ヴァーカラの呪術医スパリーンは馬を止め、鞍からのびあがるよ配してやることもないや、という気はした。自分の方こそ、飢餓感 うにして、グラズノワのコサック砦の方をながめわたしてみた。東ゆえに牙のつけ根のあたりがうずきはじめていたからである。ヴァ のあたり、草原のほの青い地平から、丸太をつらねた高い城壁が垂イランスだって、何らかのかたちで報酬は得ているにちがいなかっ 直に空にそそり立っている。南には、はるかなコーカサスの山々のた。さもなければ、こんなにいつまでもこの地で生きてこられたは ずがない。 つらなりが、地平線に白く、ぎざぎざな突起をみせていた。ス・ハリ ーンの気がかりなどよそに、金色の眼をした雌馬は首をさしのべ知らない人が見たら、ス・ハリーンのことを一見タタール人だと思 て、丈高い雑草のあいだからのそくホソ・ ( ウンランのちいさな黄色ったかも知れない。ただ本物のタタール人なら誰だって、スパリー い花をつまんだ。ヴァイランスの兄貴はなんだって急におれを呼びンのひつつめにして後ろにたらした漆黒の髪や白い鹿皮のシャッと ズボンでヴァーカラだとわかるのだった。彼はがっちりした大男で、 つけたりしたのだろう、とス。ハリーンは気になってならなかった。 何か治療のためになのだろうか。夢になんか出てきて、手をかして手も足も大きかった。目のあたりはどことなく東洋的で、鼻筋は鍬 くれ、だなんて。それとも、この地でコサックたちにまじって暮らの刃のように鋭くとおっている。野性的な美貌といってよかった。 しながらも、連中とは一線を画していなければならない、一族の者考えごとはおわりだというしるしに、ス。ハリーンは、ふくらはぎ でかるく雌馬をこづいてやったが、雌馬は砦をさして駆け出そうと 特有の、あのどうしようもない淋しさのせいなのか。 はしないでからだごとふりむくと、彼の色あせた鹿皮のズボンを噛 なかが空ろになっているほっそりした牙が、上あごの小さなく・ほ みから不意にせせり出てきた。猫が爪でも隠すみたいに、彼はあわんでひつばり、何もかもわかっているといいたげな、あの金色のま てて矛をひっこめた。コサックたちの目に触れては絶対にまずいのなざしで彼をみすえた。 だった。コサックたちときたら、愚かしい迷信のとりこなのだか「いいね、めんどうはおこさないね」ヴァーカラだけにわかる馬の ら。ス。 ( リーンのように夜になると出てきて人の血をすする者たち言葉で雌馬が言った。 を、スラヴ人は忌避の目でみる。ヴァーカラというのはあくまで善 「めんどうだって ? そんなもん、どうやっておこすのさ」ス。ハリ 良な呪術医であり、治療に対する当然の報酬を、相手の腕なり脚な ーンがのんきな声を出した。 りにそっとひとかみ噛みついて得ているというだけのことだったの 「わかってるはずだよ。そんな、とぼけた顔してみせたってだめ さ。こないだ来たときなんか、酔っぱらって、けんかして、あげく ロシア人やコサックたちのあいだで暮らしながら、ヴァイランスのはてに、つまらん賭けで野営用のユルトまでまきあげられるとこ はどうやって日々の糧を得ているのだろうとス・ハリーンはいぶかしろだったじゃないか。まったくい、く . 、災難さ、あんたの短気ときた く思った。報酬の血をもらうといったって、軽はずみなまねでもしら。あたしたちどっちにとっても、ね」雌馬はロをつぐんだ。 ようものなら、吸血鬼のそしりもまぬがれまいに。ま、そこまで心 「かも知れんな」ため息まじりにス。ハリーンが言った。「女呪術師 8
こうして、私たちは、暗くて暴発しやすい野獣ーーー性エネルギーを そしてショーウインはセックス・コントロール理論をつくりだし てセクソロジストの祖となった。ショーウインの性理論は、人間に飼いならすことに成功し、それから自由になったのよ。清浄主義者 とってセックスというものが、『個の孤独』ときわめてつよく結びは , ーーそうね、清浄主義者は、性 = ネルギーをもたないわけではな いわ。ただ、それ以上に、他人への恐怖がつよかったり、あるいは ついている、という基礎のもとにたてられている。もちろん、その 他多くの要因、接触欲、支配欲、たくさんの異ったものが入りこんもともと無意識に性 = ネルギーを他の = ネルギーーーー仕事や、その でいるけれどね。しかし、たとえば無精子症などで生殖能力を失っ他のものへ転換するのがうまかったりするの。あるいは意図的に、 た人間が、性欲を失うかといえば、そうでないことなどから、『性』性エネルギーの拡散剤をのむものもいるし。しかし性をおそれる必 とわたしは思っています。それは人類にとって、はし というものが人間にとって、自我とかかわるきわめて大きなファク要はない ターであることは明らかだし、人間特有の・ ( ラ = ティにとんだ異常めからあ「たものだし、ときには有益な結果さえもたらすものよ。 たた、管理していさえすれば : : : それを自然な状態しゃないという 性愛や、深く信頼しあって契約関係を成立し、現実に愛しあってい るートナーでさえ、きわめてしばしば『浮気』の誘惑にかられるものもあるけれども、では、赤ん坊のときは人間は食欲を抑制でき ないでしよう ? それが大きくなると、自己管理できるようになる ことの説明はこれでつくというわけね。 ーウインは、この性 = ネルギーを他のもので発散、あるいはわ。それを、自然な状態じゃないから赤ん坊のころのようにもどす 代行させることができないかどうか、いろいろとためしてみた。しべきだ、という人がいるかしら ? それと同じように私たちは長 、長いこと性と、それのもたらすもののために苦しみ、混乱し、 ーウイン一派は実 かし結果はどれも『ノー』だった。そこで、ショ どんな悲惨な 験の結果、どのぐらいの期間性 = ネルギ 1 を解放すれば、人間は昇破減し、ふりまわされ、愚行を演じつづけてきた 犯罪が、どんなにたくさん『性犯罪』として行なわれてきたかきい 華されるかを理論づけた。 しかし、いまようや フラスコから生まれ、ホモ・テストチ 1 ヴの末裔である私たちたら、あなたはびつくりするでしようよ 私たちは性にたいして『ものごころがついた』のよ。なぜな には、したがって、自発的に性衝動をセックス行為に結びつける何 かが欠けているわ。それで、放「ておけば、破壊行動に走 0 てしまら、いまや、私たちは、性と、そして生殖、そのどちらをも管理す うことになる。しかし性ホルモンを投与すると、私たちは一時的にることに百。 ( 1 セント成功しているのだから。 どう ? これで、『な・せ性の管理が必要か』というあなたの 性行動への志向をもつようになり、そして行為によって性エネルギ 1 を昇華しうる。この期間もひとによって異るしー・ーーだからパートアドレス・テーマのお答えになったかしら」 でも」 「完璧に、マリア。 ナーとの性エネルギーの絶対量がちがうならば、セクシャリストの ・ほくは、いつのまにか、のみものを手にしたラウリがもどって お世話になるか、あるいは自分自身がセクシャリストになればい きて、話のしやまをせぬよう、じっとすわっていたことに、そのと 5
5 石レヒッウ いもない。ひかわきようこも、ストーリイを かし大したもんだと思ったね。ようやるもんころがあった、というより、このごろ小 だと思う。いや、決しておちゃらかしている説ではあまり味わったことのない、わ、書けば、二十年前のジュヴナイルみたい わけではなく。 う、という感動を、たてつづけに少女マンガかもしれないが、まことに生き生きと書いて いる。で、水樹和佳にも、この「てらいのな とにかく、当節の日本にはちょっと見で味わっていたせいである。 られなくなったくらい「らしい」のでたとえばプリンセス 8 月号の萩尾望都「さ」があった。 す。出てくることばも、発想も、ストーリイ -< 」がすごくよかった。ビッグコミックフ人類の進化と「種の限界」、クローンの人 ート・コンタクト、「神」と、 も。たとえば、知っている人にはいまさら、 オーレディーの竹宮恵子「私を月まで連れて間性、ファス といわれるだろうが知らない人のために「伝って ! 」のクローン双児の話もよかった : フ外宇宙人の人類の進化への干渉ーーそう書け 説」のストーリイをちょっと書いてみると、チフラワー連載中の佐藤史生の「夢見る惑星ば、ファンは「ケッ」というかもしれな い。少なくとも、活字はそんなことはす 舞台は二十五世紀、地球連邦政府の中に、唯より」も楽しみにしている。な・せか 一の独立都市であり、二十二世紀初頭に謎の 9 月号のひかわきようこ「魔法にかかった夏でに五十年代にやりつくしたのであって、 大科学者ラダによって創立された科学者の集休み」も、何かホノボノとしてよかった。特まさらそんなことをかったるくやってはいら 団「研究都市」がある。 に宇宙人とヘンな次元生物の絵が最高にいれないーー少女マンガが生き生きとそうした 科学は進歩しているのたが、かれらは宇宙 ( すごくおかしいこともあった。「古くさい」テーマを書いておられるのは、 へ出てゆくことができないでいる。他の目標でマンガ時評をしてる倉田という人が少女要するにそれがこのメディアではまだ書かれ をすべてはたして、人類の宇宙熱が日に日に マンガの話をして、「ではないが山岸涼ていないからということではないかーーと思 たかまっているが、研究都市の人々だけが、子の『日出処の天子』がいい」と書いていうかもしれない。 人類の宇宙に出てゆくことを阻む「限界」をた。この人は、一回だけ読んだんじゃないのしかし、実験小説、、冒険小説、 知っている。そこへ、死んだと信じられていかね。あれは「歴史マンガ」だ、とでもいう、等々がふえるというのは、これは、 たラダがコールド・スリー。フに入っていたこのだろうか ) むろん「日出処の天子」もい とがわかり、人々の宇宙熱が一気に爆発する ( 淡水さん好きょ ) というのが本筋で、これに新しい高次のまあこれは結局、また何となく少女マンガ 人類の誕生、ヒマラヤの奥地で荒行をつむ高がはつらっとしてていいな、ということにも ~. 僧、突然変異 ( これが「樹魔」の主人公で正なるのかもしれないが、しかしそれとは別に 確にはそうじゃないが ) の進化をとげた少女して感じることがあり、それは、「少女マン と少年、等々がからんでくる。 ガ家のはどれも実に素直だ」ということ 実はいまさらこの作品 ( 雑誌発表は七九 ~ である。 」もクローン ノ十年 ) についてとりあげたのは、ちょっと - 「ー」も「フライミーーーー 最近「少女マンガと」について感ずるとの話たが、それを書くのにかれらは何のてら 水樹和徒 円 5
しないようにつて、弟さんに言っといてくれよな。今夜はおれがねるつもりよ。もう、一連隊つくれるぐらいは浪費しちまってるんだ らってるんだから」 けどな。おやじがおやじだろ。こないだ人間の女と会ってるのを見 つかったときなんざ、急所切り取られて、足枷はめられて、コンス ス。ハリーンはなんだか心がうずうずしてきた。女が来るというの タンチノー。フルにでも船送りになるんじゃないかって青くなったも なら、呪力をかけてからかってやれる女が来るというのなら、 ティーだってなかなか愉快なものになるにちがいない。そして、もんだぜ」 しもそのなかに″狼の心をもっ女〃がいたら、ヴァーカラの暗い目「おやじは、昔ながらの筋金入りの狼たからな。明るいうちからこ にみつめられてもひきよせられてこないような女がいたら、その女そこそ出かけりや、行き先くらいはばれちまうさ」 「兄貴はどうやって、つかまらないですんできたんだよ」 こそはほんものだ、こちらはますます熱心に言い寄ることになる。 お腹の毛根がかすかにざわめき出すのを覚えて、ス。 ハリーンはあわ「おれだって、・とつつかまったさ」ヴァイランスが言った。「でも てて考えるのをやめた。そもそもヴァイランスの治療を手伝うためま、おまえほどはなばなしくやってきたわけじゃないんでね。結婚 にここに来ているのではなかったか。約束したのだ。馬鹿なことは前には二度くらいしかなかったかな。どっちのときにも、おやじに しないって。 はしつかりお説教されたよ。わが一族の貴重な種を、どうせ子ども 彼は着がえをするために、ヴァイランスについて部屋へもどった。もできやしないよその売女どもに浪費するなってね」 「ふん、偽善者め。おれたちの妹だって、コサック女との混血じゃ 「そら、おれのこのズボンをはきな」びったり肌にはりつく口シア 風のズボンをヴァイランスはさしだした。「シャツを貸してもらえないかよ」 るかどうか、リムスキイに聞いてくる。おまえは肩幅がありすぎ「コサック女はコサック女でも、狼の心をもったコサック女だ」ス ハリーンの喉もとのカラーにやっきになりながらヴァイランスが言 て、おれのじやどれも合わんからな」 ヴァイランスは部屋を出ていった。二、三分してもどってきたときった。 には、正面にひだ飾りのついた真白い木綿のシャツをかかえていた。 「それがそもそもすべての問題の種なのさ」ス。、 / リーンが一 = ロった。 「女も来るのかい」ス・ ハリーンが聞いた。 「狼の心をもっ女ってのがこう少ないってのに、どうしろっていう 「もちろんさ」ヴァイランスが言った。「だが、期待するなよ。おんかねー れだってここに来てこのかた、一度だって″狼の心をもっ女″にお「いい相手をとりもってくれっておやじに頼んでみたらいいじゃな 目にかかったことなんかないんたから。ところで目下お熱のタター いか。一族の女のなかには、エキストラの夫を探してるのだってき ル娘とはどうだい」 っといるぜ。ノガイ地方のヴァークラなんかどうだい」 「どいつもこいつも似たりよったりさ」ス。、 , リーンが言った・「狼つらい思い出がよみがえってきて喉をしめつけられるような気が 5 とは似ても似つかないけど、それでも、子どもさえできたら結婚すした 9
ⅢⅢⅢⅢⅢⅢ川ⅢⅢⅢⅢⅧⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ聞ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅣ ーいかに , も 大陸のどこかに漂着、加富倫 ( チャツ。フリンと読めるけど、まの内容だが、それにしても主人公が功夫というのま、 さか : : : ) という男にめぐりあう。加富論はもと豪商だったのお国柄をあらわしていて面白い。もし機会があったら、これも ぜひ読んでみたい一冊だ。 だが、ちょっと遊びに出かけたところを蛮人につかまえられ、 奴隷として売り飛ばされた。主人公は人食い人種の鄂薄 ( ? ) 人だが、どうにかその手を逃れてきている。彼は薬草をもって さて、と。今月のテーマは、那珂良二。といっても、知らな 査氏兄弟の傷をなおし、一縉に滝を見に行ったりする。あいに く加富倫は又しても鄂薄人の手に陥るが、今度は査二郎が敵とい方がほとんどだろう。実は何をかくそうこのぼくもよく知ら 戦って加富倫を助ける。一行はまたライオンにおそわれた人間ないのだ。わかっているのは、昭和十七 ~ 九年頃にかけて何作 を見つけて救ったが、実はこれがさる部族の酋長。部族の連中かの長篇軍事科学小説を発表して活躍していたという程度のこ は査二郎を新たな曾長に選び、かくてこの部族の支配者となっとで、もちろん経歴は詳細不明。おまけに確認している作品 た査氏兄弟は、食人種だった鄂薄人と薩朴達人を平げて食人のも、わずか三篇しかない。で、今月はこの人について、あらん 風習をやめさせ、工場や学校を作ってこの地を文化国家に仕立限りの資料を使って書いてみようじゃないか、というワケなの て上げる。附近の小国も次々に帰順を示し、査氏兄弟はついに 那珂良二 ( なか・りようじ ) は、海野十三、蘭郁二郎らの影 連合国大統領になるーーというお話。 響を ( たぶん ) うけて、大戦中にの。フロ作家として活躍し はんとに限りなく・ ( カ・ ( 力しいと言おうか、果てしなく夢がていた人物のひとり。ただしの道を志しはじめたのは、か あると言おうか : : : 。怪獣・蛮人いりみたれ、かなり盛り沢山なり古い ・サイエンス誌〈科学画報〉 誠文堂新光社発行のポビュラー は、昭和一一年にひきつづいて昭和五年七月に第二回の″懸賞科 学小説募集″を開催。このコンテストの結果は、三、四、五等 窈〉各一席ずつの計三篇が入賞と決まり、同誌の昭和五年九月号に 」報掲載された。 天画 昇学「物質と生命」小関茂 ( 三等当選 ) 「イサペラの昇天」那珂良一一 ( 四等当選 ) べた「・ハチルスは語る」阿部彦太郎 ( 五等当選 ) ザれ ィさそして四等当選の「イサべラの昇天」こそ、那珂良二の名前 が・ほくたちの眼に触れる皮切りなのだ。この作品は未来都市を 舞台に一レビュー ・ガールの失踪事件を散文小説ふうに綴ったロ もので、三十枚ほどの短いものではあるが都会派小説的な繊細 宿物え ぐ - 」 0
「あなたがたが建造された『恒星船』は、われわれが判断するとこ だから、シオダからその案を耳うちされたヒノは、・、ぜんはりき ってしまったのである。 ろ、『恒星間ラムジェット 』の一種だと思います。その構造はなか なか立派なもので、われわれ地球人も過去に似たものを試作し、近ところが 隣の恒星にとばしたことがありました。だから、皆さんが銀河旅行 ″ダンプル人″の反応はまったく意外なものだった 0 長老は二メー に成功なさるであろうことは信じて疑いません。しかし長老、おわ トルの首をこまかくふるわせて言った。 かりのように、『恒星間ラムジェット』は燃料効果はすばらしく良〈地球のお方のおこころざしはありがたく思います。しかし、わた いとはいえ、ス。ヒ】ドの点で光速をこえることはできません。したしたちはたとえス。ヒードが光以下であっても、自分たちの造った がって、一〇〇〇光年先の星をめざすとすると、どうしても到着す宇宙船で旅がしたいのです〉 るまでに」〇〇〇地球年以上かかってしまうということになりま「そうですかあ : : : しかし、ご遠慮なさらなくてもいいんですよ : 〈わかっております〉 〈じつを申しますと、これまでにも、に乗った宇宙人がこの 細長い首をゆり動かす長老にむかって、ヒノは声をはりあげた。惑星を訪問されまして、地球のお方と同じような申し出をされたご 「わたしたち地球人は、すでに通常の『恒星間ラムジェット』や反とが : : : そうですねえ・ : : この三十年間に七回ぐらいはあったので 物質エンジンなどの技術は卒業し、″超光速や″ワー。フ航法″をす。しかし、わたしたちは、そのつど、そのご厚意を辞退してまい りました〉 実現しています。われわれが母船からとんできた小型調査艇の″ヒ ノシオ号″ですら、″白黒穴帆型″という原理で超光速を出すこと「そりやまたどうしてですか ? もったいない : : : 」 ができるのです。それからもうひとつ、ぼくら調査員はいつも銀河 ヒノは、とう・せん喜ばれ、受け入れられると思っていた自分の提 をあちこち駆けまわっていますから、皆さんに向いた惑星もいくっ案が拒否されたので、少々むっとした口調になってたずねた。 かは知っています。ーーということで、いかがでしよう、われわれ長老はおちついて答えた。 が、あなたがたに向いた手ごろな星系をみつけ、超光速でそこまで〈わたしたちは、このままここで朽ち果ててしまいたくはありませ 運んでさしあげましようか・ ・ : : ? もちろん本社には内緒ですがねん。生物学的な進化がこの先どこまでつづくかは知りませんが、種 全体がつくりあげた〃ダンプル文明″だけは、なにがなんでも、墓 ヒノは言いおわって胸を張った。 場から脱出させて、新たな進化の地平へと進ませたいと考えていま 異星人を助けるーーということは、本社からの命令にはほとんどす。そしてそのためには、自分で創造し、自力で目的地へ行き着く ないことなのだが、こうやって銀河をめぐるヒノシオ・コンビにと ことが不可欠な条件だと信じているのです。わがままを申すようで すが、わたしたちの自由にさせていただきたいのです。しかし、皆 っては、じつに気分のいし やりがいのある仕事なのだ。 2
ヒノは指をならした。 そちらが尾部にあたるわけだが、そこにも妙なふくらみが見えてい 「たしかにそうかもしれん。に乗ってぎた宇宙人の技術を学 『了解。すぐに行きます。まったく、わたしが艇外活動すると、調んだりして、あのころの地球文明の宇宙技術の進歩はすごかったら しいからな。″白黒穴帆型″の原型だって、すでにその当時の論文 査はスムーズですなあ : : : 』 にあったんだそうだ : : : 」 アールは真空中で身をひるがえすと、ただちに全長二一七キロメ ヒノとシオダの意見が一致したとき、アールからの報告がとどい ートルのシャフトの最後部へと向かった。途中、トランシー・ハを介 して、鼻唄がとぎれとぎれにひびいてきた。 『予想していたとおりでしたよ、シオダさん』 そのひびきの中で、ヒノがシオダに報告した。 「本社からの図面がとどいたそ。ほら、これだ。いまパラバラと見「やはり磁場によるものか ? 」 『そうです。シャフトの尾部は直径が一・キロメートルほどの球体に ていたが、中に、似た形のものがいくつかあるようだな。とくにパ なっていますが、この球体によって後方へ漏斗形にひらく磁場がで サード型というのが似ているようだ : : : 」 「それで安心した。もはやまちがいはないー・ー」シオダはヒ / のさきており、基地からの荷電粒子ビームをはねかえすようにな「てい しだすその図面を注視しつつ言った。「ーーさっきのマンモス『ホます』 「磁場の直径は ? 」 ィール』と、この串団子とが一体となって、ひとつの『恒星間ラム ジ = ット』を構成しているのだ。あとは、尾部の初速付与装置がど『有効径は約一〇キロメートルです』 うなっているかを知るだけだ : : : 」 「なるほど : : : 基地からの粒子ビームをその磁場でうけて、後方か 「くわしいことはあとで教えてほしいが、たしかにこれは『恒星間ら押してもらい、初速を得るしくみになっているわけだ」 ラムジェット 』だな。しかし、地球からのデータによると、このタ 『それから、むろん球体の後部は噴射ノズルになっており、そこか ら、ラムジェットとしてエンジンが作動したときの噴射がなされる イプは″・ハサード号″という名の試作品が″ラランド二一一八五″ にむけて翔んだことが一回あっただけらしい。ということは、どこようになっています』 かに欠点があるのかな ? 」 「ようし、それですべてわかった。ご苦労だったな、アール。そろ 「いや : : : 」シオダはかぶりをふった。「ぼくの考えでは、とどい そろ帰還してくれ。つぎは地表をさぐる段階だ」 た図面のどれにも、いくばくかの欠点がある。このタイ。フが試験飛『了解しましたがシオダさん・ーー・』アールは、ちょっとなっとくし これが『恒星間ラムジェッ 行だけでおわったのは、やはり地球の銀河旅行技術が″ワー。フ″ : たい口調で、質問してきた。「 5 や、″超光速″の方向に進んだためではないかと思う。時代的にもト』の本体であることは確実でしようが、この、二一七キロメート ーいったい何のためについているんで そうだろう ? 」 ルもある長い長いシャフトま、
ではなく、有能な惑星調査員であることは、《コンサルタント社》 : 」オシハラ課長はおかしそうに笑った。「 : のすべての幹部が認めている。さっきはただからかってみただけ むろんそんなことはわかっておる。おれだってダテでこのデスクに だ 0 じつは、今回の話は、まったく逆のことなのだよ : : : 」 坐っているわけじゃない。豊富な経験をつんでおるよ。きみたちの「逆ーーと申しますと ? 」 調査技術のすぐれていることは、シタ・ ( ヤシ部長にもちゃんと伝え - , 課長の話がまじめになったので、シオダはノートをひろげ、姿勢 を正した。ヒノもそれにならった。 てある。だから、夏のポーナスだってけっこう良かっただろうが : オシハラ課長は言った。 「さあ : ・ 「じつはな、シタ・ハヤシ部長がきみたち二人の日頃の働きを大いに 認められてだな、今年の夏はなるべく軽い調査をやってもらい、そ 「計算できるほどのアップは記憶にありませんが : ヒノもシオダも、嫁さんの渋い顔を思いだしながら、大げさに首の帰りを特別夏期休暇として、嫁さんの : : : ほれなんとかいったな をひねった。 ヒノは嫁さんと聞いて、声を大きくした。 オシハラ課長は、同意しない二人を眺めて、しばらく不満そうな 「わたしの妻はマツリカといいます。地球の自宅で宇宙大学の学生 顔をすると、 「いや、きみたち、基準をどこにとるかを考えてもらわんとな。こに数学や音楽を教えています」 シオダは静かな声で、 のわしよりはアップ率が良い と言っておるんだ」 「わたしの妻はスーザンです。やはり地球で、ドラッグ・ストアの ヒノはびつくりしたような声をだした。むろんわざと出した声で ある。 検査係をやりながら宇宙生物の研究をしています」 「ええッ ! 課長のポーナスってそんなに低かったんですかツー オシハラ課長は、さも知っているよ という表情をつくろいな われわれよりもに」 がら一 = ロった。 シオダはヒノのわき腹をつついた。 「そうそう、そのマツリカやスーザンといっしょにだな、公用の一 「おいおい、あんまり露骨なことを言うなよ」 部という形で、既開発惑星をめぐりながら、・ハカンスを楽しんでき という粋なご指示があったのだよ。うらやましいか オシハラ課長は、二人をからかうつもりが、自分がからかわれそてよろしい うな雰囲気になってしまったので、渋い顔で横をむいた。 ぎりだな、きみたち : : : 」 しかし、じきに、真顔にもどって、デスクの上のファイルを手に ヒノは、この課長の話に、相好を崩した。 とり、それをめくりながら、説明をはじめた。 「いや、どうも、それはありがたいことで : : : さすがは苦労人の部 「ポ 1 ナスのことはともかくとして、きみたち二人がサポリ屋など長ですなあ ! 」 4
かる。本体のラグビ 1 ・ポールの中心を長軸方向に貫通している灰シャフトの先端を円筒でカ・ハーしているように見える。そのあたり 色の棒だ。本体の外部に出ている長さは、こちらから見て右がわがの構造はどうだ ? 」 『たしかにそうなっています。直径が約五〇〇メートル、長さが一 五キロメートル、左がわが二〇〇キロメートルだ。左がやけに長い な。本体の長径が一一一キロだから、全てを合計すると二一七キロメキロメートルぐらいの円筒状の構造物で、シャフトの先端がおわっ ートルということになる。さて、そこまではスクリーンですぐにわています。で、問題はその内容なんでしようが : : : 』 かるんだが、問題は太さと材質だ。それはどうなってるかね ? 」 「円筒の先端部はどうなっている ? 」 『わたしはいまそちらから見て右がわにいるわけですがーーー』すぐ『いま近づきます。うわッ ! 』 アールがとっ・せん叫んだ。 にアールの声がひびいた。アールはまったく気を良くして、活躍し ているのだ。 この部分のシャフトの太さは、一〇〇メートル 「どうした ? 」 あまりです。長さにくらべてじつに細いですな。そして、ざっと見シオダは心配そうに腰をうかした。 ーしちまいました。し わたしたところ、どの部分も同じ太さのようですよ。そちらからみ『すごい磁場です。計器のスケールをオー て左がわに伸びているシャフトも : : : 』 かも、円筒の前方の空間まで分布している磁場です。離れたところ 「材質は ? 」 では漏斗状になっており、円筒の近くではクモの巣状になっていま 『材質はポール部分の船壁やマンモス『ホイール』と同じようです』 す。しかし、このシャフトの部分には、かなり強力な磁場がとりま「身体が磁場で狂わされないように気をつけて、真正面のすこし遠 いています。磁場の源は、たぶんモノボールでしような』 方からのそいてみてくれーー」シオダの両頬には笑みがうかんでい 「わかった。ではつぎにアール、その五キロメートルのシャフトの た。「ーー円筒の中心には穴があいており、その穴をとりかこんで 先端について調査してみてくれ。スクリーンによる観測でも、かな磁場用のコイルやモノボールが装荷されているんしゃないかね ? 」 ややあって、ア 1 ルの返事がまた。 り風変わりな形状をしているようだからな : : : 」 『そのとおりです、シオダさん。やつばりこれは、典型的な『恒星 シオダの言葉がおわらないうちに、アールの所在を示す赤い占 は、スクリーン上を右方へ移動しはじめた。五キロメートル先のシ間ラムジェット』ですよ。むろんこちらがわが船首です』 ヤフト端部に達するのに、二分もかからなかった。 「うむ : : : その他に気づいたことはないか ? 」 『ううむ、これはややこしくなってますなあ』 『円筒の周辺部には、無数の突起があります。どうやら、レーザ光 端部に到着したアールは、ちょっと困惑した声をだした。 線や粒子ビームを前方にむけて発射する装置のようです』 シオダがアールを誘導した。 「ますますはっきりしてきた」シオダは調査ノートにメモしながら 「右方の先端部はかなり太くなっているな。こちらのスクリーンは言った。 つぎにアール、左方のシャフトの端末をみてくれ。 234
はなれなかったからだ。だが、ローダには、それとなく尋ねてみて回した。 「あいつのことだ、何とかなっているさ。あるいは、おれたちがい ロールは、ローダが目覚めたら、その可能 もいいのかもしれない。 なくなって、せいせいしてるかもしれない」 性を確かめてみようと思った。 「そうじゃないわ。彼が、ヘダスと会えるか、どうかと思っている メリンが、沈黙を破った。 「ねえ、ロール、どうしてローダたちの機が、私たちのうしろからのよ」 「ヴィトグに着けば、何とかなるだろうな。あいつはそういう奴 やってきたのかしら ? 」 「ああ、それはおれも妙たと思っていたんだ」 ロールは、キリイの名を口にしないように、言葉を選んだ。 ロールは答える。なぜなら、あの白い霧が出てきたときには、ロ 1 ダたちの飛行艇は、彼らの前方にあり、しかも、はるか右方を飛「キリイは、どうするつもりかしら、これから」 んでいた筈なのだ。それが、霧が晴れた瞬間には、彼らの背後にあ「とにかく、ヴィトグに行って、〈ダスを探し出し、おれたちが戻 ってくるのを待つだろうな、たふん」 り、まっすぐ空中衝突をするコースを取って突っ込んできたのだ。 偶然かもしれない。だが、ありえないほどの偶然だ。それを信じ「そうね、そうするしかない。じゃあ、あとは私たちが、どうやっ るくらいなら、何者かが、自分たちを破減させるために仕掛けてきて戻るか、ね。でも、ここが、どこかわからないんじゃ、手の打ち た罠たと考えた方が、まだいいかもしれない。誰が、どのような方ようがない」 「この闇しゃな。明日の朝になれば、何とかなるさ」 法でそれをやろうとしたのか、わからないが、それでも偶然の一言 。もちろん、そのとき、すぐさ で片付けるより、ましかもしれない ロールは、メリンの顔を上に向けさせ、唇を押しつけた。 まロ 1 ルの頭に浮かんできたのは、アレクサンドロスの名だった。 「大丈夫さ。ローダたちの飛行艇は、もう使えそうもないが、あち けれども、アレクサンドロスの人間たちに、そのようなことができらの部品をうまく都合していけば、こちらの機は、また飛・ヘるよう になる。そうすれば、ヴィトグになんて、すぐ戻れる。もしかした るとは思えなかった。少なくとも、そのような可能性について、マ イダスでは教えられなかった。アレクサンドロスが、そのような技ら、キリイたちより早く着いちまうかもしれない」 術を完成していたとしたら、マイダスとアレクサンドロスの関係 メリンの目が、ロ 1 ルの目を見つめた。 は、今のような状態ではなくなっているだろう。 「そうたわ、ロール、キリイに連絡してみてよ。連絡が取れるよう なら、私たちは、キリイとはそんなに離れてないことになる」 では、なぜあのようなことが起きたのか。ロールの疑問は、また ロールま、メリンに笑いかけた。 そこに戻った。 「キリイは、うまくやっているかしら ? 」 「もっと簡単な手があった。あのときの打ち合わせどおり、奴がま メリンが、尋ねてきた。ロールは立ち上がってメリンの肩に手をだ通信器を発信状態にしていてくれたら、奴の位置なんて、すぐわ