フセウはそれへ向って急いだ。 ゆるやかな丘陵のふもとまでころげ落ちる間に、もう一回、その 光球のむれが飛ぶのを見た。 地上車の荷台には火油を満した壺がならんでいた。彼らは、遠回 R フセウは、砂の中に半ば体を埋めたまま、しばらくの間、動くこりして様子を見に来たのだ。そしてあの光球の攻撃を浴びて黒焦げ ともできなかった。べつにどこを怪我したわけでもなかったが、気になったのだろう。 持ちがひどくまいっていた。 フセウはビンドを呼んだ。答えはなかった。二度、三度、呼ん これで火油を汲みに行った連中が、な・せあんな所で黒焦げの死体だ。聞えるのは風の音ばかりだった。 になっていたのか、あきらかになった。おそらく、自分たちと同じ フセウは自走車の機関のクランクを回した。軽い空転ののち、手 ように、稜線に立って、眼下の光景に目を奪われていたに違いな応えがあってつづけざまに鈍い爆発音が起り、車体は不規則にはげ そこをねらい射ちされたのだ。ひとたまりもなかったに違いなしく震動した。アクセルを踏むと、自走車は大きくゆれて走り出し た。 やはりあの外来者たちは、古老のヒシカリが言うように、不幸と背後の荷台では、火油の壺がたがいに触れ合ってけたたましく鳴 破壊をもたらす者たちなのだろうか ? っていた。 フセウは夜空を区切る暗い稜線を見上げては、くりかえし考え ハンドルの前で、大きな羅針盤が右に左にゆれていた。 た。稜線の上の夜空はくつきりと明るい。だが、そこで何が行なわその頃になって、フセウは今にも背後から緑色の火球が追いかけ れているのか、何の物音も聞えてはこなかった。 てくるのではないかという恐怖にとりつかれた。 夢中になってアクセルを踏みつづけた。 6 夕方、東の空に昇ってくる大きな青い星が西の空に傾く頃、よう やく村の丘稜が暗い地平線にあらわれてきた。 フセウは丘のふもとを迂回していった。 村のなかまたちは誰も眠っていなかった。みな一団になって広場 このあたりだろうと見当をつけた所に、斜面を上る幾つかの足跡に集っていた。彼らはフセウが帰ってきたのを見てかけ寄ってき があった。黒焦げになった連中のものであろう。彼らは、直前までた。 迫った自分たちの死の運命も知らず、そこを上っていったのだ。 「出かけて行った者たちは誰も帰ってこない。いったいどうなった フセウは丘の斜面の反対側の平原に目を向けた。 んだろう ? 」 集合眼の視力を最大にする。 「いったい何があったんだ ? 」 平原の闇の底に、平たい地上車の輪郭が小さく、ゴミのように見「首長。これはもう何か悪いことが始っているのではないのか ? 」 えた。 フセウは彼らを鎮め、見てきたことだけをかいつまんで話した。
ないと指摘した。したが 0 て、私にな・せこの議論が続くのもない速度と合致した後で再び地球に戻「てこれないことは事実だ が、それが建造できないはずはないのだ。 か理解できない。 しかし、慎重な意見が多数を制した。自動宇宙探測機といえど 一一〇六九年六月一一日〇六時一一一四分通信八九六四系列も、乗り込んでくる者たち〈の極めて有効な防衛手段を ( 最後の策 としての自爆能力を含めて ) 持っていないものでもないのだ。だ が、最も説得的な論拠は、スターグライダ 1 の建造者が " 僅か″五 スターグライダーから地球へ 一一光年しか離れていないということだった。スターグライダーを出 スターホルムは、四五六年前に、宇宙の起原が発見されたが発させてからの一千年の間に、彼らの宇宙航行能力は途方もない進 私にはそれを理解するのに適当な回路が備わ 0 ていない、と通歩をしたにちがいない。もし人類が何か気に障ることをしたら、彼 告してきた。これ以上の情報のためには、直接の交信をされたらは少《腹を立てて、ほんの数百年のうちにや 0 てこないともかぎ らないのだ。 一方、スターグライダーは、人類文化に他の無数の影響を与えた 私は今から巡航モードに切換えるので、接触を絶たねばなら だけでなく、すでにかなり進行していた過程を、その絶頂に到達さ ない。ごきげんよう。 せた。外見上は知性を持つ者たちが何世紀にもわたって自分の頭脳 を錯乱させてきた何十億語という敬虔なたわ言に、終止符を打った 多数の見解によれば、無数の通信の中でも最もよく知られたこの のである。 最後のものは、スターグライダーにユ 1 モアの感覚があることを証 ( 以下次号 ) 明するものだった。な・せなら、これほどの哲学的な爆弾を爆発させ るのを最後の瞬間まで待っていた理由は、それ以外に考えられない のである。それとも、そもそもの会話全体がすべてが慎重な計画の 一部であって、おそらく一〇四年後に届くであろうスターホルムか らの直接の通信に対して、人類に適切な心の準備をさせておくため のものだったのだろうか ? スターグライダーが、厖大な知識の蓄積のみならず、人類の保持 する一切のものより何世紀も先んじた技術の宝庫を秘めたまま太陽 系を去ろうとしていることから、その追跡を提案した者もいた。現 存する宇宙船がスターグライダーに追いっき , ーーしかも、その途方 5
かったはずである。ャトウが格別の指示でも出していたのなら話は 3 ( 承前 ) 違っていただろうが、彼はその件に関しては何の指示も与えていな かったし : : : それゆえにはちゃんと、司政官が自然に目をさま もっとも、それを発見したのはヤトウではない。あとで聞いたとすのを待って、連絡したのであった。要するに何も不服を抱くこと : はないのである。彼はそう割り切って、すっかり明るくなっている ころでは、夜明け前から当直に立っていた一体の軍のロポットカ認 め ハーケンダインを起こして報告したということであっ海の、光る水平線に、青色の低い起伏が横たわっているのをみつめ た。ャトウがそれを知ったのは、起きて顔を洗おうとしたときであた。それは島だと信じるからそのように見えるので、雲だといわれ る。すでに外へ出ていたが彼の起床に気がっき、戻って来てそれば雲と映ったかも知れない。 の旨を告けたのであった。急いで着替えをし船首甲板へ行ってみる もちろん、島影が現われたからといって、船上の日常業務がなく と、そこにはもう他の人々が集まって、思い思いに島影を眺めた なるわけではなかった。ロポットも人間も、それぞれのスケジー 、喋り合ったりしていたのだ。彼の姿を見たシェド mo は、いさルに従って仕事をつづけ : : : 船はゆるやかながら着実なスピード さか申しわけなさそうに、今呼びに行こうかと思っていたのよ、とで、島へまっすぐ接近して行った。 いった。それが本当かどうかは彼には分らなかったが、さりとて、 近づくにつれて、島はしだいに高くなり、輪郭もはっきりして来 だからといって妙な疎外感を持つのはやめたほうがいい、と、おのた。のみならずその右手には第二の島がうっすらと浮かんでいるの れにいい聞かせるほかはなかった。島影が、それもまだ目的の島かも見えて来た。 どうかもはっきりしないものが見えたというだけで、誰かがわざわ最初の島にさらに近寄って行くと、それが基地島と同様、緑にお ざ自分を呼びに来てくれることを期待してはならないのである。むおわれ、島の周囲に海藻が盛りあがって茂っているのが分る。 しろみんなは、そんなぐらいのことで自分の眠りを妨害する必要は そして、その海藻が切れてすくなくなっている海面のかなたに、 ないと、そんな親切心を出したのだと : : : 彼は ( 彼自身の本心はと集落らしいものが見えて来た。まだ遠くてこまかい観察は無理だ もあれ ) そう解釈することにした。それに、彼には cna という専属が、屋根とおぼしいのが積み重ねられたようにひしめいている。 ロポットがついている。船の作業を手伝うことはあっても、所詮 tn そのときには、今回は正規の招集がかかって、船にいる七名の人 O は司政官の手下なので、そうしなければならぬときには cna がや 間は、全員船首に集合していた。 ってくれるだろうと : ・ : ・他の人々が考える可能性もあるのだ。そし「あそこが目的地か否かを、まず確認しなければならないな」 て、当のにとって、島影なんて船が予定の針路を進む限り早晩ヘンゼルが双眼鏡をとり出しながら、シェドÄO にいった。 出会うものである以上、大した事件ではないのであった。事件は事「あのふたりを呼んでくれないか」 件であるにしても、司政官を叩き起こすほどの事柄とは考えていな「承知しました。ふたりの原住者をここへ来させます」 幻 9
何でもないとしても、人目を引くに決まっている。だが、私が、い 人、銃を構えているのが見えた。 くら腕をねじ上げても、男は、意欲を失おうとしなかった。男の頭ウイストは妻まじい勢いで、車を発進させ、ステアリング・ホイ 越しに、ウイストが駆け寄ってくるのが見えた。手に、工具のよう ールをカまかせに回す。私の身体は、ドアに押しつけられ、次に、 なものを持っている。あの年にしては、かなりの速さだ。ウイストウイストの方に振り回された。車輪が、嫌な音をたて、車体が・ハラ は、近付くにつれ、工具を振り上げた。畜生、そういうことだった ンスを失いかけたが、それでも、何とか持ち直した。何台かの車 のか ! それに気を取られた瞬間、男は、私の手を振り払い、両手 が、私たちをよけようとして、あわてて、方向を変えるのが見え で、しがみついてきた。失敗ったと思ったが、もう遅い。男は必死た。だが、ウイストは、それに目もくれず、スピードを上げる。前 だった。私の胴を抱え込み、大声でわめく。今度は、私が自由にな方の車が、急速に近付き、脇をすり抜けていく。 何度も、角を回 ろうともがく番だった。ウイストが、銀色に鈍く光る工具を振り上り、細い道を抜け、再び、広い道路に戻ったとき、ようやく、ウィ げ、振りおろそうとしてくる。そいつを食らったら、たまったものストはスビードを緩めた。私も、全身の力を抜いた。 ではない。 「どうして、あそこにいなかったんだ ? 」 「動くな ! 」 ウイストが、前を見つめたまま言った。私は、黙っていた。ウィ ウイストがわめく。私は、逃げようと必死だった。次の瞬間、ウストは、自分で答えを見つけた。 イストの手が振りおろされた。私は、思わず、目を閉じた。だが、 「驚いたよ。君が、そんなに用心深いとは。地球人は、もっとひ弱 激痛もショックもなかった。逆に、私の胴に回されていた男の腕かだと思っていた。一人じゃ、何もできない人間たちだと、思ってい らカが抜け、急に、私の身が軽くなった。目を開けてみると、ウィた。君が、あんなに見事に、ホテルから逃げ出したときにも、びつ ストが肩で息をしながら、私を見つめていた。男は、路上に崩れ落くりさせられたしね」 ち、その、頭から血が吹き出ていた。放り出された男の右手の近くに私は、ポケットの中の銃を握った。 落ちている新聞が、私の目をひいた。というよりも、そこに大きく「大丈夫だ。私は、君の味方だ」 出ている写真に目が行ったのだ。それは、私の写真だった。見出し私の動きに気付くと、ウイストは、あわてて言った。 には、大きく、「殺人者」としてある。 「君の部屋で、人が殺されたという連絡があった」 「急げ ! 」 「連絡 ? 誰から ? 」 ウイストは、私の腕をむと、走り出そうとした。それに引きず「わからない。よくあることだ、このアショ力では、ね、何かが起 られて、私も駆け出す。何かが、耳元をかすめた。銃声が、それをきると、私たちに、連絡してくる。私たちは、飛んでいって、それ 追ってくる。二発目の銃声がしたときには、私とウイストは、地上が事実であれば、みんなに知らせる。そして、みんなが、その処理 車にたどりつき、乗り込んでいた。道路のはずれの方で、男が一に手を貸すってわけだ。 幻 0
「ずっと、ここにおりましたがね、そのような荷物をお持ちの方だろう。だが、男に殴られれば、殴られるほど、私の中の怒りは研 ぎすまされていくのだった。紅潮した男の顔が勝ち誇った笑みを浮 は、見当りませんでしたよ」 男は、新しくやってきた客の方に、歩み去ろうとした。その動きかべているのが、見えた。身長も体重も、彼の方が勝っていた。男 が、私を逆上させた。私は、落ち着こうとして、フロントのカウンの動きが、止まった。私が抵抗力を失ったと考えたのだろう。だ タ 1 の一点を凝視した。だが、全身の血が頭に逆流してくるのをとが、それが間違っていることを教えてやらねばならない めることができない。これまでの三十年近い 一度も、けんかを私の両手は自然に組み合わされ、弧を描いて、男の顎に叩きつけ したことのないこの私が、怒りをとどめることができないのだ。そられた。完全に虚をつかれた男は、見事に半回転して、床に倒れ の思いが、一層、私を怒りの方向に駆りたてる。 た。私は、無防備になった男の横腹を蹴りつけた。男はくぐもった 呻きをあげて、身をよじる。もう一度、蹴りつけてやる。男は、這 無意識の内に、私はカウンターに手をつき、それを跳び越えた。 驚き、振り返った男に駆け寄り、上衣をんで、締め上ける。男のいずって逃げようとする。その手を、私は、踏みつけた。男が顔を 上げて、私の目を見た。そこには、恐怖があったように思う。私 顔から驚きの表情が消え、怒りに変る。 は、男の手を踏みにじろうとした。男の顔には、紛れもなく、恐価 「何をなさるんですか ? 」 が浮かび出していた。 それでも、男は、口調を変えようとはしなかった。 「やめてくれ」 「いいか、私の質問に、ちゃんと答えるんだ」 男は呻くように言った。その途端、周りで見ている者たちの間か 「お答えした筈ですがね」 私は、彼を突き飛ばした。男は、コンビ = ーターのターミナルにら、笑い声と、軽蔑のつぶやきが聞こえてきた。だが、男には、そ れも気にならないようだった。 ぶつかり、床に転がった。カウンターの周囲に人が集まりはじめ、 中からも、ホテルの従業員たちが出てきた。けれども、誰一人とし「やめてくれ」 男は、もう一度、言った。 て、止めに入る者はいな、。 男はのろのろと身体を起こした。その動きにまどわされて、私「おまえが話してくれるなら、な」 私は、男を引きずり上げ、壁に押しつけた。視界のはずれで、集 は、不用意に近付いてしまった。半分ほど起きなおったところで、 男は、頭から私の腹に突っ込んできた。それは、思いがけず、早いまってきた者たちが、散っていくのが見えた。はじめて、アショカ 動きだった。私はよけきれず、男の突進をまともに腹で受け、踏みの人間たちに好感が持てた。戦いは、あくまでも、戦う者同士の問 とどまることができなかった。背中をカウンターの角にぶつけ、息題なのだ。他の者たちが、入り込む余地はない。だから、止めにも 入らねば、加勢もしない。決着がつくまで、見ているたけだ。 が、止まった。一瞬、戦闘能力を失った私を、男は殴りつける。 おそらく、今までだったらば、そこで私は戦う気力を失っていた「話すよ」 203
「レストラン・トキ 野村敏夫 「君は相変わらず健啖家だな」 「ほ、本当かそれは ? どこなんだその店その店はゲテ物料理などとはとんでもな 出張から帰って、しばらく振りで仲間と飯は ? なぜそれを早く教えてくれなかったん い、大きくて奇麗な一流レストランであった。 を食っていると、一人が感心したようにいっ 店内はいくつものコーナーに分かれてい 「ま、待て、話は最後まで聞けよ。もっと君て、中華料理やフランス料理、和食、すしな ぼくは、うなずいた。 が喜ぶことがあるんだ」 どそれそれ違った物を食べさせるようになっ ・ほくにはこれといった道楽もなく、仕事もぼくに胸ぐらをまれたそいつは、目を白ていた。 ほどほどにやっている、平凡な男なのだが、黒させながらいった。 ぼくがフルコースに挑戦するというと、さ 食べることだけは例外で、これそぼくの生き「その店はだな、今開店祝いと客寄せをかねっそく支配人がニタニタ笑いながら、大きな がい、人生のすべてであると思っている。 てちょっとしたことをやってるんだ」 鉢巻とタスキを持って出てきた。こんな物を 当然の結果として太っているが、これとて「それで実は・ほく達は、君がその催しに出て着けるのは照れ臭かったが、これも店のコマ ぼくには一種の成果であって、けっして見苦成功するかどうかで賭けをしたんだ」 ーシャルなのだからまあしかたがない。 しいなどとは思っていない 別の一人がいった。 「簡単なことでございますよお客様。ようす たとえそのため、動脈硬化になって心臓病「なんだいその催しというのは」 るに三日間、毎日違ったコーナーでお食事し でポックリ死んだって、海や山で遭難して世ぼくはすでに参加する気になっていたのていただけばいいんです、はい」 間を大騒ぎさせたあげく、自分は餓死するよで、賭けの話など気にせず先を促した。 「たったそれだけですか ? 」 うな死に方に比べればその方がよほどよいと うん、なんでもその店にはフルコースとかすこし話がうますぎる気がしたが、支配人 思っているくらいである。 いうのがあって、三日間最後まで食べられたは笑ってうなずいた。 「レストラン・トキ、に行ってみたかい ? 」人にはもちろん料理代はタダで、そのうえタ「おいしい物を召し上がって、タイムトラベ 「いいや、知らないなそんな店。そこは何かイムマシンで好きな時代へ旅行に行けるんだルをお楽しみください。歴史的大事件をじか 旨い物でも出すのかい ? 」 そうだ」 に御覧になるもよし、今はなき大音楽家の演 「うん、この間、開店したばかりなんだけ「き、君達、ぼくが成功するかどうかで賭け奏をお楽しみになるのもよし、はたまたもし ど、なんでもタイムマシンで大昔から珍しいをしたって ? はははつなんてムダなことを御希望とあれば、天下の美女の所へ忍んで行 物を取ってきて色いろと食べさせるそうだ。 かれましてもけっこうでございます、はい」 まあ一種のゲテ物料理屋だな」 ぼくはあまりの感激に恍惚となりながら、 ・ほくはあまりの嬉しさに思わず箸を取り落やっとのことでそういった。 ・ほくはまずフランス料理から味わってみる とした。 ことにした。 こ 0 ・入選作 0 0
てでもいるのだろうか ? 逃げるようすもない。 暗い部屋の隅に、うずくまるようにしてそいつはいた。 左手に持っていた本を閉し、左側にあるサイド・テープルに、そ そいつは壁に背をつけ、膝を抱えて床に座っていた。 俺は枕を背にあててべ , ドに座「ている。左手に開いた本を持 0 0 と置いた。つづいて両足をベ ' ドから床におろす。カーベ ' トを まだ黒すくめの人間はじっ たまま、凍りついたように身じろぎもせす、視界の隅でそいつをと踏みしめ、ゆ「くり立ちあが 0 た。 らえていた。部屋の明りは手にした本を照らす読書スタンドの明りとしている。 いきなり俺は短距離ランナーのスタートのようにダッシ、して、 だけである。 本の開いたページから目を離せなか 0 た。右前方にいるそいつに壁のスイ , チにとびついた。部屋が。 ( ' と明るくなる。 明るくなった十二畳ほどの部屋の中に、まだそいつはうずくまっ 視線をむけたとたん、煙のごとく消え失せてしまうように思えたか らだ。だから俺はじ 0 としていた。じ 0 としたまま視界の隅に映るていた。の大きさのキングの写真。 ( ネルの下にいる。 「なんだなんだ、おまえは ! 」 そいつを ' ひっしで観察した。 いっ俺はあそごにあいつがいるのに気付いたのだろ指を突きつけながら、そいつの前に、つかっかと歩み寄「た。 ・、ツクの そいつはよケやく ( ッとしたように黒い布でおおわれた顔をあげ う。翻訳を依頼されている、あまり熱中できないペー 冒険小説を惰性で読んでいるうち、つと視界の中に勤な物が入 0 てた。俺を少し見つめてから首をひねゑそして膝を抱えたまま、追 いつめられた猿のようにキ ' ロキョロとあたりを見まわし始めた。 いるのに気付いたのだ。見なれた部屋にあるはすのないもの。影の 俺はカーディガンを肩にひ 0 かけたパジャマ姿のままで、逃がさな ように、なにもかもが真黒な人間だった。 いように、そいつの前に立ちふさがっていた。 枕もとの目覚し時計の時をきざむ音が、やけに大きく聞こえる。 部屋の中は湖の底のように静まりかえ 0 ていた。もう夜中の一時を黒子だ 0 た。あの歌舞伎などで役者の後見役をする黒子の服装を していた。 過ぎているのだ。 ど しー なんだって、こんなやつが俺の部屋にいるのだ ? 震える息を静かに吐き、顔を本におとしたまま眼球だけをギョロ こから入ってきたのか 2 リと動かして、そいつを見た。 匐ことけこみそう「なんだ、おまえは ! 」 、、た。断じて目の錯覚などではない。「冫 やはり もう一度どなってやった。黒子はびつくりと体をすくめて、そう な真黒な服に、真黒な顔。いや、顔には頭に被った黒い頭巾から、 っと俺を再び見あげる。 黒い四角い布をたらしていた。あきらかに人間である。物の影が、 したい何者だ ? 」 「おまえ、どこから入ってきた ? 泥棒か ? そう見えるのではない。 顔を本からあげて、まともに見た。そいつは、まだ足を抱え顎を黒子はなにも答えない。 「この野郎 : : : 」 膝にのせたまま、じっとしていた。黒い布で顔は見えないが、眠っ 恟 9
揚げられても、い 0 も同じ地点の上に留ま 0 てはいないのです。詳と相談しました。彼らは絶対に確実ということはーー・とくにモンス 細は省きますが、重力の不均等のために赤道に沿 0 てゆ 0 くり移動ーが相手ではーー問題外だというのです。彼らが保証できる最高 するのです。そこで、同期衛星や宇宙ステーシ , ンはどれでも、同の確率は五十分の一です。一 兆ドルの計画にとって、これでは不足 じ位置を保たせるためには噴射を加える必要があります。幸い、こなのです」 の場合の質量はごく小さなものです。しかし、何百万トン、とくに パーラカルマ師は議論したい気分になったらしかった。「カタス それが何万キロメートルもの細長い棒の形をしているということに トローフの理論という、今日では忘れられかけている数学の分野が なると、絶えず押し戻しつづけるというわけにはいきません。まありますが、これなら気象学をほんものの精密科学にすることもで た、その必要もないのです。私たちにとって幸いなことにーー」 きます。疑いもなくーー」 「ーー・私たちにとっては不幸にも」とマ ( ナャケ・テーロが口をは 「お断りした方がいいでしよう」とマ ( ナャケ・テーロが穏やかに さみ、モーガンは危く言葉につまりそうになった。 口をはさんだ。「この人は、以前、天文学の研究ではかなり名が通 「ーー向期軌道には二カ所だけ安定な点があります。そこに置かれ 0 ていたのです。チ , ウム・ゴールド・ ( ーグ博士のことは、お聞き た衛星はそのまま留まっていて、移動してゆきません。眼に見えなおよびと思うが」 い谷の底に行きついたようなものです。安定点の一つは太平洋上に モーガンは、足もとにぼっかり穴が開いたような気がした。それ あ 0 て、私たちの役には立ちません。もう一 0 は我《の真上にあるならそうと、誰かがい 0 てくれればいいのに ! そのとき彼は、確 のです」 かにサラス教授が眼に笑いを浮かべながらいったのを思いだした。 「まさか数キぐらいどちらかに寄 0 ていたところで、どうという「パ , デ→ーの私設秘書には注意なさるように , ー・ひどく頭のいし ことはありますまい。タブロ・ ( = ーには、ほかにも山があるんです男ですから」 ぞ」 ーラカルマ師、実はチョウム・ゴールド・ ( ーグ博士に明らかに 「スリカダの標高の半ば以上に達するものはありませんーーそれ敵意のある表情で見つめられながら、モーガは自分の顔が赤くな では危険な風力の圏内に入 0 てしまうのです。たしかに、赤道直下「ているたろうかと思「た。それでは、自分はこの何くわぬ顔をし でよ、、 , リケーンはあまり多くありません。でも、構造のちょうどた僧侶たちに、軌道の不安定性を説明しようとしていたわけだ。お いちばん弱い部分を危険にさらす程度にはおこるのです」 そらく、マ ( ナャケ・テーロは、この問題について自分の説明より 「風は制御できますよ」 もずっと詳しい予備知識を授けられていたにちがいないのだ。 若い秘書が議論に加わったのはこれが最初たったが、モートンは そして彼は、ゴールド・ ( 1 グ博士の問題をめぐって世界の科学者 興味をそそられて彼を眺めた。 が真二つに割れていることを、覚えていた : : : 彼は気狂いだと確信 「ある程度まではできます。もちろん、その点はモンスーン制御部する者たちと、まだ判断をしかねている者たちと。というのは、彼
い咆哮がひびいて来た。そいつを発したものの体躯の巨大さを思わこの大いなる眦地の上高く昇っていたが、森に一歩踏み込むと同時 に、ひやりと湿った空気と、息づまる静寂が・ほくらを押し包んだ。 せる、肚にひびく咆哮だった。 レモの山刀を、崖の上に置いて来てしまったので、・ほくらにはあ ・ほくらは思わず顔を見合わせ、ロクストン卿はにやりとした。 「狩猟家としての名誉にかけてもいいが、今の叫びは、ジャガーのとひと振りの山刀しか残されていなかった。ロクストン卿はかるが つるくさな ものではない。ぼくの知る限り、南米のどんな肉食動物のものでもるとそれをふるい、蔓草を薙ぎ払い、竹藪を押し分けて進んだ。 : マローン君。ここはやはり、あのメイプル・ホワイト 時折足を止めて、コンパスで進路をたしかめながら進むにつれ、 寄妙な植物も目について来た。幹回りが三抱えもありそうなイチョ ・ランドと遠くはない世界のようだそ」 りんぼく ・ : とこウの巨木。高さ三メートルもある巨大なゼンマイ。鱗木というのだ 「なるべくなら、今の声の主と出会したくはないですね。 ろで、・ほくらはどの方向へ進めばいいんです ? 」 ろうか、細長いまっすぐな幹が、びっしりと鱗に似た樹皮でおおわ ロクストン卿は、ジャケットの胸ポケットから磁石を取り出しれた樹。明らかに松の一種と思われるが、かって見たこともないほ : そのうちのいくつかは、メイプ ど大ぶりの針葉を持ったもの。 ほくは、降り始める時に、そのおル・ホワイト・ランドでも見たことがあった。 「崖の上から例の河が見えたが、・ よその方向と距離とを見定めておいた。おおよその計算だが、河チャレンジャー教授の推察通り、この″大地のへそ″でも、あの は、・ほくらから十キロほど距たって、蛇行しながら南から北へと流神秘な台地と同じく、外界と異なった進化の法則がはたらいている れている筈だ。 ことは、たしかだと思われた。もっとも今のところ、植物の世界に 従って、北西へまっすぐ進めば、最短距離で行き着けるだろう。限っているわけだが。 あとは、河ふちに沿って進めばいい」 しかし、それから十五分と経たぬ間に、その法則は動物界にも及 ぼくはそういいかけて、ことばを喉んでいることを、・ほくらは思い知らされたのである。 : : : 森へ分け なるほど、簡単ですね。 なんぎよう 元で呑み込んた。ロクストン卿の表現に従えば、あらゆる難行もた入ってから、三キロほど進んだろうか、ふいに木立がひらけて、 だの。ヒクニックに変わってしまう。彼の辞書には、困難ということさな草地が現われた。落雷で、いくつかの樹が焼かれたらしく、倒 木がころがっている。 ははないもののようだった。 「分かりました」 その空き地の中央に、巨大な亀がうずくまっていた。そう見えた かわはいこう ・ほくは背中の装備を、揺すり上げた。 のは、一瞬の錯覚だった。・ : : ・すつぼりと体を包む一枚皮の背甲の うさぎ 「では、出かけましよう」 下に、長い鱗におおわれた尾と、小さな耳を突き出させた兎のそれ に似た首が見えた。 ひとくちにいえば、アルマジロそのものの姿をしている。しかし ロクストン卿を先頭に、森へと分け入って行った。すでに陽は、 マチューテ しんよう うろこ かめ 3 9
に告げるな、と言ったことになる。それは、私とプラウンの間でとまで、知っていたのかもしれない。暗闇の中では、考えること以 は、起こる可能性のないことだ。ホテルの男が、嘘をついたのかも外、できることはない。けれども、考えれば考えるほど、わからな しれない。だが、嘘ならば、あんな状態で言う必要もない。私が最いことが増してくる。そして、核心から、離れていくばかりだ。実 初に尋ねたときに、言えば済むことだ。 際、何が自分の周囲で起きているのか、見当もっかなかった。これ 考えられるのは、まったく、逆のケースだ。つまり、ホテルの男まで、地球でめぐりあったすべてを上回るほどの事件が、私を襲っ に、そう告げることで、彼女は自分の危機を私に教えようとしたのている。私は、それに対応するだけで必死だった。それが、どうい ではないか。自分の意志で、何も告げずに魂の兄弟から去ることな う意味を持っているのか、考えるだけの余裕はなかった。 ど、実際問題として、私たちにできることではない。アショ力の人・フラウンさえもいなくなってしまった今、私の唯一の支えは、そ 間たちにとっては、わからないことかもしれないが、おそらく、・フれらの事件に、何とか自分が耐えているということだけだった。コ ラウンはそれを逆手に取ったのだろう。私自身、プラウンと同じ立ンビ = ーターのアウト・ブットを見つめているだけの生活しかなか 場にあり、彼女に自分が連れ去られたことを知らせるとしたら、同った自分に、これだけの行動ができるというのは、驚きであった じような行動を取るたろう。しかも、自分が監視されているとしたし、誇りにも思えた。 ら、そうするよりない。問題は、あのホテルの男が、意外なほどロ私が、どうあろうとも、朝は勝手にやってくる。倉庫から、おそ が固かったということだ。あの男に言われなくとも、結局は、同じるおそる出てみると、すっかり明るくなっていた。空腹の筈だった 結論を得たかもしれないが、あの男のロの固さのために、彼女の意 が、食欲は、まったくなかった。まず、私がやったのは、ウイスト 図が少々、狂ったということになる。 に連絡することだった。この世界で、少しでも私を助けようとして それにしても、な・せ、あの男が殺されねばならなかったのだ。しくれたのは、彼しかいなかったのだし、今の状況で、何らかの援助 かも、私の荷物の中に銃が隠されていたことからすれば、私があのを期待できるのも、彼しかいないと思えたのだ。こんな時間に、彼 男を痛めつけている間に、誰かがあの男を殺すことを決め、私をそをつかまえることができるか、どうか、それが問題だったが。 の犯人に仕立て上げようと決めたことになる。私の部屋に忍び込む驚いたことに、ウイストは、新聞社にいた。 時間は、そこしかなかった筈だからだ。計画的なものではなかった「誰だ ? 」 だろう。だが、それだからこそ、恐ろしいとも言える。つまり、一受話器の向こうで、ウイストが尋ねてくる。顔が見えないという 瞬のチャンスを有効に使えるだけの柔軟性を相手が持っていることのは、相手と自分の距離がおそろしく遠く離れているように感じさ になるからだ。 せるものだ。私は、思わず、大声で、自分の名前を告げた。あわて あのホテルの男は、私に語った以上のことを知っていたにちがい て周囲を見回す。人通りは、ほとんどない。 ない。たとえば、・フラウンを連れ去った男たちが、何者かというこ「君か ! 今、どこにいる ? 」 207