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検索対象: SFマガジン 1981年11月号
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1. SFマガジン 1981年11月号

「あいつはどうだ」 て歩ぎ出した。イワンもあとからついていく。ふたりは千島足のま 近寄り難いと評判の女を、次から次へとイワンは指し示した。時ま家を出、段々をおりて通りに出た。 間のかかる女もいたし、かからない女もいた。だがどの女も、しば 馬たちのいるリムスキイの庭の囲いまできてス・ハリーンがロ笛を らくスパリーンがみつめているといっかはきっと視線の主が気にな吹くと、金色の眼をした雌馬がかけ足で柵のところまでとんでき ってふりむき、スパリーンのすいよせるような目を見てしまうのだ た。雌馬がくろぐろとしたたてがみをふりたてると、月の光のなか った。しばらくすると、若い男たちも大半、スパリーンのテ】ブル でそれはひとすじ銀色にきらめいた。 に集まってきてしまった。女たちのほとんどがそこにいたからであ「どれ、芸当とやらを見せてもらおうじゃねえか」イワンが言っ る。 こ 0 リ 1 ンのそばまでやってきた。 イワンはテー・フルをまわってスパ 「まず手はじめにこんなのはどうだ」 何か思いついたらしい。赤銅色のこわいあご髭をおしつけるように スパリーンは古い言葉で雌馬にささやきかけた。一族の者だけが してスパリーンに耳うちした。 知っている馬の言葉だった。雌馬は柵から離れていったかと思うと 「まさかマリャンカまでは思いどおりにやできまい。隊長の女よ。次の瞬間柵めがけて突進し、非の打ちどころのない跳躍でひととび そんじよそこらの女どもとちがって、頑固で気が強いからな」 にとびこえてみせた。 「どうだい、すてきなやつだろう」ス・ハリーンが言った。 スパリーンは、もう愉快でたまらなくなってしまっていた。 「どうも馬つつう気がしねえよ」イワンが言った。「馬つつうよ 「あんたの馬とおれのを賭けるかい」言ってみた。心中ひそかに、 つややかなロシア馬がほしくてたまらなかったのだ。 り、子馬のでかいのみたいじゃねえか」 雌馬が近づいてきて、スパリーンの袖口に鼻づらをすりよせた。 「おまえさんにとっちや有利な賭けだがよ」イワンはしぶった。 「おれの方はどうすりやええんだよ。おまえさんの乗ってきた、あ前髪をひつばったり、耳をくすぐったり、そのちいさな楔形の頭を んなちっこいやくざ馬なんそもらったところでさ」 スパリーンが愛撫してやる。 「おれの馬は、そりゃあんたのよか小さいには小さいし、足のはや「調子にのりすぎないようにしなよ、スパリーン」鼻づらのひとっ さだって負けるかも知らんが、ずっと頑丈さ。まる一昼夜のりつづきで雌馬がそう言っていた。「ヴァイランスが聞いたら、絶対い けたって、草原の硬い草さえ食わしときや、なんとかやってくんだ顔しないから」 ・せ。あんたのでつかいカバーダ馬じゃ、そんなことしたら死んじま「告げロなんそしやがったら、しつばにこぶ結びをこしらえてやる うだろう。おまけにおれのは、ちょっとした芸当だってできるんだ からな」スパリーンはささやいた。それから今度は声に出して、 ぞ。来てみろよ、見せてやるから」 「さあ今度はイワンどのに寝っころがれるってとこをお見せするん ス。 ( リ 1 ンは立ちあがると、おぼっかない足取りでドアにむかっ 3

2. SFマガジン 1981年11月号

だけ、かび療法なんて荒わざに耐えうる屈強な体驅に生まれついてどうせ馬鹿なことやってる気になどなれはしないだろう。 しまったなんて。とりわけ、例のやつが矛につまってるあいだは血「それと、もうひとっ言っておくが」ヴァイランスが言った。「こ をすすれないってのが痛い・ この前ノガイ・タタール人に血をんどの治療も、おれがここにいられるかどうかの重大な鍵なんだ もらってからすでに一週間がたち、スパリーンは赤い濃い生命の果おまえも知ってのとおり、ここ一年のところはリムスキイが生活の めんどうをみてくれてきたんだが、一軍医のカじゃ、そうそういっ 汁に乾ききっていた。ふと疑問が頭をもたげた。 とうやって報酬をもらってるんだい。 ロシア人やまでもってわけにもいかないだろ。われわれのカで・ハリコフをなお 「兄貴、あんた、・ を / リコフがわたしの滞在費としていくばくかの コサックのやつらは、タタール人とちがって血で支払っちゃくれなすことができれま、・、 補助金を出してくれるんじゃないかって期待もあってね。そうなれ いんだろ」 「うん」ヴァイランスが答えた。「まあ、ささやかなる口実でもでば、いままでどおりリムスキイのもとで人間の医学を学び、われわ っちあげて、おいでいただかなきゃならないさな。患者が全快したれ一族の医術だって彼に教えることができるものな」 ら、静かにお茶でも飲みながら最後にちょっとした検査をしましょ 「とにかく結果をまっしかないよ」スパリーンが言った。「かび療 ーしつもいつも効くってものじゃないからさ」 うとかいって招くんだよ。たまたまお茶のあとでぐっすり眠りこけ法ってやつよ、、 「それはわかっている」ヴァイランスも言った。「この前のときの ちまって、目がさめたら腕のすみつこに小さな虫さされのあとがっ いてたところで、誰もたいして驚きはしないって寸法だ。ちょっとタタール人は結局たすからなかったんだっけ」 うしろめたい気がしないでもないんだが、そういうやり方じゃない 「うん。死なせちまった。カルムイク族の隊長で、スーシ・ノョン とリムスキイが許してくれないんだ。迷信ぶかい連中にヴァンパイていったな。その、あんたの言ってるのとおんなじ病気さ。ただ、 - アだなんて誤解されるんじゃないかってびくついてるのさ。それで患部から出る膿がいやな緑色でひどいにおいだった。大佐のはどん 思い出したけど、いいかス。 / 、リーン。ここにいるあいだは、よけい な具合なんだ」 な注目をあびるようなまねは御法度だそ。おれたちの素姓を感づか「膿は黄色い。においもふつうだ」 れるようなことは絶対にしちゃいかん。おれの首がかかってるんだ「そいつま、 ーしいな。トウモロコシ粉を溶いて手に吸いこんで、かび からな。素姓を知られちゃ、やっていけないんだからな」 に栄養をやっとこう。薬ができるまでこよ、こ、・、、 ~ 。ナし力し一日半はかか 「わかってるよ」 る。どれ、患者をみせてもらおうか」 スパリーンはそう言うと、あらためていい子でいようと決意し歩廊をつたって、轍のあとの残っているひからびた通りをこえ た。人間どもときたらまったくぬけていて、特に馬なんか賭けたりて、兄弟は将校たちの宿舎へむかった。兄について裸電球の下がっ したときなど、そのとんまさにつけこんでやるのはわけもないことた病室に入っていくと、リムスキイはすでに来ていた。部屋の一画 だった。でも、そんなことはすまい。頭痛だってはじまることだ、 を大きな暖炉が占領していて、煙突の窪みでサモワールがここちょ 2 2

3. SFマガジン 1981年11月号

きはじめて気がついた。マリアがそちらにほほえみかけて、一区切ラウリが、ちょっと眉をしかめたようだったーーーしか長ハッ , と りついたと示すと、ラウリはすっと入ってきて、それそれにカップしたときには、もう・ほくは、そう云ってしまっていた。 「テイソーダーは : ・ : ・」 を手わたした。 マリアは、ゆ = つくりと、慎重に、カップからすすり、カップをお いかなるき、そして、ファイルをとんとんとそろえる間をおいた。 「そ、それでは : : レズビアンは少しも異常ではない もしかしたら、ラウリから、・ほくがデイソーダ 1 にひかれてい セックスの形態も異常ではないわけですか ? 」 レズビアイー。ーそうロに出したとたん、・ほくの目の中には、ほのる、というような話は、すでにきいているかもしれなかった。 白くもつれあうアウラとレダ、レダとアウラがうかびあがり、・ほく「デイソーダ 1 というものは、必ずしも、一定の法則をあてはめる ことができないのでね : : : 」 はきっと、耳までまっかになったにちがいない。 これまでとは、うってかわった歯切れのわるさ。 「純粋に生殖を自己目的としたセックスという観点からいえば、あ 「デイソーダーというものは、一般的にみて、おおむねセックスの きらかに異常ということになるわね , ーー・異常というよりは、いまの セックス科学では、目的倒錯とか、対象倒錯、あるいは対象固着、と混乱をともなうのがつねだけれどーーそうでないものもあるし、ま こ . いうふうにいうけれどね。異常、というのは正常に対比することば 「マリア ? 」 でしよう。セクソロジーには、異常、正常という概念はないのよ。 ラウリが、ゆっくりと、手をあげて、話に人る意志をみせた。 ただ、分類があるだけ。性を、生殖とかわりなく、自己愛、孤独、 「はい、ラウリ」 他人とのかかわり、そういった観点からとらえるならば、男と女、 「・ほくも話していいたろうか。 そのう、イヴ。厳密にいうと、 女と女、男と男、そういった組合せにはまったく意味がないでしょ セクソロジストとデイソーダーの問題とは、 ) 専門がちがうという気 う ? ことに、生殖機能を失ってからの人間は、男、女、というこ とはまったく、たんなる精神パターンの問題になってるわ : : : 人間がするんだ。もし、きみが何か特に、デイソーダーについて知りた いというならば、また機会をつくって、デイソーダーに会わせてあ の精神というのは、きわめてさまざまなはたらきかたをするもの よ。だから、そこに正常、異常というワクをあてはめたら、見えるげてもいいけれども」 「あら、ラウリ」 ものも何ひとつ見えなくなってしまうでしよう」 訂正、・ほくの思いちがい マリアはラウリから、何もきいて 「ではーーー」 そのことばは ほとんど、・ほくの知らぬうちに、ぼくの口からはいないのだ。 すべり出ていたのだった。 「ディンーダーとセクソロジーというのは興味ぶかい問題よ。こと 「デイソーダーは」 に、私がこの数年、ずっとひかれているテーマがあるわ。ほら、い ゲレイ・ハッグ め 6

4. SFマガジン 1981年11月号

ることで、人間の能力と、それから生活能力、そして対人関係をた セクソロジストに話をきかせてもらえれば、もっと何かがわかっ えす深め、高めることができる、と称しているだけで、充分すぎる 6 てくるのかもしれなかった。・ほくは、あかりを消した。 ほど気味のわるいことではないか ? 接触主義者をあとまわしにしてくれと頼んだのは、セクソロジス 接触主義者というものは、どうもふつうの市民にとっては、いさトそのものへの興味もさることながら、何となくぶきみな感じが先 にたったのだが、ラウリは、それをきわめて健全な傾向、というよ さか無気味な存在であることを否めない。 むろん、清浄主義者は別として、きわめてまっとうな、健全そのうにうけとったらしかった。 ものの市民でも、性ホルモン服用期には接触主義者になる、という彼はたぶん、ぼくがレダの家へ出入りしていた、というのでひど ラヴ ことは云えるわけだ。第一、接触しなくては行為できないことぐらく仰天し、ぼくに接触主義者の性向があるのではないかと疑って、 い、・ほくだって知っている。 そこでそのギルドを見学コースの中に加えたのであるらしい。・ほく これは未成年者にはどうも想像もっかないことだが、性ホルモンがしりごみをしたので、・こ、・ ナしふ彼はほっとしたらしく、セクソロジ を服用すると、きわめて精神が昻揚し、どんな人間でも、どんな主スト・ギルドへつれてゆくにもかなり親切だった。 義をもっていても、一時的に、コンタクト、接触に対しての必要性それに、このギルドには、ラウリの第一一・ ( トナーが所属してい がたかまってくるのだ、という。 それがイヤなら、性ホルモンるのだ。 を服用しないだけのことだ。 「セクソロジスト つまり性管理学の学者たちは、アーチスト しかしいまは理解できないにしたところで、どのみちそれま、、 。しデザイナー、シンガー といったギルドにくらべて、まったくちが ずれ経験すれば理解できるはずの問題であり、その上で判断すれば った性質をもっている」 よいことだ。それに、そうした接触をともなう ( 別に、しなかった こんどは、行くまえのレクチャーまでついていた。 ところでかまいはしないが ) 第二契約に適応するために、十六期齢「厳密にいうと、歴史学、経済学、法学などとさえちがう なぜ から四齢間の第一契約期間があり、その間にわれわれは、スパルタ なら、性管理とは、そうした学問というよりもっと、テク / ジー ・・フラザーから対社会でなく、対人ーー一対一の交際のしかたとい の部類に入れることができるからだ。セクソロジーの発達が、現 うものを教えてもらえるのである。 在、市の平和と調和を維持するために、最大の力となったことは、 だが、接触主義者は 知っているね。そこで、セクソロジスト・ギルドのリーダーは、つ それはむろん、かれらだって、その主義をもたぬあいてに接触をねに、 o ・ o の最主要メン・ ( ーでもあるし、しかも、かなりの比 強要したりはしないが、しかしかれら同士がしよっちゅうさわりあ率で、次期市長になることが多い。現在の市長、ディマー・イトウ ったり ( ウワッ ! ) たえず手や、からだの一部をふれあい、そうすも、本来の専門はセクソロジーだった。この次の市長はおそらく、 マリッジ ェイジ

5. SFマガジン 1981年11月号

・ : : ミラは、安定している。非常に、安定しているし ( それに、何 1 本来の目的からは、、 しささか、逸脱しているかもしれないが、き この云いまわしは、わかるかね、セクン みをみちびくこと以上に、きみを知ることで・ほくの中の疑問を解決というか、セクッ 1 だ したいのだ。そしてーーーそれは「 - おそらく、きみにも、・ほくにも、 ロジストのつかう用語だけれど」 : きみがアダルトとし 双方にとって正しいことであろうと思う。 ・ほくは首をふった。 て、あるべき社会適応のプロセスをふんでゆくには、まちがいな 「つまり、何というかーー異性指向がつよいのだ。セクシャルなこ 、早い時期からの個人指導が必要だ。そして : : : 」 とがらに対して、ぎわめて関心がおおきい。それがほとんど、ミラ ートをもたらすのだといってよい。本 淡々とゞおだやかに、それなりの情熱をもってつづいてゆくラウの行動のうちの安定しないパ リのことばをきくことは「ぼくに奇妙なねむけを誘ったゞねむけ - 来はきわめ「て安定性のたかい保守型のパーソナリティの持ち主なの だが、ただ一点に強烈な志向があつまっているのだ」 レダな 《個人的興味と、個人的必要性との幸運な合致》 ! 「ミラは、セクソロジストになるんですか ? 」 らば、・ほくのデイソ】ダーならば、・ほくの鼻の頭を指ではじいて、 ・ほくはショックをうけて これはいくぶん逸脱だといえたろうが、 「ばかね ! 誰かど一緒にいたいと思うのに理由などあって ? ( 一 いたので叫んだ。セクソロジスト 性管理者といえば、 0 ・ 0 に 緒にいたいから、一緒にいたいのよ、それだけじゃないの」ーーーそ つづく、市の最高権威ギルドである。 う、ゲラゲラ笑うか、そっけなく、ぼくに自分の知能をうたがわせ 「そうじゃない」 るような云いかたで云いすてるだけだったろう。 「ぼくた、ちは ・ほくはー , ・・・・そのう、あなたが、ミラに申し込みをすでに、ラウリは、いささか・ほくを特別扱いしているのかもしれ なかった。・ほくの逸脱を、とがめだてる気配もなく、彼は答えてく するものだとばかり思っ , ていました : : : 」 ぼくはぎこちなく云った。ラウリがほのかに眉をよせるーー・それ、れた セクシーという 「きみには、わかっていない、無理もないが。 だけが、ラウリの持っている真に個人的な表情のように思われる。 清潔で、端正で、たぶん誰もが ( ンすムというにはばからぬであろ。、のは「セクソロジカルということとはまるで意味がちがう。ミラが あてはまるのはセクソロジストよりむしろセクシャリストだろう。 う、生真面目でしかつめらしい顔 ! といって、彼はセクシャリストになるには安定度がたかすぎる。 「そのつもりでいたことは否定しない」 ミラのようなタイプこ ーこれは結局きわめて単純な問題なのだ。 彼はあくまでも善意にみちていた。 ラヴァーズダワー 「きみたちがそううわさしていたことも知っているよ。しかし、、ほそ、性ホルモンを服用して、規則的に恋人の搭へ通うことで、すっ : できれば、ミラの くから彼にすでに申し込んだとか、申し込むからというアポイントきりと問題を解消できる人間だということ。 をとったことは一回もない。 - ・それに「 ミラよりも、きみの方がそれようなタイプは、 ' 一足とびに第一契約をとびこえて、直接第二契約 3 を必要としているということは、ぼくには非常に明らかに思われたをもつべきた、とぼくは考えはじめたくらいだ。彼のパーソナリテ

6. SFマガジン 1981年11月号

「あいつはもうだめよ。あたってはみたんだが、ふられちまった。 てくる。なかにときおり鶏舎のにおいがまじった。 三年もしたらヴァルキーンが夫にしてくれるっていうんだけど、そ「昼のあいだは出歩けないとかいうその妙な病気って、いったい何 2 れまでどうしてりやいいんだか」 なんだい」デイミトリイがヴァイランスにたずねた。 「かわいそうに、さそさそっらかろうて」ひやかし半分にヴァイラ もうちょっとで吹き出しそうになったのを、兄の視線に釘をささ ンスが同情してみせる。 れて、ス。、 ノリーンはかろうじて笑いをこらえた。 「そりや兄貴はいいよ。十七で結婚して、しかも相手は狼の心をも「名前は知らないんだ」ヴァイランスが言った。「なんか長ったら っ女ときてたんだからな」 しくってむずかしい名前だったぜ。リムスキイなら知ってるんだけ 言ってはならないことを言ってしまったことにスパリーンは気づどな。そいつにやられると、光に対してすごく目が弱くなっちま 、た。ヴァイランスの瞳に、古い悲しみが影を宿した。悲しみはほ う。それで昼間眠ることにしてるんだ」 「でもそのわりには、、 んのつかのまゆらめいて、そして消えた。ヴァイランスが言った。 しつも意外と元気そうなのにな」 「いっかはきっと、ヴァーカラの女か、狼の心をもった人間の女か「幸いな」ヴァイランスがつづける。「おれの場合は、まあ重い方 がおまえの地方を通りかかり、おまえも喜びいさんでついていってじゃないから。実は弟も同じ病気の気があるんだ」 めでたしめでたしってことになる、そんな日だって来るさ。いまの兄貴のやっ、うまいもんだなとスパリーンは思った。こんなふう おれに言えることはそれだけだ。そら、カフスを留めな。そう、そに夜行性のことを説明しちまうなんて。 れでよし。さあ行くぞ」 アステンカ母娘の家に着いてみると、 ーティーはすでに始まっ ふたりは、待たせておいたデイミトリイのところへもどった。通ていた。亜麻色の髪をした、うら若く魅力的なコサック娘が、彼ら りしなにちょっと足をとめ、ヴァイランスがリムスキイと打ち合わを玄関口に出むかえた。 せをする。 「アステンカ、われらが軍医どのの助手をしているヴァイランス 「誰かがひどく苦しみ出すようでしたら、わたしを呼びによこしてだ。こちらは弟のス。 ハリーン」デイミトリイが言った。 下さい。すぐもどりますから。鍼だってちゃんとポケットに用意し アステンカはうなずき、瞳をあげてスパリーンの目を見た。羊の てるんです」そう言って彼は、上着の小さく突き出てみえるあたり眼だなと彼は思った。綺麗なことは綺麗だけれど、ヴァーカラの洗 を軽くたたいてみせた。 練された鼻には、人間の女の味気ないにおいがするばかりだ。少し 彼らは家の前の段々から板敷の歩廊に降りたち、・家々のあいだをも気をひかれはしない。 ぬけて通りに出た。夜空に横たわる天の川が、黒パンの上にまき散アステンカは彼らを招き入れ、みんなに紹介してまわった。ふと らしたトウモロコシの粉のようだ。玄関先に箱をならべて小綺麗に気がつくと、ひとりの赤髭をたくわえたコサックが軽蔑のまなざし 花を植えている家々もあって、、風にのってその花々の芳香がながれでこちらをねめつけている。

7. SFマガジン 1981年11月号

つも、あなたに話すでしように : : : さっき彼が、レズビアンの話をクを利用できるようになりたい。そうすれば、かれらを悩ませたレ したけれど、ちょうどその、女どうしのデイソーダー・カップルのダ・セイヤーとアウラ・ザンべリイのケースについて、もう少し ケースでー、ーアウラ・ザンペリイと、レ : は、了解がえられるだろう。 ふらぶらと回廊を歩いていった。胸にさまざまなマーク 「マリア、すまないけど」 をつけた、まっ白い、セクソ戸ジスト・コミッティーのユニフォー 「回避 ? 了解」 ムの人々が忙しげに行き来している。見学者・ハッジをつけた小さな 「すまないけど」 ・ほくなどを、興味をもって見るものは、誰もいない。 「かまわないわ」 一瞬、気まずい空気が漂った。 ・ほくは、回廊と、矢印にそって歩いていったが、外に出るドアを ・ほくは意外の感にうたれ、じっとラウリを見つめていた 0 ラウリ みつけ、何となく人の流れにおし出されるようにして中庭に出てい は、レダとアウラについて、何かーー何だかわからないがーーー知っつた。 ているのだ。 それとも、マリアが知っていて、それを、・ほくがきくことを、ラ ウリは嫌ったのだ。 「イヴ、二十分ばかり、コミッティ 1 の中を見たくないかね」 ( 言外の退避要求 ) ・ほくは、イスをガタンとうしろにひいて立ちあがった。 「・ほく、ちょっと、コミッティーの中をみてきてよろしいですか」 「どうそ。ガイドは ? 」 ラウリは、・ほくがふりかえると、ちょうどマリアの方へぐっとひ ざをすすめるところだった。 これから、回避要求の理由を説明するというわけだ。それにま あ、かれらはパ ートナーどうしなのだし、すべての事情は了解され なくてはならない。 ばくも、少しは「事情を了解させてもらいたいものだ ・ほ ) 、は った。早くアダルトになって、市のコンビュータのデ 1 タ・バン イヴ 書泉カク子ト く 駿河台下角四 4-00 れ代 古る 4 階美術・家庭・児童 3 階辞典・参考書・図鑑 10 地ま 2 階理工学・医学・農業月図の 1 階雑誌・文学・文庫 日フ本 地階法律・経済・社会 ( 土 ) 工フ 書泉乃万 千代田区神田 四 5-00 代 神保町 1 ー 3 6 階辞典・学参・と フフ ング 5 階電気・機械・建築 4 階医学・生物・理イヒ学 3 階法律・経済・就職 階デ 2 階哲学・教育・社会 階 1 階文学・詩歌・文庫 地階芸術・家庭・児童 7

8. SFマガジン 1981年11月号

ラウリ」 ていて、いわばカンセーションが本業だったのだ。 「そうすまながることはないよ。これは、テストじゃなく、自由学 「・ほくはたぶんアーチストのギルドというものについて、だいぶ、 習なんだから」 まちがったイメージをもっていたようです」 ラウリはわかってないのだと ' ほくは思った。 ・ほくは、注意ぶかく、発端パターン 3 タイプ ( 「序説」 ) のプラン ・ほくが気にしていたのは、うまく印象を整理して伝えることがで チ「訂正 , ーー確認ーーー敷衍」のパターンをつかって話しはしめ きなかったらではなかった。そうではなく、・ほくが気にしていた た。ラウリがすぐにそれをダイアログ型発展のパターンにかえた。 ごたごたとしたアトリエ、頭をかきむしのは、ラウリが・ほくに失望しやしないかということ , ーー・ほくが「彼 「なるほど、わかるよ るアーチストたち、気まぐれと乱雑、錬金術と神秘主義ーー・ちがうの選択にあたいしない、と考えやしないだろうか、ということだっ たのだ。・ほくの方こそ、いまのところ、選択権を保留にしていると かね」 いうのに、これはいかにも理屈にあわない考えだったかもしれな 「そのとおりです」 しかし、・ほくは、ラウリにかしこく見え、するどいみごとな洞 ・ほくは承認のしるしに手をあげた。 「もちろんそれは・ほくがそれについて知らなか 0 たためであるのは察を示してみせ、そして気のきいたことを云って、彼を感心させた かったのだ。 明らかですが、それはーーー」 ( おまえなんかよりぼくの方がラウリにふさわしいのに ) 「代名詞の使いすぎだ、イヴ」 ミラのことばが、耳にこびりついていたためかもしれない。 つまり、・ほくは、アートというものについて、 「すみません。 ・ほくはコーヒーをすすり、頭を整理しようとっとめた。 もっとちがったように考えていてーー・ほくの興味は。ーーっまり イレイ・ハック しかしーーこう云っていいかどうか、ラウリがそれを反社会的だ 失礼、そのう、ぼくの興味は、アートがどこからやってくるか、 と思わぬかどうか、どうも自信がもてなかったのだが、ひとことで ということで、それは : : : 」 いうと、・ほくはアーチストのギルドには、どうも興味がもてなかっ 「待った」 たことを発見したのだった。 ついにラウリが笑い出してしまった。 アーチスト・ギルドは建物の中心に、巨大なアート・タワーをそ 「まだ、頭がまるで整理されてないようだね、イヴ。・ほくは、きみ が、文芸方面はだし、芸術性指数がたかいので、 ( アーチストのギなえ、それから放射状にひろがっている、大きなエリアをしめてい ルドをはじめにもってきたのだが、なまじきみが関心のたかい分野る。アート・タワーの一階は大劇場をそなえ、地下にもいくつもの コンサート・ルームがあって、ギルド・メン・ハーでなくても申しこ レポートに切りかえようカ なのでよくなかったかもしれない。 めば使える。 アート・タワーにはぎっしりと、メン・ハーの作品が展示されてお 「そうして下さい、どうぞ。ーー・申しわけありません、プラザー 5

9. SFマガジン 1981年11月号

てきたかい」 ろう」 ス 「ああ。いつだって最悪の場合に備えて準備はしてきてる」 パリーンは、ヴァイランスについて建物の奥の方へと入ってい った。簡易べッドがひとつの空きもなく所狭しとならんでいる診療貴重な・フリキの箱を彼は取り出した。そのなかには、何代にもわ 室をぬけ、つんと鼻につく薬品のにおいとあまい薬草のかおりのもたって、彼の一族の者たちが仕こみ培養してきたかびが入っている れてくる小部屋の前をすぎた。薬局だ。ヴァイランスの部屋は小ちのだ。特殊な養分を与えれば爆発的な繁殖力を示し、正しいやり方 んまりしていてうす暗く、夜行性のヴァーカラの目には心地よかつで保存しさえすれば何カ月でもねかせておくことのできる、特別強 た。壁の窪みに一本のろうそくが燃えていて、その光のなかにひと力なやつだった。 つの聖画像がてらし出されていた。赤子を抱いた聖母マリアと、さ「もうとりかかっとかなくちゃならんようだな」スパリーンはため 息をつき、のろのろとふたをとった。ろうそくの炎でメスを焙り、一 まざまな姿態で、賞讃するようにそのまわりをとりまく動物たち。 さめるのをまって、箱のなかから注意ぶかくパン生地をひとちぎり グルシュニッキイ作の〈野獣たちの聖母マリア〉だった。 「ゆうべ、あんたの霊獣を夢にみたんだ」ス・ ( リーンが言った。草ひつばり出す。ひつばり出したパン生地を口に入れて、唾液とまざ 原がきれて森のはじまるあたりちかく、いまにも逃げ出しそうに身ってどろどろになるまで噛み、どろどろになったものを中空の矛の なかにつめこんだ。つめこんだものが、溜池のような役をする前顎 構えていた帝王鹿の姿を思いうかべた。 部の牙の洞にしつくりおちつくのがわかる。普通ならばこの洞のな 「あんたがよこしたんだろ」 かで、すすりとった血が、体内の血流に混じりこむ前に抗毒素によ 「ああ」ヴァイランスが答えた。「ちょっと手を貸してもらいたい 患者がいるんだ。ロシア人の・ ( リコフ大佐なんだが、脚部の潰瘍がる濾過作用をうけることになるのだ。スパリーンがかび療法にあま 化膿して、どうしてもよくならない。とうとうきのう発熱しちまっ りいい顔をしないのは、かびが繁殖してくるにつれて、その力にお た。知ってるかぎりの薬草による解熱法をためしてみたんだが、まされて矛のつけ根のあたりがうずき出し、ひどい頭痛に悩まされる ヒーラーズ・ダッ (k) でもだめなんだぜ。 " 霊的触手ことになるからだ「た。貴重な薬液はそのあいだにこそっくられ、 るで効かないんだ。キナ皮翁原料 療法一をや「てやると、痛みも少しはやわらぐし、意識もしばらく牙をとおして患者に注入することができるのだ「たが。 はもとるんだが、それもすぐにもとの木阿弥だ。どうも、危いんじ「頭痛がはじまるなと思ったら」ヴァイランスが言った。「ぶどう やよ、 オし力と思う」 酒を少しやったらいい。痛みはおれがとってやるから。おまえの顔 「それで、かび療法をためしてみたいってわけか」 に掌をあてて」 この前このかび療法を試みによばれたときのことを思い出して、 けっこうな思いっきさ、とスパ リーンはった。生まれつき″治 ラーズ・ダッチ ス。ハリーンの表情がきびしくなった。 療者の手″にめぐまれているヴァイランスを少々やっかんでいたの 「そのとおりだ」ヴァイランスが言った。「かびの培養生地は持つだ。みじめなもんだとっくづく思う。一家のうちでもたったひとり 2

10. SFマガジン 1981年11月号

をきつばり忘れておしまい。さもなきや、家になんか、二度と入れ 尸いつめて、 いったいどうしようというんだろうーーーあんなふう てやらないわ。『私の考えを率直にロにすることを許していただけに、人を追いつめるのは、恐ろしいことだし、それにもし、あいて れば嬉しいと思う』ですって ! ノ 、ツ、時間のムダよ ! そんなふに万が一、好きじゃない、 といわれたら、傷つくのはレダじゃない うにしゃべるなんて、ばかばかしいわ。そのひまに、『あんたは好の。もし好きなら、それをむりにいわされて、あいての方が傷つく きよ。キスしましよう』さもなけりや、『おまえなんかきらいだ、 だろうしーーおお、しかも、きいてどうしようというんでもないー プロポーズ あっちへいっちまえ』そう云ってればすむことじゃないの。ハッ、 申し込するわけでも、そのアポイントをとるためでもない なぜあんたたちがそうなのかちゃあんと知ってるわよ。あんたたち体、レダは、どうしようというの ) は、怖いのよ。裸と裸でしやべればポロが出る , ーー何かが欠落して ( ポーイ、きみにはわからんだろう ) ることがわかっちまう、互いに話すことが何もないし、話したいと ファンはどう云ったのだっけ ? あまりよく、覚えていないとこ さえ、ほんとは思ってないことが、・ ( レちまうのがこわいのよ。そろをみると、おそらくかなり不得要領な答えだったのではないかと うでしよう。そうら、あたったでしよう ? さあ、いってごらん、 思う。ただ、その答えの中でファンのいったびとことが、いつまで あんたはあたしが好きなの ? そうじゃないの ? ) も・ほくの胸の中に重くよどんでいた。 ( それはしかたのないことなんだろうね。なぜってレダは、傷つく ( さあ、さあ、たいがいになさいな、レダ ) ことを恐れてなどいない。それどころか、時として、彼女は傷つく アウラが助け舟を出してくれたので、やっとのことで、・ほくは救ことが好きなんだーーそこがきみたちとは、根本的にちがうところ われたのだった。 だし、またレダがアウラとも、そのほかのデイソーダーたちとも、 ( いい子にするのよ。誰彼なしに、見さかいなしにだだをこねるん明白にちがっているゆえんだともいえるからね ) ( 傷つくことが好きーーー ) じゃないの。そんなふうにして、人を全員正直にさせたら、せつか そのときうけたショックを、・ほくははっきりと、思い出すことが くなくなった戦争、いさかい、ありとあらゆるわるいことがまたど っと復活してしまうわよ。うそをついているからこそ、私たちは平できる。 和に生きてゆけるのじゃないの。みんながあなたのようではないこ ( いったいなぜ とを、忘れちやダメよ ) まったく理解できぬものが世の中に存在すること、また、それほ ( ねえ、ファン レダは ) どに理解できぬものに、・ほくがなぜ心ひかれるのかということ、何 あのあと、・ほくは、疑問にたえかねて、ファンにそっときいてみか世の中そのものが自分の知っているような場所ではないのかもし たのだ。 れないという不安と心細さーーそして苛立ち。 ( レダは、・ とうして、あんなふうなのーーあんなふうにしてひとを ( でも、なぜ ? それが、《テイソーダーである》ということな