おかしいとこだらけだって言いだして。今じゃ、物理学科の四年で 「そりやそうでしよう」 仕事きまっちまった奴全部、探偵のまねごとして遊んでんの」 「第二ヒント。でも、大学関係者です」 どっちがガキなんだか。 「とすると : : : 教授 ? ああ、海洋学とかの ? 大野先生あたり 「木村がね、そもそも物理学の日本第一人者が、ネ。フチューンなん て田舎の大学へ来るのは異常だって言いだして、森田が、笹原さん 「外れ。それじゃあたり前だろ。 : : : 笹原教授だよ」 東京に妻子おいてきたってどっかで聞いてぎて : : : 」 「ええ ? だって、笹原さん物理学の : : : 」 目を輝かせながら推理ゲームの話をする正行。もう、当初の目的 「わけ判んねえだろ」 ーーーなんて考えてい 「うん。わけ判んない」 あたし達の間の気まずい空気をなくすこと 笹原先生なら、あたしもよく知っていた。物理学の世界的権威、ない。自分の話に熱中してる。 そんな正行を見ながら、あたしはとっても優しい気分になってい 数学方面でも日本第一人者。本も何冊か出してる有名人で、時間学 た。子供の報告を聞くお母さんの気分。 とかいうやたらこむずかしそうな分野を確立した人。 「けどさ。第七次の計画たてられたの、二年前なんだよね。笹原さ でも、何か、違うのよ。何かもどかしい。 んがネ。フチューンへやってきたのも二年前」 たまに感じるもどかしさ。何で苛だつのか、何がもどかしいのか よく判らない。でも。あたし、あなたのお母さんじゃない。 「偶然にしてはできすぎてんだろ。それにさーーーこれがそもそもこ んなゲームの始まった動機なんだけど、笹原さん、やたら休講が多 まるで、 いんだよね。で、人間暇になるとろくなことしないじゃない。笹原あたしは、正行の肩に唇をおしあてていた。ねむ : さん、学校出てこないで何やってんだろ、なんて話がとびかってとろ火で煮られているような感覚。体がとけてしまいそう。心地よ さ。ウッドハウスかどっかでだべってる時だったかな、中条ーー・ほい眠さ。首の下にまわされた正行の腕が、優しく髪をなぜてくれ ら、やったら背の高い あいつがね、笹原さんが第七工業ドームる。けだるいしあわせ。こうしていると、何故か、とっても、落ち へちよくちよくかよってるって言いだして。あいつの家、ノース・着くのだ。 けだるいしあわせ。でも。 ネーレーイスにあるから。でさ、そこへ正義の味方の山岸が出て 虫のいいお願いだって判ってる。でも、正行、お願い。 きて」 女の子はいつも男の子の前を走る。一生懸命。おいかけられて、 「正義の味方 ? 」 7 「彼、海を青くすることに全情熱ぶつつけてんだろ。まるつぎりガ いっかっかまるその日まで。走りながら何度も思うの。早くつかま ドームはえて、あたしを。でも、決してとまったりしない。男の子が女の子 キみたいに。で、正義の味方つつうの。でさ、彼が、あの
ネ・フチュ 1 ンは、相変わらず、深いひとみで俺でしような」 子。おまえは : : : 。 「おそらく。 あの三人のことを調べるんで大学へ行って驚きま をみつめている。 2 しドしたよ。今、先生は大学中の評判しゃありませんか」 混乱した思考をたて直そうと、少し上を向いた俺の目に、青、 1 ムが写った。茶色の海にセルリアン・・フルーのドーム。その一部「評判 ? 」 が、一瞬、透きとおったような気がした。陽の加減だろうか。そし「謎の人物だとかいうんで。学生全部がにわか探偵ですよ」 て、その透きとおった壁ごしに、何人かの男がこちらを見ている姿これはかなり大げさな言い方。実際は、正行の仲間うちだけの評 が見えた。彼らの目は、あきらかにネプチューンにそそがれてい 〒た る 「そうか : 。それはうかつだった」 が。再び目をこらすと、男達の幻は消え、そこには、・ とうにもこ笹原俊の顔は、さっと苦悩にゆがむ。学生ってのは、一般に暇 の場に不釣り合いな青に塗られたドームだけが建っていた。 で、もの好きで、好奇心に満ちていて、役にも立たないことに没頭 するという性質があるのをすっかり忘れていた。だとすると。まき こんでしまったかも知れない。あの三人の他にも、自分の教え子を。 第七工業ドーム 「とにかく、もう少し学校の方にも出ていただかないと」 リーダ 1 風の男ーー大島のロのきき方には、あきらかにとげがあ 部屋には、四人の男がいた。殺風景な部屋。極めて機能的なデザ った。彼は最初から快く思っていなかったのだ。この超国家レヴェ インの椅子と机。大きな窓。それだけ。四人の男は、みんな苛々と ノ不 . 冫いくらその方の専門家だとはいえ、大学教授などとい 煙草を吸っては、せわしなくそれを天皿におしつける。部屋の空気レの必密こ、 う人種を混・せるのは。 は煙でよどみ、発火寸前まで苛だっていた。 いささか調子に乗りすぎていたのかも知れない。笹原俊は、大島 しつか 笹原俊は、窓辺に立って、下の海を眺めていた。ョット。、 のとげを体中に感じながら、ため息をついた。 一カ月位前のあの日と同じ構図。 カン・フリア紀。生命の歴史の一大ひのき舞台。進化が急激にすす 「あの背の高くないがっしりした男が河村正行、物理学科の四年で み、生物が急に多様になった時代。無脊椎動物のすべての門がそろ す。やせているのが山岸洋介。海洋学科四年。女が水沢由布子とい った時代。化石を通じてしか見ることのできなかった時代に、直接 って、日文科二年です」 四十代でエネルギッシ = な印象の、おそらくこの部屋のリーダー通じた窓が見つかった。それがあまりにも嬉しくて、それであまり にも興奮して、他のことに目が届かなくなっていた。 と思われる男が、笹原に、ヨットの上の三人を説明した。言葉づか と。笹原の二度めのため息をぶち壊すようなタイミングで、急に いは丁寧だが、本当に笹原を敬っているという訳ではなさそう。 ドアが開いたのだ。それも、ばたんと。実にいきおいよく。 「河村君ーー聞き覚えのある名だな。彼は私の授業を取っているん
が自分達にこんな話をしてくれたのは、彼の好意だとは思う。が。人ごっこに終止符をうつべく 「理解してあげない、と言ったら、ネプチューンをカンプリア紀へ 一方、この成り行きを、少し離れた処で、ネプチューンは苛々と 6 2 戻すのはやめますか」 見ていた。 洋介は、正行を無視して、強く笹原教授に迫る。返答のできない 正行。私を助けに来てくれたんじゃないの。私を助けに来てくれ 笹原俊。 たのなら、何故そんな処に立ちつくしているの。 「やめないでしようが : ・ : 。だとしたら、最初からネプチューンを 出来ることなら、今、正行のいる処へ駆けてゆきたかった。出来 さらったりしないで、話をもちかけた筈だ。こういうのは : : : 脅迫ることなら。しかし、それができないということは、彼女にはよく っていうんだ ! 切り札を手におさめてから、これでいいね、と念判っていた。彼女が行けるのは、海の中ーー・タイム・トンネルの中 を押す。何て : : : 何ていやらしい つまり、あんたの自己満足だけなのだ。 じゃないか ! 」 正行は知らない。彼女のまわりに、見えない壁があることを。透 もう完全に、教授に対する礼儀なぞ、忘れ果てていた。 きとおった物質でできた壁があり、そこには弱い電流が走っている 「あんたは、自分が善人だと思いたいだけなんだ ! だからわざわことを。 ざ俺達呼んで : ・ 。もう、あんたにとっては決定事項なんだろ ! ここに放り出されて一時間余り。最初、ネプチューンは何度も、 俺達が何と言おうと、ネ。フチューンをカンプリア紀へ戻すことは。 そこから逃げようとしたのだ。しかし、いつも行きあたるのは壁。 なのに : ・ トンネ 。さそ満足だろ ! あん ! 自分の善人ごっこに三人もそして電気の軽いショック。彼女の行ける途はたった一つ、 つきあわせて。河村や由布子なら、あんたのことをいい人だと思うルの中しかない。 かも知れない。わざわざ一学生の自分達に、筋を通してくれたって そして。そして、打たれる終止符。 思って。けどね ! 俺はそんなに甘くない。教授のおっしやること空気をひきさいて、銃声がひびき渡った。一瞬、息を呑み、次の は判ります。ごもっともです。わざわざ私にお話し下さってありが瞬間獣のような叫びをあげてのたうちまわる正行。みるみる赤く染 とうございます。なんて、ロがさけても言いやしないからな ! 」 まってゆく正行の胸。 この洋介の台詞に、一番共感を覚えたのは、 e をみつめている「正行 ! 」 「河村君 ! 」 大島だった。その通りだ。本来なら、有無を言わさず、ネプチュー ンをさらい、あの三人を殺すべきなのだ。善人ぶってみても仕方な「笹原さん、あんたは ! 」 。これだ い。やることは決まっているのだから。なのに笹原は 「正行 ! まさゆき ! 」 から、あんな甘い男をスタッフに加えるべきではないというのだ。 ひびくのは固有名詞だけ。ちゃんとした文章を叫ぶには、誰もが そして大島は決意する。合図を送る。彼の放った男に。笹原の善混乱しすぎていた。」
なしーー : の乗ったヨットがある・フロックの二つ隣のコンクリートの上に、ネ やがてョットは、、 しつかネプチ、ーソを拾った地点を通りすぎプチ = ーンが坐っていた。生まれたままの姿で。 る。ぐんぐん大きくなってくる。第七工業ドーム。視界にせまる。 「ネプチューン ! 」 まっ青な壁。 洋介は、無我夢中で海へ飛びこもうとして、正行にとめられる。 と。いっか正行が、男達の幻をみとめたあたりの壁が、再び透きそうだ、うかつな行動はとらない方がいい。たとえネプチ = ーン、 とおる。時計の針は、十一時五十七分。透きとおった壁の向こうおまえが目の前にいようとも。と、ネプチ = ーンが叫ぶ。 に、笹原教授の顔が見えた。 「正行、助ける、来て、くれた ! 」 「マジックミラーか何かの窓になってるんだ、きっと」 衝動。たまらない。だー 心の中で叫んでいた。ネ。フチュー 正行は、洋介をつついて、窓を知らせる。窓の中の笹原教授は、 ン、おまえを助けに来たのは俺ーーー山岸洋介なんだそ、おい ! 無言でヨットに合図する。合図に従ってョットが動くとーー壁の一 ってる、おまえの心の中に河村しかいないことは。でも、俺だー 画が、ぼっかりあいた。 一方、正行は心にかすかな痛みを覚えていた。ネプチ、ーンを助 「はいれってことかな」 けたい、という強い意志はなかったのだ。成り行きでついてきてし まったようなもの 「他に考えようがないんじゃない ? 」 「待っていたよ」 三人の乗ったヨットがはいるや否や、実に素速く壁がしまった。 一瞬、後悔の念がほとばしる。もしわなだったら ? 由布子は正行 ふいに背で声がする。振り返るまでもない。そこに立っていたの の服の端を握りしめ、正行はそんな由布子の背中を優しくなぜる。 は、彼らをここへ呼び出した男ーーー笹原俊。 まるで気配も感じさせずに、ネプチューンを連れ去ることに成功し「御招待にあずかりまして」 た男達。彼らの腕をもってすれば、俺達三人をつかまえるのにわざ洋介は低い声で言う。殺気すらこもる声。 わざわなをしかける必要はないだろう。 「招待したわりには、何のお構いもできないのだがね」 と。急に、ドームの中が明るくなった。正行も、一瞬びくっと体笹原俊は、その若い男から目をそらせるようにして言う。ネプチ をちちめた。照明灯が一ペんにつく。しばらくは、明るさに目が慣 = ーンに恋をした男。痛々しくて、とても彼の顔をまっすぐに見る ことはできない。 れず、何もまともに見られなかった。ようやく周囲に目が慣れてー ー透きとおった水。驚くべきことに、 ここには、きれいな海があっ 「まあ、とにかく、こちらへおあがりなさい」閉まった壁の内側に たのだ。 は、十メートル位の幅でコンクリートの床ができていた。笹原が 「正行 ! 」 手の中の制御盤のスイッチをおすと、床には椅子状の突起があらわ 海は、細かく、コンクリート で区分けされていた。ちょうど三人れた。 ) 2
「何だね。ドアをもうちょっと静かにあけられないのか ? 」 あの二人に子供ができたら : : : それは何なのだろう。笹原俊は、 大島は、苛々と言う。はいってきた男の行為は、発火寸前の部屋右手の煙草の箱を、無意識につぶしていた。 の空気を、いたく刺激したようだ。 どこかに解がなければいけない。どこかに。 ここまで事態がよし 「あ、はい、それがその、つまり、一大事です」 れていい筈がない。こんなことが許されるわけが : 「何だ」 最初から、徹底して後手にまわってしまった。ネプチューンがタ 「今、島崎さんから電話があって : : : 山岸洋介が、施設の方へ連絡イム・トンネルからあらわれた時、私はあまりのことに驚きーー呆 をよこしたそうです。例の生物を、施設へいれないと」 然と、それが再びタイム・トンネルにもぐるのを見ていた。それが 「施設へいれない ! 」 タイム・トンネルにもぐった時点で、私はおろかにも安心してしま 一同、総立ち。髪のはえぎわがちりちりする思い。何て : ・ : ・何てったのだ。みれは、本来それの属すべき時代へ戻ったのだと。 おおごと ! あのトンネルが分岐していたなんて ! 出口が発見されていたも 「どうしてだ ! 何故 ! 」 のの他にもう一つ、海の中にあったなんて ! 「判りません」 それが、実はもと自分のいた時代に帰ったのではなく、近海をた はいってきた男ーー齢は一番若いーーーは、おどおど弁明につとめだよっていて、病院に担ぎこまれた、という情報がはいったのは、 る。彼のミスでもないのに。 三月もしてからだった。入院患者をつれ出す強行手段がなかったわ 「どうも山岸洋介は、ネプチューンに対してある種の感情を抱いてけではない。が。いずれそれが施設に収容されると思っていたので いるようで : : : そのせいだろうとのことです」 ーー施設へ手をまわすだけで、状況を傍観していたのだ。 「そのある種の感情というのは恋心のことかね」 タイム・トンネル。三年前の大地震で、ネプチューン西海岸にで 笹原教授、何とか冷静な声を出そうと努めたのだが、その語尾きた亀裂。実際、何てやっかいなものができてしまったのだろう。 は、無残にふるえた。 カン・フリア紀と現代をつなぐ、天然のタイム・トンネルだなんて ! 「はあ」 二年前。そのトンネルが見つかった時。私は神に感謝したものだ 「そんな : : : じゃ、もし。もし、山岸と彼女の間に間違って子供がった。笹原俊は、当時を想いだすと、苦笑いを浮かべた。時間の できたら」 謎。その謎にいたる鍵を、手にいれたつもりだった。は。とんだお 大島は、きっと笹原教授をにらむ。 笑い草。結局、今の処、タイム・トンネルはそこにあるというだけ 「それは何ですか、先生 ! あなたの言う人道的処置のせいで、こで , ーーどういうメカニズムなのか、何一つ判らない。幼児の目の前 とはここまでねじれたんですよ ! だから最初から、あの三人を殺に (-*> があってー・ー番組は写っても、そのメカ = ズム一切が理解で してネプチューンをうばえば良かったんだ」 きないのと同じように。過去をのそくことができるだけ。時間の謎
当、何も判っていないのね。あたし、本当に幸福なのに。 そう。あの時の時震。まるでタイミングを計っていたようだっ 「ね、先生 : : : 。編み物って、どうやるか知ってます ? 」 た。そして、あの時震で閉じてしまった。河村君を殺してまで守り 7 思いもかけない質問に、笹原、とまどう。 たかった秘密が。死んでしまった。河村君を殺してまで秘密を守ろ 「どうって : : : 」 うとした男が。今、私が一人残った水沢由布子を保護しているの 「編み方の問題じゃなくて : 一目ごとに思い出すんです。で、 を。もし山岸君が見たらーー、やはり彼は、善人ごっことののしるだ 一目ごとに思いをこめて。 : : : 女の子がね、恋人にセーター編むとろうか。 するでしよう。それは、できたセーターをあげるんじゃなくて、一 「なんだか、あのトンネルの意味は、ネプチューンを現代へつれて 目ごとの彼女の想いをあげるんです」 きて、君達に会わせることだったような気がする : : : 」 そして彼女は・ーー由布子は、一目ごとに思い出すのだろうか。河「ええ。今頃気づいたんですか」 村のことを。たまらなく哀れに思う。が。由布子は実に幸福そうな 由布子は、あっさりと笹原の台詞をうけながした。 のだ。 「あたし、前、どこかで読んだんですけれど。進化って、カイフリ 「本当に判らないんだが : : : 君は強い人だね」 ア紀を境に、急にすごいいきおいで進むんでしよう ? 多様化も急 「あら、そうですか ? うふつ。それはきっと、あたしが三人分だに進んで : : : 」 からですよ」 「ああ。カン・フリア紀のはじめーー先カン・フリア代のおわり頃、氷 河村君と君と、山岸君 ? 」 河期があったからね。寒さが生物の淘汰圧を高くして、進化をうな 「洋介 ? しいえ。この子です」 がした」 由布子、軽く目を閉じて、お腹をなぜる。もう、洋介のことな「それ、嘘です」 ど、人に言われなければ想い出しもしない。笹原は、そんな時の由「え ? 」 布子をーー実に怖ろしく感じる。まるで、山岸洋介なんて男は、彼「本当の原因は、ネプチューンなんです。先生、知らなかったでし 女の人生に存在しなかったかのような口のきき方。そして実際、も よ。あの子、持ってかえったんです、カン・フリア紀へ。正行の想い う彼女の人生には、山岸洋介は存在していないのだろう : を。遠くへ行きたい、まだ誰も見たことのない世界をこの目で見た 「時々思うんだよ」 いって奴を。そして、魚は陸にあがり、鳥は空を飛び : : : 」 笹原、話題を変えることにする。 「それは新説だな。水沢説とでも名づけるか」 「いっか君の言っていたこと、ね : 。例の、人間だって歴史の一 「新説じゃなくて真実です。だからネ。フチューンがかえったとた 部だって話。あのタイム・トンネルは、ネプチを . ョンがもどったとん、あのトンネルとじたんじゃありませんか。歴史にとって、必要 たんに閉じてしまった : : : 」 だったんです。ネプチューンと正行が会うことが」
「立ち話もなんだからね : : : 。教えてあげよう。君達がネ。フチュー ばーーーあの三人を、ロをきける状態では、ここから出すな。それか ンと呼んでいる女の子の生いたちについて。そして : : : それを聞いら、先生をこの部屋にお連れしろ。あくまで紳士的に、だ」 たなら、協力して欲しい。ネプチ = ーンーーー彼女に、元の世界へ戻部屋の隅にいた男は、軽くうなずくと、再び音もたてずに部屋を るよう説得することを」 出てゆく・ーーーじ 一体全体、笹原は何をする気なんだろう。一 「カン・フリア紀と : : : 現代 : : : 」 第七ドームの中心部で大島は、苛々と煙草のフィルターにかみつ由布子が、一番まともだった。男達一一人はまるで自失していた。 く。目の前に大きなスクリーン。今写っているのは、ドーム内第九かといってそれは由布子が一番度胸があるということではない。 カメラでーーーそれはつまり、笹原教授が三人を説得している処。 番科学にうといから、ことの重大さがろくに判っていないだけ。 「あの三人にタイム・トンネルの話なんかしてどうする気なんだ。 「とするとネプチューンは、本来カンプリア紀の生物だと : : : 」 あの三人を始末して、ネプチューンをトンネルの中へつつこめば、 「カンプリア紀なんていったら、ろくな生物いないじゃないか」 それですべてはおわりではないか」 正行がうめく。信じられない。信じたくない。 「おそらく先生は、人を殺すのが嫌なんでしよう : : : 」 「そうだ。進化の始まりの頃だよ。逆にいえばだからこそーーーなま そばにいた男の台詞を、大島、さえぎる。 じ進化をはじめてしまった頃の生物でない、この先どんな生物にな 「そんなことは判っている。誰だって人を殺すのが好きなもんかー る可能性をも秘めているからこそ、人間になったんだろうと思う。 けれど、それが必要な場合だってあるんだ」 とにか ~ 、 : : これが判ったら、協力して欲しい。ネプチュ 1 ンを、 三日に渡る口論の結果、あの三人のことは一応、笹原に一任、とカン・フリア紀に帰すのを」 いう形にしてあるのだ。しかし、彼としては、言外に、あの三人を「どうして : : : です ? 」 殺せという意味を含めた筈だった。だから。その手のことに関する 門外漢の由布子が聞く。 腕ききを二人、笹原に渡した。それをーー生かしておくことさえ許「どうしてネプチ = ーンを帰さなければいけないんですか」 しがたいのにーー・莫迦丁寧に時震のことやタイム・トンネルのこと「歴史に人為的に介入してはいけないのだ ! それが判らないか まで説明するとはー ね ? このトンネルはカン・フリア紀に通じているんだが : : : 仮にこ 仕方がない。大島は、右手を上げる。部屋の隅にいた男が一人、れが近代へ続くトンネルだったとする。そこで私が、例えばナポレ 音もたてずに近づいてくる。 オンを、例えばアルキメデスを今の時代に連れて来て返さなかった 「説明がおわっても、先生があの三人を始末する気がないようならら、歴史が狂ってしまう」
遠くへ行く。行く : ・ やがて想いは、形をなさない感情に。何だか判らない、どろどろ 〈ニニ五四年四月〉 した感情。つきあげてくる衝動。 ENDING ーー・そして、再び すべての始まり カン・フリア紀の海の中を、ネプチューンはただよっていた。も 、よ、ほんの一瞬 う、人間の形はしていない。無限の時間ーーーあるし にも満たない時間が、彼女の姿を変えていた。人類ーー霊長類 由布子は、窓辺の椅子に坐って、編物をしていた。レモンイエロ 哺乳類ーー爬虫類ーー両生類ーーー魚類ーーー側生動物ーーそして、核 1 のベスト。三の部屋。広いとは少しも思わない。 を持った一つの細胞、原生動物。 そろそろ夕暮れ。空がむらさきに染まる。むらさきを地に、緑の 考える、などということができるようになるのは、もっとずっと木々。街灯に照らされて、処々明るい色。 と。ドア・チャイムが鳴っこ。 後の時代。感情の痕跡すら留めていない。 「はあい」 ただ。ときどきっきあげてくる、何だか判らない衝動。本能。 とこかへ行く : 昔のくせで、いきおいよく立ちあがりそうになり、慌てて静かに ここにただよっているだけは嫌。・ 動く。お腹の中の宝物。そろそろ六カ月になるのだ。注意しなけれ どこかへ行く。 遠くに。遠くへ。 「やあ。また編み物かい」 それは、地球に生命が誕生していらい、初めての本能の形成だっ はいってきたのは笹原教授。 「ええ。今度はね、ベストなんです」 どこかへ行かねば。遠くへ。 「ほう。春らしい色だね」 「でしよ。気にいってるんです。この毛糸」 その思いはーー地球初の思いはーー、さながら伝染病のように、カ 「君のにしては少し大きいようだが : : : 」 ン・フリア紀の海をただよう。どこかへ行かねば。 「正行のです」 まだ、白紙のままの、どんな想いも持たない生物の中にしみ渡る。 笹原は、由布子にけどられないよう、ため息をつく。判らないの どこかへ行くんだ。遠くへ。 だ。この心理。彼女は、河村君が死んだことは納得している。なの 一方。由布子はそんな笹原を見て、くすっと笑う。先生って、本 そして、時は流れる。歴史は移る。 - 」 0 269
その青年の首をおさえる寸前の、最後の思い い正行を見ているの嫌。 行きたいんだ ! 行かせてあげたかったのに : : : 。私なら、行かせてあげることが 6 2 我にかえったという訳ではなかった。ただ、その思いの強さにおできたかも知れないのに。 されて、洋介、一歩前に踏みだす。 「ネプチ = ーン ! どこへ行くんだ ! 帰ってこい ! 俺のネプチ 「ネ。フチューン ! 動くな ! 今助けてやる ! 」 そのまま、海へ飛びこむ。ネ。フチ = 1 ンのいる方へ泳ぐ。自失し洋介、叫ぶ。海の中で。あらん限りの声で。頭が沈んで水を飲ん ていた由布子も、それにつられて海へ。 で。咳こみながらも叫び続ける。 狙撃者は、洋介の叫びで、やっと我をとりもどす。一発。 「ネプチューン ! 」 再びひびく銃声。今度の弾丸は、由布子の肩先をかすめた。うつ 凍りついた時間。笹原俊にあてまいとする狙撃者の弾丸は、すべ すらにじむ血。痛みが由布子に平常心をとりもどさせた。逃げなけてむなしく空を切る。 れば。 その時。急に、笹原の足許がゆれた。地震 ? それも、生半可な 洋介は、おいたてられた獣のように、慌てて泳いだ。壁があるこゆれ方ではない。マグ = チード七クラスの大地震。 とも知らず。 目の前の景色がゆらぐ。さながらスローモーション。ゆれて、ゆ 笹原俊は、慌てて由布子達と狙撃者の間にたちはだかる。これ以れて、ゆれて。壁が崩れおち : ・ 上、人を殺させてはいけない。 叫び声のうず。洋介の叫びは、もう、そのドームの中の他の人間 ネ。フチーンは。彼女は。何も、見ていなかった。こちらへ来る達の悲鳴でかき消されてしまう。 洋介、撃たれて慌てて水にとびこむ由布子。水面に広がる血。何みるみる壊れてゆく。青いドーム。壁に亀裂が走る。機械が爆発 も。 し、炎上する。そして。 彼女はただ、動かなくなった正行を見ていた。正行だけを。 「ネプチューン ! 」 行かせてあげたかったのに。あなたは、由布子を好きだと言っ最後に、洋介の想いだけが、うずまいた。 た。由布子を大切にしていた。でも。あんな女に何ができるの。私 なら、あなたをいかせてあげられたかも知れないのに。遠くへ。 なのにあなたはもう動かない。 暗かった。ただよっていた由布子の視界に、まず、星がうつつ 身を翻えす。放心状態。そのまま、海へとびこむ。タイム・トン ネルの中へ。 星。ほんの、五つか六つ。かろうじて見える星。そして、白い どこでもいい。どこかへ行きたかった。ここにいるの嫌。動かな月。 こ 0
いるに違いない。 「ああ : : : 悪い」 「いいか、ネプチューン」 「よく判んないけど・ーー・それがきっと、キイワードだ。もしーーーも 4 俺はネプチューンの目をのぞきこみながら、一語一語、区切ってし、第七工業ドームというのが単なるカモフラージュで、本当はあ : 太古かれがまるで別の目的を持ったドームだとしたらーー例えば、時間学 言う。うわ、何て目 ! 黒い、すいこまれそうに深い ら、歴史のはじめから、この世の中をみつめていたような、底なしの極秘の研究所か何かだとしたら。笹原教授の意味も判る」 「何でそんなもんがこんな処にあるんだよ。それに、ネ。フチューン に深いひとみ。 「あの話・・・・ー・今、おまえが話したことを、もっと詳しく知りたいんは ? どう関係づける」 「んなこと判るかよ。けど : : : ネプチューンは、きっと何かの鍵を だ。沢山言葉を使ってしゃべってごらん」 「男、一杯。服、黒。大声、叫ぶ。ネプチューン、見て。沢山、言持ってるよ。あのドームに関する。おい、決めた」 葉。大きな声。とっても怖い。えーと : : : 『どかでトンネルが別れ山岸は、俺と由布子の顔をかわるがわるみつめて、宣言した。 ている』それから : ・ : ・『これしんかするとこおれ見た』。もっと一 「ネプチューンを施設にやるのはよそう。この娘の食費位、俺が何 とかしてみせる。 ・ : 由布子、おまえの部屋、二だったな ? 」 杯。とっても怖い目。あとは、くりかえす。一杯。『レキシガクル ウ』・ 「 : : : うん」 「悪いけど、この娘、同居させてやってくんないか ? 」 「歴史が狂う ? 」 それから、トンネルがリ 男れてる ? これが進化「それはいいけど : : : 」 「何だそりや : 「今はこの娘、日本語習いたてで、まだうまく文が作れん。けど、 するところを見たあ ? おい、河村、意味判るか ? 」 遠からず : : : そしたら、この娘の謎もーーー何で、日本語も社会とい 「いや、全然。 ・ : 由布子、通訳」 「通訳しようがないわ。あなた達が理解したとおりのこと、この子う観念も何も判らない娘が突然海にあらわれたのかも・ーーあのドー ムの詳しい事情も、ドームの中の青い海ってのも、きっと判る」 : 判んない」 は言ってるのよ。それがどういう意味かは : 俺達三人、顔を見合わす。まるで理解不可能。けれど。笹原教授「あら」 由布子の目に、意地悪そうな色がうかぶ。 ネプチューンーー進化 , ーー歴史が狂う。どういう関連か判らな い。だが、何らかの関連はきっとある。笹原教授は、東京にいた「それだけの理由 ? 」 由布子、微笑む。山岸は、ばつの悪そうな顔をして、下を向い 頃、時間学という分野に手を伸ばしていた : た。実際、みえみえだぜ。何だかんだって理由つけても ' 結局山岸 「時間、だ。多分」 山岸が・ほそっと言う。俺に聞かせる為じゃないだろう。まるで放はネ。フチューンを手許においておきたいだけなんだ。そして俺はー ー由布子の表情を見ながら、胸にかすかな痛みを覚えていた。由布 心しきった表情。頭の中でいそがしく、種々の思考がとびまわって