た草地がある。その草地を、こけつまろびつ上がっている二人の教のだ。怪物の吐く息を背中に感じながら、ぼくはほとんど恐怖とい 授の姿が見えた。ようやく通路にころげ込んだ時、ウインチェスタうものをお・ほえなかった。 ー銃を振り回しながら、 = スメラルダが密林のふちから飛び出して彼女をようやく抱き起こした瞬間、背後でふたたび凄まじい咆哮 来た。続いておそろしい咆哮がひびき渡った。 が湧いた。苦痛と怒りがない混った怒号だった。ぼくは振り返り、 彼女が草地のなかばまで達した時、あの双頭の肉食恐龍が、木立そこに、エスメラルダのそれをしのぐ真の勇気の発露を見た。 ちを踏みしだいてぬっと姿を現わしたのだ。いかなる画家の想像力怪物は、ぼくらから十メートルと離れていない距離に迫っていた。 も及ばない黙示録的な怪物の姿だった。 その戦慄すべき二対の顎は、・ほくらの上に殺到しようとしていたの つごう 粘液にまみれた肌は虹色にきらめぎ、都合四つの目は、殺戮の本だ。 能に燃えて真紅にかがやいていた。長大な尾が、それ自体が一頭の その瞬間、ロクストン卿が怪物に追いすがった。力いつばい、 手 けいれん けもののように痙攣し、うねっていた。 斧を尾の付け根に打ち込んだのだ。原始的な神経組織しか持たない こた エスメラルダは、草地の中央に踏み止まると同時に、振り向きざために、痛覚はにぶい筈の爬虫類だが、さすがにこの一撃は応えた ま発砲した。おどろくべき勇気といえた。二人の教授が安全地帯にらしい。怒りの叫びを上げながら、ロクストン卿に向き直ったの 逃げ込むまでの時間を稼ごうとしていることは、明らかだった。 だ。尾の一撃を避けてかるがると跳びのきながら、ロクストン卿は がむろん、ちつぼけな鉛の弾は、テイラノサウルスの体にわずか叫んだ。 な疼痛しかもたらさなかったにちがいない。巨龍はまったく意に介「早く ! 彼女を連れて逃げるんだ ! 」 さぬ様子で、どたどたと彼女に追いすがった。 ばくは彼女の手をつかみ、後をも見ずに夢中で走った。通路に飛 「危ない、エスメラルダ ! 逃げるんだ ! 」 び込むと、石畳の上を突っ切り、ぼくらが仮のねぐらと定めている ぼくは叫びざま、ウェ・フリー拳銃を盲射ちにぶっ放しながら、彼例の地下トンネルに、エスメラルダの体を押し込んだ。一足先に避 女に突進した。ぼくを振り返った彼女の白い顔がちらりと目に焼き難していたチャレンジャー教授のたくましい腕が伸びて、彼女を抱 ついた。 しかし冷静に考えてみれば、・ほくはなくもがなの、彼き取ってくれた。 女にとっては危険な行為をしでかしたのだ。 ぼくは彼女の無事を見届けると、通路を振り向いた。目は本能的 ぼくの叫びに一瞬気を取られたために、彼女は・ ( ランスを崩したに武器となるものを探していた。ロクストン卿一人にあの怪物を委 らしい。、通路の入り口の手前で、草に足を取られたらしく、もんどねておくわけにはいかない。あるいはすでに、ーー考えるのも辛い り打ってころがった。ぼくは、「全弾を射ち尽した拳銃を怪物に投げことだがーーー怪物の血祭りに上げられているかも知れなかった。た つけると、彼女の体を引き起こそうとした。 とえそうなっていても、やつに一矢酬いずにはおかないつもりだっ 人間は生死の極限に追いつめられると、いっさいの感情を失うもた。 むく ゆだ 3 9
・前回までのあらすじ・ 泰然とかまえていた典型的なイギリス田園紳士の面影は、ど こにもなかった。 ロクストン卿、チャレンジャー教授、サマリー教授、・マローン記 者の四人は、ロクストン卿か南米旅行のおり手に入れた品を手がか も 0 とも、ぼく自身の風も同じようなものだ 0 たろう。奥地に りに、伝説の黄金都市マノア″探検の旅に出た。しかし、その手 近づいてからというもの、身だしなみに気を使うような余裕はとて がかりの品の所有権を主張する女エスメラルダの執拗な妨害、ロク もなかったからだ。しかし人間はどんなことにでも慣れるものだ。 ストン卿へ恨みを持っ匪族の脅威に悩まされる。やがてそれらの危 今では・ほくは、自然の状態のままに自分を置いておくことが、もっ 機を乗り越え、改心したエスメラルダを加えた一行は旅をつづける。 とも快適だと感じられるようになっていた。 だが、ゴール目前にしてインディオの一隊の襲撃にあい、チャレン ーーその時、 戸クストン卿に水筒を渡そうと腕をのばしかけた。 ジャ 1 教授、サマリー教授、エスメラルダの三人がさらわれてしま う。それを追うロクストン興マローン記者の二人は、やがて″大 廃墟の北の方角から、叫び声がひびいて来た。両教授のうち、どち 地のへそ″と呼ばれる大陥没地に達した。そこは、奇しくも一行の らかが上げたと思われる男の叫び声だった。続いて、ウインチェス 目指す″マノア″であるらしかったが、三人はそこで、双頭のティ ター銃の軽くはじけるような銃声が、一発、二発、ひびき渡った。 ラノサウルスへの生贄にされようとしていたのだ。ほうほうの体で ・ほくは水筒を取り落とし、ばね仕掛けのように立ち上がった。 窮地を脱した彼らは、ついに″マ / ア 4 の黄金を発見する。そし 「彼らが襲われた ! 行こう ! 」 て、帰途へつくべくカヌーの製作にとりかかり、二人の教授とエス メラルダは、標本の採集に出かけたが : ロクストン卿は叫びざま、手斧を取り直して走り出した。ぼく は、ロクストン卿が腰から外して近くの枝にかけてあったウエプリ 1 拳銃をホルスタ 1 から抜き出すと、その後を追った。 : もちろは・ほくは自信があった。ロンドンで、オ 1 ル・アイルランド・ラグ ん、ウインチェスタ 1 銃でも食い止められない相手に、拳銃の弾がビーチームの、クオーターノ ・、ツクをつとめていたからである。悲鳴 役に立っ筈はない。しかし、目や喉などの急所に当てれば、わずかの方向を辿って、あの祭祀場の円盤の外壁のふちに近づいた時、 ひる でも怯ませることは出来るだろう。 クストン卿をだいぶ引き離してしまったようだった。 にかこまれた遺跡群を縫って走り出し さらに銃声が二発、続いてエスメラルダの叫びが聞こえた・ 密林のふちに点在する、 「早く ! 早く逃げて ! 」 た時、忘れようとしても忘れられない、あの腿にひびく咆哮を聞い た。ぼくの全身に恐怖と焦りが分泌するアドレナリンがどっと湧ばくはくずれ落ちた外壁の破片を跳びこえて突進した。外壁の切 おど ぎ立ち、心臓は喉元まで跳り上がった。 三人を襲ったのは、あれ目に近づいた時、おそるべき光景が目を搏った。そこは、二人の 教授とエスメラルダがオン・フリ族によって犠牲に捧げられようとし の双頭の怪物、テイラノサウルスにちがいない。 ふたたび怒り狂った咆哮と女の悲鳴が交錯して密林にひびき渡た時、巨龍が侵入して来ようとしていたあの通路だった。 ブッシュ り、ぼくらは狂気のように疾走した。ーー・幸い、走ることに関して密林の壁とその通路の間には、幅三十メートルほどの薮の茂っ う カ / トリー・ジスントルマン まら 2 9
水流に押しひろげられて、堂々たる地下の川となったのだ。それをないことが分かった。 サンクチュアリ いつの頃にかオン・フリ族が発見し、彼らの聖城へと出入りする通流れの幅は広く、両側の壁まではたつぶり三十メートルほどもあ 路として用いるようになったのだろう。 った。頭上も、入口の狭さからは想像もっかないほど広く、ゆった へき ″大地のへそ″を取り巻く陥没壁の一部であるその岩壁は、高さ一一りした天蓋を成しており、岩天井の中央はふかく鋭く裂けて、はる かな高みにまでその亀裂が続いている。教授たちのことば通り、そ 百メートル余り、巨人の斧で無造作に削られたかのように荒々しく そそり立っていた。近づくにつれ、ばくの胸は高鳴って来た。 こから射し込な光が、ほそい筋となって、うねうねと続いていた。 そしてぼくは、松明の光が浮かび上らせる岩天井の妖しいかがや チャレンジャー、サマリー両教授とエスメラルダは、オンプリ族に さかのぼ とらえられて川を遡る中途で、地下の流れをくぐる幻想的な体験きに、心を奪われた。あるいは黄金をふくむ石英の鉱脈が露出して いるのかも知れない。 ・ : 岩壁の至るところからまばゆく光が反射 をしている。しかし・ほくとロクストン卿にとっては、初めてだった しゃ し、闇の世界を豪奢な光の宮殿に変えていたのだ。″大地のへそ″ からだ。岩壁がより壮大にそそり立つにつれ流れも早くなり、やが を取り巻く地層に、黄金の鉱脈があってもふしぎではない。あの廃 てその下端にごく浅くくちをひらいている洞口が見えて来た。 でどころ たいまっ ロクストン卿は、食糧とともに積み込んであった二本の松明に、墟の宝庫に蓄えられていたとほうもない黄金製品の出所も、それで ウインチェスター銃の弾から抜いた火薬とマッチを使って点火し くらやみ た。教授たちの話では、地下流は決して真っ暗闇ではなく、はるか 書泉「文庫・新書祭」のお知らせ 上方の裂け目から射し込む陽光で、・ほんやり明かるいということだ あかり ったが、筏の操縦のために、より強い照明が必要だと考えられたか ☆をはじめ、文庫、新書を多数揃えて、 らだ。地下の川で、筏が転覆し、川に放り出されるような羽目には 皆様の御来店をおまちしています。 なりたくない。全員が、命取りになるおそれもあったからである。 あらが 水は音もなく、しかし抗うことの不可能なカづよさで、筏を洞ロ 時五月二十日 ~ 六月三十日 めがけて押しやっていた。高さ二メートル足らずの、平べったい楕 ところ せま 円形の洞口が見る間に迫って来たかと思うと、たちまち・ほくらは暗 〇書泉グランデ・一階 ( 東京都千代田区神田神保町 黒のうちに吸い込まれていた。 一丁目三番地 e 2 9 5 ー 0 011 ) その時ぼくは、筏の後端に立ち、竹竿を握って、先端に立っロク 〇書泉。フックマート・ 一階 ( 東京都千代田区神田神 ストン卿とともに、筏が壁に衝突しないよう操縦する役目を受け持 保町一丁目二番地 , '-a 2 9 4 ー 0 011 ) っていた。しかし、チャレンジャー教授とエスメラルダがかかげる たいまっ 松明が、筏の周囲を照らし出すとともに、とりあえずはその必要が たくわ
り残された凹地を徘徊する怪物どもに対して、 30 ー 06 口径のウ インチ = スター銃は、パンコ玉ほどの偉力も持たなかったろう が、手ぶらよりは増しだ。第一、銃声は合図としても使える。 きこり そんなわけでぼくらは今、二人だけで木樵仕事にいそしんでいたの 「休みたまえ、マローン君」 暑い ぼくは肱を上げ、額にしたたる汗を、手の甲でぬぐった。この巨上半身は裸になり、疲れを知らぬビッチで新らしい・ハルサの木に ジャ / グル 向かって手斧をふるい続けているロクストン卿がいった。 大な凹地の底は、ほとんど風が通らない。密林そのものの湿気が加 「この暑さの中ではたらくこつは、自分に適ったペースをつかむこ わって、気が遠くなるほどの蒸し暑さだったのである。 ぼくとロクストン卿は、廃墟の東のふち : : : 例のトンネルがあるとだ。さもないと、すぐにへたばってしまうぞ」 祭祀場から、三百メートルほど離れた密林のふちにいた。今朝は早「 : : : どうやら、そのようですね」 いかだ ぼくは喘ぎながら答えると、すでに倒した四本目の・ハルサの、枝 くから、筏に使う・ハルサ材を伐り倒す作業に取り組んでいたのだ。 マチ又ーテ ロクストン卿の試算では、直径三十センチ以上の・ハルサの丸太を払っていた山刀を投げ出し、切り株に腰を下ろした。近くの泉か が、少なくとも十本は必要である。しかしぼくらに与えられた道具ら汲んだ新鮮な水がつめてある水筒を取り上げーー幸い、水だけに ふたくちみくち マチェーテ 、二ロ三ロ、むさばり飲んだ。 といえば、山刀が二挺と、小さな手斧が一挺しかないのだ。、ぼくらは不自由しなかった それから、なけなしの牛肉の罐詰の一つを開けた。ばくらの昼食 は寸暇を惜しんではたらいたが、六時間かけても、ようやく三本を 兼夕食となるものである。手持ちの食糧といえば、肉や野菜の罐詰 伐り倒し、枝を払って、丸太を作ることに成功しただけだった。 チャレンジャー教授、サマリー教授、それにエスメラルダの助力があと十個ほどと、ビスケット類がわずかしかなかったからだ。見 は、当面は当てにならなかった。昨日の話し合いで、学者二人はとたところ、廃墟の周辺には小動物は豊富なので、半日も狩りをすれ ばしゅうぶんに肉の補給は出来たが、今はその時間がなかったので りあえず手に入る限りの生物標本の採集に専念することになった。 チャレンジャー教授は、この凹地ーー″大地のへそぜんたいの踏ある。 査を主張したのだが、それは不可能だということをロクストン卿が ぼくが罐詰を開けたのを見て、ロクストン卿も作業の手を休め、 説得し、しぶしぶながらチャレンジャー教授は、黄金都市の廃墟の近づいて来た。いかにもスポーツマンらしい引き緊った上体には、 近くに限っての標本採集を行なうことに同意したのである。 滝のような汗が流れている。髪は乱れ、髭も伸びるがままにまかせ エスメラルダは、・ほくのウインチェスター銃を携えて、二人の護ているために、チャレンジャー教授のそれに劣らず、シチリアあた 衛についている。例の双頭のテイラノサウルスを始め、この時に取りの山賊の首領を思わせる風貌を呈している。チェルトナムの館で 第二部第七章巨龍の牙 む 9
それからの作業は、順調に進んだ。予定の本数の・ハルサを伐り倒 し、丸太に仕立てると、川岸まで運んでから、筏に組み上げた。 ーもとより、まだ乾燥してはいない・ハルサの丸太は重く、その運搬 りよりよく は楽な仕事ではなかったが、・ほくらには人並み以上に膂力のすぐれ たチャレンジャー教授を始め、三人の男の手があったのだ。 エスメラルダは、ロクストン卿の命令で、筏をすっぽりとおおう に足るだけのおおいを、シュロの枝葉を編んで作った。身の安全の そ ために、ぜひ必要なものたとロクストン卿は主張したのだ。 して、彼の予見が正しかったことを、・ほくらはいくらも経たぬ間に 思い知らされることになる。 いずれにせよ、三日を要して、筏は完成した。縦十フィート、 十五フィート余りの、しつかりしたもので、水に浮かべテストした ところ、五人の体重をじゅうぶん支えるに足りた。 ロクストン卿の低い呟きが聞こえた。 リング あとあじ ・ : こんな後味のわるい殺しは初めてだ。祝杯を 「だがふしぎだ。・ 上げる気にもなれんよ」 つまり、ロクストン卿の思いも、・ほくと同じだったわけだ。・ほく は振り返り、握手の手を差し出した。 「自分を責めるのは止めましよう、ジョン、・ほくらはなすべきこと を果たしたにすぎません。 : ・ぶじ文明世界に戻れれば、この埋め 合わせはじゅうぶんにつきますよ」 ・ほくらは握手を交わし合い、黙りこくって、仲間のもとへと戻っ て行った。 シェルダー たて 世界Ø LL 全集 全巻 ーヴェルメ ・ 2 ウエルズ 3 ドイル ガーンズバック ティン ワイリ 1 ライト ステープルドン リュイス 7 スミス 8 ペリャーエフ エレンプルグ チャベック 。ハックスリイ オーウエル ーハミルトン ラインスター にハインライン プラッドベリ アシモフ 店クラーク スタージョン ープラウン ヴォクト ベスター ディッ久 円ウインダム 4- シマック プリッシュ ポール / コーンプルース 幻アンダースン ファーマー エフレーモフ 四レム ゴール グロモワ ストルガッキ兄弟 パルジャ・ヘル % フリック フランケ オールディス ′一フード 安部公房 四星新一 小松左京 筒井康阯 眉村卓 光瀬龍 引世界の ( 古典第 ) 世界の ( 現代篇 ) 世界の ( ソ連東欧鷙 ) 日本の ( 古典 ) 日本の ( 現代第 ) ( 平均定価一二 00 円 ) 0 9 9
の岩にごっごっ突き当たり始めた。・ほくは必死で竿を持ち、筏を岩 説明がつく。 から避けるよう努めた。 しかし残念ながら、筏を岩壁に寄せて、標本を採取するゆとりは たん ここは、地下の急端とでも呼ぶべき場所だった。オン・フリ族は二 なかった。ゆたかな水量を持っ流れは、地下に入ってからいっそう 断固としたカで、筏を運んでいた。下手にその力に逆らえば、危険隻のカヌーでここを遡って来たわけだが、カヌーは軽く、いかに屈 強な漕ぎ手がそろっているとはいえ、相当に苦労を強いられたこと を招くだけだったろう。 : ここで、安心してはいけない、マローン君」 だろう。あるいは彼らにとっては、神に与えられた試練の場所であ ったかも知れない。考えようによっては、聖域への外敵の侵入をふ ・ほくの心が、自分の役目から離れたことに気づいたらしく、チャ レンジャー教授の声がひびいた。 せぐ恰好の防壁でもあったわけだ。 「この先、幅が狭まり、流れが早くなる難所がある。オン・フリ族も しかしぼくらの必死の操作もむなしく、重い筏ははげしく流 くぐり抜けるのに苦労した場所だ。 : : : 気をつけないと、転覆してれに揺さぶられ、岩に小突かれてしぶきをかぶり始めた。今や、両 しまうぞ」 教授とエスメラルダは、筏の中央にしばりつけられている例のおお ぼくはわれに返り、竹竿を取り直した。 いにしがみついており、・ほくとロクストン卿もまた、竿を操るどこ 流れは、頭上の妖しい景観をさまざまに変化させながら、ゆろではなく / 、くランスを取って立ち続けることにせいいつば、だっ るやかにうねって続いた。そして三十分も経ったと思われる頃、チ ャレンジャー教授の予告どおり、とっぜん難所が始まった。 だしぬけに流れ しかしどんな難行にも終わりはあるものだ。 天井はだしぬけに低くなり、天井と流れの底をつないでいるらしはゆるやかになり、筏を小突き回していた衝撃も消えた。筏は、し った い二本の岩柱が見えて来た。筏は、その岩柱に仕切られた三つの流たたか水をかぶってはいたが、丸太を組み合わせている蔦はゆるん れの中央に、辛うじて滑り込んだ。たちまち・ほくらの耳は、壁に反でいないようであり、・ほくらを乗せてふたたび悠然と流れ始めてい 響するおどろおどろしい水音に充たされた。 「岩に注意するんだ、マローン君。下手にぶつけると筏が・ハラバラ ・ほくらはようやく人心地を取り戻したが、それからは取り立てて になってしまうそ」 : ・三十分後、前方に・ほんやりと白い光が見え 難渋はしなかった。 筏の先端で、まっすぐ進路を保とうと苦闘しているらしいロクスて来た。 トン卿の叫びが聞こえた。 ぼくらはついに地下の川を乗り切ったのだ。 まずいことに、水中の岩柱はそれだけではなかった。い くつかの 岩が、岩礁となっていくつか流れから突き出ている。ロクストン卿 の指示を守る間もあらばこそ、筏はたちまち流れに揉まれ、それら こ 0 ( 次号完結 ) シェルタ ー 02
そち しかるべく科学的措置をするつもりだからな」 : ついに、″大地のへそ″を離れる瞬間がやって来た。・ほくら ぼくはあえてその中味をこうとはしなかった。うすうす感づい がここに足を踏み入れてから、一週間余りが経ったにすぎなかったてはいたが、教授のいう通り、これ以上あえて気色の悪い思いを味 が、まるで一カ月以上もすごしたような気がした。 わうこともなかったからだ。 もや その日の朝、まだ朝靄も晴れない内に、・ほくらは筏に乗り込ん かくしてすべての用意はととのい ロクストン卿が、長い竹 だ。水筒に詰めた水と、廃墟の近くで手に入れたいくばくかの果竿を操って、葦の生い茂る岸辺から筏を離れさせた。筏は流れに乗 物、わずか数個残った罐詰にビスケットが、この船旅に用意されたると、ゆったりと押し流され始めた。 食糧のすべてだった。 ぼくは筏の端に立って、遠ざかって行く黄金都市の廃墟を包み込 目下のところは、ともかくこの川の流れを下って、″大地のへんだ密林を眺めているエスメラルダの横顔を見つめた。その頬に そ〃を脱出することしか念頭にない。その後のことは、いわば出た は、ひと筋の涙が光っていた。 ところ勝負だったからだ。 哀しみか、あるいは喜びの涙なのか、 ~ ・まくには分からなかった。 かんすい もちろん、インカ人が残した宝庫から、各自が一つずつわがもの父ガルシア・デ・ルイスが、その捜索に一生を捧げ、ほ・ほ完遂しな おうし とした記念 ( と証拠 ) の品も、忘れはしなかった。黄金都市の所在がらもむなしい横死を遂げるに至った黄金都市を離れるに当って、 万感の思いが胸を熱くさせていたにちがいない。 この一瞬の別れ を証し立てるために、なくてはならぬものだったからだ。 は、彼女だけのものだった。 そしてさらに、チャレンジャー教授にはべつの意志があったよう ぼくは声をかける代りに、黙ってその肩を抱き寄せた。彼女も無 だった。彼は出発の朝、三十分の猶予をくれるようぼくらに頼む と、手斧を持って密林の方へと走って行った。 : ・やがて戻って来言で、ぼくの胸に頭を寄せて来た。 : : : 筏はゆるやかに流れ下り た時は、着更えのシャツでしつかりとくるんだ大きな包みを、小脇やがて大きくカー・フを曲って、黄金都市は見えなくなった。 に抱えていた。 4 そいっからはすさまじい悪臭が漂い、思わす鼻白んだ・ほくらに、 チャレンジャー教授はにんまりと笑って見せた。 いしあたま 「証拠だよ、諸君。 王立アカデミーの石頭諸氏に、われわれが 一時間も経たぬ間に、前方に立ちはだかる岩壁が見えて来た。この ふく 体験した事柄を信じさせるには、よほどしつかりした証拠がなけれ流れを、地下ふかくに伏流させている岩壁である。おそらくはるか ばならん。 な太古、″大地のへそ″に降るおびただしい雨量を集めて形づくら そこ 連中は疑うのが仕事だからな。いささか食欲を損ねるしろものでれた川は、その流れのはけ口を求めて、岩壁の下部に存在していた はあろうが、しばらく我慢してもら、こ、。 しナしマナオスへ着いたら、亀裂に流れ込んだのだろう。厖大な年月のもとに亀裂はえぐられ、 あか あし 8
ルスにとっても、じゅうぶん魅力的である筈の餌だった。 おもわく 「わしは以前、わしらが危機難題にぶつかった時は、このジョージ それまでは、すべてがぼくらの思惑通りに運んでいたのだ。ロク ・チャレンジャーの頭脳を当てにしてもらってもよいといったな。 ストン卿とぼくが二人がかりで回収して来た火薬の樽は、いかにも しつけ どうやらまた、その要請に応えるべぎ時機が来たようだ。 慎重なガルシア・デ・ルイスが運んで来たものらしく、湿気るのをふ ほうこ ふた 諸君はむろん、あの宝庫の扉の前に置かれてあった火薬の樽をおせぐために、亜鉛板で内張りをしてあった。蓋も、きっちり閉めら ぼえておるだろう ? あれが、わしらの敵を排除する切り札になるれており、わずかな表面をのそいては、ほとんど変質していなかっ と思われるのだが、どうだね ? ー - ーもちろん、あれがまだ湿っておた。少量を出して試して見たが、申し分なくスムースに発火した。 すきま くれ らず、役に立っと仮定しての話だが」 ロクストン卿は、樽の隙間に石塊をぎっしりと詰め、爆発した際 「じつは私も、同じことを考えていました」 の破壊力をより大きいものにした。やはり回収して来たウインチェ ロクストン卿がおちつきはらって引き取った。 スター銃で、ーー弾薬はまだ五十発ほど残っていたーー、瞎墟の周 ちそう 「やつをもてなすには最高の馳走でしような。 さっそく、あれ囲に狩りに出かけ、よく肥ったカビ・ハラをいっぴき仕止めて来た。 がまだ役に立つかどうかを調べに行きましよう」 その腿の部分はあぶってぼくらの食糧にし、残りの部分を解体し て、テイラノサウルスへ捧げる豪華なレアステーキづくりにとりか つな かったのだ。 火薬樽をうすくおおい包んだ肉片は、一夜が明けると蒸れて、早 ばくはロクストン卿と肩を並べて、崩れ落ちた石壇の脇に体をひくもすさまじい異臭を発散するに至った。 ぼくらにとっては悪 そめ、待っことの辛さとひたすら戦っていた。 臭だが、肉食恐龍にとっては最大の誘惑にひとしい芳香といえたろ ふにく すでにそこで待機し始めてから、半日近く経つ。しかし目下のとう。彼らが腐肉をも喰らうことも、ぼくらは知っていたからだ。 ころ、待ちわびる相手が現われる様子はなかった。 日が高く昇るとともに、ロクストン卿は待ち伏せにふさわしい場 ぼくはこわばった体を伸ばし、石くれを拾うと、ばくらが設けた所を吟味し、祭祀場の外壁から百メートルほど離れた密林の中の草 ″罠″にむらがっている鳥どもに投げつけた。貪欲な鳥どもは、一地を、そこに定めた。そこは、二日前にエスメラルダたちが襲われ わめ た場所にごく近かった。 瞬ギャアギャアと奐き立てたが、怯む様子も見せなかった。 ぼくらの″罠″は、三十メートルほど先のイチョウの大樹の枝か テイラノが木立にすりつけて残していったと思われる体臭が、ま ら、高さ十メートルほどのところに、ロープ代わりの蔦でぶら下げだ濃く漂い、下生えの藪は、むざんに踏みにじられていた。ロク たる ・リ・リーー バッセージ られている。カビ・ハラのうすく切った肉片を例の火薬の樽にくるストン卿はそこを、テイラノが領土を巡回する際に通る通り道では 5 み、血をたつぶりまぶしたあと、枝から吊したのだ。テイラノサウないかと判断した。罠をしかけるには絶好の場所と考えたのであ ひる どん った しめ たる たま ブッシュ