ぼくはパンツだけになって、植込みの中に立っているのだった。来た。続いておふくろも入って来る。 ズボンはツッジの根元に脱ぎ捨てられている。 おふくろは真っすぐ窓の方へ歩いて来ると、サッシを開いた。中 慌ててズボンをとって足をつつこむ。 の熱気が吹き出てくる。 「いやだ、人が見たら気が違ってるんじゃないかと思うわよ。あ「寝る ? 裕二ちゃん、寝た方がいいでしよう ? 」 おふくろは・ほくに訊いている。・ほくはカ無くうなずいている。 と言って、おふくろは・ほくの顔に手を伸ばす。 「お洋服、脱ぎましようね。自分で脱げる ? 」 「何よ、これ」 おふくろの口調はまるで赤ん坊に話しかけているみたいだ。・ほく ・ほくの唇の端から出ているものを、指でつまんで引ぎずりだしはしつぼの先がむずがゆいような気分がしてきた。 た。それはまだ生きているミミズだった。おふくろは卒倒した。 というのは、もとの・ほく、というか人間の格好をした ・ほくのぬけがらのことなんだけどーー両手をダランと前に突き出し た。脱がしてくれということらしい 5 情無い、自分でやれ、カナヘビのぼくは壁に爪を食いこませた。 上着とズボンを脱がせてもらった・ほくのぬけがらは、べッドにペ 自分の歩く姿を見るのは寄妙なものだ。とてもあれが自分だとは タンと腹這いになった。腕と脚が不格好に曲がっている。 思えない。考えてみれば今まで一度だって、自分の歩く格好を意識 「さあ、ちゃんと上を向いて、足を伸ばすのよ」 したことはなかったのた。歩くことなんてのは意識しなくたって、 おふくろに手を添えられて、ぬけがらはあお向けになり、手足を 勝手に足が動いて、身体全体を運んでいってくれるのだから。もっ 伸ばした。 とも、一番最初は、あんよの練習もあったのだろうけれど。 ・ほくが門柱の脇から見ていると、タクシーから降りたぼくは背中 おふくろは部屋を出ようとして思い直し、窓辺へやって来てサッ を曲げて、上半身やや前屈気味、膝も曲げて、あまりみつとも良くシを締めた。ロックをして、カ 1 テンを引く。 ないスタイルで玄関へ歩いて行った。 ・ほくは壁を斜めに伝い降りて、玄関の方へ回った。玄関は戸があ 後から降りたおふくろはまだ顔色が青ざめている。小走りにぼく いていた。中へ入る。キメの荒い壁材で塗られた壁を這い登って、 の後を追った。 下駄箱の上に上った。 というのはつまりカナヘビのことなのだがーー庭を斜おふくろは電話のダイヤルを回している。 めに走って、ぼくの部屋の窓の下へ行き、モルタル吹きつけの壁を「 : : : ああ、あなた、私。 : ・そう、行ったのたけどねえ、大変だ 這い登って、窓から部屋の中を覗く。 ったのよ : しいえ、お腰は何でもないらしいんだけど、診察が終 ドアが開いて、・ほくがーーーっまり人間のぼくの身体がーーー入ってわった後で、お会計を済ませて外へ出たのよ。そしたら裕二がね、 幻 8
彼よもう吹 の立会人は、ひどく寡黙だった。地球の重力は、彼の四肢ばかりで合図の響きは、モーガンを地球の向う側へ連れ戻した。 , 。 なく、舌までも動かなくさせているかのようだった。だが、このときさらしの山腹に立っているのではなくて、 ( ギア・・ソフィアのド ームの下で、十六世紀も前に死んだ人々の作品を、長敬と讃嘆の思 ぎには、彼はモーガンが話しかけるより先に口を開いた。 いで見上げているのだった。そして、彼の耳に響いているのは、か 「一つだけ質問があります、モーガン博士。この暴風が空前のもの であることは、わかっていますーーーそれでも、これはおこった。だって信徒たちを祈りに呼び集めた巨大な鐘の音だった。 イスタン・フールの幻想は消えた。彼は再び山の上に立って、ます から、またおこるかもしれない。″塔″が建造されてから、これが ます何が何だかわからずにいた。 おこったとしたら、どうなりますか ? 」 僧侶が話していたことは何だったろうーーカーリダーサの有難迷 モーガンは、すばやく頭を働かせた。こんなに短い時間で正確な 答を出すことは、不可能だった。しかも、彼はまだ、おこったこと惑な贈り物は何世紀も沈黙したままでおり、災厄の時にだけ音を立 てることを許されるとか。いま、災厄などは存在しない。それどこ が信じきれないでいたのである。 「最悪の場合には、しばらく運転を中止しなければならないかもしろか、僧院に関するかぎり、まさにその反対ではないか。ほんの一 れません。いくらか軌道の歪みは、おこりうるでしよう。この高度瞬、飛翔体が寺院の境内に墜落したのではないかという、当惑する での風力が″塔″の構造体そのものを危険にすることは、ありえまような可能性が、モーガンの頭をかすめた。いや、そんなことはあ せん。この試験的な繊維でさえ、固定してしまった後でなら、完全りえない。あれは、何キロもの余裕を残して山頂を逸れたのだ。そ れに、いずれにせよ、半ば滑空しながら空から落ちてきた飛翔体 に無事だったことでしよう」 ( しいがと思った。何分は、重大な損害をひきおこせるような大きさではまったくないので 彼は、これが正しい分析であってくれれ・よ、 かすれば、ウォーレン・キングスリーが、それが本当かどうかを知ある。 らせてくれるだろう。ほっとしたことに、火星人は満足げな様子で彼は、嵐に挑戦する巨大な梵鐘の音が今も聞こえてくる僧院を見 返事したのだった。「ありがとう。私の知りたかったのは、それだ上げた。橙色の衣は、胸壁からすっかり消えていた。僧侶の姿は一 つもなかった。 けです」 モーガンの類に何かが軽く触れ、彼は無意識にそれを払いのけ しかし、モーガンは、相手を徹底的に納得させる決意だった・ 「しかも、・ハヴォニス山の上では、もちろん、こんな問題はまずおた。悲しげな鼓動があたりを圧し、頭に響いているいま、ものを考 ・テーロに何 えることさえ困難だった。寺まで歩いていって、マ、 こりえないのです。あそこでの大気密度は百分の一以下ーーー」 いま耳を聾するばかりに鳴っている音は、聞いてからもう何十年がおこったのかを丁重に説ねた方がましだろう、と彼は思った。 もたっていたが、一度聞いたら誰にも忘れられるものではなかっ またもや顔に柔い絹のようなものが触り、今度は黄色い影がちら っと視野をかすめた。彼の反応はいつも迅速だった。彼は手をのば た。嵐の咆哮をもかき消さんばかりに鳴りわたる、威圧するような
だが、それーーー母体にその成果を伝えるすべのない、無益な探索 ということは、彼が所属していたかれらそのもの、またいま現在 の彼自身がそうであるような、複雑な生命維持のシステムをもつ高であるという事実ーーーは、彼をその間にもひきとめはせず、彼はそ 度な生物だ、などということが、はたして、ありうるものだろうか。れらのデータをたくわえ、整理し、記億巣にしまいこみつつ、着み と、よりくわしい探検のために、その惑星へ接近しつづけた。 これは実に途方もないことに思われ、彼は笑い出したくなった。 いまや、その星は、彼のすぐ前にひろがっていた。近々と見るそ これは愉快だ。この小さな糸くずのようなもの、乱雑に無秩序には っそう驚く・ヘき混沌と無秩序のかたまりだった。 ねまわる光る。フランクトンが、もしも彼やかれらと同様の意味で生れは、い 物であったとしたら、その知性がどんなに極端に小さなものであるそれはめくるめく光の乱舞として彼の目をまばゆい白熱で満たし た。少なくとも、この星の生命が、どんなに無軌道で無秩序である かは想像のほかであるーー知性ー 再び、彼のカン・ ( スが笑いにひきつり、ふるえた。だが、彼はそとしても、それが生き生きとしていないとだけは、どんな冷徹な観 れでも、早急に結論を出そうとはしなかった。いまとなっては、自察者にも云えなかったろう。彼の感嘆して見ている前で、そのプラ 分がこのエネルギー塊にひきつけられたのが、この微細な生物たちンクトンたちの就跡はもつれあい、交叉し、錯綜した。それは、時 の発するメッセージによるのだ、ということは、隠しようもなかつには一つの方向めざして太い光の流れをかたちづくることもあった が、しかしそれは決してひとつにとけあうことはなく、つねに、た たのだ。エネルギー体生物である彼にとって、ただのエネルギー ことさらに、知的、精神的なそれーーとまたまそうなっただけであるというように、個々の毛糸くずのかた と、生命のエネルギー は、無意味で規則的な模様と、意図的に描き出された絵画ほどの違まりでありつづけた。 それはめまいだけでなく、ほのかな吐き気をも誘う眺めだった。 いがあったのである。 しかしそれにしても、その惑星を埋めつくしているそれは、かっ彼はいよいよ本格的な捜査に入るべく、形状を三たび変えようとし て、もやもやとひろがる光の雲のように星の上空へひろがった。 て知らぬくらい、無軌道で放埓な運動をしているように思われた。 そのとき、それが起こったのである。 これほど小さい、無数の《全体》が、融合も合体もせずに、それぞ れ勝手にうごめきまわっている状態、というものは、彼には、悪夢それは、あまりにも不意打の出来事でーーさぎに彼を、こんなと しナしここは秩序とか方向性というもころを孤独にさまよわせる原因となったあのいまわしい事故のよう の中のように見え、彼ま、、つこ、 のがまったくないが、まるでそうした知的特性を欠いた高度の生命に、前ぶれもなしに彼におそいかかってきたのだ。 体などというものが、現実に存在しうるのだろうか、と思った。も瞬間、彼は、自分に何がおこり、そしていったい自分がどうなり しそうなら、これは母記憶巣にとっては歴史的な発見である、と思っつあるのかさえ、何ひとつわかってはいなかった。それはよりに 、それから、どっちみちもう二度と自分がその発見を母体に伝えよって、彼がひとつのれつきとした形態から、別の形態をとろうと導 ることはできぬことを思い出して気落ちした。 して、探査の形状をとき、まだ次の形状に至っていない、移行のき
ーー俺は生涯かけて、人の苦悩と真率な心痛を心なくも物笑いの種 にする、それらの残忍な道化師どもを撲減するために戦ってやる。 2 これは実際こつけいな決意ではあったが、立ったりすわったり歩 きまわったりを繰り返しながら手をもみしぼっている、そのときの かよわい、かすかな泣き声がきこえてきたのは、その瞬間である。 彼はとびあがったーー二十七歳で、結婚一年と三ヶ月めで、そし彼としては、まったくかけ値なしの悲壮で献身的な決心だったの ていまやまさにはじめての子の父親になろうとしている、初心者のだ。手術室の赤ランプはこれでもう三時間の余もーー・永遠と同じこ 戯画そのもののポーズで。そして、自分では、そのことに気づきさとだーー点きつばなしだったし、そこへ厳しい表情で必要な道具を もって出入りする白衣の人間たちは、隅っこで赤くなったり青くな えしなかった。 しかし、その、胸の中にふくれあが 0 た狂おしい動悸と、希望 0 たりしている哀れな彼になど、何の注意も払わず、さながら戦場 と、同時に不安と恐怖とは、次の瞬間、再びきこえてきた泣き声がヘ弾薬の供給にかけつける補給部隊のようだった。 ドアがあけたてされるたびに、妻の悲嗚がきこえてくる。それ ほかならぬ彼の妻の、陣痛に耐えかねたそれだと知って、針でつ は、すすり泣きにまでしずまるかと思うと、またたちまち、するど かれた風船のようにしぼんでしまった。そして、両手をもみしぼ 、耳をふさぎたくなるような続けざまの悲鳴にたかまる。麻酔は り、おろおろと歩きまわる以外に、なすすべもない時間はまだ続く のだ。 何の効果もあらわしてはいないようだった ~ 手術中を示すドアの上 何ということだろうーーー彼は、腹を立てながら考えた。分娩室のの赤ランプは、不吉な敵意をこめたひとつ目と化して、おろおろす 扉の外を、苦しめられた熊さながらに歩きまわる父親ーー・それがこる彼をにらみつけていた。 ミチコ・フォレスターは、これが初産で、二十六歳で、きわめて れまで、どれだけ漫画の恰好の笑いのたねになったかしれないし、 これまでは彼だって、それを見るたびにげらげらと無責任に笑っかぼそい体格をしており、丈夫なほうではなかったーー事実、貧血 質で、低血圧で、おまけに妊娠期間中に一回妊娠中毒をおこしかけ て、それ以上何も考えすらしなかったものだ。 ( こんな、心痛と、拷問のような苦悩を、よくもまああんなふうにていた。 彼女の腰は、彼の両手の指ではさめるほど細かったし、しかもそ 馬鹿にできたものだ ) もしーー彼は心から天なる神に祈ったーーもし、妻も子もどちられは、妊娠して七ヶ月半にしかならぬ、早すぎる出産だった。これ も無事で、子がどこにも障害がなくて、そしてこれからすくすくとだけでも、実際、彼が気をもまぬ方がおかしいくらいだ。 しかも、スティ 1 ヴン・フォレスターには、それ以上に道子の身 育ってゆく、ということがわかったら、俺は二度と、あの「うろう ろする父親」の漫画を見ても微笑すらうかべるまい。もし、 の上を案ずるもっともな理由ーーーそして彼のまだ日の目を見ていな もしも、何かひとつでもうまくゆかぬことがあったらーー、おお神よい子供たちが・ーーも、いやというほどあったのである。道子とステ
ろで、設計部のアイデアをどう思うねーーー一九世紀の。フルマン車とごくふつうの人間が、月で週末を過ごしたいと思えば、それができ しうところかな ? 」 るようになるのだ。火星でさえ不可能ではないだろう。いまや可能 「とんでもない。。フルマン車には、五階建ての円い床などはないぞ」性は無限に拡がったのである。 「設計部にそういっておこうーー連中はガス照明に夢中なんだか モーガンは、敷き方の悪い絨毯につまずきそうになり、ドシンと ら」 音を立てて地上に戻った。 「もう少し適当な時代色がほしいというのなら、前にシドニー美術「すまん」と案内人はいった。「これも設計部のアイデアだーーーあ 館で古い宇宙映画を見たことがある。それに、ちょうど我々にびつの緑色は乗客に地球の気分を出させるつもりなんだ。天井は青にし て、上の階に行くほど濃くなる。それから、星が見えるように、ど たりの円形ラウンジがついた一種のシャトル機があったよ」 こも間接照明にしたいというんだがね」 「題名を覚えているか」 モーガンは、くびを振った。「それはいい考えだが、うまくいく 「ああーー・待てよ , ーー『宇宙戦争二〇〇〇年』とか何とか。きっと まいな。楽に本が読める程度の照明なら、その光が星をかき消しち 見つけだせるさ」 「設計部に探させよう。では、中に入るかーーヘルメットをかぶるまうだろう。ラウンジを仕切って、完全に消灯できるようにする必 要があるな」 かね」 「いや」と、モーガンは、そっけなく答えた。これは、平均より十「それはもう・ ( ーの一部に計画されているーー飲物を注文して、そ れからカーテンの蔭にひっこむというわけだ」 センチも背が低いことの僅かな利点の一つだったのである。 二人はいま、カ。フセルのいちばん下の階になっている、直径八メ 模型に足を踏みいれたとき、彼はまるで子供のように、胸のわく ートル、高さ三メートルの円形の部屋に立っていた。〈予備酸素〉、 わくする期待を感じた。自分は設計を点検し、コン。ヒューターが図 面をひき、配置を決めていくのを眺めた ここのものは何もかも〈電池〉、〈二酸化炭素分解装置〉、〈医療用品〉、〈温度制御〉といっ たラベルをつけた種々雑多な箱、ポンべ、制御盤が、そこら中に置 完全に知っているはずだった。だが、これは実在する本物なのだ。 、てあった。明らかに一切が一時の間にあわせで、即座に模様変え もちろん、古い笑い話のように、これは決して地面を離れないだろし う。だが、いっかこれと瓜二つの兄弟が雲を通り抜け、僅か五時間でのできる状態たった。 地球から二万五千キロの中間点ステーションまで昇ってゆくことだ「知らない者が見たら、宇宙船を建造していると思うだろうな」と ろう。しかも、一切は乗客一人当り約一ドル分の電気で十分なのだ。 モ 1 ガンがいった。「ときに、生存時間についての最新の推定は、 今になっても、来るべき革命の持つ意味を完全に理解することどのくらいだね ? 」 は、不可能だった。宇宙は初めて、知りつくされた地球上のいかオ よ「動力が切れないかぎり、五十人の定員が満席でも、最低一週間は る地点にも劣らず、近くなることだろう。さらに数十年もすると、 もつだろう。本当をいえば、そんな必要はないのさ。救助隊は、地 8 2
ーの店頭に積み上げて売ってる 開襟シャツ、頭は角刈り、スー 「おりろ、おりろ」 ようなサンダルをはいた刑事の前に、机をはさんで坐った少年は 降りた・ほくに大股で近寄って、 お調べを受けているところ。 「ヘルメットはどうした、ヘルメットは ? 」 「・ハイクです。五十 OO の : : : 」 「は ? 」 「ん、原付きね」 「ヘルメットだよ」 と、頭を指さす。 「これは五十 OO だから、ヘルメットはかまわんのじゃないです「 ( ンコ持って来た ? 」 カ ? 」 「じゃ、これに住所氏名年令職業を書いて」 「義務付けられてはいないが、なるべく着用するようにとヨーポー 住所、氏名、年令、職業ーーー高校生。 されている。持ってるだろう、ヘルメットっ・ 「高校生か、三年 ? 」 「家に置いてます」 「せつかく持ってるんだったら、ちゃんと着用しなさい。キミの安「はい」 「大学受けんだろ、来年」 全のためだから」 「はあ、一応 : : : 」 「はあ」 「今日は良し。ここから先、・ ( イクは危険だから、押してゆきなさ「それじゃあ、・ ( イク無い方が良かったんじゃないのか ? あんな の乗り回してたら、勉強時間が減るだろう」 しししね」 ワタシノホゴシャナノデスカ ? ) 」 と、ねちっこく言ったのが山口君。 ・ ( アンタハ 「盗まれた原付きの特徴は ? 車体の色、ナン・ハ 考えてみれば、あれがそもそもケチの付き始めだった。大鳥居の ・ほくは保険の証書を取り出して、それに答える。 下は人がもみ合いで、とても悪太郎や宮内を見つけることはでき ず、仕方なしにひとりで参道を歩いていると、ゲタばきのおばさん「いっ盗まれたの ? 」 に足をギュッと踏まれるし、投げたお金は賽銭箱からとび出るし、 って ? 」 何もしいことはなかったから、早々に引き上げたのだ。 「何日の何時頃、とられたのが分かった ? 」 「今朝、九時過ぎです」 ・ほくは、琴風が仕切りの後で相手力士を睨むように、薄目になっ て、山口君の背中を睨んでやった。 「どこへ置いてあったの ? 」 「家の前の道路脇へ : : : 」 「何日の何時から ? 」 「何とられたの ? 」 209
( 太陽風交点夏 第四部塔 ノョンはどうかね。あれは変更していな 「それから、中間点ステー、 いだろうな」 「ええ、あれは今でも同じ場所にありますーー三万五千キロです」 「よろしい。私がそこへ行く機会はないと知ってはいるが、そのこ 宇宙急行 とを考えるのは、、、 ししもんだ : : : 」彼は何事かアラビア語で呟い た。「もう一つの伝説があるんたよーーマホメットの柩が天地の間 「さあ、これが絶対に地面を離れないだろうなんて、いわんでくれ に浮かんでいるという。ちょうど中間点ステーションのようにな」よ」とウォーレン・キングスリーがしった 「運行を開始するときには、あなたのために、あそこで宴会を開き「そういいたかったんだが」と、実物大の模型を調べながら、モー ますよ、大統領」 ガンは声を立てて笑った。「むしろ逆立ちした鉄道の客車といった 「仮に予定どおりこ 冫いったとしてもーーー″橋″のときには一年ずれところだな」 「それこそ、まさに我々が売りつけようと思っているイメージなん たたけだったことは認めるがねーー私は九十八歳になっているんだ よ。いや、それまでは生きられんだろうな」 だよ」とキングスリーが答えた。「駅で切符を買い、荷物を預け、 だが、私は生きるそ、とヴァニーヴァー ・モーガンは、心の中で回転椅子に腰をおろして、展望を楽しむというわけだ。それとも、 思った。いまや神々は自分の味方であることがわかったのだからラウンジ兼・ハーへ上って、それからの五時間を本格的に飲みつづ とこ け、中間点ステーションで運びだされることになってもいい。 何の神だかは知らないが。 科学情報を豊かなイマジネーションで作品化した、の本場英 米作家をもしのぐきわめつきのハ ード cou- 作品ー・解説小松左京 円 4 6 を三要・第、を 判龕 製 早川書房 円 9
「ゆうべ、八時半頃です」 見てみるとーーー」 「ふん。いつも道路にとめてるのかね ? 」 「あの、母が、無いよって教えてくれたんです」 しいえ、ふだんは庭に入れてるんですけど」 「ん、 見てみると無くなっていました。盗まれたものと思いま 「ゆうべはたまたま外に置いたと ? 」 すーー・と、鍵は ? 」 「キーは抜いてました」 「どうして ? 」 「ん、ーー。鍵はかけていました これでいいか ? 」 「あのオ : : : 、住吉さまのお祭りへ行って、帰りが遅くなったんで「それで、そのあと近所をすっと探したんですけど、見つからなく 「ん、そう。ーー右、本人の申出により代筆す。司法警察官なんと それから先をどう言えばいいのか、・ほくは迷った。 か、なんのだれべえ」 「遅くなったんで ? 」 こうして、・ほくの・ハイクは盗難車両となった。 刑事は理由を聞きたがっている。 「遅くなったんで、庭に入れると ' ハイクの音がうるさくて、もしも 3 目をさましたりしたらかわいそうだと思って : : : 」 「家族がか ? 」 しいえ」 △△△ @@XX ロ△△ : ・ ョじゃ、誰が」 夏の朝の光のここちよさ。 「あのオ : カナヘビが : : : 」 額にうっすらと汗を滲ませて、ばくは窓辺に腹這いになってい 「何が ? 」 る。太陽の光が、背中と、腰から脚へ、当たっている。 爬虫綱、有鱗目、トカゲ亜目、カナヘビ科の生き物についてばく 本当は、・ほくは気分が良くない。頭がポーツとして重く、胸はム は説明する。 カムカ、身体はだるい。べッドからは起き上がったものの、重力に すると、刑事 さからって直立していることが困難だったのでこんな格好をしてい 「なんだ、トカゲか」 るのだ。 おお、一般的日本人 ! 太陽の熱が少しずつ身体をほぐし、ムカムカの原因を溶かしてく れるような気がする。 「私が七月二十二日午後八時三十分頃、用を終えて自宅前路上に駐今朝は記念すべき、第一回の禁酒の誓いをたてた日となった。 車してありました原動機付自転車が、翌七月二十三日午前九時頃、 刀 0
連載銀河旅行と特殊相対論〈特別篇〉 章 8 インデックス文明への挑戦 石原藤夫 題はべっとして、とにかく現在の地球文明 さいわいにも、すぐれた研究者仲間や のほとんどがそのような分析的、論理的な 仲間のあいだではそんな誤解はなく、理 インデックスは精神文明の ものであることはまちがいない 解してもらっているが、それ以外の日常的 産物である さて、私の精神構造というのは、日本人なっきあいの分野では ( とくに日本的風土 に生きてきた年輩の人からは ) 、思っても 星表 ( スター・カタログ ) のところで述のなかではめずらしい、と言われる。 自分ではそれほど珍奇な生物たとは思っ みなかった批判をあびることがしばしばあ べたように、西欧文明というのは発想がき わめて分析的であり、その結果として興味ておらす、十二分に情緒的な純日本的性格る。 の持ち主のつもりなのであるが、そうは受 私のこれまでの″分析″によると、そう の対象をカタログ化し、インデックスをつ いう誤解は、つぎのような定式化によって くるーー・ーという作業にそうとうなエネルギけとられないことが多い。 たしかに、カタログ化とかインデックス了解することができる。 ーをついやす。 づくりとかに対する憧憬がひじように強い 分析的文明人と情緒的文明人がケンカし したがって、西欧文明の所産であるサイ ので、変わっているーーーと思われても仕方たとしよう。両者は互いにこのように言っ エンスの発展は、つねにカタログやインデ て相手を非難するだろう。 がないのかもしれない。 ックスの発展を伴っている。 しかし、そうだからといって、人間味に 「あいつは論理や原則を無視して行動す この点は、日本個有の文明の発展のしか と言われると少々抵抗がある。 る。ずるがしこくて非人間的だ " こ 乏しい たとかなりちがっているが、良い悪いの門 」カーい「化、す . る話 イラストレー、ンヨン・宮武一員 4
冗談じゃない。 ・ほくは立ち上がると、玄関で靴をはき、タクシーに乗りこんだ。 歩けないわけじゃないのだ。 「ゆうじつ、舌で唇を舐めるのをやめなさい ! 」 「もう着換えすんだ ? 」 横でおふくろが言う。 優しい声で、おふくろが問う。なぜ優しいのかというと、ばくが 病気だと思いこんでるからだ。 「ああ」 ベルトの・ハックルをとめながら返事する。外へ出る時は長ズン医者は・ほくの方に向き直ると、尊大な調子でロを開いた。 をはかなければならないのだ。人間はなんとややこしいしきたりを横からおふくろが答える。 作ったものだろう。 「本人はどこも悪くないと言うのですけれど、どうも腰を痛めてる 「そろそろだから、玄関まで出てらっしゃいね」 ようなんです。家の中でばほとんど立ち上がらずに、這ってばかり そう言い残しておふくろは消える。 なんですよ。何にもなくてそんなふうになるはずございませんでし よ一つ - フ・」 ・ほくは脚にまとわりつく布の感触になじめなくて膝をふるわす。 母親というのは本当にやっかいな生き物だ。・ほくがどこも悪くない 「ふむ。それでキミは腰が痛いのかね ? 」 といってるのに、どうしても病気だといしー しいえ」 、よる。挙句の果てに、病「、 院で検査を受けることになってしまった。最初・ほくは絶対イヤだと「それならどうして立てないのかね ? 」 言っていたのだが、ゆうべ親父が「診てもらえばいいじゃないか。 「立てないのじゃないんです。立たないんです」 何も悪いところがないんならないで構わないじゃないか」とロ添え ・ほくの言葉に、医者は首をかしげる。 したので、おふくろは力を得て、・ほくが折れることになったのだ。 「ええと : 、立とうと思えば立てるんですけれど、這う方が楽た 「ゆうじーっ、タクシー来たわよ ! 」 から這ってるだけなんです」 やれやれ。 「ふうん : ・ : ・」 ・ほくはためらった。 玄関まで歩いて行こうか、這って行こうか、 医者は顎を撫でた。一応うなずいてはみたものの、理解はしてな 人前だと這うのは調子悪いだろうけど、玄関までは家の中た「構う いようだ。 まい。這って行くことにした。その方が楽なのだ。 「つまりですね、立ち上がっているよりもーーー」 おふくろが玄関からこちらを覗く。 医者は両手で・ほくを制した。おふくろの方を向く。 「いやだ。大丈夫 ? おんぶしてあげようか ? 」 「いっからそうなったんです ? 」 4