マイアー - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1980年7月号
9件見つかりました。

1. SFマガジン 1980年7月号

キューゲルは肩をすくめた。「わたしにはなんの関わりもないこ とですな」 い。いますぐそれを説明する。だが、その前に質問 「罰則はきびし させてくれ。きみはマイアーに、貴重な宝石類をおさめたと称する 巾着を預けたか ? 」 「たしかに預けました。ついでながら、あの中身は呪いで守られて います。もし、封が破られれば、宝石はありふれた小石に変わるの です」 フラスカは巾着をさし出した。 「見るがいい、封印はそのままだ。わたしは革に切れ目を入れ、中 をのそいてみた。中身は、そのときもいまもーーー」大仰な動作で、 フラスカは袋の中身をテー・フルの上にあけた。「ーーーむこうの道ば たにころがっている小石と、まるきり変わらぬ」 キューゲルは憤慨の叫びを上げた。 「あの宝石が無価値ながらくたになってしまった ! の責任ですそ。弁償していただこう ! 」 フラスカは気にさわる笑い声を立てた。 「宝石を小石に変えられるきみなら、小石を宝石に変えることもで きようが。いま、マイアーが勘定書をさし出す。もし、きみが支払 を拒むようなら、絞首台の下の囲いへ閉じこめ、戸を釘づけにし て、気が変わるまで、外へ出さんつもりだ」 「あなたの当てこすりは、不愉快でおまけにばかげている」キュ】 この茶番に ゲルは言いはなった。「亭主、勘定書を持ってこい ! たったいま結着をつけよう」 マイアーが一枚の紙きれを持って、前に進み出てきた。 「お勘定は〆て十一タース、それに応分のご祝儀をいただけますれ しめ これはあなた 「祝儀は払わん。この宿は、どの客にもこんな迷惑をかけるのか 6 2 ? 」彼は十一タースを投げ出した。「さっさと持って行け。もう邪 魔をしないでもらおう」 マイアーは恥すかしそうに金を拾い集めた。フラスカは言葉にな らない声を出し、その場を立ち去った。キュ 1 ゲルは朝食をすませ ると、またもやぶらぶらと広場にでかけた。そこで、見お・ほえのあ る酒場の給仕に出会ったので、キュ 1 ゲルは手を上げて呼びとめ 「きみは機転のきく利ロな青年のようだ。失礼だが、なんという名 だね ? 」 「ふつうは″ゼラー″と呼ばれてますが」 「グンダーの人たちのことには詳しいだろうな」 「そりやもう、よく知ってますよ。なぜきくんです ? 」 「その前に、一つ教えてくれ。その知識を金儲けに役立てる気はあ るか ? 」 「もちろん。ただし、節度官に見つからずにすむならね」 「よろしい。あそこにある空家になった売店が手頃だろう。一時間 で、われわれの商売を軌道に乗せようじゃないか」 キューゲルは宿にひき返し、マイアーにたのんで、板とペンキと 刷毛を持ってこさせた。そして、こんな石板を書いた 高名な占い師のキュ 1 ゲル よろずごと相談 運勢判断 問え、さらば答えられん !

2. SFマガジン 1980年7月号

・エングを横切りまし けでして : : : ところで、さきほどはなんのお話でしたかな ? あ、 「ルマースの町までは、幌馬車隊でリアルー そうそう、あなたはわたしどもの有名な禿げ頭のことをおたすねにて十日の旅。イスク川もルマースのそばを流れてはおりますが、途 なっていた。これには明快な説明はできません。学者たちによりま中に三つの難所があるため、便利とは申せません。ラロの沼地は、 すと、この状態は人類の究極的完成を意味するとか。また、大昔の人を刺す毒虫でいつばい。サンタル・ハ森の樹上に住む小人たちは、 伝説に信をおく連中もおります。アスサーリンとモルドレッドとい通りかかる船に汚物を投げつけます。また〈絶望の早瀬〉は、骨も う二人の魔法使いが、グンダー人の支持を得ようと争いました。ア船もみじんにうち砕いてしまいます」 スサーリンの約東した恩恵は、非常な毛深さで、そうすればグンダー 「そういうことなら、幌馬車の旅をしよう」キューゲルはいった。 の人びとはまったく衣装を着ずにすむ、というものでした。モルド 「それまでは、ここに泊ることにする。フラスカの厭がらせが、耐 レッドはその逆に、禿げ頭とそれにともなうすべての利益をグンダえられぬものにならなければだが」 1 人に約東して、たやすくこの競争にうち勝ちました。そればかり マイアーは唇をなめ、うしろをふりかえった。 か、モルドレッドはグンダーの初代節度官となりました。ご存しの 「フラスカ様には、この宿の規則を厳守すると申し上げてありま ように、 いまフラスカ様がついておられる、あの官職で」マイアーす。おそらく、むこうはその点を大きな問題にされるでしよう。た 「フラスカ様は猜疑心 は唇をつ・ほめ、庭園のむこうに目をやった。 の強いお人ゆえ、短期の滞在客には毎日決済ねがうというこの宿の キューゲルは優雅な身ぶりをした。 規則を、あらためて確認してお帰りになりました。もちろん、わた「封蝋を持ってきてくれ。この巾着に封をしよう。この中には、オ しは、こちらが信用のおけるお客様であることを、ロを酸つばくし パールや鋼玉がどっさりはいっている。この巾着を宿の金庫に入れ て申し上げましたが、なにぶん、フラスカ様のお顔も立てねばならて、しつかり預ってくれたまえ。それなら、フラスカも文句のつけ す、明朝、勘定書をお届けいたしますので」 ようがあるまい ! 」 「これは侮辱にひとしいそ」キューゲルは横柄に切り返した。「な マイアーは、たじたじとなって両手をさしあげた。 ぜ、そこまでフラスカの鼻息をうかがわねばならん ? 断わってお「とてもさような重い責任は負いかねます ! 」 まじな くが、わたしはごめんだー ここの勘定は、いつものやり方で払う「心配ご無用。わたしはこの巾着に呪いをかけておく。盗人が封を ことにする」 破ったがさいご、宝石はただの小石に変わる」 マイアーは、キューゲルのこの申し出を、半信半疑で受け入れ 宿の主人は目をばちくりさせた。「失礼でございますが、いつま た。二人の目の前で巾着には封印が押され、マイアーの金庫におさ でご逗留のご予定で ? 」 められた。 「わたしはこれから南へ旅をする予定たが、いちばん速い乗物とい キュ 1 ゲルは部屋に案内され、そこで入浴し、床屋に髪を刈ら うと、川船たろうか」 255

3. SFマガジン 1980年7月号

現存する唯一の太陽励起共鳴所ではなかろうか」 身ぶりをすると、つかっかと庭園を横切り、キューゲルの前に立ち 「それは悲しいことで」とマイアーはいった。 「なるほど、太陽のはだかった。どすのきいた声で、 力が目に見えて弱まったのも、それで説明がっきます。では、わた 「あなたは、われわれのもの以外に、励起共鳴所は存在せぬと断言 しどもも、投射機の下の火を、いまの倍にすべきかもしれません」された。そう了解してよろしいかな ? 」 「そこまではっきりしたことよ、 キューゲルはワインをついだ。 いっておりませんよ」キューゲル 「そこで一つの疑問が浮かぶ。もし、わたしの推測のように、 はやや受け太刀になって答えた。「わたしはあまねく旅をしている が現存唯一の太陽励起共鳴所だとすると、太陽が地平線の下に沈んが、″励起共鳴″の機関というもののは一度も聞いたことがない だあとよ、 ーいったいだれが、それともなにが、太陽を調節していると、そう話しただけです。それから、ひょっとすると、いまはもう のだろう ? 」 どれも運転されておらぬのではあるまいかという、ごく無邪気な推 測を口にしたにすぎません」 宿の主人は小首をかしげた。 「グンダーでは、″無邪気″は建設的な特質と考えられている。た 「とんと見当がつぎません。もしや、夜のうちは、太陽ものんびり して、いわば眠っているのではありますまいか。もちろん、これはんなる害意の欠如というような、陳腐な性質のものとはちがう」と 節度官は述べた。「われわれは、どこかのうらぶれた無頼漠が考え まったくの臆測でございますがね」 ているほど愚かではない」 「もう一つの仮説を提出させてくれたまえ」キューゲルはいった。 キューゲルはロもとまで出かかった悪罵をのみこんで、肩をすく 「太陽の衰弱が、どんな調節の手のほどこしようもなく進んで、き めるだけにした。マイアーは節度官といっしょにむこうへ歩いてい みたちの努力も、以前には有用だったが、いまは効果がない、とい き、しばらく二人の男は、ひんばんにキューゲルのほうを見やりな う想像も成り立つんじゃないかな」 がら、なにごとか相談していた。それから節度官は立ち去り、宿の マイアーは、困惑したように両手をさしあげた。 主人はキュ 1 ゲルのテー・フルにもどってきた。 「そういう複雑なお話になると、わたしはさつばりでして。しか し、節度官のフラスカ様があれにお見えですよ」 「どうも無愛想なお人でしてな、グンダーの節度官は」と、彼はキ 彼はキュ 1 ゲルの注意を入口のほうにふりむけた。そこに立ってユーゲルに言い訳した。「けれども、たいへんな敏腕家です」 いるのは、黒く剛いあごひげを生やした、胸板の厚い、たいこ腹の 「これはおこがましい質問かもしれんが、いったい、あの男の役目 大男だった。 はどういうものなんだね ? 」 「少々お待ちください」 「グンダーのわたしどもは、精密さと儿帳面さに重きをおいており 亭主は立ち上って、節度官に近づき、ときどきキューゲルのほうます。つまり、秩序の不足は混乱をもたらすという考えから、責任 を指しながら、しばらく話しあった。やがて、節度官はそっけない を持って気まぐれや変則性を取り締まるお役人が、節度官というわ ここ 254

4. SFマガジン 1980年7月号

「フラスカ節度官が・旒に出られるので、今夜は友人たちが集まっ 用意をしましたのでな」 て、送別会を催します。そのために、念入りな準備をしておかなけ 7 「なるほど。で、その料金というのは ? 」 「この旅はおよそ十日かかります。最低料金が一日二十タース、十ればなりませんのです」 日分で二百タースと、ワイン代として二十タースの割増をいただく キューゲルはビールのジョッキをかかえて脇のテー・フルへ行き、 ことになる」 思案にふけった。しばらくすると、裏口から出て、あたりをながめ た。ここからだと、イスク川が見おろせる。キューゲルはぶらぶら 「それでは、とても手が届きません」キュ 1 ゲルはわびしい声でい 「いまのわたしの所持金は、その額の三分の一にすぎないの水際まで下りていき、そこに漁師たちが舟をつなぎ、網を干してお です。なにか、旅費代りに働かせてもらえる仕事はありませんか ? 」く 桟橋があるのを発見した。川上と川下に目をやってから、キュ】 「残念ですな」と隊長は答えた。「さっきまで武装護衛の空きがあゲルはいまきた小道を登って宿にひきかえし、あとは十七人の乙女 って、これならすこしは給料もお払いできたのだが、節度官のフラが広場を散歩したり、宿屋の庭で甘いライム茶をすすったりするの スカがルマ 1 スへ行く用があるとのことで、その役をひきうけてくを見物した。 れましてな、空きはふさがりました」 日が沈む。古いワインの色に似たたそがれが深まって、夜になっ キュ 1 ゲルは落胆のため息をもらし、恨めしげに天を仰いだ。よ た。キューゲルは準備にとりかかったが、なにしろ肝心の計画が簡 うやく声をとりもどすと、こうたずねた。 単なものであるため、あっさりと片がついた。 「いつ、ご出発の予定ですか ? 」 幌馬車隊の隊長は、キュ 1 ゲルが聞き出したところではシミルコ 「明日の夜明けに、刻限厳守で。ごいっしょに旅ができぬとは残念という名前だったが、優美な旅客たちを集めてタ食をとらせ、それ から彼女たちを注意深く幌馬車の寄宿舎まで送り届けた。宿に残っ 「わたしもおなじ思いです」 て今夜の祝祭を楽しみたいと、何人かが口をとがらせ、抗議をした が、むだだった。 キューゲルは自分のテ 1 ・フルにもどり、じっと考えこんだ。やが て、酒場に足を向けると、そこではさまざまなカード・ゲームが行酒場の中では、フラスカの送別会がすでに始まっていた。キュー われていた。キュ 1 ゲルはゲームの仲間入りをしようと試みたが、 ゲルは薄暗い片隅に席をとり、まもなく、汗をにじませているマイ どこでも撥ねつけられてしまった。むかっ腹で彼はカウンターに近ア 1 の注意をとらえることができた。キューゲルは十タースをさし づいた。そこでは、主人のマイア 1 が、大きな木箱をあけて、たく出していった。 さんの陶器の酒杯をとり出しているところだった。キュ 1 ゲルは彼「白状するが、わたしはフラスカに対して恨みを持ったこともあ に話しかけたが、こんどだけはマイアーも仕事の手を休める暇がなる。しかし、いまは心からの好意を表わしたいんた。ただし、まっ たくの匿名でだそ ! フラスカが新しくエールのジョッキに口をつ

5. SFマガジン 1980年7月号

陽へ向けろ ! おまえたちはみんなを、これからの一生涯、暗闇のら、かえって荷が軽くなるというものさ」 中で這いまわらせたいのか ? 」 と、もう一人が冗談半分にいった。 火の番が、すねたように、親指をキューゲルのほうにしやくっ 「たれでも修行が肝心」三人目がキューゲルをさとした。「あんた は運がいいよ、グンダー最高の名人が三人、師匠になってやろうと いうんだから」 「この男から教えられたんですよ。こんな制度は不用で、われわれ の作業は無意味だとね」 キューゲルは驚いてあとずさった。 「なんだと ! 」フラスカは威嚇的な巨体をくるりと振りむけて、キ「困るよ、一タース以上は損をしたくないんだ ! 」 「まあ、まあ。そう堅いことを言いなさんな ! 」 = ーゲルをにらみつけた。「グンダーへ足を踏み入れてまだ何時間 もたたぬというのに、きみはもうわれわれの生存体制を破壊しはじ「しかたがない」キューゲルはいった。「では、負けを承知でやろ めたのか ! 警告しておくが、われわれの忍耐にも限りがあるぞ ! う。しかし、そのカードはぼろ・ほろで、おまけに汚れているね。た 帰れ、二度と励起共鳴所に近づくでない ! 」 またま、この小物袋の中に新しいのが一組あるんだが」 「そりゃあいし では始めよう ! 」 怒りでロもきけずに、キーゲルはきびすを返し、広場を横切っ て歩み去った。 二時間後、三人のグンダー人はカードをほうりだし、キューゲル 幌馬車の発着所で、彼は南への便についてたずねた。たが、正午をじっとにらみつけてから、いっせいに立ち上って、酒場を出ていっ に着いた幌馬車隊は、明日の朝、東へ出発して、もときた道をひきた。キ = ーゲルは儲けを数えてみた。三十二タースと、銅貨の小銭 かえす、という返事だった。 が少々。ほがらかな気分になって、彼は自室にもどり、寝についた。 キ = 1 ゲルは宿にもどり、酒場に立ちょった。三人の男がカード 翌朝、ちょうど彼が朝食中に、フラスカ節度官がやってきて、さ ・ゲームを戦わせているのを見て、そばで見物することにした。ゲっそく宿の主人のマイアーとなにやら話しあいをはじめた。やが ームはザンポリオの簡単な一変形とわかったので、まもなくキュ】 て、フラスカはキューゲルのテープルに歩みより、なんとなく無気 ゲルは、自分も仲間入りさせてもらえないか、とたのんだ。 味な笑みをたたえて、彼を見おろした。マイアーは、二、三歩うし 「しかし、賭金があまり高くなければの話だがね」と彼は条件をつろから、心配そうにこの場を見まもっていた。 けた。「わたしはそれほど巧者ではないし、それに、一、 キュ 1 ゲルは、強いて丁重さを装った声でいった。 より多くは負けたくないから」 「はて、こんどはなんですかな ? 太陽は昇った。ご 調整光線の一件 「ばあっ」と相手の一人がいった。「金がなんだ ? 死んでなんのに関するわたしの無実は、これで証明されましたよ」 5 使い道がある ? 」 「こんどのは別の問題だ。きみは、詐欺に対するこの町の罰則を知 「もし、おまえさんが有金をすっかりわれわれに巻き上げられた っているか ? 」

6. SFマガジン 1980年7月号

けはじめたら、そのたびにお代りを前に置いてやってくれ。今夜のまから長い船旅を楽しむだろう」 キューゲルが酒場にもどってみると、そこではようやく一同が、 彼が、たえず愉快でいられるようにな。もし、だれの奢りかと聞か 『あなたのご友人の一人から、敬意のフラスカのいないのに気づきはじめたところだった。マイアーが、 れたら、こう答えればいい。 フラスカ様は明朝の出発まであまり間がないので、思慮深く早目に しるしにとのことです』わかったね ? 」 「かしこまりました。おっしやるとおりに致しましよう。気前のよ就寝なさ 0 たのでしよう、と意見を述べ、それにちがいない、と一 同も賛成した。 ろしいことで。フラスカ様も、きっとお喜びでしよう」 翌朝、キューゲルは夜明けの一時間前に起きた。手早く朝食をす 夜は更けていった。フラスカの友人たちは、陽気な歌を合唱し、 十回あまりの乾杯を行い、そのすべてにフラスカは加わった。キませ、マイアーに勘定を払い、それから幌馬車隊を監督しているシ ミルコのところへおもむいた。 ーゲルがたのんでおいたとおり、フラスカが新しいジョッキに口を つけるたびに、お代りが彼の前に置かれる。フラスカの体内の溜め「フラスカから伝言をたのまれましたよ」とキ = ーゲルはいった。 「あいにく、よんどころない個人的事情が生じて、フラスカはこの 池の容量には、キュ 1 ゲルもほとほと呆れるばかりだった。 しかし、さすがのフラスカも、ついに生理的要求にうながされ旅ができなくなり、あなたからたのまれた例の働き口を、このわた しに譲るといってくれたのです」 て、宴席を中座するときがきた。彼はふらっきながら裏口を出て、 シミルコは驚いたようにかぶりを振った。 石塀のほうへと向かった。そこには、酒場の客の便宜をはかって、 「それは残念 ! きのうは、あれほど行きたがっていたのに ! し 下に溝が設けてある。 フラスカが石塀と向かいあうのを待って、キ、 1 ゲルはその背後かたがない、人間だれしも融通をきかせるのが肝心。フラスカが同 に近づき、フラスカの頭の上から漁師の網をすっぽりかぶせ、フラ行できぬというのであれば、喜んであなたを代りに雇いましよう。 スカのたくましい両肩を巧みに輪繩でとらえてから、ぐるぐる巻き仕事の段取りは、出発してからすぐに教えるが、なにもややこしい に縛り上げた。フラスカの罵りは、おりから彼を讃えて合唱されてことはない。昼間休息し、夜の見張りをつとめていただく。ただ し、危険が生じた場合には、もちろん、昼間でも幌馬車隊の防衛に いる歌声にかき消された。 キーゲルは、網の中で悪態を吐きちらしている大男を、小道の加わってもらわねばならん」 「そういう仕事なら、充分腕におぼえがあります」キューゲルはい 下までひきずりおろし、桟橋の上をころがしていって、小舟の中へ った。「わたしのほうは、いつでもでかける用意ができています 落しこんだ。もやい綱をほどくと、キュ 1 ゲルは小舟を川の流れの よ」 中へ押し出した。 「すくなくとも」とキューゲルはひとりごちた。「おれの占いのう「おお、日が昇ってきた」シミルコは一行に呼ばわった。「よし、 7 ルマースに向かって出発だ」 ち、二つは的中したわけだ。フラスカは酒場で名誉を讃えられ、

7. SFマガジン 1980年7月号

添え料理と、ワインを一本。それから、すまぬがこの宿のあるし「あなたがこの町をすばらしいとおっしやるのは、腑に落ちません な。生まれてからすっとここに住んでおりますわたしには、ごくあ に、よい部屋を用意するよう、たのんでくれたまえ」キューゲルは 無造作に巾着をとりだすと、テー・フルの上にほうり出した。中身のりふれた町に思えますが」 重さが、印象的なひびきを残した。「そのあとは風呂と新しい下着「わたしが注目するにふさわしいと考える、三つの事柄を挙げてみ だ。床屋も呼んでもらおうか」 ようかね , いまやワインのせいで、なんとなく気が大きくなったキ 「わたしがこの宿のあるじ、マイアーでございます」小肥りの男ューゲルはいった。「その一、この町の建物の丸くふくらんだ形。 は、上品な声音でいった。「さっそく、ご希望にかなうよう、おとその二、火の上にたくさんのレンズを並べた仕掛け。すくなくとも りはからい致しましよう」 あれは、他所者の興味をそそるね。その三は、グンダーの男性がみ 「ありがたい」とキューゲル。「わたしはこの宿がすっかり気に人んな禿げ頭という事実だ」 った。数日逗留させてもらうよ」 主人は思案深げにうなすいた。 宿の主人は大喜びで頭を下げ、キュ 1 ゲルの食事をととのえるた「すくなくとも建物のことは、すぐに説明がっきます。昔のグンダ めに、急いで中へひっこんだ。 ー人は、大きな瓜の実の中に住んでおりました。外壁の一部が弱くな るたびに、そこを板で張り替えているうち、やがて気がついてみる と、どの家もすっかり木造になっておりましたが、もとの形だけは残 キューゲルはすばらしい食事を満喫した。もっとも、二品目のミ ンスとマンゴー鰻の細切り肉を詰めたザリガ = 料理は、ややこってったわけで。火と投射機については、全世界的な〈太陽励起共鳴騎 りしすぎているように思えた。しかし、鳥のローストは非のうちど士団〉をご存じありませんか ? わたしどもは太陽の生命力を、あ れでかきたてております。あの共鳴光線が太陽の燃焼をととのえて ころがなかったし、ワインもすばらしく 、、たく気に入ったキュ いるかぎり、その火は決して消えることがありません。あれに似た ゲルは、お代りを一本注文した。主人のマイアーは二本目の酌をし ながら、キューゲルのおせじを聞いて、わが意を得たようにうなず詰所は各地にございます。まず、・フルー・アゾール。・フラゼル島。 ムントの城砦都市。それに、ヴィル・ヴァッシリスにある星辰大守 「グンダーにも、これ以上のワインはありません ! たしかにお値の天文台」 キューゲルは悲しげにかぶりを振った。 段は張りますが、お客様は最高の味がおわかりでいらっしやる」 「まさにそのとおり。まあ、ここへ坐って、一杯つきあってくれん「あいにく、事情は変わったようだね。・フラゼルは大昔に海底へ沈 かね。実をいうと、わたしはこのすばらしい町に好奇心をそそられんだ。ムントは、千年前にディストロブ人に滅・ほされた。あまねく ・アゾールやヴィル・ヴァッシリ 旅をしているわたしだが、・フルー ているんだ」 スの名は、一度も聞いたことがない。おそらく、このグンダーが、 宿の主人はいそいそとその申し出に応じた。 253

8. SFマガジン 1980年7月号

「キューゲルどの、わたしの金を返したのは、実に幸運だった。さった。二人の男がしばらくなごやかに語りあうのを、キューゲルは もなければ、騙りを働いたとして、牢にぶちこむところだ。いすれ苛立たしげに見まもった。 にせよ、わたしの見るところ、きみのこうした活動は有害で、グン フラスカはようやく帰っていった。乙女たちは、食事をすませる ダーの公益に反する。きみの暴露行為によって、この町は混乱状態と、広場へ散歩にでかけた。キューゲルは、隊長の坐っているテー だ。いますぐ打ち切ってもらいたい。看板をおろし、罰を受けずに・フルへ歩みよった。 すんだことを、心から感謝するんだな」 「隊長さん、わたしはキューゲルというものですが、ちょっとお邪 「ああ、喜んで店じまいしますよ」キューゲルは威厳をたもってい魔をしてもよろしいか」 「この仕事は骨が折れてかなわん」 「どうそどうそ ! まあ、お掛けなさい。このすばらしいお茶を一 フラスカはむかっ腹で立ち去った。キューゲルは水揚げを給仕と杯いかがですかな ? 」 山分けにし、二人はおたがいに満足して、その店をひきはらった。 「これはどうも。まず、一つおうかがいしたいのですが、あなたの キューゲルは宿で最高の昼食を楽しんだが、そのあと酒場にいく 幌馬車隊の行先はどちらでしようか ? 」 と、常連たちの態度が目に見えてひややかなのがわかったので、ま隊長は、キューゲルが物知らずなのに、驚いたようすを見せた。 もなく自分の部屋にもどった。 「われわれはルマースへ行く途中ですよ。あの娘たちは″シムナシ 翌朝、彼が朝食をとっているとき、十台編成の幌馬車隊が町に到スの十七人の乙女″といって、毎年、大仮装行列に花を添えるなら 着した。おもな積荷は、二台の幌馬車に分乗した、十七人の美しい わしでね」 乙女の一団だった。ほかの三台は寄宿舎の役を果たし、あとの五台 「わたしはこの地方には不案内なのです」キューゲルは説明した。 トランクや、俵や、箱が積みこまれて には、食料や必需品のほか、 「したがって、土地の慣習もまったく知りません。いずれにせよ、 いる。幌馬車隊の隊長は、茶色の髪と絹のようなあごひげを風になわたしもルマースに向かう途中なので、あなたがたといっしょに旅 びかせた、小肥りで温厚そうな男だったが、かわいい預り物につぎ ができれば、ありがたいのですが」 つぎと手をかして地上におろすと、全員をひきつれて宿にはいって隊長は二つ返事で承諾した。 きた。マイアーは、香辛料のはいった粥と、マルメロの砂糖漬にお「喜んであなたに加わっていただこう」 茶という、たつぶり分量のある朝食で、一行をもてなした。 「すばらしい ! 」キューゲルはいった。「では、その件は片づきま キューゲルは、一行が食事をするのをながめながら、考えた したな」 こういう仲間といっしょに旅をするなら、目的地がどこであれ、き隊長は絹のような茶色のあごひげをしごいた。 っと愉快な旅になることだろう。 「一言お断わりしておくが、わたしの料金は通常より高いですぞ。 フラスカ節度官が顔を見せ、幌馬車隊の隊長にあいさつをしに行なにしろ、あの十七人の乙女に快適な旅をさせるため、万事贅沢な 269

9. SFマガジン 1980年7月号

せ、新しい衣類に着替えた。帽子を適切な角度にかぶると、ぶらり い。この作業にはうんざりだ」 外に出ていった。 照準装置の係が、横からロをそえた。 足の向くままに歩いた先は、例の太陽励起共鳴所だった。さっき「フラスカや、ほかの長老たちは、なんにも働かない。おれたちに とおなじように、二人の若者がかいがいしく働いていた。一人は火働けと命令するだけで、まったく気楽なもんさ。ジャンレッドとお をかきたて、五つのラン。フを調節し、もう一人は調整光線を傾きかれは、教育のある新しい世代だ。原則として、独断的な教理は信用 かった太陽に当てている。 しないことにしている。おれにいわせれば、太陽励起共鳴所の制度 キュ】ゲルがその仕掛けをあらゆる角度から検分していると、ほ は、時間と労力のむだだね」 どなく火をかきたてている若者が声をかけた。 「もし、ほかの詰所が廃止されたとすれば」と火の番のジャンレッ 「きよう、この励起共鳴方式の効能に疑いを表明した有名な旅人とド が主張した。「太陽が地平線のむこうに沈んだあとよ、 いうのは、あんたじゃないかね ? 」 だれが、それともなにが、太陽を調節しているんだい ? この制度 キューゲルは慎重に言葉を選んで答えた。 はまるでお笑い草だよ」 「わたしはマイアーとフラスカにこういった。・フラゼルはメランテ レンズの係が言いはなった。 イン湾の底に沈み、ほとんど忘れ去られている。ムントの城砦都市「いまから、その実験をやってみようじゃないか。うまくいけば、 は、とうの昔に廃墟となった。わたしはプルー・アゾールの名も、 おれたちはこの報われない仕事から解放されるぜ ! 」彼は梃子を動 ヴィル・ヴァッシリスの名も聞いたことがない。と、これだけのこかした。「いいか、おれは調整光線の狙いを太陽からはずした。見 とを、確信をもって述べただけだよ」 ろ ! 太陽は前と変わりなく輝いている。おれたちの作業には目も れずにな ! 」 若い火の番は、仏頂面で、ひとかかえの薪を炉の中に投げこんく キューゲルは空に目をやったが、なるほど太陽は前と変わりな おこり 「しかし、あんたはおれたちの仕事を非実用的だと考えているそうく、ときおりちらっき、そして、瘧やみの老人のように身震いしな しゃないか」 がら、輝いているようだった。二人の若者も、おなじく熱心にそれ 「わたしはそこまで言い切るつもりはないよ」キューゲルは穏やかを見上け、何分かたっと、満足のつぶやきをもらしはじめた。 に答えた。「かりに、ほかの励起共鳴所が廃止されたとしても、グ「おれたちが正しかった ! 太陽は消えないぞ ! 」 ンダーの調整機だけで充分ことが足りているかもしれない。だれに 三人が見まもるうちに、たぶん偶然のしわざだろうか、悪液質の けいれん 断言ができるね ? 」 ような痙攣におそわれ、急にぐらりと地平線に傾いた。背後で怒り 「これだけはいえるな」と火の番はいった。「おれたちは無報酬での叫びが聞こえ、フラスカ節度官が駆けよってきた。 働いているんだが、夜は夜で、薪を切って、運ばなけりゃならな 「この軽はすみな悪さは、どういう意味だ ? ただちに調整機を太 256