4 ゝ 「あいつは ? 」兄に聞いてみる。 「イワン・ステフアノヴィッチだ」ヴァイランスがこたえた。「礼 儀知らずの田舎もんさ。しょ 0 ちゅう喧嘩の種をさがしまわ「て る。何を言われても怒るんじゃないそ、スパリーン。おれにまかせ ておけ。扱うこつってものがあるんだから」 彼らはイワンと向かいあわせの席に着いた。そこしか空いていな か「たのだ。アステンカが地酒の赤ぶどう酒チクールをみたしたコ ツ。フと、苺とクリームのかたまりを山盛りにした大鉢を運んできた。 ( リーンは苺は断わったが、ぶどう酒の方は一気に飲みほした。 「弟さん、いけるじゃないか」デイミトリイが喚声をあげてスパリ ーンの背中をたたいた。「アステンカ、こっちにもう一杯だ」 赤髭のコサックは、上着の胸にかけた弦楽器をはじきながら、じ い 0 と考えぶかげにこちらの様子を観察していたが、やがて仲間の ひとりの方をふりむくと、ヴァイランスやその連れに聞こえよがし にたずねてみせた。 「われらが名軍医どのの助手が、草原出のくさい山羊医者野郎だっ てのはほんとかよ」 会話が途絶えて、不気味な沈黙がながれた。怒りのあまり、ス・ ( リーンはプーツからナイフをひきぬいたが、その手がテープルにま であがらぬうちに、ヴァイランスの小さな掌が手錠のようにその手 首をつかんだ。みると、ヴァイランスはもう片方の手で、デイミト リイのこぶしをおさえている。 「ああ、そのとおりだとも」やじ馬たちにむかってヴァイランスが 「くさいくさい山羊だって診てきたさ。そうすりや、コサ 一一一一口った。 ックの兵隊をなおす練習になるからね」 誰もがどっとわらって、気ますい緊張もほぐれた。ふたりの耳も 7 2
レイしく写真入りで報告しておいた。 さて、レイレイしく述べたてた昨年のが光行差で拡がるときの計算にやたら # すると、おどろいたことに、 Z#.ÄO の九月号以後、恥も外聞もなく というをつけたが、あれは無駄の多いやりかた 9 誌のマイコンクラ・フ・ニュースの人感じで、相対論効果を計算したときの Z で、二、三個所に指定をしてやればよい ということらしい ー O のプログラムを付録につけ が取材に来訪され、『星虹』をプロッタ ーで描いているところを写真に撮られてておいた。 そのほかにもいくつかで教示をうけた しまった。 なぜそんな恥ずかしいことをしたのか が、とにかく勉強になっこ。 九月の末に発売になるマイコンクラブというと、マイコンになれてる若い読者太田俊哉氏はその後、『星虹』の大型 の Q << Z O という雑誌に出るのだ から、いろいろ教えてもらえるたろうー 計算機による計算結果を送ってくださっ そうだ。 ーと思ったからである。あんな幼稚なプた。さらに、球体が高速ですれちがうと ログラム、とても見ちゃおれない まったくお恥ずかしいい ときの、表面のひずみ計算について、プロ いう調子で : でも私が、ゲームと的科学技 グラムの心得みたいなものを一センチぐ 術計算の双方を考慮したとき、一九七九期待にたがわず、教えていただくことらいの厚さのレポートに書いて送ってく ださった。 ができた。 年の時点では (z O のをするつも りはまったくありませんけど ) O ー八 その代表は千葉県の太田俊哉さん。 裏面をデ . イス。フレイから消す消し方な 〇〇〇がいちばん有利だ と判断した太田氏のご注意は ( 大きく二つあったんかについても、くわしく説明していた のは、し ・こ、てしる 、まふりかえってみても正しかっ ように思う。そのひとつは、をも たと思う。 ということ。 っとたくさんつけよ しかし、うーむい システムとしてかなり良くできている たしかに、プログラムをあとでふりか厚さ一センチのレポートを見ながら z からだ。によると、コン。ヒュータの専えってみるとき、いくら機械語よりは人ー n<n—o を組むのは肩がこるなあー 門家の大野万紀氏も同じ機種をそなえら 間語に近いといっても、やつばり記号の球体の表面像の変形については、昨年 れたらしい。ますます自信がついた。 連続だから、内容を読みとるのが非常に一〇月号でプログラム大募集をしたわけ 九月号のときは、まだディスクは買っむずかしい。 で、太田さんの厚さ一センチのレポート ていなかったのだが、近距離星のカタロ したがって、文によっていたるはその間接的な解答ということである。 グをつくるためにはどうしても必要なこ ところに注釈をつけておかないと、あと直接的には、毎度おなじみの須賀隆氏 とがわかってきたので、ごく最近、 AO で再利用するときに何が何だかわからな が、極点が視線方向にある場合につい ー八〇三一を導入した。まだお金は払っくなってしまうのである。 て、そのものズ・ハリ、 O ー八〇〇一に ていないのたが、現在のサイフの中身を勉強になった。 入る。フログラムをカセットに人れて下さ 考えたとき、はたして払えるかどうか、 もう一つ注意されたのは、倍精度計算った。 慄然たる思いである。 のときの # 符号のつかい方である。太陽これはバカチョン式にできるので、そ
とでヴァイラン , スが小声で言った。 女の頭をぶんなぐる 「まったくすぐかっかとしおって。もう一歩で決闘沙汰だったそ。 少しはおとなになれ、おとなに」 ス。ハリーンはこれを聞いてひどく侮辱された気がしたが、ヴァイ 赤髭のイワンはそれでもまだ新来者いびりをやめぬ気らしかっ ランスの手前もあって、なぐりあいではなくうたでやりかえしてや - ) 0 ヾ、 , ラライカをとり出し、二つ三つ和音をかき鳴らしてみせて彼ることにした。テープルごしにイワンから。 ( ラライカを貸してもら は一一 = ロった。 い、彼は言った。 「おれは長年タタールのやつらを見てきてわかったんだが、タター 「おれは長年コサックのやつらを見てきてわかったんだが、コサッ ルのやつらってのは、ほんとにお上品なやつらよな。このタタール クのやつらってのは「ほんとに洗練されてて、お上品さにかけちゃ やつらの右に出る者はない。せ」 の唄を聞きゃなるほどと思うぜ。いまうたってやるからな」 そう言うと彼はロシア語でうたいだしたが、その節まわしもどう ・ハラライカをつまびきながら、カづよい ハリトンをはりあげて彼 やら自分でひねり出したものらしかった。というのも、タタールのはうたい出した。 唄なんかとは似ても似つかぬ代物だったからだ。 おいらはコサックおいらはくさい おいらはタタール くさいのはウォッカ・ウォッカを飲むからさ いやしい邪悪なタタール野郎 くさいのは小便聖さん式だって小便でやるからさ おいらの行くとかどこも血まみれ おいらの好物けんかさわぎと おいらはコサックぐうたらの田舎っぺ ぶどう。ハンにのつけてこんがり焼いた みんな言ってる誰がみたって 赤ん坊 ろばと寝るしか能はなし おいらはタタール イワン・ステフアノヴィッチが腰の細剣に手をかけた、 いやしいくさいタタール野郎 「もういっぺん言ってみろ、タタール野郎」彼がほえたてた。 おいらのにおいはイワンおじさんの 「ちょ、ちょっと待ちなよ 9 弟の言ったこと誤解してるんだ」ヴァ きたない靴下とおんなじにおい イランスが割って入った。「いい力い。弟はタタール語を使ったの おいらの酒は乳酒と小便 さ。タタールの言葉でやるって言ったら、手入れしてやるって・こと 女がほしけりや死んじまうほど なんた。つまりス。ハ、リーンのやつはこう言おうとしたのさ。″ろば 8 2
スパリーンは知った。けれども彼女は、ヴァーカラの呪力にみちたけ・つくような痛みをスパリーンは感じた。 まなざしを必死ではねかえしている、こんなにもちいさな、こんな、 , 「ヴァイランス、もういいみたいだ」 ~ ずきずきするこめかみを両手 3 にも勇敢な鹿なのだった。尊敬しないではいられなかった。彼は目でおさえながら、スパ リーンが言った。 をふせて、そして言った。 「もうかい ? 」ヴァイランスは、スパリーンの眉間にひんやりする 「行きな。ちっちゃな、おれの妹」 指先をあてた。指先は小さな吸い口になって、そこからほとんどの 隊長の女が立ちあがり、きつばりと背をむけてすべるようにドア痛みを吸いとっていった。 , 」 の方へ去っていく。 「ああ、もうだ」 悲しくて、喉がしめつけられるような気がした。こんなふうな出 かびからできてきた苦い膿漿が金色のしずくになって、空ろな牙 会いのあとではいつもそうだ。おれたちは古い古い一族なんだと彼からしたたってくるのがわかる。 は思った。おれたちは絶減しかかっている。 将校棟の病室に着いてみると、 ・ハリコフは一種の錯乱状態でペッ 「あんたの勝ちだよ」テープルにもどると、ス・ ハリーンはイワンに トをのたうちまわっていた。青ざめた、ろうのような顔が怪物じみ 言づた。ヴァイランスに事の顛末を話し、赤髭のコサックにむか「た形相にゆがんでいる。リムスキイが、大きな桃色の手で、潰瘍に てよびかけた。 やられた方の脚をおさえつけていた。 「もうあんたにとっちゃ遅い時間だろ。いってあんたの新しい馬を「熱がひどくなってきている」リムスキイが言った。「それに、こ 連れてきた方がよくはないかい」 の傷口の様子はどうもいただけない」 「その前にもう一杯だ」イワンが言った。「あんただって負けたう みると、潰瘍から緑色の膿がながれ出ていた。一 さを晴らさなきゃな」 「この前の患者のときと同じくらいひどいな」スパリーンはヴァ毛 女も金色の眠の雌馬も失って、スパリーンの方もなぐさめがほしランスに言った。「たいして効き目があるとは思えないぜ。録色の くてたまらない気分だったから、ふたりは、その結構な友情のため膿ってやつは、かび療法でも歯が立たないんだ」 にもうひとしきり杯を重ねることになった。それからスパリーン 「それでも、やってみるしかない」ヴァイランスが言った。「これ は、自分の雁馬をイワンの手にゆだねるために、足取りも危つかしが最後のたのみの綱なんだから」 く馬の囲いへむかった。イワンに二言三言馬の言葉を教えてやり、 治療にとりかかる前に、もう一度だけ傷口が乾かされた。顔を近 雌馬にもそっと耳打ちをして、端づなをわたしてやる。ヴァイラン づけると、緑色膿のいやなにおいがした。ス。 ( リーンは息を止め、 スにかかえられるようにしてスパリーンがリムスキイの小屋の段々 ハリコフの脚のほてった静脈にふかぶかと矛をつきたて、そこから をのぼった頃には、すでに夜明けもまちかだった。ふたりがいましひとしずくひとしずく腫れあがった矛の空ろにできた膿漿を注ぎこ も眠りにつこうとした刹那、前顎部の牙のあたりに、覚えのある焼んだ。四半時もそうしていただろうか。スパリーンは、薬汁を注ぎ
わけね。『自分の』子ども、という、。フライヴァシー感覚、私意識 いったい何故か、とショ ーウインの調べた結果は、意外なものだ の延長線上にあるものと、『他人の子ども』という、私外のものと ったーー『適応』だったのね。馬とロ・ ( をかけあわせた、ラ・ハとい の明白な差別 う動物には、生殖能力がなかった、という古代の例があるけれど、 寄妙なことだけれど、まったくセクソロジストの存在しなかった フラスコ生殖に過剰適応したエンゼル・エイジ・エンゼルたちに この古代に、すでに、きわめて古くから性のスペシャリストとしてのは、すでに自己繁殖能力が失われていたの。 セクシャリストは成立しているのよ。しかし : : : それについてはま しかし、生殖科学はすでに、体のどの細胞にでも、特殊ホルモン た古代史で習うといいけれど、そうしたセクシャリストがなぜ必要の働きかけを行って、それを生殖細胞に変えさせる段階にまですす とされるか、ということについては、古代人は恐しく無自覚たったんでいたからーークローン再生は、世界紀元八三〇年のクロノ騒ぎ のね。つまり、性というものを、あくまで生殖あってのものとしてで禁止されたけれどーー・・それは何も実害をもたらさぬばかりか、わ のみ見ていたので、独立した感覚である性の存在に気がっかず れわれはついにまったくの性からの解放を手に入れた、と主張する 気がっかぬまま、その性が満たされることを要求していたのよ。 人も多かった。ところが、そのエンゼル・エイジ後期に激増した凶 ところが、フラスコ ・べイビイ・システムが成文化された世界紀悪犯罪を分析して、明らかになったのは、それが行き場を失った 元五一年になって、セクソロジーの創立者であるユスフ・ショ ーウ『性エネルギー』というものの暴発だった、ということね。これま インが、きわめて重大な研究発表をした。知ってるわねーーっまで、つねに人間は、性イコール生殖、と考えーーーふつう動物には発 り、フラスコ ・ペイビイは、それまで人間が知っていたような意味情期、繁殖期と一致する発情期があり、そのあいだに生殖が行なわ での性欲というものが、ほとんどない、 ということを : : : かれらはれ、あとはまったく性に悩まされることがない。それなのに、人間 生殖から解放されている。そしてフラスコ ・べイビイ世代が三世代だけが、第二次性徴以前からすでに前期性欲をそなえ、生殖可能期 つづいて、完全にフラスコ・ べイビイが , ーーっまりホモ・テストチ 間が終了した個体も後期性欲をそなえ、ものごころついてから死の = ーヴがゆきわたった時代になって、突如きわめて凶悪な犯罪が激寸前までずっと『性』に異常につよい関心を抱きつづける。それに 増し、調べてみたところ、かれらーーー・・ホモ・テストチ = ーヴは一世疑問をもった学者もいないではなかったけれども、それはごく例外 代めより二世代めの方が性ホルモンの分泌が少なく、三世代めには的な存在で、つねに人間の性は、生殖、そして子孫をのこそうとす ほとんど性ホルモンの分泌がない、ということが明らかになった。フる、種族保存の本能とだけ結びつけて見られてきた。しかし、この イメイルには拶卵がなく、メイルには無精子症が極端に多かった。 エンゼル・エイジ・コンフ = 1 ジョンのおかげで、明らかに生殖、 第一次性徴はあるがそこでとまり、第二次性徴がない。みな体つき種族保存とはかかわりのない、セックスというひとつの独立した情 がほっそりして肌がなめらかで、そしてやさしく、おだやかで : 動、エネルギー、方向性が人間の中に存在していることが証拠づけ いわゆる『エンゼル・エイジ』を迎えたわけよ。 られたのよ。 4
ふたつの・フリキ箱を受け取り、大事にふたをしながらス。 ( リーンけどさ、そんなに沈着冷静なあんたが、い「たいどうして目のまわ が言 0 た。かび療法が二種類も可能にな 0 たのだ。もう患部が緑変りにそんなすてきな青あざこしらえちま「たんだろうね」 「おれだって、どんなひどいこといわれたって必死でこらえにこら したって絶望することはない。けれども、その喜びもっかのまだっ た。鞍袋にプリキ箱をつめていても、心はいっしか、金色の眠の雌えてはいたさ。だけど、なあおまえ、おまえのこと、ねずみし 0 ば のちんけなあいのこ、なんていわれたときにや、もうここで黙って 馬のところにもどっていってしまうのだった。いまごろコサックに たら男がすたると思った。そいで、ぶんなぐったのさ」 鞍なんそおかれているにちがいない、金色の眼の雌馬。みんなス。 ( リーンのせいなのだった。なんとかしてやらなくてはならない。」 「あたいが、ねずみしつぼのちんけなあいのこ、だって ! 」 千し草用の熊手みたいにびんと耳をつったてて雌馬がいなない た。「ぶんなぐられて当然だよ、この場合 ! 」しつばをふりまわし、 その夕方おそく、金色の眠の雌馬は、ス。 ( リーンが片手に鞍をぶ らさげ、もう一方の手で目のあたりをこすりながらやってくるのを鼻をならしている。 赤髭をたくわえたイワンのあごに、音をたててめりこんだこぶし みつけた。 の感触を、スパリーンは気持よく思いかえしていた。イワンはまだ 「またやらかしたね」雌馬が声をかけた。一 あのまんま戸外にのびているのだろうか。そうでなくても、なんだ 「ほんの小竸りあいよ」 雌馬の背に鞍をのせ、鞍帯をむすんでやりながらスパリーンが言か力が出ないでいるにちがいない。腕に残 0 ている、ふたつの、針 スタ 4 ッヴァ ( リーンは雌でつついたみたいな跡のせいなのだ。そこに牙をつきたてて、スパ った。雌馬をひいて、コサック部落の門を出ると、ス・ リーンが血にうえた体のすみずみにまで一カツ。フほどの血をすすり 馬にとびのり、どこまでもつづくコーカサスの山なみに背をむけ とってやったせいなのだ。血へのかわきはまだひかず、あいかわら て、草原のわが家にむかってかけ出した。 ず矛はうずいていたけれど、ス。 ( リーンはもうちっとも心配などし 「短気をおこしちゃだめじゃないか」雌馬が言った。一 てはいなかった。彼は腕ききの呪術医なのだ。草原の遊牧民たち 「ちっとも短気なんかじゃないわい」ス。 ( リーンが言いかえした。 「イワンのやろうがおれのこと、でか耳のタタールよばわりしたとが、血の報酬を払いにきてくれる。 雲の海をわたる黄金の小舟のように、三日月が頭上をすべってゆ きだってなぐりはしなかったし、・フーツに唾はきかけられたってが く。草々の葉は海原のように風に脈うちうねり、みはるかすかぎり まんしてたんだそ」 草原は地平のかなたまでつづいていた。 「ふうん、感心じゃないかー雌馬が言った。 「女は数おれど、狼の心をもっ女はひとりもなし、か」 「おふくろのことを二カペイカで寝る安娼婦なんていわれたって、 誰にともなくい . スパリーンがつぶやいた。 それでも手を出しやしなかったんだからな」 「まったく、 . あたしゃ鼻が高いよ」雌馬が言った。「そんならきく 9 3
とにかく、那珂良二に関しては、今後ともあらゆる手段を使 って調べていこうと思う。なんとかして埋もれた資料を発堀 し、日本の先駆者としての業績を再評価したいのだ。そこ で、もし読者の皆様の中に、ここで紹介した以外の作品や経歴 その他をご存じの方がおられたら、ぜひとも編集部まで お知らせ下さい。那珂良二に関する情報なら、どんな些線なこ でいてその実ちゃんと裏に科学的根拠があったりするのに対とでも結構です。なにとそ、ヨロシクおねぐわいしますワ 〔付記〕以前、福岡県に那珂という地名があったが、昭和三 し、那珂良二のアイデアは一見実現できそうで、そのくせよく 十年四月五日に福岡市に合併されて、今はない。那珂良二の出 よく考えてみるとかなり非現実的な ( だいたい艦隊の進攻をく い止めるのに、クラゲなんか持ち出さなくったって、妨害電波身校が福岡工業学校となっているところから察すると、あるい かなんか使えばいいじゃないか ! ) ものが多い。いわば那珂良は福岡県那珂郡の生まれかもしれない。ちなみに文学博士吉田 二のには″科学的ホラ話″としての性格が濃厚なのだ。も東伍の『増補大日本地名辞書』第四巻西国篇で「筑前国 ( 福岡 っとも単行本二冊きり読んだだけで、こう断言してしまうのは県 ) 筑紫郡那珂郷」の項をひくと、次のような記述がみえる。 危険なことかもしれない。 和名抄、那珂郡那珂郷。〇今那珂村是なり、日佐郷の北に して、岩戸御笠両川の間に介在す。 ( 此那珂は正に中の義 とす ) 続風土記云、那珂村の産土神を吉備津宮と云ふ、其傍に大 日堂ありて、俗に中の大日とてもてはやす、比辺を東光寺 とも字す、田の中に剣塚と古墳あり、塚上凡横二十間長三 十間、堀をめぐらし、石窟あらはる、深二間二尺許にし て、室あり南に口を開く。 なんとなく、おもしろそうな町だ。さらに太田亮『姓氏家系 大辞典』で「那珂」姓を調べると、「中、仲等と通じ、また 長、那賀とも通じ用ひらるゝ事多し」「地名としては : : : 筑前 国にも那珂郡ありて、類聚国史には那珂郡に作り、和名抄に 』『東西二郡に分っ』と見ゅ」ーー・などとある。 みちょ なお、有名な東洋史学者の那珂通世博士は岩手県の生まれ、 盛岡藩士那珂梧楼の養嗣子となったことから那珂姓を名乗った もので、どうやら那珂良二との直接的な血縁関係はなさそう ロ 7
その体制の旧運営者にはまったく、新形態の主体の一部たる権利が 「きみはいま、たつぶり十分ちかく、瞑想にひたりこんでいたよ、 認められず : : : ) ( つまり諸君にはすでにわかったと思うが、旧歴史学の問題点、とイヴ」 そのう、つい いうより最大の限界は、歴史の主体というものを、きわめてあいま「すみません。ほんとに、すみません、ラウリ いに、ケースによって純然たる運営実行担当者の上にだけおき、時セクソロジストのことから、管理ということをいろいろ考えてしま によって《民衆》というきわめてあいまいな被運営者総体の上におっていたんです。ーーわれわれは歴史を管理し、性を管理し、生と く、という無自覚性の上にあったわけだ。しかし世界紀元二二三年死を管理する、というようなことを」 に発表されたドラムスの革命的な人類生態史理論によって、あくま「きみが、セクソロジーについて、たいへん興味があるようなの でも歴史の主体たりうるものは、《人類》総体及び、すべての組織で、ぼくは嬉しいよ」 体、社会体の最小単位であるところの《個人》の二者でしかないと ラウリは、皮肉をいってるのだろうか ? その、生真面目そのも いういわゆるニ元史観が成立し、そしてーー ) のの顔をみれば、とてもそうは思えない。 アにレステーマ ( この二元史観によって、長年のあいだ人類の種的提一 = ロ命題とされ「さっそく、今日のスケジュールにアーチスト・ギルドを入れるこ てきた『個と全体』はみごとに止揚されえたことになる。 そしとにしよう。一回に一ヶ所、それがいいね ? その方が、データを ていまや、 : 一一元史法則のテーゼは、イヴ・イエンセン ? ) 混乱させず、見たものについて討論し、熟成させる時間がある。き ( 『人間はいかなる《個》であることもいかなる《全体》にも強要みのきようの自由学習は ? 」 されない。《個》であることい《個》の選択、行為は直接《全体》 「 p-«十四・〇〇からです、ラウリ」 の成果に反映し、《個》は《全体》 , に対する完全な連帯責任と自覚「よかろう、では、十三・五〇にステーションにいるよ。 とを意志せねばならない。《全体》を運営するのはすべての《個》れから、そのう・ : : ・」 であり、《個》はつねに《個》であることによって歴史の主体であ「ええ、ラウリ」 る 0 ・《全体》は歴史の一バ ーツであり、《個》は歴史をつくりだす何も、カン・ ( セーシ , ン・パターンのヴ = テランはラウリだけだ 意志である』 ) というわけではない、ぼくだって、会話学そのものの成績はわるか ( まあよろしい℃座りなさい ) ったけれども「洞察ーー推測」・ハターンのレッスンはわるくなかっ 「イヴ た。そのせいで、きみは過剰に気をまわしてしまう、過剰反応タイ 「あ・・・・ : ああ、ブラザー・ラウリ」 。フだから、洞察パターンが、よくない「先まわり」・ハターンになら ・まくよ、、ツとしこ。 ぬよう気をつけなさい、といわれてしまったが。 「あのう、考えてみたのですが・ーー」 ・ラウリの困ったような顔がヴィジフォーンの画面にうかんでい ー 47
川ⅢⅢⅢⅧⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅱⅢⅢⅢⅢⅢ る。 が起りはじめた。 。し力に無双を誇る艦といへども一歩も動け かうなれ・よ、、、 先頭の艦が、次第に速力を減じはじめて、十分も経たな ない。推進機は完全に廻転を阻まれて微動だにするもので いうちに、全然停止してしまったのである。動かなくなっ たのだ。 っゞいて第二列の諸艦が、これも黒潮の中に立往生をし てしまった。次いで第三列の諸艦も : : : おゝ、何と五十隻今月、ほとんど詳細のわからない那珂良二をあえてとりあげ の全艦隊が、黒潮の流れの、ど真ン中に集結したまゝ一寸たのは、ひとえに『非武装艦隊』のこの部分を紹介したいがた めにある。電波操縦のロポット艦隊をクラゲの大群でやんわり も前進をしない。 前進が出来なくなったのだ。びたりと進行をとめて、黒と生け捕りにする : : : この奇想天外なアイデアで、ぼくはすっ 潮の流れのまに / \ 、あゝ五十隻の艨艟が時速三浬の海流かり那珂良二という作家が気に入「てしま「た。解剖台の上で 、、シンと蝙蝠傘が出会うとシュールリアリズムの教儀だが ( ち に乗せられて漂流をはじめたのである。 しかも皮肉なことに、東へ / \ と、彼女等の祖国へ向っがったつけ ? ) 、太平洋のド真中でロポット艦隊がクラゲに出 会うと、これは那珂良二の軍事になってしまうのだ。 て哀れにも除々と漂流をはじめたのであった。 閑話休題。三木たちの活躍でアンテナをとりのそかれ、操縦 しかも見よ、彼ら五十隻の漂流艦を運ぶ黒潮は、どんよ りと鈍い色に見えるまでに、海月の大群に蔽はれてゐるの不能になった非武装艦隊は、こうしてクラゲの大群にのみこま れたまま黒潮に乗ってしずしずとアメリカ本国に押し流されて である。 おゝ、そこには何十万、何百万とも数知れぬ海月の大群 が、三米もある笠を押し合ひ圧し合ひ、或ひは重なり或ひ もう一冊の単行本、『成層圏要塞』のほうは、ひとつの軍需 は犇めいて、黒潮の流れ一ばいになって泳いでゐるのであ る。泳いでゐると云ふよりも黒潮と共に流れてゐると云っ工場がそのまま空飛ぶ要塞となってアメリカ本土を爆撃しにい 『非武装艦 くという話。こちらもなかなか面白い小説だが、 た方が適切であらう。 否、海月が黒潮になって流れてゐると云ふ方が当ってゐ隊』のユニークさにはやや負ける。 この那珂良二という人、タイプでわけるとウエルズⅡ海野十 る。見渡す限り、海の色はどんよりと鈍く濁ってゐるので 三系よりも、ヴェルヌ日蘭郁二郎系作家に含められる。作 ある。 愕くべき海月の大群。これそ荘野が隠くしもってゐた、風も、明朗青春もの風軍事科学冒険小説という点で、蘭に酷似 している。ただし、前記二冊を読んだ限りでは、那珂のに 日本の非武装艦隊である。 そして、この愕くべき大海月の重層は独得の流動性を以使われるアイデ . アには平凡なものの組み合わせによる意外性、 て推進機にからみつき、翼の旋転に伴みてその粘着力の強みたいな印象をうける。 つまり、蘭ので使われるアイデアが、一見テタラメそう い身体を、すっかり機軸や翼に捲きつけてしまふのであ
ってのは、敵の血を飲んだとか言うじゃな・いか」 を手入れしてやるのこそわが仕事″、ってね」 「いや「フン族でもないんだフン族が生き血をすするなんて悪評 「そんな言葉、タール語にあるもんか」ス。 を被ったのは、一緒にいたおれたちのせいじゃないかと思う。・フン、 「あることにするんだ」ヴァイランスがささやきかえした。「い、 族とはまるつきり血のつながりはないよ。言い伝えだと、もともと か、ス、パリーン。おまえの尻ぬぐいをせにゃならんのだそ」 はモンゴルの北方、アルタイ山脈のあたりが発祥の地らしいんだ」 イワン・ステフアノヴィッチはのけそって大わらいした。火のよ 「生き血をすするって、まさか「あんたらほんとに血をすするのか うな色をしたあご髭とロ髭のあいだに真白に歯並がのそいた。 「いかがわし い」 「今度だけはかんべんしてやろう」イワンは言った。 くきこえちまうタタール語なんそで、われらが聖なる母国語を冒濱み パリーンはなんだか気ますくなって、答えにつまってしまっ しないと約東すればだ」 た。それでもやっと、彼はロをひらいた。 「むかしむかしおれたち一族は医者をやっててさ、治療してやるた そのとき、ひとりの兵士が入ってきて、部屋のなかを見わたしは じめた。ヴァイランスのいるテー・フルを見つけると、兵士はにぎやびにお礼に人間の血を少しわけてもらうのが習わしだったんだ。ほ かなテー・フルの間をぬってやってきて言った。 んとうにむかしむかしの話、なんだけどさ」 ・イミトリイが一一一一口った。 「だといいけど」テ 「軍医どのが手をお借りしたいと言っておられます」 テー・フルのむこうで、イワンが・ハラライカをかかえて軽快なダン ヴァイランスはあいさっして席を立った。別れしなにスパ ス曲を弾ぎはじめた。 を戒めていくことだけは忘れない。 「さあ、景気をつけようぜ」彼が叫ぶ。 「約束を忘れるなよ。馬鹿なまねはしないんだぞ」 ヴァイランスが行ってしまうと、デイミトリイが話しかけてきた。 人びとがいっせいに立ちあがって、テー・フルを脇へのけた。みん なが一←列になったかと思うと、出たり入ったり、複雑な模様を描い 「あんたらの部族のこと、聞いていいかな。ヴァイランスの話だ と、ほんとはタタール人じゃないんだってな。カルムイク族とかノておたがいのまわりをまわりはじめる。デイミトリイも席を立って 仲間に加わった。もう一杯ぶどう酒をもらい、両足を別の椅子の上 ガイ族みたいなものなのかい」 になげ出したまま、ス・ ( リーンは椅子の背にもたれかかっていた。 「そうさ」スパリーンが言った。「おれたちは、モンゴル人たちが 入ってくる前からこのあたりにいたんだ。一族の言い伝えじゃ、ア酔いがまわりはじめてきたような気がする。おかげで、頭も少し軽 くなったみたいだ。でも、やりすぎるとかえって逆効果になってし ッテイラのフン族と一緒だったらしいよ。一族のなかにはハンガリ まう。このへんでやめておいた方がいいことはわかっていた。わか ーとかパルカン半島とかに定着したやつらもいるが、ほとんどはコ ってはいたのだが : ーカシア地方や草原地帯におちついた」 ディ ミトリイが足音も荒あらしくもどってきて腰をおろした。金 「それじやフン族の末裔なのか」」デイミトリイが言った。・「フン族 ハリーンがつぶやいた リーノ 9- 2