ハリイデールが訊いた。誰も動かず、誰も答えない。 ハリイデールを囲む兵士が、わずか四、五人に減っていた。残る 「では、こちらから行く ! 」 兵士は囲むというよりも、逃けまどっているのだ。 血刀を手に、ハリイデ 1 ルが躍りこんだ。わっ、とおびえた兵士 兵士を追って、ハリイデールは中庭をでようとしていた。ミザー 達が左右に割れた。ハリイデールはいさい構わず手近な者から斬りラは駆け出した。い っときでも、ハリイデールのそばを離れたくな 伏せた。たちまちにして死体の山が築かれる。ようやく何人かが逃かった。 げまどうのをやめた。それにつられて他の者も体勢を整えた。 兵士とハリイデールとミザーラは、一団となってガーツ砦の外に 乱戦になった。 出た。 「姫さま ! 」 そこには、新たな兵が集結していた。 二人の兵が、ミザーラのもとに駆けてきた。美獣を相手にするよ ハリイデールに追われていた兵士が、その中に逃げこんだ。集結 りも、姫を救って手柄とすることを考えた者どもである。どちらもした兵士は、指揮官のゴッドフレードが本陣に戻ったため、砦の門 隊長格だ。 前で次の命令を待っていた傭兵達だった。 「こちらへ : そこへ敵が向こうの方から飛びこんできたのである。 ミザーラを安全な場所に導こうとした。 三百人を越す兵のかたまりが、騒然となった。 ハリイデールは、あわてない。 グングニールの槍が、鈍く光った。 すっと軍勢の奥にもぐりこみ、剣を左右に薙ぎ払った。大胆とい いにしえ 喉を貫かれ、ひとりが血咆を吹いた。 うか無謀というか、意表を衝いた戦法だ。昔のいかなる英雄豪傑 「姫さま ? 」 といえども、これほどまでに危険なマネはしなかっただろう。みず から包囲の中央に飛びこんでいったも同様である。 いまひとりは茫然として立ち尽くす。 さすがにミザーラも、そこまでは辿りつけない。ガーツ砦の門前 ミザーラは槍を引き抜き、その勢いで石突きをその兵士のみぞお に佇み、成り行きを硬い表情で見守っている。 ちに叩きこんだ。 ぐえ、と呻いて、兵士はからだを二つに折ったミザーラはその軍勢がわっとばかりに、四方に広がった。何かこう一斉に逃げ出 いや、逃げたのである。ハリイデールの 背中に、真上から槍を振りおろした。穂先は背骨を砕いて腹に抜け、すような動きだった。 兵士はショックにひくひくと痙攣した。槍を抜き、とどめに胸を突もたらす無差別の死から。 ハリイデールは、斬って斬って、斬りまくった。わずかでも自分 兵士は絶息した。 の間合いに侵入した敵は、すべて斬り伏せた。ひとりの例外もな 槍を脇にたばさみ、ミザーラはハリイデールを見た。 。背後にまわろうが、横から突こうが、上に跳・ほうが、剣は確実 2 5
「先陣はそれがしめに : ドルムが言った。 「許す」 ハリイデールが答えた。 「ちいつ、だし抜かれたわ」イヴァルが・ほゃいた。 速いが、ロも速い」 どっと笑いが巻きおこった。 「腕が鳴る ! 腕が 別の将軍が喫いた。酒がまた、酌み交されるようになった。 「あたしの天幕でもあるわ」 ミザーラのからだから、毛皮がずり落ちた。衣裳が変わってい た。まあたらしい薄衣だ。色も淡く、からだの線が、ほぼ完全に透 けてみえる。ひどく挑発的な代物である。 「こいつは技も「あの老女が案内したのか ? 」 「評定の場でも言ったでしよ」ミザーラはかすかにうつむき、いた ずらつ。ほくハリイデールを見つめた。「あたしはいつも、あなたと 一緒よ。離れないわ : : : 」 「勝手にするんだな」 ハリイデールは、ゴロリと寝転がった。 「勝手にするわ : : : 」 ミザ 1 ラはハリイデールの横にきた。柔い胸が、びたりと彼の背 「こちらです - 、ーー」 中におしつけられた。匂いが甘い。しなやかな腕が、腰にまわされ 若者が言った。 こちんまりとした天幕である。中で火が焚かれているらしく、・ほ 「明日は早いそ」 おっと明るい リイデールは天幕にはいった。中央浅い、野獣の眠りにおちた。 入り口の布をまくりあげ、ハ に小さく炎をあげる焚火があり、そのまわりに、毛皮がうず高く積珍しく、夢を見た。電光猿、ドロモスの夢だった。評定では黙っ ていたが、敵には奴がいた。 みあげられている。 毛皮のひと山が、むくりと起き上がった。 6 、、ザーラが、顔を出した。 「何をしている ? 」 ハリイデールは腰をおろした。ミザ】ラは焚火をはさんだ反対側デリク三世が姿をあらわした。兵士達は一斉に直立不動の姿勢を にした とり、敬礼した。 「あなたを待っていたのよ、 リンデックを取り囲む、長い城壁の上である。前方に広がってい 3 るのは、蕭蕭たる原野だ。そこにグルス / ルン全土から呼集した一 ミザーラは、まとわりつくような声で言った。 万八千の兵士がたむろし、出撃の布令を今や遅しと待ち受けてい 「ここは、俺の天幕だ」
がっきと、その穂先を電光狼が噛んだ。 を走り、高みへ高みへと昇っていく。 「く : いっしか、その姿が黒雲の中に見えなくなった。 さて 押そうが引こうが、槍は動かない。 ひょいと電光狼が、かぶりを振った。 と、電光狼がミザーラに向き直る。 こうさんするかね ? それとも素手でやるのかな ? 負けてはいないわー ・ハランスを失い、ミザーラは馬の背から落下した。空中で一回転 して、背中から地上に落ちる。身が細く、からだが軽いので、衝撃炎を瞳に宿し、みたびミザーラは立ち上がった。両手を前に構 え、じりじりと電光狼ににじり寄る。 はすくない 電光狼は、くわえていた槍の穂先を離した。馬が、恐怖にかられ 電光狼の双眸を、残酷な光がよぎった。 て逃げていった。 ミザーラは、再び槍を手に、立った。 ーーーけなげだな・ : ハリイデールは、馬を停めた。 黒雲から電光が走り、ミザーラの足もとに突き刺さった。 電光狼は、ハリイデールが来るのを待っていた。原野の中にただ 「きやっ ! 」 ミザーラははねとばされ、転がった。しかし、乾いた砂にまみれひとり、ぼつねんと立つ。 ミザーラは、どこにもいない。 て真白になりながらも、ミザーラはよろよろと立ち上がった。 いや、ここにいる。 槍を振り回し、小走りで電光狼に向かう。 電光狼の思考が言った。 電撃が槍を撃った。 ドロモスは、ゆっくりと右に動いた。狼の巨体の蔭に、ミザーラ が倒れていた。 今度は、声もない。・ハッタリと倒れ、槍は宙に舞った。 新たな三本の電光が、槍を捕えた。電光は電光を呼び、槍は火花白い肌は血にまみれ、革の甲胄が背中から腹にかけて、大きく引 き裂かれている。喉も、噛み破られているようだ。大地が血を吸っ を散らして、そのまま空中に浮きつばなしになった。 しみ て、黒い汚点が、丸く広がっている。 ミザーラが、ぎくしやくとおもてを上げた。 ハリイデ 1 ルは、馬からおりた。 ーー・見ろ ! 近寄って、たしかめるまでもなかった。ミザーラは死んでいた。 9 電光狼の思考が言う。 電光に捕まった槍が、いずこかへ運ばれていくではないか。原野今にも泣き出しそうな、悲しい死に顔だった。
左手はるか、原野のただ中だった。 しかし、電光狼はひとり ーー小娘が、しやらくさいまねを・ ではなかった。娘がいる。ヒルドではない。いずれどこかに隠して ミザーラの意識の中に、電光狼の不吉な声が響いた。初めて聞く 6 いるのだろうが、ヒルドの姿はない。娘は、騎馬にまたがったミザ電光狼の声なき声だったが、あらかじめハリイデールから教えられ ーラだった。グングニ 1 ルの槍を構え、炎の激情を秘めて、電光狼ていたので、ミザーラにさほどの驚愕はなかった。わずかに、肩を と対峙している。 びくっと震わせた程度だ。 凍っていたハリイデールの血が、瞬時にしてたぎった。いかねば お黙りなさい、ドロモス ! ならなかった。倒さねばならなかった。電光狼こそ、すべての元凶 ミザーラは心の中に言葉を並べた。激しい憎悪が思考とともに渦 なのだ。 を巻き、その憎悪ごと、電光狼に言葉をぶつけた。 「どけどけいっ ! 」 父をたぶらかし、あたしたちを破減に追いやった電光狼 ! ハリイデールは、むらがる兵士をずたずたに斬り裂いた。倒れぬあなたこそ、真の敵なのです ! 者は、馬のひづめで蹴倒した。 なんとまあ、気の強いはねかえりだ。 剣の腹で馬を打った。馬は全力で走る。電光は、今は下火になっ 電光狼の思考が、苦笑した。 ている。ドロモスが眼前のミザーラに気をとられているせいだろ 父親とは、えらい違いだな。あやつは小心で凡庸な、王とは う。間に合ううちに行かねばならない。 名ばかりの男。逆らうことも知らず、闘うことも知らぬ最低の人間 いまひとつの闘いこそが、本当の闘いなのだ。 疾駆するハリイデールを見つけ、ギンナルが駆け寄ってきた。 お父さまの悪口は許しません。 ハリイデ 1 ルは叫んだ。「ここを頼むそ ! 俺は電 「ギンナル ! 」 ままごとをやっているのか、お前は ? 光狼を討っ ! 」 おのれ ! 戦場を離脱し、原野に出た。 キッと唇を噛み、ミザーラは馬上から電光狼に向け、グングニー ルの槍を突き出した。 電光狼はあわてる風もなく、ひらりとその切っ先をかわした。槍 はむなしく大地を突いた。 どうした ? 電光狼は、せせら笑っているように見えた。 ミザーラの頬は、紅潮している。馬上で槍を構えて電光狼を見す電光狼が、からかう。 え、そのからだは小揺るぎもしない。かえって、馬の方が怯えてい 身をよじり、槍を振った。
は美貌の少女、ミザーラ。彼女はほっそりとした腕をハリイデール ・シリーズのあらすじ・ の、彼女の胴ほどもある腕にからませ、その白い頬を男の逞しい肘 神々がっかわした″美獣″ ハリイデールは、グングニールの槍を にそおっと押しあてていた。表情はない。表情はないが、つぶらな 手に悪霊どもとの戦いの旅を続けていた。それは失われた記憶を求 める旅だった。手懸りは″ラガナの氷の女王″という言葉のみ。や 瞳の奥深くに、どことなく夢見る者の淡い色が窺われる。それが何 がて、ミッドガルドを支配すればすべてが判明することを知った彼 であるかは、彼女自身がまだ知らない。 は、後の〈傴背王〉キンナルを伴い、手始めにグルスノルンの攻略 ( リイデールの左右で、石と金属の触れ合う甲高い音がした。 にかかる。だが、〈隻眼王〉デリク三世を背後で操る真の敵″電光 グルスノルンの歩兵である。砦の外壁にかけた梯子を伝って、こ 狼″の手により、一時は捕われの身となる。おりを見て脱出した彼 は、王女ミザーラを連れ、電光狼の神殿をうちこわした後、ガーツ こまでの・ほってきたのだ。手に剣を持ち、歩兵特有の粗末な甲胄を 砦にたてこもった。やがて、デリク三世の軍勢が攻め寄せてきたと 身につけている。 き、″美獣王″の名のもとにギンナルの集めた大軍が出現した。 ハリイデールはきびすを返し、胸壁を背後に置いた。ミザーラは 身を引き、ハリイデールからそろそろと離れた。 がつ、と呻き声をあげ、腹を串刺しにされた兵士は血を吐いて白 ( リイデールが、一歩前に出た。取り囲む歩兵は、逆に一歩退眼を剥いた。 いた。歩兵は六人。この程度の人数では威圧感で美獣に劣る。 ミザーラは、即座に槍を抜いた。兵士はどうと倒れた。残る五人 さらに一歩、 ( リイデールは進んだ。両の手に得物はない。素手は唖然としている。まさか、彼らを率いる王の娘が敵に回ろうと だ、グングニールの槍は電光狼ドロモスに投じたあと、胸壁に突きは : 刺さったままになっている。じりじりと移動するミザーラは、どう 槍が唸りをあげて弧を描いた。切っ先が次の兵士の首をそいだ。 やら槍に近づこうとしているらしい。しかし、兵士達は、それに気頸動脈が裂け、血が霧にな 0 て噴き出す。別の兵士が我に返り、剣 がっかない。人質にされていたグルスノルンの王女が、味方がや 0 を振りかざした。槍が再び弧を描き、石突きが、剣を握る手を打 0 てきたのを幸いに、美獣のもとから逃れようとしていると思ったの ポロリと剣が落ちる。 六人は剣を構え、踏みこもうとするが恐怖でからだが動かなかっ その剣を空中でハリイデールがんだ。 ハッとする間もない。 ミザーラの手が、グング = ールの槍に届いた。胸壁から引き抜二つの首が宙を舞 0 た。残るは二人。悲鳴も高く、逃げだそうと き、身をひるがえす。 する。 槍を前に突き出し、その勢いでひとりの兵士の背中に体あたりし ミザーラが槍を繰り出した。 延髄を突かれ、ひとりが悶絶する。あとひとりは ( リイデールが 6 4
に相手の急所を捉えた。 ものではない。敵のただ中に、たった二騎で馬を届けにくるなん 剣がなまくらになった。 ハリイデールが威嚇の声をあげ、騎兵を囲む兵士に躍りかかっ 左手で敵の剣をもぎとり、役に立たなくなった方を投げ捨てた。 敵は何百人とおり、取り替える剣もまた何百振りとあった。 た。減多裂きである。情容赦も何もない。恐怖で兵士が散り散りに ハリイデールの剣の舞いはいよいよ凄まじく、兵士達で積極的になり、二人の騎兵が自由になるまで腕を揮った。剣は数人を斬った 闘おうとする者はひとりとしていなくなった。両断されるのは、すところで使い物にならなくなった。放り捨て、素手で相手をした。 ・ヘてうしろから押し出されてきた兵士だ。 新たな剣を奪っているヒマはない。拳で顔面を粉砕し、足で急所を 蹴りつぶせばいいのだ。 周辺の兵は、もう自陣めざして逃げはじめている。 ミザーラからハリイデールが見えた。 「美獣王 ! 」 槍を風車のように振り回し、ミザーラはハリイデールのもとに走騎兵のひとりが呼んだ。おもてをあげれば、もう、すぐ近くにま で来ている。 「この剣を 逃げまどう兵士の波が、ひときわ大きく割れた。 ビクン、と筋肉を震わせ 、ハリイデールは振り返った。割れたの 一振りの剣を投げてよこした。馬上刀ほどではないが、革鞘にお は、彼が移動したからではない。何か別の理由だ。 さめられた、かなりの長刀だ。 巨大な黒い影が二つ三つと目にはいった。 ガッとんだ。ずしりとくる重みが心地よい 馬た ! 馬が軍勢に加わったのだ。 鞘を払った。 ハリイデールは斬れ味の鈍った剣を替え、ぐっと低く身構えた。 鍛鉄の輝きが、鈍く双眸を射る。 「待って ! 」 ひと目で名刀と知れた。この迫力、この重量。おそらくは名のあ ミザーラが声をかけた。 る黒小人が鍛えし業物であろう。並の剣ではない。 ギンナルだな : ・ 「待って ! 違うわ、あれは : : : 」 馬の前肢が跳ね上がり、数人の兵士を左右に蹴散らした。馬は、 ハリイデールのロの端につと笑いが浮かんだ。黒小人と親しいギ 三頭。うち二頭に兵士がまたがっている。兵士の装備はまちまちだ ンナルが、ハ リイデールのために造らせたに違いない。その証し が、馬の横腹にはどれもルーンを織りこんだ布がかけられている。 に、重さも大きさも、ハリイデールが手にしてこそ、ふさわしいも ギンナルの騎兵だ。ハリイデールに馬を届けにきたのである。 のだった。 「何て連中なの : : : 」 「右に ! 」 ミザーラはあきれ、首を振った。命知らずなどという生やさしい 甲高い声がした。ミザーラだ。反射的にからだが動いた。たった 3 5
「げつ ! 」 らりと身を起こし、薄く笑う。 一同はたまげた。 「グルスノルン一の剣士と讃えられながら王の不興によりその地位 を追われた元親衛隊長、ウォルダール 「でつ、では捕虜でござるか 体格はさほどでもないが、知的な顔つきをした色の白い青年がウ「しかし、戦の場では、われらに味方した : : : 」 ナしこれは : : : 」 ォルダールだった。一見したところグルス / ルン一の剣士とはとて「、つこ、、 「あたくしは、捕虜などではありません」 も思えないが、ギンナルがそう言うからには、そうなのだ . ろう。 「次は : ・ : ・」 凛、と声を発し、ミザーラが立ち上がった。 こうやって、ギンナルは十六人の将軍をつぎつぎと紹介していっ た。ギンナルが選んだ将軍は、ひとりひとりが特技を持ち、人物的将軍達はおし黙り、呆気にとられてその姿を見つめた。天性より にも、かなりの信頼をおけそうな者ばかりだった。さすがにコソ泥備わった威厳があたりを圧し、その美しさは、まばゆいほどだ。ハ リイデールは素知らぬ顔をして、杯を傾けている。 とはいえ、二十数年もの間、裏街道専門に生きてきただけのことは 「あたくしは、、 ノリイデールと一緒にいたかっただけ。そのために ある。人を見る目は、確かなようだ。 ハリイデールは満足した。装備はまちまちで、恐ろしく汚れた軍必要なことをしたのです」 ミザーラはそれだけ言うと、その細いからだをふいとひるがえし 隊だったが、とにもかくにも、わずか三か月でこれだけの陣容が整 リイデールは、あらためてギンナルの手腕に感心せざた。 ったのだ。ハ るを得なかった。 ハッとする間もない。 明りの届かぬ深い闇の中に、するりと溶けこんでいく。 「ところで : : : 」 ギンナルが、近くの老女に素早く目くばせをした。老女はうなず 将軍の紹介を終えたギンナルが、楽しげに言った。 「そちらの御婦人の紹介を願えないでしようか、陛下。おみうけしき、ミザーラのあとを追った。 たところなかなかに高貴なお顔だち。戦場でのお働きとあわせて、 「がははは : : : 」 若いながらもさそや名のある御令嬢と察せられます。どこでお連れギンナルは豪快に笑った。 おなご になられたかは存じませぬが、せめてお名前なりとお聞かせ願いと「いやもうまったく、女子の心は、わかりもうさぬ。それがしのよ うございます」 うに醜い者には女は無縁。何がどうなっているのやら : : : 」 大声でそう言いながら、ハリイデールの杯に酒をついだ。しらけ 「高貴は間違いない。名も、ある」ハリイデールは焦らすように、 手にした杯を干した。「グルスノルンの王、デリク三世がひとりかけていた座に、陽気な空気が戻った。 」ギンナルは訊いた。「御大 「いかがですかな、この顔ぶれ 娘、ミザーラだ」 0 6
右肩から左の腰まで、一直線に両断した。 ハリイデールの剣が一閃した。 「な、なぜだ : : : 」 首と胴がわかれ、数人の兵士が声もたてずに大地へと落下してい ミザ 1 ラに首を貫かれた男が小さくつぶやき、息絶えた。 ハリイデールは胸壁にかけられた梯子を、すべて押し倒した。 槍を戻し、脇にたばさんで、ミザ 1 ラはハリイデールを見た。 そして、ミザーラに振り返る。 「見事といってよかろう」 ハリイデールは言った。「また、ついてくる気はある 「行くそ ! 」 ハリイデールが言った。 「槍の心得はすこし : : : 」 はにかむように、ミザーラは応じた。戦乱の世である。王族の身「もちろんよ ! 」 ミザーラは昻然と胸を張った。 内ともなれば、武芸のひとつもたしなんでいるのが当然た。槍は婦 女子に適した武器といえた。 「それは、お前に預けておこう」 ふっと、いかにもさりげなくハリイデールが言った。 本陣は、あわただしい雰囲気に包まれていた。兵や将軍がひっき 驚いて、ミザーラが目をみひらく。 りなしに行き来し、怒号や馬のいななきが右から左へと乱れ飛ん 「お前に預けておくと言ったのだ」′ 、リイデールは剣を振り、血をだ。他の軍勢との交戦を予想していなかったので、武器を運んでき 払った。「俺は、これを使う。電光狼とヒルドがいる限り、それはた荷車は、もうほとんど底をついてしまっている。 ただの槍にすぎん」 デリク三世は、人の背ほどもあるやぐらに腰をかけ、周囲を落ち 「でも、あたしは : : : 」 つかなげに見回していた。こんな平地の戦では、さほど見通しが利 「死ぬつもりの者に武器はいらんか ? 」 くわけでもないが、それでも地面にへばりついているよりは、まだ ハリイデールは薄く笑った。ミザ 1 ラはうつむき、かすかに唇をマシだった。戦況は、グルスノルン軍に有利とはとてもいえない。 噛んだ。 人垣が割れ、一頭の騎馬が飛びこんできた。馬上にあるのは、堂 「持っていろ。死ぬにしても相手を選びたいだろう。好んで雑兵に堂たる甲胄の戦士だ。 殺られることはあるまい」 ォルドール公ゴッドフレードである。 ゴッドフレードは馬からひらりと飛び降り、やぐらの前まで来る 言いざま、ハリイデールは上体を後ろにひねった。胸壁の上に、 また新たな兵が顔をだしていた。野獣の勘が、その気配を捉えたのと、胸に手をあててひざまずいた。 ・こ 0 「陛下 ! 」太い声で、咆えるように言う。「敵の兵力は、我が方と 7 4
兵士のひとりが前にでた。 「いかん ! 」 「ミザ 1 ラ様を放せ ! 」 ギンナルは止めた。これでは、ギンナルが来る前の戦法とまった せいいつばいの虚勢を張って、叫んだ。 く同じだ。ゴッドフレードが、もっとも得意とする乱戦である。 「正々堂々と、我らと立ち会え ! 」 だが、間に合わない。 たちまちにして四騎は大段平の餌食とな 0 た。血煙があがり、馬別の兵士も喚いた。ひどくおびえてはいるが、これだけの人数な が棒立ちにな 0 た。首や胴を失 0 たからだが、ゆ 0 くりと地に落ちらばという楽観もなくはない。 た。ゴッドフレードは、勝利の高笑いをあげる。もはやギンナル「離れていろ : : : 」 目を正面に据えたまま、ハリイデールは小声で言った。 は、相手にしないのだ。 ミザーラは十歩ばかり、そろそろと後退った。その右手にグング 「おのれ ! 」 ニールの槍がある。にもかかわらず、そのことを兵士は誰ひとりと ギンナルはギリギリと歯噛みした。勝てない。どうしても勝てな リイデールの挙動に集中し していぶかしまない。耳目がすべて、ハ ているからだ。 再びゴッドフレードという名の暴風が、戦場を席捲しはじめてい ( リイデールは動かない。両手をだらりと下げ、隙だらけの構え る。ギンナル軍の敗走は、もうどうしようもないところまで、きて で、ただ突っ立っている。 にじり寄るように、兵士達は間合いを詰めた。 叫び声をあげ、五人ほどが一斉に斬りかかった。 ( リイデールが動いた。黒い影かと見まがう速さで、彼は右へ走 ハリイデールとミザ 1 ラは、ガーツ砦の中庭に出た。 グルスノルンの兵士が、わらわらと集ま 0 た。先に ( リイデール鮮血が迸る。 ( リイデールはくるりと一回転した。正面に四人、一列に立って がグングニールの槍の電撃で打ち倒した死体が、そこにはるいるい いる。 ( リイデールに回りこまれたことすら、しかと気がついてい と転がっている。 ミザーラを右横に置いて、 ( リイデールは粛粛と進んだ。集ま 0 ない。すり抜けるように剣を揮 0 た。四人が次々と血しぶきをあげ た兵士は三、四十人あまり。手をだすことができず、遠巻きにしてた。腹、胸、頭。ば 0 くりと口をあけ、はみだした内臓が、大地を ( リイデールを見つめている。ミザーラを人質と思 0 ているのだ。汚す。最初に刎ねた男の首が、どさりと落ちた。と、同時に、五人 王の愛娘を死なせたとあ 0 ては、たとえ美獣を仕留めようとも、兵のからだが、くたりとくずおれた。 「次は : : : 」 士達の首が飛ふ。 3 5
ハリイデールが言った。 そして / 、、リイデールのすぐ脇に戻り、小声で囁く。 「お父さまは、もう電光狼のいいなり : : : 」 「それにしても、野戦を選んだとは、どういうつもりなのでしよう ハリイデールと轡を並べるミザーラが寂しげに言った。ミザーラか ? 」 のきようのいでたちは、娘とも思えぬいさましさだ。甲胄を着こ 「その方が決着が早くつくからだ」 み、背には緋色のマントをはためかせている。甲胄はからだに合う「ですが : : : 」 ものがなかったので、老女達が夜を徹してあつらえた皮製のもので「あれを見ろ ! 」 ある。胸あてに手甲、すらりと伸びた足はむきだしで、膝と足首に ハリイデールは天を振り仰ぎ、指さした。 当てものが巻かれている。かぶとはない。脇にたばさむのは、、 しう天には、俄かに黒雲が生じ、それがみるみるうちに広がって蒼空 までもなくグングニールの槍。 が覆い隠されようとしている。 「で、グルス / ルンの軍勢は、すぐにも戦闘にはいることのできる「電光狼の力だ」 態勢にあったか ? 」 ギンナルが、若者に説いた。 ギンナルに声はない 「しかとは、わかりませぬが、敵もつい今しがたここに着いたばか「籠城などというまどろこしい戦い方では、あの力が存分に生かさ りかと思われました」 れないのだろう」 「それは、なぜか ? 」 黒雲が光った。幕電である。雲の中で電光が渦を巻いているの 「進軍のなごりの砂ぼこりが黄色く舞っておりました」 「うむ : : : 」 あたりが、たそがれどきのように暗くなった。風がじよじょに強 ギンナルは大きくうなずいた。 まっている。馬が落着きを失い、浮き足立ちはじめた。 「軍を三方にわけろ」 だしぬけに何百もの電光が、天空を切り裂いた。網の目のように ハリイデールが言った。 走り、凄まじい雷鳴が耳を聾せんばかりに轟く。 「左翼と右翼に一隊ずつ、丘を巻くように進ませ、先陣のドルム隊「進めえ ! 」 とわれらは、丘を突っきって、直接グルスノルンの軍勢に突撃する」 ギンナルが雷鳴冫 こ負けじと、大声を張りあげた。 軍勢が動きだした。 「なるほど、先陣ができる限り敵軍を攪乱しておくのですな」 「そうだ」 五千が左翼、五千が右翼にまわり、そして三千余がル・ハルの丘に とりついた。丘の三千に、騎馬隊が主だ。さして急ではない丘陵 5 「やってみましよう : : : 」 ギンナルは若者を退がらせ、全軍に伝令を走らせた。 を、かなりの速度で駆け登っていく。