〈ニニ五三年十月十八日〉 海に浮かんでいるヨットには、三人の男女がいた。水沢由布子、 Op ぎ g 第七工業ドーム そしてすべての始まり 河村正行、山岸洋介。 三人の精神は今、かろうじて均衡を保っている。破れ去る直前 の、緊張に満ちた均衡。 秋の西陽が差しこむ部屋で。笹原俊は、一人物思いにふけってい た。カン・フリア紀の海。歴史のはるかかなた。あの頃から海は、毎そこへ。物語のはじめの為に、空から石が降ってくる。ほんの小 日毎日、繰り返していたのだろうか。寄せては返し、返しては寄せさな石。けれど、かろうじて均衡を保っている三人の精神に影響を およ。ほすには充分すぎる大きさ。 る波。 そして。物語は始まる。思いもよらない模様を描く為 窓の下には一面の海。まがまがしい茶色。今、その水面は実に穏 やかだった。 洋介 むこうからョットが走ってくる。たいして風がないので、のたの たと。ョットの通った跡には、前とは違う波。 そう。たとえ投げこまれた石がどんなに小さくても、小石が水面海は、茶色く、ぬめっとしていた。まるで油のように重たい水 に描く波紋は実に大きいのだ。そして。世の中という水面に、絶え面。指をつつこんだら茶色に染まるのではなかろうか。潮の香りが 間なく投げこまれる小石。波紋は幾重にもかさなって。思いもよらするのが不思議。 ない模様を描く。 「海は汚ない、汚ないって言われてるけど、本当に汚ないのねえ」 笹原は今、自分の描いた模様のことを想っていた。自分のーーー第由布子は妙なことに感心していた。こんなもんだろうな。俺は、 七工業ド 1 ムが抱えた秘密の、波紋。幾人の人が、これにより運命空しく思う。自分達で海を汚しておきながら海の汚なさに驚く。人 間なんて、勝手なもんさ。 を狂わされたことだろう。 が。歴史はそのすべてをのみこんで。百年も後の人が見れば、そ「山岸。まだかい」 くわえ煙草の河村が聞く。 の狂わされた運命は、そうなるべきだった過去の事実の一つとし て、歴史を形成していることだろう。一段下の模様の上に次の模様「もうそろそろ : : : あ、おい」 俺、慌てて灰皿をさし出す。 が重なって。歴史という織物ができる。 一段下の模様の上に、次の模様が重なって。歴史という名の織物「河村、天皿こっちだ。これ以上海を汚すな」 「え : : : あ、悪い」 となる。 2 2 3
「それ位はあたしでも判ります。でも、ネプチ、ーンは、人間では植物が、はじめて上陸した頃。あれはーー・完全に、その頃にして 2 ないものだったんでしよう ? 」 みれば、自然破壊ではあるまいか。大気の成分を変えたのだから。 2 「でも、遠い遠い人間の祖先だ」 酸素の量を増やし、海中の動物達が上陸できるようにしてしまった 笹原教授、もの判りの悪い生徒に対する時のような、根気強い態のだから。 度で、おだやかに歴史についての解説を始めた。が、門外漢の強み海は汚れ、人類にとっては不都合なことになったかも知れない。 で由布子、その台詞をさえぎる。 けれどそれはひょっとすると、この後でてくる生物の為の環壊整備 「でも : : : そのナポレオンなんかの例とこの場合は、ケースが違うであるのかも知れない。この後でてくる生物ー・ー汚れた環境中でこ んじゃありません ? タイム・トンネルは自然にできてしまったもそ生きられる、という生物の為の。 のだし、ネプチ、ーンはむこうから飛びこんできてしまったのでし時震が自然現象で、進化の系統樹の根元の下の生物であるネプチ - よう ? こうなることが自然の成り行きだったのかも知れないじゃ ューンが現代へ来てしまうことが自然現象ならば。系統樹のちょっ ありませんか」 と先の生き物である人間がそのネ。フチューンをどうしようと、それ 「けれど、それを誘発したのは、九回めのトライアルだったのでねも自然ではないか。 。人為ですよ」 仮にこのトンネルが五、六百年前とカン・フリア紀とを結んでい 「あのう : : : 」 て、海中にあらわれたネプチューンがサメに食べられたら、それは まだ不得要領な顔をしている由布子。漠然とした思い。何か、違サメによる歴史へのサメ為介入になるのだろうか。 うのだ。洋介の海の話を聞いた時にもたまに感じる : いっから人類は、自然とか歴史とかという単語と、肩を並べられ 人類は、いつのまに、そんなにたいした生物になってしまったのる程大きな生き物になってしまったというのだろう : : : 1 」 「水沢さん、あなたは楽天家なんでしようね」 だろう。自然に対して人為という単語を並べることができる程。」 思いつくままを口にする。 笹原は、苦笑いと共にこれだけ言うと、もう二度と彼女の台詞に 歴史に対する介入、と先生は言う。自然を破壊する、と洋介は言とりあおうとはしなかった。かわりに、そろそろ呆然自失という状 う。けれど、二人共、一つ大きなことを忘れていないだろうか。人態を抜けだしかけている男達二人に言う。 類も、所詮は歴史の一部だということを。人類も、所詮は自然の一 「とにかくそういう事情で、ぜひ協力 いや、協力とはいわな 部だということを。 。理解してくれないだろうか。ネ。フチ、ーンを、カン・フリア紀ヘ一 自然保護など、思いあがりもはなはだしい。環境がかわると人類戻す、ということを」 が困るから、自然を守ろうと言っているだけ。本当はーー人類も歴「ええ、でも : : : 」 史の一部なら、人類が海を汚し、山をけずることも、自然なのだ。 正行は、とまどったように返事をする。笹原教授の話は判る。彼
日取終回銀河旅一打と特殊相対ム刪 章Ⅱ相対論へ挑戦する " 石原藤夫 いずれにせよ、殺し合いによる大名や豪 それは、″自分がこれから身につけるべ というこ族たちの勢力分布の変遷を暗記することの この問題 ( 双児のパラドックス ) は、相き技術の歴史″が学びにくい ほうが、電磁波を発見したりエネルギーの とだった。 対性理論が矛盾をもっていないかどうかに ついての初期の論争において、重要な役割 戦前から戦後にかけての日本の理・工学法則を確立したりした変人奇人の精神をふ をはたしてきた。 系教育の長い歴史において、最大の欠落をりかえることよりも重要だーーという現在 (O ・メラー ) の歴史教育は、私の理解をこえたものであ ひとつだけ挙げるとすれば、それは″科学 る。 技術史″であったのだと思う。 日本全体の教育界において、″科学技術 理想をいうと、″科学技術史″というの は中学・高校時代にすでにかなり教えられ史″の研究と教育が長いあいだ軽をせられ われ矛盾を見つけたり : てきたのは、日本人にとっての科学技術と るべきなのである•0 そうすることによっ は「受け入れる」ものであって「自分たち て、無味乾燥にみえた数学や物理学がとっ から が創り出した」ものではなかった 憧れの対象に変 大学時代、工学部の講義で学んた内容じよとして煌めいて見え、 であろう。 という体験をもっ学生が何パー は、それそれ刺激的であり、それなりに有 貌する ・・と またもうひとつ、人間の精神的な営みと セントかはかならず生まれるだろう : 用だった。 しては、科学技術は文科的な文化に比して 私は考えている。 しかし、ただひとつだけ不満があった。 双旧儿のパラドックス ィ一フストレー、ンヨン・宮武一員 4
歴史は模様編み。一番こった奴。全部が全部かみあって。 ネ。フチューンの正行への思い。一段め。あたしの洋介への思い 洋介の海への想い。先生の時間への思い。全部、模様。そして、あ 帰り道。笹原は、重たい心で歩いていた。 たしの正行への想い。おなかの中の子供。次の段。この子はまた、 由布子が言ったようなことをーー・・・事実笹原も考えてみたのだ。が。 別の想いをたくわえて。その次の段。でも、その次の段は、前の段 それは彼にとって、たまらない苦痛だった。自分がしたことがす の目があるからできる。全部が全部、かみあって。 べて、あらかじめ歴史の中にプログラムされていたなんて思うこと 誰が判ってくれなくても、あたしには判る。 は。私は私の意志でやったんだと思いたい。そうするのが、あらか ネ。フチューン。あなたの正行への想いがここまで生物をすすめた じめ歴史の予定だったなんて、思いたくもない。 なら。海から陸へ出、陸地中くまなくはびこり、空を飛ぶなら。 あの子はそう信じていて。それでもなお、幸福なのか。 あたしの正行への想いは、もっと遠くへ行ってみせる。地球を出 自分が男だということをーー・逆に言えば、由布子が女だというこ て、太陽系へ。太陽系を出て、銀河系へ。とりあえず、その次の とを、実感していた。女は、お腹の中に、すべての始まりを持って 段。あたしの子供ーーー いる。すべての始まり , ーー子供。男は平生、自分が母親の腹から生 いっか、時間が手を休めるまで。歴史という編物は続くだろう。 まれたことを忘れる。 正行、見ててね。 生まれて初めて、自分の母親を、怖しいと思った。すべての始ま あたし達の子供は、きっと、あなたのおもちゃ箱の扉を開く。次 りを中に抱える生物。 いつまでも。 の子供は、さらに奥の扉を開く。 すべての始まりを中に抱える生物 あたし、今、しあわせよ。本当に。だって、あたしの中には。再 び、すべての始まりがある。再び、すべての始まり。次の段。 この子はより遠くへ行くだろう。好奇心とか、夢とか、生きがい 教授が帰った後で。由布子は再び、編物にとりかかる。不思議な とか、真理への欲求とかいうある種の衝動に導かれ。 誰が判ってくれなくても、あたしには判る。 もっと遠くへ。まだ、誰も行ったことのない世界へ。時の流れが とまる日まで。 模様編み。正行のベスト。 ふう。一段おしまい 四つ、長編み。一つとばして、次の目に長編み。鎖編み作って、 同じ目に長編み。一つとばして、長編み四つ これ繰り返すと 由布子、また、鎖編みを三つ作る。たち目。次の段の初め。 模様ができる。一番簡単な奴。できあがる模様は、それでも、最初こうやって。私達の子供は。もっと遠くへ行くたろう。 の長編みとは全然違うもの。 もっと、遠くへ、行くだろう。 、、 0 2 刀
いるに違いない。 「ああ : : : 悪い」 「いいか、ネプチューン」 「よく判んないけど・ーー・それがきっと、キイワードだ。もしーーーも 4 俺はネプチューンの目をのぞきこみながら、一語一語、区切ってし、第七工業ドームというのが単なるカモフラージュで、本当はあ : 太古かれがまるで別の目的を持ったドームだとしたらーー例えば、時間学 言う。うわ、何て目 ! 黒い、すいこまれそうに深い ら、歴史のはじめから、この世の中をみつめていたような、底なしの極秘の研究所か何かだとしたら。笹原教授の意味も判る」 「何でそんなもんがこんな処にあるんだよ。それに、ネ。フチューン に深いひとみ。 「あの話・・・・ー・今、おまえが話したことを、もっと詳しく知りたいんは ? どう関係づける」 「んなこと判るかよ。けど : : : ネプチューンは、きっと何かの鍵を だ。沢山言葉を使ってしゃべってごらん」 「男、一杯。服、黒。大声、叫ぶ。ネプチューン、見て。沢山、言持ってるよ。あのドームに関する。おい、決めた」 葉。大きな声。とっても怖い。えーと : : : 『どかでトンネルが別れ山岸は、俺と由布子の顔をかわるがわるみつめて、宣言した。 ている』それから : ・ : ・『これしんかするとこおれ見た』。もっと一 「ネプチューンを施設にやるのはよそう。この娘の食費位、俺が何 とかしてみせる。 ・ : 由布子、おまえの部屋、二だったな ? 」 杯。とっても怖い目。あとは、くりかえす。一杯。『レキシガクル ウ』・ 「 : : : うん」 「悪いけど、この娘、同居させてやってくんないか ? 」 「歴史が狂う ? 」 それから、トンネルがリ 男れてる ? これが進化「それはいいけど : : : 」 「何だそりや : 「今はこの娘、日本語習いたてで、まだうまく文が作れん。けど、 するところを見たあ ? おい、河村、意味判るか ? 」 遠からず : : : そしたら、この娘の謎もーーー何で、日本語も社会とい 「いや、全然。 ・ : 由布子、通訳」 「通訳しようがないわ。あなた達が理解したとおりのこと、この子う観念も何も判らない娘が突然海にあらわれたのかも・ーーあのドー ムの詳しい事情も、ドームの中の青い海ってのも、きっと判る」 : 判んない」 は言ってるのよ。それがどういう意味かは : 俺達三人、顔を見合わす。まるで理解不可能。けれど。笹原教授「あら」 由布子の目に、意地悪そうな色がうかぶ。 ネプチューンーー進化 , ーー歴史が狂う。どういう関連か判らな い。だが、何らかの関連はきっとある。笹原教授は、東京にいた「それだけの理由 ? 」 由布子、微笑む。山岸は、ばつの悪そうな顔をして、下を向い 頃、時間学という分野に手を伸ばしていた : た。実際、みえみえだぜ。何だかんだって理由つけても ' 結局山岸 「時間、だ。多分」 山岸が・ほそっと言う。俺に聞かせる為じゃないだろう。まるで放はネ。フチューンを手許においておきたいだけなんだ。そして俺はー ー由布子の表情を見ながら、胸にかすかな痛みを覚えていた。由布 心しきった表情。頭の中でいそがしく、種々の思考がとびまわって
が、そんなことは起こりえないし、事実起こらなかった。なぜな「もちろん起こる」クラスナは即座に同意した。「しかし、よく考 ら、より多くのことを知るにつれて、可能な活動分野が広がり、よえてみたまえ、ジョー。政府としてのわれわれの利害は、未来にか り流動的でダイナミックな社会が必要になるからだ。硬直した社会 かっている。われわれは、まるで未来が過去とおなしくリアルであ が、どうしてほかの星系にまで、ましてや、ほかの島宇宙にまで、 るかのように運営を進めそしてこれまでに一度も期待がはずれたこ 広がっていけるだろう ? そんなことは不可能だ」 とはない 総庁は百。ハーセントの成功をおさめている。だが、そ 「いや、可能なんじゃないですか」ジョーはゆっくり、 しいはしめの成功にも、警告が含まれていないわけではない。もし、われわれ た。「結局、もしあらゆる人間のやることが、あらかじめこっちに が事象の監督をストップしたらどうなるか ? その答は不明だし、 わかっていれば : : : 」 あえて危険をおかすつもりもない。未来が決定されているという証 「だが、実際にはわからないんだよ、ジョー。 そういう想像はたん拠はあっても、不可避性の管理人という役割はつづけていかなくて ヘリング なる通俗小説かー・ーそれともこういってよければ、目くらましだ。 はならない。なに一つ見込みがはすれることはないと、われわれは 早い話、この世界の事件のすべてが、デイラックで伝えられている信じている : : : だが、歴史はみずから助ける者だけを助ける、とい わけじゃない。われわれが傍受できるのは、メッセージとして送信う哲学に基づいて、行動しなければならない。 された事件だけだ。きみはデイラックで昼食を注文したりするか それなんだよ、われわれが大ぜいの男女の求愛を結婚の成立ま ね ? もちろんしない。きみは生まれてからいままでに、一言もデで、いや、ときにはその先まで見まもる理由は。つまり、デイラ イラック通信で話をしたことはないだろう。 ック通信の中で言及されたあらゆる人物が、ぶしに生まれてくるの さらに、それ以上の大きな理由がある。すべての独裁者は、政府を、見届けねばならないんだ。事象警察としてのわれわれの義務 がなんらかの方法で人間の思想を制御できるという前提に立ってい は、未来の出来事を可能にすることにある。な・せなら、それらの出 る。いまのわれわれは、観察者の意識だけがこの宇宙で唯一の自由来事は、たとえごくささいなものでも、われわれの社会にとって重 なものであるのを知っている。それを制御しようと試みるのは、愚要欠くべからざるものだからだ。信じてくれ、それはたいへんな仕 の骨頂じゃないかね ? そうすることは不可能だと、現代の物理学事だよ。しかも、一日一日と巨大になっていく。どうやら、つねに そうであるらしい」 全体が実証しているのに ? 総庁がどんな意味でも思想警察でない のは、そういう理由だ。われわれは行動にしか関心がない。いわよ 「つねに ? 大衆はどうなんです ? 遅かれ早かれ、大衆が真相を われわれは事象警察なんだ」 嗅ぎつけるんじゃありませんか ? 証拠がものすごいス。ヒードで積 「しかし、な・せです ? もし、全歴史がすでに決定されているとすみ重なっているから」 9 れば、なぜわれわれが、たとえばああいう男女の出会いを確認する「そうだともいえるし、ちがうともいえる。いま現在でも、大ぜい 4 必要があるんです ? どのみち、出会いは起こるでしように」 の人間がそれを嗅ぎつけているたろう。ちょうど、きみがそうした
だろうよ」 つかの村に分れて、小規模な社会生活を営んでいたが、個体は減る 「この惑星に完全に適応しているはずのサイボーグが、なぜ、減び一方だった。体細胞から新しい個体を作り出す技術も施設も失われ ていったんだ ? 」 て長い時間がたっていた。ロウホトたちを動かす暗号をお・ほえてい 「わからない。アストリウムを保管するだけの任務に飽きたからだるのは、おれ一人だけになってしまった。おれは、それをここにい ろうよ」 るフセウに教えたが、おそらく、もう彼で終りたろう」 「わからない。わかったとてどうしようもない。 ヒシカリ。ロウホ ヒシカリはロウホトたちへ向き直った。 ト族は、まだその機能を持ちつづけているのか ? 」 「アストリウムの原鉱を採掘し、精錬する。ここからここまでは、 「大丈夫だ。当時の管理局は、十分にそれを承知していたはすだ」原鉱の採掘。ここからここまでは精錬作業だ。いいか」 「説明してくれ」 ヒシカリはロウホト族を二つのグループに分けた。 「アストリウム精錬所が組織的な機能を失った時、管理局は再開さ「採掘グループも、精錬グループも場所や方法は、調査し、選択し れる時の為に、作業用ロポットの指令受容回路を閉鎖し、砂漠に放ろ。目標量は : : : 老ドラム。量はどれぐらいあればいいのた ? 」 置したのだ」 「百七十九万二千六百四枚のカードを作り直すとして一〇〇キログ ラムもあれ・よ、 。しいだろう」 ヒシカリは、遠い記憶をたぐるように語った。 「彼らは、音波による暗号がキーとなってふたたび活動できるよう「たりるのか ? それで」 「記録原板それ自体は、長さ三センチメートル。幅一センチメート にセットされていた」 ル。厚さ〇・一 ミリメートルという小さく、薄いものた」 管理局は、ロウホト族をふたたび使う時が来ると思っていたので 「その中に人類の歴史のすべてがこめられているとはな。しかも、 あろう。 「彼らは砂漠の中の乾いた谷間に、集団を作って生活していた。 / 彼そのカードのために人類が亡びようとしているとは」 らは、アストリウム鉱山での作業など、完全に忘れ去っていた。彼「早く持ち帰ってやらなければ」 ロウホト族は、二列になり、廃虚の間を進んでいった。やがてふ らを呼びさます為の暗号は、管理局によって保管されていたが、そ た手に分れると、崩れ落ちたドームのかげに見えなくなった。 の管理局もついに解体する日がきた」 《城塞》とは極めて異った歴史がそこにあった。 戸っ 「管理局は暗号を幹部の記憶にゆだねることにしたのだ」 ヒシカリの声音は苦痛にゆがんでいた。 「おれたちはしだいに縮小されてゆく都市や村の中で、急速に解体何日かたっと、精錬所の廃虚に近い荒野に、奇妙なものが姿をあ 5 し、やがて集団を作ってゆく力もなくなってしまった。それでも幾らわしはじめた。
当、何も判っていないのね。あたし、本当に幸福なのに。 そう。あの時の時震。まるでタイミングを計っていたようだっ 「ね、先生 : : : 。編み物って、どうやるか知ってます ? 」 た。そして、あの時震で閉じてしまった。河村君を殺してまで守り 7 思いもかけない質問に、笹原、とまどう。 たかった秘密が。死んでしまった。河村君を殺してまで秘密を守ろ 「どうって : : : 」 うとした男が。今、私が一人残った水沢由布子を保護しているの 「編み方の問題じゃなくて : 一目ごとに思い出すんです。で、 を。もし山岸君が見たらーー、やはり彼は、善人ごっことののしるだ 一目ごとに思いをこめて。 : : : 女の子がね、恋人にセーター編むとろうか。 するでしよう。それは、できたセーターをあげるんじゃなくて、一 「なんだか、あのトンネルの意味は、ネプチューンを現代へつれて 目ごとの彼女の想いをあげるんです」 きて、君達に会わせることだったような気がする : : : 」 そして彼女は・ーー由布子は、一目ごとに思い出すのだろうか。河「ええ。今頃気づいたんですか」 村のことを。たまらなく哀れに思う。が。由布子は実に幸福そうな 由布子は、あっさりと笹原の台詞をうけながした。 のだ。 「あたし、前、どこかで読んだんですけれど。進化って、カイフリ 「本当に判らないんだが : : : 君は強い人だね」 ア紀を境に、急にすごいいきおいで進むんでしよう ? 多様化も急 「あら、そうですか ? うふつ。それはきっと、あたしが三人分だに進んで : : : 」 からですよ」 「ああ。カン・フリア紀のはじめーー先カン・フリア代のおわり頃、氷 河村君と君と、山岸君 ? 」 河期があったからね。寒さが生物の淘汰圧を高くして、進化をうな 「洋介 ? しいえ。この子です」 がした」 由布子、軽く目を閉じて、お腹をなぜる。もう、洋介のことな「それ、嘘です」 ど、人に言われなければ想い出しもしない。笹原は、そんな時の由「え ? 」 布子をーー実に怖ろしく感じる。まるで、山岸洋介なんて男は、彼「本当の原因は、ネプチューンなんです。先生、知らなかったでし 女の人生に存在しなかったかのような口のきき方。そして実際、も よ。あの子、持ってかえったんです、カン・フリア紀へ。正行の想い う彼女の人生には、山岸洋介は存在していないのだろう : を。遠くへ行きたい、まだ誰も見たことのない世界をこの目で見た 「時々思うんだよ」 いって奴を。そして、魚は陸にあがり、鳥は空を飛び : : : 」 笹原、話題を変えることにする。 「それは新説だな。水沢説とでも名づけるか」 「いっか君の言っていたこと、ね : 。例の、人間だって歴史の一 「新説じゃなくて真実です。だからネ。フチューンがかえったとた 部だって話。あのタイム・トンネルは、ネプチを . ョンがもどったとん、あのトンネルとじたんじゃありませんか。歴史にとって、必要 たんに閉じてしまった : : : 」 だったんです。ネプチューンと正行が会うことが」
「立ち話もなんだからね : : : 。教えてあげよう。君達がネ。フチュー ばーーーあの三人を、ロをきける状態では、ここから出すな。それか ンと呼んでいる女の子の生いたちについて。そして : : : それを聞いら、先生をこの部屋にお連れしろ。あくまで紳士的に、だ」 たなら、協力して欲しい。ネプチ = ーンーーー彼女に、元の世界へ戻部屋の隅にいた男は、軽くうなずくと、再び音もたてずに部屋を るよう説得することを」 出てゆく・ーーーじ 一体全体、笹原は何をする気なんだろう。一 「カン・フリア紀と : : : 現代 : : : 」 第七ドームの中心部で大島は、苛々と煙草のフィルターにかみつ由布子が、一番まともだった。男達一一人はまるで自失していた。 く。目の前に大きなスクリーン。今写っているのは、ドーム内第九かといってそれは由布子が一番度胸があるということではない。 カメラでーーーそれはつまり、笹原教授が三人を説得している処。 番科学にうといから、ことの重大さがろくに判っていないだけ。 「あの三人にタイム・トンネルの話なんかしてどうする気なんだ。 「とするとネプチューンは、本来カンプリア紀の生物だと : : : 」 あの三人を始末して、ネプチューンをトンネルの中へつつこめば、 「カンプリア紀なんていったら、ろくな生物いないじゃないか」 それですべてはおわりではないか」 正行がうめく。信じられない。信じたくない。 「おそらく先生は、人を殺すのが嫌なんでしよう : : : 」 「そうだ。進化の始まりの頃だよ。逆にいえばだからこそーーーなま そばにいた男の台詞を、大島、さえぎる。 じ進化をはじめてしまった頃の生物でない、この先どんな生物にな 「そんなことは判っている。誰だって人を殺すのが好きなもんかー る可能性をも秘めているからこそ、人間になったんだろうと思う。 けれど、それが必要な場合だってあるんだ」 とにか ~ 、 : : これが判ったら、協力して欲しい。ネプチュ 1 ンを、 三日に渡る口論の結果、あの三人のことは一応、笹原に一任、とカン・フリア紀に帰すのを」 いう形にしてあるのだ。しかし、彼としては、言外に、あの三人を「どうして : : : です ? 」 殺せという意味を含めた筈だった。だから。その手のことに関する 門外漢の由布子が聞く。 腕ききを二人、笹原に渡した。それをーー生かしておくことさえ許「どうしてネプチ = ーンを帰さなければいけないんですか」 しがたいのにーー・莫迦丁寧に時震のことやタイム・トンネルのこと「歴史に人為的に介入してはいけないのだ ! それが判らないか まで説明するとはー ね ? このトンネルはカン・フリア紀に通じているんだが : : : 仮にこ 仕方がない。大島は、右手を上げる。部屋の隅にいた男が一人、れが近代へ続くトンネルだったとする。そこで私が、例えばナポレ 音もたてずに近づいてくる。 オンを、例えばアルキメデスを今の時代に連れて来て返さなかった 「説明がおわっても、先生があの三人を始末する気がないようならら、歴史が狂ってしまう」
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