とびらは閉じなかった。 そんな ! まさかー もう一度押した。スイッチが引込み、またもとの位置にもどる確 老ドラムは首をふった。 おり 実な手応えがあった。 だが、その考えは大脳の底に、澱のようにこびりついた。 もう一度押した。 老ドラムの胸は、生理的に耐えられないほど高鳴った。 とびらは動かなかった。 何とかして確かめることができないだろうか ? 老ドラムは透明な壁や、回廊の床を調べ回った。 とびらがしまらなければ、エレベーターが発進しないことは明ら どこカ冫 、こ、ハッチか点検用の窓か、非常用とびらでもないものか と思った。・こが、・ ナとこにもそれらしいものはなかった。 老ドラムは、ならんでいる幾つかのスイッチを、押したり、切っ それだけではなく、透明な壁と、天井や床の接着している部分にたりした。 とびらは全く動かなかった。 も、ほんのわずかなすぎ間もゆるみもなかった。透明な壁の厚さは 一メートル以上あるだろう。それを破ることなどとうてい不可能だ通話装置を収めた小さなロッカーを開いた。通話装置のスイッチ を入れた。だが、 / イズも流れ出さなかった。 老ドラムは通話装置のロッカーを閉し、エレベーターの外へ出た。 《城塞》は、完全に外界としゃ断されているのだった。それは老ド ラムも、昔から知り過ぎる程知っていることだったが、外界の風景周囲は、水底のようにしいんと静まり返っている。 を前にして、絶対にそこへ出てゆくことができないということを確《城塞》へもどることは不可能だった。 認するのは、絶望的な焦燥だった。 老ドラムは、眼下の平原へ向って、彫像のように立ちつくした。 老ドラムは、子供のように透明な壁にびったりと貼りつき、飽か《城塞》では、エレベーターが作動しなくなったことに気がついた ず外界を眺めた。 だろうか。それとも何事か、エレベーターを運転していられないよ 方法はただひとつ、 うな状態が生じたのだろうか ? ドリルでこの壁に穴をあけ、外へ出ることだ けだった。そして、繩ばしごでもいいし、ヘリコプターでもいし もし、このまま、エレ・ヘーターが動かないままになったとして、 この高い高い望楼から、はるかな地上へ降りてゆくことだった。 ここでどのくらい生きていることができるのだろうか ? 空気はど ツーリストがもういないとわかれば、それが可能なのだ。 のぐらいもつのだろうか ? エレベ 1 ターのたて穴を通って、《城 それを思うと、老ドラムの体は震えた。 塞》の中の空気がここまで上ってきているのだろうか ? もしそう 老ドラムはエレベーターへもどった。 であるならば、エレベーターの開口部と壁の間から空気は自由に流 これは重大な報告になりそうだった。 れこんできているはずだ。 老ドラムは、エレベーターのスイッチを押した。 老ドラムは、エレ・ヘ 1 ターの周囲にきびしい眼を走らせた。エレ 5 2
ペ 1 ターの、二重とびらを開いたままの入口の縁わくは、回廊側のなかった。 壁と、びったり密着していた。当然だった。宇宙船の舷門とびらそのハッチが、なぜ、今、開いたのだろうか ? や、ハッチの構造と同じだった。 老ドラムのほほを、つめたい汗が幾条も、糸を引いて流れた。 環状回路の内部に充填されている空気の量はどれほどになるだろ開いた ( ッチの縁は、そのまま、一メ 1 トル半もある壁の厚さを 示していた。 うか。無意識に暗算しはじめたが、馬鹿らしくなって止めた。 老ドラムは回廊の床に横たわった。余計なエネルギーは極力使わ彼は、そこから、そっと下を見おろした。壁にとりつけられたコ ないようにすることだった。 の字型の足かけ棒が、はるか下方まで、続いていた。 時間はうそのようにゆっくりと流れていった。 地表まで三百メートルはあるだろうか。 何の変化も起きなかった。 烈しい誘惑が老ドラムをとらえた。どうせここにとどまっていた 老ドラムは立ち上り、エレベーターのスイッチに指を触れた。 としても、エレベ 1 ターが動かない以上、《城塞》の内部へもどる 全く作動しなかった。 ことはできないのだ。 老ドラムは回廊へ出た。 このハッチは、《城塞》と外界とを結ぶたったひとつのかけ橋だ 透明な壁に沿って、回廊を一巡した。 何の変化も生じていなかった。 外界には人間が呼吸できる空気があるようだった。 とっ・せん、老ドラムは足を止めた。 老ドラムは熟線銃を腰のホルスターにもどした。 壁の、床に近い部分に、一メートル四方の四角な穴が、ぼっかり両足をハッチの外に出し、足かけ棒に体重をあずけた。びくとも と開いていた。 しなかった。 老ドラムは、背後へ跳んで、円柱を背に押しつけた。 体を外へ押し出し、両手で足かけ棒を握った。 右手は腰の熱線銃へ走っていた。 耳もとで風が鳴った。 開いた穴から、外の風景が、透明な壁ごしに見るよりも、やや鮮老ドラムは、あやうく手を離すところだった。風の音などを聞く 明にのぞいていた。 のははじめてだった。 老ドラムは、一段一段踏みしめて、下へ、下へと体を移していった。 老ドラムは、そこから何かが入って来るのかと思った。 だが、いつまでたっても、それ以上の変化は生れなかった。 彼は熱線銃を構え、歩み寄った。 それは穴ではなく、完全なハッチだった。 先程、調べた時も、そんな所にハッチがあったことには気がっか長い、つらい作業だった。下りるのはよいが、ここを上ることは 8 6 2
ストの形などただの一回も見たことがなかった。 ふりかえるたびに、巨大な望楼はそこにあった。少しも遠くなっ ッ 1 リストの姿をたしかめてやろう ! 老ドラムは多年抱いてい ていないような気がした。 た望みを、今果してやろうと思った。 一時間ほど歩くと、望楼は、ようやく遠くなりはじめた。 それは天色の天と地を分ける異形の軸の如く、そびえ立ってい いかなる攻撃が加えられるのか、どんな形の生命の終りが来るの か、老ドラムは一歩ごとに、今が終焉だと思った。それならそれで さらに一時間たっと、望楼は基部から少しずつ地平線のかげにかもよいと思ったが、全身の震えはとめようがなかった。 それはほんの少しずつ大きくなり、形がはっきりしてきた。それ くれ始めた。 でもまだその物体まで十キロメートルか、あるいはそれ以上あるだ 老ドラムの進んで行く方向には、何の変化もあらわれなかった。 ついに、望楼は、遠い地平線上の、かすかな一本の縦の棒となつろうと思われた。 た。 老ドラムは、熱線銃を手に、慎重な足取りで進んでいった。 しかし、望楼を下りるという苦役と、広漠たる平原をここまで歩 それも、徐々に灰色の地平線と雲の間に溶け込んでいった。 さらに一時間ほど歩いた時、老ドラムは、ななめ前方の地平線上きつづけてきたその疲労で、両足は錘のように地を引きずってい に黒い影がうずくまっているのを眼にした。 た。その為、彼の歩いたあとには、掻きむしられた地表が、微細な それは天と地の灰色の中に埋没し、ともすれば見失いそうだっ土ほこりとなって舞い上り、彼のたどった跡を、長く白く、きわ立 たせていた。それは、彼の敵の目に、大分以前から、彼が近づいて それは塔とも、城塞とも違う、なだらかな曲線を持った楕円形のゆくことを知らせているはずであった。 老ドラムはそれも承知だった。 シルエットだった。 「ツーリストか ! 」 ツーリストの姿をひと目でも見ることができればそれで満足だっ リツィ 老ドラムは無意識に熱線銃の銃把に手をのばした。 た。それだけでも、あの望楼から外へ出てきた意味があろうという 影は動かなかった。 ものだった。 老ドラムは、それが遠い地平線の上の影にもかかわらず、息をひ地平線上にあった黒い影は、ようやくずっと手前に移ってきた。 老ドラムは歩き続けた。 そめ、体を固くして見つめた。 何の攻撃もおこなわれなかった。 長い間見つめた。 熱線銃の銃把は汗でぬるぬるになっていた。 動くものの気配もなかった。 それは三百メートルほどの前方に近づいてきた。 老ドラムは思いきってその影へ向って歩を進めて行った。 それは魚とも、宇宙船とも、飛行機ともっかない形をしていた。 それがツーリストかどうかはわからない。老ドラム自身、ツ 1 リ ゲリップ 9 2
「いや。十時間ほど前だったが。すぐ下りてきたがね。こんどは第回廊は、エレベーターを収めた大円柱を環状に取り巻いていた。 三〇行程区主任か。何かあったのか ? 」 広大な透明な壁が、内部の薄明と外部の薄明を確実に隔ててい 2 「第一委員は何か言っていたか ? 」 「操機部長ごときに何を言うわけもないだろう。なんだか不気嫌そ眼下に、荒涼たる平原がひろがっていた。 うだったぜ。もっとも、おれは第一委員なんかには、めったにお目 さえぎるもののない荒野の、波のように起伏するゆるやかな傾斜 にかかったことはないが」 が、灰色のひろがりにほんのわずかな淡褐色の翳を掃いていた。そ 「カラ。第一委員やわしが上へ行ったということは、ロにしない方こには一本の木も、ひと握りの草もはえていなかった。 老ドラムは、ゆっくりと足を運んだ。 「わかってるさ」 回廊のカー・フにつれ、広漠たる平原は、三百六十度の視界をひろ エレベーターのとびらが閉じた。 げた。環状の回廊を一周し、老ドラムは、元の場所へもどった。 ツーリストたちはどこにいるのだろう ? 老ドラムは垂直方向の強烈なに耐えた。 長い時間が過ぎた。上方へ向っているというのは感覚だけで、実この平原のどこかへ、彼らは棲家を作り、コロニーを造り、生活 を続けているのだろうか ? 地下にひそんでいるのだろうか ? そ 際には停止しているのではないか、と思われた。 やがて、かすかに力の方向が変り、数秒後、はっきりと減速しれとも、ここからはうかがい知ることもできない遠い土地を占領し ているのだろうか ? 停止した。 老ドラムは透明な壁に顔を寄せ、鼻を押しつぶしながら、目を凝 とびらが開いた。 らした。 無人の回廊が、目に飛びこんできた。 建物はもちろん、穴らしいものも、コロニーらしいものも、見つ そのむこうに、天色の風景がひろがっていた。 からなかった。淡褐色の翳のふきんをことに、しさいに注意して目 老ドラムは回廊に出た。 を配った。だが、そこにも何も発見することができなかった。 地表は、完全に死に絶えていた。いかなる存在の気配もなかっ 7 もしかしたら : ・ 天井も、壁も、エレベーターを収めた太い柱も、ほとんど色彩を老ドラムの胸に、思いもかけない考えが浮かんだ。 持っていない。 「ツーリストは、もういないのではないかな ? 」 夜明けとも黄昏ともっかない薄明が、ほのかにただよっていた。 老ドラムの声が、回廊の静寂に吸い込まれていった。 こ 0
ほとんど不可能であろうと思われた。その時になって、老ドラムは それは、天色の、高い高い円柱だった。 自分が、取り返しっかないことをしているのだ、ということに気下方は太く、上方へ行くに従って細くなっているが、頂端部は、 がついた。だが、中止する気はなかった。 頭上をおおう灰色の雲にとどき、時おり、まぼろしのようにかすん 老ドラムは、機械的に手足を動かし、確実に高度を下げていつだ。その部分に、かすかに窓が認められた。 た。望楼の垂直な壁は、はるかな高さで天色の空を支えていた。地その垂直な壁を下ってきたということが、とても信じられなかっ 表は、手をのばせばとどきそうだった。それはゆっくりとせり上った。 てきた。 灰色の平原のただ中に巨大な塔は、未知の信仰の証しか、見棄て 老ドラムは、手足を動かしつづけた。 られた何かの記念碑のように、まがまがしく、だが、ひっそりとそ 一一十メートル : ・十五メート : : : ル十メートル : びえていた。 老ドラムは息を呑んだ。 ついに両足が地面に着いた。 その塔は、《城塞》の象徴だった。この平原の地下深く《城塞》 老ドラムが立っている所から、遠い遠い地平線まで、灰色の平原がひそんでいる。《城塞》のひろがりは、この平原のひろさとほ・ほ がつづいていた。 同じであろう。この平原は、《城塞》をおおう地層の一部なのだっ どちらが北で、どちらが南なのか、見当もっかなかった。 一方から一方へ、かなりの風が吹いていた。 その平原から、全く唐突にそびえる望楼は、たしかに望楼として この死減した荒野で、まだ風が吹いているというのが不思議だっは無類の眺望を持ってはいるだろうが、逆に、これほど目立っ存在 ないだろう。 風は遠い地平線のかなたから吹き渡ってきて、垂直の壁にぶつか地下深くひそんだ《城塞》が、このような望楼をそびえさせてい り、そこで笛のようなかぼそい音を発して、さらに遠い地平線の果るということは奇妙な矛盾だった。 へと吹き過ぎていった。 これでは、ツーリストたちには絶好の目標になったであろう。だ 老ドラムは、壁の下を離れ、平原へ足を進めていった。 が、ツーリストたちは、ついに望楼の壁を破ることはできなかった 白く乾いた土は、彼の足元から、煙のように舞い立って、風の中のだ。 に飛散していった。土は固く、もう長い間、雨が降ったこともない ッ 1 リストたちはどこへ行ったのだろう ? ようだった。 ほんとうに、この惑星から撤退してしまったのだろうか ? 彼は五分ほど歩き、気がついてふりかえった。 老ドラムは歩きつづけた。時おり立ち止って四方の地平線に眼を 望楼の全容が眼に入った。 凝らしたが、何物の影もそこに認めることはできなかった。 一皿メ 1 ー、いル・ 8 2
長さは百メートルもあるだろうか。直径はその三分の一ぐらい た。はじめ、それは窓かと思ったがそうではなく、その開ュ部の奥 か。巨大な円筒形で、両端が鈍くとがっていた。左右に、付属物とに、さらに外鈑と同じ、鋼鈑で張られた胴体が見えた。この物体 3 思われる構造体が張り出し、それが地表に突き刺さっているようだは、二重の外壁を持っているようだった。 った。灰色とも褐色とも、紫色ともっかないあいまいな色をしてい 宇宙船にしては、推進装置らしいものが見当らなかった。尾端の 小さなプロペラは、この物体を空中飛行させるには無力であり過ぎ 風が吹き渡り、地表は幅広い砂の幕を張り上げ、その物体の方へる。 押し寄せていった。 老ドラムの体を、とっぜん、電撃に似たものがつらぬいた。 その物体のなめらかな表面を、砂は滝のように流れ落ち、突起物彼は目の前に横たわっているこの巨大な物体が何であるのか、気 の上に薄い層を作った。 づいた。 風が通り過ぎてゆくと、引き込まれるような静寂がやってきた。 それしか考えられなかった。 老ドラムの握った熱線銃の銃身に積った砂の粒が、音もなくすべ この物体は潜水艦だった。 り落ちた。 とっ・せん、老ドラムは、今、この広漠たる荒野にいるのは、自分 9 一人であることを感じた。 船体は砂の上に横倒しになっていた。背部に突き出した司令搭 彼は熱線銃をホルスターに押しこむと、砂の上を走った。 それは彼の頭上にのしかかってきた。 が、地表にとどいている。司令塔のハッチが開いていた。内部は暗 巨大な物体は完全に銹て風化していた。 乾いた砂の匂いがした。 外鈑は風蝕による微細な点刻におおわれ、薄皮のようにまくれ上老ドラムは ( ッチの縁に両手をかけ、中へもぐりこもうとした。 、剥離していた。それらの上に風塵が厚く積り、風の描いた縞模両手をかけていた部分がザクリと崩れ、ぼろぼろになって足元に散 様を浮かべていた。 乱した。鋼鉄の船体は完全に腐蝕して、かろうじて外形を保ってい るに過ぎなかった。 老ドラムはその物体の周囲を一巡した。 長大な円筒形の胴体の一方から、こぶのように盛り上った構造物老ドラムは ( ッチから入るのをあきらめ、砂にめりこんでいる船 が地表に、ななめにとどいていた。 腹の下にもぐりこんだ。 全体が涙の滴のような形をしていて、やや直径の細い方の一端直径数メートルに達する大きな穴が開いていた。 に、六枚の太短かい。フロペラがついていた。 そこへ上半身を入れた。 外鈑のかなり高い所に、水平に二列の細長い開口部がならんでい 破孔は内殻にまでおよんでいるらしい。外殻の内側には、厚く砂
うするんだ。アストリウムの貯蔵は無いはずだ」 「調査部長。修復作業の開始を急ぐよう最高委員会に具申してく 「なぜだ ? 」 れ。それから、アストリウム採掘と精錬に関しては、別に計画を立 ヘンミがたずねた。 てて、早急に着手するとしよう」 「忘れたのか。アストリウムは空気に触れると、たちまち酸化して老ドラムと調査部長ロトとのやりとりを、他の者たちはほとんど 酸化アストリウムになってしまう。だから、真空中以外に貯蔵する茫然とながめやるばかりだった。 ということは不可能なのだ」 事態の深刻さは十分に理解できたし、回復不能に近い今の状態の 「すると、われわれの祖先がアストリウムを手に入れた場所は、他中から、何とかして這い上らなければならないこともよくわかって の天体だったのか ? 」 アステロイド 「小惑星に多量に含まれていたという。この方向性超電導体が発見 だが、《城塞》が被った打撃は、それ以上に皆の胸を打ち砕いて されなかったら、カードを造ることは千万年かかっても不可能だっ たろう」 「調査部長。地表を偵察してみよう」 「アストリウムを取ってこなければならないのか ? 」 老ドラムの言葉に、ロトは眉を寄せた。 ふたたび凍りつくような沈黙がやってきた。 「偵察といっても、望楼から見るしかないが。偵察ミサイルも含 「宇宙へ探しに行くのか ? 」 め、地表に直接出る方法は全く無い」 「宇宙へ出てゆかなくとも、惑星の地殻の深部に含まれているとい 「見事に自ら隔絶したものだな。よかろう。望楼からでもいい うが」 度、地表の様子をこの目でたしかめたい」 「どちらにしろ《城塞》から出なければならないのだろう。そんな「老ドラム。偵察の結果は、ひとまず、このメン・ハーにだけ話すよ ことができるだろうか ? 」 うにしてくれ。どのような情況かはわからないが、一般の動揺を防 「しかし、やらなければなるまい。座して死を待つよりはな」 ぎたい」 「ツーリストはどうしている ? 新しい情報はないのか ? 」 会議は終った。 「彼らは決してコンタクトしようとしないし、姿を見せようともし スクリーンが消えると、老ドラムは立ち上った。 。写真にも写らないのだ」 操機部長のカラに、エレベータ 1 の用意をたのんで、老ドラムは 「今度、積極的に《城塞》に攻撃をかけてきたことは、何か理由が行程区を出た。 あるに違いない。侵入を企てているのだろうか ? 」 カラは首をひねった。 「厳しい警戒が必要だ。どこから、どうやって入ってくるのか、見「上に何かあったのかね ? 第一委員も上を見に行ったが」 当もっかないのだからな」 3 2
海は徐々に干いていったのだろうか ? 艦隊は港に入ることもなのであろう。風塵と化した空母や潜水艦のレーダーは、その昔、ツ 1 リストたちの気配を確実にとらえたであろう。 、陸地に繋がれることもなく、千上ってゆく海に放棄されたのだ そのツーリストは、今はどこに ? 海が千上るなどということが、百年や二百年の短かい時間で起き老ドラムは四周を見回した。 るわけがない。少なくとも千万年、ことによったら億年の時間を要天色の天と地の間を、風だけが吹き渡っていった。 どこまで行っても、無駄であろう。もし、ここが太古の海の跡な するはずだ。 空母や潜水艦の残骸が、千万年や億年の歳月を経ているとは思わら、あてもなく歩きつづけて行く果には死があるばかりだった。 老ドラムは背後をふり返った。自分がたどってきた跡が、切れ切 れない。 鋼鉄はいったん銹を生じ、腐蝕しはじめると、極めて速やかに変れに、地平線の向うへと続いていた。 質し、朽ちてしまう。石や鉛などとは比較にならない。風雨にさら煙のようにたなびく砂が、しだいに彼の足跡を埋めかくしていっ されているとしてせいぜい三百年で、鉄に期待される用途を果さなた。 くなる。五百年で土と化し、千年後には、土中に拡散した鉄分の探もどるなら今のうちだった。この目標のない砂の平原では、元来 知も難かしくなる。 た方向へもどることはほとんど不可能に近い それとも、未知の何かの作用で、ごく短かい時間のうちに大洋は老ドラムは、思わず一歩、二歩、あともどった。 千上り、目の前の広漠たる砂の海に変貌してしまったのだろうか ? そのとき、とっ・せん、大地が大波のように揺れた。 ツーリストたちのしわざだろうか ? 乾いた軽い砂が、重さを持たぬもののように左右へ揺れ走った。 ランド・フリート 化石となった大艦隊は、ツーリストたちと戦って敗れたのだろ打ち倒れた老ドラムの目に、前方の砂が、左右に大きく分れ走る のが写った。大地がゆっくりと膨れ上り、滝のように砂が流れ落ち 老ドラムはとめどなく回転する思考に身をまかせた。 もしそうだとするならば、やはりツーリストはここへ来ていたの その砂の間から、巨大な、異形の物体が姿をあらわした。 ( 以下次号 ) ′はどこに ? 平原に存在しているのは、船の残骸と、大きな魚の化石と貝殻た けだった。 それらの船も、魚も、貝も、かってツーリストをその目におさめ たに違いない。その異形を眼底にとどめたまま、魚は化石になった 3 3
彼はふたたび歩きはじめた。 ていた。空母を護衛していた別の船であろうか。 数キメートルも歩いた時、ふたたび、前方に遠く小山のような砂が飛び、下から新しい砂の層があらわれた。その砂の中から、 黒い影が横たわっているのを目にした。 奇妙なものがのそいていた。 長大な、平たい箱のようなその影は、あたかも古代の城のように それは、かなり大きな物で、先端部が針のようにとがっていた。 彼のゆくてをさえぎっていた。 それに続いて、大きな籠のような部分があった。全体が磨かれたよ 足の運びを止めないという忍耐だけが、それに近づく唯一の方法うに白く、造り物のように精巧だった。 ・こっこ 0 最初、それが何であるのか、見当がっかなかったが、やがて少し 二時間ほど休みなく歩きつづけ、老ドラムは、ついにその外形がずつ、その物の正体がわかってきた。 あきらかになる距離まで近づいた。 それは大きな魚の骨だった。 長さは三百メートルもあろうか。船体の上部は、奇妙なほど平滑これまで、長い間、砂の中に化石となって保存されていたのだろ であり、それは船首の上に幅広くおおいかぶさっていた。平らな船う。 プリッジ 体の中央部に、片舷へ寄せて、巨大な船橋が積み上げられていた。 老ドラムは、魚という動物は昔、見たことがあった。 船底の部分は、深く砂の中に埋没されているようだったが、それ《城塞》がまだ人間以外の動物や植物を飼育したり栽培したりする でも、地上から平らな甲板まではおそろしい高さがあった。 ことを許していた頃だった。遠い昔だった。 老ドラムは歩き出した。 長大な体は、ほぼ水平に砂の上に鎮座していた。 老ドラムは、このような船について、多少の知識はあった。 表層の剥ぎ取られた砂の上に、無数の貝殻が散乱していた。 あきらかに古代の船だった。 心の底に、深くわだかまっていた疑惑が、その答をはっきりと示 これは航空母艦だった。 していた。 ほとんど腐蝕しつくし、かろうじて形骸だけをとどめている巨大自らそうではないかと思いながら、その考えの突飛さに否定しつ な航空母艦は、とうてい内部を調べるなどということは不可能だっ づけてきた解答が、今、いや応無しにあきらかになった。 この平原は、太古の海底だったのだ。 ′ランド・プ 平原を吹き渡ってきた風は、空母の高い舷側にぶつかり、外鈑を 空母や潜水艦は、その頃、この海を遊弋し、支配していた有力な 剥落させ、舷窓に積った砂を吹き払い、新しい砂を盛り上げた。 艦隊だったのであろう。 舷側の下の砂に、飛行機の残骸が半ば埋没していた。甲板から落それが、なぜか海が干上り、多くの魚や貝類とともに、この砂の 下したものであろう。 平原に残骸をさらすことになったのだ。 数百メートル離れた所に、空母よりはるかに小さい影が横たわっ いったい、それはいっ頃のことなのだろうか ? 2 3
陰惨な沈黙がやってきた。 その沈黙を押し破って、最初に口を開いたのは、老ドラムだっ 6 た。 スクリーンの中で、調査部長のロトの顔が苦痛をこらえるように 「調査部長。とにかく、その一九二名が手分けをして、汚染カード ゆがんだ。 の再製造と、再生装置の修復にかかるしかない」 「行程区主任。調査部のその後の調査によると、ガンマ線による汚ロトはうなずいた。しかし、その眼は絶望的な光を宿していた。 染はカ 1 ドだけではなく、再生装置の一部も被爆していることがわ「行程区主任」 「老ドラムと呼んでくれ」 かった」 「老ドラム。汚染されたカードを、ふたたび造り直そうと言うが、 皆の視線がロトの顔に集中した。 現在、そんなことができるのだろうか ? 私は専門家でないからわ 「再生装置も駄目になってしまったのか」 からないが、残された一九二名の中にいるのか ? そんなことがで 「再生装置の五三行程区の、炭素化合物平衡装置に、あきらかにガ きる技術者が ? 」 ンマ線照射によるものと考えられる多量の放射能が検出された」 ロトの質問は、皆の胸を深々と突き刺した。 五三行程区は人体の基本構造を決定し、高分子化合物を結合さ 老ドラムは椅子に深く体をずらし、腹の上に組んだ手を置いた。 せ、組織を造る極めて重要なセクションだった。 その目の色は、ロトよりも暗かった。 「すると、被爆していないカ 1 ドも再生不可能というわけか」 「そうだ」 「調査部長。その質問は実に残酷だ。おれも今そのことを考えたと ころだった。正直に言おう。この《城塞》の中で、カードに関して それは、使用できるカードだけでも使って、人手をそろえるとい 技術的知識を持っている者は、行程区主任の中で、それが必要な者 う可能性も失せたことを意味していた。 四名だけだ。再生装置に関しては、大規模ではあるが部品交換の範 「調査部長。現在運営要員は何人いるんだ ? 」 囲でとどまるだろうから、これは行程区主任を始め、技術員、操作 ロトの顔はいよいよ苦渋に満ちた。 。問題は今上げた四名だ。その四名 員の全員が担当できるだろう 「一九二名だ」 に、早速、カ 1 ドの化学的、物理的な調査を始めさせなければなら 「それが全員か」 ないが、時間的にどれだけかかるものなのかは、わしらにもわから 「そうだ」 ない」 「カ 1 ドも駄目、再生装置も駄目となると、この《城塞》を守る者 「最高委員会はその作業に最優先の特権を与えるだろう」 は、わずかに一九二名というわけか ? 」 「調査部長。もうひとつ、極めて重要な問題がある」 「そうだ」 2