キュー - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1980年7月号
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1. SFマガジン 1980年7月号

「キューゲルどの、わたしの金を返したのは、実に幸運だった。さった。二人の男がしばらくなごやかに語りあうのを、キューゲルは もなければ、騙りを働いたとして、牢にぶちこむところだ。いすれ苛立たしげに見まもった。 にせよ、わたしの見るところ、きみのこうした活動は有害で、グン フラスカはようやく帰っていった。乙女たちは、食事をすませる ダーの公益に反する。きみの暴露行為によって、この町は混乱状態と、広場へ散歩にでかけた。キューゲルは、隊長の坐っているテー だ。いますぐ打ち切ってもらいたい。看板をおろし、罰を受けずに・フルへ歩みよった。 すんだことを、心から感謝するんだな」 「隊長さん、わたしはキューゲルというものですが、ちょっとお邪 「ああ、喜んで店じまいしますよ」キューゲルは威厳をたもってい魔をしてもよろしいか」 「この仕事は骨が折れてかなわん」 「どうそどうそ ! まあ、お掛けなさい。このすばらしいお茶を一 フラスカはむかっ腹で立ち去った。キューゲルは水揚げを給仕と杯いかがですかな ? 」 山分けにし、二人はおたがいに満足して、その店をひきはらった。 「これはどうも。まず、一つおうかがいしたいのですが、あなたの キューゲルは宿で最高の昼食を楽しんだが、そのあと酒場にいく 幌馬車隊の行先はどちらでしようか ? 」 と、常連たちの態度が目に見えてひややかなのがわかったので、ま隊長は、キューゲルが物知らずなのに、驚いたようすを見せた。 もなく自分の部屋にもどった。 「われわれはルマースへ行く途中ですよ。あの娘たちは″シムナシ 翌朝、彼が朝食をとっているとき、十台編成の幌馬車隊が町に到スの十七人の乙女″といって、毎年、大仮装行列に花を添えるなら 着した。おもな積荷は、二台の幌馬車に分乗した、十七人の美しい わしでね」 乙女の一団だった。ほかの三台は寄宿舎の役を果たし、あとの五台 「わたしはこの地方には不案内なのです」キューゲルは説明した。 トランクや、俵や、箱が積みこまれて には、食料や必需品のほか、 「したがって、土地の慣習もまったく知りません。いずれにせよ、 いる。幌馬車隊の隊長は、茶色の髪と絹のようなあごひげを風になわたしもルマースに向かう途中なので、あなたがたといっしょに旅 びかせた、小肥りで温厚そうな男だったが、かわいい預り物につぎ ができれば、ありがたいのですが」 つぎと手をかして地上におろすと、全員をひきつれて宿にはいって隊長は二つ返事で承諾した。 きた。マイアーは、香辛料のはいった粥と、マルメロの砂糖漬にお「喜んであなたに加わっていただこう」 茶という、たつぶり分量のある朝食で、一行をもてなした。 「すばらしい ! 」キューゲルはいった。「では、その件は片づきま キューゲルは、一行が食事をするのをながめながら、考えた したな」 こういう仲間といっしょに旅をするなら、目的地がどこであれ、き隊長は絹のような茶色のあごひげをしごいた。 っと愉快な旅になることだろう。 「一言お断わりしておくが、わたしの料金は通常より高いですぞ。 フラスカ節度官が顔を見せ、幌馬車隊の隊長にあいさつをしに行なにしろ、あの十七人の乙女に快適な旅をさせるため、万事贅沢な 269

2. SFマガジン 1980年7月号

「もし、キューゲルが、その任務をおろそかにしたとすれば ? 」 こうへ連れ出した。キューゲルは左に右に体をねじって抗がった が、むだだった。 シミルコは辛抱強く答えた。 「よろしいか、どの娘もそれそれの個室で安全にかくまわれてお「どこへ連れていく気だ ? この茶番はどういう意味だ ? 」 り、キュ 1 ゲルとのあいだは丈夫な戸で隔てられていたのです」 陰陽士の一人が優しい声でいった。 「なるほどーーーそれでは、もしキュ 1 ゲルがその戸を開き、こっそ「わたしたちはそなたをフアム。フーン廟へ連れていく。これは決し り個室に忍びこんだとすれば ? 」 て茶番ではない」 シミルコは、半信半疑でつかのま考えこんでから、あごひげをひ 「こっちはお断わりだ」キュ 1 ゲルはいった。「手を離せ。います ねった。 ぐルマースを出ていきたい」 「応分のカ添えはしよう」 「その場合は、ひょっとすると可能かもしれません」 大陰陽師はキューゲルに視線を向けた。 三人は磨り減った大理石の階段をのぼり、巨大な拱門をくぐっ 「この悲しむべき事件について、そなたの正直な陳述が聞きたい」 て、よく反響する広間にはいった。高い丸天井と、むこうの端の内 キューゲルは憤然として叫んだ。 陣か祭壇らしいものを除いて、中はなんの特徴もない。キューゲル は脇の小部屋に導かれた。高い丸窓から光がさしこみ、壁は暗青色 「この取調べはでっち上げだ ! わたしは顔に泥を塗られた ! 」 チャラデットは、優しいがどことなくひややかな目で、キュ 1 ゲの羽目板でととのえられている。白い寛衣を着た一人の老人が、部 ルを見つめた。 屋にはいってきてたずねた。 「そなたに贖罪の機会を与えよう。陰陽士たちょ、この男の身柄を「この男はなんですかな ? 悩みをかかえた人物で ? 」 預ける。彼が高潔さと自尊心をとりもどせるよう、あらゆる配慮を「さよう。キューゲルは一連の忌わしい罪を犯したため、自己を浄 めたいと願っているのです」 してやりなさい ! 」 キューゲルは声をかぎりに抗議した。だが、大陰陽師は耳をかさ「真赤なだ ! 」キュ 1 ゲルは叫んだ。「証拠がどこにある ? む りやりにここへ連れこんだくせに ! 」 ず、大きな壇上から思案深げに広場を見まわした。 「きようは三の月か、四の月か ? 」 陰陽士たちは、それには耳をかさずに立ち去り、キュ 1 ゲルは老 「暦によりますと、ちょうどヨーントの月が終わり、フアムプーン人といっしょに取り残された。老人はびつこを引きひき床几に近づ き、腰をおろした。キューゲルはロを開きかけたが、老人は片手を の月にはいりましてございます」 「よろしい。刻苦精励すれば、この放埓な不正直者も、われわれの上げて、それを制した。 愛情と尊敬をかちうるやもしれぬ」 「落ちつきなされ ! 忘れてはいかん、わしらは一切の悪意を持た 一一人の陰陽士が両側からキューゲルの腕をとらえ、彼を広場のむぬ、慈愛深い者たちじゃ。感覚ある生き物たちを助けるためにの 274

3. SFマガジン 1980年7月号

現存する唯一の太陽励起共鳴所ではなかろうか」 身ぶりをすると、つかっかと庭園を横切り、キューゲルの前に立ち 「それは悲しいことで」とマイアーはいった。 「なるほど、太陽のはだかった。どすのきいた声で、 力が目に見えて弱まったのも、それで説明がっきます。では、わた 「あなたは、われわれのもの以外に、励起共鳴所は存在せぬと断言 しどもも、投射機の下の火を、いまの倍にすべきかもしれません」された。そう了解してよろしいかな ? 」 「そこまではっきりしたことよ、 キューゲルはワインをついだ。 いっておりませんよ」キューゲル 「そこで一つの疑問が浮かぶ。もし、わたしの推測のように、 はやや受け太刀になって答えた。「わたしはあまねく旅をしている が現存唯一の太陽励起共鳴所だとすると、太陽が地平線の下に沈んが、″励起共鳴″の機関というもののは一度も聞いたことがない だあとよ、 ーいったいだれが、それともなにが、太陽を調節していると、そう話しただけです。それから、ひょっとすると、いまはもう のだろう ? 」 どれも運転されておらぬのではあるまいかという、ごく無邪気な推 測を口にしたにすぎません」 宿の主人は小首をかしげた。 「グンダーでは、″無邪気″は建設的な特質と考えられている。た 「とんと見当がつぎません。もしや、夜のうちは、太陽ものんびり して、いわば眠っているのではありますまいか。もちろん、これはんなる害意の欠如というような、陳腐な性質のものとはちがう」と 節度官は述べた。「われわれは、どこかのうらぶれた無頼漠が考え まったくの臆測でございますがね」 ているほど愚かではない」 「もう一つの仮説を提出させてくれたまえ」キューゲルはいった。 キューゲルはロもとまで出かかった悪罵をのみこんで、肩をすく 「太陽の衰弱が、どんな調節の手のほどこしようもなく進んで、き めるだけにした。マイアーは節度官といっしょにむこうへ歩いてい みたちの努力も、以前には有用だったが、いまは効果がない、とい き、しばらく二人の男は、ひんばんにキューゲルのほうを見やりな う想像も成り立つんじゃないかな」 がら、なにごとか相談していた。それから節度官は立ち去り、宿の マイアーは、困惑したように両手をさしあげた。 主人はキュ 1 ゲルのテー・フルにもどってきた。 「そういう複雑なお話になると、わたしはさつばりでして。しか し、節度官のフラスカ様があれにお見えですよ」 「どうも無愛想なお人でしてな、グンダーの節度官は」と、彼はキ 彼はキュ 1 ゲルの注意を入口のほうにふりむけた。そこに立ってユーゲルに言い訳した。「けれども、たいへんな敏腕家です」 いるのは、黒く剛いあごひげを生やした、胸板の厚い、たいこ腹の 「これはおこがましい質問かもしれんが、いったい、あの男の役目 大男だった。 はどういうものなんだね ? 」 「少々お待ちください」 「グンダーのわたしどもは、精密さと儿帳面さに重きをおいており 亭主は立ち上って、節度官に近づき、ときどきキューゲルのほうます。つまり、秩序の不足は混乱をもたらすという考えから、責任 を指しながら、しばらく話しあった。やがて、節度官はそっけない を持って気まぐれや変則性を取り締まるお役人が、節度官というわ ここ 254

4. SFマガジン 1980年7月号

た。マストと帆と櫂の揃 0 た、手頃な一人乗りの小舟を選んで、乗債怒の罵りを上げながら、フラスカが岸を目ざしてもがいている りこむ準備にとりかかった。そこへ上流から一隻の小舟が桟橋に近あいだに、キ = ーゲルは帆掛け舟のもやい綱をほどきにかかった。 づいてきた。竿をあやつ「ているのは、・ほろ・ほろの衣服をまとったようやく結び目がほどけた。キーゲルが舟を引きよせたとき、フ 大男だ 0 た。キ = ーゲルはそちらに背を向け、ぼんやり景色を眺めラスカが牡牛のように桟橋を突進してきた。キ、ーゲルはやむなく ているふりをして、その男に気づかれずに小舟に乗りこめる機会を黄金をあきらめ、舟に飛び乗り、櫂を使 0 て桟橋から押し出した。 フラスカは激怒に両の拳を振りかざして、それを見送るしかなかっ うかがった。 男は自分の舟を桟橋に着け、梯子をよじ登った。キューゲルはな キューゲルは侘しい気分で帆を揚げた。風は彼を流れの中に送り おも水面を見つめ、川の眺め以外のものには無関心を装っていた。 かわくま こみ、川限を曲り切らせた。たそがれていく光の中で、キ = ーゲル 息をあえがせ、ぶつぶつ呟いていた男が、ふいに立ちどまった。 キ = ーゲルは相手の強烈な視線を背中に感じて、とうとうそ 0 ちへが最後に見たルマースの眺めは、魔王の廟堂のきらめくドームと、 向きなおり、そしてグンダーの節度官フラスカの充血した顔をのそ桟橋に立っフラスカのくろぐろとした姿だ 0 た。はるか遠くから は、まだフアムプーンのわめき声が聞こえ、ときおり地ひびきを立 きこむことになった。もっとも、フラスカの顔は、ほとんどそれと 見分けがっかなか 0 た。ラ。の沼地の毒虫に刺されて、腫れ上 0 ててて、石造の建物が崩れ落ちていた。 いたからである。 フラスカは長いあいだじっとキューゲルを見つめ、かすれ声でい 「これはなにより喜ばしい奇遇た ! もう二度とおまえには会えぬ かと思っていた ! そう考えて、言葉につくせぬ悲嘆にかられたも のだ。ところで、その革袋の中になにを持っている ? 」彼はキュー 「この重さからすると、黄金 ゲルの手から袋を一つひったくった。 だな。おまえの占いは、これですべて的中したそ。まず、名誉と船 旅、こんどは富と復讐だ。死ぬ覚悟をしろ ! 」 「ちょっと待った ! 」キューゲルは叫んた。「小舟をちゃんともや びんらん うのを忘れているぞ。あれは治安紊乱行為だ ! 」 フラスカがうしろをふりかえった隙をねらって、キューゲルは彼 を桟橋から川の中へ突き落した。 2 田

5. SFマガジン 1980年7月号

「フラスカ節度官が・旒に出られるので、今夜は友人たちが集まっ 用意をしましたのでな」 て、送別会を催します。そのために、念入りな準備をしておかなけ 7 「なるほど。で、その料金というのは ? 」 「この旅はおよそ十日かかります。最低料金が一日二十タース、十ればなりませんのです」 日分で二百タースと、ワイン代として二十タースの割増をいただく キューゲルはビールのジョッキをかかえて脇のテー・フルへ行き、 ことになる」 思案にふけった。しばらくすると、裏口から出て、あたりをながめ た。ここからだと、イスク川が見おろせる。キューゲルはぶらぶら 「それでは、とても手が届きません」キュ 1 ゲルはわびしい声でい 「いまのわたしの所持金は、その額の三分の一にすぎないの水際まで下りていき、そこに漁師たちが舟をつなぎ、網を干してお です。なにか、旅費代りに働かせてもらえる仕事はありませんか ? 」く 桟橋があるのを発見した。川上と川下に目をやってから、キュ】 「残念ですな」と隊長は答えた。「さっきまで武装護衛の空きがあゲルはいまきた小道を登って宿にひきかえし、あとは十七人の乙女 って、これならすこしは給料もお払いできたのだが、節度官のフラが広場を散歩したり、宿屋の庭で甘いライム茶をすすったりするの スカがルマ 1 スへ行く用があるとのことで、その役をひきうけてくを見物した。 れましてな、空きはふさがりました」 日が沈む。古いワインの色に似たたそがれが深まって、夜になっ キュ 1 ゲルは落胆のため息をもらし、恨めしげに天を仰いだ。よ た。キューゲルは準備にとりかかったが、なにしろ肝心の計画が簡 うやく声をとりもどすと、こうたずねた。 単なものであるため、あっさりと片がついた。 「いつ、ご出発の予定ですか ? 」 幌馬車隊の隊長は、キュ 1 ゲルが聞き出したところではシミルコ 「明日の夜明けに、刻限厳守で。ごいっしょに旅ができぬとは残念という名前だったが、優美な旅客たちを集めてタ食をとらせ、それ から彼女たちを注意深く幌馬車の寄宿舎まで送り届けた。宿に残っ 「わたしもおなじ思いです」 て今夜の祝祭を楽しみたいと、何人かが口をとがらせ、抗議をした が、むだだった。 キューゲルは自分のテ 1 ・フルにもどり、じっと考えこんだ。やが て、酒場に足を向けると、そこではさまざまなカード・ゲームが行酒場の中では、フラスカの送別会がすでに始まっていた。キュー われていた。キュ 1 ゲルはゲームの仲間入りをしようと試みたが、 ゲルは薄暗い片隅に席をとり、まもなく、汗をにじませているマイ どこでも撥ねつけられてしまった。むかっ腹で彼はカウンターに近ア 1 の注意をとらえることができた。キューゲルは十タースをさし づいた。そこでは、主人のマイア 1 が、大きな木箱をあけて、たく出していった。 さんの陶器の酒杯をとり出しているところだった。キュ 1 ゲルは彼「白状するが、わたしはフラスカに対して恨みを持ったこともあ に話しかけたが、こんどだけはマイアーも仕事の手を休める暇がなる。しかし、いまは心からの好意を表わしたいんた。ただし、まっ たくの匿名でだそ ! フラスカが新しくエールのジョッキに口をつ

6. SFマガジン 1980年7月号

陽へ向けろ ! おまえたちはみんなを、これからの一生涯、暗闇のら、かえって荷が軽くなるというものさ」 中で這いまわらせたいのか ? 」 と、もう一人が冗談半分にいった。 火の番が、すねたように、親指をキューゲルのほうにしやくっ 「たれでも修行が肝心」三人目がキューゲルをさとした。「あんた は運がいいよ、グンダー最高の名人が三人、師匠になってやろうと いうんだから」 「この男から教えられたんですよ。こんな制度は不用で、われわれ の作業は無意味だとね」 キューゲルは驚いてあとずさった。 「なんだと ! 」フラスカは威嚇的な巨体をくるりと振りむけて、キ「困るよ、一タース以上は損をしたくないんだ ! 」 「まあ、まあ。そう堅いことを言いなさんな ! 」 = ーゲルをにらみつけた。「グンダーへ足を踏み入れてまだ何時間 もたたぬというのに、きみはもうわれわれの生存体制を破壊しはじ「しかたがない」キューゲルはいった。「では、負けを承知でやろ めたのか ! 警告しておくが、われわれの忍耐にも限りがあるぞ ! う。しかし、そのカードはぼろ・ほろで、おまけに汚れているね。た 帰れ、二度と励起共鳴所に近づくでない ! 」 またま、この小物袋の中に新しいのが一組あるんだが」 「そりゃあいし では始めよう ! 」 怒りでロもきけずに、キーゲルはきびすを返し、広場を横切っ て歩み去った。 二時間後、三人のグンダー人はカードをほうりだし、キューゲル 幌馬車の発着所で、彼は南への便についてたずねた。たが、正午をじっとにらみつけてから、いっせいに立ち上って、酒場を出ていっ に着いた幌馬車隊は、明日の朝、東へ出発して、もときた道をひきた。キ = ーゲルは儲けを数えてみた。三十二タースと、銅貨の小銭 かえす、という返事だった。 が少々。ほがらかな気分になって、彼は自室にもどり、寝についた。 キ = 1 ゲルは宿にもどり、酒場に立ちょった。三人の男がカード 翌朝、ちょうど彼が朝食中に、フラスカ節度官がやってきて、さ ・ゲームを戦わせているのを見て、そばで見物することにした。ゲっそく宿の主人のマイアーとなにやら話しあいをはじめた。やが ームはザンポリオの簡単な一変形とわかったので、まもなくキュ】 て、フラスカはキューゲルのテープルに歩みより、なんとなく無気 ゲルは、自分も仲間入りさせてもらえないか、とたのんだ。 味な笑みをたたえて、彼を見おろした。マイアーは、二、三歩うし 「しかし、賭金があまり高くなければの話だがね」と彼は条件をつろから、心配そうにこの場を見まもっていた。 けた。「わたしはそれほど巧者ではないし、それに、一、 キュ 1 ゲルは、強いて丁重さを装った声でいった。 より多くは負けたくないから」 「はて、こんどはなんですかな ? 太陽は昇った。ご 調整光線の一件 「ばあっ」と相手の一人がいった。「金がなんだ ? 死んでなんのに関するわたしの無実は、これで証明されましたよ」 5 使い道がある ? 」 「こんどのは別の問題だ。きみは、詐欺に対するこの町の罰則を知 「もし、おまえさんが有金をすっかりわれわれに巻き上げられた っているか ? 」

7. SFマガジン 1980年7月号

「それらの問題も、フアムプーンの判断にまかされておるのじゃ った。フアムプーンの舌先から生えた一人のホムンクルスが、顔を のそかせた。黒いビーズのような目が、キュ 1 ゲルを見つめた。 老人はボタンを押した。床がキューゲルの足もとでばたんと開「はつ、そんなに早く時が経ったかな ? 」小人は身を乗り出して、 き、彼は螺旋形の斜路を目もくらむ速度で滑り落ちていった。空気壁のしるしをながめた。「やはりそうらしい。すっかり寝すごして がしだいにとろりとしてきた。キューゲルは目に見えないくびれをしまった。またフアムプーンが腹を立てるそ。おい、おまえの名は 作っている膜にぶつかり、膜はコルクの栓が抜けるような音を立てなんという ? 罪はなんだ ? そういう細かいことを、フアムプー てはじけた。キューゲルの行き着いた先は、たった一つのラン。フに ンは面白がるんだよーー・つまり、おれもそうだってことさ。もっと 照らされた、ほどほどの大きさの部屋だった。 も、おれはいつもふざけて、。ハルシファーと名乗ってるがね。まる キ、ーゲルは息をひそめ、身をこわばらしてそこに立った。部屋で、おれたちが別々の生き物であるかのように」 の奥の壇上には、フアムプーンが大きな椅子に坐り、巨大な両眼を キューゲルは勇をふるって、自信満々の声でいった。 光から守るため、二つの黒い半球をかぶせて、眠りこけている。ほ 「わたしはキューゲル、、まルマースを統治している新政権の検察 とんど壇上いつばいにひろがった火色の胴。床を踏んばったたくま官だ。フアムプーンが安楽に暮らしているかどうかを確かめるた しい両足。キューゲルの胴まわりよりも太い両腕と、三フィートもめ、ここに下りてきた。万事順調のようだから、わたしはこれから の長さのある指。どの指にも宝石の指輪が百もはまっている。ファ上へもどる。出口はどこだ ? 」 パルシファーは哀れつばくたずねた。 ム。フーンの頭は手押し車ほどもあり、巨大な鼻づらと、肉垂にとり まかれた巨大な口がついている。両眼はどちらも洗い桶ぐらいの寸「語るべき罪がなにもないというのか ? そいつは殺生だぜ。ファ 法があるが、いまは半球形の目隠しにさえぎられて見えない。 ムプーンもおれも、極悪非道が大好きだ。さほど遠からぬ昔、名前 キ = ーゲルは、恐怖もさることながら、あたりにたちこめた悪臭は忘れたが、ある海の交易商人が、一時間あまりもおれたちを楽し 、つませてくれたつけ」 にもへきえきして、息をひそめながら、用心深く室内をうかが た。一本の紐がラン。フから伸びて、いったん天井を経たあと、ファ 「で、それからどうなった ? 」 ム。フーンの指のすぐわきに垂れさがっている。ほとんど反射的に、 「聞かないほう力いいだろう」パルシファーよ、小さい刷毛でファ キ、ーゲルはその紐をランプからはずした。この部屋からの唯一のム。フーンの矛の一つを磨きはしめた。首をのけぞらせ、真上にそびえ 出口が、目にとまった。フアムプーンの椅子のすぐ後ろに、丈の低るまだらの顔をしげしげとながめてーー「フアム。フーンはまだ熟睡 い鉄扉があるのだ。彼がここへ滑り落ちてきた斜路は、もはや見えしている。寝る前に、山のような食い物を腹に詰めこんだもんさ。 なくなっていた。 ちょっと失礼。消化の進みぐあいを見てくる」 。ハルシファーは、フアム。フーンの肉垂のうしろに頭をひっこめ フアム。フーンのロのわきにある肉垂が、びくりと震えて、持ち上 277

8. SFマガジン 1980年7月号

キューゲルは驚きのあまり立ちすくんだ。 み、わしらはこの世に在る。もし、ある人間が罪を犯せば、わしら はその人間のために心から悲しむ。これは、その人間を真の犠牲者「そんな仕事は、とてもおれの柄じゃない ! 」 と考えるからで、そのため、あらゆる妥協を排して、その人間が更「だれもがそういう気持を味わうものじゃよ」老人はいった。「し かしながら、フアムプーンにも、親切と、思いやりと、礼節とを、 生できるように努力するのじゃ」 「なんと高邁な思想だろう ! 」キ = ーゲルはいった。「もうすっか教えこまねばならん。その努力をすることで、おまえさんは贖罪の 大きな喜びに胸を揺すぶられるじやろう」 り、生まれ変わった気分だよ ! 」 「それは結構 ! その言葉からも、わしらの思想の正しさは裏づけ「で、第三段階は ? 」キューゲルはかすれ声できいた。「それはど られたわけじゃ。これで、おまえさんが、更生計画の第一段階を通ういうものだ ? 」 過したことは、まちがいない」 「使命が達成されたとき、おまえさんは、わしらの同胞として迎え キューゲルは眉をしかめた。 られる光栄に浴するのじゃ ! 」老人は、キューゲルの落胆の呻きを 「まだほかの段階があるのか ? ほんとにそんなものが必要なのか無視してつづけた。「さてと ヨーントの月は終わって、フアム 。フーンの月にはいったばかり。あいにく、フアム。フーンは敏感な目 「いかにも。ほかにまだ第二と第三段階がある。説明しておくとのため、五魔王の中でもいちばん短気かもしれん。ただひとすじの 微光を見ても怒り狂うから、説得は真暗闇の中でやりなさい。ほか な、ルマースもつねにこうした方策をとっておったわけではない。 大魔法時代、この都は予防者ャスペーンの統治のもとにあり、ヤスに質問はあるかな ? 」 べーンは五魔王の領域への道をふさいで、ルマースの五廟を建て 「ああ、あるとも ! もし、フアム。フーンが生き方を変えたくない た。いま、おまえさんがいるのは、フアム。フーン廟しや」 といったら、どうする ? 」 「妙な話だね。慈愛を心がける人びとが、それほど熱心な悪魔崇拝「それは、親切一族たるわしらが断じて認めぬ″消極的思考″じ ゃ。フアム。フーンの恐ろしい性癖について、これまでに聞き知った 者だとは」 ことは、すべて忘れなされ ! 自信を持って進むがよい ! 」 「それはとんでもない思い違いじゃ。ルマースの親切一族は、ヤス キューゲルは悲痛な叫びを上けた。 べーンを追放し、愛の時代をうちたてた。この時代を、太陽が衰え 死ぬ日までつづかせなくてはならん。わしらのあまねき愛は、ヤス 「名誉と褒賞を受け取るときには、どうやって帰ってくるんだ ? 」 べーンの五魔王にさえもおよんでおり、彼らを恐ろしい邪悪から救「フアムプーンも、悔悟のあかっきには、きっとおまえさんを送り ってやりたいと願っておるのじゃ。いずれはおまえさんも、その目返す手段を講じてくれるじやろう。では、達者でな」 的のために献身努力した上人たちの名簿の最後を飾ることになろ「待ってくれ ! 食べ物と飲み物はどこにある ? どうやって命を う。これが第二段階」 つなげばいし 276

9. SFマガジン 1980年7月号

添え料理と、ワインを一本。それから、すまぬがこの宿のあるし「あなたがこの町をすばらしいとおっしやるのは、腑に落ちません な。生まれてからすっとここに住んでおりますわたしには、ごくあ に、よい部屋を用意するよう、たのんでくれたまえ」キューゲルは 無造作に巾着をとりだすと、テー・フルの上にほうり出した。中身のりふれた町に思えますが」 重さが、印象的なひびきを残した。「そのあとは風呂と新しい下着「わたしが注目するにふさわしいと考える、三つの事柄を挙げてみ だ。床屋も呼んでもらおうか」 ようかね , いまやワインのせいで、なんとなく気が大きくなったキ 「わたしがこの宿のあるじ、マイアーでございます」小肥りの男ューゲルはいった。「その一、この町の建物の丸くふくらんだ形。 は、上品な声音でいった。「さっそく、ご希望にかなうよう、おとその二、火の上にたくさんのレンズを並べた仕掛け。すくなくとも りはからい致しましよう」 あれは、他所者の興味をそそるね。その三は、グンダーの男性がみ 「ありがたい」とキューゲル。「わたしはこの宿がすっかり気に人んな禿げ頭という事実だ」 った。数日逗留させてもらうよ」 主人は思案深げにうなすいた。 宿の主人は大喜びで頭を下げ、キュ 1 ゲルの食事をととのえるた「すくなくとも建物のことは、すぐに説明がっきます。昔のグンダ めに、急いで中へひっこんだ。 ー人は、大きな瓜の実の中に住んでおりました。外壁の一部が弱くな るたびに、そこを板で張り替えているうち、やがて気がついてみる と、どの家もすっかり木造になっておりましたが、もとの形だけは残 キューゲルはすばらしい食事を満喫した。もっとも、二品目のミ ンスとマンゴー鰻の細切り肉を詰めたザリガ = 料理は、ややこってったわけで。火と投射機については、全世界的な〈太陽励起共鳴騎 りしすぎているように思えた。しかし、鳥のローストは非のうちど士団〉をご存じありませんか ? わたしどもは太陽の生命力を、あ れでかきたてております。あの共鳴光線が太陽の燃焼をととのえて ころがなかったし、ワインもすばらしく 、、たく気に入ったキュ いるかぎり、その火は決して消えることがありません。あれに似た ゲルは、お代りを一本注文した。主人のマイアーは二本目の酌をし ながら、キューゲルのおせじを聞いて、わが意を得たようにうなず詰所は各地にございます。まず、・フルー・アゾール。・フラゼル島。 ムントの城砦都市。それに、ヴィル・ヴァッシリスにある星辰大守 「グンダーにも、これ以上のワインはありません ! たしかにお値の天文台」 キューゲルは悲しげにかぶりを振った。 段は張りますが、お客様は最高の味がおわかりでいらっしやる」 「まさにそのとおり。まあ、ここへ坐って、一杯つきあってくれん「あいにく、事情は変わったようだね。・フラゼルは大昔に海底へ沈 かね。実をいうと、わたしはこのすばらしい町に好奇心をそそられんだ。ムントは、千年前にディストロブ人に滅・ほされた。あまねく ・アゾールやヴィル・ヴァッシリ 旅をしているわたしだが、・フルー ているんだ」 スの名は、一度も聞いたことがない。おそらく、このグンダーが、 宿の主人はいそいそとその申し出に応じた。 253

10. SFマガジン 1980年7月号

た。あとは、うねのある天色の首すじがびくびく震えるのが、彼のといわれている」 、。、レンファーはふたたび 。ハルシファーは悲しげにかぶりを振った。 所在を示しているだけである。まもなくノ / 、 姿を現わした。 「おれは一生そんな行事を見られないだろうな。ところで、極悪の 「すっかり腹を空かしてるみたいだぜ。こりや起こしたほうがいい 犯罪はどうだ、たくさん見たか ? 」 な。フアムプーンも、まずおまえと話をしたいたろう。そのあとで「ああ、見たとも。たとえば、いまでも思い出す力ノ ・ : ・、トヴァ 1 森 のある小人は、ベルグレーンに乗ってーーー」 「そのあとで、なんだ ? 」 。ハルシファーは手を振って、彼をさえぎった。 「いや、こっちの話」 「ちょっと待った。フアムプーンにも聞かせてやろう」。ハルシファ ーは、洞窟のような口から危なっかしく身を乗り出して、覆いをさ 「待ってくれ」とキューゲル。「わたしはフアムプーンよりも、む れた両眼を見上げた。「彼は、いや、もっと正確にいえばおれは、 しろきみと話をしたいね」 いま、びくりと動いたような気がする。とに 「ほんとうか ? 」パルシファーはそう聞きかえし、フアムプーンの目を覚ましたかな ? 牙をせっせと磨いた。「嬉しいことをいってくれるじゃないか。おかく、おまえとの話は楽しかったが、そろそろおれたちは仕事にか からなけりゃな。ふむ、明りの紐がはずれてやがる。すまんが、そ れはめったにお世辞をもらったことがないんでね」 「それはおかしいー きみにはたくさんの長所があるのにな。きみのラン。フを消してくれないか」 「フアムプーンはぐっ の行路がフアムプーンのそれと手と手をたずさえていくのは、必然「急ぐことはないよ」キ = 1 ゲルはいった。 のしからしむるところだが、おそらくきみにも独自の目標や野心がすり眠っているじゃないか。存分に休息を楽しませてやれ。きみに 見せたいものがここにある。技術と運をきそう遊びだ。きみは″ザ あるんじゃないかね ? 」 パルシファーは刷毛の柄を突っかい棒にして、フアムプーンの下ンポリオ″というものを知っているかね ? 」 パルシファーが否定の身ぶりをするのを見て、キューゲルは一組 唇を持ち上げると、そこにできた出っ張りに腰をおろした。 「ときどきおれは、無性に外の世界を眺めたくなるんだ。おれたちのカードをとり出した。 は何回か上に昇ったことがあるが、いつも厚い雲が星ぼしを覆い隠「さあ、よく見たまえ ! こうして、きみに四枚のカードをくば している夜中のことだった。そのときでさえ、フアムプーンは眩しり、わたしも四枚のカードを取る。そして、おたがいに相手には見 くてかなわんと文句をいって、すぐに下へびきかえしたつけ」 せないようにする」キューゲルはゲームのルールを説明した。「こ 「気の毒に」キューゲルはいった。「昼間は見るものがたくさんあこで、貨幣か、黄金か、ともかくそういう価値のあるものを賭けな る。ルマースをとりまく景色はすばらしい。親切一族は、まもなく いと、このゲームは面白くない。だから、わたしは五タース賭け 〈究極的対照の大仮装行列〉を始めるが、これは絵のように美し、 しる。きみも、それとおなじだけを賭けなくてはいけない」 278