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検索対象: SFマガジン 1981年1月号
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1. SFマガジン 1981年1月号

ネーレーイスにあり、ネーレーイス・シティあたりのウ = スト・イ「吉行淳之介 : ・ : ・ああ、 " 砂の上の植物群。を書いた人ですね」 ンターチェンジを抜けると、ポセイドン・シティに出る。ポセイド 「ええ、そラ」 ンは南西部の街。そこから更に南へ行くと、アムビトリーテ・シテ あたし、少し嬉しくなって、あいづちをうつ。″砂の上の植物 アムビトリーテは高級別荘地になっている。あたし達の家はア群。は、あたしが最初に読んだ彼の作品で、従って印象が最も深い ムビトリーテにあるんだけれど : : : 誤解しないでね。別にあたしのだ。 達、高級別荘街に住んでるんじゃなくて、アムビトリーテの南端「お詳しいんですか ? 」 に、学生街があるのだ。大学がその辺にあるので。 ″砂の上の植物群″ていう絵があるでしよう、クレー 「おっと、こっちだ」 の。俺、クレー、好きなんです」 インターチ = ンジで道の選択をする時だけ、洋介は手動運転に切洋介は、普段は無ロなくせに、話しだすと能弁だった。 りかえる。流れてゆく景色。三百キロの視界。もう、色彩しか目に 「部屋に掛けてあるんですよね、クレーの複製画。″金色の魚″っ はいらない。 て奴なんだけど」 ゆったりしたシートに身をまかせながら、あたしの胸は、少し痛「ふうん : 。あたし、クレーっていったら : : : ″黄色い鳥のいる んだ。この先。サウス・インターチ = ンジで ( イウ = イ降りたら、風景み位しか知らないわ。あと : : : えーとね、画面が白から濃青へ あとは手動で運転しなければいけない。ごみごみした学生街の南の移行する矩形のグラデーションで、〈ルメットかぶった漁師みたい 外れにある、レモン色のアパート。 あの位置を、洋介はまだ覚えてな人と三匹の魚のいる奴」 いてくれるだろうか。この前彼があたしの部屋に来たのは、もう半「ああ、″喜劇的・幻想的なオペラ『船乗り』から、闘いのシー 年以上前だ ンみって奴だ」 「それ全部題ですか」 「これ全部題です。長いでしよう」 あたし、水沢由布子という。二十歳、ジャスト。大学行って、日 あたし達、顔を見合わせて笑った。 本文学やってる。一応二十世紀あたりの文学が専門。 「その″金色の魚って奴なんだけど、中学校の時、美術の教科書 洋介と知りあったのは、四年前だ。しばしば父の処へ来ていた彼か何かで見たんですよね」 と、ほ・ほ同年代のあたしが親しくなったのは自然の成り行きという 一度笑いあって以外、洋介の口調は、何となく親しくなってきて ものだろう。 最初、あたしは、今、吉行淳之介を愛読している、なんて話をし「絵画史、とかいう感じで、ち 0 ちゃな六、七センチ位まで縮めた たと覚えている。 絵がいつばい並んでるべージなんだけど : : : あの絵だけ、印象に残 232

2. SFマガジン 1981年1月号

「管轄が違うって。まい子とか捨て子、てわけでもないし : : : そん た。そっとするーー妖気のただよう、美しさ。 ネプチューン。神話の海神。ありとあらゆる魚類、海の精達にとな齢でもないしな」 あたし達三人、顔を見合わせる。学生のあたし達には、とても見 り囲まれて、半馬半蛇の怪物のひく戦車にのり、海を統べる。りつ 知らぬ女の子を養ってゆける余裕なんてないのだ。 ばなあごひげをたくわえ、手には三又戟を持ち、嵐を呼ぶ 「とりあえず俺がたてかえとくけど : : : 畜生。身内の人に出しても 人魚姫。声とひきかえに魔女から足をもらい、陸にあがった。い らう予定だったのに」 つか見た王子様に会う為。 「で、あわよくば謝礼もらおうって思ってたんだろ , この二つの、まるで関係のないイメージが、彼女というフィルタ けど、こんな処でごちやごちや言っててもはじまら 「ま、な : ・ ーを通すと一つになる。外観はさながら人魚姫。自分に足があるこ とに驚き、手で空気をかく。そして、ネ。フチ = ーン。正行に喰いつないだろ。とりあえず帰ろうぜ。もうタ飯時だし . 「ああ。 : あのさ、悪いんだけど山岸、俺と由布子送ってってく いた歯の白さ、血に染まった歯の赤。 ネ。フチーンも人魚姫も、結局は同じものなのだ、ある点で。あんないか ? 俺、とても車運転できない」 る点ーー昔の海の、青かった海の、洋介の愛した海の象徴 : : : は。 まあいいや。とにかく、名前がないのは何とも不便なのでーー、・あ 三百キロは出してんだろうな。病院脇の道から ( イウ = イに入 の娘が自分で名乗れる状態じゃないってこと、一目瞭然でしょ 五股に別れたウ = スト・インターチ = ンジで、上から二番目の あたし達は彼女のことをネプチ = ーンと呼ぶことにした。ネ。フチ、 ーンの西海岸で拾 0 た女の子。本当はネ。フチーンって、男名前な道路に乗る。 ( イウ = イなら自動操縦で行けるから楽なもの。洋介 は、 ( ンドル放ったらかして、正行と例の工業ドームの話をしてい んだけどね。 「警察に届けておくことはおいたよ」 ネプチューンーーーあ、面倒だな、この場合のネ。フチ、ーンはマリ 洋介が、廊下を歩いて来しなに言った。病室中禁煙の仇をうつつ ン・シティのこと・ーーは東西に百二十キロ、南北に九十キロのほ て感じで、先刻から煙草吸いっ放し。 シティがあ 「彼女の立体写真送ったんだけど、今んとこ、あの娘の捜索願いは・ほ長方形の島。東部にこの島の首都、ネ。フチ、ーン・ る。で、ちょっと北にさがると、副都心ノース・ネ。フチーン。西 出てないそうだ」 部は工業地帯で、ネーレーイス・シティという。ここに第一、第 「そう : : : で、どうすんだ」 「それなんだが , ーー河村、腕の方はいいのかーーーその : ・ : ・ここの費四、第五工業地帯があり、そこから二十キロ位北にノース・ネーレ 3 1 イス。この周辺に第二、第三、第六工業地帯。今日あたし達が行 2 用、どうしたもんだろう」 った第七工業ドームはそのちょうどまん中にある。病院はノース・ 「警察は ? 」

3. SFマガジン 1981年1月号

体を動かす。いつもやっているように : 手段に出た。彼女をつかまえている生物に思いきりくいついたの あ ! 変 ! 彼女、身もだえする。おかしいのだ、体が。 「うわあ ! 」 「おい、この娘 : : : 何してるんだ : : : 手で空気をかいてる」 「きや ! 」 四つになった生物達は、呆然と彼女を見ていた。その間、彼女は関係ない小さな生物までが叫ぶ。 必死になって、空気をかき続けた。何で。何で上へ行けないのたろ「嘘 ! 嘘 ! この娘、正行の腕を食べてる ! 」 う。何で動かないのだろう。これでは逃げられない・ 思ったとおり、この生物は、とっても美味しい。彼女、につこり 「ここは水中じゃないんだから、そんなことしてもうきあがれる筈と笑う。赤い体液が潤沢でーーーそれは、ちょっとしよっぱくて、何 ともなっかしい味だった。 「 : : : 人魚姫だ。本物の」 ・ : 駄目だ。彼女、うくことを断念する。何か他の移動手段を : ・ Ⅲ由布子 : あ ! 何てことー どうなっているの ! 私の体 ! 胴体の上部から、二つの棒状の 「 : ・・ : ネプチューンは」 ものが出ていた。下部は二股に別れ : : : あの生物達と同し構造。そ「麻酔で寝てるわ。あなたの方は」 んな : ・ いつの間に。 正行の左腕。白い包帯が痛々しい うろたえながらも、彼女は思い出す。前にも似たような思いを味「だいぶ肉を喰いちぎられちまったからなあ : : : 外科の先生、あせ わったことがあった。もう何回も何十回も : : : 数えることができなってたよ。今時さめでも出ましたかって」 い程沢山、彼女の体は変化したような気がする。 それから、あたしの心配を察してか、にこやかに笑って。 「見ろ : : : 彼女、自分に足があることに驚いてる」 「大丈夫だよ。神経無事だし : : : 当分通院しなきゃならんけど。 「そんな莫迦な : ・ : ・人魚姫だなんて」 で、明後日、二度めの治療だ。下手すると、尻あたりの肉を移植し こういう体型の生物の場合の移動手段はーーどうしたらいいんだ なきゃいけないかも知れないって。するってえと、入院かな」 ろう。彼女、一生懸命考えこむ。 はふ。神経無事か。一安心。それからあたしは、軽く身ぶるいし と。一番美味しそうな生物が、彼女の体の一部ーーー胴の上部から 出ている棒状のものーーーをつかんだ。 絶対忘れない。忘れられない。あの娘ーーー正行の腕に喰いついた 「暴れるんしゃないよ。べッドから落ちるじゃないか」 あの娘。何を思ったのか、につこり笑った。唇の紅、そして、正行 怖い ! 心の底からふるえあがった彼女、思わず最後の自己防衛の血のーー赤。白い肌と白い歯に、その赤は、嫌という程よくあっ : と。あれー・あれつ・ こ 0 230

4. SFマガジン 1981年1月号

が、頭のてつべんについている黒いものがだいぶ短い。そして 再び真似してみる。 「あたまおうたんじゃないら」 これは、まるつきり、まずそう。 まず、筋ばっている。やせている。骨と皮と筋ばかりみたい。肉段々、この遊びが面白くなってくる。 もかたそう。もし、これを食べることになるとしたらーーー彼女、ち「あのやぶいしめ」 「じやどのきおくしよがいが」 よっと考える。一番最後にしよう。 最初に音を出した生物。これは、理想的だった。適度な脂肪、適「げんごしよがいだ」 : 。ただ。ちょっと不気味「せいしんてきにさくらしてるかもしれ」 度な肉。汁気もたつぶりありそうだし : なのは、ロの上にも黒いひも状のものが生えていること。頭の上に ついているそれより、はるかに短くてかたそうだったが。 「怖がらなくていいよ。君は誰だい」 大さわぎだった。彼女は、何が何だか判らぬまま、動かずにい た。三体の生物達は、立方体を形成する平面の一部をおしーーーする 美味しそうな生物が、また音を出す。 とそこは動いて、その生物が通れるすき間があくのだ , ーー出てゆ 「駄目だ。すっかりおびえてる」 き、またはいり、出てゆき、またはいり、全体的に白っぽい同種の ごっごっしてまずそうな生物。 生物をつれてきた。 「あたし、由布子っていうの。あなたは」 「容態がおかしいって、どうおかしいんです」 「ここはネ。フチューンだ。君はここの人 ? 」 白い生物は、ちょっと苛々した感じで音を出す。 「黙ってられると困るんだよね」 次に発せられる音。彼女はしばらくばけっとそれを聞いていた「何でだか判らないけれどー - ー彼女、頭を打ったんじゃないです が、段々、自分も真似してみたくなる。何でだか、音をだすことか。しゃべることがまともじゃないしーー大体、満足にしゃべれな いんです」 が、自分にもできそうな気がして。 「君はどうしてあんな処をただよっていたんだい」 と、一番小さな生物。 「脳のレントゲンには何の異常もなかったんですがね」 彼女、真似してみることにする。 「でも、絶対に、おかしいんだ」 「きみはどおしてあなところただよっていたい」 「どれ・ : ・ : 」 三体の反応は凄じいものだった。音が大きくなる。 「ちょっと、この娘 ! 」 白い生物が近づいてくる。彼女にさわろうとする。 嫌 ! 彼女は反射的に身をおこし、猛然と暴れた。この生物、 「どういうことだ」 「頭を打ったんじゃないかしら」 何 ! 生物が他の生物に接触するーー・食べられてしまう ! 229

5. SFマガジン 1981年1月号

さんご、いそぎんちゃく、かいめんの群。海ってのは、やたら色あ見知らぬ生物が三体。と、おとずれる混乱。何、ここ、何、これ。 でやかなのだ。白いいそぎんちゃくの触手。どぎついオレンジ。間 この三体の生物は何 ? 私を食べるもの ? 言葉にはならない怖え 2 をぬって泳ぐ魚は、銀色だったり青と黄のそめわけだったり。。ヒン が、彼女の全身を駆けめぐる。三体のうちの一体が、何やら音を発 クのミノウミウシなんかがひらひら舞って。ゆるやかなうねり。上しながら近づいてきた処で、彼女の混乱は頂点に達する。怖い へ上へと続く空気のあわ。見あげると、透きとおった、ゼリーのよ「どうやらその人魚姫のお目ざめらしいそ」 うな青。人魚だったらそういう処を泳いでいるべきなのだ。 異様に長い音。何だろう。威嚇の叫びにしては、長いしおだやか そして。彼女は泳ぐ。さんごがっきすぎて原型もとどめていない マストの上を。白い大理石ーーこの大理石には、絶対何もついてい 「怖がらなくてもいいわ。あたし達は、海をただよっていたあなた てはいけない。 目もあやな白ーーーで造られた神殿へかえる為 を拾ってきたのよ」 「人魚姫 : : : ね」 一番小さい生物が、また音を出す。彼女は少し落ち着いて、その 由布子が軽くため息をついた。 生物達を観察する。どうやら彼女を食べる気配はないようだ。 「あれ」 今、音を発した生物。一番小さい。異様な格好。上部に丸い物が 河村が声をあげる。 ついていて、これが頭のようだ。その頭の上には、長く黒いひも状 のものが沢山ついている。何だろう。触手、だろうか。そして、そ 「おい、由布子、山岸。どうやらその人魚姫のお目ざめらしいそ」 俺は慌てて彼女の方を向く。彼女はペッドの上でもの憂げに身をの下に目。妙な出つばり、ロ。口が動くと音が出る。それから胴 おこすと、軽くのびをした 体。胴体の上部からは二本の棒状のものがでていて、先が五つにわ かれている。やたら動く。どうやら物がっかめるらしい。便利なも のだ。あと。何より異様なのは、胴の下部。二股にわかれていて、 Ⅱ人魚姫 それが太い棒のようになり、それで体を支えているらしいのだ。不 彼女は軽くのびをした。それから、体をふるわす。まわりの感じ安定な構造。 ただ。全体のイメージとして、この生物は、あまり美味しそうで に、何となく違和感があるのだ。体が非常に重くなったよう。 はなかった。かたい殻につつまれているわけではないから、お腹が ゆっくりと、視界にものが写ってくる。まず、彼女のまわり全部 が、何か得体の知れないもので囲われているのを感じた。白い、たすけば食用にはなるだろうけれどーー、ちょっと肉にしまりがないだ いらなものが、下と上、そして四囲全部に。立方体の中に囲われてろう。やわらかくて、脂肪が多そうだ。でも、水分はゆたかみた いる。どうやって逃げたらいいのだろう。 。体液は、捨てたものでもないかも知れない。 目が、完全に周囲を把握する。この立方体の中には、彼女の他に隣の生物は一番大きかった。体の構造は大体前の生物と同じだ

6. SFマガジン 1981年1月号

よ : 「いや、この娘なんだけど。まともな事情で海にただよってたとは 「どこか具合悪いんじゃない」 思えないだろ」 一転して由布子は優しい口調になった。俺が連中の話を真面目に 河村が台詞の後半をうけ持った。 「たとえどこかのお嬢さんが気まぐれで海にはいって眠っちまった聞いていないのではなくて、真面目に聞ける状態しゃないってこと としても , ーーまあそれだって、とてもあり得ることとは思えないんに気づいたんだろう。 「ん、ちょっと : : : 何か考えてたんだけど、それが何だか判らない だがーーー水着位、つけてたってよさそうなもんじゃないか」 「まあ : : : そうだな」 んだ : : : 疲れてんのかな、ここん処、あんまり寝てないから」 あんまり寝てないーーー眠るーー・夢。小さな頃、みた夢。まるで俺 「でね。一応、警察にでも届けといた方がいいんじゃないかと思う の顔じゃないみたいだ。論理的思考って奴、全減。えーと んだよ。医者もそうした方がいいって言ってたしな」 か、考えてたんだ、彼女に関すること。あ。 「ああ : : : ふん」 「人魚姫 ! 」 無意識に煙草をくわえ、慌ててポケットへ戻す。病室内禁煙。 「気のない返事ね」 いやその」 警察。それが筋ってもんかな。けれど。そぐわないんだよ、全照れる。 彼女を見た瞬間から思っていた。それがひっか ああ、人魚姫だ。 / 然。この娘はーー何ていうのか、もっとずっと神秘的な : : : 犯罪だ かってたんだ。そう。もし彼女が、魔女に声とひきかえに足をもら の海でまいごになったお嬢さんだの、そんな俗事とは何の関係もな った人魚姫なら、警察なんてまるで見当違いの : 、次元の違う生き物のような気がする。 「人魚姫って、この娘のこと」 「つめを切ってやった方がいいな」 「ああ : : : その : : : 何となく、イメージがね」 まったく唐突に、想いうかんだ言葉を言ってしまう。 「へえ。山岸ってのは結構ロマンティストなんだね」 「まあな」 「いや、つめが長すぎる : : : 」 人魚姫ーー・・そんな筈ねえよな。人魚がいるいないはまったく別問 マニキュアだの何だの、女のことは判らないけど : : : 長すぎる。 題としても、本物の人魚姫なら、もっと出る処を選ぶだろう。間違 この状態じゃ、すぐはがしちまう。 」ったって茶色の海にうくもんか。 「お宅ね、あたし達の話、真面目に聞いてんの」 7 2 まだ青かった頃の海。透きとおって。底の方に、昔沈んだ船の残 2 「ああ、悪い。警察、だっけ」 駄目だ。頭の中、全然まとまらない。今、何か考えついたよう骸。魚達の格好のすみかになっている。一面にはりつくあでやかな

7. SFマガジン 1981年1月号

類のびねくれ者だそうだ。 河村が四度目の文句を言う。 6 とにかく、その正直な思想が気にいった俺は、ネ・フチ、ーノへ来「でも、お医者様にしてみれば仕方ないんしゃない ? まるつきり 2 2 てまず、由布子の父ーー水沢氏をたずね、そして由布子と知りあっ健康な女の子を入院させる訳にもいかないし」 俺達は女の子拾った後ですぐ西地区にとってかえしーー西地区は 由布子は、お世辞抜きで、十人並み以上の女だった。気もきいてネプチ、ーンの工業地帯にあたるーー彼女を病院にかつぎこんだの いたし、会話もうまかったし、明るく、よく笑い : : : 俺が彼女を可・こ。・、。 ナカとりあえず、目ざめるまでは彼女をここにおいておいてく 愛いと思わなか 0 た、と言えば嘘になる。どういう訳か彼女も俺にれるが、その後は病院の管轄ではないと言われた。何となれば彼 ほれてくれてーー・だが、すぐ、俺は耐えられなくなった。理由はた女、怪我もしてない病気でもない溺れたわけでもない、実にすこや った一つ。彼女は、どうしたって、女なのだ。 かに、眠っているだけなのだそうだ。それも、気を失ったり薬で眠 正直に言えば、俺が勝手なのだ。由布子と話すのは楽しいが、か らされたのではない、普通の人がべッドにはいるのと同じような具 合で。 といって彼女に東縛されるのは嫌だった。たまに会ってもいいが普 段は放っといてくれ。ところが、女って奴には絶対この感情が判ら「でも : : : 海って普通、眠る処しゃないよな」 よい。愛してる、と言いさえすれば、他人の時間に割りこんでもい 「あたり前よ。お魚さんならともかく」 いと思ってやがる。そして俺はーー・そんなこと、許せやしなかった病室内は禁煙だそうで、俺は先刻から少しうずうすしていた。そ のだ。 れなら素直にロビーにでも出て煙草吸えばよさそうなものなんだが どういうわけか、彼女の寝顔を眺めていたかったのだ。 まあ、そんなことはどうでもいいか。結局、俺はあいっとうまく いかなかったんだし、あいつは今、河村正行とうまくいってるんだ この娘が目を開いたら、どんなにかきれいたろう。大理石の彫像 し : : : 時々妙な気分になることをのそけば、おおむね、良好だと思が人間に戻る一瞬ーー・それを見のがしたくなかった。 う。妙な気分。時々、想い出す会話の断片。俺が一時間もずっと海「 : : : 洋介。洋介 ? 」 「え ? あ : : : 何だ」 の話をするのを、由布子は面白そうに聞いてくれた。そして、まっ すぐ俺の目を見て。「あなたって、海のこと話す時、本当に真剣な 由布子がとがめるような目つきで奄を見ていた。 目をするのね。ちょっとやけるけど : : : 素敵だわ」俺に″素敵″な「お宅、どうしたの ? 先刻から何度も呼んでるのに」 んて形容を使ったのは、後にも先にも、あいつだけだ。 「あ、悪い。ちょっと考え事してた」 「ふうん : : : 。彼女に見とれてたんじゃなくて」 「何だよ」 : は。妙なところ鋭いから困るんた。 「あの野郎。無責任な医者だな」 こ 0

8. SFマガジン 1981年1月号

茶色の中に、白いものが見えた。白いーー・肌。黒い髪が水中に広洋浄化委員会があること自体お笑い草なんだがーー・それでも、何も がり、さざ波にあわせてかすかにゆれる。あれは : : : 人間、だ。嘘しないよりましといえばましだろう。海をごみ箱にしておきなが ・いる訳ないー だろ、こんな処で泳ぐ物好きがいる訳ない・ あら、一生懸命浄化にはげむ。はん。俺はこれから、その喜劇の役者 ういてるんだー れ、泳いでないー になるって寸法。たまんねえな。 「おい、河村、ヨットあれに寄せろ。溺死体かも知れない」 マリン・シティーー海上都市ーーは、現在までできており、今 年中に貯ができるだろう。陸地という陸地にはびこり尽くした人類 河村が船を操り、俺、海へとびこむ。茶色の水と格闘しながら、 が、仕方なく海上に造った都市だ。陸地の汚染が完了したんで、今 やっとの思いでひつばりあげたそれは : : : 人魚姫 ? 度は海を汚しだす訳。でーーーこんなことを言っている俺は、マリン ・シティで生まれ、マリン・シティ 7 で育ち、マリン・シティ まるでそぐわなかった。こんな海には。俺は、彼女の体について いた茶色の水を優しくぬぐってやる。あらわれる白い肌。大理石のの大学へ通っている。 ようにきめの細かい : 今日、一緒に来た二人は、水沢由布子と河村正行という。大学の 彼女は、二十前後の、はだかの女の子だった。長い黒髪、長いっ友人。由布子の父が、マリン・シティ、ネ。フチューンの設計者。 め。傷一つ、しみ一つない、彫像のようなーーまるつきり、完成品彼は三年前の大地震で死んだのだが、俺、数々のマリン・シティの の女の子。青かった頃の海の中でこの娘が泳いでいれば、それは、設計者の中で、水沢氏だけは尊敬している。というのは。ネ。フチ = ーンは、唯一の、正直なマリン・シテイだからだ。 例えようもなく美しかったろう。海の造りあげた奇跡。そうだ。こ れが、人間の女の子である筈がない。まるで : : : まるで。 他の都市 , ーー例えば俺の生まれたマリン・シティに、マーメイド 「おい、山岸 ! 船もどせ ! 」 も、俺の育ったマリン・シティ 7 、セイレーンも、青い海が売り物 ・こ。小さな頃、俺は、海は青いものだと思って育った。青く透きと 呆然としていた俺、河村のどなり声で正気にもどった。 「この娘、まだ息がある ! 」 おったーー透明度五十メートルのマ 1 メイドの海。熱帯魚がおよぎ まわり、白い砂浜の続く海。それが、マーメイドの周囲に造られた 人工のプールだと知った時のショックのひどかったこと。海岸から 通称見ると、一キロ位先に白い壁が見えた。防波堤だと思っていたそれ 俺は、山岸洋介という。二十四。ここ、マリン・シティ、 ネプチューンの大学の海洋学科四年生。今年卒業。就職先はもう決が、人工海の壁であり、その先の海が茶色だなんて。自然の海は、 まっていて : : : それがおかしいんだぜ。何と、ネ。フチューンの海洋茶色だったなんて。 5 ネプネューンには、人工海はない。茶色の海が四囲をとりかこん 2 浄化委員会 ! 俺に言わせれば、海を汚す為に造ったようなマリン・シティに海でいる。それが気にいってここへ来た俺は、由布子に言わせると無

9. SFマガジン 1981年1月号

海〈煙草の天を落としていた河村、慌てて灰皿の上で煙草もみ消「ああ。位置も妙だし、す 0 ぼり壁におおわれた工場「てのも異様 した。おい、冗談じゃないぜえ。海は、灰皿でもなければ、ごみ箱だろ」 でもないのだ。ま、もう何世紀も、そう扱われてきた「て事実は否「ね、何の話 ? 」 定しないが。 由布子が、たまりかねたかのように口をはさむ。え 何世紀も、ごみ箱として扱われてきた海。 知らないのかよ。 工場。臨海工業地帯。コンビナー 全部、ぶ 0 壊してやりた「何だ由布子、おまえ河村から笹原先生の話、聞いてないのか」 海が青かったのを過去の神話にしてしまった連中。今の海はー 「全然」 ーどう見ても、茶色だ。そして、すべての生物の母だ「た海は、も「悪い。昨日、レポートや「てたから、話す暇なか「た」 う、どんな生物もうけいれてくれない。絶減した魚達、海草達。残「全然わけも知らずについてきたのか。それじゃっまんなか 0 たろ っているのは、極くわずかの微生物。 う」 「 : : : 山岸。あれ、だろ」 俺、呆れた。理由も判らず、茶色の海にヨット出すのにつきあう 河村が遠慮がちに声をかけた。俺、余程ひどい目つきをしていた なんてーー女ってのは謎の生物だな。恋人がヨット出すつつったら んだろうな。そうだそ、山岸洋介。自分で自分にいいきかせる。こ無条件について来ちまうのか。 いつらが海を茶色にしたんじゃない。あたっちゃいけない。・ : け「うん、つまんなかった。ョット出すっていうから期待してたの れど、茶色の海を見るたび心をよぎる苛だちだけは、おさえようが に、海は茶色だし、正行達変なドームばっか見てんだもん」 「これね、今、物理学科ではやってる推理ゲームなんだよ」 「ああ、あれだ。第七工業ドーム : 「茶色の海にヨット出すのが ? 」 俺は双眼鏡をとりだす。 「まさか。ターゲットはあれーー・第七工業ドーム。あれ、ちょっと 「確かに変な位置にあるなあ : : : 」 した謎なんだせ。つまりね : : : 」 河村が、ひとりごちる。 「きや ! 」 「駄目だ。中、全然見えん」 河村が説明しようと息をついだとたん。由布子の悲鳴がそれをさ 俺はこう言うと、河村に双眼鏡を渡した。 えぎる。 「あの青いの、壁か : : : 悪趣味だな」 「どうした」 茶色の海のまん中にある、目の醒めるようなセルリアン・・フルー 「あ、あれ : : : 」 の工業ドーム。 海の一点を指さして、ロを丸くあけている。その指先に視線を走 「おまえの言うとおりだな。あの ドーム、まともじゃない」 らせると : : 何だあ 、 ? ・こいっ 224

10. SFマガジン 1981年1月号

汚染した海に漂っていた少女の秘密 ! ーーー新鋭カ現事なアイデアを展開 ! ネフ。チューン 新井素子 イラストレーション・新井苑子 宿 : 崟を ; 瀑第一 ・羲鬟第 : : を ~ イ外 : ・ : を気 2 2 2