その脅しを実行に移していたかもしれなかった。 「〈森の鬼〉だ」とロルヴァ 1 。 「アングマークはその仮面を持っ ていた」 シッセルは遠ざかっていく男の後姿を見送った。アングマ 1 ク ? シ あの小型ラツ。ハの巧みな吹き方から見ても、そうとは思えない。 「しかし、その男は小型ラッパを吹いたんですよ」シッセルは反論 ッセルはしばしためらってから、向きをかえ、また道を急いだ。 した。「アングマークにそんな器用なまねが・ーーー」 宙港に着くと、彼はまっすぐにオフィスへ向かった。頑丈なドア「彼はシレーヌには詳しいんだ。五年間、ファンで暮らしていたこ が小開きになっている。シッセルが近づくと、戸口にひとりの男がとがある」 現われた。くすんだ緑の鱗、雲母の板、青い漆塗りの木、黒い羽根シッセルは不満げに鼻を鳴らした。「クロマーティンはそんなこ とをなにも書いてよこさなかった」 〈湖の鳥〉だ。 「ロルヴァーどの」シッセルは心配そうに呼びかけた。「カリーナ「周知の事実さ」ロルヴァーは肩をすくめていった 9 「彼はウエリ ・ハスが仕事をひきつぐ前の商事代理人だった」 ・クルゼイロ号から降りてきたのはだれでした ? 」 「彼とウエリ・ハスは知り合いですか ? 」 ロルヴァ 1 はまじまじとシッセルを見つめた。「なぜ聞く ? 」 ロルヴァーは短く笑った。「もちろん。しかし、ウエリ・ ハスが勘 「なぜ聞く、だと ? 」シッセルはいきりたった。「わたしがキャス テル・クロマーティンから受けとった宇宙電報は、あなたも見たは定をごまかす以上の悪事をしていると疑っては、かわいそうだよ。 彼が暗殺者の仲間でないことは、保証してもいい」 ずだ ! 」 「暗殺者の話が出たついでに」とシッセルはいった。「なにか貸し 「ああ、あれか」とロルヴァー。 「もちろん見たとも」 「あれを受け取ったのが、つい半時間前だ」シッセレよこ、 ノ。冫がにがしてもらえるような武器はありませんか ? 」 ロルヴァーはあきれ顔で彼を見やった。「きみ、それじゃ素手で げにいった。「これでも急いで飛んできたのに。アングマ 1 クはど こです ? 」 アングマ 1 クを捕えにやってきたのか ? 」 「ファンにいるだろうね、たぶん」 「しかたがないでしよう。クロマーティンが命令を出すときには、 シッセルは小声で悪態をついた。「なぜ、やつをひきとめておか弁解は認めてくれない。とにかく、あんたのところなら、大ぜい奴 なかった ? なにか足止めするくふうはあったでしようが」 隷もいることだし」 ロルヴァーは肩をすくめた。「わたしには彼を拘東する権限も意「わたしの援助をあてにしないでくれ」ロルヴァーは不機嫌にいっ 志もないし、また、そうする能力もないよ」 た。「この〈湖の鳥〉をつけているのでもわかるように、わたしは シッセルは怒りを抑えつけた。っとめて穏やかな口調で、彼はい ・。ヒストルなら貸してもい 勇敢さには縁遠いんだ。しかし、パワー った。「ここへくる途中で、薄気味の悪い仮面をつけた男に出会い 最近使ったことがないから、装坂量は保証できないがね」 ましたーーー大目玉と赤いぶよぶよした肉垂」 「なにもないよりはましです」シッセルはいった。
ロルヴァーが礼儀正しく目をそらしているあいだに、シッセルは り、残りの指で四本の笛についた音孔を押える。 〈海竜王〉の仮面をぬぎ、もっと謙虚な〈月の蛾〉を顔にかぶつ ロルヴァ 1 は肩をすくめ、自分のオフィスに通じる厚い鋼鉄の扉た。「でも、これよりもうすこしましなものを、どこかの店で物色 ′。しナ「だまって入 を開けた。「ポリポリスのコンコ 1 スでだって、ある種の行為をすすることはできるんでしよう ? 」シッセレよ、つこ。 っていって、ほしいものを持ってくればいいと、そう聞いてきまし れば、批判の的になるんじゃないかね」 「まあ、それはいえますがね」シッセルはオフィスの中を見まわしたが」 ロルヴァーはじろじろとシッセルを眺めた「その仮面はーーーす た。「なぜこんな用心を ? コンクリートに鋼鉄とは ? 」 「蛮人に対する防備だよ」ロルヴァーはいった。「やつらは夜中にくなくともここしばらくはーー・ま 0 たく適当だよ。もう一つ、これ 山から降りてきて、目につく物を手当たりしだいに盗み、陸で見つは重要なことだが、きみがほしいと思う品物のストラクー的な価値 けた人間を片つばしから殺していく」彼は戸棚をあけて、一つの仮を知るまでは、どの店からもなにも持っていくな。もし、ストラク ーの低い人間が最高の細工を勝手に持っていったりすると、店主が 面をとりだした。「さあ、この〈月の蛾〉を使いなさい。これなら 威信を失うことになる」 トラ・フルにまきこまれずにすむ」 シッセルは憤慨して激しくかぶりを振った。「そんなことはだれ シッセルは気のないようすでその仮面を検分した。材料はねずみ 色の毛皮で、ロの穴の両側に房状の毛が生え、ひたいには、一対のも説明してくれなかった ! もちろん、仮面のことは知っていた 羽根に似た触角が突き出ている。こめかみの横からは白いレースのし、エ匠の完璧な技術のことも知っていたが、そこまで威信にこだ 切れが垂れさがり、両眼の下には一連のビンクのひだがあって、悲わるとはーーーストラク 1 だかなんだか : : : 」 「そう怒るな」ロルヴァ 1 はいった。「一、二年すれば、・ほっ・ほっ しげであると同時に滑稽な効果を生みだしている。 シッセルはたずねた。「この仮面はある程度の威信を表わしてい要領がのみこめてくるさ。ここの言葉は話せるんだろうね ? 」 「ああ、話せますよ。だいじようぶ」 るんでしようか ? 」 「で、どんな楽器が演奏できる ? 」 「いや、たいしたことはない」 「かりにもぼくは領事代理ですからね」シッセルはいった。「母星「えーとーー小型楽器ならなんでもいいし、でなければ歌うだけで もいいと、聞かされてきましたが」 連合と一千億の住民の代表者としてーー・」 「いいかげんなことを。無伴奏で歌うのは奴隷たけだよ。これから 「もし、母星連合が代表者に〈海竜王〉の仮面をかぶらせたいな 。まず、奴隷に いう楽器をできるだけ早くマスターしたほうがいい ら、〈海竜王〉タイプの人間を派遣するべきだった」 「なるほど」シッセルはしょん・ほりした声になった。「まあ、しか接するときのヒマーキン。親しい人間か、きみよりわずかにストラ クーの低い相手との会話には、ガンガ。偶然の礼儀正しい出会いに
個人の基本的秘密である。 おなじ理由で、シレーヌには賭博が存在しない。ストラクー どの土地も、あらゆる季節をつうじて、食物が過剰といわな いまでも潤沢であり、気候は温和である。種族エネルギーと十 の行使以外の手段で利益を得ることは、シレーヌ人の自尊心を 二分にある余暇を利用して、住民は凝り性を発揮している。す はなはだしく傷つけるからである。″幸運″に相当するシレー ・ヘての物事における凝り性である。たとえば、ハウスポートを ヌ語の単語はな、。 飾った木彫りのパネルに見られる精妙な工芸技術。各人が着け た仮面からもうかがわれるこみいったシンポリズム。微妙な気シッセルはまたメモを記した。仮面を入手すること。博物館 ? 分や感情のひだをこまやかに表現する、複雑な音楽的言語。そ演劇協会 ? してなによりも、とほうもなく多角的な人間関係。地位、顔、 彼はその記事を読みおえ、急いでつぎの準備にとりかかった。そ ート・ア 霊力、評判、栄誉ーーシレーヌ語でいうストラクー 。だれにもして翌日には、シレーヌへの旅路の第一段階として、ロ・ハ その人特有のストラクーがあり、それが、たとえばハウスポー ストロガード号に乗りこんだ。 アラ・ハスタ トを必要としたとき、宝石や、雪花石膏のランプや、孔雀色の 鰤陶器や、木彫り細工を豊富に備えた水上宮殿をすすめられ連絡船はシレーヌ宙港に着いた。黒と緑と紫の山々の中にぼつん ズ色の円盤だった。連絡船が着陸するのを待って、エ るか、あるいは、見捨てられた筏の上の掘立小屋をしぶしぶよとあるトパー ソッセルは外に出た。スペ 1 、スウェイズ社の駐在員である こされるかを、決定することになる。シレーヌには交換媒介物ドワー : はない。唯一無二の通貨といえるものが、このストラクーで : ・宙港長のエステ・ハン・ロルヴァーが、彼を出迎えた。ロルヴァーは 両手を勢いよく振り上げ、あとずさった。「仮面は」かすれた声で いった。「仮面はどうした ? 」 シッセルは照れたように手に持ったそれを見せた。「まだ早いん シッセルはあごをさすりながら、つづきを読んだ。 じゃないかとーーー」 いついかなる時にも仮面が着用されるが、それはこういう思「つけなさい」ロルヴァ 1 は彼に背を向けながらいった。ロルヴァ ー自身は、青い漆塗りの板にくすんだ緑の鱗のある仮面をつけてい 想に基づいている。何人も自己のカで左右できない因子によっ た。頗からは黒い羽根が突き出し、あごの下には黒と白の市松模様 て押しつけられた類似性にしたがうよう、強制されるべきでは なく、自己のストラクーに最も調和した外観を、自由に選ぶべの玉房がぶらさがっている。そこから生み出される全体的な効果 きである。このため、シレーヌの文明地帯ーーーすなわちテイタは、冷笑的で融通のきく性格という感じだった。 シッセルは仮面をかぶりながら、この状況のことで冗談をいおう ン海沿岸地方ーーーでは、だれも決して素顔を見せない。それは 田 4
もり 0 ばなものだよ。わたしは非常に急いでいるので、あの中のどえ〉のリポンを飾った若い娘に、うつかり言葉をかけたのだ。この 無作法なふるまいのかどで、即刻、彼は〈赤い創造神〉と、〈太陽 れでもいい 、喜んで借りうけたい」 の精霊〉と、〈魔法の雀蜂〉の三人に首を刎ねられた。連合大学を 舎主は、滝のようなクレッシ・エンドを短く奏で、そして歌った。 ソッセルは、その後任に名ざされ、三 「〈月の蛾〉どの、あの獣たちは病気で汚れております。あなたの卒業してまもないエドワー : 御用にふさわしいとい 0 てくださるのは、光栄しごく。しかし、お日間の準備期間を与えられた。ふだんは熟考型で、用心深いたちで ここで相手は楽器をとさえあるシッセルは、この任命を一つのチャレンジと受け取った。 せじに甘えたくはありません。それに」 彼は深層学習法でシレーヌ語の勉強にとりかか 0 たが、これはべっ りかえ、クロダッチで冷たい。ヒーンという音を一つ鳴らした 「ガンガを弾いてなれなれしく近づいてくる、この同業者らしい陽に難物ではなか 0 た。それから、〈宇宙人類学月報〉で予備知識を とういうわけか、わたしはさつばり心当りがないのだ仕入れた 気な仲間に、・ が」 相手のいう意味は明らかだった。シッセルが乗獣を借りうけられ テイタン海沿岸の住民は、おそらく集団活動をなんら誘発す るところのない恵まれた環境への反応か、きわめて個人主義的 る望みはない。彼はきびすを返し、宙港に向かって走りだした。背 後でカタカタと舎主のヒマーキンが鳴ったーーそれが舎主の奴隷に である。言語も、この傾向を反映して、個人の気分、与えられ 向けられたものか、それとも彼自身に向けられたものか、シッセル た状況に対する話し手の感情的姿勢を表現する。事実に基づく は立ちどまって知ろうとはしなかった。 情報は付随的なものと見なされる。しかも、この言語は、小型 楽器の伴奏に合わせて歌われるのが特徴である。このため、フ * ステイミック・ーーフルートに似た三本の管に・ヒストンのつい アンの住民や、禁断の都ズンダーの住民から事実を聞きだすの たもの。親指と人差し指で袋をし・ほり、マウスビースに空気を は、きわめてむすかしい。ともあれ、種々さまざまな楽器が驚 押し出す。中指、薬指、小指で。ヒストンを操作する。ステイミ くべき技術で演奏され、優雅なアリアが歌われるのを聞くの ックは、ひややかな拒否か、ときには非難の感情に適した楽器 は、楽しいものである。したがって、この魅惑の世界を訪れる である。 * * クロダッチ ーー小さな正方形の共鳴箱に、樹脂を塗った腸線 者は、最も徹底的な軽蔑に甘んじる覚悟でないかぎり、現地で を張ったもの。演奏家は弦を爪でひっかくか、または指先でこ 是認された様式にしたがって自己を表現することを学ばねばな すり、さまざまの静かで形式ばった音を出す。クロダッチは、 らない また侮辱用の楽器としても使われる。 『小型楽器とその使用 シッセルは備忘録にメモを書きつけた 中央星域からシレーヌに派遣された前任者の領事代理は、ズンダ ーで殺された。〈酒場の暴漢〉の仮面をつけた彼は、〈彼岸の心構説明書を入手すること』そして、先を読みつづけた
した。 の夜明けは、ふだんならば、すばらしい出来事であります。空は白 く、それに黄と緑が混ざります。ミレイユが昇れば、もやが炎のよ 2 翌朝早く、まだ朝焼けがすっかり消えないうちに、奴隷たちは櫂うに燃えたち、身もだえいたします。いま歌っております者も、も でハウスポートを岸に漕ぎよせ、外星人のために特に設けられたい し外星人の水死体が現われてこの平和な眺めをかき乱さなければ、 つもの棧橋につけた。ロルヴァーも、ウエリ・ハスも、カーショールこの時刻からもっと大きな楽しみを味わったでありましよう」 も、まだ到着しておらず、シッセルはいらいらしながら待った。一 シッセルのザチンコは、ほとんど無意識のうちに、驚愕した問い かけの音を出していた。〈砂の虎〉ばおごそかに一礼した。「この 時間が過ぎた頃、ウエリ・ハスが自分の船を棧橋に近づけた。ウエリ ・ハスと口をききたくないので、シッセルはキャビンに閉じこもって歌い手は、沈着なる性格にかけては比べるものなしと自負するもの であります。しかし、いかな小生も、往生し切れぬ亡霊のいたずら それからまもなく、ロルヴァーの船がおなじように棧橋に横づけに悩まされることは好みません。そのため、小生は奴隷たちに命 になった。シッセルが窓からのぞいていると、いつもの ^ 湖の鳥〉じ、死体の足首に革紐を結えつけさせました。こうしてお話してい の仮面をつけたロルヴァーが棧橋へと登ってきた。そこでロルヴァるあいだに、奴隷たちは死体を貴殿のハウスポートの船尾につない 1 を待ちうけていたのは、黄色い房毛に飾られた〈砂の虎〉の仮面だわけであります。どうか、外星で定められておりましよう儀式 をつけた男だった。男は格式ばったゴマ。ハ 1 ド の伴奏で、ロルヴァを、なんなりととり行われますよう。では、これにて失礼いたしま 1 に届けにきた伝言を歌いはじめたが、シッセルには聞きとれなす。ごきげんよう」 シッセルはハウスポートの船尾へと急いだ。そこには、半裸で仮 ロルヴァーは驚きと不安にかられたようすだった。ちょっと考え面もない中年男の死体が、ふくらんだパンタロンの中の空気に支え てから、自分もゴマパードを演奏し、そして歌いながらシッセルのられて、水に浮かんでいた。 ハウスポートを指さした。それから一礼して、すたすた歩き去って シッセルは死人の顔をよくよく眺めたが、それはなんの特徴もな しまった。 平凡なものに思えた たぶん、仮面をつける習慣からきた直 〈砂の虎〉をつけた男は、威厳たつぶりに筏へ乗り移り、シッセル接の結果なのだろう。体格は中肉中背で、年齢は、シッセルの見た のハウスポートの波除けを叩いた。 ところ、四十五から五十までの間。髪の毛は目立たない茶色で、顔 シッセルは甲板へ出ていった。シレーヌの作法では、不意の訪問は水にふやけている。死因を示すようなものはなにもなかった。 者を船内に入れる決まりはない。そこでシッセルは、ザチンコで問 これはハゾー・アングマークにちがいない、とシッセルは考え いかけのメロディを弾くだけにした。 た。それ以外のだれでありえよう ? マシュ」、カーショ 1 ル ? 〈砂の虎〉はゴマ 4 ード ノを演奏しながら歌ったーー「ファンの入江なぜ彼でないといえる ? シッセルは不安な気持でそう自問してみ
~ 反在士の鏡 もなく、ここを通りすぎて、めいめいの仕事にでかけるだろう アングマークはシッセルの首にロー。フを結びつけた。「きみはい もっとも、たとえ知ったところで、連中がじゃまをするとは思えんまやハゾー・アングマーク、わたしがエドワー・シッセルだ。ウェ がね。二人とも、りつばなシレーヌ人になり切っているからな」 リ・ハスは死んだ。きみもまもなく死ぬ。わたしがきみの仕事をやる シッセルは無言で待った。十分が過ぎた。アングマークは棚に近ぶんには楽なものだ。夜行人のように楽器を弾き、鴉のように歌う づいて、ナイフをとり上げた。シッセルを見つめるとーー「立て」 ことにしよう。この〈月の蛾〉を・ほろ・ほろになるまで使い、それか シッセルはゆっくりと立ち上った。アングマークは横からきて、 らほかのに取り替えよう。ポリポリスへは、ハゾー・アングマーク 手をのばし、〈月の蛾〉の仮面をシッセルの頭からぐいと持ち上げが死んだという報告がいく。すべてがめでたくおさまる」 た。シッセルは息をのみ、じたばたもがいて抵抗した。むだだっ シッセルはほとんど聞いていなかった。小声でいった。「これは た。彼の顔はまる裸になった。 ひどすぎる。わたしの仮面、わたしの顏が : : : 」青とビンクの花の アングマークは、むこうを向いて自分の仮面をはずし、代りに仮面をつけた大柄な女性が、棧橋を歩いてきた。シッセルを一目見 〈月の蛾〉をつけおわると、ヒマーキンを叩いた。二人の奴隷が入たとたん、彼女は鋭い悲鳴を上げ、棧橋の上へうつ伏せに横たわっ ってきたが、シッセルの姿を見るとぎよっとして立ちすくんだ。 てしまった。 アングマークは激しくヒマーキンを鳴らして歌った。「この男を「さあ、くるんだ」アングマークはほがらかにいった。彼はロープ 棧橋まで運び上げろ」 をひつばり、アングマークを棧橋から外へ引き出した。ハウスポー 「アングマーク」シッセルは叫んだ。「わたしは素顔のままだ ! 」 トから上陸してきた〈海賊船長〉の仮面の男が、仰天して身を凍り 奴隷たちは、必死に抵抗するシッセルを押えつけて、甲板へ連れつかせた。 出し、筏の上を渡って棧橋へ運び上げた。 アングマークはザチンコを弾いて歌った。「悪名高い犯罪者ハゾ 川又千秋 房 書 好オレンジ色の髪を持っ少年が火星の街に現れた時、大宇宙をニ分 する勢力の均衡は破られた ! 新鋭のスペース・ファンタジイ ! 九五〇円 4 6 判 上 幻 5
ロルヴァーは短く笑った。「成功を祈るのにやぶさかじゃないが はハウスポートを棧橋からひき離し、絹のぬめりを帯びた水面を、 ね」 沖へ向かって漕ぎ出した。シッセルは甲板に坐って、物柔らかな話 「具体的にいうと、奴隷を一人拝借したいんです。ほんのしばらし声や、管弦の音に耳をかたむけた。水に浮かぶ ( ウスポートの明 く」 りが黄色く輝き、やがて弱まって西瓜の赤にかわる。岸辺は真暗だ ロルヴァーは食事の手を止めた。「それはまたどうして ? 」 った。まもなく夜行人たちが忍びおりてきて、屑物の山をあさり、 「いまは説明できません。しかし、これが冗談半分のお願いでない嫉妬の目で沖を見つめることだろう。 ことは、信用してください」 あと九日すれば、定期便のプエノヴェンチュラ号がシレーヌにや ってくる。シッセルは、それに乗ってポリポリスへ帰るよう命令さ ロルヴァーは不機嫌に奴隷を呼びよせ、シッセルに仕えるよう言 いわたした。 れている。あと九日のうちに、ハゾー・アングマークを見つけられ ハウスポートへの帰り道で、シッセルはウエリバスのオフィスにるだろうか ? 九日という日数は多いとはいえない、とシッセルは 立ち寄った。 思った。しかし、ひょっとすると、それで足りるかもしれない。 ウエリ・ハスは執務の手を止め、顔を上げた。 二日が過ぎ、三日四日五日が過ぎた。毎日シッセルは上陸して、 「こんにちは、シッセルどの」 シッセルはいきなり本題に入った。「ウエリ・ハスどの、数日のあすくなくとも日に一度は、ロルヴァー、ウエリ・ハス、カーショール の三人を訪れた。 いだ、奴隷を一人拝借できませんか ? 」 三人とも、彼の来訪には、それそれちがった反応を示した。ロル ウエリ・ハスは一瞬ためらってから、肩をすくめた。「いいでしょ う」彼はヒマーキンを叩き、奴隷が現われた。「この男でよろしい ヴァ 1 は冷笑的で気みじかだった。ウエリバスは折り目正しく、す か ? それとも、若い女がお望みですかな ? 」ウエリ。ハスの含み笑くなくともうわべの愛想はよかった。カーショールは物柔らかで上 品だが、会話の内容はこれ見よがしに冷淡で無関心だった。 いは、シッセルの考え方からすると、なんとなく気にさわるものだ シッセルは、陰気で皮肉なロルヴァーにも、ほがらかなウエリ・ハ 「この男でけっこうです。数日したらお返しします」 スにも、無ロなカーショールにも、おなじ穏やかさをたもって対応 「急ぎませんよ」ウエリバスは鷹揚に手を振って、仕事にもどっした。そして、毎日ハウスポートへ帰ってくると、一覧表にマーク を入れるのだつだ。 シッセルはハウスポートへ帰り、そこで二人の新しい奴隷とべっ 六日目、七日目、八日目が、来ては去っていった。ロルヴァー べつに面談を交わして、その結果を一覧表に書きこんだ。 は、・フエナヴェンチュラ号にシッセルの席を予約しておこうかと、 たそがれがテイタン海の空を柔らかに染めた。トビーとレックス残酷なほどあけすけにたずねた。シッセルはしばらく考えてから答 幻 2
に音楽に対していだいていた快楽の泉という概念は、とっくに忘れく、でたらめな雑音に近づくことすらある。ストラバンはシッセル 0 去られていた。六つの楽器に目をやったシッセルは、そのことごとのいちばん苦手な楽器だったので、北への旅のあいだじゅう熱心に くをテイタン海へ投げこみたい衝動を、かろうじて抑えつけた。 練習にとりくんだ。 彼は立ち上り、社交室と食堂の中を通り抜け、調理室の横の通路やがて ( ウスポートは海上都市に近づいた。曳ぎ魚は止めぐっわ いけす を歩いて、前甲板に出た。手すりから身を乗り出して、水中の生簣をつけられ、ハウスポートは係留所まで綱で引っぱられていった。 をのそきこむ。奴隷のトビーとレックスが、八マイル北にあるファ棧橋の上には野次馬が並び、シレーヌの慣習にのっとって、ハウス ンへの週一回の旅に備えて、曳き魚に魚具をつけているところだっポートの隅から隅までと、奴隷たち、それにシッセル自身を、品定 た。いちばん若い魚が、いたずら好きなのか気むずかしいのか、身めし、値ぶみしている。こんなふうにじろじろ検分されることにま をかわして水中にもぐっていった。やがて流線型の黒い鼻づらがぼだ慣れていないシッセルは、落ちつかない思いを味わった。しか つかり水面に現われたが、その顔を見たシッセルは奇妙な胸さわぎも、表情の動かない仮面に見つめられているとなれば、なおさらで を味わった この魚は仮面をつけていないー ある。照れくさそうに〈月の蛾〉の仮面をいじり直すと、彼は棧橋 への梯子をの・ほった。 シッセルは神経質な笑い声を上げ、自分の仮面である〈月の蛾〉 をいじった。いやまったく、おれもすいぶんシレーヌに同化された それまでうずくまっていたひとりの奴隷が立ちあがり、ひたいの ものだ ! 重大な一線を乗り越えた証拠に、一魚の素顔を見てもショ 黒い布にこぶしを触れてから、三つの音を使って質問を歌いだした ックを受けるー 「おたずねいたしますが、〈月の蛾〉のあなたは、エドワー・ ようやく、魚は魚具につながれた。トビーとレックスは、赤い体シッセルさまでございましようか ? 」 を光らせ、黒い布の覆面をつけて、船に上ってきた。シッセルには シッセルは、ベルトにさげたヒマーキンを軽くたたいて歌ったー 目もくれずに、彼らは生簀を片づけ、錨を上げた。曳き魚が力をこ 「わたしはシッセルだ」 め、綱がびんと張り、ハウスポートは北をさして動きだした。 「手前は光栄にも、一つの使命を託されました」奴隷は歌った。 後部甲板にもどって、シッセルはストラ。 ( ンをとりあげたーー・直「三日のあいだ、夜明から日暮れまで、手前はこの棧橋でお待ち申 径八インチ、円形の共鳴箱である。中央の軸から四十六本の弦が放しておりました。三晩のあいだ、日暮れから夜明けまで、手前はこ 射状に円周部へと伸びて、そこで鈴か細い金属片につながって いの棧橋の下で筏にうずくまり、夜行人たちの足音に耳をすましてお る。弦をはじくと鈴が鳴り、金属片がチャイムのような音を出し、 りました。いまようやく、シッセルさまの仮面を拝見いたしました 弦をかき鳴らすと、楽器ぜんたいがビーン、ジャランジャランと鳴わけで」 りひびく。巧者の手にかかると、快く刺激的な不協和音が、表情に シッセルはヒマーキンでカタカタと苛立たしげな音を出した。 富んだ効果を生み出す。初心者がやると、結果はさほど思わしくな「その使命とはどういうものか ? 」
た。ロルヴァーとウエリバスはすでに上陸して、それそれの仕事に宙港へ着いてみると、ロルヴァーがまだきていないことがわかっ とりかかっているはずだ。彼はカーショールの船をもとめて湾の中た。地位のしるしに黄色い薔薇飾りを黒い布覆面の上につけた奴隷 を見まわし、そして、それがすでに棧橋につながれているのを知っ長が、なにかお役に立てることは、と申し出た。シッセルは、求リ た。彼が眺めているうちに、カーショールが〈洞穴の梟〉の仮面をポリスへの電報を打ちたいのだが、と述べた。 それならなんの問題もありません、と奴隷長は答えた。はっきり つけて、岸に跳び移った。 カーショールはなにかに気をとられているらしく、足もとの棧橋した活字体で電文を書いていただけば、さっそく送信いたします。 シッセルは書いた から目を上げようともせずに、シッセルのハウスポートの横を通り すぎていった。 外星人ノ死体発見。あんぐまーくト思ワレル。四十八歳見 シッセルは死体のほうに向きなおった。では、やはりアソグマ 1 ウエリ・ 当中肉中背、頭髪褐色。身元確認ノ助ケトナル特徴ナシ。承 ハス、カーショ クだ。疑問の余地はない。 認オョビ ( マタハ ) 指示ヲ待ツ。 ル、この三人のハウスポートから、三人の男が、それそれの特徴あ る仮面をつけて、上陸していったではないか。明らかに、この死体 電文の宛先をポリポリスのカステル・クロマーティンにすると、 はアングマークのものだ : : この簡単な解決は、あっさりシッセル の心の中に落ちっこうとはしなかった。カーショールもいったよう彼はそれを奴隷長に手渡した。まもなく、星間通信特有の。 ( チパチ いう発信音が聞こえてきた。 に、外星人がもう一人ふえれば、たちまちそれと気づかれるはず シッセルは落ちっ 一時間が過ぎた。ロルヴァーは姿を見せない。 シッセル だ。とすると、アングマ 1 クとしては、どうすれば : はその考えをわきへ払いのけた。この死体は、どう見てもアングマかなげに、オフィスの前を行ったり来たりした。どれだけ待たされ ることになるかは、見当がっかない。星間通信の所要時間は、予想 のつかぬほどまちまちだ。ときには数マイクロ秒で届くこともあ とはいうものの : シッセルは奴隷たちを呼びよせ、適当な容器を甲板に運んできる。ときには何時間も不可知の領域をさまようこともある。また、 いくつかの信頼すべき実例によると、電文が送信される前に受信さ て、死体をその中におさめ、どこか適当な安息の場所へ葬るよう に、と命令した。奴隷たちがその仕事にまったく熱意を示さないのれることすらあるのだ。 さらに半時間が経ったとき、ようやく口ルヴァーがいつもの〈湖 で、やむをえずシッセルは命令を強調するため、巧みにとよ、 の鳥〉をつけてやってきた。たまたまそれと同時に、シッセルはシ いが、ヒマ 1 キンを激しく叩き鳴らさねばならなかった。 ウエリく ュウシュウという入信の音を聞いた。 彼は波止場そいに歩き、広場を抜けて、コーネリー・ ロルヴァーはシッセルに出会って驚いたようすだった。「なぜ、 のオフィスを通りすぎ、宙港への美しい小道を歩きだした。 ロルけ・ . ア、ー 207
こんなに早く出てきたんだね ? 」 シッセルは電文をポケットにしまいこんだ。 シッセルは説明した。「けさ、あなたがわたしのところへよこし「ついでだが、あなたの髪の色をたずねてもいいですか ? 」 た、あの死体ですよ。あのことで、上司と連絡をとっている」 ロルヴァーは驚きのこもった短いトリルを、キヴで弾いた。「わ ロルヴァーは顔を上げ、入信の音に聞きいった。「応答がきたよたしは金髪たがね。なぜそんなことを ? 」 うだね。わたしが行ったほうがいい」 「たんなる好奇心です」 「なぜわざわざ ? 」とシッセルはたずねた。「あなたの奴隷は有能ロルヴァーは別の一節をキヴで弾いた。「それでわかった。あき そうじゃないですか」 れたな、なんという疑い深い性格だろう ! 見たまえ ! 」彼はうし 「これはわたしの仕事だ」ロルヴァーは言いはなった。「すべてのろを向くと、襟首のところで仮面のひだを両側に開いてみせた。シ 宇宙電報の正確な送受信を監督する責任がある」 ッセルは、ロルヴァーがまさしく金髪なのを確認した。 「いっしょに行きましよう」シッセルはいった。「あの機械が実際「ご納得がいきましたかな ? 」ロルヴァーはおどけた口調できい に動くところを見たいと、つねづね思っていたんです」 「ああ、たしかに」シッセルは答えた。「それはそうと、なにか別 「あいにくだが、それは規則違反だよ」ロルヴァーは、奥の部屋に つうじるドアへと近づいた。「きみへの電報はすぐに持ってくるかの仮面を貸してもらえませんか。この〈月の蛾〉にはもううんざり ら」 シッセルは抗議したが、ロルヴァ 1 は聞きいれず、さっさと奥へ「あいにくだが」とロルヴァーは答えた。「しかし、ほしければ、 入ってしまった。 面打ちの店へ入っていって、好きなのを選べばいい」 五分後、ロルヴァーは小さい黄色の封筒を手にして出てきた。 「わかりました」シッセルはロルヴァーと別れて、ファンへの道を 「あまり、 しいニュ】スじゃないが」と、心のこもらない同情を口にひきかえした。ウエリ・ハスのオフィスの前を通りかかって、ちょっ した。 とためらってから、寄っていくことにした。きようのウエリ・ハス は、目も眩ゆいばかりに青いガラスのプリズムと銀色のビーズを飾 シッセルは気落ちして封筒をあけた。電文はこうあった りたてた、シッセルが一度も見たおぼえのない仮面をつけていた。 死体ハあんぐまーくニアラズ。あんぐまーくノ頭髪ウエリ・ハスはキヴの伴奏で、彼に慎重なあいさつをよこした。 は黒。ナゼ宙港デ捕エナカッタカ。重大ナ命令違反。 「おはよう、〈月の蛾〉どの」 キワメテ不満足。次便デぼりぼりすニ帰レ。 「お手間はとらせません」シッセルはいった。「実は少々個人的な かすてる・くろまーていん ことをおたずねしたいのです。あなたの頭髪は何色ですか ? 」 ウエリ・ハスは一瞬ためらってから、うしろを向き、仮面の垂れ布 208