思う - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1980年3月号
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1. SFマガジン 1980年3月号

「男にうつつをぬかして仕事を怠けるとはもっての他じゃ ! 」 天帝が帰ったあと、織女はひとりしみじみともの思いにふけっ 天帝は奥歯をぎゅっと噛んで、真赤になって叫んだ。虫歯がますた。 ます痛みだしたのである。 そう言われてみると、あの天帝の館がたまらなくなっかしく思え 「もうわしは許さん、許さんそ ! 帰ってきて今までどおり仕事をてくる。機を織るだけの生活は完璧に輪を閉じて充たされていた。 するのじゃ ! 」 なぜこう毎日苛立ちと憂愁におそわれるのだろうか、以前はこうで 「いやよ、帰らない、ここにいるわ」 まなかった。 突然の天帝の激怒にすっかり驚いて、そう言う織女の声も小さく ( そうよ、そうだわ、以前はこうではなかったのに : かすれた。 そう思いながら寝室に入ると、今入浴している最中の牽牛のぬい 「よいか、織女や、よく今の状態を見てみるがよい、それぞれが自 だ服が、すっぽりと体だけぬけ出た形で置いてある。それを見て織 分の本来の仕事をなおざりにしてしまっている。冷静に考えて、そ女は激しいめまいにおそわれ、 して帰る決心がついたら帰ってくるがよい いつでも迎えを寄こし「キャアー ! 」 てやるから」 と大きな叫び声をあげた。 奥歯の痛みも加わって、天帝はもう半分なみだ声である。 ( ヌケガラだ : : : ) 「天帝さま、そんなにもあたしと牽牛をはなればなれにしたいので呟いてその場にしやがみこむと嘔吐しそうになった。よろよろと すか : : : 」 台所まで行って何度も吐いた。水でロの中をゆすいで、額の汗をふ と、織女の方もすっかりなみだ声になっている。 「いや、そんな : ・ 、ああ痛い : : : 」 牽牛の脱いだ衣服の形は、ヘビのぬけがらみたいだった。皮膚を 「ひどいじゃありませんか、自分からあたしを牽牛に会わせておい 一枚ペロリと剥いであった。ヘビのぬけがらを野原で見たことがあ て今さら帰ってこいとはあまりじゃありませんか」 るが、本当に気味がわるい。人はああいう脱皮をすることなく成長 眼のまわりをすっかりぬらせている。 するから、助かった、と織女は常々思っていた。人もああいう脱皮 「しかし、今までどおり仕事をしてもらわねば布が : : : 」 をせねばならず、あちこちに人の皮膚のぬけがらがあるとしたら薄 と、いくら言ってもとりとめがないように思ったので、歯も痛む気味わるくて、とても野原など歩けないと思う。 ことだし、帰ることにした。 ところが織女の見つけたものは、まさしくその、人間の形をした 「よいな、織女や、待っておるから : : : 」 一枚の皮膚であったのだ。 最後には何とも哀れな声をだして天帝は帰って行ったのである。 織女はその夜から寝こんでしまった。気分がすぐれないのであ る。急に寝こんだ織女を見て、

2. SFマガジン 1980年3月号

れがその上に立っているこの小つぼけな世界がどういうふうにしてわれわれを支配している法則に従って、この球体を吹いてつくった できたかはお話しすることが出来ます。あなたがたの世界は、事だけです。彼はあなたたちについて知りませんし、あなたたちはわ 実、内部は空洞で空気がつまっていますし、その外皮はグラグリ氏れわれの世界について何にも知りません。私は人間で、あなたたち が述べられた厚みよりも薄いのです。もちろん、それはいっかは破れより一億倍も大きく、十兆年も年をとっているのです ! グラグリ るでしようが、そのためにはあなたがたの年でまだ何百万年かかるを釈放なさいー 自分らで正否を決定出来ないことで論争してなに プラー でしよう。 ( グラグリ派から大声で万歳が叫ばれた ) またほかにも になるんですか ? 」 住民がいるたくさんの世界が存在するという説も正しいのですが、 「グラグリを倒せ ! 人間というやつを倒せ ! そういうお前が小 しかし空洞の球ばかりではなく、私のような生物が棲んでいる何百指でこの世界をつぶせるか見たいもんだ。お前のせがれを呼んで来 かたまり 万倍もある石の塊もあります。脂肪とアルカリも唯一の元素でな ! 」こう周囲でわめきたてられている間に、グラグリと私はグリ いどころか、元素ですらないのです。それらはたまたま、この小さセリンの入った桶のところへひつばっていかれた。 なシャポン玉の世界で一役かっている複雑な物質にすぎません」 焼けつくような熱気が顔に吹きつけてきた。抵抗しようとした 「シャポン玉の世界だって ? 」と四方から猛烈な不満の声があげら が、どうにもならなかった。 れた。 「グラグリのやっといっしょにこの中へ入れ ! 」と大ぜいが叫ん 「そうです」とヴェンデルおじがしきりに袖をひつばるのを無視しだ。「どちらが先に破裂するか見てやる ! 」熱い湯気に包まれ、体 て私は勇敢に叫んだ。「そうです。みなさんの世界は、私の小さなに焼けるような痛みが走った。 息子がストローで吹いてつくったシャポン玉以外のなにものでもあ りません。だから子供の指で、あっという間につぶされることがあ私は庭のテー・フルのおじのそばに坐っていた。シャポン玉は、い り得ます。もちろん、この世界にくらべると、私の息子は巨人の大・せん、前と同じ場所に漂っていた。 きさがありますがーー」 「どうしたんだろう ? 」と私は身ぶるいしながら言った。 「前代未聞の話だ ! 大ぼらだ ! 気違いだ ! 」と怒号が飛び交「十万分の一秒の出来事さ ! 地球上では何ひとっ変ってやしない い、インキ壷が私の頭めがけて飛んできた。「あいつは狂っているー よ。間にあうように目盛りを動かしたのさ。そうしなかったら君は この世界がシャポン玉だって ? やつのせがれが吹いてつくったとグリセリンで煮られていたよ。フン ? これでもミクローゲンの発 いうのか ? やつが世界創造者の父親だというわけか ! やつを石見を公開すべきだと思うかい ? どうだい ? かれらが君の言うこ 責めにしろ ! 石責めにしろ ! 煮てしまえ ! 」 とを信しるたろうと思うかね ? まあ説明してみるんだな ! 」 「真理に名誉あれ ! 」と私は叫んだ。「両派とも間違っているんで ヴェンデルおじは笑った。するとあのシャポン玉がはじけた。息 す。この世界は私の息子がつくったものです。息子は世界の内部で子がもうひとつ新しい玉を吹き出した。

3. SFマガジン 1980年3月号

「ふむ。むずかしい」 一息にそう尋ねた。 「とにかく整っていなくてはダメだし」 織女はたいして驚きもせずに顔をあげて、 「やはりな。容姿端麗か、面喰いじゃな、おまえも」 「見合い ? あたし、そんなのする気ないわ。どこがいいの、けっ こんなんて。天帝さまからお見合いの話は断わって下さい。ぜん「整いすぎていてもいけない、どこかに遊びがなくては : : : 」 「ふうむ、眉がとびあがっているとか、ロが大きすぎるとか、つま ぶ、ぜんぶよ」 り個性ということだな、ふむふむ : : : 」 背筋を伸ばして言う。 「それに、ひかえめな光沢ね」 「いや、・せんぶといってもな : : : 」 「つまり、キラリと光る知性じゃな。容姿端麗、なおかっ個性と知 実は見合いの話は皆無なのである。が、心積もりのある天帝は、 「なあ織女や、そんなことを言わずに、一度天の川の向う岸へ行っ性か : : : 」 天帝はスプーンを持つ手を休め、 てみる気はないかね」 「うん、びったりとまではいかなしが、なかなかよいではないか : と尋ねる。天の川の向う岸ときいて、また一度も天の川を渡った ことのない織女は、まあ行ってみてもよい、と気まぐれに思い すっかり嬉しくなって、ひとりでぶつぶつ呟いて頬をゆがめてい 「そうね、考えとくわ」 言って、またスウブをった。織女のこの返事に、天帝は脈ありる。 「それじゃ、天帝さま、わたしはまだ仕事がありますから : : : 」 とみて、 食事をすませると、織女は立ち上がった。 「そうか、そうしてくれ、考えてみてくれ」 「おお、そうか。ごくろうじゃな。あまり無理をせぬよう : : : 」 相好を崩して何度も頷いた。 織女も男と暮すようになれば少しは日々の生活もはなやぐだろう「はい」 し、女らしくもなるであろう。機を織るばかりの味気ない生活は父にこりと笑って食堂を出て行った。どこからともなく吹いてくる の眼から見ていても気の毒なくらいであったから、天帝はぜひともかすかな夜風に、地味な衣裳をひらめかせて去ってゆく、痩せた織 女のうしろ姿を見送って、 織女に夫をもたせてやりたかったのである。 「これでうまく話がまとまってくれるとよいのだが : : : 」 「ところで、つかぬことをきくが、おまえの理想はどういう : : : 」 織女は魚の目玉をもごもごと食べながら、今度織る予定の絹の色天帝は、そう願わずにはいられなかった。 についてあれこれ考えていたので、 さて、ある日、天界をいつものようにひそかな風が吹きぬける午協 「むずかしいわね : : : 」 後、天帝と織女は天の川の浅瀬を牛車で渡っていった。天の川の向 眉を顰めて呟く。

4. SFマガジン 1980年3月号

料理頭は、どうやって自分がそのスウブを持って再び厨房に帰っ外はそれそれがそれそれの仕事を熱心にするのじゃ」 たか覚えてはいない 「今までどおりに」 後に、この料理頭は天帝の館からいなくなったということであ「そうじゃ、今までどおりに」 る。突然姿を消したのであるが、天界を放浪する旅に出たのだと言 「そうして一年に一度だけ会うのですね」 う者もあれば、いや、地上に降りて行ったのだと言う者もある。 「そういうことじゃ、一年にたった一度。どうじゃな、織女や ? 」 その行方は誰も知らない 天帝は共犯者同士のような、思わせぶりな眼で織女を見た。我な さて、天帝と織女は、スウブにかわって運ばれてきた煮魚を食べ がら最良の、それにもまして粋な考えだと思えた。そしてまた、こ はじめた。天帝は魚の骨を口から出しながらそれとなく織女に、 ういう思わせぶりな眼をしていると、昔日のダンディズムがよみが 「牽牛はあれからどうしているだろう : : : 」 えってくるように思えたのである。天帝もその昔はダンディな男で と話しかける。 あったのだ。今は亡き妃と、若かりし頃に恋を語りあったことなど 「さあ : : : 」 を思いだした。 織女は生返事をする。 「わかりました」 「噂によるとおまえが突然こちらに帰ったものだからおまえの気持織女は亡くした妃とそっくりな声で言った。天帝はやっと我にか ちがわからず、毎日・ほんやり牛の世話をしているらしいな : : : 」 えり、何度も頷いた。神経痛も胸の痛みも消えてゆくような気がす 「わたしたってただに まんやりと機を織っているだけです」 るのであった。 「まあ、そう突っ慳貪な態度をとらんでくれ、わしはおまえにそう 言われると胸も痛いし、神経痛もあってな、どこもかも痛いのじゃ 七月七日が天帝の決めた牽牛と織女の逢瀬の日である。 夕暮れであった。 「よいのです、わたしは自分の意志で帰ってきたのですから」 天界は群青色の大気に包まれ、ひとふきの涼風が織女の頬を撫で 「ああ、胸がチクチクする。わしは心臓もわるいのかもしれん : つける。天の川の川べりに立って、乳白色の水をながめると、水の もう長くはないのかもしれない 。それだから織女や、せめ表面は群青の薄闇をうっすらと映している。 て一年に一度だけおまえと牽牛を会わせたいのだ、このまま牽牛と天帝が遣わした使者は、牽牛の許に届き、牽牛は向う岸で織女を も会わず、機を織っているだけでは見ているわしの方がつらいでは待っているはずである久しぶりに会う牽牛のために「織女は自分 スカート の織った紅い絹の上衣と白い裙子に身を包み、髻には鳥をあしらっ 「一年に一度だけ会うのですか、天帝さまのために」 た簪をつけている。 「何をいう、ふたりのためではないか、おまえと牽牛の。その日以昨日の雨で天の川の水かさが増しているのが気にかかるが、かた

5. SFマガジン 1980年3月号

ろうというお考えはまったくそのとおりで、我々はその一部を今や「今までに会ったことはないな」サラスは即座に答えた。「私をマ っと予感しはしめたところです。そして、その一つが、あなたの静ハライハからひきずり戻すほどり重要人物なんだろうな。我々は ″舎利室″を開ける直前だったんだそ」 かな小さな島を、善悪は知らず、世界の中心にしようとしているの トリマラン です。いやーーー世界だけではない。太陽系全体の中心にです。この「私だって、サラディン湖のレースが始まろうという時に、三胴船 繊維によって、タブロバニーは、すべての惑星への踏み石となるでを降りなけりゃならなかったのよ」とマクシーヌ・デュヴォール・、 しよう。そして、たぶん、いつの日にかーーー星への踏み石に」 いった。彼女の有名なコントラルトの声には、サラス教授ほど面の 皮の厚くない者なら、きれいに鼻っ柱をへし折るほどの苛立ちがこ もっていた。「それから「彼はもちろん知っているわ。タブロ・ハニ 最後の橋 ーからヒンドスタンへ橋をかけようっていうわけなの ? 」 ラージャシンゲは笑った。「いやーー・ーあそこには、もう二世紀も ポールとマクシーヌは彼の最も古くからの親友のうちの二人だっ たが、ラージャシンゲの知るかぎりでは、いまこの瞬間まで二人は何不足なく使われている道路が通っている。それから、君たち二人 会ったこともなかったし、通信を交したことさえなかった。そうすをここまでひきずってきたことは、すまないと思 0 ているーーもっ る理由も、あまりなかった。タブロ・ ( ニ 1 以外の土地の人間でサラとも、マクシーヌ、君は二十年もここに来るという約束を果さない ス教授の名を聞いたことのある者は誰もいなかったが、マクシーヌでいるんだがね」 「そうね」と彼女は、ため息をついた。「でも、私はあまり自分の ・デュヴォールの方は、太陽系内のどこへ行っても、姿か声かでた スタジオの中にばかりいたもんだから、外には本物の世界があっ ちまちそれと知られてしまうことだろう。 二人の客は図書室の坐り心地のよい寝椅子にもたれ、ラージャシて、およそ五千人の親友と五千万人の親しい知合いが住んでいるこ とを、ときどき忘れてしまうのよ」 ンゲは屋敷の中央コンソールに腰をおろしていた。彼らは揃って、 「モーガン博士は、どっちの部類に入るんだね」 動かずに立っている第四の人物を見つめていた。 まったく動かずに。この時代の日常の電子工学の奇蹟を何も知ら「彼には会ったことがあるわーーそう、三回か四回ね。″橋″が完 ない過去からの訪問者なら、ちょっと見ただけで、すばらしく精巧成したときに、特別インタビ = ーをやったの。とても印象的な人物 な鑞人形を見ているのだと決めこむかもしれない。しかし、もっとだったわ」 マクシーヌ・デュヴォールからすれば、これは賞め言葉というべ 注意深く観察すれば、とまどうような二つの事実が明らかになるだ ぎだな、とラージャシンゲは思った。彼女は、もう三十年余という ろう。″人形″は透明で向う側の明るい物がはっきり見えるくらい もの、この苦労の多い職業でおそらく最も尊敬されているメン・ハー だったし、足は絨毯の数センチ上で・ほやけていたのである。 であり、この世界でのありとあらゆる栄誉をかちとっていた。ビュ 「この男を知っているかね ? 」とラージャシンゲは訊ねた。 に 3

6. SFマガジン 1980年3月号

いう説に矛盾することを強調し、もしほかの世爨か存在しないなとはサポニール人にとっては、いずれにせよ、命にかかわることだ なったのを見たとき、もう自分を押えられず、飛び出して ら、ルデイプディという巨人よ、、 どこに立ったのかと尋った ねた。旧派の学者たちは学識を誇っていたのにもかかわらず、この発言する許しを乞うた。 理由を説明することが出来ず、もし第三のテーゼがうさん臭く思わ「ハ力な真似はよせよ」とヴェンデルおじが私に飛びついて低い声 れなかったなら、グラグリは最初の二つのテーゼでも勝っていただで言った。「喋ったらたいへんなめに会うぞ ! やつらには分りつ ろう。しかしこの第三のテ 1 ゼが政治的に評判が悪いことは、あまこないんだ ! ひどいめに会うそ。じっとしていたまえ ! 」 りにも明白で、グラグリの友人たちでさえ、このテーゼでは彼を援だが私はひるまずに話し始めた。 助しようとはしなかった。なぜならほかに世界が存在するという主「みなさん ! 私はみなさんの世界の由来を本当に知っております 張は反国家的であり反民族的なものと見なされていたのである。しので、どうか説明させて下さい」 「なんだ ? どうしてなんだ ? み かしグラグリはどうしても自説を撤回しようとしなかったので、ア ここで一座は駈然となった。 カデミーの大半が彼の敵になって、なかでもひどく敵意を抱いた連なさんの世界だって ? ひょっとしたらお前は別の世界を知ってい おい、聞けよ、あの未開人、野蛮人のや 中は、はやくも彼がやわらかくなるまで煮るために、グリセリンのるとでも言うのかい ? 鍋をひつばってきた。 っ ? やつは世界の成りたちについて知っているんたとさ」 私はこのナンセンスな賛否両論の一部始終を聞かされたが、せが「世界がどのようにして成立したかということは」と私は声をはり れが約六秒前にストローで庭に面した窓から吹き出したシャポン玉あげてつづけた。「あなたがたも私も誰も分りません。というのも あなたがた、考かる人々も私たち二人同様、無限の形態をとる無限 の上にいることを確信していたから、この二重に間違った論争が、 まっとうな考え方をする人物の命にかかわることにーー煮られるこの精神のほんの微光のようなものにすぎないからです。だがわれわ 梶尾真治 地球はプレイン・ヨーグルト 甘いラブ・ロマンスから奇想天外なユーモアまで、達者な筆が展 開する世界ー・久々に登場した本格短篇作家の作品集。 好評発売中 ! 三ニ 0 円ハヤカワ文庫 < 早川書房 9

7. SFマガジン 1980年3月号

ん彼の旧所属である窮理学部の意見を入れたものですが、同部長の だが、ガポール部長は、そんなことに気づくようすもなく、た チュオンリンは、この作戦の成功によって 、ハール室長の後任とだ、事件がおこることを楽しんでいるようだった。 しての声価をたかめようと必死なのです」 現場が近づいてその実態がわかると、コイズミは舌うちした。 ( おそかったか ! ) 「みえすいたこの策謀を、構成理論部長のゲ・ゴルヒが心よく思う しかしガポール部長は生き生きとして、事の収拾にあたってい はずはありません」 「それはそうだ」 「反抗するものは撃ち殺す ! 」 ガポール部長は大きくうなずいた。ガポール部長自身、若干の野ガポール部長はどなった。部下がそこここに散り、西部のみにく 心はもっているから、うなずくのはとうぜんである。 い争いの跡しまつをした。もっとも、ほとんどはすでに片がついて 「ゲ・ゴルヒ部長は、ただ反対するだけでなく、なにか対案をつくしまっていた。 りつつあるようです。わたしがあの部の歴史を分析した結果、この残されているのは下級戦闘員の死骸だけで、両部長やフーリエの ような時のための特殊なコンビュータを隠匿していることがわかり姿はなかった。 ました。 しゃべりまくりながら指揮をしていたガポール部長のところに、 「ふむ : ・ 司令室から連絡がはいった。 「そのコンビュータは、名を″チェザロ・ロポット″といいます」 それをきいて、ガポール部長はおどりあがった。そしてコイズミ 「妙な名だな ? 」 にどなった。 「おい、コイズミ、フーリ 「そのコンビュータを操作できるのは、たぶん、あの部内でいちば 工の方法が実行にうっされるそうだ。小 んの切れ者といわれるフアドル・ザビエル課長ひとりのはずです。規模だがやることはやるらしい。″収東級数化法″だ。構成理論部 ですから、とにかくザビエル課長の身に事故がおこらないようにしで構成された級数を、わが部で実行する。わたしはすぐにもどる」 「わたしはもうすこしここにいます」 なければなりせん。そもて、″チェザロ・ロポット″が何であるか コイズミはこう答えた。ガポール部長の手伝いをさせられてはか を知り、それが構成理論部だけの利盛のために使われないようにし なわないと思ったのだ。 なければなりません」 コイズミはこれだけ説明すると、分析結果にもう一度眼をはしらそしてコイズミは、ガポール部長が次の命令を発しないうちに駆 せた。むろんこのような知識は、とっぜんの分析だけで得られたもけだした。 のではない。日常もれてくるすべての情報をコイズミ特有の方法で 行く先はむろんフアドル・ザビエル課長の研究室である。そこに 蓄積しているからこそ、浮かびあがってくるのだ。 ″チェザロ・ロポット ″があるはずなのた。 円 2

8. SFマガジン 1980年3月号

見えた。 ぼくもむろんその興奮に巻き込まれていたが、エスメラルダのこ 第二部第三章大地の ~ そ とが気がかりで、いささか水を差されがちだった。彼女は、オオア リクイに襲われて傷ついたムンゴに、付き切りで、他のことに気を 1 回す余裕もないようだった。ーー・野獣の爪はその種類を問わず不潔 その夜のキャンプは、異常な興奮に包まれていた。も 0 とも興奮「で、つねに黴菌の巣である。オオアリクイも例外ではなか 0 た。そ うまでもなくチャレンジャー 、サマリー両教授だの爪にかきむしられたムンゴの胸は裂けて見るもむざんな様相を呈 していたのは、い った。皮肉なことに、あの空飛ぶ怪物 : : : 巨大なテラノドンをも 0 し、ロクストン卿の手によ 0 て、なけなしの医療品を使 0 て考えら とも見るべき資格のあ「たこの二人は、あれを目撃してはいないのれるかぎりの手当を受けたが、四十度を超える高熱を発し始めてい とうげ しかし・ほくとエスメラルダから話を聞き、彼らは、始めてメイプ今夜が峠だと、ロクストン卿は彼女に告げた。ムンゴは、人並み 以上に強靱な体驅の持ち主だ。あのクラーレの毒からさえ、回復し ル・ホワイト・ランドを目の辺りにした時と同様、興奮し切ってい た「 , - ・・ー・無理もない。南米大陸をほぼ横断するにひとしい苦難の旅たのだ。今夜の高熱を持ちこたえさえすれば、何とか生きのびるだ ろう。二、三日もすれば、動けるようになるかも知れない。 ののち、ようやくそれが酬いられそうな徴候が現われたのだ。 彼らが、ガルシア・デ・ルイスの残した記録と伝承に関し、半信われわれの中でもっとも冷静だったのは、ロクストン卿だったよ 半疑であったことは否めない。すなわち、第二のメイプル・ホワイうである。彼はいうまでもなく、そうでなければならぬ立場にあっ ト・ランドがヤノス高原の奥地に存在するということだ。だがそれたのだ。ムンゴをオオアリクイから救おうとせず、傷ついた彼を殺 この二人のメステ は今や、単なる伝承の域を脱しようとしていた。カづよい生き証人そうとしたホセは、手きびしく叱責された。 ィーンとインディオたちを、追い払ってしまえば、むしろすっきり が現われたからである。 したかも知れない。しかし前途の多難を考えると、そうも行かなか 二人は、高度に専門的な議論を繰り返していたが、その″証人″ かいじゅう った。ロクストン卿としては、彼らを懐柔する努力を続けざるを得 のサイズが、少なからず彼らを悩ませていたようだった。私たちが つばさ 目撃した怪物のサイズは、翼のさしわたしがたつぶり十メートルはなかったのだ。 そうぐう しかし火薬の樽を抱えた境地であることは間違いく、ロクスト あった。メイプル・ホワイト・ランドで遭遇した同類をはるかにし ・ : あとにして ン卿の表情はいっそうぎびしいものとなっていた。 のぐ大きさである。 それは、学界の定説をひっくり返す新発見だったようであり、・二思えば、ロクストン卿はいち早く決断し、害獣を取りのぞいておく ふんきゅう べきだったのだ。しかし神ならぬ身、彼らがそれほど悪辣な連中と 人はその新事実をどう受け容れるかで、議論を紛糾させているかに たる らっ

9. SFマガジン 1980年3月号

ないと思うか、どちらに転ぶかは、この者の意図とはずれてい 作品の物語の平板さを、どうとるかにかるかもしれないが、こ かっているわけだ。作者の目は、もつばの作品を、・ほくが面白 ら、江戸時代の風俗、それも町人たちのいと言い切れるのは、 風俗に向けられ、その描写がかなりの量その踏み外してしまっ を占めている。 た部分が、そのかなり 江戸時代とくれば、すぐに連想されるの部分を占めているか レ チャン・ハラの場面はおろか、武士たちさらだ。 え、ほとんど出てこない。主人公と江戸ただ、そのあたりの 時代の女とのラヴ・。「と現代の女評価に関しては、使わ石川火輔、ふ , マ ( 。考 ~ 「、 とのラヴ・ロマンスが、従来として全体れた資料と、照らし合 を通しているのだが、それさえも、全体わせてから、はじめて の平板さを救ってはいない。けれども、下すべき性質のものであるだろうし、そ軽いセンス・オプ・ワンダーを感じさせ けれども、だ。・ほくはこの作品が面白いの資料を使いこなしているか、どうかとるエ。ヒソードで、十分たと思うわけだ。 と思う。物語性の乏しさもまた、この作いう問題もあるだろう。けれども、このわずらわしさを感じたのは、かえって、 品の狙いではないかとさえ思う。 作品の限りにおいて、描写過多は、問題過去と現代を往復するという仕立て方 すでにジャック・フィニイや広瀬正ではない。大げさな言い方になるが、たで、主人公が現代に戻るたびに、早く江 が、過去を再現することに成功しているとえば、異星人の社会が描かれているの戸時代に帰って欲しいと思ったほどだ。 のだが、この作者も、それを江戸時代でと同じような楽しさと興味で、それを読おそらく、作者にとっては、この作品 やろうとした。そして、この作品にとつまされた。まったく、その過程にあっては夢物語である筈た。そして読者たる・ほ ての真の主人公は、文政という時代なの は、物語が果たすべき役割は、ほとんどくにとっても、夢物語である筈だ。この ないだろう。 作品のすべてが、江戸時代を舞台にして である。そして、それは、ある程度、成 功しているのではないかと思うのだ。っ だから、この作品に、物語性が乏しい書かれていたのならば、この倍のポリュ ウムがあっても、喜んで読ませてもらっ まり、そうなることによって、この作品ことは、・ほくは気にもならなかったし、 は、通俗的なタイム・トラベルものの定主人公が、ビタミンの知識で病人を治ただろう。 ( 『大江戸神仙伝』 / 著者日石 石を踏み外してしまっているわけだ。作し、マッチで人々を驚かすという程度の川英輔 / 四六判上製 / 288 頁 / 12 6

10. SFマガジン 1980年3月号

はこれは : : : 」などと言い、その女の人話はこのあと、もうひとひねりされて にもらった星型の青いクッキーを食べていて思わずニャリという、良く出来たシ 筒井康隆 ヨートショートになっているのですが、 みたりします。その時のおじいさんの表 『海は広いね、おじいちゃん』などとい 情。どうやらクッキーは舌だけでなく、 『乱れうち漬書ノート』 うタイトルや表紙からはこんな内容は思 脳ミソの方も刺激したようなのです。 桃色のクラゲのようなタコのようなも いもよらないでしよう。そもそも純粋に 中島梓 のは帰って行きます。おじいさんも、そ子供向きに作られたのかどうかも、ちょ ろそろ帰ることにしようと本を閉じましっと疑問に思えます。どちらかというと t•..o. た。読んでいた本のタイトルは『うちゅこれは好きの若い人や、大人がよろ「乱れうち濱書ノート」が出てすぐに、 うじんのけんきゅう』・ こぶ絵本じゃないでしようか。 読んだ友達が、たいへん興奮していた。 作者の五味太郎さんはこのところ目ざ「やつばり、筒井康隆はスゲエなあ」と ましい活躍を続けておられる絵本いうのである。「まだ読んでないの ? , 作家で、すでにいくつか賞をお受早く読みなさいよ」ともいった。 けになっていらっしやる。同じ所で、読んでみた。そして、私も、「や 〉〕から出ている『いつ。ほんばしわたつばり、筒井康隆はスゲエなあ」という る』『さる・るるる』や・結論になった。もちろん、これが某奇想 ソニー出版の『ヒトニツイテ』な天外誌 ( ああもう、このシャレも、あき ども一風変わった傑作絵本。数年た、あきた ) に連載当時にだって読んで いる。私の本だってちゃんと二冊も、勿 前の絵本プームから、冒険的な企 画の出版が割とあるようだけど、体なくもとりあげていただいてあるの こんなとばけた面白味を持っ作家だ。だけど通して読むと改めて面白え が出てくるようだと、絵本の方もそ、とくだんの友達は云っていた。私も 時々は気にしていたいと思うので通して読んで、改めて面白えなあと思っ す。 ( 『海は広いね、おじいちゃん』た。 / 作・画五味太郎 / 判変形では、どこがスゲエのか。それをひと間 ことで云うのはまことに難しい。という / 3 2 頁 / 8 0 / 絵本館 )