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検索対象: SFマガジン 1980年7月号
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1. SFマガジン 1980年7月号

かれらの一部でありながら、個としては、ただ感じ、そして伝達すあゑと彼は結論を出した。そして、同時に、自分がいま《個》と るだけでよかったのは、何という幸せなことだったのだろう、とい 《全体》の役割を両方、つまり感じとることとそれを分析して結論 うことである。かれらになった彼はもはや単一の彼そのものではなを出すことを、いっぺんにやってのけたことに気づいて少しおどろ 。従って、個体としての彼自身は、内燃部のパーツとしての責任きを覚えた。この状況はすべてが、あまりに新しすぎて、当分は観 を果しながら、同時にただ彼自身としての感覚を保持してさえいれ察器官に徹するあまり、ゆたかな感覚をくりひろげるゆとりさえな くなりそうだった。 ばよかった。手や足が、そのなすべきことをなしながら、しかもな お、その心と頭脳そのものではないのと同様にーーーしかし、いま だがともかく、いまや彼に必要なデータはすべて彼のものになっ や、彼は自ら感じ、考え、知覚し、しかも彼自身ーーーかけ値なしのていた。フレニアのデータ・・ハンクは、彼の中にうっしかえられ、 彼自身でもって、その感じることと分析すること、そして選択する彼は過負荷で。ハチ・ハチとはねまわっている白光を見ていた。 作業とをそれそれ分離させてつづけていかなくてはならないのであ これでよし。 る。 ここはある銀河系の、はずれに近い第三肢の先端だ。彼の感じと せめてフレニアがいたら ! ーー彼は、ふいに、あらゆる理性ど慣るエネルギーの偏在の具合からみて、もよりのいくつかの星系には 習と、そしてかれらの存在のしかたそのものを震憾させるような、生物ーー恐しく原始的な段階のーーがいる。 そのまっ黒な感情の正体に気がついた。彼は信じられなかった。 これから、何をなすべきかーーそれを、彼は、決定せねばならな 彼は、孤独にうちふるえていたのだ。 かった。孤独ーー認識ーー意志ーーデータ。 これは、おどろくべきことだった。おそらく、かれらの種族その彼は、あらためて、単独で、《探査》の形状をとろうとゆるやか ものにとって、これほど縁遠い、理解されがたい感覚はないはずだに構成を変えはじめた。母体への帰着は問題外だった。彼は母体か ったからだ。それ自体が巨大な一個の生物であると同時に、し 、くつら離脱したのであり、文字どおり、母体にとっては終了した・フロッ もの段階のあらゆる生物の合体物、合体物の群体、共生体であるよクーーぬけおちた髪のようにーーーであったからだ。しかし、そのこ うな種族に、孤独の意味が理解されよう筈もない。 とに、これほどのさびしさーーーそう、さびしさというのが概当する にもかかわらず、彼はいま、母体から切りはなされ、《船》 を味わうとは、奇妙だ。 つまりこのプロックの、探査セクションを構成していた他の個体は彼はゆっくりと、有限な有機的な三次元生命の知っているもので ことごとく死にたえ、どこへいって何をするかも彼自身が決定せねない時空連続体をぬけ、びたすら《探査》のエネルギーとなってあ ばならぬような状況の下で、ひどい孤独と、耐えがたいさびしさとてもない捜索の手をひろげはじめた。 を感じてまごっいているのだった。 この奇妙な新奇な感覚は、早急にもっとよく考察してみる必要が

2. SFマガジン 1980年7月号

を全部もうひと組ふやすのでてんてこまいのありさまさ。まった ーー、わたしの子・ : : ・ ) く、とんださわぎだったよーーーとは云え、どの子だってぼくたちの 「ねえーー いつになったら、赤ちゃんを見られるのかしら」 子なんだから、どのひとりにちょっと辛抱してもらうのもいやなこ彼女はきいた。夫はおどろいてこたえた。 とだしね」 「あーーーああ、もうすぐねーーきみが起きあがれるようになった 本当にそうだろうか、という、これまでただひとりの例外ーーあら。みんな、いい子だよ。ばくに似ているそうだ」 「いい子ーーーそうね。特別な子ですものね : : : 」 の不幸なナザレの大工ーーーを除いては誰ひとり味わったことのない 「ああ。・ほくときみの、はじめての子どもたちだものねーーー」 はずの疑惑をおさえつけながら、若い父親は云い、誇らしげにぐっ たりとよこたわっている若い母親の髪にそっとキスした。 そういう意味じゃないわーー母親は、母親のみの抱きうるあの確 ミチコ・フォレスターは夫にやさしく髪をなでられながら、目を信をもって思った。あの光ーーーあれは、告知だったわ。 この子たちは特別な子なのだ。何か、いまに、特別なことをす とじたまま、小さな声でいった。 る。母親だからこそ、私にはわかる。 「スティーヴ、わたしーーーわたし、夢をみていたわ : : : 」 彼女は目をひらき、そして、白い病室の窓の外にひろがっている 「夢ーーどんな ? 」 世界に目をやった。巨大なメガロポリスは、夜明けを待って、灰色 のけだるい眠りのなかを漂ってでもいるかのようだった。 云うつもりはなかった。父親には、わかりはせぬだろう。 ステファンに六つ子が生まれたのよーーー彼女は、そっと、その大 ( わたしは、わたしの赤ちゃんたちを守ろうとして、必死で戦って 都市、かわき、混乱し、疲れはてた世界にむかって告げた。強く、 いた。苦しくてーー何が何だかわからなくて。そうしたらーー ) ( そうしたら : : : 光が、ま 0 白な生き生きした光の雲がやってき正しく、そして六つの魂と六つの愛をもっ子どもたち。かれらは、 て、わたしのからだの中にとびこみーーそして、わたしのもうひと多くのことを知るだろう。かれらは多くのことをするだろう。ステ ファンの六つ子は、六つの手をかさねあわせて、やがてあの世界へ りの子どもになった ) ( あれは一体何だったのだろうーーでも、看護婦の話では、わたしと出てゆくだろう。 そのとき、世界は、新しい季節を迎える。 六つ子を生んだのだってーー・もし、あの は五つ子を生むかわりに、 / ( このタイトル及び構想は、中村治堆作詞作 夢がほんとにあったことなら、何もかもびったりと平仄があう。ば 曲の、・ハンタ「ステファンの六つ子」によっ かばかしいかしらーーでも、わたしは、ほんとうに六つ子を生んだ ) たものです。 ) ( あれは一体何だったのだろう ) ( でもわたしにはわかる。わたしの子よ , ーー六人とも、わたしが生 んだ。わたしの子よーーー悪魔でも、悪魔の子でもない。わたしの子 9 5

3. SFマガジン 1980年7月号

わどい瞬間ーー瞬間的にではあるが、彼の確保しているアイデンテを証明しているーーーしかしまた、それは、それ自体ですでに充分す イティが、最も稀薄になる状態ーーーを選んでおこった。あるいはむぎるほどに全体である。こういうのを、何と云いあらわしたらいい 4 しろ、それは、ずっと同じ状況であったのだが、単に、彼のほうが か ? それにいまや吸いこまれようとしているのがひとごとのよう それを感知する状態になかっただけなのかもしれない。 に、彼は考え、そして見つけ出した。普遍、ーーそう、普遍た。個で 彼は、何か反応を示すひまも、何かを感じとっているいとまさえあり、個以外の何ものでもなく、きわめて個別的な状況でありなが もなかった。予想もしなかった、強烈で圧倒的な力が彼を吸引しら、しかも、全体そのものより以上に全体性をよく表現しているも て、すさまじい勢いで彼をその星の一点にひきつけつつあった。その。そして ( その個であることの至純さゆえに、すべての個を全体 れはーーー彼はぐんぐんと吸いこまれてゆきながら、辛うじて知覚しの概念へ統合しなおすようなもの。 たーーーその星の無数の小生物たちの中のどれかひとっから、彼ほど これは、何だろうーーその間にも、彼のエネルギー状のからだは、 に巨大なものを圧倒するほどの力をも「てほとばし 0 て来るメッセあらたな形状をとることさえゆるされないまま、ぐんぐんとひきっ ージの作用にちがいなかった。 けられ、それにつれて、その吸引しているあいてのエネルギー波に い 0 たい、どうな「てしま 0 たというのだろうーー彼は、さなが同調しはじめたと見えた。なぜなら、その、漠然とただ恐しく強烈な ら小さな魔法のひさごに、海の水が吸い込まれてゆくように、ひき欲求のメ , セージ、とだけ感じられていたものは、いまや、明瞭 つけられ、吸いこまれながら、おばろげに考えていた。これほど強な、翻訳しうゑからみあ 0 たいくつかの想念のパターンとして見 これほどすさまじいメッセージは、ついぞ存在するとさえ えはじめていたからである。それは、ろうと状をした、外へむけて 知ったことがない 放たれる訴えであると同時に内へ還ってゆくもので、彼には、その これほど強力に、全存在をあげて一方向へエネルギーが収東されろうとを作り出しているものが、い くつか分析できた。 ると、そこには、真空にもひとしい《場》ができてしまう。彼は、そ ( 悲哀ーー苦闘ーーー苦痛ーー・喪失への拒否 , ーー自己放棄ーー・希望ー の《場》へむかって、渦にのまれるようにして、吸いつけられてい ー合体の一部をもぎはなされようとする恐怖ーー慈愛 ) るのだ。これは、メッセージだろうかーーー彼は、まったくとりとめ その、入りくんだ・ハターンががっちりとろうと状の《呼びかけ、 のなくなったその思考機能をふりしばるようにして、考えていた。訴え》の形状を成した結果、、外に向いてひらいたそのろうとのロの だとしたら、いったい何が、どんな存在が、これほどのつよさで、 ところから、おそるべき強烈な真空 ( 精神エネルギーにとってであ これほど至純の激烈さで、こんな《場》をつくり出すようなメッセる ) の場が発生し、それが、まわりにあるエネルギーをすべて吸い ージを保ちつづけることができるのだろう。疑いもなく、これを出よせているばかりか、はるかな上空にいた彼までを、抗いようのな している存在は、あの無数の個である糸くず生物たちの一つの個体いカでひきこもうとしていたのだ。、 , でしかない このメッセージのあまりにも強固な単一さが、それ これは何だろ . う。理解したい、という欲求は、いまや、恐怖より

4. SFマガジン 1980年7月号

母体の安全と、胎児の全員の生命のために、現代医学でできうるか ィーヴのフォレスター夫妻には、三年間子供が恵まれなかった。 この妊娠は、排卵誘発剤ーーーこの数年間、いささか濫用されすぎぎり最善の手だてをつくすつもりですが」 クリスチャンだという岩村は、目の前の若いコン。ヒュータ技師に るきらいのあるーーーによって促されたものでありーー・そして、その 神のわざを手助けしてやろうという不遜な薬がしばしば手助けしすは何の罪もないものの、日ごろから頭をはなれないその重大な 問題を考え ぎる傾向をそのままに、胎児の心音から判断した主治医の岩村博士そしてこれからますます重大になってゆくであろう は、胎児がひとりではないことーー二人でも、三人でさえないことて頭をふった。 そう たしかに、排卵誘発剤のもっている問題は、きわめて重 ーーー神よ、わが薄給をあわれみたまえーー四つ児、ないし五つ、児の 可能性すらもある、という結論を、このうろうろする、どうしてい大であったにちがいない。医学の発達と人命へのロマンティックな いかわからないでいる若い父親志願者に告げていたのであゑ二十までの敬意は、血と殺戮そのものだった過去何世紀への反動とでも いうように、ほんの三十年前であればあっさりとその生命を手放し 七歳のスティーヴン・フォレスターは、たったひとりの子を望んだ だけだったのに、いきなり四人か、五人の赤んぼうの父親になろうてしまったり、あるいは生まれても生きつづけるだけの力がなかっ たり、そもそも自力で生まれるだけの活力を欠いているような子ど としているのだった。 もたちをも、暗黒の中からひろいあげた。それ自体は正当なことで 「云うまでもなくーーー」 岩村博士は、しぶい顔をして、少しでも安心させてはいけないとあ 0 たし、きわめて感動的なことでもあった。 そして、排卵誘発剤は、こんどは、生きのびる力のない子供たち 考えているように、青ざめたスティーヴに云いきかせた。 ばかりか、生まれる予定のなかった子供たちにまで、チャンスを与 「これは、排卵誘発剤にはっきものの副作用ですが、その結果は、 トロール網を投げこもう 当然かなりの危険がともないます。じっさい、これまでのケースでえ、かれらの漂っている未生の闇の中へ、 も、そうした四つ児、五つ児たちが全員無事に生まれ、育った、とというのだ。 ( はじめての五つ子は英雄だったーーその両親もだ。二番目の五つ いう例はあまり多くない。子供たちが全員ではないまでも、何人か は死亡してしまう例の方がーーむろん全員死亡というケースもまれ子とはじめての六つ子もそうだった。十番目のそれは周囲の祝福と こう生活苦を子供をほしがった両親にもたらし、そしてーーそして百組 ではありませんしーーーずっと多いのです。おわかりのように、 した薬物性の多胎は不自然なものですし、胎児への栄養もゆきわた目のは困惑気味のあいさつを、そして千、万組目のそれは、こんど は人口増加とひどい食料不足のさなかで、えらい災難だとしか思わ りにくい。その上に、子どもは未熟児として生まれてくることが、 避けられません。個人的な意見として云わせてもらえば、それはやれないことだろう ) はり人間の役割としては行きすぎなのかもしれませんなーーー自然の岩村はこっそりと考えていた。 むろん、 摂理に、そういうやりかたで干渉する、というのは。 ( だのに、すべての、子供のない若夫婦は自分たちにだって子供を 0 4

5. SFマガジン 1980年7月号

だが、スティーヴの忍耐力も、もはや限界をとっくにすぎてしま ていた、重大な、ふつうの妊婦との相異点が思い出された。彼は再 っていた。彼は大股に詰め寄ると、ほとんど婦長の胸ぐらをつかま び青ざめると、あいかわらず困惑しきったような婦長をつかまえて んばかりのようすで、問い糺しはじめた。生まれたのか、生まれな きいた。 いのか、男か、女か、母親は無事か、なぜこんなに長い時間がかか 「それでーー子供は、何人なんです。四人 ? それとも、五人・ーー るのか、その他あらゆることを。 婦長は両手をあげて、この苦しめられた父親をさえぎろうとし その答えを待って、彼が緊張して身をかたくしたときだ。 た。はじめ、それは、何の効果もあらわさなかったが、やがて、さ やにわに、分娩室へ通じる廊下のほうで、さわぎがおこり、そし しもの青年も、婦長の態度がどことなく妙であることに気・ついて、 て、若い看護婦と押問答しながら、数人の心げたかーー・新聞記者と 一方的な追及の手をゆるめた。しかし、それでも、とにかく、この カメラマンの群れが、さしも厳重な・ハリケードをついに突破して、 一点だけはどうしてもはっきりさせずにはすまされなかった。 なだれこんできた。 「とにかく、何でもいいから、これだけ答えてくれませんか」 「あなた達ーーー ! 」 スティーヴは食いさがった。 たちまち、婦長が、怒りにみちた守護女神のように、手術室の前に 「他のことはあとでいいから いったい、生まれたのか、まだな 立ちはだかろうとする。びつくりして、ロをあいて立ちすくんでい のか、どっちなんですーーー頼な」 る彼と、かんかんに怒った婦長とにむけて、フラッシュがたかれ、 「生まれましたよーーというか、いま、生まれています」 マイクがさしつけられ、 E---•> カメラがまわりはじめた。 婦長は戸惑ったように答えた。そんな云いかたは、このヴェテラ 「やあーー・あなたが・ハ・ハですね ! 」 ンの、おちついて頼もしい老嬢にはまったく似つかわしくなかった。 「どうです。もう、生まれたんでしようーーで、結局、五つ子だっ 「みんな無事でーー親も、子もーーー五体満足でーー」 たんですか。四つ子ですか」 スティーヴは、これだけ、といった誓いを臆面もなく破って、つ 「性別の構成は ? 」 ぎつぎに追及し、そして、しかたなさそうにではあるが、婦長があ「生きのびそうですか、全員 ? 」 いまいに首をうなづかせるのをみた。彼はとびあがり、十字を切り 「五つ子の父親になった感想をきかせて下さいよーー・こ 婦長に接吻しようとしてどやしつけられた。 「最近、排卵誘発剤の使用過剰を批判する声が、医師会の内部から 「生きているーーおお神よ ! 感謝します、感謝ーーおれは、父親もあが 0 ていますがーーこ だ、おやじだ、・ハ・ハなんだーーーそ、それで」 「何グラムですか。名前はもう考えてありましたか」 一瞬のちに、彼の頭に、なぜこれほど、父親になるのに、長々と 「ちょっと、ちょっとひとことーーー」 待たされなければならなかったか、という問題ーー彼の妻がかかえ 「おどきなさい ! あなた方ーー・あなた方 ! まだ手術中なんです 5

6. SFマガジン 1980年7月号

え、ロをあけて抗議するように弱々しく、六部合唱で泣きわめいてはじまりだったのである。 いるその生きものたちを見るうちに、彼の胸には、父親らしい保護のちになって、その夜の、東京周辺・ーーに限らず、たまたまそち 5 らの方角へ望遠鏡を向けていた、アマチュア天文家の全員から、続 欲と愛情が、みるみるわきあがり、ふくれあがってきた。 と続と天文台へ、その流星の報告がよせられることになったが、むろ お前たちーーーと彼はそっと呼びかけた。お前たち、いったい、・ ん、彼には、そんなことは知るよしもなかった。 こから来たのだ。これから何をしようとしてるのだ。 すべての赤んぼうは奇蹟であるーーずっと昔に誰かの云ったこと彼にわかったのは、ただ、ひきよせられてゆくことーー・そして、 ばが思い出された。まさしく、そうに違いな、。ほんの数ヶ月前まろうとの中に吸いこまれ、にわかに周囲が暗黒になり、そしてかぎ ーしたこ で、どこにも存在せず、何ものでもなかった。それが、いまや、こりなく落下してゆくような感じのあとで、ふいに彼がそここ、 うして生きて、生きていることを口々に訴えており、そしてこれかと、ただそれだけだった。 ら育っていって、食べたり、本を読んだり、けんかをしたり、ひと おそらくは、その荒々しい圧倒的な経験でもって、彼の、もとも を愛したりーーーするのだ。 とあるべき形状からひきはなされ、不馴れなやりかたで維持しよう 何てことだ、と彼はひとりごちた。おれは、六人のおやじなんだとっとめていた自己意識には、いささかの混乱が生じていたのにち がいない。彼が、おちこんでいた失神状態ともいうべきものから、 再び目を、ガラスケースにもどしたとき、何かがかすかに彼の心我にかえって、あたりを探査しようとしたとき、彼はそれがどこ の中でつぶやいた。それは、これからさき、ずっと彼を悩まし、しで、自らがどう対処するべきなのか、何ひとっ把握することができ だいに大きくなってゆくはずの疑問だった。それにしてもーー・それなかった。 にしても、一体、六人めの子は、どこから来たのだろうーーーそして、 そこは暗く、あたたかく かぎりない庇護と、そして融合の、 どの子が、スティーヴン・フォレスターの、生まれる予定のなかっ官能的なまでに快いパターンだけがあった。そこにいるかぎりすべ た六番めの子供なのだろう ? ては正しく、よくーー彼は、至純な幸福感を味わった。それは、は 六人の赤ん・ほうは、さながら、何か他の兄妹たちと異る行動をしるかなかれらの母体の中で、彼がびとつのセクションとしてその役 て父親の疑惑をかきたてることをおそれてでもいるかのように、き 割をはたし、フレニアと合体して味わったあの融合と正当さのよろ そいあいで、声をはりあげて泣きつづけていた。 こびよりもさえ、深かった。その一体感の中には、母体にあったよ うな義務と、庇護との相関関係はまったく感じられず、ただびたす 5 ら無償の愛ーーーそれにつつまれているものをうっとりとするような やすらぎにつつみこむ、至上のゆるしと庇護と献身、ただそれだけ そして、それは、彼にとっても、思いもかけなかったできごとのが感じられたのである。

7. SFマガジン 1980年7月号

れとも人間じゃないものでも、生まれたというんですかーーそれと岩村は、きびしく、あいてを見つめ、その人間そのものを見ぬこ うとしているかのようなするどい視線をあびせかけた 「子どもさんは五体満足だし、完全に正常です、フォレスターさ彼の目にうつったのは、金髪で青い目、肩福がひろく、腰のひき ん。男三人、女三人でーー」 しまった、背の高いアングロ・サクソンの若者だった。はじめて父 「正常なら、いったいどこがーーー」 親になるというので、いくぶんうろたえて、おろおろしてはいる わめき立てようとして、ふいに、スティーヴはあいての云ったこが、しかしそのあごはしつかりと力強い線をかたちづくり、唇はあ とに気づいた。 たたかく、しかもひきしまっており、青い目は決断と勇気とを示し 「男三人ーー女三人 ? しかし : : : しかしそれじゃ六人だ 1 ーこ ているようだ。それに、ともかく、彼は家族の反対や内心の抵抗を 「そうなのです」 おしきって、日本人の妻と国際結婚をし、しかもかよわい妻を単身 医師はあきらめたようだった。おだやかな口調で答えた。 外国へひきさらってゆくかわりに、自分がこれまで生まれて育って 「しかし、先生ははじめ、胎児の心音をきいて、四つ子か、多くてきた環境をすて、妻の国へ、ひとりで移り住んできた、誠実で決意 五つ子だとーーーそれが、六つ子だったんですか ? なんと、すげえにみちた若者だった。 な ? おれは、六人のおやじか これは、よい若者だ、と岩村医師は考えた。彼の妻も、よく苦し 「六つ子なのです」 みに耐え、泣きごとも云わなかったし、不必要にさわぎ立てようと さえしなかった。最近の女たちにはまれな美徳だ。よい若夫婦だ、 医師は、ゆっくりと繰り返した。 「それが、問題なのですよ、フォレスターさんーーー心音は五つでしと医師は結論を下した。どんなことをきかされても、たちまちに早 た。五つ子であることを、私たちは、八十パーセント確信していた急な反応を示して、これ以上事態を悪化させることはないだろう。 「診断にまちがいがあったとは思われないのです、フォレスターさ し、四つ子である可能性も二十・ ( ーセントはありました。しかしー ん」 医師は、ゆっくりと云いきかせるように云った。 「しかし、六つ子だったーーあなた方が、間違えたんでしよう ? なに、かまやしませんよ。そりや、ちょっとはびつくりしたけど「それは、はじめから、五つ子より多いという可能性はまったくな なあに、少ないよりや、多い方がいいや、こうなりや五人も六かったのです。そればかりではない。六つ子であるはずがないので 人も同じですよ。まあ、親父の安月給にや、ちょっとはひびくかもすーーー子どもたちは、未熟児ではありますが、こうしたケースとし しれないけど・ーー五人分しか、おむつの用意がしてない、しまっては異例なくらいに発達していました。あらかじめ出産直前にはか た ! 」 っておいた産婦の体重と、出産後の体重、それから新生児の重さー 「まあ、聞いて下さい」 ーそれで見ると、どうしても、胎内にいたのは五つ子でなければな 3 5

8. SFマガジン 1980年7月号

も、困惑よりも数倍も強かった。こんなふうな強烈で一方へむけてとうなり、本体に近づくに従って、よろこびと一体感とはいよいよ これほど統一された形状は、はじめて見たし、それのもっている欠強烈に、いよいよ圧倒的になっていった。彼はついにまったくアイ 5 デンティティをとりとめようとして逆らうことをやめ、うっとりと 落感の種類もまた、彼にとっては、まったく目新しいものだった。 しかし、それだけではないーーー・彼は、さっきから、吸いよせられてし、いやされ、満たされて、その吸引力に身をまかせた。ゆたかで その・ハターンの本体に近づいてゆくにつれて、どんどん強まってゆめまいのするような所属感と安心感が、この切りはなされた迷子を つつんだ。 くその感じに戸惑っていた。その中には、何かしら、云い知れぬな つかしさをーー安堵を、親しみを、そして、彼をしてそこへ赴きたそして、ついに、その光のろうとの中へ、真空に吸いこまれる大 いという無茶で筋の通らぬ欲求にかりたてる、ふしぎな帰属感をか気のようになだれこみ、一条の光の蛇となって吸いこまれてゆく瞬 きたててやまぬものがあった。 間、彼はその意味さえもわからぬままに、ほとばしり、包みこんで くる、圧倒的なメッセージを感じとったのである。 そして、彼は気づいた。 ( ああーーーいやよ ! 一人も失いたくないーー全部、わたしのもの これは、全体が個に対して抱くような、そうした感情なのだ。 彼は、そんなことを、考えてみたことさえなかったが、もしも、 よー・ーわたしは愛している、愛している、死にたくない、この子た あの《船》をーーかれらの・フロックを閉鎖し、終了させるとき、かれちを死なせたくない、わたしの子よーーわたしが生み、わたしが育 らの母体が、個としての全体の知覚をカン ' ハスにくりひろげて、そてる、わたしの血と肉・ーーわたしとつながっている、わたしの中に あるーーああ、わたしの赤ちゃん、わたしの赤ちゃんたち ! ) の感じるところを示したとしたら、それはきっと、こんなふうな・ハ ターンになってあらわれて来たのにちがいない。 4 そして彼は、それから切りはなされ、いわば生みおとされて、広 大な宇宙へさまよい出るーーもう二度と、母体の幸福な一部として 融合することのない、孤独な、落ちた枝だった。 ドアが開いた 彼が、そのメッセージにぐいぐいとひきよせられたのも、いわば それこそは、スティーヴ・フォレスターの待ちのぞんでいた瞬間 当然なのだーー彼とそのメッセージの持主とは、互いに相補い、ひ 光にせよ闇にせよ、神の恩寵にせよ悪魔の呪詛にせよ、とにか とつになろうとする、見失った半身どうしの立場にあったのだ。 く彼のこの数時間にわたる苦闘に終止符のうたれる瞬間であるはず おどろきとーーーそして、もう二度と感じることはないだろうと思だった。スティ 1 ヴはすごい勢いで立ちあがったが、あらわれたの っていた至福にみちた融合ーーーみたされ、一つになり、孤独でなくは岩村博士ではなく、ヴェテランの婦長で、マスクと白い帽子のあ なった感じーーが彼を強烈にとらえた。彼のひきよせられてゆく速いだからのぞく黒い目が、気のせいか、寄妙な光をたたえているよ 度はいよいよはやく、すさまじいばかりになり、耳もとで風が轟々うに見えた。

9. SFマガジン 1980年7月号

これから、どうすればよいのか、と彼はしきりとデータを集める選択したそれがたしかに誤った選択である、という評決が下され 困難な作業をつづけながら自問した。いま、どういう状況にあるのるのは、万にひとつぐらいの確率でしかなかったし、また、そうで 3 か、ここはどこで、どういう星域に近く、そして、どうすることあっても次の瞬間には、それは新たな評決と事態の展開にそったあ が、これからの彼にとって最もよい方法と云えるのか。 らゆるファクタ 1 を考慮に入れて、対応し直された。そこには何の それを決めることは、彼にとって容易ではなかった。データはな問題も生じる余地はなく、よしんば生じたとしても、それはまった かなか見つけ出すことができずーーあたりは、かれらの故郷に近い く部分的なーーあまりにも部分的なので、全体には何の波及も感じ 星域ではなく、その上に、どちらかといえば、ひとつの銀河系のはさせぬほどに ものでしかなかった。 ずれの部分に位置しているとみえて、彼が感じとる星々のエネルギ それでも、どうしても、そのディレンマが解決できないときに 1 はまばらだった。そして、その中には、馴染ぶかいものも、親しは「減多にないことではあるが、その・フロック全体が閉鎖され、孤 みやすいものも、見出すことはできなかった。 立させられて、問題を解決するまで、いわば小さな全体として凍結 これから、どうすればいいのかーー、・彼は当惑のあいまいな青緑させられる。むろん、個別のレベルでは、それは何の影響もない。 が、悲哀の青を少しづっ浸食してゆくのを眺めた。もちろん、彼は いってみれば、それは無限大のパートをもち、データをもつ、想像 個体としては、自らーーーこの概念は、あまり彼には馴染みのないももっかぬような巨大なコンビュータのシステムに似ていた。むろ のであり、それをいうなら、彼、というこの人称代名詞そのものん、コン・ヒュータのほうが、かれらの不細工な原始的な模倣なので も、いわばまったく仮定的なものにすぎなかったのだーーが望むこある。そしてまた、コンビュ 1 タがいかに進歩し精妙になり、最大 と、必要としていること、要求していること、をいつでも、ただち限の発達をとげたところで、ついに模倣し得ぬであろう、絶対的な に、まったく正確に把握することができたし、それはいまとなって相異がひとつだけあった。すなわち、かれらにあっては、デ 1 タひ ーツひとつひとつ、・フログラムひとつひとっーーーそ も何のかわりもない。すなわち、いまはかりそめに青緑のかたい色とつひとつ、 あいの下におおいかくされているが、それが消えてゆくか、うすれがすべて、それそれ団体であると同時にまぎれもなく個でもある ところの生物体、有機的存在にほかならなかったのだ。 れるかすればたちまちにあらわれてくるはずだ。彼の感じている、 漠然とした苦痛、疲労、落胆、そして、空腹と睡眠への欲求がそれもちろんーーと、もはやかれらでなくなったところの彼は、なお も死にたえた仲間の記憶巣から、データをすべて回収しつづけなが また、むろん、全体であるところのかれらーーー・彼ーーーからみれら、考えていた。もちろん、母体は正しいのである。 ( つねに彼自 ば、つねに、このさきどうすればよいか、という決定をするのは、身であるところのかれらを、そういうふうに、もはや彼自身がかれ たやすいことだった。かれらーー・彼ーーは、文字どおりすべてのフらでないところのかれら、として認識するのは、おそろしく奇妙な アクターをうけいれ、検討し、分析し、把握して、瞬間的に結論をだけでなく、不馴れな、困惑させられるゾロセスだった ) それらは

10. SFマガジン 1980年7月号

らないのです。胎児一人ぶんの重さが、どうしても、見つからない たによく似ていますよーー六人全員がね」 のです」 そのときには、スティ 1 ヴをおそった最初の云いようのない不安、 5 は、他のものとまぎれたのかどうか、うそのように消え去ってしま 「それはーー一体、どういうことです」 スティーヴの声は聞き苦しくかすれた。 っていた。生まれるはずのない六番目の子だって ? ばかな 「先生が云うのはーー先生は・ほくの子がーーーでも、たしかに六人生の二十世紀、もうすぐ二十一世紀になろうというご時世に、因縁話 などたくさんだ。 まれてるんでしよう 「たしかにーー生まれるはすがなかったのに」 医師が、心音をききそこなったのだ、そう決めて、スティーヴ 医師は出産の瞬間に、あたりが一瞬、すぐ近くに流星でも落ちは、医師に導かれるままに、ガラス・ケースの前へ歩み寄った。六 でもしたかのように白熱する光につつまれてしまい、そのために つのケースは、さながら死のかわりに生を詰めた小さな棺、とでも 全員が瞬間的に目がみえなくなって、たいへんなさわぎになった、 いったようすで、きっちりと等間隔に並べられていた。スティーヴ という話までは、この当惑した父親につげる必要はないと思った。 はおそるおそるそれをのそきこみ、そして、何を予想していたにせ たたしその それではあまりに事大主義だし、ばかばかしい神秘主義だ、と彼よ、彼が見たのは、どんな父親でも必ず見るような はうけとって、こと全体を気にとめなくなってしまうかもしれ数だけは別として , ーーものにすぎなかった。 古今東西をとわす、これほどありふれたものはなく、そしてま た、これほど奇蹟そのものと云い得べきものもないものーー真赤な スティ 1 ヴは唾をのみこみ、あらためて、そこに運び去られるの顔をして、ぎゃあぎゃあと泣きつづける、生まれたばかりの赤ん坊。 を待って並んでいるガラス・ケースをにらみつけた。 両手をびったりと胸にひきつけ、しわだらけで、つみかさねた肉 「いったい、・ との子が余分なんです」 の小さなかたまりのような この猿みたいなもののいったいどこ 云いながらも、ひどく自分がばかなことを云っているような気がが、おれにそっくりに見えるのだろう、とスティーヴはいささか心 してならなかった。大の子しゃあるまいし、生みのこしがあったと外に思ったが、しかし、医師の話でかきたてられた奇妙な超自然め でもいうのか ばかばかしいにも程がある。 いた疑惑は、まぎれもない血肉をそなえたこの六つの、彼から生ま れ出たらしい生き物を見つめるうちにあとかたもなく忘れ去られて 「余分な子などありませんよ、フォレスタ 1 さん」 岩村は目だけで笑った。スティ 1 ヴのおちついた受けとり方に、 いくぶん安心したようだった。 そしてまた、どの子が余計者であったにせよ、外から見たかぎり 「みんな、あなたのお子さんだし、健康でー・ーおそらく全員生きのでは、そんな座敷わらしーーーという話を、ミチコが前に教えてくれ びることにまちがいはありません。それにーーー・それに、みんなあな たーーの刻印などはどこにも見当らなかった。うっすらと金髪が生