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検索対象: SFマガジン 1980年7月号
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1. SFマガジン 1980年7月号

よ ! あのラン。フが目に入らないんですか ! 」 何も心配はありません。母体も、お子さんたちも、奇蹟的に無事で 婦長は叫びたてると、すっかりうろたえたこのはげたかの獲物のす」 手をつかんで強引にひきたてた。追おうとする取材陣を、泣き出し奇蹟的ー 1 、といったときの、 , 岩村の奇妙な声のひびきが、もうい ちど、スティーヴの顔をあげさせ、身をかたくさせた。 そうなインターンたちと若い看護婦たちがさえぎった。 「ではーーーでは何か : : : 問題が ミスタ・フォレスタ 1 」 「早く、手術室へ入って下さい 「率直に申しあげるのが一番でしよう」 婦長は、あわてて何かもごもごと云いたてるスティーヴを、白い 医師の声は、ますます奇妙なひびきを帯びはじめていた。 扉の内側へおしこみ、びったりと鍵をかけてしまった。 生まれはしても、長く生きないのですか : : : 前におっ スティーヴがすっかり狼狽しながら何か云おうとしたとき、待ち「あのう しやったようにーー未熟児なのでーー」 かねていたように、岩村医師が手術台をはなれてかけ寄ってきた。 どうやら、もう手術と出産そのものはおわっているらしく、手を洗「未熟児は未熟児です。生きのびる見込については・ーー」 っていたところだった。 相変らず、ぼんやりとした調子で、岩村博士は云い、父親を、手 「ああ、先生ーーー」 術台の方へ近づくよう促した。手術台のすぐかたわらに、前もって 彼よ用意されたものらしい、未熟児の哺育器が、いくつも並んでいた・ スティーヴの、さいごの自制も、あっけなくくずれ去った。′。 医師の手をつかもうとし、黴菌のことを思い出してあわてて手をど「それではーー」 け、かわりに自分の両手をもみし・ほりながら医師にすがりつくよう「奇妙です」 な声を出した。 岩村はつぶやいた。その声は、もうおどろくことも忘れたかのよ 「どうなんです。家内はー、ーー家内と子ども・、ーー子どもたちは : ・・ : 」うに、いまや、何の感情もこもっていなかった。 「それなんですがーーー」 これまで見たことも、きいたこともな 「こんな奇妙なことは 、。はっきりいって、私どもは、これをどう考えてよいのか全然わ 岩村医師の目の中にあるものが、ふいに、スティ 1 ヴを、ひやりと からないのです。現代医学の常識ではもう何ともー・ー」 させた。それは、さっき婦長の目の中にあったのと同じものだった。 「お願いだから、はっきり云ってくれませんか ! 」 それは奇妙なーーおそろしく奇妙な、なんとも形容のしようがな いような目つきだったのである。 苦しめられた海がめは、ついに癇癪を起こした。妻がすでに運び 「妻がーー何か : : : それとも : : : 」 去られたらしく、手術台の上に見えないことも、おそろしい得体の 「いや」 しれぬ不安をかきたてた。 「何をきいてもおどろかないからーー後生だ、はっきり云ってく というのが、医師の奇妙な調子の返答だった。 「奥さんは大丈夫です。ーーたいへんな難産でしたが、これでもうれ。子どもが、手足がついてないのか ? 三つ目があるのか ? そ っ 4 5

2. SFマガジン 1980年7月号

らしていった。馴れると早くなった。下方から四角い開口部がせり 四角な開口部は、ふたたび、階段の急傾斜のはるか上方にあった。 ヒシカリとスターズは、どこへ行ってしまったのだろう ? この上ってきた。その開口部には、以前は横開きのとびらがついていた 2 急勾配の階段のどこかで、彼らはけむりのように消えてしまったのらしい。銹の中に、溝の跡が残っていた。 回廊が左右にのびていた。銹と湿ったごみの山だった。さらに下 だろうか ? フセウはもう一度、破壊されたラッタルを思い起し た。このままでは、もはや脱出は完全に不可能だった。 った。回廊の壁が裂け、天井が崩壊していた。フセウは下りつづけ た。開口部を幾つも通り過ぎた。 フセウは回廊を左へたどった。 フセウは縦穴から外へ出た。縦穴の広さいつばいに平たい板がは 回廊の壁に、数十個のロッカーがならんでいた。とびらが開き、 中からあふれ出たものが床にうず高く積り、原形をとどめぬごみのめこまれていて、そこから下方へは下ることができなかった。その 山になっていた。その中に、円形のガラス板が何枚かあった。フセ板は、その下部につづく金属製の箱のようなもののふたが屋根と思 ウは、そのひとつをとり上げた。長い歳月はガラスをも腐蝕させるわれた。壁と板の間のわずかなすき間からのそきこむと、その箱の とみえ、それは表面が荒れてほとんど不透明になっていた。ガラス側面に、壁面を縦に走っている円柱としつかり噛み合った部分があ った。円柱も、噛み合った部分も、銹てひとつに融合していた。 は分厚く縁飾りとおぼしい腐蝕した金属の輪が縁に貼りついてい た。ごみの山の間から、妙な物がのそいていた。ほとんど厚さを持回廊は完全に崩壊していた。それは内部からの強大な圧力に押し たず、軽いほこりの堆積のように、ごみの上に捺されていたが、そひしがれたらしく、壁も、天井も、同じ方向に崩落していた。 フセウは壁の裂目から体を入れた。 れは二本の手と二本の足の形を持っていた。全体の形はスターズよ りも、星人に似ていた。フセウは手にしたガラス板をその形象の持 2 っ円い頭の部分に置いてみた。ガラス板は、もともとそこにあった 2 もののように安定した形になった。 壁面に四角な洞くつが口を開いていた。内部をのぞきこむと、四崩れ落ちた壁や天井は、銹による腐蝕ではなく、そうなる以前 角な縦穴が垂直に上方と下方にのびていた。洞くつの壁には、鉄のに、ほとんど一瞬のカでねじ曲げられ、引き裂かれたものと思われ 円柱がとりつけられていた。 フセウはその洞くつに体を入れた。背中を壁に当て、両手両足を落下した天井の鋼鉄板の下に、原形もとどめていない厖大な何か ・ハイ・フ わずかな窪みにかけて突っ張った。触手の先の吸盤が体重を支えての機械構造が朽ち果てていた。巨大な円筒や、管の束が、わずかに 落下から体を守った。壁面に沿って垂直に走っている円柱に手をの個々の形をとどめていた。となりの区画には、フセウたちのイグル ばした。手が触れたとたんに、それは銹の片々となって音もなく落ーほどもある大きな平たい円筒が押しつぶされ、中からあふれ出し 下していった。上るよりも下る方が早い。フセウは少しずつ体をずたものが、そのままの形で塵になっていた。フセウのわずかな動き

3. SFマガジン 1980年7月号

ために生まれてくる地球人の血が混入しているのだろうか ? もし音を立てて軋む。あれからいったい何時間たったのか、嵐の雲はす そうだとしたら。やがてアディアプトロン人が彼らを減ぼすか無力でにない。 化して銀河系を支配下におくだろう。冷徹な論理性とずばぬけた知「どうやら連中はでたらめに嵐の海に突き落としたわけじゃなさそ 性をもつアディアプトロン人。彼らの帝国ならずいぶん長持ちするうだ」 だろう。変化に乏しく、論理によって適確に物事を運び、他人の苦野太い声が天上から響き渡った。猫は肘で起き上がろうとして耳 しみに冷淡な国は長持ちする。 を伏せた。急にすべての感覚が戻ってくるのがわかった。感覚器を だが飼犬に手を咬まれるとはこのことだ。何故ならアディアゾト覆っていた分厚い被膜がゆっくりとはがれていった。彼は陸地を触 ロンは、調停者文明の最も華麗で堕落した時代に創造された人工のわり、砂を損みながら、神に祈るような気持ちで安堵した。シ】 トが海岸に打ち上げられて白い塊が点在している。まるで巨大なク 種族なのだから。神が調停者を泥粘土をこねて造り上げたように、 調停者は特殊鋼と針金でもってアディアプトロン人を創造した。も ラゲの死体みたいだ。胸に痛みを覚えるほどなっかしい潮の香が乾 っともこの神ははなはだ不道徳な神だったので自らの不完全さを満燥した鼻先をかすめていった。すぐそばにころがっていたシート たすためにもう一人の人間をつくった。それが " 猫。である。このから折衝者が這い出してきた。いささか苦しげに、しかし満面に笑 兄弟はそれそれ生みの親以上の能力をもっていた。兄は比類なき知みを浮かべて二人を見る。猫は急に胃と喉にやけつくような痛みを 性とほとんど無限に近い不死性、そして弟は恐ろしいまでの生物と感じた。 ラジェンドラ人は近くの c.5 シートに手を突っ込もうとしていた。 しての適応力をもっていたのである。 中には大きな白ウサギが胎児のように眠っていた。 猫は胃の中をからつぼにしたままうとうととしていた。シート が生き物のようにぶるんと震えた。彼はまだ巨大な波に追われる悪「おれの手を異物と思ってるようだ。壊れちまってるな」 夢を見ていたが、やがて自分が静止していることに気づいた。うす猫がそばに行くとラジ = ンドラ人は唸るように言った。猫はかが み込んで鋭く観察した。他の二人は猫を見た。背中の毛は・ほさばさ 目をあけると眠たげな暖かい陽光がシートの中に射し込んでいた。 人影が中をのそき込んでいるらしく、そこだけが・ほんやりと影をつで尾が力なく地面にたれている。猫はウサギの目をのぞき込んでぎ よっとした。色がなかったからだ。 くっている。すべての感覚が麻痺していて不安も安心感もなかっ 「死んでるよ」 た。猫はじたばたしながら、腹の上にのっている″諸神の贈り物″ アクラ人の臀部にある裂傷を指差しながら言った。 のコンビューターを足で外へ押し出し、両腕を伸ばして自分も外に 「なぜ血がないんだ ? すぐ止血するはずだろ ? 」 出ようとした。その突き出した手を誰かがっかみ、あっという間に 引っぱり出した。猫は毛むくじゃらの爪のはえた足を見ながら、思「この間抜けな機械がウサギの血を異物と思い込んだんだよーだ から血が全部きれいに抜けちまったんだ」 いきり肺に新鮮な空気を送り込んだ。伸びをすると身体中の筋肉が 7

4. SFマガジン 1980年7月号

彼は、床におり重なって倒れている星人のような物体を、かかえ 「スターズ。何をやっているんだ ! 」 フセウはスターズに目を注いだ。 上げ、引き起そうとしていた。 それが自分に与えられた仕事であるかのように、体を動かしてい 思わず、息を呑んだ。 暗い床に、寄妙な物体が横たわっていた。 フセウの心臓の鼓動がしだいに早くなった。 それは、すでに見かけた、星人によく似た物体だった。 それはおり重なって床を埋めていた。おびただしい数だった。 砂にまみれて寝そべっていた時のスターズとは異っていた。一日 スターズは、ひどく慎重な動作で、星人によく似た物体に手をの中、ほとんど動くことをしないロウホト族と、今のスターズの動き ばした。 とは、極めて結びつき難かった。 スターズは、その作業の意味を理解しているようだった。その作 スターズの手が触れると、それは音もなく崩れて塵になった。 スターズは、とまどったように手を引込め、ふたたび、おずおず業はひとつの手順のくり返しであり、彼の頭脳には、その順序を追 とのばした。 ってゆくはずの作業の内容が、明確に刻みこまれているようだっ また塵となって崩れた。 スターズは、顔を上げ、周囲を見回した。その無機質な目は、何ある考えに行き当って、フセウは思わず小さくさけんだ。 の感情もあらわしてはいなかったが、その動作は、あきらかに不審心の表層ではそれを否定しながらも、深層ではそれしか説明でき ないことを感じ取っていた。 と困迷にみなぎっていた。 「スターズ。おまえはこいつらのなかまだったんだな」 スターズは三回目の動作に入り、むなしく中止した。彼はさらに スターズは答えなかった。 慎重に、四回目の動作をはじめた。古びた座は、スタ 1 ズの指の間 「そうだろう ? スターズ。そこに倒れて形だけになってしまって からもれ落ち、床にはもとの形が残されていなかった。 いるのは、星人なのだろう ? セトの谷間に降りた星人のなかまな フセウは、スタ】ズを見つめた。スターズの上に、これまで全く 見られなかった異変があらわれていた。スターズの動きは、ひどくのだろう ? スターズ。おまえは彼らのなかまだったのだな」 とっぜん突き上ってきた怒りが、フセウの心を引き裂いた。 ちぐはぐであり、恣意的であり、目的を持たぬもののように投げや りだった。それはこれまでのスターズには、ほんのわずかも見られ フセウは、声を発している物体に歩み寄った。それは意外に軽か ないものだった。 った。だが床に固着している。フセウは全身の力をこめ、それを床 からねじり取った。腐蝕や銹はどこにも見られなかった。フセウは スターズは何をしているんだろう ? フセウは目を凝らした。 それを床にほうり投げた。声はまだつづいていた。フセウはそれを 踏みにじった。何回も、何回も踏みにじった。それは、やがて大き スターズは、みのりのない作業を続けていた。

5. SFマガジン 1980年7月号

た。あとは、うねのある天色の首すじがびくびく震えるのが、彼のといわれている」 、。、レンファーはふたたび 。ハルシファーは悲しげにかぶりを振った。 所在を示しているだけである。まもなくノ / 、 姿を現わした。 「おれは一生そんな行事を見られないだろうな。ところで、極悪の 「すっかり腹を空かしてるみたいだぜ。こりや起こしたほうがいい 犯罪はどうだ、たくさん見たか ? 」 な。フアムプーンも、まずおまえと話をしたいたろう。そのあとで「ああ、見たとも。たとえば、いまでも思い出す力ノ ・ : ・、トヴァ 1 森 のある小人は、ベルグレーンに乗ってーーー」 「そのあとで、なんだ ? 」 。ハルシファーは手を振って、彼をさえぎった。 「いや、こっちの話」 「ちょっと待った。フアムプーンにも聞かせてやろう」。ハルシファ ーは、洞窟のような口から危なっかしく身を乗り出して、覆いをさ 「待ってくれ」とキューゲル。「わたしはフアムプーンよりも、む れた両眼を見上げた。「彼は、いや、もっと正確にいえばおれは、 しろきみと話をしたいね」 いま、びくりと動いたような気がする。とに 「ほんとうか ? 」パルシファーはそう聞きかえし、フアムプーンの目を覚ましたかな ? 牙をせっせと磨いた。「嬉しいことをいってくれるじゃないか。おかく、おまえとの話は楽しかったが、そろそろおれたちは仕事にか からなけりゃな。ふむ、明りの紐がはずれてやがる。すまんが、そ れはめったにお世辞をもらったことがないんでね」 「それはおかしいー きみにはたくさんの長所があるのにな。きみのラン。フを消してくれないか」 「フアムプーンはぐっ の行路がフアムプーンのそれと手と手をたずさえていくのは、必然「急ぐことはないよ」キ = 1 ゲルはいった。 のしからしむるところだが、おそらくきみにも独自の目標や野心がすり眠っているじゃないか。存分に休息を楽しませてやれ。きみに 見せたいものがここにある。技術と運をきそう遊びだ。きみは″ザ あるんじゃないかね ? 」 パルシファーは刷毛の柄を突っかい棒にして、フアムプーンの下ンポリオ″というものを知っているかね ? 」 パルシファーが否定の身ぶりをするのを見て、キューゲルは一組 唇を持ち上げると、そこにできた出っ張りに腰をおろした。 「ときどきおれは、無性に外の世界を眺めたくなるんだ。おれたちのカードをとり出した。 は何回か上に昇ったことがあるが、いつも厚い雲が星ぼしを覆い隠「さあ、よく見たまえ ! こうして、きみに四枚のカードをくば している夜中のことだった。そのときでさえ、フアムプーンは眩しり、わたしも四枚のカードを取る。そして、おたがいに相手には見 くてかなわんと文句をいって、すぐに下へびきかえしたつけ」 せないようにする」キューゲルはゲームのルールを説明した。「こ 「気の毒に」キューゲルはいった。「昼間は見るものがたくさんあこで、貨幣か、黄金か、ともかくそういう価値のあるものを賭けな る。ルマースをとりまく景色はすばらしい。親切一族は、まもなく いと、このゲームは面白くない。だから、わたしは五タース賭け 〈究極的対照の大仮装行列〉を始めるが、これは絵のように美し、 しる。きみも、それとおなじだけを賭けなくてはいけない」 278

6. SFマガジン 1980年7月号

と言った。一瞬目の前がくらくらしたが、酔わないことは百も承知 だった。猫の身体はいかなる毒物でも即座に消毒してしまうから 6 「ノイ・シアーモ・キ ! 」 、こおいのする巨大なだ。杯を置くと部落中の者が注目していた。どうやらおそろしく強 すると一斉に歓声が上がり、三人の男がいし冫 深鍋を運んできた。ふたを取ると、煮込んた肉と肉汁のすばらしい酒だ「たらしい。猫が皿をあけるたびに、少女がさ「とかわりを い香りがあたりに広がり、人々は一様に鼻をくんくんいわせた。猫持ってとんできた。 のおなかが鳴った。生唾を飲み込み、食物の行き先を目で追う。木四杯目をあけるころ、猫はふと肉片に異状を感じた。さじで探り 彫りの深い皿に不格好な杓子で肉の塊とスー。フをじゃぶじゃぶ入れながらその肉をすくい、つまみ上げた。見るまでもなく猫は悲鳴を 上げてそれを放り出していた。肉は弧を描いて宙をとび、濡れたも る。また女たちは銀の酒杯に白く濁った液体をなみなみと注いでい のの音をたてながら石の上をしばらくころがって止まった。それは 猫は目の前に置かれたそれを見ていたく感動した。本当にうまそラジ = ンドラ人の鼻だった。 うだったのだ。名も知らぬ香辛料がふんだんに使われているらし猫は胃をおさえながら激しく咳込んでいた。また彼は時々喉の奥 、独特の芳香がなんともいえず胃をしめつける。少女が果実を盛に指を突っ込んで苦しげに身をよじった。部落中が不安げにざわめ いた。少女が勘違いして猫の背をさすろうとしたがはじきとばされ った竹籠を折衝者と猫の間に置いた。 た。折衝者が猫の二の腕をつかんだ。 「このような恵みに感謝いたします」 猫は長い間忘れていた文明の慣習をふと思い出し、手を合わせて「落ち着きなさい、なぜ異なる文化を理解しようとしないのです そっとつぶやいた。 枯れ葉のような手が万力のようにしめつける。指が食い込み、腕 「いったい誰に感謝してるんです ? 」 折衝者が銀のさじを持ちかえながら微笑した。猫は無愛想に話題が血の気を失うころ、猫はようやく自分の席にすわり、激しく息を ついた。 を変える。 この人喰いめ ! 」 「知ってたんだなー 「いったい何の肉だろう ? 」 「さっき私はゼナ人の耳を食べましたよ」 「勇者と知恵者と信徒の肉ですよ」 猫は鼻を鳴らしながら肉にかぶりついた。よく煮込んだらしく繊折衝者が猫の肩に手を触れながら言った。猫は反射的に噛みつこ 維がほぐれて舌の上でとろけるようだ。猫はしばらく陶酔しながらうとしたが、文明人としての誇りがかろうじておしとどめた。 「アクラ人の尻も喰ったんだろ ! 」 肉のうま味を味わった。 猫は吐き捨てるように言った。 「酒もいけますよ」 「ええ。あなたもそうでしよう ? 」 折衝者がすすめたので猫は一気に飲みほした。王座の男がほう、

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ふと気づくと単調な太鼓の音はまだつづいている。見ると外にはを脱ぐのを手伝った。 やがて少女は二人を手招いて神殿の正面の扉まで導いていった。 タ闇が迫り、薪の山にとうとう火が点けられた。するとそのあやし い火の動きがコンビューターに反射して、めくるめく光の紋様を描宵闇があたりをひっそり包み込むと、日の当たらなかった石の床は き出した。部族の王はそれにいたく感動したらしく、輪を描いて踊急速に冷え込んで、踏みしめるたびに背筋がそくそくしてきた。重 い木の扉が開き、少女が一声高く叫ぶと、太鼓の音がやんだ。同時 る男と女に手を打って知らせるのだった。 に緩慢な踊りの輪も凍りついたように止まって彼らを見た。大へん 「″諸神の贈り物″の神話をご存じですか ? 」 な数の人間がひしめいていた。おそろく部落中の者が集まったのだ 折衝者の口調はもとより返事を期待していない 「あれはまさしくパンドラの箱ですよ : ・ : ・物質文明という贈り物はろう。 王座の男が何か言った。それに応えて二、三度首肯いた後、少女 すべて、諸々の罪悪と希望が抱き合わせで詰まっているものですか は猫に向って言った。 ら」 猫はまるで子供のように手の甲で涙をぬぐいながら折衝者の声を「これからかみのみことばではなしますなぜならわたくしはかみと 聞いていた。よどみなく、癖のない、完全に均一化した流暢な標準ちきゅうじんのなかだちのやくめをおおせつかっているからです」 語。自己を確立し、すべてを体験し、確信に満ちた大人の言葉。彼猫は跳び上がらんほどびつくりした。まんまるになった目が少女 の不思議そうな顔に釘づけになっている。おそろしく風変わりな発 はいったいこの世に生を受けて何年になるのだろう。 コーダイ系調停者の古語の一つだったの トレポロ人は薄闇の中で死んだように眠っている。彼は先日の事音ではあるが、確かに、 故以来、明らかに元気がなかった。折衝者は彼のごっい体を自分のだ。 猫は思わず詰問した。 服でくるんだ。小さな目が一つだけ開いてそれを見守っていた・ 「君は英語が話せるのか ! 」 少女が美しい服に着替えて明かりを持ってきた。まるで天使だっ 「おやめなさい、丸暗記した伝統的な巫女の言葉を自動的に発音し た。素足から白いすねにかけては可憐さと強靱さを兼ね備えてい る。足取りは敏捷で野生的だが、きっと足の裏は赤ん坊のようにすているだけですよ」 ペすべしているに違いない。結んでいた髪を無造作にほどくと、腰折衝者が猫の二の腕をつかんで鋭くさとした。少女は一瞬きよと んとして二人を見ていたが、すぐにつづけた。 まで鳶色の直毛が流れた。 「いるからですかみよこよいゅうしゃちえしやそしてしんとのにく 猫と折衝者は祭儀用の手の込んだ正装に身を包んだ。猫は着替え る時、かってない羞恥心に苛まれた。まず毛皮のないすべす・ヘしたをめしあがりこのわたくしとよるをともにおすごしください」 肌を人前にーー特に少女の目の前にさらすのが耐えがたい責め苦の折衝者はくすんと笑い、猫はつま先からてつべんまで電気が走っ たように緊張してしまった。しかし彼は勇気をふるい起こして叫ん ように感じられた。しかし少女は全く無頓着に「汚ならしい皮の服

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と据えられているのだ。 慣れぬ果実が一杯つまった竹籠。 ・ : それがたと卵 少女は猫を押しのけると手慣れた様子でひょいと籠をおろし、き「誰もがリーダーになれますからね、彼のように。 ちんとたたんだ衣服を重ねて置いた。そして血の惨んだまま赤く腫え誰かさんから見たら猿山のポスにすないとしても」 れあがった猫の手を両手で優しく包み込むと儀礼的に三度やわらか折衝者は手の中で小石をもて遊びながら、瞑想にふけるような表 く接吻し、意匠をこらした木の小箱から薬用らしい葉をひらりと取情で・ほんやりつぶやいた。猫は折衝者の話にさほど興味がもてず、 り出した。健康で活発な少女がもっと、大ぎな葉はまるで大風にで王座の男を見ていた。肌は黒く焼け、年寄りらしくたるんだ皮膚に もあおられたように揺れるのだった。少女はまた別の小箱から黄色は勝者の栄光の傷跡と、時と経験の刻みつけた無数のしわが縦横に の膏薬を一さじすくい、葉の裏側にまんべんなくぬりつけた。そし走っている。だが確かに顔立ちはあの少女にそっくりだ。 て猫の手首にくるくると器用に巻きつけ、美しい原色の組み紐でし「この銀河もまた同じことです。コーダイ系ではディオス家がポ つかりとめた。冷たくて気持ちがよい。その効能は別として、猫はほス、鳥人系では同じくドクサが。もっと大きな目で見ればこの銀河 のかな文明の香と間近にある少女の秀でた額やまろやかな頬の白さ系の支配者は調停者、あるいはアディアプトロン : : : どちらにして に感動を覚えた。まるで天啓のようにふって湧いてくる新しい審美も : : : 」 の基準に彼は今開眠しつつあった。同族の、びっしり毛の生えたう 折衝者は沈んだ表情で、だが朗らかな声で続けた。 なじ以外に食指を動かしたことなどかってなかったのだ。しかし少「ゼナ人が生前こんな絵を描いていたのですよ」 女はそんな猫の思惑にはおかまいなく、傷ついたトレポロ人の方へ手にした小石を石の壁にこすりつけると、耳ざわりな音と共に白 音もなく歩いていった。猫は少女の後ろ姿を喰い入るように見つい粉が妙な曲線を描き出した。 め、胸に痛みを覚えるほど嫉妬した。 折衝者が呼んだので猫は仕方なく立ち上がった。唯一異形の影を 投げかけている長い尾を打ち振りながら、折衝者の隣りに立つ。そ して同じように神殿の小窓から外をのぞいた。 「ねえ、猫さん。大宇宙がかくも小さく分割されているのはすばら しいことだと思いませんか ? 」 単調だが酩酊感を伴う太鼓のリズムの輪の中で、男たちが真剣な 表情で珍奇な踊りを舞っていた。正面に、一段と豪華な衣装を着け猫は興味をひかれて思わず折衝者を促した。 「私も同じことをあの優秀な形態論理学者にたずねたのです。する て成風堂堂と鎮座ましますのはこの部族の王らしい。そして彼の前 には火の気のない薪の山と、″諸神の贈り物″号の制御装置がでんとゼナ人はこう言いました。『おそらくほとんどの種族は上の図の

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10. SFマガジン 1980年7月号

・前回までのあらすじ・ 泰然とかまえていた典型的なイギリス田園紳士の面影は、ど こにもなかった。 ロクストン卿、チャレンジャー教授、サマリー教授、・マローン記 者の四人は、ロクストン卿か南米旅行のおり手に入れた品を手がか も 0 とも、ぼく自身の風も同じようなものだ 0 たろう。奥地に りに、伝説の黄金都市マノア″探検の旅に出た。しかし、その手 近づいてからというもの、身だしなみに気を使うような余裕はとて がかりの品の所有権を主張する女エスメラルダの執拗な妨害、ロク もなかったからだ。しかし人間はどんなことにでも慣れるものだ。 ストン卿へ恨みを持っ匪族の脅威に悩まされる。やがてそれらの危 今では・ほくは、自然の状態のままに自分を置いておくことが、もっ 機を乗り越え、改心したエスメラルダを加えた一行は旅をつづける。 とも快適だと感じられるようになっていた。 だが、ゴール目前にしてインディオの一隊の襲撃にあい、チャレン ーーその時、 戸クストン卿に水筒を渡そうと腕をのばしかけた。 ジャ 1 教授、サマリー教授、エスメラルダの三人がさらわれてしま う。それを追うロクストン興マローン記者の二人は、やがて″大 廃墟の北の方角から、叫び声がひびいて来た。両教授のうち、どち 地のへそ″と呼ばれる大陥没地に達した。そこは、奇しくも一行の らかが上げたと思われる男の叫び声だった。続いて、ウインチェス 目指す″マノア″であるらしかったが、三人はそこで、双頭のティ ター銃の軽くはじけるような銃声が、一発、二発、ひびき渡った。 ラノサウルスへの生贄にされようとしていたのだ。ほうほうの体で ・ほくは水筒を取り落とし、ばね仕掛けのように立ち上がった。 窮地を脱した彼らは、ついに″マ / ア 4 の黄金を発見する。そし 「彼らが襲われた ! 行こう ! 」 て、帰途へつくべくカヌーの製作にとりかかり、二人の教授とエス メラルダは、標本の採集に出かけたが : ロクストン卿は叫びざま、手斧を取り直して走り出した。ぼく は、ロクストン卿が腰から外して近くの枝にかけてあったウエプリ 1 拳銃をホルスタ 1 から抜き出すと、その後を追った。 : もちろは・ほくは自信があった。ロンドンで、オ 1 ル・アイルランド・ラグ ん、ウインチェスタ 1 銃でも食い止められない相手に、拳銃の弾がビーチームの、クオーターノ ・、ツクをつとめていたからである。悲鳴 役に立っ筈はない。しかし、目や喉などの急所に当てれば、わずかの方向を辿って、あの祭祀場の円盤の外壁のふちに近づいた時、 ひる でも怯ませることは出来るだろう。 クストン卿をだいぶ引き離してしまったようだった。 にかこまれた遺跡群を縫って走り出し さらに銃声が二発、続いてエスメラルダの叫びが聞こえた・ 密林のふちに点在する、 「早く ! 早く逃げて ! 」 た時、忘れようとしても忘れられない、あの腿にひびく咆哮を聞い た。ぼくの全身に恐怖と焦りが分泌するアドレナリンがどっと湧ばくはくずれ落ちた外壁の破片を跳びこえて突進した。外壁の切 おど ぎ立ち、心臓は喉元まで跳り上がった。 三人を襲ったのは、あれ目に近づいた時、おそるべき光景が目を搏った。そこは、二人の 教授とエスメラルダがオン・フリ族によって犠牲に捧げられようとし の双頭の怪物、テイラノサウルスにちがいない。 ふたたび怒り狂った咆哮と女の悲鳴が交錯して密林にひびき渡た時、巨龍が侵入して来ようとしていたあの通路だった。 ブッシュ り、ぼくらは狂気のように疾走した。ーー・幸い、走ることに関して密林の壁とその通路の間には、幅三十メートルほどの薮の茂っ う カ / トリー・ジスントルマン まら 2 9