' ( ルドスである。本人に会ったことは「あなた、誰 ? 」 ないが、南砦の・ハルドスといえば、誰だって知っている。 乾いた声で、そう説いた。風貌といい仕様といし 、兵士のそれで すると、若僧の方は衛兵だな。 はない。男妾である 。バルドスのお相手はひとりではなかったの ギンナルは合点がいった。衛兵はいたのだ。ただし、・ ( ルドスの だ。この男は、何かの都合でとなりの部屋にいっていたのだろう。 お相手になるためである。・ ( ルドスはみめのいいきやしゃな青年を ギンナルはツキが落ちたのを感じた。 衛兵に選び、欲望が昻ると自分の寝台に引き入れていたのだ。 くるりときびすを返し、ものも言わずに逃げだした。 ーー男色野郎め、何が衛兵た・ : 「待って ! 」 苦々しげに顔を歪め、ギンナルはまた細心の注意を払って扉を閉 男は金切り声をあげた。 めた。強欲で名高いルドスのことである。どうせかき集めたおた 「どうした ? 」 からは自分の手が届くところ、寝台の下あたりにでも隠しこんでい 寝室から・ハルドスの太い声が響いた。 「怪しい奴が : るはずだ。例のズール人が仕えていた前の隊長もそうしていたとい 。せむしの小男です ! 」 。いかにあっちの方に気をやっているとはいえ、これでは手のだ「賊か ? 」 しようがない。 どたどたと音がして、勢いよく扉が開き、腰に布を巻きつけた・ ( しかたねえ、よその部屋をあたってみるか。何か ( ン。 ( 物のルドスが顔をだした。さすがに隊長らしく、目つきが鋭い。顔のほ ひとつぐれえはあるだろう。手ぶらで帰るわけにや、いくもんか。 とんどは濃い髭で埋まっている。 このまんまじゃあ、仲間うちの笑いもんになるばっかりだ。 「廊下にいたんです。あっちへ逃げました。左翼の方です ! 」 口惜しさに顔をどす黒く染め、ギンナルはひょいと廊下の先の方動転しているのか、男はやたらと両手を振り回した。 幻 5
は、もう騒がしい。左に行くと居館の二階で、危険な点では一階と 「こそ泥め ! なめたまねを : : : 」・ ( ルドスは唸るように言った。 八裂きにしそう変わらない。 「すぐに全員に呼集をかけろ ! 絶対に逃がすな ! ギンナルは、廊下を右に走った。 て、胸壁にさらしてくれる ! 」 少し行くと、左に折れる枝通路があった。南砦は、古いが大き 「は、はい 。ことに左翼右翼の建物は有事の際に何百人もの兵士が駐留でき 男は裸のまま向きを変え、右翼の方に走っていった。 「ソロン ! 」バルドスは振り返って、自分の後ろにいるもうひとりるよう、広く造られている。それも小さな居室が、たくさんあるの つるぎ の男妾を呼んだ。「わしの剣をよこせ ! 」 ギンナルがはいりこんだのは、それら居室をつなぐ細い通路のひ 「ここに : とつだった。甲胄を着た兵士がひとり、やっと通れるほどの狭さで ソロンは鞘にはいった剣を渡した。 「わしらの閨を見た奴は生かしておかん ! 」布を腰のところでしつある。 いきなり、前方に兵士がひとり現われた。 かりと結びながら、ぶルドスは言った。「首は、わしの剣で刎ねて 石壁からわいてでたように見えたが、もちろんそうではない。居 やる」 室のひとっからでてきたのだ。部屋に引きこまれている伝声管で呼 鞘を払った段平を振りかざし、・ ( ルドスはギンナルを追った。 ギンナルが、ちょうど階段にさしかか 0 た頃であ 0 た。櫓から降集を聞いたのだろう。甲胄を身につけ、手には大振りの抜き身を握 っている。 りてくるのに使った階段である。しかし、そこを上に逃げるわけに 「いけねえ、いけねえ」 ギンナルは、くるりと向きを変えた。 上は見張りの兵士でいつばいだ・ : が、反対側の先からも、 ) 沓が敷石を蹴る甲高い音がする。そちら ギンナルは、素早く思考をめぐらした。賊侵入の知らせは、すぐ に伝わる。上に逃げたのでは自殺行為だ。今なら砦の中にはほとんからも兵士がくるのだ。もろに挾み撃ちである。 咄嗟に身をひねり、ギンナルは手近なドアを押し開け、その中に ど人がいない。どうせじきに兵士がなだれこんでくるのだろうが、 活路をみいだす機会が絶無ではないように思われゑ逃げるならば転げこんだ。 それは使われていない部屋だった。数百人もの兵士を収容できる 下だ。 ギンナルは階段を駆け降りた。もう足音を消している余裕はな南砦である。わずか七十余名の傭兵部隊しかいないのでは、広すぎ た。ほとんどの兵士は一階か四階に居室を持っており、いくつかの 。石の壁に、びたびたという音が反響した。 衛兵用の居室を除けば、二階三階の居室の大部分は空部屋であっ 砦の二階にでた。 左右に廊下が伸びているのは三階と同じである。階段の下の方た。 幻 6
ず、劇というものを知らず、われわれのように話したり、書いた り、考えたりはしない、と仮定してみよう。いったい彼らは、その 小さな人工物、その明らかな複雑さと意味深さ、ある要素の反復と その他の要素の非反復、各行の長さの半規則性、そのほかいろいろ のことをどう解釈するだろう ? 彼らはどんなふうに『ハムレッ リセットゼンタイセイリカイワナンセンスナンセン ト』を読むだろう ? 」 スオイミノナイホントウノョイカミトカン この″ ( ムレット説″を受け入れた人たちにとって、明白な第一 ジナサイ 歩はコン。ヒュ 1 ターを利用することであり、多数のコンビューター サシズホウガクオカンジナサイウケナサイ が使われて、現場のさまざまな要素が分析された。″小仕切り シラナイモノニシラセナサイ の間隔、サイズ、深さ、配置、第一、第二、第三の″小部屋″の大 きさの比率、″部屋″ぜんたいの異常な音響効果、などなど。これ らの。フログラムは、どれ一つとして、まだ意識的なプラニングや合 実行終了 理的なパターンが存在する確かな証拠を生み出していなかった。も っとも、デイセリスとヒューズが Z << のアルジェ・フライック 5 入ってきたシャ。ヒアは、ヒューズが、この頃はたいていそうなの 型のために作成したプログラムは別である。このプログラムはたし だが、黒いゴーグルをかけて、べッドに横になっているのを見出し かに成果を上げたが、ただし、それは合理的と呼べないものだっ た。ヒューズの顔は青白く、病気のようだった。 た。のお偉ら方たちはそれを見て身震いしたし、デイセリ スからそれを見せられた数少ない科学者たちは大笑いした。そのあ「ひきこもりすぎだと思うがな」 ヒュ 1 ズは答えなかった。 と、それは、おそらくイカサマであり、確かに当惑を招くという理 シャビアは腰をかけた。「ニューヨークに帰されることになった 由で、闇に葬られてしまった。。フリントアウトの全文は、つぎのよ よ」ポツリとそういっこ。 うなものだった ヒューズは答えなかった。 「テムスキーが自由の身になったのは知ってるね。彼はいまフロリ 実行 ダに帰る途中だ。奥さんと。連中がきみをどうするつもりでいるの 火星現場ビジョンホール第九区 かは、聞き出せなかった。わたしは : : : 」長い間をおいてからシャ デイセリスヒュ 1 ズ ビアは言葉をつづけた 0 「わたしはもう二週間、ここできみと話を ョイカミカミョイアナタワカミデス リ . セット 398
いか、あれは音楽じゃない。ただ、美しいからそう表現する「現場だよ。・ほくに見えるのはあれだけだから」 6 だけであってね。言葉にだって直せると思う。たぶん、その 「というと、それがきみのーーーきみが目をあけているときにーーー」 ほうがうまくいくかもしれない。その意味を伝えるのには。 「ちがう」ヒュ 1 ズは大儀そうに、気乗りしない口調で答えた。「も ヒ っと複雑なんだ。・ほくが見るのは : : : 現場じゃない。・ほくが見る テ怖いって、なにが ? のは : : : 現場の投けかける光の中の世界 : : : 新しい光た。に り , 、。ノョ 1 ・テムスキーにたずねるべきだな。それとも、そうだ、 ーナード・デイセリスとその妻は、防疫隔離のために直接訪ね前にきみがいってたように、あの小仕切りのパターンをアルジーに ては来られなかったが、二、三日おきにヒューズに電話してきた。 かけてみたかい ? 」 七月二十七日に、ヒューズとデイセリスは、サイキ十四号が調査し「プログラムを作るのがむずかしくてな」 た現場、いわゆる″部屋″について、重要な会話をかわした。デ「そうだろうとも」ヒューズは短く笑った。「材料をここへ送って イセリスはいった。「もし、十六号のチームに参加して、あのいまくれ。・ほくがプログラムを作る。目隠しのままで」 いましい場所を見ることができないなら、・ほくは気が狂うだろう」 「見ることは信じることさ」とヒュ 1 ズはいった。彼は以前のよう テムスキーは意気揚々とヒューズの部屋に入ってきた。「ジェリ 、できたそ」 な興奮しやすいところがなくなり、言葉数が少なく、辛辣になって 「なにが ? 」 「なあ、ジェリー。 あの小仕切りには機械らしいものがあったか「やっと一つになったんだ。きみのいうことが聞こえるのさ。 や、読唇術じゃないぜ。あっちを向いて、なにかいってみろっさ、 「ない」 オしか。現場に関して「プトマイン中毒」 「はっー こりやまたはっきりした答じゃよ、 「『プトマイン中毒』ーーそうだろう ? どうだ、おれはきみのい は、人間精神にとっての不可解さ以外、きみはなに一つ断言しない うことが聞こえる。だが、音楽をなくしたわけじゃない。全部がい だろうと思ってたんだが。軟化してきたかね ? 」 っしょになったんだ ! 」 「いや。まなびつつあるんだよ」 青い目で金髪のテムスキーは、ふつうならハンサムな男だった。 「なにをまなびつつあるんだ ? 」 いまの彼は崇高に見えた。ヒューズは彼を見ることができなかった 「見ることを」 ちょっと間をおいてから、デイセリスはそろそろとたずねた。「なが ( 換気口にはめこまれたスパイ・カメラは、彼を見ることができ たし、事実、そうしたけれども ) 彼の声のパイプレーションは聞こ にを見ることを ? 」